第五話 【抜刀神】カシミヤ
(=ↀωↀ=)<現在の王国PK序列は大体こんな感じ
(=ↀωↀ=)<カシミヤ > マリー ≧ BBB = 狼桜 > ダムダム
(=ↀωↀ=)<カシミヤが頭一つ抜けてて大体横並び
□【煌騎兵】レイ・スターリング
あの後、先輩とマリーの殺し合いはストップしたものの「これからパーティを組むにしても白黒はつけておきたいですね」ということで、闘技場の模擬戦でケリをつけることになった。
二人の戦いを見届けるべきかとも思ったのだが、先刻迷い込んできたカシミヤに「レイさんとお話したいことがあるのですが」と引き留められた。
どうやら先ほども偶然迷い込んできたわけではなく、俺や俺の知り合いを捜している内にあの場面に遭遇したということらしい。
カシミヤが何やら真剣そうな雰囲気だったので、二人のことはルークに任せて俺はカシミヤと差し向かいで話をしている。
「それで、俺に何の用なんだ?」
カシミヤと俺の関わりと言えば、トルネ村への道中で狼桜に襲撃された時のものくらいだ。
しかしあれについては、俺よりもむしろ先輩の方が話すのに向いているだろう。
なら俺と話したいことというのは一体……。
「先日、あの【魔将軍】を倒されましたよね?」
「ああ」
その問いに「あいつを倒した話か」と納得する。
あれでも【魔将軍】は皇国の<超級>であり、あの時は決闘の一位だった(現在は【盗賊王】に負けて二位に落ちたらしい)。
決闘ランカーであるカシミヤからすると、その話を俺に聞きたかったのか……と納得しかけたのだが。
「【魔将軍】を倒したあのスキル、最大でどの程度の速度まで出せるのですか?」
「うん?」
少し、俺の予想と違う方向に質問がいった。
「動画を拝見しました。【魔将軍】にトドメを刺したあのスキルは、チャージすることで速度と威力を高めるスキルだと思うのですが……合っているでしょうか?」
あのスキル、とは《応報は星の彼方へ》のことだろう。
どうやらカシミヤの話のメインは【魔将軍】どうこうではなく、《応報は星の彼方へ》らしい。
「少し違う。あれはチャージ時間を要するが、それは相手から受けたダメージを威力と射程距離、そして速度に変換するためのチャージだ。だから、速度は相手から受けたダメージに比例する」
手の内を明かすかは少しだけ考えたが、どの道あそこまで公にされては全貌が明らかになるまでそうはかからないと踏み、正直に話すことにした。
「最高速度は……分からないな。【魔将軍】との戦いの前に使ったときは、AGI六万オーバーまではいった。でも、それが最高速度ではないはずだ」
「…………」
俺の答えに、カシミヤは思案顔をしていた。
そして、ペコリと俺に頭を下げる。
「レイさん。ありがとうございました。自らの手の内を明かしてまで僕の質問に答えてくれたこと、感謝します。これは僕への貸しと思ってください」
「いや、気にするなよ。どうせすぐに解析されることだからな」
「それでも、です。それと、不躾ですが一つお願いをしてもよいでしょうか?」
「お願い?」
「いずれレイさんのお手が空いている時に、僕とあのスキルを使って模擬戦をしてほしいのです」
「…………」
ランカーとの模擬戦は俺も何度もしているし、今度からそれにカシミヤが加わることには何の異存もない。決闘の三位であり、王国最強のPKであるカシミヤから学ぶことは多いはずだ。
しかし、「《応報は星の彼方へ》を使って」とはどういう意味だろうか?
「こう言うと、尊大な人間と思われるかもしれませんが……僕は今現在の僕よりも速い相手を知りません」
「……“王国最速”、だったっけ」
「はい」
“速度において、王国でカシミヤの上を行く者はいない”。
先輩からはそう聞かされている。
あのフィガロさんですら速度ではカシミヤに敵わない、と。
「ですが、自分より遅いものだけを斬るのでは、自分より速いものを斬る修練は出来ないのです」
「……なるほど」
概ね、話が読めてきた。
《応報は星の彼方へ》は相手から受けたダメージに比例して速度を増す。
つまり、どうにかして莫大なダメージを蓄積してから放てば、それは“王国最速”のカシミヤをも上回るかもしれない。
カシミヤはそれと相対し、新たな何かを掴みたいと考えているのだろう。
カシミヤの【抜刀神】を含む【神】シリーズが、スキルを作れることも関わっているのかもしれない。
まぁ、俺としては協力するくらいは……。
「フンッ。つまり、求められておる役割はバッティングセンターのピッチングマシンのようなものかのぅ?」
「あ。ええと……ごめんなさいです!」
どこか棘があるネメシスの言葉に、自分が言ったことで気を悪くしたと思ったのかカシミヤが頭を下げた。
ただ、ネメシスは実際にムッとしている様子だ。
「ネメシス?」
「レイよ。よーく考えてみるのだ。此奴の求める速度を出そうと思ったら……御主どれだけ此奴に切り刻まれるつもりだ」
「……あー」
たしかに、最速の《応報》を放つ前にその問題があった。
しかも俺にこの話を持ってくると言うことは、カシミヤの速度はフィガロさんや迅羽よりも速いはずだ。
蓄積するダメージ量が一〇〇万を超える可能性もある。
「ちなみに、カシミヤのAGIって幾つ?」
「AGIは五〇〇〇です」
あれ? 思ったより遅……、
「だから最高で五〇万です」
……くねえ!?
何だその頭のおかしい速度!?
百倍の差があるってどういうことだよ!?
「……その速度を俺達のスキルで超えるとなると、まず五〇〇万はダメージ食らう必要があるな」
「あう……駄目そうなのです」
今のHPでも何百回と死ぬ計算だ。
ちくちく削っては回復して~を繰り返しても準備にどれだけ掛かることか。
「そんなに斬り続けるのも悪いので諦めます……」
「あー、そうしてくれ」
俺も流石にそこまで斬られるのはきついからな。ネギトロみたいになりそうだし。
◇
カシミヤの依頼はなしになったが、それはそれとして今度模擬戦をしようということにはなった。
また、その後も模擬戦に行った三人が戻ってくるまでカシミヤと世間話をすることにした。
観に行こうかと思ったのだが、どこの闘技場で模擬戦をするのか聞いていなかったし、なんだか観るのが怖くなったというのもある。
「…………うーん」
さて、カシミヤと話していて、今更ながらに気づいたことがある。
カシミヤの武器は兎の頭骨と鮫の頭部を模した鎖で繋いだ大太刀だ。
今日は二本差しで、両方とも兎の頭骨が噛み付いている。
それらの長さはカシミヤ自身の身長よりも十センチは長い。明らかにカシミヤの年頃に相応か、それよりも小さな体格には不似合いだ。
ましてカシミヤのジョブは【抜刀神】。居合斬りに特化したジョブだというが、こんな大太刀では大人であろうと居合切りなど出来はしない。
一体どうやって抜刀しているのだろうか、と疑問に思っていると。
「あの、僕の刀がどうかしたのでしょうか?」
ジッと大太刀を見ていた俺を不思議に思ったのか、カシミヤがそう尋ねてきた。
「どうやって居合いをするのかな、と思ってたんだが」
「皆さんそうおっしゃられます」
やはり俺以外の者も同じ疑問を抱いたらしい。
が、続くカシミヤの回答はやはり少しずれていた。
「僕としては抜きやすいように抜いているのですけど、実演しても見えないみたいで……」
「見えない?」
「AGIの差でそうなるみたいです」
……五〇万。“王国最速”という二つ名に恥じないその速度ならば、目視も不可能であるかもしれない。
「さっき、通常とか最高とか言ってたAGIってさ」
「《神域抜刀》の効果なのです。抜刀モーション中だけAGIが一〇〇倍になる、【抜刀神】のパッシブ奥義です。あ、倍化されるAGIは装備補正は含めません。僕自身のステータスだけの計算なのです」
「まぁ、それができるとAGIが一〇〇万とかいっちゃいそうだしな」
しかし、なるほど。居合いの達人はいつ刀を抜いたか分からないと言うけど、それがスキルとして極まったようなものか。
推測するに間合いに入ったものを、居合い切りによって一瞬で斬り捨ててしまうのだろう。
恐るべきスキルではあるが、しかし同時に以前から聞いていたようにトムさんとの相性は悪そうだと感じた。
一度抜いてしまえば終わりなので八人いるトムさんを消しきれないのだろう。
「速過ぎて抜刀してるシーンが見えないのはわかった。でも、それはそれとしてどうやって刀抜いてるんだ? その、大太刀を抜くには両手の長さ足りないだろ?」
俺の疑問にカシミヤはコクコクと頷き、椅子から立つ。
「そうですね。抜く前までならお見せできるので、実演します」
カシミヤはそう言うと、構えをとった。
それは抜刀術の構えであるようだが、不可思議なものだった。
抜刀術で鞘を掴むべき左手は宙に浮かせたまま、右手だけが刀の柄を握っている。
これでは抜刀術などできない、そう思ったとき。
カシミヤの腰と刀を繋いでいた鎖が、独りでに動き出す。
兎の頭骨を模したホルダーが、太刀の鞘を銜えたまま宙に浮かぶ。
それはまるで、本来左腕がすべき『刀の鞘を持つ』という動作を鎖が代行するかのようだった。
「これは……」
「レイさんが見るのは初めてですね。この太刀緒が僕の<エンブリオ>、イナバです」
イナバ……因幡の白兎、あるいは稲羽の素兎か。
長く伸びる鎖は納刀された状態の大太刀を空中に固定している。
それはカシミヤが右手で抜刀するのに最適な位置に思える。
「鎖の……いや、補助腕の<エンブリオ>か」
「はい」
疑問が少し解けた。
カシミヤの子供としても小柄な体格、そして短い両手で抜刀術ができるのだろうかという疑問の答えが、この鎖だ。
これが抜刀を補助するのであれば、子供の体格であっても抜刀術を成立させられる。
カシミヤの構えは、腕の一本を鎖が代行しているという異質さを除けば、非常に堂に入ったものだ。
幼い子供がしているとは思えないほど、抜刀術の構えに威圧感がある。
眼前で構えられていると、次の瞬間には俺の首が落ちているのではないかという予感……生存本能の警鐘が鳴るほどだ。
きっと、さっきの先輩とマリーもそんな思いだったのだろう。
「ありがとう。どうやって抜刀してるのかはわかった」
「はい。レイさんの疑問が解けたのなら幸いです」
そう言ってカシミヤが構えを解くと、途端に周囲に張り詰めていた空気が弛緩した。
もしかすると、達人の剣気って奴が迸ったりしていたのかもしれない。
カシミヤまだ小学生なのに何で達人なんだ。
……まぁ、年齢とか関係なくトンデモな奴が相当数いるのがデンドロだけどさ。
「ちなみに好奇心で聞くんだけど、その二本の大太刀って特典武具なのか?」
カシミヤが腰に佩いた赤鞘と青鞘の二本の大太刀は、奇妙な存在感を発している。
特に赤鞘の方はフィガロさんの【グローリアα】や迅羽の【スーリン・イー】を見たときの感覚に近い。
鎖が<エンブリオ>ならば、これらの大太刀は特典武具なのだろうか?
「この一振りはそうですけど、こっちは天地にいた頃に馴染みの鍛冶屋さんに打ってもらったのです」
カシミヤが言う前者が赤鞘、後者が青鞘だ。
「神話級金属で出来ていて、こちらは信頼性も高いし決闘でも重宝しているのです」
青鞘の方を持ちながら、カシミヤはニコニコとそう言った。
しかし、その言葉に一つ気に掛かることがある。
「赤鞘の方は違うのか?」
カシミヤの言い方では赤鞘は信頼性が低く、決闘でも重宝していないように聞こえる。
「こっちは……結界のある決闘で使うと機嫌を悪くするのです」
……それ、意思とかある刀?
いわゆる妖刀的な?
『【瘴焔手甲】と同じタイプかのぅ。あれも今は何も言わぬが、内側には意思があるのだろう?』
そういえばうちも似たようなものだった。
「じゃあ今夜のトムさんとの試合は……」
「赤い方は使わない……いえ、使えません。本当の命の奪い合い、せめて<マスター>との野試合じゃないと抜けてくれない刀なので仕方ありません」
なんて血生臭い刀だ……。
「でもそれだと手入れとかもできないんじゃ……」
あるいは生き物を斬るのが最高のメンテナンスになるのかもしれない。妖刀だし。
「いいえ。お手入れの時は普通に抜けます。こんな風に」
カシミヤがアイテムボックスから手入れ道具らしい和紙と油のツボ、打粉(時代劇などで刀にポンポンするあれ)を取り出す。
すると、赤鞘の大太刀は自然にするりと抜けて刀身を露わにした。
「…………」
妖刀かと思ったら現金な刀だった。
妖刀らしく威圧感のようなものは感じるし、刀身に入った「滅丸」という銘も格好良いのだが、もはや餌につられるペットか何かにしか見えなかった。
◇
それから何十分か世間話をして、カシミヤは席をたった。
「では、闘技場に行く時間なので、僕はそろそろお暇します。今日はお話してくださってありがとうございました」
「応。トムさんとの決闘、楽しみにしてる。あと、今度の模擬戦もな」
「はい! そのときはよろしくお願いします!」
カシミヤはそう言ってニッコリと笑う。
うん、年相応……むしろ素直で可愛い子供だと思う。
……乱入した時の殺気や先刻の剣気は色々おかしかったが。
「最後に聞きたいのだが。自分よりも速い相手と模擬戦したいと言うのは、スキル作成に関することかの?」
「はい」
「速度に秀でたスキルを作り、あのトムに対抗するということかのぅ」
たしかカシミヤはこれまでにトムさんに何度か負けていて、その理由がトムさんの《猫八色》だったはずだ。
八体のトムさんが一体でも残っているとまた八人に増える驚異のスキル。
それを潰す手段がカシミヤになく、これまで何度も敗北を喫しているらしい。
だからそれに対抗するためのスキルを編み出そうとするのは実に修行らしいが、……?
いや、違うぞ、ネメシス。
話が流れる前、カシミヤは《応報は星の彼方へ》を使った模擬戦をするのは俺の手が空いているときでいい、と言っていた。
だから、速度のスキルを作るのはトムさんに対抗するためじゃない。
「少し違うのです、ネメシスさん。速度に秀でたスキルを作りたいのは、そのためではありません」
「そうなのか」
やはり違ったか。
「それに――そちらはもう編み出しました」
「え?」
俺達が疑問符を浮かべると、
「“化猫屋敷”の八つの首を落とす算段は……既についているのです」
特に気負った様子もなく、「夕飯の材料は買っておいた」と言うのと同程度の気軽さで……カシミヤは今日の決闘での自身の勝利を宣言していた。
しかし気軽な言葉でありながらその気配は……。
「そのスキルは、今日の試合でお見せします。見えなかったら、ごめんなさい」
そう言ってペコリと頭を下げて、カシミヤはその場を去っていった。
その背中は、小さな子供のものだ。
「…………」
しかし、トムさんを倒す算段がついていると言ったあの一瞬に混ざった、威圧感。
それはあの<超級激突>の前に遭遇した迅羽に似た……しかし鋭さでは上回るほどの異質な気配だった。
「……本当に、世の中にはトンデモな子供が多いものだの」
「……全くだ」
ネメシスの言葉に肯きながら、俺は緊張を解くようにゆっくりと息を吐いた。
To be continued
(=ↀωↀ=)←諦めの表情
( ꒪|勅|꒪)<大丈夫カ?
(=ↀωↀ=)<首を洗って待たされてます
 




