第十五話 テンプテーション
本日二話投稿の二話目です。
前話をお読みでない方はそちらを先にお読み下さい。
□<ネクス平原> 【聖騎士】レイ・スターリング
その【ゴブリン】達は俺やルークが<イースター平原>で戦った【リトルゴブリン】よりも立派な体格をしていた。
【リトルゴブリン】は俺の身長の半分ほどだったが、そいつらは俺と比較して八割ほどだ。また、剣や鎧、弓矢などで武装している。中には小型の肉食恐竜のような騎獣に乗った奴も何体かいる。
名前も【ゴブリンウォーリアー】や【ゴブリンアーチャー】と表示されているので、明らかに上位種だろう。
それが百匹がかりで行商の馬車隊を襲っている。
馬車隊もNPCらしき護衛達が応戦しているが、如何せん数が違いすぎる。
「【ゴブリンウォーリアー】は平均でレベル15、【アーチャー】は17が妥当なモンスターですけど、どうします?」
マリーの「どうします?」という問いかけは戦るか戦らないかということだ。
レベルで言えば今の俺は【ゴブリンアーチャー】と同じ、ルークはレベルこそ30近いがステータスは俺よりも低い。
こちらの最大戦力であるマリリンはボスモンスター【デミドラグワーム】と同格の【デミドラゴン】だが、それでもあれだけの数の装備が整った【ゴブリン】を相手にするのは危険かもしれない。
マリーは戦闘能力がないので最初から除外済みだ。
勝ち目は薄い。安全策を考えればここは踵を返して<山道>まで撤退、その後あの【ゴブリン】の群れが去ってからギデオンを目指すのが良いだろう。
しかしそれは間違いなくあの馬車隊を見殺しにすることになる。
それは……後味が悪い。
「ルーク、マリー。デスペナでクエスト失敗するかもしれないが……」
それでも、構わないなら、
「やりましょう」
続けようとした俺の言葉をルークが引き取った。
そしてルークは竜車とマリリンの間の留め具を外し、
「“轢いちゃって”」
【ゴブリン】軍団に身軽になったマリリンを嗾けた。
「VAMOOOOOOOOOO――!!!!」
雄叫びを上げながらマリリンが激走する。
三本の衝角を震わせながら一心不乱に【ゴブリン】へと突撃する。
【ゴブリン】はそこでようやく目の前の獲物である馬車隊以外の気配に気づいたが、時既におそし。
十匹近い【ゴブリン】がマリリンの角によって粉砕された。
「いきましょう、レイさん。いくらマリリンでも一人であの数は大変ですからね」
「……ああ!」
『ふむ。うちのマスターが存外熱いのと同様、此奴は意外と危ない性格かもしれん』
「むむー! マリリンってば先輩のバビより活躍するなんてずるいんだー!」
俺とルーク、バビはマリリンの作り出した“道”に飛び込み、ゴブリンとの乱戦に突入した。
「ズァ!!」
眼前の【ゴブリンウォーリアー】に渾身の力で大剣化したネメシスを振るう。
大剣は右の肩口に食い込むが、【ウォーリアー】の身に纏った鎧に10センチほど食い込んだところで止まる。
「ギギィ!」
致命傷には達しておらず、【ウォーリアー】は未だ武器を振り上げようとしている。
「な、らぁ!!」
俺は大剣を、食い込んだままの【ウォーリアー】の肉体ごと振るい上げ、そのまま地面に振り下ろした。
加えられた勢いによって、今度は断ちかけの鎧ごと【ウォーリアー】の肉体を両断する。
レベルアップでSTRが向上した甲斐があり、今ならこのくらいの芸当は出来る。
が、手間が掛かるので次からは首を狙おう。
『ククク、中々アグレッシヴな戦闘だ。悪くないのぅ』
ネメシスも少し楽しそうだ。
……ゾンビは駄目なのにゴア表現は平気なんだよな、ネメシス。
『後ろだ』
「……ッと!」
振り返りざまに大剣を横薙ぎに振るい、背後から迫っていた【ウォーリアー】の首を刎ねる。
生憎と、こっちはネメシスのお陰で全方位に目があるようなものだ。乱戦は苦手じゃない。
「君達は、何者だ!?」
馬車を守りながら戦っていた護衛の一人が誰何の声を上げる。
一先ず要点だけ伝えよう。
「ギデオンに向かう途中の<マスター>です。助太刀します。あのデミドラゴンは俺達の仲間なので攻撃しないでください」
「そうか、了解した! 助力感謝する!」
護衛の人は納得し、仲間の護衛にもこのことを伝える。
これで敵味方の区別がつく程度には連携してやれるだろう。相手が【ゴブリン】とその騎獣ばかりなので、マリリンのことさえ伝えれば敵味方の判別は容易だ。
とは言っても、いくらなんでも敵の数が多すぎてやはりヤバイ。
マリリンは助走をつけられないこともあり最初ほど勢いよく敵を倒せていない。馬車隊の護衛も奮戦しているが、それでも数の不利は覆せない。
と、そこで気づいた。ルークとバビの姿が見えない。
どこにいるのかと探していると、二人は揃って一箇所に留まっていた。
乱戦の最中、ルークとバビの二人は背中合わせに並び立っている。
そして、二人が動く。
「《雄性の」
「《小淫魔の」
ルークは右手を、
バビは左手を伸ばし、
「「――誘惑》」」
スゥッと招くように手を動かした。
次の瞬間、ゴブリンの軍団の中で特に勇猛に戦っていたメスの【ゴブリンウォーリアー】が横にいた仲間の首を切り落とした。
また、後方で指揮を取っていた【ゴブリンアーチャー】が自分の乗っていた騎獣の頭を叩き潰している。
「ギギィイイ!? 姉御、な、なにをぉおお!?」
「タイチョォ!?」
悲鳴と狼狽、何より混乱が蔓延する。
被害は更に拡大する。
次々と、次々と、【ゴブリン】が正気をなくし味方殺しに走る。
【魅了】された者が【魅了】されていない者に攻撃し、されていない者は【魅了】された者への攻撃を躊躇う内に自分も【魅了】されるか、殺される。
被害は加速度的に増大し、やがて全ての【ゴブリン】が【魅了】されるか死ぬかしたところで。
「《リリム・ドレイ~ン》♪」
バビが【魅了】されている【ゴブリン】達を順番にドレインで吸い殺す。
その過程で正気に戻る者もいた。
しかし先ほどの繰り返しで【魅了】されている者に殺されるか、また【魅了】されるかの二択だった。
「ごちそうさまでした♪」
その一声をもってあっさりと、それでいて当事者には地獄絵図のような戦闘が終了した。
【ゴブリン】の軍団は全滅。俺や馬車の護衛に倒されたのを除く【ゴブリン】の死体は、同士討ちになったかミイラの如く干からびている。
『……我々のカウンターが【デミドラグワーム】などボスとの一対一の戦いで有効であることと対照的に、二人は多数の敵を駆逐する上では最凶最悪のコンビかもしれんな』
ルークとバビの強さの性質は俺達とはまるで毛色が違う。
【魅了】によって敵集団の中に散逸的に自分の戦力を作り出す。
すると敵集団はどこか一方への戦力の集中が不可能になり、連携を完全に崩される。
そうしている間に更に【魅了】で戦力が反転する。その繰り返しだ。
ある意味では、集団戦闘において大火力による面制圧を上回る悪夢と言えるだろう。
「敵じゃなくて良かったのぅ」
いやもう、本当に。
護衛の人達は元々が何人だったかは不明だけど、七人ほどは生き残っているし、馬車の中の商人達も無事のようだ。
けれどルークとバビにはドン引きしているのか顔が引きつっている。
まぁ仕方ないね。
この二人だからいいけど、やっていることが完全に悪役側だ。
○ックブーケ怖い。
「実戦で使ったのは初めてだったんですけど、お役に立てて良かったです」
「あんまりおいしくなかったけどおなかいっぱい!」
これでまだ下級職&第一形態なのだから恐ろしい。
「あ! ルークルーク! スキルが増えてるよ! バビ、第二形態になってる!」
「本当!?」
と、そこで二人のそんな会話が聞こえてきた。
見た目には変化がないが、どうやら今の戦闘という名の殲滅を経てバビは進化したらしい。
まぁ、あれだけ倒せばそうもなるだろう。
簡易ステータスを見るとルークのレベルも30を楽に超えたようだし。
「おめでとう」
「ありがとうございます! それでバビ、どんなスキルが追加されたの?」
「えーっとね、《ドレイン・ラーニング》だって!」
ルークが<エンブリオ>ウィンドウに表示されているそのスキルを見て、俺も差し出されたので見てみた。
《ドレイン・ラーニング》Lv1:
モンスターからのドレイン時に低確率(1%)で対象の持っているスキルをランダムに一つ習得する。
パッシブスキル。
ラーニング。
有名なところだと某名作RPGシリーズの青魔法だろう。
敵モンスターの使う技を使えるようになる、という奴だ。
バビの場合、現在の確率は1%だがそれでも100回ドレインすれば六割強の確率でスキルを一つ入手できる計算だ。
スキルはいくらでも持てるので、このラーニングは非常に有用だと言えるだろう。
……将来的に恐ろしいことになりそうだ。
『むぅ……』
ふと、ネメシスが何か困った感じで唸っている。
「どうした、ネメシス」
『気づいてしまったのだがのぅ。何だか我らの活躍がルーク達と比べて地味な気がして悩んでおるのだ』
「……いや、そんな悩みは要らん」
最初のデミドラグワーム以後、倒したのは雑魚ばっかりだし派手な活躍とかないけどさ。
だからと言って、<超級殺し>やフィガロさんみたいな猛者が次々と敵として現れたらまた死んでしまう。
そんなネメシスの悩みや俺の心の声とは無関係なのだろうが、
『GooooooGAAAAAAAAAAA!!』
――【ゴブリン】が死に絶えた戦場に、絶叫する何かが舞い降りた。
否、舞い降りたなどという軽い雰囲気ではない。
巨大な何か――いや、“鬼”が落下してきたのだ。
地響きを立てながらその“鬼”は五体満足で着地した。
俺は“鬼”の威容を見上げる。
それは異様な怪物だった。
その姿を、何と言えば良いのだろう。
赤と黒に彩られた体色。
額から生やした角、5メートルを上回る屈強な体躯は正に鬼そのものだ。
しかし、そこから先が異形だ。
鬼は頭部、両肩に大きな口を持っている。
三つの口からは、常に黒紫の煙が漏れ出ており、それを見ているだけで恐ろしい怖気が走る。
そして、鬼の頭上には【大瘴鬼 ガルドランダ】という名前が表示されていた。
【ガルドランダ】から発される威圧感に、全員の反応が遅れる。
直後、護衛の一人が【ガルドランダ】の右足に踏み潰され、
俺が巨大な拳に打ち抜かれた。
To be continued
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