第一話 キャンパスライフ
(=ↀωↀ=)<本日二話投稿
(=ↀωↀ=)<ちなみに前話がプロローグAなのにBがなかった理由は追々
□椋鳥玲二
例えばゲームをやりすぎたとき、ベッドで横になっても瞼の裏でそのゲームをシミュレーションしてしまうことがある。
昔、兄に落ち物パズルゲームで負け続けた時がそうだった。
ちなみに兄も俺に格闘ゲームで負け続けた時は同じ状態に陥ったらしい。『格闘技の世界チャンピオンなのに、何で格ゲーでは弟に勝てないのさ? 強いんじゃないの?』と姉に煽られていた。
姉の理屈が通るならば、この世の格闘ゲーム大会は筋骨隆々の男達で占められてしまうだろう。あるいは、姉自身か。
閑話休題。
話を戻すが最近の俺は、ずっと頭の中でデンドロの中での動きをシミュレートしている。
内容はあの【魔将軍】との戦いだ。
あのときは辛くも勝利を収めることが出来たが、あれは本来こちらが負けていた戦いだ。
もっと早くに【魔将軍】がギーガナイトを増やす、あるいはまだガルドランダを出していないタイミングで強化スキルを使っていれば状況ははるかに悪かった。
そして、奴が最後に出そうとした神話級の悪魔を使っていれば……俺の敗北は確定的だった。
そうならなかったのは、【魔将軍】が完全にこちらを侮っていたからだ。
舐められてたから、勝てた。<超級>レベルの相手に全力で来られれば、今の俺の力量で勝敗を覆すのは難しいと自分でも分かる。
勝利を掴んだ後でも、まるでマリーに負けたときのようにあの状況が頭の中に残り続けている。そうして、詰め将棋を考えるように……頭の中はその事で占められることが多くなった。
もっとも、詰め将棋に例えるならばこちらが飛車角落ちどころか王将と香車だけでやっているようなもので、妙手など見えるわけもない。
「おーい、椋鳥。講義はとっくに終わってるのに何で難しい顔して座ってんだ?」
「……おおぅ」
学友に声をかけられて意識を戻せば、昼前の講義が終わっていた。
折角の大学生活なのに講義に集中できないというのは問題だ。
そういえば、俺よりも一年上のビースリー先輩……もとい藤林先輩はどうしているのか。
あの人は元々クランの運営もしていたので、俺以上にデンドロとこちらでの時間や集中力のやりくりが大変だったと思うのだけど。
……ちょっと相談してみるか。
◇
お昼時に食堂で先輩の姿を探すと、すぐに見つけることが出来た。
何と言うか、リアルの先輩は向こう以上に真面目オーラが出ており、周囲の雰囲気から浮いていてすぐ分かるのだ。
とはいえ浮いているのは雰囲気だけであり、今も学友らしい人達と談話しながら食事をしていた。
他の人も一緒だと中々デンドロでの相談がしづらい気はする。先輩はデンドロとリアルをそれなりに分けている人だし。
どうしたものかと考えていると、丁度食事が終わったらしく、先輩の学友は席を立った。
タイミングの良さに感謝しつつ、先輩に声をかけようとすると……誰かに肩を抱かれた。
「レイやんどないしたんー?」
「…………」
出たな、女化生先輩。
「わきわきー」
「!?」
右手で肩を抱きながら空いた左手で脇腹をくすぐってくる。
遭遇からナチュラルにセクハラ案件だ。
「保護者は! 月影先輩はどこに!?」
「影やんならおらへんよー? ちょっと用事あって伊賀の実家に帰省しとるから」
「伊賀!? あの人ってやっぱり忍者なの!?」
「“やっぱり”て……。『伊賀出身者はみんな忍者!』みたいな偏見はどうかと思うで?」
……だってあの人、【暗殺王】じゃん。
影潜るし、忍者だとああいう<エンブリオ>なことにも色々納得が……。
「ふふふー。影やんもおらへんし、レイやんへのセクハラもし放題やー」
「ぎゃー!?」
「多少は秘書の目も気にしていたのか」と思う間もなく、俺へのセクハラが加速する。
そして女化生先輩は左手を俺の服の中へ……、
「――会長? 先ほどから、公共の場で何をなさっているのですか?」
入る直前に、押し潰されるようなプレッシャーを含んだ声によって静止した。
声の主は、もちろん藤林先輩だった。
眼鏡の奥の目は据わっており……滅茶苦茶怖い。
「……あ。おったのね、ビーちゃん」
「正座」
「…………ここ、食堂なんやけど」
「正座」
「………………はい」
有無を言わせぬ藤林先輩の「正座」コールに観念し、女化生先輩はその場で正座した。
周囲の視線に心なしかプルプルと震えながら、しかし女化生先輩は正座を続けていた。
藤林先輩がそれを見下ろしているので、何と言うか『悪さした妖怪と調伏した僧侶』みたいな構図だった。
サークル活動の件を抜きにしても、この二人のリアルでの力関係は藤林先輩に分があるらしい。
後に女化生先輩から聞いた話だが、これは昔からそうらしい。
藤林先輩の実家に女化生先輩がお茶と礼儀作法の稽古に来ていたことから、どうしても「やらかした」時には苦手意識を持ってしまうらしい。
女化生先輩はげっそりしていたが、暴走する人にブレーキ役がいるのは良いことだとつくづく思う。
◇
「椋鳥君、狐はいつも獲物の子犬を狙っています。油断したら食べられてしまいますよ」
「はい。助かりました」
「ぶー。何でビーちゃんは毎回うちの邪魔するんー?」
食堂での騒動の後、俺達は女化生先輩が会長を務めるサークル、<Club of Infinite Dendrogram>。略して<CID>の部室に場所を移していた。
以前ここで女化生先輩の毒牙にかかりかけたが、今は藤林先輩がいるので安心だ。
「それで、椋鳥君。食堂で会長に絡まれる前の様子からすると、私に何か用事があったのでしょうか?」
あ、気づいてくれていたらしい。
先輩から話を振ってくれたので、俺は先輩に「リアルとデンドロの時間や集中力のやりくり」を聞いた。
「ああ。簡単ですよ。授業中は授業だけに集中すれば良いのです。授業は余計なことを考えずにしっかり受ければちゃんと身につきます。あとはレポートの類に気をつければ良いでしょう」
「そういうものですか?」
「はい。授業中だけ<Infinite Dendrogram>を頭から追い出せば良いのです。始めたばかりだとどうしても考えてしまうかもしれませんが、意識的にそうしていればすぐに慣れます。私もそうでしたから」
……そうかな、そうかも。
「分かりました。今度からはそうしてみます」
「はい。頑張ってください」
「T大の授業にそれでついていけるとかビーちゃんこわいわあ。……それにノーと言わないレイやんも」
女化生先輩はなぜか俺達を見ながらぶつぶつ呟いていた。
「女化生先輩、どうしたんですか?」
「誰が女化生や」
あ、つい声に出して呼んでしまった。
これまで本人の前では心の中だけだったのに。
「うちのことを呼ぶなら月夜先輩と呼んで欲しいわー」
「分かりました。扶桑先輩」
「……レイやん、わりとイイ性格しとるよね?」
この人には腕を治してもらった借りがある。
だが、誘拐やセクハラなど結構な数の迷惑もかけられているので、本人のリクエストに沿うつもりはない。
「まぁ、ええわ。それより最近も色々やっとったみたいやねー」
「色々?」
「皇国の【魔将軍】倒してたやん、動画見たで」
「ああ……」
誰がアップしたのかは分からないがあの戦いはネット上に動画が投稿されていた。
《瘴焔姫》、それに《応報は星の彼方へ》も既に周知のスキルだ。
もしも今後、あのフランクリンのように俺へのメタを張った相手が出るとすれば、それらにも対策を打ってくるだろう。
いや、あるいはあの動画も……。
「それに<遺跡>を攻略して、出てきた巨大兵器ぶっ壊したんやろ? 派手やねー」
「巨大兵器はともかく、<遺跡>の攻略はトムさんのお陰ですよ」
初日の居住区画の探索では、トムさんが警備の煌玉兵の殆どを倒した後を通っただけだ。
翌日のプラント攻略についても、それはトムさんや他の<マスター>に任せきりだった。
<遺跡>の攻略については、ほぼ全てトムさんの功績と言っていい。
そういえば、あの後に<遺跡>では煌玉馬の量産設備が見つかったらしい。
シルバーなどのオリジナルには及ばないが、飛行能力とバリアを備えた量産型だ。その他の性能も今までのレプリカより高いそうだ。
生産素材には俺やアズライトが倒した鯨と蟹が内蔵していたあの大量の金属粒子が使えるらしく、現在急ピッチで量産が行われている。
王国の各騎士団でも戦力アップのために煌玉馬への乗騎変更と、サブジョブとしての【煌騎兵】取得が行われているらしい。
ちなみに、件の金属粒子は装備作成の上質な素材としても使えるらしいので、カルチェラタンの職人さんに依頼してアクセサリーを作ってもらった。
職人さんに【ストームフェイス】と名づけられたそのアクセサリーがどんなものかを簡単に言えば、口元に装着する薄いマスク型の酸素ボンベだ。
なぜそんなものを作ってもらったかと言えば、最近高高度をシルバーで走ることが多いからだ。もしも圧縮空気のバリアが破れた時の対策も必要と思って用意した。
装備補正等はないが、空気の薄い空の上だけでなく水中でも使えるし、装備していても発音の邪魔にならない中々の優れものだ。
デザインも職人さんに「今の装備に合う感じでお願いします」と頼んだら、中々格好良く作ってくれたのでとても満足している。
しかしなぜか、ネメシスは『……突き抜けてしまった。もうダークヒーローとかでなく完全にヴィラン方面に突き抜けてしまった』とか言っていた。
あいつは俺の装備に対してナイーブになりすぎていると思う。
先輩は「とても良いですね」と言ってくれていたし。
そうそう、先輩とはあの事件の後にカルチェラタンで再会した。
<K&R>の車の<エンブリオ>を使う女性にカルチェラタンまで送ってもらったらしいが、再会したときの『どうしてレイ君は何度も事件に巻き込まれているのでしょう』という顔が忘れられない。
まぁ、先輩と別れて数日で<超級>と戦ったり、<遺跡>から目覚めた古代兵器と戦ったりしていればそう思われても仕方はない。
再会と言えば、あの<ソル・クライシス>に属していたダムダム氏とブルースクリーン氏にもばったり遭遇した。
二人とも今は王国の依頼で<遺跡>周辺の調査を任されている。
ちなみに俺のPK未遂について、あの【モノクローム】の事件の渦中に襲撃したことは謝っていた。 しかし、『まー、自信がついたらそのうちまた襲うかもしれないけどなー』とは言っていた。
あっけらかんとした物言いだったが、遊戯派のPKとはそういうものなのかもしれない。
まぁ、緊急時でさえなければPKに襲われても「迷惑」だけで済むから別にいいけれど。
格上との戦いなので得るものもあるだろう。
ダムダム氏は自身のショートワープを得手とする珍しいタイプの前衛だし。
あ、ショートワープと言えば、カシミヤもそんな感じだったっけ。
トルネ村に向かっていた途中の、俺達と狼桜の戦いの真ん中に突然現れて……、
「トム・キャットといえば、椋鳥君はご存知ですか?」
と、俺があの事件の後にあったことを思い出していると、先輩は俺に何事かを尋ねてきた。
「ご存知って、何のことですか?」
俺が質問を返すと、
「こちらの時間で明日、トム・キャットとカシミヤのランク戦があります」
先輩は、とある決闘の開催を俺に教えてくれたのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<主に五章後のあれこれでした
(=ↀωↀ=)<新たなイベントの種を蒔きつつ次回は多分一週間後ー




