番外編 スタートラインの裏側で
(=ↀωↀ=)<この番外編
(=ↀωↀ=)<「いつか短編集でも出したときに書き下ろしとして入れようかなー」
(=ↀωↀ=)<とか思っていたものですが
(=ↀωↀ=)<六章まだもうちょっと時間かかるので間もたせに投稿しますー
( ꒪|勅|꒪)(それ、いつか本当に短編集出すときになったら新たに書き下ろす必要あるんじゃ……)
( ̄(エ) ̄)<ちなみに今回の話は「読めるHJ文庫」にて掲載中の
( ̄(エ) ̄)<0.5話を読んでいるのが半ば前提になってますクマ
( ̄(エ) ̄)<まだの方はそちらからお願いしますクマ
(=ↀωↀ=)<ちなみに内容的には【グローリア】編で足りなかったあの人の話でもある
□二〇四五年三月十六日
それはレイ・スターリングが<Infinite Dendrogram>に初めてログインした日。
時間はシュウが催したレイの歓迎会の真っ最中でのこと。
もっともそのときは既に歓迎会とは言えなかったかも知れない。シュウが大量に食材を用意しすぎたため、彼らだけでは到底消費できなかったからだ。
大量に余る料理を店内の他の客へも振る舞うことにしたため、もはや歓迎会というより大宴会と言った風情になっている。
『ふぅ。幹事は大忙しクマー』
音頭を取っていた宴の中心から離れ、シュウは少しだけ疲れたように息をついた。
何分、彼は朝から色々と食材集めに動き回っていた。
レイと行ったクエストでは地下で数十の【デミドラグワーム】を相手取った。
その後に始まったこの宴の取り仕切り。
それら一つ一つは疲れるようなことではないが、重なると多少は響くものである。
「おつかれダヨー」
と、休憩していたシュウに宴会の参加者の一人……レイレイがグラスを手渡した。
『……これ、何も混ぜてないクマ?』
「あははー、流石に労いで毒は盛らないヨー」
「ないない」と手を振りながら朗らかに笑うレイレイだが、シュウは知っている。
『毒は……って限定してる時点で危ないクマ』
“酒池肉林”のレイレイと呼ばれ、アルター王国の<超級>でもある彼女は状態異常戦術のエキスパートだ。
毒を盛らなくても、他の薬品を盛っている可能性は十分にある。
彼女がサブジョブの【高位薬師】で作る薬は上級職で作れる程度の代物だが、彼女が使う時点でそれは超級職の薬より遥かに危険だともシュウは知っている。
それこそ不死身の変身能力を有する【犯罪王】ゼクスのヌンよりも、レイレイの<エンブリオ>は恐ろしいと考えている。
手渡される飲み物は特に危ない。
現に今、楽しげに宴会に参加している客の何人かは、数時間後にはレイレイが状態異常を仕込んだ飲み物によって地獄を見る予定だ。シュウの弟であるレイもその一人である。
しかしそれも悪意からではなく、この<Infinite Dendrogram>ではよくあるトラップの一つをデスペナにならない範囲で、教訓として身体に教え込んでいるだけだ。言うなれば彼女なりの優しさからである。
『今日はレイレイさんがいて驚いたクマ』
「ちょっとだけログインしてみたら、『クマが街中で高級食材を買い漁ってるー』って噂になってたんダヨー。それで料理ならダルシャンのところだと思って話を聞いたら、君が弟の歓迎会やるんだって言ってたからネー。時間作って様子見に来たんダヨー」
『顧客の情報漏洩クマー。飲食店としてあるまじきクマー』
「隠してもいないのにネー」
レイレイはクスリと笑ってから、ある方向へと視線を向ける。
レイレイの視線の先には、ネメシスとジュース(レイレイさん謹製)の飲み比べをするレイの姿があった。
「あの子がシュウの言ってた弟君なんだネー」
シュウはレイとネメシスの様子に『あれは後で状態異常がひどいことになるな』と確信しながら、レイレイの言葉に頷いた
『ああ。ネームはレイ・スターリングクマ』
「そっかー。私と名前似てるネー」
『どっちも本名をもじっただけの名前だから、被りもするクマ』
「それもそうだネー」
レイレイはうんうんと頷き、
「私の使ってるハードってホントはあの子が使うはずだったんだネー」
『ま、そうだな』
レイレイの言葉にシュウはやはり頷いた。
◇◇◇
それは<Infinite Dendrogram>の発売日のこと。
シュウ――椋鳥修一は第一報の時点で購入に走った少数の一人である。
キャラクターメイキングの段階でチュートリアルを担当した管理AI二号ハンプティとの間に少々問題が発生したものの、ログインしてすぐにシュウは<Infinite Dendrogram>が“本物”であると知った。
<Infinite Dendrogram>を体感した直後、修一がまず誰よりも誘いたいと思ったのが弟のレイ――椋鳥玲二だった。
修一はキャラクターメイキングで生じた問題――素顔のままでのアバター作成に応急の対策――着ぐるみの購入を行った後、ログアウトして再び販売店に向かった。
情報が広がってハードが売り切れる前に、レイに贈る二台目のハードを購入するためだ。
幸いにして修一は間に合い、二台目のハードを購入することはできた。
だが……、
『俺先週から受験勉強で娯楽断ちしてるからゲームできない』
「……あー」
当時の弟は高校二年生。大学の受験勉強に突入したばかりの時期。そして受験生にとってMMOなど大敵以外の何者でもない。
さすがにここで強引に誘って、弟の大学受験を台無しにするわけにもいくまいと修一は考えた。
……もっとも、その後も「面白いぞー」、「やってみたらどうだー」と誘惑はするのだが。
兎にも角にも、シュウの手元にはハードが一つ余ってしまった。
また、シュウが購入した少し後に<Infinite Dendrogram>が“本物”のダイブ型VRMMOであるという情報も広まり、店舗からは急速にハードが消えていった。
オークションサイトへも出品されたが、値段は破格の急上昇中。定価の二倍を即決価格に設定した者が泣きを見るほどのプレミア価格だ。
今、あるいはもう少し待ってから売れば購入価格の数倍で売れるのは間違いない。
が、修一は別段金に困っているわけでもないので、無理に売る必要もない。
そうかと言って玲二の受験が空ける一年半後まで寝かせておくのも、微妙な心持ちだった。埃も被るし、一年半経って色褪せた箱のゲームを贈るのもスッキリしない。
さらにチュートリアルで『ハードを複数購入してもアバターは共通』とも聞いているので、今持っている物が壊れでもしない限り修一にとって二台目は無用の長物だ。
修一は販売店の袋に入ったハードを抱えたまま、「どうしようかな」と公園のベンチで鳩を眺めながら考えていた。
修一は整った顔をしており、長身で引き締まった肉体をしているのでベンチでそうしているだけでも多少絵になる。もっとも、量販店の袋に入ったハードを横に置いているので雰囲気も何もあったものではなかったが。
考えるのと鳩を見るのにも飽き、「とりあえず帰ってまたログインするか。着ぐるみ買って一文無しになったから、どう持ち直せばいいかわかんねーけど」と、溜め息をついてベンチから立った。
「はぁ」
『ふぅ……』
そのとき、彼の耳に彼以外の溜息が聞こえた。
それは隣のベンチに座っていた女性のものだ。
ブロンドの髪で北欧風の顔立ちの……どこかで見たような女性。
彼女は何やらひどく残念そうにしていた。
修一はなぜか彼女のことが気になって、彼女に声を掛けた。
『どうかなさいましたか?』
幸いにも修一は英語なら普通に話せた。大学にいる間にゼミの教授の付き添いで海外に渡っているし、英語やドイツ語の論文を読むのにも必要だったので覚えている。ついでにアラビア語などマイナーな言語も嗜んで、クロスワードパズルくらいは解けるようになった。
だが、英語で話しかけた女性は少し驚いてから、『え、あの……あなたは?』と英語ではない言語で話した。
それは修一の記憶が確かであれば、ノルウェーの書籍語だった。
幸いにしてそちらも少しだけ分かったので、修一は言語を切り替えて再び話し始める。
『失礼します。何やら、残念そう。私、気に、かかりました。何か、お手伝いできること、ありますか?』
発音や文法が所々怪しかったが、彼はノルウェー語を話せていた。
女性は日本で母国語を聞いたことに驚いている様子だった。
けれどそれはどちらかと言えば修一の顔に驚いていたのだが、この時点の修一がそれに気づくことはなかった。
女性は少し考えてから、訥々と事情を話し始めた。
なんでも、昨日東京での仕事を終えて今日からしばらくは休暇をハワイで過ごす予定だったらしい。
しかし、折悪しく島の一つで火山活動の兆候が見られ、飛行機がストップしてしまったらしい。
『中々長い休みが取れないから、今回の旅行は楽しみにしていたのよ』
『それは、ご愁傷さま、です』
『もっと時間があって、色々なところに簡単に行けたらいいのだけどね。シュウは引退したから時間あるの?』
『……ええ、まあ』
『いいなぁ……。私も仕事は大好きだし天職だけど、自由な時間も欲しくなるもの』
彼女は愚痴、と言うよりも身の上話をしながら溜息をついた。
ただ、修一が気にかかったのは話の内容ではなく……女性がまるで修一のことを顔見知りのように話していることだ。
いくら何でも初対面の相手にこうもペラペラと話はしないだろう。
おまけに「シュウ」と名前も呼んでいる。
思い出せないが知人であるらしいということは察した修一だったが……。
(どこで会ったっけ?)
修一の方も彼女の顔に微かに見覚えはあるのだ。
しかし、幼い頃から子役俳優、歌手、学生、格闘家、大学生、助手、資産家、無職と様々なレイヤーを行ったり来たりしている修一は人付き合いが異常に広く、知人の数も膨大であるためすぐには女性のことを思い出せない。
(引退というと芸能界だろうか。いや、格闘技関連かもしれない。……卒業して研究助手やめたのもある意味じゃ引退か?)
いずれにしろ、彼女は修一の知り合いではあるのだろう。
そんな彼女がこうして心中を吐露してくれているのに、聞いただけで「はいさよなら」というのも悪い気がした。
ふと思いついたように自分の隣を見る。
そこには量販店の袋に入った<Infinite Dendrogram>のハードがあった。
「…………」
シュウは少し考えてから、それを彼女に手渡した。
『これを、どうぞ』
『これは?』
『ゲーム。だけど、すごいリアルな、ゲームです。これで、旅行の代わり、なる、かも』
それは思いつきだった。
このまま自宅でホコリを被らせておくよりは、有意義に使える人にプレゼントした方が良いと思ったからだ。
『いいの?』
彼女は少し遠慮していたが、修一は強く頷いた。
『はい、余るより、必要な人のところ、いくのがいいです』
『そう。……ありがとう。自分の物に頓着しないのは、相変わらずだね』
彼女はハードを受け取り、感謝の気持ちを表すと共に微笑んだ。
『代わりにはならないかもしれないけど』
彼女はカバンからCDケースを取り出し、ペンでそこに何事かを書き込んでいた。
それを、彼女はシュウに手渡す。
『私の新曲のCDなの。良かったら聴いて』
『?』
『ふふ、今はもう音楽からは離れてるのかな?』
彼女はクスリと笑って、ベンチから立ち上がった。
『ありがとう。久しぶりに話せて嬉しかったわ……またね』
そう言って、彼女は手を振って公園の外へと歩いていった。
それを見送る修一はどこか肩が軽くなった気がした。
物理的にハードを持ち歩かなくて良くなったこともあるが、それとは別に「自分は間違えなかったのだろう」という気分でもあった。
ふと、彼女に渡されたCDに視線を落とす。
そこには彼女のメールアドレスらしいものと名前……サインが書かれている。
そう、サインにはこう書かれていた。
レイチェル・レイミューズ、と。
「……ああ、芸能界にいた頃か」
その名前で、修一も思い出した。
まだ修一が子役俳優と歌手をしていた頃に、『世界中の子供歌手でユニットを作ろう』という企画があった。
修一もそれに参加していて、短い期間だが彼女……レイチェルという年下の少女も一緒だった。
もっとも、企画自体はスケジュール管理が困難ですぐにつぶれてしまったのだが。
それでも彼女を含めたほかのメンバーと歌った記憶は、思い出そうとすればちゃんと思い出せた。パーティで砂糖を入れすぎたジュース等を悪戯に飲まされた思い出もある。
そんな彼女だが、名前を知るまで顔に見覚えはあっても修一が思い出せないのも当然だった。彼女とは彼がまだ小学生だった頃に会ったきりなのだから。
今の成長した彼女と過去の少女では、似ている点はあっても直接は印象が繋がらない。
けれど……。
「……レイチェルの方はよく俺だって分かったな」
「子供の頃と比べれば、縦に伸びるわ筋肉ついてるわで面影も残ってないだろうに」と修一は首を傾げたのだった。
◇◇◇
その後はメールで連絡を取り合ったり、<Infinite Dendrogram>で共にクエストを受けたりしながら付き合いは続いている。
後に「何であのときに俺だって気づいたんだ?」と尋ねてみると、「十年くらい前に格闘技でも有名になったでしょ? 子供のシュウから今のシュウには繋がらなかったけど、そっちの頃のシュウとはほとんど変わってなかったよ」という返答がきたので「なるほど」と納得した。
『ところで最近仕事は?』
「ワールドツアーも一段落したからリアルで二日くらいはおやすみだけど、その後は順調に忙しいヨー」
『そっかー。現役のミュージシャンは大変クマー』
「そうそう、さっき連絡があって前から食べたかった海の珍味が西の港町に届いてるんダヨー。この休みの内には交易商人がこっちまで運んでくるから、それ食べるのが楽しみなんダヨー」
『レイレイさんは相変わらず食道楽クマー』
今もドリンクを片手にカナッペを食べているレイレイを見ながら、シュウは感心するようにそう言った。
余談だが、なぜシュウが旧知で年下のレイチェルをこちらでは『レイレイさん』と『さん』付けで呼んでいるのか、実はシュウ自身にもよく分かっていない。
なんとなく、話していると『さん』と付けてしまうのだった。
「料理も観光の楽しみダヨー」
なお、その珍味は直後に起きる王都封鎖によって<ゴブリンストリート>に奪われ、彼らの酒の肴となる運命であった。
また、それが<ゴブリンストリート>壊滅の最初の切っ掛けでもある。
「でも、来月からまたツアーが始まりそうだから、ひょっとすると戦争には参加できないかもしれないヨー」
レイチェル・レイミューズは、引退した椋鳥修一とは違って今も歌手として活動中だ。
しかもトリプルミリオンヒットを飛ばし、世界を股にかけるソロのロックシンガー。
多忙を極める彼女だが、短い時間を有効活用でき、普段見ない景色も見ることが出来る<Infinite Dendrogram>は、彼女にとって有意義なものだった。
また、息抜きであると同時に新たな楽曲の着想を得るにも良い環境であり、<Infinite Dendrogram>を始めてからの彼女の楽曲の評価は一段高くなっている。
いずれにしろ実プレイ時間で言えば決して多くない彼女が、<超級>にまで至っていることは驚くべきことだった。
まぁ、シュウからすれば「何でデンドロだと変な喋り方になってるんだ」とか「何であんな物騒な<エンブリオ>なんだ」という疑問の方が大きかったが、……その二点について彼には何も言う資格がないと誰もが思うだろう。
『戦争は最悪俺が八面六臂頑張るクマー。レイレイさんはお仕事頑張るクマー』
「おー、心強いネー。でも、私もできることはやるヨー」
ランキングに名を連ねるランカー同士、不敵に笑いあう。
『お互い、頑張ろうかね。ま、ひょっとすると……』
シュウは視線を弟に……弟のアバターであるレイ・スターリングに向ける。
『これからの台風の目は……俺達じゃないかもしれないけどな』
兄の欲目ではなく、純粋に一人のプレイヤーとして。
レイが今日成したことと、これから成すであろうことに思いを馳せながら……シュウはレイをそう評価した。
レイレイはそんなシュウを微笑ましく見ている。
それから思い出したようにこう言った。
「あ、そろそろ温くなっちゃうからドリンク飲んじゃってヨー」
『はいはい。……甘っ!』
レイレイに勧められてついドリンクを飲んだ直後。砂糖が大量に投入されていたドリンクによってシュウは口を押さえ、レイレイはそれを見てけらけらと笑っていた。
「悪戯好きなところは本当に何も変わってねえ」と昔を懐かしく思いながら、胸焼けしたシュウはクマの着ぐるみのまま水を求めてのた打ち回るのだった。
それがまるで宴会の芸のようであったので、また少し宴は盛り上がる。
そうして、シュウが準備した宴の夜は楽しげに更けていくのだった。
Episode End




