エピローグB 胎動と平穏
(=ↀωↀ=)<三連続更新三回目で今年最後の更新
(=ↀωↀ=)<予め言っておきます
(=ↀωↀ=)<【グローリア】編エピローグBのBは
(=ↀωↀ=)<「ボスラッシュ」のB
(=ↀωↀ=)<時系列的に第一の大ボス、【グローリア】編のラストだからこそやる話
(=ↀωↀ=)<情報量注意
■皇都郊外・<叡智の三角>本拠地
「やっぱりステータス情報は読めないねぇ。一キロ圏内に入ると偵察用モンスターが死んじゃってるのがいただけない。そうでなくても……」
ドライフ皇国のトップクランである<叡智の三角>の本拠地、その中心部にあるオーナーの私室では【大教授】Mr.フランクリンが映像を見ながら頭を悩ませていた。
映し出されている映像は全てクレーミルでの【グローリア】との戦闘映像だ。
「王国にどんな戦力がいるのか知りたくて機甲大隊に偵察用モンスターを同行させてたお陰でデータは取れたけど、これじゃねぇ……」
映像の大半は、途中から光で白一色になった後に途切れている。【グローリア】の《終極》で機甲大隊が蒸発した時に諸共消え去ったのだ。
残っている映像は<バビロニア戦闘団>が撮影し、【グローリア】討伐の一助とするために<DIN>を通して広く頒布したものだ。
「んー、まぁ、この映像からでも分かることはあるねぇ」
手にしたペンでノートと机をつつきながら、フランクリンは己の分析を形にするように独り言を続ける。
「あれは、基本ステータス自体はさほど高くない。HP以外は閣下の【ゼロオーバー】の強化前と大差なさそうだ。それをステータス強化も含めた複数の強力なスキルで脅威度を高めている」
何事かをノートに書き残しつつ、さらに分析を続ける。
「この能力のばらつきと出力、<UBM>の力の源を複数積んでいるのかねぇ。私も実物を見たことはないけれど、三強時代の記録には残っているから実現はできるはずだし」
<Infinite Dendrogram>の時間で今から六百年前。【覇王】、【龍帝】、【猫神】が覇を競った三強時代。当時、様々な力を駆使する異常な強さの<UBM>が戦場に現れた記録は文献に残っている。
恐らくは【グローリア】の同類だったのだろう。
「私にも……同じことが出来るかねぇ? あんなトンデモスキルじゃないけれど、それでもパーツ毎に……可能な限り多くの……。となると、純粋な生物ベースではなく、アタッチメントも含めて機械との合成で……。そうだねぇ、うん。このプランで練ってみようか。そうなると……」
ブツブツと思案しながら、フランクリンはノートにびっしりと覚書を残す。
そんなとき、
「フーちゃん何してるのー? もみもみ」
「ひゃん!?」
不意に声をかけられ……ながら胸を揉まれてフランクリンが悲鳴をあげた。
なお、フランクリンのアバターは男性なので揉むようなものはない。
「AR・I・CA…………」
突如として男胸を揉まれたフランクリンは、恨めしそうにソレをなした侵入者を見る。
それは右目と左目の色が異なる……片方が義眼の女性、【撃墜王】AR・I・CAだった。
<叡智の三角>のメンバーであり、フランクリンの親友でもある。
「ノックはしたんだけどね。まるで返事がないし中を見たらブツブツ言いながら書き物してるからついついやっちゃったよ!」
「『やっちゃったよ!』じゃないわよ、もう……」
親友と二人きりであるためか、フランクリンもアバターの口調ではなくプレイヤーであるフランチェスカ自身の口調で話している。
「で、ソレって何? この前できちゃった歌うエンジン使った機体関係の奴?」
「別の物よ。そちらはあと一ヶ月もすれば出来上がるわ」
「そうなんだ。じゃあそれを見てからにしようかな」
「?」
「で、それは何のアイディア書きなの?」
親友の意図が不明な発言に首を傾げるが、続く質問にその疑問は棚上げされる。
「この映像、王国に襲来した<SUBM>のものなのだけど。これを参考にして新しいモンスターを作れないかと思ったのよ」
「ああ。フーちゃんの別ゲー感漂う<エンブリオ>を使うんだね」
「……否定はしづらいわ。けど、そうね。作るとなればパンデモニウムを使う必要があるかもしれない。けれど……」
「どうしたの?」
「きっと、まだ出力が足りない。第六形態では私の望む性能まで辿りつけないわ」
フランクリンの<エンブリオ>は、このときはまだ第六形態。
<超級>ならざる身であり、そこには求める性能と実現可能な性能の埋め難い開きがあった。
「じゃあいつか<超級>になってから作ればいいんじゃない?」
「簡単に言うわね。……それしかないのでしょうけど」
「とりあえず『いつか作るリスト』にでも残しておいて、今は名前だけ決めれば?」
「名前……ね。機械を使うし、あとは強い言葉で……うん、それにやっぱり……」
AR・I・CAの言葉に、フランクリンは少し考え……それからこう言った。
「名前は……【MGD】、というのはどうかしら?」
それは『機械』と、『神』、そしてフランチェスカが昔飼っていた『ペットの名前』を組み合わせたものだった。
「格好良いね! ところでフーちゃんってどうしてフランス生まれなのに英語の名前ばっかりつけるの?」
「……貴女が前に『フランス語だとさっぱりわからないね!』って言ったからよ?」
そうしてフランクリンは『あはは、そんなことあったっけ?』と笑う親友をジトッとした目で睨んだ。
けれどその口元は、少し楽しげに笑っているのだった。
◆
これは王国と皇国の間に戦争が起こる半年前。
そして、AR・I・CAがフランクリンの下を去る一ヶ月前の話だった。
◆◆◆
■王都アルテア・貴族街
王都アルテアの貴族街の一角に、古びた邸宅がある。
それこそ、百年も二百年もそこにあるのではないかという建物だったが、魔法に長けた者が目を凝らせば、施設保全と侵入者排除の魔法が山のように仕掛けられていることに気がつくだろう。
その邸宅こそが、アルター王国にその人ありと謳われる【大賢者】の住まいだった。
しかし今、その邸宅は完全に閉めきられている。窓は全て閉じ、厚いカーテンもかかっている。
【グローリア】の一件が解決した後、【大賢者】は亡くなった徒弟達の喪に服すと言い、邸宅に閉じこもっていた。
登城も行っていなかったが、事情を知っている国王達は「先生にもたまには長い休息が必要でしょう」と休ませていた。
しかし、【大賢者】は喪に服しているわけでもなければ、休んでいるわけでもなかった。
むしろ……忙殺されそうなほどの作業に取り掛かっている真っ最中だった。
◆
「【三極竜 グローリア】。恐ろしい怪物だったが、あれも“化身”にとっては手駒の一つでしかないのだろう。バケモノ共め」
邸宅の地下室で、【大賢者】は何事かを述べながら作業を続けている。
それは【大賢者】らしい魔法の作業……ではない。
むしろ、隣国ドライフでよく使われている機械を用いた作業であった。
【大賢者】のイメージにそぐわないその作業を、しかしこの世の誰よりも洗練された動作で【大賢者】は実行している。
「それに、【グローリア】を少人数で撃破した<超級>の存在もある。<超級>と“化身”。全てを敵に回せば完成した一号でも勝てない」
呟きながら端末にデータを入力し、いずこかへと送信する処理を続けている。
「……しかし、今回の一件で<超級>は“化身”の管理下であっても支配下ではないことはよく分かった」
<マスター>の行動は自由であり、それは彼が敵対視する“化身”――管理AIにとっても制限できるものではないことも【グローリア】の一件で【大賢者】は理解した。
「<超級>をこちらにつけることが出来れば、話も変わる。どこかにいないものかな。<超級>の中でも秀でた力を持ち、それでいて“化身”に敵愾心を抱いているような輩は」
条件を並べ立てて……それから【大賢者】は自らの言葉に苦笑する。
「……フッ。そんな都合の良い存在、いるわけもないか」
【大賢者】は何かを諦めたように作業に戻る。
彼の操る端末には、『対“化身”用決戦兵器一号【アルガス・マグナ】』というコードが記されている。
「構わんさ。私は、私の目的を果たす。私の遺志を果たす」
そして、【大賢者】は噛み締めるように……血を吐くように言葉を発する。
「この【大賢者】フラグマンが、必ず“化身”とそれに連なる者共を滅ぼしてやる」
二〇〇〇年前に“化身”と戦い、滅ぼされた先々期文明。
その文明最大の隆盛を作った男……【大賢者】フラグマンは、己の決意を改めて口にしたのだった。
◆◆◆
■“監獄”
【グローリア】討伐の報は、“監獄”内でも話題になっていた。
“監獄”の中であっても、外へのアンテナを伸ばしているものは多い。
特に今回は、この“監獄”でも有名人である【狂王】ハンニャが自身と親しいフィガロの活躍を満面の笑みで触れ回っているのも大きいだろう。
「しかしすげーなー、これ。<三巨頭>ってのは一体どんな特典武具ゲットしたんだろーな」
「ああ、俺……王国出身だったのに。外にさえいれば俺がMVPに……」
「……お前、レベル二〇〇ちょっとじゃん。全然足りてないぞ」
“監獄”内に回ってきた【グローリア】の戦闘映像を見ながら、“監獄”の<マスター>達は祭りを……あるいは対岸の火事を見るように世間話を交わしていた。
そんなどこか緩んだ空気の中、
「助けて! 助けて……!」
悲鳴をあげながら、一人の<マスター>が大通りに逃げ込んできた。
周囲の者は彼の姿を見て、何が起きたかを理解する。
男の右腕は、見えなかった。
視界選択が出来る<Infinite Dendrogram>は、リアル・CG・アニメの三視点のいずれでもブレなどのない完全な視界で見ることができる。
しかし、その男の右腕は0と1の数列が浮かび上がりながら、ノイズが走っていた。
変化はそれだけに留まらず、ノイズの領域は侵食を続け、男のアバターを壊していく。
その光景だけで、他の<マスター>には何が起きたか理解できた。
「助けて! なんだよこれ!? 俺のアバターやステータスの数字が変になって、名前まで……!」
「お前新入りだな。ここに来た時に、あのダンジョンには入るなって誰かに言われなかったのか?」
「だ、だって、美味い狩場を隠してるんだと……」
「バカが。『あのダンジョンに入るな』、『【超闘士】フィガロの悪口を言うな』、『往来でカップルがいちゃつくな』。これは全部意味がある警告なんだよ!」
「そ、そんなこと言われても……!? こ、これどうにかならないのか!?」
男が侵食されていく右腕を見せるが、話していた<マスター>は首を振る。
「諦めろ。奴のスキルを食らったら助からない。むしろ、早くデスペナにならないと間に合わなくなる」
「え、それってどういう……」
直後に、男は後ろから首を落とされてデスペナルティになった。
それを成したのも<マスター>の一人だったが、彼は男をデスペナにしたことを別に喜んではいなかった。
むしろ、『介錯をした』、『助けた』という気持ちが強い。
「……間に合ったか?」
「大丈夫だろう。まだこのマップがバグっていないからな。後遺症が出るほど侵食は進んでいなかったはずだ。あの新入り、レベルと<エンブリオ>の到達形態はそれなりだったらしいな」
「前のときはハンニャさんが区画ごと潰してくれたから助かったが、いないときはきついな」
「せめてハンニャさんくらい話が通じる……普段は話が通じる<超級>が増えてくれないと、そのうちに抑えられなくなるぞ」
「……フウタか。何であんな<マスター>がいるのかね……」
その場に集った<マスター>は苦い顔をしながら居住区画の外……とあるダンジョンの方角を見るのだった。
正確にはそこにいる……災厄としか言いようのない一人の<マスター>を。
◆
この“監獄”に、現在<超級>は二人いる。
一人は【狂王】ハンニャ。タブーに触れない限りは話の分かる人物であり、“監獄”の住人からもそれなりに慕われている。
そしてもう一人は……常にとあるダンジョンの中にいた。
そこには、二人の人物がいた。
一人は……少年。
ボロボロの初期装備のまま、洞窟の地べたに体育座りをしている十歳かそこらの少年だ。
もう一人、少年の傍らに立っているのは、フードを被り覗き穴すらない無地の仮面で顔を隠した男。
彼は少年を守るように、無言でその場に佇んでいる。
「また、プレイヤーが来た」
少年がボソリと、先刻の出来事を思い出しながら呟いた。
「へらへら笑いながら、楽しみながら、ここに来た」
そうして思い出しながら、血が流れるほどに奥歯を噛み締める。
「何が、楽しいんだ……!」
少年は我慢ならないという気持ちを込めて、壁を殴る。
少年の非力な腕で壁は傷つかず、パラパラと砂埃を落とすだけだ。
だが、直後に壁は変容する。
0と1が乱舞し、ノイズが生じ、……最後には壁に目と口が出来たモンスターに成り果てる。
しかしそれは奇妙なモンスターだった。
グラフィックが稚拙で、とても<Infinite Dendrogram>内のモンスターとは思えない。
<Infinite Dendrogram>の中で述べることに語弊はあるが、まるでゲームのようなモンスターだった。
「こんなゲームは、僕が、絶対に壊してやる……」
己の攻撃で壁がモンスターになったことなど気に留める様子もなく、少年は怨嗟を吐く。
「こんな世界は、僕が、絶対に滅ぼしてやる……」
ありったけの憎しみを込めて誰もいない空間に……この世界そのものに言葉を投げかける。
「――必ず」
少年の目に宿っていたのは、殺意。
まるで、親を殺されたかのような憎しみの篭った目で……世界そのものを睨みつけている。
彼の名は、フウタ。
“天道無視”フウタ。
如何なるジョブにも就かないレベル0の<超級>は……“監獄”の片隅で牙を研ぎ続ける。
彼の傍らの使徒……【終焉侵食 アポカリプス】と共に。
◆◆◆
■???・四号保管庫
「…………」
不思議な質感の通路を、ジャバウォックは無言で歩いている。
ここは、第四格納庫。
管理AI四号ジャバウォックが管理する<UBM>の保管庫である。
先刻、ジャバウォックは己の最高傑作と言っても過言ではない【グローリア】が滅びる様を見た。
最強のステータスを獲得したはずの本体も、新たな地平を切り開きかけた再生体も、二人の<超級>の手によって滅び去った。
その瞬間に、管理AI達の間に生じたのは安堵の空気であっただろう。
ただ、その中でもクイーンだけはジャバウォックを気遣わしげに見ていたが、ジャバウォックがそれを気に留めることはなかった。
ジャバウォックにとって、「<超級>を増やす」という目的で放った【グローリア】がそれを一度も達成できずに滅んだことの意味は様々だ。
【グローリア】を完全に滅ぼすほどに、今の<超級>がジャバウォックの想定外の相手であること。
最大のエースを、結果としては全く無意味に消費してしまったこと。
そして、――教材がなくなってしまったこと。
この一件で生じた様々なマイナスを考えながら、ジャバウォックは四号保管庫を進む。
その通路の横に視線を移せば、まるで戦艦のドックか何かのように巨大な物体が複数体鎮座している。
それらにはそれぞれこう名づけられている。
【四霊万象 スーリン】
【五行滅尽 ホロビマル】
【六門開口 ゲート・オブ・シックス】
【七曜統率 エレメンタル・オーダー】
やがて大陸の各所に降り立ち、蹂躙を開始するであろう<SUBM>の数々。
だが、ジャバウォックはそれらの前では足を止めず……さらに奥まで歩を進める。
そこには一際厳重な封印が施された……棺があった。
「【グローリア】が敗れたぞ」
ジャバウォックが棺に向かって話しかけると、棺は微かに揺れた。
不意に、棺の一部……死者の顔を見るための小窓にあたる部分が開いた。
そこから――巨大な眼球がジャバウォックを見下ろしていた。
「残念だったな。タイミングさえ合えば、【グローリア】でお前を完成させるはずだったんだが」
ジャバウォックの言葉に、棺の中のものは眼球をギョロギョロと動かす。
それは驚いているようにも、悲しんでいるようにも、怒っているようにも……あるいは何も考えていないかのようにも見える。
「王国の……いや、地球の<マスター>は本当に逸材が多い。流石は、と言うべきか。計画は別にして、私も少し楽しい」
ただ、「楽しい」というジャバウォックの言葉には、抗議するように睨みつける。
「そう怒るな。逆に言えば、まだ最上位を目指す余地はあるということだ。喜べよ……我が半身」
棺の中のものを半身と呼びながら、ジャバウォックは笑う。
「今は待て。いずれ、リセット前よりも強くなる機会は来る。お前の出番も、そう遠くはない。十年はかからないだろう。待ち続けた時間に比べれば短すぎるほどだ」
そうして、ジャバウォックは何かを思い出すように瞑目する。
それはまるで、十年が短すぎるというほどの長い時間を、回想するかのようだった。
『…………』
「最悪、他の<無限>のデータで強化すれば良い。もっとも、我々の強化は計画全体からすればまったくの余録であり、本題は別なのだがな。大丈夫だ。そちらも今回は手痛い失敗をしたが、抜かりはない。必ず揃える」
目を開けたジャバウォックはそう言った。
「それでは、私は仕事に戻る。お前も今は眠っていろ――【エヴォリューション】」
ジャバウォックは踵を返し、棺の前から立ち去っていく。
棺の中の眼球――【エヴォリューション】もジャバウォックを見送った後、その眼球を塞いだ。
そうして棺の小窓は閉じ、内部に封じられた存在も眠りにつく。
◆
【無限進化 エヴォリューション】。
ジャバウォックの半身にして、第一の<UBM>。
それも……今はまだ静かに眠り続ける。
◇◇◇
□王都アルテア・王城最奥
『……ここは』
シュウが目を覚ますと、そこには見覚えのある天井があった。
【グローリア】と戦う前にも訪れた、第三王女の部屋。
どうやら自分がその部屋の、しかもベッドの上に寝かせられているらしいとシュウは察した。
【気絶】中であったために、外界の様子は窺い知ることは出来なかった。
【気絶】している間、<マスター>の精神は何もない空間で待機することになり、ログアウトも出来ない。急にログアウトするならば<自害>のシステムを実行する必要があっただろう。
ただ、デスペナルティになっていないことやリアル側からの通知の類もなかったため、<自害>をせずに目覚めるのを待っていた。
そうして目覚めてみれば、第三王女のベッドで眠っていたのだから流石のシュウも疑問を覚える。
視線を横に動かせば、そこでは第三王女テレジアがシュウに占領されたベッドの代わりにドーの上で毛布を被って眠っていた。
ドーは天然の毛皮であり、体は湯たんぽのようなものなのでそちらはそちらで快適に温かい。
ちなみにドーは普通に起きており、ジッとシュウを見ていた。
『ん?』
シュウは少しの違和感を覚えて体を見下ろし、そこであることに気がついた。
いつの間にか、着ぐるみを着せられている。
それは王都で売っているクマの着ぐるみ。<Infinite Dendrogram>に入ったばかりの頃にシュウが購入したものと同じだった。
いつから用意していたのか、あるいはここに運ばれる途中でドーが入手したのか。
いずれにしろ、シュウはクマの着ぐるみを着ていた。
シュウは『そういえば、テレジアちゃんと初めて会ったときも諸事情あってクマの着ぐるみを着ていた』と思い出した。
それでこの着ぐるみを着せられたのかと思っていると、ドーに揺さぶられたテレジアが目を覚まし、起き上がる。
寝起きのシュウとテレジアは暫し視線を交わし、
『勝ったクマ』
「しってる」
そんな報告と返答を交わした。
「シロのなかも、おおさわぎ。おとうさまもアルティミアねえさまもいそがしそう」
『そうか』
それでまたこの部屋には人がいないのか、とシュウは納得した。
『ドーに頼んで俺をここまで運ばせたクマ?』
「そう」
あのとき、部屋を出た時点でシュウが【グローリア】に戦いを挑むことはテレジアには丸分かりだったのだろう。
だから、シュウが勝ったときにその正体を余人に知られぬよう、戻ってきたドーに回収を頼んだのだ。
「あなたのおかげで、わたしもアレもおわらなくてすんだわ。それがよかったのかはわたしにもわからないのだけど」
『……終わりたかったのか?』
「どうかしら」
不思議そうに、自分でも分からないと言いたげに、テレジアは首を傾げる。
「でも、そうね」
ただ、思い出すように言葉を繋げる。
「さっきまで、ずっとアルティミアねえさまがまもってくれていたの」
テレジアの姉であるアルティミアは、ずっとテレジアともう一人の姉であるエリザベートの傍で彼女たちを守っていた。
あるいはそれは、いよいよ王都が危うくなった時に妹達だけでも逃がすためだったのかもしれない。
アルティミアも強い力を持ってはいたが、しかし【グローリア】の《絶死結界》には太刀打ちできなかったから。
【元始聖剣】の力でも、発生し続ける結界は一時的にしか切り裂けないから。
けれど、テレジアはこの城から離れられない。
だからその時に、姉がどうするつもりだったのか、テレジアには分からない。
何とか外に逃がすための手段を模索しようとしていたのか。
あるいは自分も残って、その刃で最後までテレジアを守ろうとしていたのか。
父の代からの友人であるリリアーナにエリザベートを託していたから、後者であったのかもしれない。
「それでアルテアがたすかったってわかったとき、アルティミアねえさまがわたしをだきしめてくれたの」
王都に迫っていた【グローリア】の脅威が去ったとはっきりしたとき、アルティミアはテレジアを抱きしめた。
泣きながら、『アナタが助かって良かった』と妹を抱きしめた。
そんな姉のぬくもりを感じて、テレジアは思った。
「そのときは、『おわらなくてよかった』っておもったわ」
『なら、いいさ』
ならば、自分達は可能性を掴めたのだろうとシュウは思った。
今回の【グローリア】との戦いは、きっと自分だけでは己の全てを費やしても今に至る可能性を勝ち取ることはできなかった、とシュウは考えている。
フォルテスラと<バビロニア戦闘団>が【グローリア】の力を暴き、
フィガロが全てを滅ぼす一本角の首を倒し、
扶桑月夜が全てを殺す二本角の首を倒した。
だからこそシュウは最後の戦いを制することができた。
それらのどれが欠けても、シュウは勝利できなかっただろう。
あるいはシュウが知らぬ間に、この結末に至ることを助けてくれた者もいるかもしれない。
全員の全てで可能性を掴みにいったからこそ、今この瞬間があり……一人の少女に『おわらなくてよかった』と思わせることが出来たのだろうから。
「ねおきでのどがかわいたでしょう? おちゃでもいれるわ。おしろのおみずはおいしいのよ」
テレジアはその小さな手で、けれど手馴れたように紅茶のセットを手に取り始めた。
『ああ。それじゃあ折角だからご馳走になるクマ』
シュウはベッドを降りて椅子に座り、テレジアが紅茶を淹れるのを待っていた。
ドーもまた、その大きな体でのそりと椅子に座り、紅茶を待つ。
待つ間にシュウとドーの二人は……<超級>と管理AIは言葉を交わす。
『ドーマウス。これで王国への<SUBM>の投下は終わったのか?』
『原則どおりならばな。しかし、今回の一件でよく分かったが、ジャバウォックは手段を選ばん。奴が必要と考えれば、また何か起こすかもしれん』
『同僚の暴走を抑えられないのか?』
『ふむ、我輩達はこと担当に関して他の者はそうそう口出しできぬようになっている。助言や議論はできても、最終的な決定権は担当者にあるのだ。まぁ、部分部分で重複しているものは別だが。チェシャなどは、雑用であるゆえに様々な場所に絡んで動いている』
『役所かよ』
『元はそれに近かったからな。しかしその問題を除いても今の王国には問題が山積している。【グローリア】事件で生じた様々な問題は、今後の王国の運命を大きく左右するだろう。これからも多くの事件が起きるはずだ。それこそ、我輩達が関与せず、ティアンと<マスター>だけであってもな』
『……そうかよ』
ならば、いずれまた今回のような王国の存亡が掛かるような事件……悲劇が起きるのだろう。
その中で、自分はどうするのだろうかとシュウは考える。
また、内部の時間であと一年、リアルではたった四ヶ月もすれば<Infinite Dendrogram>を始めるであろう、自身の弟のことも。
『あいつは……どうするんだろうな』
シュウは考える。
――あいつの心根ならば、きっと起きる悲劇を見逃せない。
――だから、あいつに俺が知っていることを全て教えるのは、
――あいつの背に逃れられない重荷を載せてから走らせるのと同じだ。
――なら、今後あいつがデンドロに入ったとき、
――俺は、俺だけしか知らないことをあいつには教えない。
――あいつが何を感じ、何を思い、何を選択するのか。
――あいつ自身が一から、あいつの自由で選べば良い。
――あいつが掴み取るべき可能性は、きっとその先にある。
◇
「あら、なんだかえほんみたいなこうけいね」
紅茶のポットを持ったテレジアが見たのは、クマの着ぐるみと巨大ハムスターが椅子に座って紅茶を待つというまるで童話のような光景だった。そんな有様に彼女はクスリと笑う。
『おう。喉かわいたクマー。テレジアちゃん、ギブミーティー』
「はいはい」
道化じみた仕草で紅茶を要求するシュウに笑いながら、テレジアはティーカップに紅茶を注いだ。
『いただきます』
いずれまた王国や大陸の運命を左右する事件があるとしても、今このときは平穏な時間。
テレジアの入れた紅茶を、シュウはゆっくりと味わうのだった。
Episode End
(=ↀωↀ=)<この【グローリア】編
(=ↀωↀ=)<もちろん【グローリア】との戦いが主軸なのですが
(=ↀωↀ=)<それはこの<Infinite Dendrogram>の開始後最初の大ボスとの戦いでもあります(同じ<SUBM>だけど【グレイテスト】と【モビーディック】はまだ有情性能で格落ちするし)
(=ↀωↀ=)<このエピローグBはそれに関連した内容です
(=ↀωↀ=)<別名「本編大ボス勢の顔見世回」(まだ出てない大ボスもいるけど)
( ̄(エ) ̄)<ちなみに出てきた順番=戦う順番ではない模様
( ̄(エ) ̄)<あと構成の都合でBじゃなくてAにいたけどゼクスも大ボス枠クマ
(=ↀωↀ=)<来年以降の話なので鬼に笑われそうですね
( ̄(エ) ̄)<……このエピローグBは一言で言うと
(=ↀωↀ=)<うん
(=ↀωↀ=)( ̄(エ) ̄)<「俺達の戦いはこれからだ!!」
( ꒪|勅|꒪)<2016年のラストに打ち切り漫画みたいなコメントするなヨ
( ̄(エ) ̄)<じゃあ最後は普通の挨拶にするクマ
(=ↀωↀ=)<これからもWeb、書籍、コミカライズで
(=ↀωↀ=)( ̄(エ) ̄)<デンドロをよろしくお願いします!




