エピローグA 王国の<超級>達
(=ↀωↀ=)<三連続更新二回目ー
□■<ノヴェスト峡谷>跡地
【<SUBM>【三極竜 グローリア】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【フィガロ】、【扶桑月夜】、【シュウ・スターリング】……】
シュウが【グローリア】を討伐したすぐ後に、そんなアナウンスが流れ始める。
けれど、そのアナウンスを受け取るものは多くはない。
<UBM>討伐のアナウンスを受け取るのは、MVPに選出された者とそのパーティメンバーだけだからだ。
フィガロも、月夜もすでにおらず、シュウは……。
「…………」
目を閉じて……【気絶】して空中から落下していた。
そもそも、これまで意識を保っていたことがおかしかったのだ。
機械巨神を上回る破格のステータスを持つ【グローリア】との神経をすり減らすような激戦。
加えて、終盤では空間断裂の真っ只中を駆けて全身に重傷を負っている。
本人の意思以前に、【出血】や身体のダメージで意識が落ちて【気絶】している。
そうして、【グローリア】の消滅に伴って体内から空中へと放り出されている。
重傷を負った身で受け身も取れずに落下すれば、そのままデスペナルティになっても不思議はない。
けれど、そうはならなかった。
地上に激突する寸前に、シュウの体がふわりと浮く。
そしてゆっくりと、布団に寝かせるように地面へと下ろされた。
「…………」
地面に横たわるシュウを一人の人物……否、一体の存在が見下ろしている。
その存在は卵の殻のような膜に包まれた女性の姿をしている。
それは、管理AI二号ハンプティダンプティだった。
彼女は、余人には何を想っているか不透明な表情で……シュウの寝顔を見ていた。
「今回の一件。アナタを故意に外した分は、これで帳消しにさせてもらうわ」
それは、【グローリア】の投入タイミングに、シュウが王国に不在であった時を選んだことについてだ。
シュウ自身にも詰問されたその事実に対し、彼女なりにシュウへの若干の不義理を感じていた。
だからこそ、戦闘後のシュウをデスペナルティから救うことによって、己の内での清算を果たした。
これで多少なりとも晴れるのはあくまでも己の心だけであると、彼女自身も理解していたが。
「……あら」
ハンプティは何かに気づき、視線を動かす。
「アナタも来たのね、ドーマウス」
視線の先では瞼を閉じた巨大なハムスター……第三王女テレジアのペットであるドーがのたのたと歩いて近寄ってくるところだった。
もっとも、テレジアのペットは仮の姿のようなものだ。
実際は管理AI八号というのが彼の本当の役割である。
ハンプティに話しかけられたドーは、見た目に似合わぬ低い声音で話しはじめる。
『テレジアの指示でな。シュウが生きていて尚且つ動けないようなら、他の者に見つかる前に城まで運ぶようにと頼まれておる』
「それ、アナタの担当と完全に無関係よね?」
『なに。アリスを始めとして、アバターでは他の連中も大概好き勝手にしておるからな。我輩も気楽なペット生活を楽しんでおるだけよ。これも一つの自由という奴だ。まあ、ラビットのような真似はどうかと思うが』
「仕方ないわ。アレ、性格悪いもの。性質が悪いジャバウォックや愛想が悪いバンダースナッチと同類よ」
『ハッハッハ。それで言えばお前は意地が悪いと言ったところか。まるで好きな子に悪戯する子供のような奴だと前から』
「潰すわよ?」
『すまんすまん。勘弁してくれ』
本気で睨んできたハンプティに謝りながら、ドーは苦笑する。
「……まぁ、いいわ。アナタが運んでくれると言うなら、後は任せても良いかしら?」
『うむ。任せよ。これでも人を乗せて運ぶのは慣れておる』
「本当にペット生活を満喫しているみたいね」
ともあれ、ハンプティにとってもありがたい。
じきに戦闘が終わったことを察した王国や<マスター>が調査にやって来る。そのときまでにシュウをどうすればいいかと考えていたので、渡りに舟だった。
「じゃあ、後は任せるわ」
『うむ』
そうして、ドーは【気絶】しているシュウを背中に乗せて駆け出した。
それを暫し見送ってから、ハンプティもその場から消え去った。
そうして、戦場となった<峡谷>には誰も残らず、調査にやってきた者達は崩壊した<峡谷>で何があったのかと首を傾げることとなる。
◇
この後、誰が【グローリア】を倒したのかと一時期騒がれもしたが、三日後にデスペナルティから復帰したフィガロと扶桑月夜が【グローリア】の名を冠した特典武具を有していたことで明らかになる。
二人が同じ戦場に【破壊王】がいたことも証言したため、アルター王国の三人の<超級>による【グローリア】討伐が周知のこととなった。
この後、【グローリア】の三つの首を超える者達、アルター王国を代表する三人のトップランカーという意味を込めて、彼らは<アルター王国三巨頭>と呼ばれることになるのだった。
◇◆◇
■アルター王国・地下空洞
【<SUBM>【三極竜 グローリア】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【フィガロ】、【扶桑月夜】、【シュウ・スターリング】】
【――【ゼクス・ヴュルフェル】がMVPに選出されました】
【【ゼクス・ヴュルフェル】に【再誕器官 グローリアδ】を贈与します】
『……ああ、シュウも勝ってくれたみたいですね』
地底空洞にゼクスの声が木霊した。
彼も今しがた、四本角との戦闘を終えたところだった。
ゆえに、もはや四本角もこの場から消滅している。
だが、地下空洞にはゼクスの姿もない。
声はするが、彼の姿も、スライムの姿も存在しない。
『この私でも危うい場面はありました。だというのに、シュウはステータスが上昇していたであろう第三の首を倒したということですね。流石ですね、シュウ』
そこにいたのは地底空洞に屹立する漆黒の巨大な人型だった。
黒鋼を思わせる質感をしたその巨大な人型は、戦闘が終了したことを知ってすぐに縮み始める。
やがて人型はメガネをかけた地味な青年……ゼクス・ヴュルフェルの元の姿に戻っていた。
「それでは【天竜王】、依頼はこれで達成しました」
『ククク。ご苦労だったな、ゼクス。褒美を用意するが、何か欲しいものはあるか? 【竜王】の首でも欲しければ、配下から適当に見繕うが?』
「いえ、お任せしますよ。今は欲しいものもありませんから」
『そうか、ならばこちらで考えさせてもらおう』
「ああ、すみません。報酬ではありませんが、一つお尋ねしたいことがありました」
『何だ?』
「シュウは、【グローリア】との戦いでデスペナルティになりましたか?」
『いや、生きている。しかし【気絶】はしていたようだ』
「そうですか。ありがとうございます」
『何、礼を言うのはこちらの方だ。見世物としても面白い出来事だったからな』
「そうでしょうね」
『では、いずれ褒美を渡すとしよう』
そうして、【天竜王】とのアンデッドを介した通信は切れた。
一人になったゼクスは、今しがた受け取った情報を吟味する。
「もしかすると、シュウはこの私が【グローリア】を討伐したことを知らないかもしれませんね。そして、もしもアナウンスのログが消えるまで【気絶】から起きなければ……。ああ、そういえばこの私はどんな特典武具を手に入れたのでしょう」
ゼクスはそう言って、今しがた自分が手に入れた【グローリアδ】を見る。
それは卵の形をしたアクセサリーであり、その効果は……。
「おや、これは……どうすればいいのでしょうか?」
珍しく、ゼクスを困惑させるものだった。
「たしかに素晴らしい効果ですが、この私にとっては意味がありませんね……。後でラスカルさんに相談しましょう」
効果の意味に疑問を抱いたゼクスは、彼と同じく指名手配を受けている一人の<超級>――【器神】ラスカル・ザ・ブラックオニキスに相談することにした。
“遺跡殺し”の異名を持ち、数多のアイテムに精通する彼ならば、この特典武具の活かし方も分かるだろうと考えて。
「では、帰りましょう」
ゼクスは【グローリアδ】をアイテムボックスに仕舞い、自らの体をスライムに戻す。
そのまま液体として地下空洞の亀裂に入り込み、地上への帰路についたのだった。
◆
アルター王国の地下空洞。
そこには、最早何も残っていない。
【グローリア】のバックアップがいたことも、新たな脅威がより恐るべき脅威によって闇に葬られたことも、知る者は極僅か。
世界がこの戦いがあったことと、この戦いで【犯罪王】が獲得してしまったものの恐ろしさを知るのは……一年以上も先のことであった。
◇◇◇
□決闘都市ギデオン・中央闘技場
そこは中央闘技場、ローマのコロセウムを思わせる建造物の上部だった。
人の立ち入らないその場所で、デスペナルティから復帰したフィガロが一人仰向けになって空を見上げていた。
空には少しの雲が浮かんでおり、それを目で追いながら……何かを捜しているようでもあった。
「やあ、フィガロ。またここにいたのー?」
そんなフィガロを、あの日と同じようにトム・キャットが尋ねてきた。
頭の上に<エンブリオ>のグリマルキンを乗せながら、トムはしゃがみこみ、寝転んだフィガロと目を合わせる。
「どうしたのさ、何だかまた悩んでいるみたいだけど」
「さっき、シャルカが来た」
「シャルカ……ああ、<バビロニア戦闘団>の」
「サブオーナーをやめて、旅に出るらしい」
<バビロニア戦闘団>のサブオーナーであった【超付与術師】シャルカは、フィガロに【グローリア】討伐の礼と、別れの挨拶をするためにギデオンにやって来ていた。
彼によれば、<バビロニア戦闘団>は活動を休止することになったという。
オーナーであるフォルテスラの引退、ホームであったクレーミルの壊滅など、このままクランを続けていくことが難しくなったからだという。
「自分じゃオーナーは務まらないと言っていたし、彼自身も<バビロニア戦闘団>に居続けることが辛いと言っていた。だから、残るメンバーにサブオーナーの席を譲って、クランの維持だけしてもらうらしい」
シャルカは王国を離れて、諸国を回ることを決めていた。
王国にいては思い出すことが多すぎる、ともフィガロに話していた。
残ったメンバーでクランの維持を担うことになるが、その代表は決闘ランカーの一人でもあるマスクド・ライザーだった。
彼自身はあくまで『預かるだけ』と述べていて、いつかフォルテスラとシャルカが戻ってくるのを待ちながら、あの日守れなかったクレーミルの代わりにギデオンを守っていくと決めたらしい。
その話を聞いて、フィガロもシャルカに問いかけた。
『いつかフォルテスラが戻ってきた時は、君も帰ってくるのかな?』、と。
その問いにシャルカは、『そうなることを願います』とだけ返し、旅に出たのだった。
「ああ、それでなんだねー。フォルテスラ以外にも、<バビロニア戦闘団>の決闘ランカーが何人もいなくなっていたから気になってたんだよ。……寂しくなるねー」
「そうだね」
彼らは、中央闘技場の前にあるランキングの掲示を見ながら、今はもうない名前を思い出す。
手続きをしていないのでフォルテスラの名前は残っているが……それもしばらく不戦敗が続けばランキングから消えていくのだろう。
「けれど、僕は残るよ。ずっとね」
ランキングを見ながら、フィガロは心に決めていることを口にする。
「いつか、フォルテスラが戻ってくるまで……僕は決闘王者でいるよ」
「うん。僕も、それが良いと思うよ」
決闘ランカーの一位と二位は、それ以上の言葉を交わさなかった。
形を変えながら流れる雲の下で変わりゆくランキングの名前を見ながら、フィガロは『自分は今のまま、ここで待とう』と決めたのだった。
◇◇◇
□<墓標迷宮>
「レベル上げー。もうちょっと楽にいくもんと思っとったけど、意外と大変やねー」
【女教皇】……いや、【司祭】の扶桑月夜は己の秘書である月影と共に、<墓標迷宮>にもぐりながらレベル上げを図っていた。
<墓標迷宮>を選択したのは、月夜が今回の一件で失った一〇〇〇を超えるレベルを取り戻そうとすれば、それこそ生態系が歪むほどの狩りをしなければならないからである。
月夜のカグヤと月影のエルルケーニッヒのコンボで狩り自体は楽なのだが、下手をすると王国のマップにいる生物を全滅させて回ることになるだろう。
その点、神造ダンジョンの<墓標迷宮>ならば生態系を無視して自動リポップするので楽だった。
ただしそれでも問題はある。
「カグヤのスキル使うのもMPやSP減るんやもん。長続きせーへん」
今の月夜はレベルが低く、当然ステータスも低い。
カグヤはメイデンであると同時にテリトリー系列のTYPE:インベイジョンワールドの<エンブリオ>。ガードナー等とは違い、スキルを行使するのに月夜自身のMPやSPを消費する。
そして、今の月夜のステータスでは<超級エンブリオ>であるカグヤのスキルをほとんど使用できないのだ。
月面除算結界で周囲のモンスター全てにデバフをかければ、月影がモンスターを倒したときに月夜にも貢献に応じて相当量の経験値が流れ込んでくるはずだが、今はそもそもそれが難しい。
「この分やと、一年後に元のレベルまで戻っとるかはわからへんね」
月夜は「ふう」と溜め息をつく。
最終奥義を使ったことを後悔はしていないが、リハビリは長引きそうだと覚悟した。
「せめてこれがモンスターにも使えたらよかったんやけどねー」
月夜が取り出したのは、眼の意匠がついた短杖。
二本角の首に相当する超級武具【絶死邪眼 グローリアβ】である。
「人間範疇生物限定でレベル100以下って、パワーダウンしすぎやろ……。代わりに結界外からの攻撃への完全防御は残っとるけど」
もっとも、彼女の言うようにモンスターにまで適用できてしまった場合、《薄明》との組み合わせで<UBM>でもあっさりと殺せてしまう。「露骨に調整食らったわー」とは月夜の弁である。
あるいは超級武具の出力上不可能であったために、いっそ即死効果の再現ではなく防御効果の再現にリソースを割り振ったのかもしれない。
「あ。でもこれならうちかなり安全やん。いつも中距離無双な影やんに守ってもろとるからそうそう近寄られることもあらへんし。カグヤの夜とエルルケーニッヒの影でさらに防御完璧やん」
「そうですね。私以上の速度で月夜様にまで肉薄した輩が夜や影を消し去る光のブレスでも使わない限りは大丈夫でしょう」
「具体的すぎる例えがこわいわー……」
そんな雑談を交わしながら、二人は月夜のリハビリのレベル上げを長期間に渡り続けるのだった。
余談だが、扶桑月夜は一年と少し後に月影の述べたとおりの流れでフィガロに敗れることとなる。
To be continued




