第十一話 月眼と邪眼 後編
(=ↀωↀ=)<FGOでタイキさんのマーリンガチャ回さなきゃ……(使命感)
■???
【三極竜 グローリア】。
その素体となった竜は世にも珍しい<UBM>の番の間に出来た仔であり、両親から引き継いだ二つの能力を併せ持っていた。
しかし、【グローリア】の素体の両親にしても、今の【グローリア】のような規格外のスキルは保有していなかった。
父である【光竜王 ドラグシャイン】は口からしかブレスを吐けなかった。
母である【死竜王 ドラグデス】もレベル二五〇以下まで(モンスターならば五〇以下まで)の相手しか抹殺できず、結界外からのダメージ無効化にも限度があった。
現在の【グローリア】が両親と同質の、しかし遥かに上回るスキルを有した怪物と化した理由は二つある。
一つ目の理由は外部からの身体改造。
《終極》の強化、《絶死結界》の強化、《起死回生》、《■■■■》。
それらはいずれも【グローリア】自身ではなく、<UBM>を担当する管理AIジャバウォックによるデザインだ。
ジャバウォックは<UBM>をデザインし、■■■■■を用いて素体となるモンスターを<UBM>へと改造する。
しかし通常は一度に一つの使用である■■■■■を、二つ以上用いて実行することもある。
理論上、■■■■■を複数用いればそれだけ<UBM>の性能は跳ね上がるが、デメリットもある。
通常は二つ以上の■■■■■を使えば、才能ある素体でも体を構成する情報が崩壊して死に至る。
そもそも一つに適合して耐え切れるレベルでようやくデザイン型の<UBM>になりえるのだ。二つに適合する難易度は遥かに高まる。
折角の素体を失うリスクも高いこの手法を、ジャバウォックはあまり使わない。
二〇〇〇年かけても施術例は百に満たず、成功例は……後に行なう『母体と胎児に一つずつ使う』変則パターンを含めても十に足りない。
だが、【グローリア】は違う。
【グローリア】は二つの……否、それ以上の数の■■■■■を受け入れ、適合してみせた。
【グローリア】は己の素質によって成功率が限りなく低い改造に耐え、その力で数多のモンスターや<UBM>を屠って<SUBM>へと到達した。
正しくジャバウォックの想定どおり。
……だがしかし、ジャバウォックの目論見からわずかに外れる事柄もある。
それが二つ目の理由、【グローリア】自身によるスキルの生成。
例えば、【神】などに代表される超級職や上級職の一部は自らスキルを作る。
あるいは<UBM>であっても、伝説級であった【絶界虎 クローザー】が《断命絶界陣》を編み出したように、己の力を昇華させて新たなスキルを作ることはある。
それと同じことを、【グローリア】も実行していた。
フィガロとの戦いで使用した《極竜光牙剣》もその一つ。【グローリア】はこの最強のスキルを己の内で開発した時点で、自分に力を与えたジャバウォックに対しても隠していた。
だが……【グローリア】が編み出したスキルはもう一つあり、そちらは隠し切れなかった。
それは、HP低下に伴うステータス強化の原理を《絶死結界》にも組み込み、《絶死結界》のハードルを引き上げるスキル――《真・絶死結界》。
親から受け継いだ力とジャバウォックから与えられた力、それらを合成して編み出した最凶のスキル。
一〇〇〇年以上前の【グローリア】が、回収される前に<イレギュラー>と戦い、傷つき、結果として発動したのが《真・絶死結界》だ。
その力で、【グローリア】は<イレギュラー>をも即死させている。(なお、【グローリア】はこのときに得たリソースで一〇〇の限界を突破した)
その戦いをモニターしていたジャバウォックもまた、この恐るべき最凶スキルの存在を知った。
しかし、ジャバウォックは「それもまたよし」と看過した。
これについては彼の想定する「完成されたボスモンスター」としての運用に合致することが理由として挙げられるだろう。
【グローリア】に求められる『選別』という役割からすれば、あって困るものでもないという判断を下したのだ。
そうして、【グローリア】は《真・絶死結界》の保有を許されたまま、投下の時を待ち……。
一〇〇〇年の時を経て、<イレギュラー>をも滅ぼした最凶のスキルは再びこの世界で行使された。
◇◆◇
□■<ノヴェスト峡谷>
禍々しい輝きと共に《真・絶死結界》を展開している二本角の単眼……邪眼を見上げながら、月夜は呟く。
「あかんこれ詰んだわー」
超音速で駆ける月影に抱きかかえられながら、月夜は溜息を吐く。
ステータスが神話級を上回るまで成長してしまった【グローリア】。
壊滅したメンバーと崩れた作戦。
そして、現在の彼我戦力の圧倒的な差。
月影は戦闘系の超級職であるが火力には乏しく、ジョブスキルもほぼ対人仕様。<エンブリオ>は対集団を得手とし、逆に現在の【グローリア】のような巨大な単騎戦力を単独では相手どれない。
月夜はより顕著で、ジョブは基本的に回復と支援。<エンブリオ>はデバフオンリー。さらにカグヤの必殺スキルが対<マスター>限定のスキルであるため、【グローリア】を相手取るのは月影よりさらに難しい。
より最悪なのは、そんな二人がどうにかして【グローリア】と戦おうとしても……ダメージを負った【グローリア】が《絶死結界》のハードルを引き上げ、超級職の二人をも捉えるのがほぼ確定しているということ。
「最大で何レベルかはわからへんけど、二本角は残したらあかんのやろね……」
二本角だけが残った場合を想定する。
最悪の想定ではレベルのハードルが一〇〇〇や二〇〇〇といった値をも超え、結界内のあらゆる生物を抹殺し、結界外のあらゆる攻撃を無効化する手のつけられない怪物が生まれる。
そんな完全な死の災害と化した【グローリア】は、いよいよ倒す術がない。
二本角は残せない。一本角と同様に、そうしなければ勝つ可能性が消え失せるからそうするしかないという誘導だ。
結果として第三の首が残り、最大のステータスを発揮することは想像に難くない。
そして、二人しか残っていない<月世の会>にそれを倒す力はない。
「うん。これはしゃあないわ。三本角は倒せへんし、これはもううちらの計画は破綻してもうたしこれで終わりや」
月影に抱えられながら、月夜は何かを諦めたように首を振って、
「せやから――二本角だけは、全力でとりにいこか?」
最凶のスキルを有する首を葬り去ると、凶悪な笑みで宣言した。
そう、彼女が諦めたのは特典武具を二つ取得すること。
戦うことと勝利することを諦めたわけではない。
「二本角でうちらは退場。あとは熊やんにお任せや」
「音速の数倍に到達したバケモノをSTR極振りの熊やんがどう倒すのかまでは知らんけどー」と言いながら、後のことをシュウに放り投げる算段をした。
逆に言えば、己の役割として二本角だけは自分たちで倒すと決めている。
「影やん。アレを使うから三分くらい時間稼いでもろてもええ? あと、復帰後のリハビリもなー」
「承りました、月夜様。《影の揺籠》」
月影は恭しく頷いて……月夜を己の影に沈めた。
月影の影の中は異空間であり、月影も普段から移動や隠密に用いている。
しかし今、月夜を沈めたのは通常時に月影が用いるものではなく、中に入れた者を守るためのもの。
月影自身は使うことが出来ないし、使用されるものが望まなければ成立しない影のシェルター。
内部の者が出ることを望むか、月影が死なない限り外部からの干渉は出来ない。
即ち、眼前の暴威……【グローリア】を前にして唯一安全な場所だ。
しかしそれは、【グローリア】に月影が殺されるまでの短い時間でしかない。
「三分間。ふふ、月夜様は相も変わらず無茶をおっしゃられます」
月夜が不在となったことでカグヤの《月面除算結界・薄明》も解除され、【グローリア】は音速の数倍という速度を取り戻している。
それはAGI型の超級職である月影よりも、なお速い。
今この瞬間にも、【グローリア】の巨腕は月影を叩き潰すべく振り下ろされている。
「けれど、その無茶に応えるのが私の役目」
月影は影を操作して【グローリア】に対する一瞬の壁としながら、回避行動をとる。
そうして彼は腕の直撃を回避し――衝撃波で左腕を失う。
失った腕を一瞥もせず、続く攻撃を回避するために足と影を動かす。
超音速機動中の……体感時間が引き延ばされている月影にとって、三分という時間は決して短くない。
それでも、彼は己の主の命を実行し続ける。
「三分程度稼げずして……あの方の傍にはいられない」
足が吹き飛べば、影で足を作る。
動脈が千切れれば、影で血管を閉鎖して出血を止める。
己の体を影に置き換えながら、体を動かし、時間を稼ぐ。
「あの方に時を稼げと命じられれば、たとえ七日七夜の時間だろうと稼ぎましょう」
【女教皇】に仕える【暗殺王】は、揺らがぬ意思を宿した目で……時を稼ぎ続けた。
◇◆
影の世界に、詩を詠むような声音が響く。
――果て無き道を聖者は歩む
――その道は求道にして救道
――己の信ずるものを求め
――果てに誰かを救う道
影の中で月夜が日本語とは違う言語で何事かを唱えていた。
それは、詠唱。
しかし、通常の魔法スキルにある詠唱とは根本的に異なるもの。
通常の詠唱の内容は、行使者によって自由だ。
極論、適当に声を出しながらMPを注げばそれが詠唱になる。
――今この時こそ生の果て
――今この場こそ道の果て
――聖者の歩みの終着点
――聖者の帰る折り返し
だが今、月夜が行なっている詠唱は違う。
決められた詠唱が存在する、世界でも数少ない古代魔法。
詠唱を続けると共に月夜の内から光が生じ、彼女の掌中で玉となる。
その輝きは、クレーミルで国教の聖職者達が作り上げた天罰儀式《天罰の柱》と同質のものだ。
――今、聖者は荷を下ろす
――聖者は求めたものを置き
――代わりに新たな願いを抱く
だが、詠唱が進むにつれて光の玉は輝きの質を変える。
それは陽光のようであった《天罰の柱》とは違い、静かな……まるで夜空の満月を思わせる光。
――己の生で得たものを
――己の道で得たものを
――対価に放つ、願いの光
――この輝きは、誰かを救う
――そう願わねば、放てない
やがて彼女の詠唱は完成し、
「――《聖者の帰還》」
先々期文明より古き言葉で奇跡の名を――司祭系統最終奥義の名を宣言した。
◇◆
三分間。
長くも短い時間が過ぎた頃、影の一部が盛り上がった。
その中から現れたのは、月光の如き光の玉を抱いた扶桑月夜の姿。
彼女は静かな目でその光の玉を一瞥し、それから視線を上げる。
そこには、一つの影が立っていた。
両手足を失い、それを影で補い、胴体にも致命傷を幾つも受けた男の姿。
三分の時を稼いだ月影永仕朗がそこにいた。
「ご苦労様、影やん」
「…………」
主の労いに言葉を返さず――喉にも穴が空いていたので言葉を返せず――それでも彼は微笑んで……直後に光の塵となる。
腹心の散り際を、月夜もまた微笑んで見送った。
「さて、そろそろうちらの出番もお終いやね、“【グローリア】の二本角”」
彼女が言葉を述べると、掌中の光の玉が脈打つ。
まるで、ターゲットをロックオンしたかのように。
無論、月夜がそうしている間に【グローリア】が動かないわけがない。
既に【グローリア】は動いており、
――その腕を横薙ぎにして月夜の胴を両断した。
それは下半身を消し飛ばしたと言った方が正しいだろう。
致命傷。
【女教皇】である月夜ならば、超級職の回復魔法である《聖者の慈悲》で即座に回復できるかもしれないが、そうしている間に【グローリア】の追撃で今度は頭を潰されるだろう。
もっとも……月夜はもうすぐ《聖者の慈悲》を使えなくなるのだが。
『SHUUOOEEAAAA!! ……?』
【月夜】にトドメを刺そうとしたとき、二本角の単眼は……己に迫る光の玉に気づいた。
それはいっそ緩やかな速度で、二本角の頭部に向けて浮遊していた。
その小さな玉に対し、【グローリア】は……本能で回避行動をとる。
『これは危険なものである』と感じて、距離を取る。
だが、超音速で飛び退いた【グローリア】に対し、光の玉は全く同じ速度を上乗せして接近する。
距離が開かないまま、光の玉本来のゆっくりとした速度の分だけ近づいてくる。
「初めてつこうたけど、ああなるんやねー」
上半身だけで地に背中を預けながら、月夜は笑う。
あの光の玉こそは、《聖者の帰還》。
【教皇】が積み上げてきた位階を、己の生の全てを、ただ一撃の魔法に込める諸刃の剣。
己の積み上げてきた――全ジョブレベルをコストに放つ、渾身の最終魔法。
それは死ですらデスペナルティで済む<マスター>にとっても、己の捧げた生と時の一部を捧げるに等しい魔法。
効果は、絶対追尾式の固定ダメージ魔法。
指定した対象がどれほど速くとも、必ず距離を縮めて命中する。
そして、固定ダメージ魔法であるが、ダメージ値は先刻まで<月世の会>のメンバーが【ジェム】で放っていた魔法とはまるで異なる。
ダメージは一レベルにつき、三〇〇〇ダメージ。
合計レベルが一〇二六の月夜ならば、三〇〇万ダメージを超える破格の威力となる。
『SHHEEAAAAAA!!』
【グローリア】も光の玉の異常さを察しているが、止めることはできない。
仮に、月夜を殺したとしても止まらない。既に魔法は放たれているのだから。
しかし、月夜もまたデスペナルティが確定している。
《聖者の帰還》が炸裂した瞬間に、月夜のレベルは〇へと変じる。
その瞬間に《絶死結界》で死に、そうでなくてもHPの低下とこの致命傷で死ぬだろう。
ゆえに月夜の死は確定し、生死の間で天秤が揺れているのは【グローリア】の二本角だけだ。
「……まだ足りひんかな」
だが、いかに《聖者の帰還》が破格のダメージを与えるとしても、【グローリア】のHPは文字通り桁が違う。
フィガロや<月世の会>との戦闘で半分以下にまで減ってはいるが、それでも三五〇〇万程度はある。
ゆえにこの一撃も多少の手傷を負わせるだけに留ま――
「せやから、お願いするわー」
『ええ、分かっているわ。――《月面除算結界・薄明》』
――らない。
月夜の<エンブリオ>であるカグヤが最後に実行したのは、これまでAGIを対象としていた《薄明》の、対象切り替え。
対象は――HP。
そう、HPであろうと……《薄明》は除算できる。
メンバーがいるときに実行しなかったのは、態勢が整う前に相手を強化させすぎないため。
メンバーが全滅した後に実行しなかったのは、速度を落とさなければ敗れていたから。
そして、HPを下げることで即死する危険もあったからだ。
だが、《聖者の帰還》に相手の速度など関係はない。
既に死と引き換えの魔法が放たれる瞬間に、《絶死結界》のハードルなど考慮する必要もない。
ゆえに今この瞬間、HPが三五〇〇万から六〇〇万弱に除算された【グローリア】に対し、
「レベルで人の命を測って、仰山奪っていきよったのがあんさんやから」
残HPの半分に相当する三〇〇万ダメージを蓄えた《聖者の帰還》が命中し、
「レベルで死にはったらよろしいわ」
――二本角の首を跡形もなく消し飛ばした。
◇◆
二本角が消滅し、《真・絶死結界》も解除された。
同時に、レベルが〇となった月夜もHPの低下によって息絶える。
その身体を光の塵へと変えながら、月夜は自身の消滅を特に気にするでもなくウィンドウを操作していた。
「あ、レベルは〇やけどジョブは残っとる。もう一回最初から取り直すつもりやったけど、これならリハビリはレベル上げだけでええわー」
そんな確認作業をしながら、儲けものだと笑う。
【女教皇】のジョブを取り直す必要も考えていたが、どちらにしてもクレーミルで国教の聖職者の大半が死んだので、今の王国で自分以外に【女教皇】をとれる者はいないだろうとも踏んでいた。
「うちの仕事はこれで終わりやから、あとは熊やんに丸投げやー」
この後に待つ、最も厄介な状態の三本角の首との戦いをシュウに預けて、満足したように消えていく。
ただ、消える間際に……。
「……王都、ちゃんと守ってな。骨拾ってくれへんかったら怒るえ?」
少しだけ祈るように言葉を遺して……扶桑月夜はリアルへと帰っていった。
To be continued
《聖者の帰還》:
司祭系統超級職、そして聖職者の頂点である【教皇】の最終奥義。
先々期文明の古語においてウルファリアは「聖者」、エルトラームは「(生まれる以前への)帰還」の意である。
別名「対神話級相殺儀式」。
聖職者としての最後のスキルであると共に、人生最後のスキルであるがゆえの二重最終奥義。
天罰儀式である《天罰の柱》と見た目は似たスキル。
詠唱開始と魔法に全MPと全SP、使用者の全ジョブレベルが注ぎ込まれ、効果を発動するとジョブレベルがゼロに還る。(MPとSPは魔法のダメージではなく推進力に使用されている)
相手が逃れようとする速度+魔法自体の速度で追尾し、炸裂する。
その際に発生するダメージは三〇〇〇×合計レベルであり、レベルが一〇〇〇を超えていれば神話級であっても致命傷を負う可能性が高いスキル。
アルター王国の国教がジョブのクリスタルやジョブそのものを信仰しているのは、かつてこのスキルを用いて人々を救った古の【教皇】の影響が強い。
なお、当時の【教皇】のレベルもおよそ一〇〇〇であったため威力としては同等だが、《薄明》によるHP除算があったため実質その六倍の破壊力を発揮している。
これまでの使用ケースとして、レベル低下の直後に死亡することが多い。(初期HP程度のダメージを既に受けていた場合、致命傷となるため)
《聖者の帰還》というスキル名も、聖者=【教皇】が生まれたばかりの子供のようにレベルが〇に戻って命を終えることと、【教皇】の超級職が誰も就いていない状態=転職のクリスタルに帰還することから名づけられたと考えられる。
<マスター>の場合、レベルは〇になるが死んでも死なないのでジョブは消えない。
余談だが、【グローリア】の事件でこのスキルを使ったがゆえに、現在の月夜は月影や他のアルター王国の<超級>よりもレベルが低くなってしまっている。
( ꒪|勅|꒪)<レベル次第だけど大体の<マスター>は確殺できるんじゃネ?
(=ↀωↀ=)<んー、【ブローチ】装備してると無効化されるから対人戦では不向きかな
( ꒪|勅|꒪)<……あれも大概トンデモだよナ




