第五話 クレーミル絶対防衛線 後編
□Past
“凌駕剣”フォルテスラ。
後にそうした二つ名で知られる決闘ランカーが<Infinite Dendrogram>を始めたのは、サービスがスタートして間もない頃だった。
始めた理由は大層なものではない。
各メディアで話題となっていたので始めてみただけだ。仕事をやめて、時間を持て余していたことも理由の一つだろう。
ログインした彼は、<Infinite Dendrogram>の世界が自身の五感に訴えてくる全てに驚いた。
そのとき彼は『リアリティ、という言葉では言い表せないほどの本物だ』と思った。
ログインして王都アルテアに到着した彼は未だ<エンブリオ>も孵化しないままだったが、足の赴くままに王都の北へと歩いていた。
<ノズ森林>と呼ばれるその森を気ままに散策していたフォルテスラだったが、不意に彼の耳に誰かの悲鳴が届いた。
条件反射でその悲鳴へと駆け出した彼が見たものは、薬草籠を抱えた若い女性と、女性を襲おうとしている一匹の狼だった。
【ティールウルフ】という名前が頭上に表示されたその狼は牙を剥き、女性に向かって飛び掛った。
「ッ!」
噛み付き肉を食らおうとしたとしたその牙を阻んだのは、フォルテスラの剣だった。
その行動は咄嗟の判断だった。
『このままでは彼女が危ない』と、そう思ったときには体が動いていた。
ここがゲームである、現実ではない、そんな意識はそのときの彼の脳裏からは消えていた。
ただ、女性が死ぬかもしれないという危機感だけがあり、行動はその結果だった。
それから、フォルテスラはボロボロになりながら【ティールウルフ】を撃退した。
【ティールウルフ】は初心者が狩るのに適した最下級のモンスターだが、レベル〇でジョブにもついていないフォルテスラよりは強い。追い払えただけでも僥倖と言えた。
「だ、大丈夫ですか?」
ボロボロになったフォルテスラが疲れ果てて腰を下ろすと、狼に襲われていた女性が心配そうに声をかけてきた。
「ああ。君は……」
と、そこで言葉を返そうとして、フォルテスラはここが<Infinite Dendrogram>……ゲームの中であることを思い出した。
相手はNPCだとフォルテスラは考えかけた。
けれど、
「す、すぐに薬を作ります! 任せてください! わたし、これでも【薬師】の見習いですから!」
自分の怪我を看て、心配そうに、そして懸命に薬を作ろうとしている彼女が……ゲームのキャラクターだとはどうしても思えなかった。
「ちょっと染みるかもしれませんけど、すぐ効きますから……!」
彼女はそう言って、フォルテスラの傷に薬を染みこませた布を押し当てる。痛覚がオフになっているフォルテスラは傷が染みることはなかったが、薬の鼻を突く匂いは感じた。それと、彼女からふわりと漂う花の香りも。
薬を塗られ、包帯を巻かれながら、フォルテスラと彼女は言葉を交わす。
「ごめんなさい。わたし、まだ見習いだから傷がすぐ治るような薬が作れなくて……」
「大丈夫だ。治っている」
フォルテスラは視界の端の簡易ステータスのHPが少しずつ回復していることを確認し、それを彼女にも見せた。
彼女はHPが回復する様子を見て安心しながら、そこに表記されたフォルテスラの名前に気づいた。
「良かったぁ……。あの、フォルテスラさんというんですか?」
「……? ああ。そうだな」
まだプレイヤーネームに慣れていなかったが、すぐに自分の名前だと思い出してフォルテスラはそう答えた。
「フォルテスラさん。あの、助けてくれてありがとうございます!」
「こっちこそ薬をありがとう。……あー」
彼女に御礼を言おうとして、自分がまだ彼女の名前を知らないことに気づいた。
彼女も、まだ自分が名乗っていないことに気づいてハッとした。
「す、すみません! わたしはエーリカです。【薬師】のエーリカ・ランスリーです」
「そうか。ありがとう、エーリカ。俺はフォー、じゃなくて……フォルテスラだ」
そうして二人は名前を教えあった。
それは、彼と彼女の始まり。
後に夫婦となる、<マスター>とティアンの始まりの一幕だった。
◇◆◇
□■<城塞都市 クレーミル>・周辺
神話級の<UBM>の切り札と数多のティアンの渾身の攻撃を受けながら無傷であった【グローリア】。
その無敵さの秘密を暴いたフォルテスラ率いる<バビロニア戦闘団>と【グローリア】の戦いは、その始まりからして熾烈極まるものだった。
「シャルカ!! 抑えろ!!」
「了解!!」
フォルテスラの号令に、サブオーナーの【超付与術師】シャルカが応じる。
「来い、ラフム!!」
シャルカの紋章が発光し、その内側から膨大な量の泥が溢れ出す。
流れ出た泥はすぐさま全長五〇メートル超の巨大な人型となり、【グローリア】の正面に立つ。
泥の巨人の名は【守護泥濘 ラフム】。<バビロニア戦闘団>のサブオーナーにして、討伐ランキング六位。【超付与術師】シャルカの<エンブリオ>である。
『BO・BO・BO』
泥の巨人ラフムのサイズは【グローリア】の半分以下だったが、それでも構わずに【グローリア】へと特攻する。
自らに迫る巨大な泥を【グローリア】が見逃すはずもなく、四つの突起を持つ尾を振り回してすぐさまラフムを袈裟懸けに両断する。
だが、
『BO』
元より流動する泥……《物理攻撃無効》を持つラフムにダメージはない。
【グローリア】が神話級を超越する大怪物であっても、物理攻撃を無効化する泥の体に対してダメージは与えられない。生物を即死させる《絶死結界》も意味を成さない。
即ち、【グローリア】の手札でラフムを消滅しうるものは、ただ一つ。
クレーミルを防衛するティアン達を消滅させた極光のブレスのみ。
だが、ラフムはそれを撃たせないために呼び出されたのだ。
『BO・BO・BO!!』
【グローリア】に肉薄したラフムはその体を泥へと戻し、【グローリア】の頭部へと這い上がる。
狙いは、極光を放った一本角の頭部。
ラフムは瞬時にその頭部へと巻きつき、
「――《硬軟の大守護者》!!」
シャルカの必殺スキルの宣言と共に、己の体を圧縮して硬化させる。
ラフムの必殺スキル、それは神話級金属を上回る硬度への硬質化である。
普段は泥の一部のみを硬化させて武器としているが、今はその全てを硬化させていた。
『――――』
それはまるで犬の口枷か、あるいは捕虜への覆面。
【グローリア】の一本角の頭部は顎を開くことが出来ず、当然ブレスの照射もできない。その力を持って枷を砕こうとするが、数万のSTRを誇る【グローリア】であっても、神話級金属を上回る今のラフムを破壊するのは容易ではない。
第六形態の<エンブリオ>の総力を用い、極光のブレスを完全に封印していた。
「抑えたな!」
「はい。ですが、すみません。体内への侵入は無理のようです。口中に入った部位が蒸発しました」
顎を閉じることで発射は防いでいるが熱量は保たれており、口から体内に入って内側から倒すことはできなかった。
「構わない。抑えることに専念してくれ」
「分かりました。このまま単体バフはラフムに回し、全体バフを順次使用します」
【超付与術師】のパッシブスキル《ワン・アンド・オール・エンチャント》によって、シャルカは単体バフと全体バフの魔法を同時に行使できる。
単体耐久上昇のバフをラフムに回して封印を続行し、全体の各種ステータスバフをクランメンバーに行使することも可能だ。
「……良し」
全体バフを受けたフォルテスラが、攻撃を再開する。
その攻撃は強力であり、シャルカのバフだけでなく、ネイリングによる自己強化も含まれている。
ネイリングが初期から有するスキルの名は《オーヴァー・チェイサー》。
相手のステータスが自身を上回っていた場合、上回る各ステータスにスキルレベル×一〇%のステータス補正を獲得する。
第六形態である現在のスキルレベルは六。
それゆえ、現在のフォルテスラのステータスは【グローリア】に勝るAGI以外の全てが六〇%の大幅上昇を獲得していた。
二重の強化が合わさり、超級職としても上位のステータスを獲得したフォルテスラは【グローリア】へと更なる攻勢をかける。
「相当な防御力だが……やはりアクティブスキルを使えば徹るか」
【グローリア】の強靭な鱗に切りつけながらフォルテスラはそう呟く。
彼以外にもシャルカの援護によってステータスを上昇させた<バビロニア戦闘団>の精鋭達が、次々に【グローリア】へと攻撃を仕掛ける。
「やれる……ダメージは徹るぞ!!」
『だが尾に注意しろ! あの部位は脚部や腕部より攻撃力が高い!』
「分かってるぜ、ライザー!」
ランカーも含む熟練の<マスター>達は、【グローリア】を相手にしても一歩も引かず戦う。
勇猛果敢であり、少しずつ【グローリア】の体にもダメージが蓄積されている。
だが、そのダメージ速度は……遅い。
「やはり、数か」
攻撃を続けながら、フォルテスラはこの結界内にいるクランのメンバーを見る。
その数は、フォルテスラとラフムを合わせても……十二人しかいなかった。
パーティ二つ分、この戦場に参加した<バビロニア戦闘団>の五%程度しか参戦できていない。
参加しているメンバーは全員がレベル五〇〇以上であり、結界が判定するポイントはそこだとフォルテスラは既に察している。
そしてレベル五〇〇という壁は、<マスター>にとって極めて高い。
超級職でない限り、カンストした者でしかそこには到達できない。
だが、一度カンストした者であっても、ビルドに満足がいかなければまた少しずつジョブをリセットし、新たなジョブを伸ばすのが常だ。超級職への転職条件を模索する意味もある。
特にクラン第二位であり、戦闘系のクランである<バビロニア戦闘団>はその傾向が顕著だった。
メンバーの大半は振り直しの真っ最中であり、カンストしている人数は先に述べた十二名のみ。
加えて、パーティ内のジョブ構成も決して良いとは言えない。十二人の中に、司祭系統をメインとする者が一人しかいないのだから。
支援を得手とする付与術師系統の超級職であるシャルカがいたから、損害を抑えていられる。
【グローリア】を相手に万全を期すならば、カンストした<マスター>を数十人と揃えなければならない。先行したランカー達が敗れたのも、それが理由だった。
そうでなければ、超級職のようにカンスト以上の飛びぬけた力を持った者が必要となる。
(……なるほど。こいつは徹頭徹尾……そういう手合いか)
戦う内に、フォルテスラは【グローリア】のコンセプトが掴めてきた。
武勇に優れた個人として、かつ<バビロニア戦闘団>のオーナーとして幾度も<UBM>と交戦してきたフォルテスラ。
彼は<UBM>が、いわゆるデザインコンセプトを持っているモノが多数であると知っている。
例えば、弱点を潰されない限り延々と再生する<UBM>。
または、周囲で生物が死ぬとその生命力を吸収して強化される<UBM>。
あるいは、自身が有利な場所に陣取ってそこから一方的に攻撃する<UBM>。
そのように、何らかのコンセプトを有する<UBM>が大多数を占める。
そして、フォルテスラは既に【グローリア】のコンセプトを察していた。
(こいつは、選別に特化した<UBM>だ)
これまでに見せた数々の力。
即死の結界は、レベルが足りない者を選別するために。
結界外からの攻撃無効は、レベルが足りない者に勝利させないために。
光のブレスは、光が照射範囲を指定してから殺傷力があるモードに切り替わるまでに逃げ切れない……速度や判断力に劣る者を選別するために。
いずれも、力劣る者を選別して切り落とすためだけに備わっている力だ。
(……似合いと言えば、似合いだろうがな)
この【三極竜 グローリア】討伐を従来のMMORPGのエンドコンテンツ……高難易度レイドバトルと見るならば、非常に理に適った存在だ。
戦いを繰り返し、特性と弱点、行動パターンを見極めて、いずれ準備を整えた者や飛び抜けた力を有する者に討伐されるような存在。
実に、完成されたボスモンスターと言える。
「だが、繰り返す時間など……ない!」
既に、取り返しのつかない甚大な被害がティアンに発生している。
これを前に敗れ続ければ、<マスター>は死なずとも王国が滅びる。
ましてや彼ら、<バビロニア戦闘団>が最後の壁となっているクレーミルを護るには、もはや<マスター>には一度の敗北も許されないのだ。
「ここで、勝負を決めるぞ!」
「「「応!!」」」
フォルテスラの言葉に、<バビロニア戦闘団>のメンバーが応える。
「勝機はある」
《絶死結界》を超えられる<マスター>にとっての脅威はそのステータスと光のブレスのみ。
光のブレスはラフムで封じた。
そして一度命中すれば即死級のSTRをはじめとするステータスは、
「自力で、回避すれば良い!!」
ここにいるのは決闘三位のフォルテスラを始めとして、幾多の戦いを積んできた<マスター>達。
シャルカのAGIバフを受けながら、そのステータスと経験で荒れ狂う嵐の如き尾と爪を回避し続けている。
「【グローリア】のSTRとENDは脅威だが、AGIは精々で亜音速域。攻撃部位に注意を払い続ければ、回避し続けることに訳はない」
一度間違えば致死ダメージを負うほどの強敵。
だが、そんな修羅場は【超闘士】の好敵手であるフォルテスラにとっても初めてではない。
綱渡りではあったが<バビロニア戦闘団>のメンバーは一人も欠けず、【グローリア】に対して優勢に戦闘を進めている。
長期戦でのMPやSPの消費という問題は、結界に入れないカンスト未満のメンバーからの支援スキルでなんとか保たれている。全力で戦い、MPとSPが減れば、結界傍まで移動して支援を受けるというサイクルだ。
このまま続ければ勝ち目は十分にある。
<バビロニア戦闘団>がそう思い始めたとき、
「ッ!」
【グローリア】に意図せぬ方向からの攻撃が次々に突き刺さった。
体表にダメージを負わせるその攻撃は明らかに結界内からのものであり、それを成した者達は……<バビロニア戦闘団>ではない。
「団長! 周辺で様子を窺っていたパーティやクランです! 連中も……」
「攻略法が分かって、漁夫の利を取りに来たか」
現れたのは複数のパーティ、そしてクラン。
彼らはいずれもカンスト以上の猛者であり、我先にと【グローリア】へ攻撃を行っている。
中には他の<マスター>に構わず範囲攻撃を発動させ、巻き込んでいる者もいる。あるいは、他の<マスター>を狙って後ろから攻撃している者も。
結界の外の<戦闘団>のメンバーが止めようとしていたが、最初に不意討ちを受けたのか対応が遅れている。
「ダメージを稼げ! 何としても俺達がMVPになるんだ!」
「他の連中もまとめて潰していいぞ! 広範囲攻撃スキルを撃ちまくれ!」
その行動も無理はない。この最前線に集まったのは誰も彼もが<SUBM>の特典武具目当て。
基本的に、自分達以外は……あるいは自分以外は邪魔者である。
「協力体制の構築以前の問題、だな」
フォルテスラは背後から攻撃してきた者を反撃で切り伏せながら、苦い顔でそう呟いた。
見かけ上の戦力は増えたが、互いに功……MVPを焦って足を引っ張っている。
それはクラン内での連携を行なっていた<バビロニア戦闘団>にとって、戦いの難易度を引き上げている。
「……盾役のレイブと反崎はシャルカの護衛に回ってくれ。あいつがデスペナルティになれば、ラフムが消える」
「「了解!」」
フォルテスラは二人のメンバーに指示を出し、この戦いの要であるシャルカを護らせる。
もしも彼がいなくなれば一本角の封印も解け、ここにいる<マスター>は光のブレスで一掃されるだろう。
「不幸中の幸いは、ダメージ量そのものは増えていることか」
【グローリア】の負うダメージは、<バビロニア戦闘団>のみで戦っていたときよりも格段に増している。
このままならば、乱戦のままでも削りきれる公算は高い。
だが、
「……?」
フォルテスラは気づいた。
封印された一本角でも、結界を張る二本角でもない。
これまで沈黙を保ってきた、中央の三本角の首。
それがゆっくりと――双眸を開き始めていることに。
「……ッ!」
その瞬間、フォルテスラの背筋に奇妙な感覚が走る。
それは歴戦の猛者であるゆえか、それとも世界を同一視するメイデンの<マスター>ゆえか。
彼が感じたのは……尋常ならざる悪寒。
何か恐ろしいことが起きようとしている、という悪寒だった。
「……ネイ」
『分かってるよ、団長。あれは、早く倒さないと駄目だ』
フォルテスラとネイリングは直感する。
この【グローリア】に長期戦という選択はきっと……通じない。
そもそも選別によって敵手に強さを強要する【グローリア】が、長期戦や消耗戦というジリ貧な戦いを……人数と物量による勝利を許容するとは思えない。
何かがある。
長期戦を否定するようなギミックが、この怪物には仕込まれている。
それを発揮させないためには……一気呵成に倒すしかない。
フォルテスラはそう考えた。
「……必殺スキルを使う」
『オッケー。アタシも、全力だよ!』
「ああ、頼む」
長剣のネイリングを片手に、フォルテスラは疾走する。
<マスター>を、<マスター>から【グローリア】に放たれる無数の攻撃を掻い潜り、再び【グローリア】へと肉薄する。
だが、爆発魔法の爆煙に紛れ――唸りを上げながら【グローリア】の四本の突起を有する尾がフォルテスラを巻き込まんと振り回されてきた。
フォルテスラは跳躍してその尾を回避するが――ネイリングはまだ尾の攻撃の軌道上にあった。
ブレスを封じられた【グローリア】にとって最大の攻撃であるその尾は、第六形態の<エンブリオ>であるネイリングの耐久力を優に超える。
ゆえに接触の瞬間に――ネイリングは砕け散った。
だが、
「それを……!」
『待ってたよ!』
フォルテスラが戦鬼の笑みを浮かべ、
砕かれたネイリングが笑い、
「『――《超克を果たす者》!!』」
二人は同時に、スキルを宣言する。
瞬間、折れた刃先から眩い光が伸び、失ったはずの刃が光の刃として再構成される。
フォルテスラはその刃を【グローリア】の尾に向け、スキルを宣言する。
「《オーヴァー・エッジ》!!」
瞬間、ネイリングの光の刃が伸長し、巨大な【グローリア】の直径を上回る長さとなる。
フォルテスラはそのまま宙を回るに合わせて刃を【グローリア】の尾に押し当て――その尾を嘘のようにあっさりと切断した。
『――!?』
アクティブスキルを使用してようやくダメージを通せるほどに強固だった【グローリア】の防御力。
それを容易く上回ったのは言うまでもなく、ネイリングの必殺スキルの効果である。
《超克を果たす者》。
それは、自身の破壊をトリガーに発動するネイリングの必殺スキル。
破壊後の一〇分間、破壊された刃を光によって再構成する。
同時に、自身を破壊したものの防御力を攻撃力、攻撃力を防御力に、そしてAGIを自身のAGIに上乗せする、逆襲の必殺スキル。
即ち、このスキルが発動している間、フォルテスラは相手の防御を必ず破れる攻撃力と、相手の攻撃を必ず防げる防御力、相手の速度を必ず上回る速度を手に入れる。
短期決戦ではあるが、一対一ならば確実に相手を超えられる最強の刃である。
『SHUOOOOEEEAAAAAA!?』
自らの尾を失った衝撃に、【グローリア】は初めて苦しみの声をあげる。
だが、フォルテスラは止まらない。
元のサイズに戻った光の刃を携えながら、【グローリア】の背を駆け上る。
【グローリア】の翼の付け根に到達したフォルテスラは、剣士系統超級職【剣王】の奥義を発動させる。
「――《ソード・アヴァランチ》!!」
それは、剣の結界。
自身の周囲全てを刃によって斬断する超々音速連続剣。
脆弱な剣であれば技の途中で折れてしまうほどの超剣技。
だが、光の刃と化したネイリングはそのスキルの行使に耐え切った。
そして、《ソード・アヴァランチ》は【グローリア】の背に生えた二枚の翼を切り落とし、更に背中に大穴と見紛う大ダメージを負わせていた。
それは、背中側から【グローリア】の心臓をも破壊していた。
『……………………』
主要な生命機関を潰された【グローリア】がその巨体を揺らがせる。
その揺らぎを、<バビロニア戦闘団>のメンバー――決闘ランカーに属する者達は見逃さない。
この瞬間に、自らの全力の一撃を撃ち放つ。
「《天雷の滅塵弓》ぁぁぁぁぁ!!」
「《千手羅漢激震拳》」
『《悪を蹴散らす嵐の男》……《ライザーキィィィィック》!!』
雷雲を圧縮した一矢が、千手の如き連続拳が、そして超音速の螺旋蹴撃がよろめく【グローリア】に突き刺さる。
それを機と見たのか、周囲全ての<マスター>が【グローリア】に攻撃を集中する。
瞬間、先刻の天罰儀式を上回るほどの大火力が【グローリア】の全身を打ちのめした。
フォルテスラは、その攻撃に巻き込まれないように【グローリア】の背を駆け下りる。
どの道、《ソード・アヴァランチ》の反動で一分程度は腕が動かず、追撃も出来なかったからだ。
「団長! ご無事ですか!」
「俺は問題ない。反動が抜けたらすぐに再攻勢に入る」
駆け寄ってきた<バビロニア戦闘団>のメンバーに、フォルテスラはそう答えた。
「……やはり、まだ決まっていませんか?」
「ああ、心臓を潰してパフォーマンスは落ちているが、それだけだ。やはりコア型だろう。恐らくは三つある頭部のいずれか、あるいは全てが奴のコアだ」
通常、心臓を潰されれば生物は息絶える。
だが、そうではない場合もある。
他に重要な生命機関を司るコアがある場合、心臓はあくまで内臓の一つでしかなくなる。
そして【グローリア】のコアは三つの頭部それぞれであると、フォルテスラは察した。
「……反動が抜けた。首を落としてくる」
「お気をつけて。……?」
フォルテスラを見送ろうとしたメンバーの一人が目を瞬かせた。
それは目に入った光のため。
まるで陽光か懐中電灯の明かりが目に入ったように眩しさを感じ
――直後に頭部が消滅した。
「!?」
その光景を目にしたフォルテスラは、咄嗟に【グローリア】を仰ぎ見る。
そこにあったモノを見た瞬間に、フォルテスラが想像したのは古いクラブにあるようなミラーボールだった。
それは――全身から光を照射する、【グローリア】の姿である。
いつからだろうか。
<マスター>の攻撃によって【グローリア】の全身に出来た傷跡が、まるで歯のない口のように変質し、その全てから光を放射していた。
一本角の頭部を見れば、そこは未だにラフムの拘束を受けているが……拘束の間から伸びた一本角は赤く発光していた。
ティアン達を蒸発させた時のように。
「……! これか!」
自身の感じた悪寒の正体はこれであったと、フォルテスラは確信する。
光のブレスの発射口を全身に増やした【グローリア】は、そのまま身を捩じらせて――周囲の<マスター>を薙ぎ払う。
全身に開いた発射口からのブレスは射程が短いようだが、そんなことは周辺にいる<マスター>には関係ない。
<マスター>は一瞬だけ【ブローチ】で耐えて、その後も続く照射で息絶える。
冗談のように、寸前までは攻勢に回っていた<マスター>が一網打尽にされていく。
それは結界内の<マスター>だけでなく、結界の傍で遠距離支援に徹していたカンスト未満の<バビロニア戦闘団>のメンバーも含まれる。
フォルテスラ自身は、その光の乱舞を自身のAGIと卓越した機動で回避していた。
だが、
「……!! シャルカ!!」
「オーナー、すみませ――――」
光の乱舞によって、<バビロニア戦闘団>のサブオーナーであり、ラフムの<マスター>であるシャルカは光の中に蒸発した。
『BO…………』
直後、一本角の頭部を拘束していたラフムも消滅し――最初にして最大の発射口が自由となったことを悟る。
そう、近距離を薙ぎ払う発射口ではなく、クレーミルにまで届く最大の発射口が。
周囲の<マスター>の殆どを消し去ったことで、【グローリア】は全身からの照射を停止する。
代わりに輝く一本角の首が大口を開け――クレーミルへとその照準を合わせた。
「……まだ、だ!!」
瞬間、超音速機動でフォルテスラは一本角の首へと駆け上がる。
そして、今まさにクレーミルへとブレスを放とうとする一本角の首の上に飛び乗り、
「《ソード・アヴァランチ》!!」
奥義をもって、その頭部を潰しにかかる。
雪崩の如く全てを巻き込む連続斬撃。
頭部を覆っていたフェイスカバーを切り砕き、右の瞼を断ち割り、その眼球を切り刻み、やがて頭蓋骨の先にあるコアを潰そうとしたとき、
――ネイリングの光の刃が折れた。
「……!?」
『そんな、そんなこと……!』
それをフォルテスラも、ネイリングも、信じられなかった。
これまで必殺スキル発動中に、同じ相手に刃が徹らなかったことは、一人の相手を除いていないのだから。
だが現実に、骨に達したところで刃は折れた。
骨であろうと、【グローリア】の防御力ならば超えているはずであるのに。
それがありえるとすれば……。
「こいつ、ステータスが上がって……!」
フォルテスラは、悟る。
必殺スキルを発動したネイリングの攻撃力が、相手の防御に破れるパターンは二つだけ。
ステータスではない、何らかの特殊な防御が働いたか。
あるいは――必殺スキルを発動して写し取った時よりも、相手のステータスが上昇しているか、だ。
幾度となくフィガロと戦い、戦闘時間比例によって強化するフィガロの<エンブリオ>の特性ゆえに、必殺スキル発動中に敗れたことがあるフォルテスラはそれを理解していた。
『…………』
いつからだろうか。
これまで沈黙を保ち続けた第三の首。
三本角の首の瞼が――完全に開いている。
その三本角の首は、つまらなそうに、一本角の首の上に立つフォルテスラを観ていた。
【グローリア】が選別に特化した<UBM>だとするならば。
弱者を選別する結界と、鈍足と判断の遅い者を選別する極光のブレス。
そして、強者の中の強者を選別する第三の能力があるのではないか、と。
「まだ、だ……!」
それでもフォルテスラは立ち上がり、剣を構える。
刃が砕けたとしても、相手の強さが増しているとしても、フォルテスラは攻撃の手を止めない。
自身は【グローリア】の第三の選別を超えられる真の強者ではないかもしれない。
しかし、真の強者ではなくとも……その剣で守りたいものはあるのだと。
【グローリア】の光のブレスは、間もなく放たれてしまう。
そうなれば、クレーミルは壊滅する。
フォルテスラの妻であるエーリカも……死ぬ。
メイデンの<マスター>である彼が、それを許容できるはずがなかった。
「やらせる、ものかよおおおおおッ!!」
砕けたネイリングが消え去っても、予備の武器である神話級金属の大剣を《瞬間装備》して振り続ける。
その刃が潰れても、幾度も幾度も叩きつけて【グローリア】を攻撃する。
コアを砕かなければならないと、柄を握る掌が血塗れになり、骨が砕けても、彼は止めない。
だが、【グローリア】も止まらない。
次第に角が輝き、口中に光が溢れる。
そして、――全てを消滅させる白光がクレーミルに伸びた。
「ッ!! エーリ……――――」
フォルテスラの足元でも頭部の傷口が発射口へと変じた。
そしてフォルテスラは――迸る光に呑み込まれた。
光の中に耐えられるものはいない。
神話級金属の大剣すら融解して、グローリアの顔に降りかかる液体となり、
フォルテスラも、彼が守ろうとした全ても、
……ただ光の中に消えていった。
◆◇
【グローリア】との戦いから、二時間を経た<城塞都市 クレーミル>。
けれど、その場所にはもう城砦も都市も残ってはいない。
ただの……不恰好な岩の塊しかなかった。
ブレスに晒されて、何もかもが蒸発し……都市の土台だけが綺麗に残っただけの場所。
戦場にあった全ては蒸発した。
戦場跡に残っているのは、【グローリア】自身の切り落とされた翼だけ。
戦闘の被害は、甚大という言葉では足りないほどだった。
アルター王国大賢者徒弟、総数二七名。
アルター王国国教聖職者、総数六七五名。
ドライフ第二機甲大隊、総数三六〇名。
<マスター>、総数三九五名。
クレーミル絶対防衛線――全滅。
<城塞都市 クレーミル>――崩壊。
生存者――確認できず。
それが、クレーミルでの戦いの結果であった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<【グローリア】の初見殺しギミック其の二
①一定以上ダメージを負うと、傷口が全て変化する
②全身の傷口改め発射口から光ブレス乱射
③周りの相手は死ぬ
( ꒪|勅|꒪)<こ れ は ひ ど イ
(=ↀωↀ=)<数に頼る相手を殲滅するためのギミックです
(=ↀωↀ=)<なので、五〇〇カンストが沢山いてもあまり有利になりません
(=ↀωↀ=)<ギミック其の三も追々ー
( ꒪|勅|꒪)<まだあるのカ……




