第三話 クレーミル絶対防衛線 中編①
(=ↀωↀ=)<区切りの問題で本日は中編を分割して連続投稿にしますー
(=ↀωↀ=)<文字数も多かったのでー
□■<城塞都市 クレーミル>周辺
皇国の第二機甲大隊に属する【ガイスト】五十八輌は、徒弟や聖職者の集団と離れて結界の外縁で待機していた。
これは発射点にある程度自由が利く合体魔法や天罰と違い、発射点と弾道が制限される砲撃に徒弟達や聖職者を巻き込まないための処置だ。それに弾に当たらずとも、対策なしに傍にいれば鼓膜が破れることもある。ましてや、ここに参戦した【ガイスト】はいずれも長距離砲装備に換装されており、砲撃時の爆音も従来より激しいのだから。
機甲大隊大隊長を始めとした第二機甲大隊の隊員達は、【グローリア】の接近を告げられてから二時間近く車内で待機している。
しかし、今もまだ地平線に【グローリア】の姿は見えない。
「……本当にこちらに来るのでしょうか?」
「進路は変えてないという話だ。だが、相手も生物。どんな気まぐれを起こすかわからんし……最悪、真後ろに回りこまれる可能性もある」
<ガイスト>の車内で運転手の疑問に車長席の大隊長はそう答えた。
真後ろとは即ちクレーミルである。
「そうなったらどうするのですか?」
「住民の避難を確認した後に、攻撃だ。こちらの虎の子を王国内で使う許可はもらっているが、クレーミルと住民を巻き込む砲撃は避けたいからな」
大隊長はそう言いながらも、『奴に辿り着かれた時点で、死の結界によってクレーミルの住民は一人も生き残れないだろう』と考えていたが口には出さなかった。
「それにしても、まさか王国で実戦をやることになるとは思いませんでしたよ。それも、<SUBM>……でしたっけ。神話級より強いモンスターを何で俺達が……」
皇国の外で命懸けの戦いをすることに若い運転手は恐れと不満を抱いているようだが、大隊長は彼とは違ったことを考えていた。
「そう言うな。この国を守ることは、将来的にドライフを守ることになる」
「どういうことですか?」
「噂だがな。次期皇太子様と王国の第一王女の間で婚姻が予定されているらしい」
それは皇国の内部で囁かれている噂だ。
何十年も前から両国の間で婚姻の話は上がっていた。
当時は両国の都合が合わず、次代にまで先延ばしにされたという経緯があった。
しかし今は次期皇帝として目されているグスタフ皇子には第一子のハロンがおり、そのハロンはグスタフ皇子が即位すれば次期皇太子になると考えられている。あるいは、一つ飛ばしに彼自身が皇王になる可能性もあった。(なお、先代の皇王は正式な後継者を決めていなかったので、現在皇太子はいない)
皇太子あるいは皇王と第一王女。格としては何の問題もない。
「そうなると、将来的にはここもドライフですか」
「あるいは、アルターになるのかもな。だが、どちらでもいいさ。王国は豊かだ。一つの国になれば、ドライフの食糧事情も好転する」
「寒村では餓死者が増え続けていますからね……」
原因不明の大凶作により、皇国の食料自給率は低下の一途を辿っている。
今はまだ外国からの輸入で持ちこたえているが……このままでは皇国の未来は暗い。
「ああ。だから今は、未来のためにもこの国を守らねばならん」
「承知しました」
そうして彼らは士気を保ちながら、待機を続ける。
それがさらに十五分も経った頃、
『【グローリア】を地平線に確認! 陸上を歩行中!』
斥候部隊からの通信が車内に届いた。
「来たか……、各車攻撃用意」
「各車攻撃用意!」
『了解! 各車攻撃用意!』
大隊長の指示を伝達し、五十八輌の【ガイスト】が砲塔を回し、砲身の角度を調節する。
加えて、
「【超重砲弾】――装填開始」
彼らの保有する最強の兵器も、使用の準備に入った。
◇◆
地平線の彼方から、【三極竜 グローリア】は現れた。
三つ首竜と評される由縁であるその頭部を動かしながら地上を歩いている。
右にある一本角の頭部は三つの目を有し、それぞれの目をバラバラに動かして周囲を探っているようだった。
左にある二本角の頭部はその単眼を輝かせながら、地を睥睨している。
ただ、中央にある三本角の首は……まるで眠るように双眸を閉じていた。
全身を金色の鱗で覆った体は、その四肢で地に爪跡を刻みながらゆっくりとクレーミルに接近している。
その周囲では、結界によって地に繁茂していた草木が枯死していく。
湖に近づけば、水中のモンスターが即死して水面に浮かぶ。それらは蘇生可能時間を過ぎたものから光の塵となり、ドロップの肉片を水面に浮かべていく。モンスターも水草も死滅し、その数があまりにも多く、湖は瞬く間に色を変えてしまった。
『SHUEWOOOO――』
己の周囲に生あるものの存在は許さないとばかりに、二本角の単眼が輝きを増す。
枯れ果て、死に絶えた大地を、【グローリア】は闊歩する。
『…………?』
不意に、バラバラに動いていた一本角の三つの眼球が一点を凝視する。
直後――その視線の先から無数の矢と氷刃が【グローリア】に降り注いだ。
それは<バビロニア戦闘団>の<マスター>によるスキル攻撃。
<エンブリオ>の必殺スキルまでも織り交ぜた長距離攻撃が、【グローリア】の全身に命中する。
「狙いは頭部の眼球だ! これで倒そうと思うな! 奴の気を引くことが第一だ!」
オーナーであるフォルテスラの指示を受け、<バビロニア戦闘団>の集中砲火は続く。
並の<マスター>なら……否、<UBM>であってもHPを削りきられるだろうその猛攻。
だが、
「……! オーナー! 【グローリア】のHP減少、認められません!」
上級職で取りえる最高レベルの《看破》を使えるメンバーが、焦燥を滲ませた声でそう告げた。
彼の言葉どおり、これだけの攻撃を受けて未だに【グローリア】のHPは減少していない。
それどころか、明らかに弱所と思われる眼球に必殺スキルが命中しても、まるで堪えた様子がない。
「やはり、何らかの防御スキルを持っているか。だが、完全防御はありえないはずだ……」
『如何なる攻撃でも完全に防御する』、そんなものが存在するはずがない。
ゆえに、一発あたりの威力か、あるいは特定属性の使用で防御スキルは敗れるのが定石だ。
そして、一発あたりの威力が重要ならば……。
「オーナー! 王国からの連絡……ティアン側の連続攻撃が始まります!」
「よし! 攻撃を続行しつつ後退! 巻き込まれるなよ!」
これから行なわれる、王国と皇国合同の作戦で撃滅できるはずだ。
◇
「フリゲルト様! 徒弟総員二十六名、いつでも術式行使可能です!」
「うむ! 我が主導する、詠唱と発動を重ねよ!」
長く白い髭をたくわえた老人、【大賢者】の存命中の徒弟では最高齢の【賢者】フリゲルトが弟弟子達にそう伝える。
彼らがこれから行使しようとしているのは合体魔法。
複数人の魔法を特定の詠唱と合体魔法発動スキルによって組み合わせ、参加した人数とその魔力分、威力を増大させる秘儀。
極めてシビアなタイミング合わせと魔力のコントロールが必要な合体魔法は<マスター>には不向きであり、長く魔法の修行を積んだティアンだからこそ出来る技術とされている。
そして、【大賢者】の徒弟達は合体魔法において大陸でも最高峰の集団だった。
『我らの意思を一つに重ねよう』
「「「我らの意思を一つに重ねよう」」」
『訴えるは地。雨露の如く、地に我らの魔力を染み渡らせ』
「「「訴えるは地。雨露の如く、地に我らの魔力を染み渡らせ」」」
『今ここに、大賢者の徒弟たる我らの秘儀を織り成さん』
「「「今ここに、大賢者の徒弟たる我らの秘儀を織り成さん」」」
共通の詠唱によって魔法の威力と融合性が高まり、
『「「「《ユニゾン・マジック》――《グランド・ホールダー》!!」」」』
合体魔法の発動が宣言される。
直後、【グローリア】の足元の地面から、百メートル以上の長さの岩腕が七本出現した。
七本もの岩腕は瞬く間に【グローリア】を拘束し、その動きを完全に抑え込む。
その岩腕の強固さと一糸乱れぬ動きこそ、正しく、且つ完璧に合体魔法が発動した証拠だった。
「ハァ、ハァ……今だ! 国教の聖職者たちよ!」
大規模な魔法の行使に息を切らせながら、【賢者】フリゲルトは拡声の魔法で近くに陣を張る国教の集団に告げる。
◇
その声が届いた瞬間には、既に彼らも己の成すべき事をしていた。
『――天よ。ただ万物の生を見定める天罰の化身よ』
ベルディン枢機卿が瞑目し、己の手を合わせながら言葉を紡ぐ。
それは魔法スキルのための詠唱ではない。
儀式のための、祈りにほかならない。
彼らは既に一時間近くも、祈り続けている。
今、この瞬間のために。
『――ここに死を振りまく悪竜があり
――この者が悪であるならば
――因果応報の報いが齎されん事を』
やがてその祈りは頂点に達し、陣にいる聖職者達の体から白い輝き――彼らのHP、MP、SPの塊が抜け出していく。
それは彼らの総力の結晶であり、輝きを放った聖職者は一人、また一人と【気絶】していく。
彼らの輝きはやがて空中で一つとなり始める。
やがてベルディン枢機卿の体からも白い輝きが抜け出し、その場にいた聖職者全員の光の集合体となった輝きは【グローリア】の頭上へと飛翔する。
そして、集合した白い輝きそのものが……天罰儀式の最後の一節を唱える。
『――来たれ、《天罰の柱》』
超光熱の光の柱が、拘束する岩腕ごと【グローリア】の全身を包み込む。
【グローリア】に膨大な熱量が浴びせられ、余波で岩腕が融解し、溶岩となって【グローリア】を生き埋めにする。
常識で考えればそこで焼け死ぬか、蒸し焼きになって窒息するかの結末しかないが……それで【グローリア】が死ぬとは限らない。
ゆえに、最後の詰めとして――皇国軍第二機甲大隊の兵器がトドメを刺す。
◇
「大隊長! 【グローリア】の完全拘束を確認!」
「ようし……【超重砲弾】、発射用意!!」
大隊長の言葉に応じ、第二機甲大隊の陣で【整備士】によって組み立てられていた砲台が唸りを上げる。
その砲台、正確にはそこから放たれる砲弾こそが、この【グローリア】討伐戦における最大の切り札――【超重砲弾】である。
それは本来、皇国のシンボルである【皇玉座 ドライフ・エンペルスタンド】によって放たれる四種の超兵器、【四禁砲弾】が一つ。
ここにあるのは弾頭と、専用に誂えたレプリカ砲塔。
現在の技術では【エンペルスタンド】のパーツを再現しきれず、射程距離はオリジナルの百分の一以下。加えて一度発射すれば破損が確実という代物。
しかし砲がレプリカであろうとも、放つ砲弾は本物だ。
そう、――半径一キロメテルを超重力で圧縮消滅させる兵器の威力は同一。
合体魔法と天罰儀式は【グローリア】の動きを止めるための布石。
この【超重砲弾】こそが、王国と皇国の切り札である。
「実戦での使用は百年ぶりですか」
「何分、数が少ないからな」
【エンペルスタンド】の【四禁砲弾】は先々期文明時代に作られた弾数しか現存せず、その数は現在では四種合わせて一〇に満たない。
そのため、皇国にとっても、使用は極めて大きな躊躇いがある。戦争に使われたことはなく、これまでも皇国領内で猛威を振るった神話級討伐などでしか使用されたケースはない。
無論、今回の討伐戦で【超重砲弾】の使用に関する対価はある。
それは【グローリア】を倒すこと、そのもの。
王国がお膳立てし、皇国がトドメを刺す。指揮する大隊長か、それとも引き金を引く砲手になるかは不明だが、これで皇国は<SUBM>の特典武具を獲得できる。
王国は自国の被害を抑えるため、皇国は強力な特典武具を獲得するため、両者の利害が一致した結果だ。
『砲塔……エネルギー充填八〇%!』
「一発しかないんだ。外すなよ」
『了解! 命懸けで撃ちます!』
砲塔の調整をする【技師】、そして大隊長と砲手が会話を交わしているうちに、地平線の【グローリア】にも変化があった。
「……やはり、死んではいないか」
固まりかけた溶岩が動き……内部から三つ首が溶岩を突き破って現れた。
超高熱の天罰を浴びても、溶岩に生き埋めにされても、【グローリア】はまるでその生命を損なってはいない。
やはり【超重砲弾】でなければ仕留められないのだろうと、大隊長は【グローリア】の生命力に息を呑む。
そう、『これしかない』と大隊長が決意と共に【グローリア】を見据えた時、
『エネルギー充填、一二〇%!』
【技師】が発射準備の完了を告げ、
「よぉし! 【超重砲弾】、発射!!」
『【超重砲弾】……発射!!』
宣言と共に――レプリカ砲塔から漆黒の球体が射出される。
同時に発射の衝撃で砲身が砕け散るが、黒い球体は一目散に溶岩の中で動く【グローリア】へと飛翔し、
――――着弾
一瞬の後、【グローリア】の周囲の空間が歪む。
天も地も歪み、引き裂かれ、一点に吸われるようにして消えていく。
その範囲内の光すらも呑み込まれて、そこにあるのは漆黒の真球の如く見える空間のみ。
半径一キロメテルに限定された超重力による終焉は、内部の全てを圧縮消滅させる。
【グローリア】もまた、悲鳴一つ漏らすこともできずに超重の地獄に囚われている。
やがて、短いようで長い時間が終わりを迎え、漆黒の球体が消え去った時。
そこに……【グローリア】の姿は見えなかった。
【超重砲弾】によって消滅したことは……疑いようがなかった。
To be continued
(=`ω´=)<やったで!
(σロ-ロ)(あ……)
(=ↀωↀ=)<次回の更新は本日22時です
 




