第二話 クレーミル絶対防衛線 前編
21:43追記
(=ↀωↀ=)<【司教】のところをうっかり【大司教】と書いてたので修正しました
□■【三極竜 グローリア】出現より四日
ルニングス公爵領壊滅。
<雷竜山>の長、【雷竜王 ドラグヴォルト】死亡。
王国に突如として齎された二つの凶報の元凶である三つ首竜の名は、遠視の魔法によって【三極竜 グローリア】であると確認された。
だが、【グローリア】について名前以外に分かっていることは二つだけであった。
第一に、【グローリア】が王国史上初の<SUBM>……神話級を超えた超級の<UBM>であるということ。
第二に、【グローリア】の半径一キロメテルに近づいた生命体は全て死ぬ、ということ。
即死の結界を有する【グローリア】の接近が意味するものは、抵抗も許されない絶対死。
死の具現とも言うべき【グローリア】の存在に全ての国民は恐怖し、予想される侵攻範囲に 住む者達は避難を余儀なくされた。
一方で【グローリア】の出現に歓喜する声もある。
それは<マスター>……とりわけランカーと呼ばれる人種に多かった。
彼らの心情を一言でまとめれば、「ついに来たか」以外にない。
彼らにとって<UBM>とは、己にオンリーワンのアイテムを授けてくれる特別なモンスターに他ならない。
強敵であっても、だからこそ倒し甲斐のあるボスキャラと考えている。
ましてや、<UBM>の頂点である<SUBM>ならばどれほどのアイテムが得られるか……獲らぬ狸の皮算用をしてしまう者は多い。
<SUBM>討伐の前例は既にある。
【グローリア】の前に出現した<SUBM>、【双胴白鯨 モビーディック・ツイン】はグランバロア海軍の総力、そして“人間爆弾”【大提督】醤油抗菌と“四海封滅”【盗賊王】ゼタによって討伐されている。
【モビーディック・ツイン】の討伐でMVPに選出された二人の<超級>は、それまでの最高位とされていた神話級よりも格上の装備を入手した。
ゆえに、ここアルター王国に出現した【グローリア】を討ち取り、彼らに続かんとする者は多い。
加えて、彼らには特典武具以外にももう一つ勝ち取りたいものがあった。
それは栄光。
遊戯派の<マスター>の間では、<SUBM>討伐は<Infinite Dendrogram>のエンドコンテンツの一つであると考える者も多い。
だからこそ、<SUBM>討伐のMVPとなることは自身の名を<Infinite Dendrogram>に広く知らしめることになる。
熟練の討伐ランカーであるほど、その栄光は魅力的であった。
それゆえに討伐ランカーやランキング上位クランは、我先にと【グローリア】討伐へと動き出した。
最初に動いた者達は入念な準備よりも拙速を心がけていた。
理由はいくつかある。
時間が経てば王国側が主導で何らかの対策を打ってしまうかもしれない。
あるいは第三子を討たれた【天竜王】が<天蓋山>から下りてくるかもしれない。
【グローリア】討伐のために隣国である皇国やレジェンダリアからもランカーが遠征に来るかもしれない。
何よりも王国にいる四人の<超級>、【破壊王】、【女教皇】、【超闘士】、【犯罪王】が動き出す可能性が高い。
それらに先駆けて動かなければ、MVPは獲りようもない。
そう考えた多くのランカーやクランが率先して動き、
――グローリアが出現してからの四日間で大半がデスペナルティとなった。
冗談のように、名立たるランカーやクランが路傍の石のように蹴散らされた。
半数以上は近づいた時点で即死した。
死なずに済んだ残りのランカーも、神話級を凌駕する【グローリア】のステータスによって容易く粉砕された。
あるいは準備を入念にしていればもう少し違った結果になったかもしれないが、後の祭り。
彼らの拙速から得たものは、遠方から観測していた<DIN>の諜報員が得た情報だけ。
『即死にならなかった者もいる』と『【グローリア】には何らかの防御能力がある可能性が高い』という、二つの不確定情報だけだった。
あるいは、直接矛を交えたランカーならばより多くの情報を得ていたかもしれないが、彼らはそれを秘匿した。
簡単な話だ。
<マスター>ならばデスペナルティは三日で明け、再度挑戦できる。そのときのために情報を己の胸のうちに仕舞いこむのも自然である。
もっとも、仮に再戦したとしても容易く勝てる存在では……そもそも勝利しうる存在であるかは疑問だった。
◇◆
<マスター>の連敗が続く間に、王国のティアン達も対抗策を講じていた。
それは――長距離攻撃戦力による結界外からの集中攻撃。
【グローリア】の即死結界の外からならば、ティアンであっても問題なく攻撃を行える。
それを活用し、【大賢者】の徒弟達による合体攻撃魔法と、現在の国教のトップであるフォー・ベルディン枢機卿と多数の信徒による天罰儀式での同時攻撃を行う。
加えて、この作戦のために特別な戦力を同盟国から借り受けている。
そうして王国は準備を整え、【グローリア】の進路上にある<城塞都市 クレーミル>に陣を張り、迎え撃つ構えを取った。
また、王国の動きに呼応するように、拙速ではなく入念な準備を行っていた<マスター>達も動き出した。
◇◇◇
□アルター王国・城塞都市クレーミル
城塞都市クレーミル。
この都市は王国の北西にある国境と王都の丁度中間地点に存在する。
元々は隣国との戦争のための城砦だった。
もっとも、ここで言う隣国とは皇国でもレジェンダリアでもない。
この城塞都市の基礎は、今はアルター王国として統一されている西方中央が、幾つもの国々に分かれて争っていた数百年前のものだ。
都市全域をカバーして余りあるほどの強大な防御結界を持つ都市であり、当時は西方中央屈指の城砦だった。
だが、初代国王となる【聖剣王】アズライトの単独突入によって結界を両断され、そのまま城主を討ち取られている。
堅固な城砦が突き抜けた個人戦力に打破されるという……<Infinite Dendrogram>の歴史上ではよく見られる光景で攻め落とされた都市である。
今となっては国境線からも遠いため戦略的価値のない都市であり、初代国王の建国伝説に縁ある地として観光名所になっている。
それでも、未だ城砦としての機能は健在。
都市の周囲を囲む形で起動される防御結界は今も使用可能であり、一度展開されれば上級職の奥義でも傷一つつかないだろう。
加えて、外から内への攻撃は阻むが、内から外への攻撃は一切阻害されないというおまけ付きだ
今回、大人数を用いての合体魔法、天罰儀式を実行する上でこの結界の存在は非常に有益であり、だからこそクレーミルでの作戦が決断されたと言える。
現在、クレーミルの周囲では四種の集団が【グローリア】との戦いに向けて準備を進めていた。
第一の集団は四集団の中で最も人数が少なく、濃紺のローブを纏った【大賢者】の徒弟達だ。
数は三十人にも満たないが、いずれも四百レベルを超える。ティアンでは有数の【賢者】達である。
指揮するのは存命の徒弟の中で最年長である【賢者】フリゲルトだ。
「此度の討伐、我らを総動員とは……否が応にも大事だと実感させられる」
「【大賢者】様もおられればな」
「お師匠様と【天騎士】グランドリア卿の近衛騎士団は最終防衛線だ。奴の侵攻ルートが逸れたとしても、絶対に王都に侵入させないために王都近郊で待機なさっている」
彼らの師であり、王国が誇る【大賢者】ならば一人でも彼らの合体魔法と同格の大魔法を行使できる。
師がいてくれれば心強くはあるが、むしろ師のいないときこそ師から学んだ魔法の全てを出し尽くす機会だと考える者も彼の徒弟には多かった。
「我々が行使する合体魔法は、フリゲルト様の発案で地属性の拘束魔法に決まった」
「攻撃魔法じゃないのか?」
「《魔法射程延長》にMPを持っていかれるからな、攻撃魔法では威力が落ちる。それに国教の連中の天罰魔法や例の兵器の件もある。俺達は奴の動きを止めることに集中するそうだ」
「なるほど。エンノシタノチカラモチって奴だな」
「……なんだそれは」
「<マスター>から聞いた言葉だ。目立たなくとも大事な存在、みたいな意味だそうだ」
「エンノシタノチカラモチ、か。まぁ、俺達が要だと思って力を尽くそう」
「応!」
そうして話していた徒弟達は手を打ち合わせる。
自分達の魔法で、勝利を導くという強い意思と共に。
◇
第二の集団は【大賢者】の徒弟達とは逆に、六百人超と最も数が多く、純白の衣服に身を包んだ集団だ。
【司祭】や【教会騎士】、【僧兵】など種別は様々であるが全員が聖職者であることは共通であり、その数が増えるほどこれから行なわれる天罰儀式の威力は上昇する。
それゆえに、未だ修行中であっても志願者は総動員されている。
王国を護るために力を尽くそうとする彼らではあったが、いざ戦闘が近づくと怯える者もいる。
「……近づいたら、死ぬんだろ」
「ああ。恐らく死の呪いに特化した竜じゃないかって話だ。怖いよな……」
未だ若い【司祭】達がそうして言葉を交わしていると、
「だからこそ、私達の出番なのです」
一人の壮年の男性が彼らに声をかけた。
「ベルディン枢機卿閣下!?」
「なぜここに……!?」
そう、その男性こそはフォー・ベルディン枢機卿。
【教皇】不在の国教において、実質的な指導者の立場にある男性だった。
なお、ジョブは【司教】であるが、これは枢機卿がジョブとして存在しないので仕方のない話だ。
「不安に思うのも無理はありません。ですが、より強く不安を抱くのは迫る死と呪いに抗う術を持たない人々なのです」
ベルディン枢機卿は穏やかに、けれど力強く微笑みながら若い【司祭】二人の肩に手を置く。
「我らには、死と呪いをはねのけるための力があります。ゆえに祈り、信じるのです。天と水晶から我らに与えられた力が、人々に迫る死と呪いを退けることを」
「は、はい!」
「俺達も頑張ります!」
ベルディン枢機卿は士気を取り戻した二人の【司祭】に微笑みながら頷いた。
そうして、その場を後にして、また不安に思う聖職者達に言葉をかけて回るのだった。
◇
第三の集団は濃紺と純白の集団から少し離れて配置し、濃緑の軍服に身を包んだ集団だった。
その集団は銀色のシートを平原に敷き、何事かを操作する。
すると、シャッター状になっていた銀色のシート――【ガレージ】が開き、内部から無限軌道を履いた重厚な<戦車型マジンギア>――【ガイスト】が次々と現れた。
彼らの名は皇国第二機甲大隊。
隣国である皇国からの援軍である。
今回、偶々合同演習中に事件が起きた。
無論、そのまま帰国することも出来たが、現在の皇族で最有力であり次期皇王と噂されるグスタフ第一皇子の意向により、【グローリア】討伐戦の助っ人として参戦していた。
合体魔法や天罰儀式と同様、彼らの【ガイスト】も長距離攻撃手段に秀でている。この作戦に火力として参加することは十分可能だ。
そして彼らが有するのは戦車だけではない。
【グローリア】の出現に際し、彼らは切り札となる秘密兵器も、交渉によって王国内に持ち込んでいた。
その兵器……煙突を思わせる巨大な砲身を持つ砲台は、【ガレージ】やアイテムボックスからパーツを出しつつ、【整備士】が組み立てている真っ最中だった。
◇
この地に集った四集団のうち、最も異質なのは第四の集団である。
彼らの装備は他の集団と異なり、統一されてはいなかった。
それぞれが思い思いの、しかし他の三つの集団を遥かに上回るレアリティと性能の装備に身を包んでいる。
ティアンならば見ることも珍しいとされる特典武具すら、当たり前のように所持している者が何人もいた。
そんな彼らは、<マスター>である。
しかし、ただの<マスター>ではない。
王国クランランキング第二位、<バビロニア戦闘団>。
それが彼らの名前である。
そして<バビロニア戦闘団>はクレーミルの結界の内側ではなく、結界から離れた平原に陣取っていた。
「オーナー。メンバー二八七人中、ログインできてるのは二五六人です」
平原に立てられた天幕で、サブオーナーである【超付与術師】シャルカがオーナーに報告を上げる。
「そうか。みんな、よく集まってくれたものだ」
「これだけの規模のクエストですからね。仮病を使ってでも学業や仕事を休む奴は大勢いますよ。特に、うちみたいなところは」
「フッ、そうかもしれないな」
シャルカの言葉に苦笑しながら応えたオーナーの名は、【剣王】フォルテスラ。
現王国決闘ランキング第三位であり、現在の王者である【超闘士】フィガロの好敵手と呼ばれている男。
獅子や虎と評されるフィガロに対し、どこか雪豹に似た雰囲気を持つ男だった。
「それに、今回はただの討伐じゃない。我々のホームタウンの危機ですからね。ここで全力を出さずに、何時出すのかという話ですよ」
「……ああ」
<バビロニア戦闘団>はクレーミルを本拠地とするクランだ。
彼らの生活も、思い出も、全てはあのクレーミルにある。
それゆえに、彼らは絶対にこの都市を守らなければならなかった。
「……オーナー。奥さんは」
「再三、避難を訴えたがな。『自分は【薬師】だから、この街から動けない人達のためにも離れるわけにはいきません』、……そう言われてしまったよ」
フォルテスラは、この<Infinite Dendrogram>で結婚した数少ない<マスター>の一人だ。
妻はティアンであり、今もクレーミルの病院で働いている。
ゆえに、フォルテスラは誰よりも……この都市を護らなければならない。
彼は、この場にいるどの<マスター>よりも真剣な面持ちだった。
「……負けられない」
そのとき、不意に彼の左手の紋章が光り、
「団長! 絶対勝つよ!」
一人の少女が、姿を現した。
年齢は十代後半ほどだが、赤い髪を揺らしながら快活に動く様は外見年齢をもっと幼くも見せている。
彼女の名はネイリング。
TYPE:メイデンwithエルダーアームズ……フォルテスラの<エンブリオ>である。
「絶対勝って! あいつの特典武具をお土産にして! エーリカのところに帰る! そうじゃないとアタシ、いやだからね!」
「……ああ。勿論だ、ネイ」
ネイリングの頭をポンと撫でて、フォルテスラは微笑する。
「オーナー。今しがた通信魔法が入りました。周辺に何組か……我々以外のクランやパーティがいます」
「俺達や王国戦力の戦いで【グローリア】が弱ったところで、トドメとMVPをいただこうという連中だろう。漁夫の利という奴だ」
その中には真っ先に【グローリア】に挑み、デスペナルティが明けて復帰した連中もいるだろうなとフォルテスラは当たりをつけた。
「……事前に排除しますか?」
「放っておけばいい。協調はできないが、戦力にはなる。ハッキリ言って、今回ばかりはどれだけの戦力が必要かもわからない」
フォルテスラがこれまでに単独で倒した<UBM>は古代伝説級までだ。
それよりも二段格上……それ以上の強さかもしれない相手など想像もつかない。
「戦力、ですか。あの<月世の会>、それに……フィガロとトム・キャットがいれば」
シャルカは彼らよりランクの高いクランである<月世の会>、それにフォルテスラよりも決闘で上位に立つ二人の<マスター>の名を上げる。
「仕方のない話だ。あの宗教団体とは王国が交渉の真っ最中。トム・キャットは十中八九運営側の人間だからな、今回は噛まないだろう。それにフィガロの奴は……」
「オーナー?」
「……いや、何でもない」
彼と長く戦い続けてきたフォルテスラは、フィガロの欠点を知っている。
彼が『独りでなければ戦えない』人間だということも承知している。
そんな彼にとって、大人数が共同戦線を張るこの戦場は鬼門と言っていい。
それでも……、
『フォルテスラ。僕も、参加しようか?』
それでも、彼はフォルテスラに一度はそう打診してくれた。
それは【グローリア】がクレーミルに迫っていることと、フォルテスラがクレーミルを、そこに住まう家族を大切に思っていることを知っているからこそ出た言葉。
だからこそ、
『不要だ、フィガロ。お前は最強のまま、その王座で待ち続けろ。【グローリア】を倒した後、俺がそれを獲りに行く』
フォルテスラはフィガロの打診を断った。
集団戦で力を落とす彼を周囲に見せたくなかったし、改めて自覚させたくもなかったから。
何より、『彼には最強のままであって欲しい』と……好敵手として強く願ったからだ。
『俺は、間違っていたと思うか? ネイ』
『ううん。きっとそれでいいんだよ! 私もあのライオンには強いままでいて欲しいし、だからこそいつか倒したいから!』
『……そうだな』
フォルテスラとネイが念話で言葉を交わした直後、天幕を開けて<バビロニア戦闘団>のメンバーの一人が駆け込んでくる。
「オーナー! 【グローリア】を監視していた斥候からの通信です! 目標の到着まであと二時間を切りました!」
「そうか。ならば手筈どおり、俺達は結界の外で【グローリア】を攻撃する」
「はい!」
報告に来たメンバーはそのまま天幕を出て、他のメンバーにも作戦の決行を周知する
「上手くいきますよね?」
「上手くやるしかない、だろう?」
いよいよ間近に迫った【グローリア】との戦闘に不安さを滲ませるシャルカに対し、フォルテスラはそう問い返した。
<バビロニア戦闘団>はこの四日間で独自に攻撃を仕掛けたクランやランカーとは違い、王国との協力体制で動いている。
そのため、作戦内容も打ち合わせている。
作戦の手筈は次のようなものだ。
まずは<バビロニア戦闘団>の遠距離攻撃部隊が【グローリア】に攻撃を仕掛ける。
それに【グローリア】が気を取られている間に、【大賢者】の徒弟と国教の聖職者が大規模な魔法・天罰攻撃を仕掛ける。
波状攻撃で動きを封じた上で、皇国が切り札となる兵器を使う。
全てが万事上手くいけば、そこで終わる。
「もしも皇国の兵器で倒せなければ……」
「そのときは俺達が切り込むしかないな」
不確定ではあるが、<DIN>からは近づいても即死しない場合もあるという情報が入ってきている。
もしものときは、【剣王】であるフォルテスラを始めとした<バビロニア戦闘団>の最精鋭で、【グローリア】に近接攻撃を仕掛ける。
それしかないだろうとフォルテスラは考えていたし、
「…………」
そうなるだろう、という確信にも似た予感があった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<今回は決戦前の準備回でした
(=ↀωↀ=)<地味に【モビーディック・ツイン】絡み……というか
(=ↀωↀ=)<本編で暗躍中のあの人の過去情報もちょっと出ました
(=ↀωↀ=)<こんな感じで【グローリア】以外の情報もちょこちょこと開示される模様
(=ↀωↀ=)<次回更新も最長一週間後の予定です
 




