第十三話 ギルドクエスト
□アルター王国冒険者ギルド 【聖騎士】レイ・スターリング
この<Infinite Dendrogram>でプレイヤーが受注できるクエストには三種類ある。
俺が始めてすぐに起きたようなランダム発生のイベントクエスト。
次に、ルークがやったような各ジョブ専門のジョブクエスト。
そして三つ目がギルドクエストだ。
冒険者ギルドという、お決まりの名称と役割の施設で受注できる。
ギルド、というとジョブごとのギルドと被りそうだが、内実は異なる。
冒険者ギルドは討伐、護衛、収集、雑事など多岐にわたる依頼の斡旋所だ。
登録してギルドカードを受け取ればジョブも、<マスター>かティアンかも問わずに依頼を受注できる。
レベル上げもそれなりに進んだので今度はそっちで金銭も稼ぎながらやっていこう、という算段だ。
そしてルークとは会ったときから一度組んでみようと話していたこともあり、今回は同じクエストを受注することにしたわけだ。
で。
「……依頼多すぎてどれ受ければいいかわからん」
「ですねぇ……」
俺とルークは冒険者ギルドにいくつもある丸テーブルに突っ伏して分厚い冊子に目を通している。
だが、正直疲れてきた。
この分厚い冊子はクエストのカタログであり、現在この冒険者ギルドで受注可能な依頼を一覧できる。
読んでいる間にもティアンやプレイヤーが依頼すれば自動で増えるし、同じく受注されたら自動で減っていく魔法のカタログである。
ちなみに手にしているプレイヤーが受注できない難易度の依頼は最初から表示されない。
何でも難易度:三までは全て表示されるが、以降はそれまでに成功させた依頼の数に応じて開放される仕組みらしい。
が、それを踏まえても今現在このカタログは尋常ならざる分厚さとなっている。概算で1000ページはあるだろう。
なぜかと言えば、やはり【破壊王】や他の<超級>の影響である。
【破壊王】の砲爆撃による<ノズ森林>焼失で王都からの脱出を図る人々が増え、また他の都市への交通網が回復したことによる交易商人の移動なども活発化している。
結果として他の街への移動に際する護衛依頼が激増しているわけだ。
問題は……。
「同じような依頼でも報酬や難易度がバラバラすぎて選べん」
「ですねぇ……」
例えばフィガロさんのいる決闘都市ギデオンへの護衛にしても何十件もあるので、難易度や報酬がバラけ過ぎているのだ。
同じ難易度でも報酬が10000リルも違ったり、報酬は同じなのに難易度が違ったり、あるいは出発日時が違ったり。
難易度はクエスト担当の管理AIが算出しているらしいけど、同じ難易度で同じような内容で値段の幅があるのは何でだ……。
考えなしに受注するわけにもいかず見比べているうちに、好条件っぽいクエストは他の人が受けてカタログから消える始末。
「あと護衛の仕事は微妙だよな」
「ですねぇ……」
護衛ということは移動する間ずっと守り続ける必要がある。
が、こちらはプレイヤー。ログアウトの必要もあるし、その間の護衛は出来ない。
そういう事情は「不定期に異世界に飛ばされる<マスター>」の設定としてティアンの人々も知っている。
そのため、<マスター>はあまり護衛の依頼に向いておらず、護衛依頼は大体がティアンの冒険者の仕事となっている。
余程高レベルの<マスター>ならまた違うらしいけど。
「人の護衛じゃなくて配達とかの依頼が良いかもな。報酬はちょっと落ちるけど」
「ですねぇ……」
「……ルーク、さっきから言葉が一種類だぞ」
「あ、すみません。分厚いカタログ読んでいたら色々と思い出してしまって……」
ルークは見た目多分中学生くらいだし受験勉強とか思い出したんだろうか。
ルークは少し空ろな目で「父さんお手製の教本、これより分厚かったな……」とか呟きながらページをめくっている。
ルークの顔がリアルと変わらないとなると欧米の出身。
あっちもやっぱり受験戦争激しいんだろうか。
俺も大学受験苦労したなぁ……。
「ふむふむ」
「むむむー」
ちなみに、ネメシスとバビも先刻から俺達と同様に冊子に目を通しているが二人が目を通しているのはクエストカタログではない。
ネメシスは賞金首のリストをチェックし、バビはギルド内に併設された飲食店のメニュー表を凝視している。
「マスターよ。ここからギデオンまでの道には時折【群狼王 ロボータ】と【大瘴鬼 ガルドランダ】なる賞金首のボスモンスターが出るらしいぞ。出たらいいな」
「そんな露骨に危険そうなのは嫌だな……」
「ねえねえルークー、このスペシャルプリンアラモードにデスソースかけたら凄く美味しそうだと思わない? ルークも食べる?」
「そんな露骨に危険そうなのは嫌かな……」
物騒な<エンブリオ>二人から意識を逸らし、俺とルークはクエストカタログに集中することにした。
「とりあえず難易度で絞るか。難易度は一か二でいいか」
ギデオンへ向かう仕事を受注するのはもう相談済みだ。
ルークとしてもギデオンに行ってみたかったらしい。
何でも大きな魔物市場と奴隷市場がギデオンにあるそうだ。
「そうですね。レイさんは一般的なレベル12より強いですし、僕はレベルの平均よりずっと弱いから丁度いいと思います」
スキルやレベルの話に引き続き情報交換をしていてわかったことだが、ルークは俺よりも倍以上のレベルはあるがステータスは低かった。
MPとSPだけ俺より高くて他のステータスは軒並み半分以下。
これは俺が上級職の【聖騎士】であること以前に、ルークの【女衒】がステータス的には弱いジョブであるかららしい。
【女衒】であるルークのヘルプによれば(俺のヘルプには載っていなかった。同様にルークのヘルプには【聖騎士】の情報がない)、【女衒】はスキル特化型でほとんどの戦闘力を【魅了】と配下の能力に依存している。
【魅了】するか死ぬか、という実にデッドオアアライブなジョブであるようだ。
まぁ、俺はこれまでの経緯でルークの天職が【女衒】であることに疑いは抱いていない。
【女衒】じゃなければもう【天使】にでもなるしかない。
「マスター、落ち着け。ちょっと【魅了】されとる」
「おおう」
もちろんルークが俺に対して【魅了】スキルを使っているわけではない。そもそも性別♀にしか効かないのだし。
が、美少年過ぎて空気にあてられているというのは、ある。
ギルド内の冒険者達もさっきからこちらをちらちらと窺い、人によってはガン見している。
そして注目を集めているのは何もルーク一人だけが原因ではない。
ネメシスとバビも美少女である。
このテーブルにいる五人中三人が美形なのだからそれは注目も集めようというものだ。
……五人?
「いやー、ボクも冒険者ギルドに来たのは久々ですけど、クエストが溜まりすぎですねー」
俺達のテーブルには、俺達にPK騒動の情報を売った【記者】のマリーも同席していた。
……いや、いつの間に?
最初は間違いなく俺とネメシスとルークとバビで四人だったはずなのだが。
【記者】にはこっそりテーブルにつくスキルでもあるのか?
「あれ? マリーさんどうしてここに?」
「いえいえ、ボクもちょっと決闘都市ギデオンに行く用事がありましたのでー。ついでに何か依頼でも受けようかと思ったらお二人がギデオンに行く話をしているじゃないですか。これは乗るしかないなー、と。ご一緒してもよろしいですか?」
「……俺は別に構わないが、ルークは?」
「僕も大丈夫ですよ。むしろ心強いです」
たしかに。
俺とルークは他の街に移動するのは初めてだ。
対して、マリーは他国である黄河にも行っていたらしい。こういう長距離移動も慣れたものだろう。
それだけでかなり頼もしい。
マリーを加えて今度は三人でカタログをめくる。
「難易度:二で【討伐依頼―【サウダ・ファントムシープ】】というのがありましたよ。報酬も高いです」
「あ、それは駄目ですねー。【サウダ・ファントムシープ】は弱いけど発見が困難なモンスターなので、探しているだけで三日は掛かっちゃいますねー」
「難易度:二【討伐依頼―【ブルーレミングス】】、こいつも報酬いいな。倒す数が五十って多いけど」
「弱いですけど見つけやすく、元々群れているネズミモンスターですからねー。意外と楽で」
「ネズミはいやです」
「ルーク?」
「ネズミはいやです」
「お、おう……」
そうしてかれこれ十分ほどカタログと睨めっこしていると
「あ、これなんかいいんじゃないですかー?」
そう言ってマリーはあるページを指差した。
難易度:二【配達依頼―決闘都市ギデオン ギルド間配送】
【報酬:30000リル】
『王都アルテアの冒険者ギルドから決闘都市ギデオンのギルドまで各種配達物を届けてください。荷物は大量にありますので、アイテムボックスをお持ちの方推奨の依頼です。期限は三日後までとなっています』
『※ 配達物を持ち逃げした場合は刺客を送ります』
「この依頼はギルドからの依頼ですね。冒険者ギルドに直接届ければ良いので手続きとか楽ですよ。報酬も多めですしね」
なるほど、好条件だ。
最後の一文が気になるが、まぁ悪事を働かなければいいだけだしな。
「俺はこのクエストを受けたいが、ルークは?」
「はい、僕もこれでOKです」
「決まりだのぅ」
「決まったのー? まだプリン食べてないけどー」
俺の言葉にルーク、それとネメシスとバビが答える。
俺達が組んで行う初のクエストは決まった。
「じゃあレイさん、受注お願いします」
「ん? 見つけたのはマリーだしマリーが受注すれば良いんじゃないか?」
「複数人でギルドクエスト受けるときはパーティ組んで代表者が手続きするんですけどね。そのとき代表者はジョブ明記するんですよ」
「つまり?」
「代表者が【記者】や【女衒】だとギルドの受付良い顔しないでしょう?」
なるほど、たしかに。
この依頼はギルドから直接の依頼なので、あんまり実力を不安視されると受けさせてもらえないかもしれない。
その点、【聖騎士】ならば問題はないだろう。
……でもこの中でレベル一番低いのは俺だろうけど、いいのか?
「世の中、まずはラベルと容器が目に入るものですからね。ここはレイさんが受けるのが良いと僕も思います」
ルークもそう言うので、俺が代表して受注することになった。
ギルドの受付にカタログを持っていき、依頼のページを提示する。
「はい、依頼の受注ですね。畏まりました。それではギルドメンバーカードの提示とこちらの用紙への記入をお願いします」
俺は先刻作ったばかりのメンバーカードを受付の女性に差し出し、用紙へ記入する。
俺の名前とジョブ、一緒にクエストを進行するパーティメンバーの名前、注意事項の了承を済ませる。
「クエストの受注を確認いたしました。それではあちらのカウンターより配達物を受け取ってください」
俺は指示通り配達物を受け取ってアイテムボックスに入れる。
準備は整った。
かくして俺達にとっての新たな一歩、ギルドクエストが始まる。
対象はクエスト難易度:二【配達依頼―決闘都市ギデオン ギルド間配送】。
行く先は決闘都市ギデオン。
クエスト、スタート。
To be continued
◆◆◆
■アルター王国・???
喝采。
ただ喝采だけがあった。
その喝采が意味するは、歓喜。
無数の小鬼が喜びの余り吼え猛っている。
彼らの視線の先に、彼らと同じく四肢を持ち、けれど彼らとまるで違う生き物――人間がいたからだ。
彼らは餓えていた。
なぜだか知らないが、ここ数日ずっと人間が彼らの縄張りを通らなかったから。
人間を、人間が運ぶ荷を好物とする彼らは餓えて餓えて溜まらなかった。
その間は他のモンスターを食らって過ごしていたが、人間と、人間の食料の味を覚えた彼らには不満しかない餌だった。
だから彼らは歓喜する。
“あの山”で塞き止められていた人の往来が、蘇ったことを。
今再び、彼らの大好物が彼らの前に現れたことを。
先刻この縄張りを通った一人の人間は恐ろしく、皆で震えて過ぎ去るのを待つしかなかった。
だが、今通る何人もの人間は恐ろしくない。
ならばこの人間とその荷は彼らの馳走に他ならない。
「ギギィィィィ!」
「ゲギャアアアア!」
小鬼は各々が雄叫びを上げ、視線の先の馬車に向けて駆け出す。
「【ゴブリン】!? なんだ、この数は……!」
「旦那、とてもじゃないがこんな数は相手に出来ん! 馬車を思いっきり走らせろ!」
「あ、ああ!」
「俺達も逃げるぞ!」
太った商人の男が馬車の速度を上げ、商人の護衛を勤めるティアンの冒険者達も追随するべく駆け出す。
彼らの移動速度は速く、このままでは小鬼が追いつくことは出来ないだろう。
だから小鬼は吼えた。
喝采を、歓喜を、吼えた。
「なんだあいつら、威嚇しているのか?」
「構うな! このまま逃げ切るんだ!」
彼らは威嚇などしていない。
敵ならばともかく、ご馳走を前にした彼らはそんな無意味な真似はしない。
彼らはただ――呼んでいたのだ。
「はは、どうやら逃げられそうですな…………ひえ?」
直後、商人が馬車ごと……空から降ってきた“何か”に叩き潰された。
丸く潰れた果肉の如き屍を踏みつけながら、“何か”は次に冒険者達に視線を向けた。
「な、な、ああ!?」
「こ、こいつはまさか、<UBM>の、【ガル」
彼らには意味ある言葉を吐く時間を与えられなかった。
ただ、目の前の“何か”と追いすがってきた小鬼に蹂躙される時間しかなかったのだ。
『GOOOAAAAAAAAAAA!!』
そうして馳走を平らげた“何か”と小鬼の群れは、彼らの住処へと帰っていった。
また腹が空いた頃に、ご馳走が通るのを期待して。
◆
このエリアの名は<ネクス平原>。
<サウダ山道>の南、決闘都市ギデオンの北。
決闘都市を目指すならば必ず通らねばならないエリアだった。
To be continued
次の更新は明日の21:00です。




