ガーベラの場合
(=ↀωↀ=)<SSと言いつつ段々文字数が増えていく
( ̄(エ) ̄)<文字数多い方が書きやすいから仕方なしクマ
(=ↀωↀ=)<文字制限がないWEBのSSだからできることですね
■【弓狩人】ガーベラ
『ガーベラさん。
リアルでの所用があるため、夕方まで不在となります。
店は閉店にしておきますが、食事はあるものを自由に食べていただいて結構です』
ある日のお昼時、私が“監獄”にログインするとカウンターにこんな置き手紙があった。
どうやらオーナーは留守にしているらしいけれど……。
「……珍しい」
オーナーはこれまで私がログインしている間はほぼ常時ログインしていた。
リアルに戻るのは食事やトイレで少しログアウトする程度で、就寝の類すらこちらで済ませていたのに。
あ、オーナーがログアウトしてもアプリルはいるわね。
所有者がログアウトしても残す設定にしてあるみたい。
そういえばテイムモンスターにもある「開放したままログアウトする」設定。モンスターがログアウト中に狩られたり、アイテムもログアウト中に盗まれたりするから、あまり使われないけれど。
ちなみにアプリルはまた椅子に座って目を閉じている。あの子、働いていない時はこれがデフォルトみたいね。
「食事はあるものを……って言ってもねー」
この店、あまり食べ物を置いていないのよね。
時間停止機能付きの冷蔵庫型アイテムボックスに材料はあるけれど、そのまま食べられそうなのは食パンとかサンドウィッチ用のハムと野菜くらいのもの。
「外に食べにいくのも……微妙」
“監獄”のご飯、あまり美味しくないのよね。
まぁ、考えてみれば当たり前だけれど、この“監獄”にはティアンがいないし、<マスター>も犯罪者しかいない。
で、外で真面目に料理店を経営している<マスター>は犯罪者になんてならない。
《料理》のセンススキルを持つ料理人がいないから、リアルの料理能力で何とかしようとするモグリ料理店しか存在しないし、そういう店で料理が美味しいところはほとんどない。
オーナーが経営するこの喫茶店が日ごろ賑わっているのは、オーナーが【犯罪王】だからかと最初は思っていたけれど、実際は『真っ当に美味しいコーヒーとお茶請け』を出すここが重宝されていたのも大きな理由だったみたい。
オーナー、コーヒーだけじゃなくて料理も上手よね。
一時期ポップコーンばかり作ってたけど。
「そのオーナーもいないし……仕方ないから自分で作ろうかしら」
『エ?』
……?
なんだかアプリルの方からこれまで聞いたことがない音程の声が聞こえた気がするけど、気のせいかしら?
「この材料だとベリーパイくらいは作れるかしらねー」
もっとご飯らしいもの作れれば良いのだけど、私ってお菓子しか作れないのよね。
「お菓子……ギデオンの生活を思い出すわね」
あそこ、色んな種類の飲食店があって食事時が楽しみだったのよね。
自分で作らなくても美味しいお菓子のお店沢山あったし。
……<カフェ水蜜糖>のドーナツ、また食べたいなー。
「さて、始めようかしら。面倒だけど……おなか空かせたまま特訓メニューこなすのもいやだし」
私は調理器具と材料を用意して、久しぶりのお菓子作りをする。
作り方は覚えているので、それに合わせて手を動かしていく。
やっている内に感覚を取り戻してくるのが実感できるわね。
お母さんにお菓子作り習ってた時のことを思い出すわー。
『……………………』
「なに? アプリル」
『……イエ』
アプリルは閉じていたはずの瞼を開けて、何か信じられないものを見るような目つきでジッと私の手元を見ていた。
あの子って侍女もできるロボットだから、私の作業におかしい点でも見つけたのかしら?
まぁいいわ。どうせ私が自分で食べる分だもの。
美味しくなくても自己責任よね。
◆
そうしてお菓子作りをすること二時間少々。
ベリーパイが焼きあがるまで、気づけばそんなに経っていた。
んー、思ったよりもかかっちゃったわね。もうランチタイムっていうか普通におやつだわ。
「いただきまーす」
私は焼きたてのベリーパイを切り分け、皿に盛って食べ始める。冷ましても美味しいでしょうけど、今日はおなかも減ってるし熱々のままでいいわ。
……うん、まあまあね。
もっと事前に準備できていたら、もっと美味しくできたと思うのだけど……間に合わせだから仕方ないわねー。
「只今戻りました」
と、私が自分のベリーパイを評している間にオーナーがログインしてきた。
あら、思ったより早いご帰還ね。
「おかえりなさい、オーナー」
「おや、ガーベラさん…………それは?」
「ベリーパイを焼いたのよ。食べる?」
「……折角なのでいただきます」
私はオーナーの分を新しいお皿に盛り付けて渡す。あ、折角だから上に乗ってる飴細工もあげちゃおうかしら。
考えてみれば私一人で食べるのに孔雀飴細工はいらなかったわね。
「それではいただきます。…………」
あ、オーナーがベリーパイを一口食べたら無言になっちゃった……。
どうしよう、口に合わなかったのかしら……?
それともスライムだから? でも人間のときは人間よね?
「……呼吸を忘れました」
「?」
オーナー、首なくても大丈夫な生き物じゃない。今さら呼吸がどうしたのかしら?
「ガーベラさん。【料理人】か【菓子職人】のジョブ、取っていましたか?」
「取ってないわよそんなの。特訓メニューにもなかったでしょ?」
「そうですね。ええ、そうでした。……自力ですか。まるでシュウの……」
どうしたのかしら?
何か考え込むようにぶつぶつ呟いているけれど、こんなオーナーは珍しいわね。
「ガーベラさん。今後、時々お店で出すデザートを作っていただいてもよろしいですか?」
「いいけれど、素人仕事よ?」
《料理》スキルだってないし、お金取っちゃって良いものかしら?
あ、でもそういうお店って“監獄”には多いし、オーナーもスキルは持ってなかったわね。
「……。はい、お願いします」
「そう。じゃあヒマな時にでも作って冷蔵庫に入れておくわー」
そうして私の日課に時々お菓子作りが追加された。
◆
後日、なぜか来店するお客さんの数が倍増して喫茶店が騒がしくなった。
先着順や争奪戦って言葉を聞くことが増えたけれど、何のことかしら?
Episode End