Out Law Plus 1
(=ↀωↀ=)<入れるタイミングがここしかなさそうなのでここで投入する話
(=ↀωↀ=)<時系列は六章手前
■皇都・貴族街
<Infinite Dendrogram>において、各国の首都は似た造りになっている。
王城などの国の中心である建造物が中央にあり、その周辺に貴族街などが立ち並び、さらに外周に平民の家々や商人の店舗がある、といった形だ。
皇都も概ねそのようなもので、【エンペルスタンド】を中心としてそのような街の構造になっている。違いと言えば皇都の最外縁に<叡智の三角>の本拠地のような研究施設や皇国軍の軍事施設が立ち並ぶことだろう。
そんな皇都の貴族街だが、ここには近年貴族以外も邸宅を構えている。
それは皇国に属する<超級>を始めとした皇国内で重要な<マスター>のものだ。
とは言っても、ここを有効活用している<マスター>は少ない。
フランクリンは邸宅を貰ってはいるが<叡智の三角>の本拠地で寝起きしているし、【獣王】に至っては基本的に不在なので使用人が住み込みで働きながら定期的に掃除するだけになっている。
新参の二人についても【盗賊王】ゼタなどは最初から「不要」と伝えている。
しかしもう一人の新参、【車騎王】マードック・マルチネスは皇国の<超級>としては珍しく邸宅を有効活用し、敷地内のガレージで日々趣味の戦車整備をしている。たまに郊外で部下や<エンブリオ>達と模擬弾による戦車戦を楽しんでもいるので、彼は本当に皇国での生活を満喫しているらしい。
さて、皇国にはもう一人<超級>がいる。
【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。皇国の<超級>としては【獣王】に次ぐ古株の彼は、もちろん貴族街に邸宅を貰っていたし、基本的にはそこで生活していた。
使用人も多数抱えているし、ある意味最も貴族街で貴族らしい生活を送っていたのがこのローガンである。
そんなローガンだが……今の彼は自室のベッドの上で膝を抱えていた。
「うぅ、うぅぅぅ……!」
枕を抱きかかえて、涙を流す顔を押しつけ続けていた。
それはアバターである美青年には全く似合っていなかったが、彼のリアルである男子小学生ならば不思議でない振る舞いだった。
彼の身に何が起きたのか。
それを一言で言えば……『また負けた』である。
カルチェラタンの事件でルーキーであるレイ・スターリングに敗れた一回目。
次いで、自分の赤恥を動画としてネットに流布したフランクリンに敗れた二回目。
そして本日――決闘ランキングの一位から転落した三回目である。
「畜生……、畜生……!」
彼にとって、偶然と言い切れる一回目や、嵌められたと誤魔化せる二回目と違い……彼にとって常勝の場であった決闘での大敗は、かつてないほど彼を打ちのめしていた。
つい先刻、皇都の闘技場で彼が敗北した相手は……短期間で決闘ランキングの二位にまで駆け上がっていた人物。
その名は【盗賊王】ゼタ。
そう、皇国に新たに加わった<超級>の一人である。
ゆえにその戦いは言わば、決闘王者の座を賭けた<超級激突>であった。
その戦いに際して、ローガンに油断があったわけではない。
むしろ、この戦いだけは勝たなければならないと、一切の慢心なく挑んだ。
しかし結果は、何も出来ないままの大敗だった。
「…………なんなんだよ! あれは!」
試合開始直後、ローガンはすぐに【ゼロオーバー】を呼ぶ構えだった。
しかし、それを為そうとしたローガンの口からは、なぜかスキルを宣言する言葉が出なかった。
異変はそれだけに留まらず、ローガンの視界が血に染まった。
何をされたのか、眼球と鼻腔から出血が止まらず、それどころか体内の血管の中で血液が沸騰し始める。
それでもローガンが対処しようとした時には、ゼタが超音速機動で肉薄しており、
次の瞬間には皮膚と鎧に傷一つつけないまま――心臓を盗まれていた。
彼の心臓は呆気なくゼタの手の中で握り潰された。
ローガンは自分が何をされたのかも理解できなかった。
辛うじて分かったのは最後の一撃が【盗賊王】の奥義であろうということだけ。その直前の発声不良と出血、血液の沸騰の正体は皆目見当もつかない。
そんな戦い方は、二位に駆け上がるまでの戦いで一度も行なっていなかったから。
恐らく観客も含めてあの場で全てを理解していたのは、それを行なったゼタ本人だけであろう。
誰の目でも理解できたことは……ローガンが敗れて皇国の決闘王者が代替わりしたことだけだ。
その瞬間に闘技場は大歓声に包まれた。
そうして、会場に満ちる歓喜の声から逃げるように、ローガンは今自室に閉じこもっている。
「どいつも、こいつも……!」
まるでローガンが負けることを願っていたかのような熱狂に、彼は悔しさを覚えていた。
しかし、それも無理からぬことではある。
ローガンは確かに決闘王者の座に立ったが、それは彼が「決闘中ならば実質ノーコストで召喚できる神話級悪魔による対戦相手の蹂躙」という戦法を会得してからの話だ。
彼の戦いは誰が相手であろうと常に同じ、神話級悪魔を出して相手を倒す。
相手が強くても神話級悪魔や伝説級の悪魔を増やすだけ。
全ての戦いをそれだけで勝ち抜いてしまっていた。
決闘の舞台で……たった一人で超ステータスを誇る強化神話級悪魔を複数相手取れるような<マスター>は、皇国には【獣王】しかいない。
その【獣王】が決闘に出ないのだから、ローガンの試合は全て「ローガンの神話級悪魔召喚ショーを見るだけ」の舞台に成り下がっていた。
それはただの作業。観客にとっては至極つまらないものであり、同時に他の決闘ランカーの意欲をも大きく下げるものだった。
だからこそ、今日という日の彼の敗北に対してあの大歓声が起きた。
「…………ッ」
ローガンは打ちのめされていた。
それは常勝を誇っていた決闘で倒されたことと……自分の勝利が誰からも望まれていなかったことに対してである。
そうして、何時間も枕に顔を埋めてから……ローガンはぼそりと呟いた。
「……止めようかな、デンドロ」
ローガンは<超級>になり、決闘王者になり、ドライフでも屈指の戦力として遇されていた。
彼は<Infinite Dendrogram>において、頂点に立っていると信じていた。
それは人生経験の少ない少年期によくある「自分は誰よりも優れている」という誤解の肯定であり、彼の自尊心を非常に満足させる待遇だった。
しかし今、三度の敗北を喫し、地位すらも転落して……「こんなに辛くて恥ずかしい思いをするのなら止めてしまおうか」という、やはりこれも少年期によくある挫折と諦めを選択しようとしていた。
ローガンが抜ければ、戦争において皇国は大きく戦力を削がれることになるだろう。
しかしもう止めてしまうローガンにとっては、これからこのゲームがどうなろうと知ったことではなかった。
ログアウトを実行して、永遠に<Infinite Dendrogram>から去ろうとした時、
「制止。その逃避は制し、止めます」
――ある人物がローガンの肩に手を置き、他者接触によってログアウト処理を止めた。
「え……? ……お前ッ!?」
ローガンは咄嗟に飛び退いて、アイテムボックスから【邪竜宝剣 ヴォルトガイザル】を取り出して構える。
その刃を向けられた人物は……全身に包帯を巻いたミイラの如き怪人。
誰あろう……彼を先刻決闘で負かし、皇国の新たな決闘王者となった【盗賊王】ゼタである。
「僕の部屋に勝手に上がりこんで……何のつもりだよ!」
その口調はローガンとして演じていたものではなく、リアルの彼に近いものだったが彼はそれに気づいていない。
ゼタもまた、特に気にしていない。
「回答。あなたに持ちかける話があった」
ただ、「何のつもり」と聞かれたことに答えるだけだった。
「話……?」
「追補。けれどその話をする前に、あなたが引退しようかと考えている旨の独り言を聞いてしまいました。それは困るので、こうして止めているのです」
「…………」
どうやらゼタがあの瞬間に現れたのではなく、忍び込んで様子を窺っていたことをローガンは察した。
プライバシーについて訴えたい気持ちは多々あるが、<マスター>同士ならば犯罪が成立しないというルールによってどこにも訴えられない。(もっとも、ローガンはリアルが未成年なので、ゼタの行動次第ではプレイヤー保護機能によるペナルティが科されていただろうが)
「人の部屋に忍び込むような奴と話すことなんてない! 出ていけ!」
「鎮静。そう怒らないでください。忍び込んだことは謝りますが、話自体はあなたにとっても耳寄りなものです」
「耳寄り?」
「肯定。具体的には、あなたを今より格段に強くするプランを提示できます」
「……!」
それは、三度の敗北によって打ちのめされたローガンには聞き逃せない言葉だった。
今より強くなって、自身の敗北を望んでいた連中を「ざまあみろ」と見返す。それはローガンにとって強く望むことだ。
しかし、それを言っているのが三度目の敗北を齎したゼタ本人であることが、ローガンの気持ちにブレーキを掛ける。
「お前に……そんなことできるのかよ?」
「肯定。私達が独自に纏めたデータベースがありますし、そこからあなたに適したサブジョブのプランも幾つか提示できます。加えて……」
ゼタは言葉を切り、こう告げる。
「未討伐の<UBM>の情報を、最大で十八件提示できます」
「!」
「何でしたら、ここで一つお渡ししましょう」
ゼタは、そう言って懐から一つの珠を取り出した。
それが<UBM>に関連した物品であることを、ローガンもすぐに察した。
「…………」
それは、ローガンが最も欲するものだった。
ローガンの切り札である《コール・デヴィル・ゼロオーバー》は対価として特典武具が必要となる。
元々ローガンは三つの特典武具を保有していたが、【天騎士】との戦いで一つ、レイ……フランクリンとの戦いでまた一つを消費し、今は【邪竜宝剣】しか残っていない。
対価としても、自身の装備としても、特典武具……<UBM>の情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。
「それさえあれば……」
『自分は、まだデンドロでやり直せる』、ローガンはそう考えた。
だが、同時に疑問も覚える。
ジョブのプランくらいなら、まだ分かる。
しかし<UBM>の所在など、それを倒せる実力がある<マスター>ならば他の誰でもなく自分で討伐に行くはずだ。
そして、手段は分からないが自分を容易く撃破したゼタにそれが出来ないはずはない。
どうして、その値千金の情報をローガンに渡そうというのか。
いやむしろ……その対価に何を求めているのか。
「……僕を強くして、お前は何が望みなんだよ」
「打診。あなたに一つの打診をします」
ゼタはそう言って、包帯に覆われた顔から覗く双眸でローガンの両目を見る。
そして、次の言葉に繋げた。
「勧誘。あなたを私達のクラン――<IF>に勧誘します」
<IF>。【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルをオーナーとし、指名手配者の<超級>のみで構成された最凶のクラン。
ゼタ自身も属するクランに、ローガンを加えようというのだ。
「<IF>って、あの……?」
「肯定。あなたは先のカルチェラタンの事件で正式に王国から指名手配を受けました。資格は十分です」
先の戦争でのローガンの行動は、戦争時ゆえに罪とはなっていない。
しかし先のカルチェラタンの事件は明らかに戦争外の出来事であり、ローガンも指名手配されている。
即ち、彼もまた指名手配者の<超級>だった。
「……だけど、指名手配者ばかり集めたクランで、何をしようって言うんだ?」
それは当然の疑問だった。
<IF>は指名手配者の<超級>が集まったクランとして、広く悪名を轟かせている。
しかし、その実体やクランとしての行動目的は定かではない。
そんな状態で入れと言われては、如何に垂涎の情報を対価とされてもローガンも首を縦に振ることは出来ない。
ゼタもそれは理解し、
「説明。私達の目的は……」
ゆっくりと、<IF>の目的を彼に話した。
◆
「……面白いな、それ」
十分後、ゼタの説明を聞き終えたローガンの第一声がそれだった。
同時に、彼は久方ぶりに胸を躍らせていた。
「質問。私達の目的はお気に召しましたか?」
「ああ。それなら、僕も参加したい。おまけに<UBM>の情報までくれるんだから言うことなしだ。ただ、ちょっと待ってくれ」
「?」
「指名手配者の<超級>なら、この国にはもう一人いるぞ」
それは言わずと知れたフランクリンのことだ。
もしもあの白衣のマッドサイエンティストも<IF>に誘うと言うならば、ローガンとしてもこの話を受けるわけにはいかない。
しかし、ゼタの反応は首を横に振る否定だった。
「否定。Mr.フランクリンは勧誘しません」
「どうしてだよ? 僕が言うことじゃないが……」
『あいつは僕より強いんだぞ』という言葉をローガンは口には出せなかった。
「不適格。かの人物は、<IF>に迎えても力を発揮できないでしょう。何より……私達とはまず、噛み合わない」
「……?」
ゼタの言葉が何を意味するのかローガンには分からなかったが、それでもフランクリンが<IF>に誘われることがないという一点は理解できた。
ならば、もはや悩む必要もない。
「分かった。それなら、僕は喜んでお前達のクランに入る。……対価はちゃんと貰うぞ」
「歓迎。新たなメンバーを歓迎します」
そう言って、ローガンはゼタと握手を交わす。
「それで、僕はいつ皇国を出ればいい?」
「保留。しばらくは籍を置いていてください。折を見て、私から連絡します」
「分かった。……楽しみだな」
その日、一人の悪魔使いが悪魔の手をとった。
それは王国と皇国の戦争に、いずれの国でもない意図が絡み始めた瞬間だった。
To be Next Episode
( ̄(エ) ̄)<……<IF>って「<エンブリオ>の使い方間違ってる<超級>」の救済所か何かクマ?
(=ↀωↀ=)<救済所というか、教習所というか、矯正所というかそんな側面あるよね
(=ↀωↀ=)<あと、この話の閣下は話の主導権とか空気持ってかれすぎてロールすっかり忘れてる模様
(=ↀωↀ=)<次の更新は一巻範囲外キャラの購入特典風SSですー
(=ↀωↀ=)<SSだから短めだけどね