“監獄”の悪夢 後編
(=ↀωↀ=)<活動報告では火曜日投稿予定としていましたが
(=ↀωↀ=)<少しやることが増えたので本日投稿です
■【弓狩人】ガーベラ
全身置換型。
それは、アームズ、ガードナー、チャリオッツ、キャッスル、テリトリー、メイデン、アポストルのどれとも違う、ボディと呼ばれるカテゴリー。
私も詳しくは知らないけれど、アームズの一種である手や目を<エンブリオ>にする部分置換とも決定的に異なるらしい。
全身置換型は<エンブリオ>の中で最も珍しくて、ほとんど見つかっていない。
オーナーも自分以外では、全身を機械に置換したカルディナの【殲滅王】しか知らないらしい。
全身置換型の希少さには当然理由がある。
<エンブリオ>は<マスター>のパーソナルを読み取って孵化と進化を行う。
大なり小なり、パーソナルと<エンブリオ>には関係がある。
ここに一つの問題があるわよね?
そう、『オーナーのように全身をスライムに置換するような人間のパーソナル”ってなに?』ってことよ。
少なくとも私には理解できない。
オーナーがどうしてそんな<エンブリオ>を持っているのか、そしてどんな風に世界を見ているのかも……全く理解できない。
全身がドロドロの怪物になっても、無数に木っ端微塵になっても、全く別人の体を模しても、それを受け入れて自分の体にする。
そんなパーソナルは想像したくないし、してはいけない。
今日、オーナーが器に中身を合わせる人間だと知って、少しだけ理解できた気はするけれど……それでもきっと、真の意味での理解には届いていない。
だって全身置換型は……自分自身をそっくり別の物に変えてしまっても何の問題もない人間にしか生じないものなのだろうから。
◆
「は、【犯罪王】!? クソッ……!」
目の前で木っ端微塵になったオーナーに、傷一つなく目の前で復元されたガキドーはひどくショックを受けているようだ。
それはそうでしょうね。
だって、バンテンインで殺せなかったということは、ガキドーにオーナーは倒せない。
「【粉砕王】には《破壊権限》がありませんからね。木っ端微塵にされても、それだけです」
……ほら、全身が細切れになったのにそれだけとか言い切ってる。
その状況に適応できる精神の持ち主だから……スライムに全身置換したのでしょうけど。
オーナーにとって人の形をしているときと、スライムでいるときに差なんてないのかもしれない。
【犯罪王】のときと【聖女】のときで雰囲気が変わるのと同程度に、スライムらしくしているだけ、なのかも。
そうそう。オーナーの<超級エンブリオ>はスライムだけど、変身能力にも優れている。
デフォルトの姿、それとよく使う【聖女】の姿のときは体細胞も全て人間そのもの。さっきみたいに形を崩されるとスライムに戻るみたいだけどね。
しかもオーナー曰く、【聖女】については元になった人物とDNAまで寸分違わず同じになっているらしい。
デンドロにDNA鑑定なんてないのにどうしてそうだと分かるのよって聞いたら、「DNAをチェックして継承の可否を判断する【聖女】のクリスタルを誤認させて、こうして無事に【聖女】になれていますから」だそうよ。どういう経緯で【聖女】になるはずだった女と入れ替わってそんなことをしたのかは、気になるけれど。
それと、そんなことを可能にするオーナーの<超級エンブリオ>の名前は【始源万変 ヌン】というらしいわ。
モチーフは私が知らないからきっとドマイナーなのね。都市伝説か何かかしら?
ただ一つだけ言えることは、
「うちのオーナーは……倒せないのよ」
全身がスライムだから、首落しても心臓ついても木っ端微塵にしてもあっさり元に戻ってしまう。
打撃でも斬撃でも、爆破でも、物理的な攻撃手段でオーナーは倒せない。
魔法も……どうかしらね。
オーナーは常に複数の特典武具を体の中に隠し持ってるし。
スライムが苦手な炎もなんとかしちゃうんじゃないかしら。
加えて、【犯罪王】のパッシブスキルがオーナーのステータスを桁違いに引き上げている。
そして、私が想像する限り最も性質の悪い必殺スキルまである。
本当に、あの【破壊王】はよくこのオーナーを“監獄”に叩き込めたものね。
「餓鬼道さん。あとはあなた一人のようです。このまま、この私と戦いますか?」
「う、ぐ……」
ガキドーは何も答えられない。
戦っても負けるだけだと分かっているから。
本心ではここから逃げたいのかもしれない。
「さぁ、どうするのかしら?」と見物人気分で見ていると、
「ガーベラさん」
不意にオーナーに声をかけられた。
「何よ?」
「さっき、自分が“監獄”でも弱いのではないかと悩んでいましたね。自分がどれだけ変わったか、テストしてみますか?」
「……どういうこと?」
オーナーの言っていることの意味が分からず、きっとハテナマークを浮かべながら首をかしげている私をよそに、オーナーはガキドーに声をかけた。
その内容は……。
「餓鬼道さん。あなたは戦う相手にこの私ではなく、ガーベラさんを選択しても構いません」
「何?」
「どちらにでも勝てれば見逃してさしあげます。それに加えて……この店も差し上げましょう」
「……ふえぇ!?」
オーナーの唐突な発言に、ビックリして変な声が出てしまった。
え、ちょ、私が負けても店がなくなるの!?
ここ、私の家でもあるのだけど!?
「ハッ、それなら決まっている。そこの女を相手に選ぶぜ」
ガキドーがひどく嬉しそうに、私を見ながらそう言った。
うわ、本当に助かったって顔しててムカつく。
「分かりました。ガーベラさんもよろしいですか?」
よろしくないけど!?
よろしくないけど…………あ、駄目だ。
オーナーの目……地獄の特訓の時と同じ、有無を言わせない目だわ。
……覚悟を決めるしかないみたい。
「…………やればいいんでしょ?」
私は不承不承に、オーナーの思惑通り戦うことになった。
あの【破壊王】と同種の超級職……負けたらどうしよう。
……まぁ、そのときはオーナーの新居に引っ越して居候すればいいわね。
◆
場所は大通りから、“監獄”の街の郊外にある荒野に移動した。
何でも、あそこで戦うと賞品の店が傷つくことを気にして、ガキドーが本気で戦えない可能性があるとか言っていた。
「【粉砕王】は《破壊権限》こそありませんが、範囲攻撃型の奥義である《粉砕波動拳》がありますからね。賞品の店が近くにあっては本気を出せないかもしれません」
「チッ、随分と詳しいじゃねえか」
「ええ。あるところにジョブのリストがありましたからね」
「ほう?」
そう言って、オーナーはなぜか店のある方角を見た。
店の金庫か何かにしまってあるのかしら。
……そんな貴重なリスト、盗まれないか心配になるわね。
あ、でも……店にはアプリルがいるから大丈夫よね?
「それではお二人とも準備はいいですか?」
オーナーはそう言って私達の中間、まるで審判みたいな位置に立っている。
ちなみに、この戦いの前に【誓約書】を書いてしまったので、これで負けたら本当に店の権利がガキドーに渡ってしまう。
しかも『【ブローチ】の使用禁止』、なんていう追加ルールまで設けられてしまった。
……やだなぁ。
ちょっと小細工しようかしら。
「ああ、万全だとも!」
「……別に構わないけど」
ちょっとずつ、ちょっとずつ……。
「あ、ガーベラさん。それ以上下がらないでください」
ちっ、バレたわ。
戦闘開始前にもっと距離をとっておきたかったのに。
「それでは準備はよろしいようなので……開始」
「オォ!!」
オーナーの開始の号令と同時に、ガキドーは私に向かってくる。
それはアプリルと戦おうとしたときと同じ、ボクシングのスタイル。
体を揺らしながらこちらへの距離を詰めてくる。
上半身の動きが読めない。
上手いフェイント、多分……私はこれに対応できない。
けど、私を意識したフェイントはあまり意味がない。
「!?」
ガキドーが不意に転倒する。
理由は簡単で、ガキドーが感知できないアルハザードが足を薙いだからだ。
けれど、脛当てみたいな防具の性能か、足を切断するには至らなかった。
随分と硬いわね、これが噂に聞く天地の武具って奴かしら。
でも、いいわ。私が欲しかったのはダメージじゃないし。
「I am Unknown――――《皆既肉蝕》」
私が欲しかったのは……必殺スキルを発動するまでの時間。
ベストは勝負の前に発動しておくこと。
それができないなら、発動の時間を稼ぐ。
「消え、た!?」
宣言の直後、私の姿はアルハザードと融合して、この世の誰にも感知されなくなった。
「どういうことだ!」
「そうですね。あなたの<エンブリオ>は既にガーベラさんに知られていますし、ある程度の公平さを保つためにお教えします。彼女は他者に知覚されなくなる<エンブリオ>を持っています」
オーナーが私のアルハザードの能力をガキドーに明かす。
余計なこと言わないでよ、もー……。
「なら、どこかにはいるんだな?」
「はい。この私にも知覚できませんが」
「なら……コイツで終いだ」
そう言って、ガキドーはにやりと笑う。
ガキドーは両の拳を揃えて振り上げ、
「――《大破壊証明印》」
地面へと叩きつけた。
直後に半径一〇〇メートルはあろうかという巨大な刻印が地面に浮かび上がって、
――その数倍の範囲にも及ぶ大爆発を引き起こした。
◆◆◆
■“監獄” 居住エリア郊外
《大破壊証明印》。
それは餓鬼道戯我丸の<エンブリオ>、【印殺拳 バンテンイン】の必殺スキル。
刻印したものを爆砕するバンテンインの性質、その破壊力を突き詰めたスキルであり、発動すれば通常の刻印とは比較にならない大破壊を巻き起こす。
相手に直接刻印せずとも、こうして地面に刻印してその大破壊に巻き込むだけで大概の相手は粉砕できる。
「ククク、感謝するぜ。この荒野を戦場にしてくれたことにな!」
だが、その大破壊の中でも餓鬼道は死を免れていた。
《大破壊証明印》の大破壊が起こる瞬間に、自身の周囲に向けて《粉砕波動拳》を連打して相殺していたからだ。
なお、直撃したゼクスも生きているが……今は大破壊に巻き込まれて飛び散っている。
「消えたあの女も吹っ飛んだことだろうぜ。これだけ派手にふっ飛ばせばな!」
餓鬼道は勝ち誇ったように周囲を睥睨する。
半径一キロは地面が丸ごとひっくり返されたような有様。
スライムでもなければこれに巻き込まれて無事ではいられないと餓鬼道は確信している。
あるいは、先刻餓鬼道のクランメンバーを抹殺したアプリルならば普通に耐えたかもしれないが、今はこの場にいない。
「さぁて、決着もついたことだし、【犯罪王】が体を復元したらあの店を貰いにいくか」
既に最初の目的であった【犯罪王】を倒して“監獄”のトップに立つ、という目的は見失っている。
正確には、見失ったことにしている。
内心では得体の知れず、倒すことも不可能であろう【犯罪王】との交戦を避けたいという思いが多分にあった。
そういう意味では、彼の対戦相手であったガーベラと似ていたかもしれない。
……否、対戦相手であった、ではない。
今も、ガーベラは彼の対戦相手である。
「おい! 【犯罪王】! どこに埋まってやがるんだ…………あ?」
勝利の判定をする【犯罪王】を探して引っくり返った地面を歩いていた餓鬼道だが、不意に転倒してしまう。
「っかしいな。石もねえのに何で転んだんだ?」
彼が不思議に思って立ち上がろうとするが、足が動かない。
「……状態異常か?」
ならば何か治療しなければならないと簡易ステータスを見るが、状態異常の表示はないしHPも減じていない。
「ああ? だったらどうして……」
彼が疑問に思い、足が動かなくなってから十数秒が経過したとき……。
「……………………は?」
いつからそうだったのか。
彼の膝関節には――膝裏から十数本ものボウガンの矢が突き立っていた。
脛当てで守られた前面を避けるように、防具のない弱い膝裏を徹底して破壊している。
彼の膝は既に膝でなく、腱の残骸で脛と太腿を繋いでいるだけのものだった。
「あ、え、あああ?」
簡易ステータスには、HPの減少がしっかりと表示されている。
加えて、【出血】、【左膝関節破壊】、【右膝関節破壊】といった傷痍系状態異常も、ハッキリと表示されている。
「か、回復! 回復を……!」
彼は懐からアイテムボックスを取り出し、中に入っている薬品で回復しようとする。
だが、どうしてだろう。
彼の指は、取り出したアイテムボックスに触れられない。
十数秒経過。
「あああああ!?」
彼の手の中にあるのは……既に破壊されたアイテムボックスだけがあった。
中身は、アイテムボックスの破損によって周辺に散らばっている。
「なんだこれは、なんだこれはああああ!!」
理解不能の事態に動転する餓鬼道。
そんな彼を、冷徹に見つめる視線がある。
しかし、彼はその視線に全く気づけない――感知できない。
即ち、
『…………』
アルハザードと融合したガーベラが……静かに餓鬼道を観察していた。
今の彼女はアルハザードと融合しているが、アルハザードの鎌の腕とは別に彼女自身の両手も使用でき……そちらには《自動装填機能》付きのボウガンを一丁ずつ手に持っている。
そう、餓鬼道の両膝とアイテムボックスを破壊したのは彼女だった。
◆
あの大破壊に、ガーベラは巻き込まれていなかった。
なぜなら、相手の目の前で必殺スキルを使った場合は……『即座に距離を取る』ように教え込まれていたから。
目の前で敵手が消えれば、誰であろうと警戒する。
周囲に破れかぶれの攻撃をするものもいるだろう。
それに当たってしまえば、いくら隠れようとも意味はない。
だから、相手が落ち着くまで距離を取る。
相手が冷静であった方が、絶対に感知できない必殺形態のアルハザードは効果的だからだ。
どれほど注意深く観察しようと……感知などできないのだから。
◆
「【毒】に、【麻痺】……それに、【酩酊】だとぉ……!?」
いつからそうだったのか。
彼の簡易ステータスには幾つもの状態異常が表示されていた。
動きが鈍り、治療のための薬品を手に取ることすらもできない。
それも十数秒前に、状態異常を発生させる【毒狩人】のスキルをガーベラが使用していたからだ。
「腕が、腕がアアアアアアア!?」
いつからそうだったのか。
彼の左手は、手首から先が吹き飛んでいた。
左手の損失という重大な欠損に、今ようやく気づけた。
それも十数秒前に、薬品を求めて這いずった先で【罠狩人】のスキルでガーベラが仕掛けた地雷に触れていたからだ。
全ての攻撃の瞬間が、彼から抜け落ちている。
彼は何も認識していない。
彼は何も認識できない。
《皆既肉蝕》によってアルハザードと一体化したガーベラの行いの全ては、その瞬間を認識できない。
攻撃されたという結果すらも十数秒遅れてようやく理解できる。
「ふ、《粉砕波動拳》ッ!! 《粉砕波動拳》ッッ!?」
残った右手を使い、半狂乱になって【粉砕王】の奥義である範囲攻撃スキルを放ち続けるが、そのスキルの届く位置にガーベラはいない。
ただ離れた位置で、ボウガンを片手に獲物が弱るのを待ち続けている。
『…………』
相手が上体を持ち上げた瞬間に、ボウガンでその左目を奪う。
だが、餓鬼道は視界が欠けたことに恐怖するだけで、矢が刺さっていることに気づけない。
気づかないままに刺さった矢に触れて、余計に傷を広げている。
既に餓鬼道は死に体。
四肢の内の三つを無くし、HPも底を突きかけ、状態異常も複数発症している。
それでもガーベラは近づかない。
待ち続ける。
無言のまま、最後の瞬間を待ち続ける。
今の彼女は相手を倒すまで――自身を誇示しない。
“監獄”に入る前の彼女と最も変わった点が何かといえば、その一点。
ただ冷徹に、相手が死ぬまで、執拗に相手を削ぎ続ける。
何者にも認識されないし、油断もしない。
最も恐ろしきハンターが……そこにいた。
『…………』
そして餓鬼道が動かなくなった頃、遠くから炎熱魔法の【ジェム】を投げ込み、トドメを刺した。
全身を炙られながら、餓鬼道はデスペナルティになる瞬間までその炎に気づくことすらなかった。
ただ、餓鬼道は最後に一言だけ……ある言葉を呟いた。
「“悪夢”、だ……」、と。
◆◆◆
■【弓狩人】ガーベラ
突然の珍客だったガキドー一派の事件も終わり、私はまた店に戻ってオーナーのコーヒーを飲みながらおやつを食べていた。
ケーキは美味しいけれど、私の気分は晴れない。
「……ねぇ、オーナー」
「何でしょうか?」
「テストって言ったけど……あれは相手が弱かっただけじゃないかしら? 全然、戦った気がしないのよ」
私が“監獄”に来る前に戦ったルークより手応えなかったわ。
【破壊王】や、ハンニャさん、キャンディ、フウタとは比べるべくもない。
きっとあれね、あいつがオーナーの言ってた超級職にかまけた三流ね!
「そうかもしれませんね」
あ、やっぱりそうなんだ。
つまり、私がこの“監獄”でも弱いほうなのは全然変わってないのよね……。
「あー。やっぱり駄目だわ、私きっと<超級>で一番弱いんだわ……」
私はまたテンションを落として、カウンター席につっぷした。
オーナーは何がおかしいのか、いつもと少し違った微笑を浮かべている。
もう、何がおかしいのよ。
「そうだ、ガーベラさん。あなたの二つ名なのですが」
「……“正体不明”はまだ名乗れないわよ」
あの【破壊王】に勝ってからじゃないと……。
あ、でもオーナーを倒すような【破壊王】に勝つなんて一生無理なんじゃないの……?
…………また気持ちが凹んできたわ。
「ええ。ですが、あなたが倒した餓鬼道さんが実に良い二つ名をくれましたよ」
「え?」
ガキドーがいつくれたのかしら?
ま、まさか“胸が嘘くさい”!?
あれが二つ名とかデンドロ引退レベルよ!?
「二つ名は――“悪夢”、です」
あるぷとらおむ?
……えーっと、ドイツ語で“悪夢”だっけ?
“胸が嘘くさい”よりはいいけど……悪夢かー……。
「……ありふれてない?」
「最初はそれくらいで良いと思いますよ」
んー……、変でもないし、別にいいかしらね。
「じゃあしばらく“悪夢”のガーベラで通すわ」
「ええ。常連さんにも伝えておきますね」
「……それは何だか恥ずかしいからやめて」
「まぁ二つ名とは他者に名づけられ、他者の口で言われて初めて意味があるものですから」
「…………こふっ」
今、自分で“正体不明”名乗ってた私にはかなりグサっときたわ。
……話題を変えるためにちょっと質問。
「そういえば、オーナーは二つ名あるの?」
「あったはずですが……最近言われていないので忘れてしまいました。ハンニャさんほど分かり易ければ忘れもしないのでしょうが」
二つ名がそのまま“般若”だったものね、あの人。
……思い出すわー、オーナーと買出しに出たらカップルと間違われて死に掛けたときのこと。
『おのれ“監獄”にもカップルがいるかあああああ!! 私は彼と会えないのニィィィィ!!』って滅茶苦茶怖かったわ。こっちが必殺スキル使ってもお構いなしに蹂躙してくるし。
オーナーが【聖女】で治してくれなかったらあのままデスペナ一直線だったわね。
「そのハンニャさんもしばらく見てないわねー」
<超級>の中で、オーナーの次くらいには顔を見る人だったのだけど。
リアルが忙しいのかしら。
「ああ、ご存知ありませんでしたか」
「え?」
「彼女、先日出所しましたよ。このケーキは彼女が出所前に渡してくれたものです。手作りらしいですよ」
「あ、そうなんだ」
このケーキ美味しいけど手作りなのね。
ああ、そういえばハンニャさんってキレない限りは女子力高いおねえさんだったわねー。
それにしても、前にちょっと聞いた覚えはあるけど、本当に出所とか出来るのねー、ここ。私はオーナー達と脱獄するつもりだけど。
「……ん?」
あのハンニャさんが……出所?
“監獄”でカップル見ただけで殺人事件に発展するハンニャさんが出所。
“監獄”の建造物破壊件数が<超級>トップのハンニャさんが出所。
“監獄”のキレたプレイヤーの中でもさらに沸点の低さに定評があるハンニャさんが出所。
「……すぐ戻ってくるんじゃない?」
私の言葉に、オーナーは珍しく微笑ではなく苦笑を浮かべて応えた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<ちなみにこの話
(=ↀωↀ=)<時系列的には六章と同時期かちょっと後です