“監獄”の悪夢 中編
■二日前・“監獄”
「クソッ……!」
その日、ログインした先が“監獄”であることを確認した餓鬼道ら<六道混沌>は、それぞれが苛立ちを隠せずにいた。
餓鬼道は決闘十位、<六道混沌>としてもクラン十五位にまで上り詰めていたが、“監獄”に落ちてしまった今は無意味な肩書きである。
「これも全てあいつらのせいだ!」
餓鬼道にとって、憎たらしくてたまらないのは二人の人物。
一人はもちろん自分達を“監獄”に送り込んだ【山賊王】ビッグマン。
そしてもう一人は、あの村を襲う原因となった奴隷商人……ラ・クリマである。
<六道混沌>がデスペナルティ期間中にネット界隈で調べてみたところ、ラ・クリマはその筋では有名な指名手配者だった。
己の<エンブリオ>を寄生させて改造したティアンを主な商材としており、裏社会の戦闘奴隷や愛玩奴隷として売りさばくことで莫大な富を築き上げている。
しかしそのスタイルゆえに敵は多く、カルディナで【殲滅王】と【放蕩王】という二人の<超級>との戦闘状態に陥ったそうだ。
そこからどのようにしてか逃げ延び、天地へと渡ってきた謎の多い男だという。
「あの寄生虫アイテム……ラ・クリマは俺達を生贄に北玄院の戦力を調べていたに違いねえ!」
仮に北玄院の戦力が来なくても、新しい奴隷を餓鬼道らが連れてくるのでラ・クリマは損をしない。そういう仕組みだった。
「クソッタレの奴隷商人め、俺達を騙して事を運ぶなんざとんでもねえ野郎だ!!」
「そのとおりですぜ!」
もちろんラ・クリマの話に乗ることを選択したのは彼らの意思なのだが、そこは都合よく忘れられている。
なお、ラ・クリマとの交渉をしていたメンバーはログインしていない。合わせる顔がない、というよりはメンバーからの糾弾を恐れているのだろう。
「頭、これからどうすんですか?」
「“監獄”にもダンジョンや店はあるみたいですけど……」
これからの<Infinite Dendrogram>での活動に不安げなメンバーに対し、餓鬼道は獰猛な笑みを浮かべる。
「まずは落とし前をつけさせてやる」
「え? でも連中は外で……」
「違うな、ラ・クリマの上役に責任を取らせてやるんだよ」
「上役……! は、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルに!?」
ラ・クリマについて調べていたところ、ラ・クリマがクランに所属しておりそのオーナーが“監獄”にいる【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルであるという情報が散見された。
なお、その情報は<DIN>が調べた情報を購入した者が件のクラン……<IF>への報復のために広げたものだ。もっとも、そこに含まれた情報は活動が目立ちすぎるラ・クリマ、エミリー、ラスカルの三人とオーナーであるゼクスについてのもののみである。
<IF>としての活動が目立たない(というより犯行現場を目撃されない)ゼタと、新入りで大事件を起こす前に“監獄”行きになったガーベラは情報に含まれていない。
「<超級>に負けたのに、<超級>に喧嘩売るんですかい? それはいくらなんでも……」
「考えてもみろ。いくら<超級>っつっても、“監獄”にいる時点で敗北者じゃねえか。ビッグマンほどのバケモノじゃねえだろう」
“監獄”歴の長い<マスター>なら「バカ言ってんじゃねえよ」とツッコミを入れただろうが、残念ながらその場には入ったばかりの<六道混沌>しかいなかった。
あるいは西方三国で活動している<マスター>でも同じ事を言ったかもしれないが、彼らは極東の天地の<マスター>であり、【犯罪王】は「【犯罪王】である」くらいの情報しか持っていなかった。
「【犯罪王】をぶちのめして、溜めこんだ金品を慰謝料代わりにいただく。なぁに、犯罪クランのオーナーと言ってもここじゃたった一人。アル・カポネだって刑務所生活の後半はみじめなもんだったらしいしな」
ここに冷静な<マスター>がいれば「いや、アル・カポネは<エンブリオ>持ってなかっただろ」と指摘しただろうが、ここには冷静ではない<六道混沌>しかいなかった。
「まずは情報収集だ。奴の行動や居場所、それに邪魔の入らないタイミングを見計らって襲撃をかけるぞ」
「オォ!」
その後、彼らは情報収集に走り、聞き込みで多くの情報を手にする。
不思議なことに、いずれの囚人もゼクスに対して目上であるかのように話すが、「強い」とは一言も言わなかった。
ゼクスが模範囚であるということ、喫茶店を経営していること、読書が趣味であること、コーヒーがおいしいということ、とても穏やかな人柄だということ、店のグラスがオシャレだということ、喫茶店の従業員が可愛いということ。そういった様々な……人畜無害の情報のみが<六道混沌>に齎された。
「ククク、腑抜け野郎か。これならラクに片付きそうだぜ。それに、これは良い景気づけになりそうだ」
情報を得た餓鬼道は笑い、店が休業日で客……他の<マスター>の邪魔が入らない二日後に襲撃を仕掛けることにした。
ゼクス襲撃、そしてその先を考えながら、彼らは意気揚々と準備を重ねる。
ただ、彼らの誰も気づかなかった。
彼らの質問に答える他の<マスター>の視線の生温かさに。
まるで、「ああ、今度はこいつらか」と、哀れな犠牲者でも見るような目であったことに気づかなかった。
無論、質問に答えた全員が揃って、無害な情報ばかり提供したことにも気づかなかった。
そして二日後、<六道混沌>はゼクスの拠点である喫茶店<ダイス>に襲撃をかけた。
◆◆◆
■【弓狩人】ガーベラ
「出てこねえと店ごと燃やすぞぉ!!」
店の外で命知らずなことを吼えているのは、如何にもな格好をしたむさい男達だった。
特に、先頭に立っている男は動物の皮や派手な衣服で全身を飾り立てた……パパの国のカブキに似ているような、大幅に間違えているような格好ね。痛々しいグローブまで嵌めちゃってるし。
うーん、それにしても格好はともかく顔がゴツ過ぎないかしら。メイキングできるのに何でわざわざあんな顔?
……あ、顔と言えば私はちゃんとリアルも美しいわよ。
ええ、結構いじったけど美しさの数値は変わってないくらいのはずだわ。
…………あ、胸のサイズいじり忘れていたこと思い出しそう。
オーナーって、私のパッドには気づいてないはずよね?
「はいはい、どちらさまでしょうか」
私がそんなことを考えている間に、オーナーが警戒心もなさそうな顔で店のドアを開けた。
私がそんな無用心な、と思っているとオーナーが体をくの字に曲げる。
どうやら腹部を殴打されたみたい。
あ、外から目撃した通行人が逃げてるわ。
そりゃそうよねー。
「開けるのがおせえんだよ!!」
「すみません。それで、あなたは?」
声の主に殴られても、オーナーは特に気にしていない。
ああ、そうでしょうね。
物理攻撃だからHP減ってないでしょうし。
「俺は【粉砕王】餓鬼道戯我丸! 元は天地の決闘ランキング十位だった男だ」
ガキドーギガマル、変な名前ね。あと、天地出身の奴は初めて見たわ。
<IF>って天地出身のメンバーはいないのよねー。
……くーる系の美形サムライとか入ってもいいのよ?
まぁ、その話は今度オーナーとするとして、今はガキドーの話ね。
でも、ねぇ……。
「決闘十位ってしょぼくない?」
私、決闘のメッカのギデオンに住んでたけど八位までしか知らないわ。
……あ、でも七位だけ思い出せない。
何て名前だったかしら。あの炎で暑苦しそうな……。
び、ビ……ビジュアル?
「んだとぉ!?」
「いえいえ、ガーベラさん。それは少し違います。天地は決闘が特に盛んな国ですからね。参加者は凡そ他国の倍、ですので十位でも王国の五位ほどの実力はあると思いますよ」
オーナーの補足になるほどと頷いた。
たしかに天地がシュラの国、って話はたまに聞くものね。
「ところで、【粉砕王】?」
なんか覚えのある雰囲気のジョブ名ね。
「【粉砕王】は東方の【破壊王】といったところですね。同様にオブジェクト破壊に秀でています。ただ、【破壊王】がSTR一つに特化しているのに対し、【粉砕王】はもう少しだけバランスが良く、対人戦闘でも普通に使えたはずです」
「オーナー、本当に物知りね」
何にしろ、この変な格好のガキドーはジョブだけならあの【破壊王】と同格らしい。
……とてもそうは見えないけど。
「ああ、餓鬼道さんの名前で思い出しました。あなたの野盗クラン<六道混沌>は、五日前に天地の討伐ランキング二位の“ヤマギリ”こと【山賊王】ビッグマンに壊滅させられたのでしたね。なるほど、それで今は“監獄”におられるのですね。たしか余罪を含めた罪状は強盗殺人や強姦殺人。ああ、これでは指名手配にもなるでしょうね」
オーナー、“監獄”にいるのに情報通すぎないかしら……。
あ、そうか。天地なら今はメンバーのラ・クリマが活動中だから……そっちから流れてきているのかしらね。
「随分と俺達の事情を知っているようじゃねえか。なら、俺達の目的も分かろうってもんだろ?」
「皆目見当もつきません。ご来店ですか?」
「違う! 俺達を嵌めたラ・クリマの上役である貴様を倒し! 慰謝料代わりに金品を根こそぎいただく」
「それだけですか?」
「違うな! 雑魚とはいえ<超級>を倒せば名は上がる! この“監獄”に俺達の存在を喧伝し! いずれは俺達が“監獄”の頂点に立ってやる!!」
「……こふっ」
その台詞に、思わず咳き込んでしまった。
ああ、何でかしら。
あのガキドーを見ていると、なぜか古傷が痛むわ。
何て言うか……ブラックなヒストリーの記憶が開かれてしまいそうな気配?
「私を倒したら“監獄”の頂点、というルールはありませんが」
「だが、この“監獄”ではお前のことを目上と見ている輩が多いだろう? そんなお前を倒せば、俺はそれより上位ってことだ!」
「けふん」
また咳き込んじゃった。
やめてー……、それは【破壊王】狙った時の私とスタンス被ってるからー。
被せないでガキドー……。
あんまり被せるとぶっころすわよ。
「はぁ、分かりました。では、どこかで決闘でもするのでしょうか?」
「いいや、決着はもう済んだ。お前の腹を見てみな」
私からだとオーナーの背中しか見えないから、アルハザードを回り込ませてそちらの視界で確認する。
すると、オーナーのお腹には丸の中に『BAN』という文字が刻まれたスタンプがなされていた。
「これは?」
「それは俺の<エンブリオ>、バンテンインの刻印だ。おっと、その刻印に触れるなよ。触れればその瞬間に貴様は木っ端微塵だ」
よく見ると、ガキドーは両手にグローブを嵌めていて、打撃の際に触れそうな部分にあの『BAN』のスタンプがある。
「なるほど。相手の体に接触式の爆弾を仕込む、……いえ、接触部位を爆弾に変える<エンブリオ>といったところですか」
「そのとおりだ。そして、刻まれたが最後、逃れたものは誰もいない!」
へぇ、それをさっきの腹パンでオーナーに刻んだのね。
木っ端微塵ならオーナーも死ぬかしら。
……駄目そうねー。
「貴様が負けを認めるなら解いてやっても……」
「少々失礼します」
オーナーはそう言ってガキドーの横をすり抜け、店から離れる。
そして大通りの真ん中まで歩くと、
「おい、貴様どこに行く気……」
「こうでしょうか」
誰も彼もが止める間もなく、
オーナーは自分でお腹の刻印に触れて――説明どおり木っ端微塵になった。
オーナーだった赤黒い肉片と血が周囲に飛び散って、舗装されていない大通りや周囲にいたガキドーのクランメンバーっぽい連中に降りかかる。
うわぁ、グロい。
「うわぁ!?」
「こ、こいつ、自滅しやがった……!」
多分、何かの間違いで店の中で爆発すると店が汚れるから外で爆発したのね。
……どうせ【聖女】の魔法で綺麗にするくせに。
「ま、まあいい。何にしても、俺が【犯罪王】を倒したことに変わりはない。最初の一撃で勝敗が決していただけのことだ」
「そーねー」
私が若干白けながらそう言うと、そこでようやくガキドーやその仲間は私に気づいた様子だった。
「何だお前は?」
「居候よ」
「なるほど。【犯罪王】の情婦か」
「…………は?」
何かものすごいこと言われた気がするんですけど。
「しかし顔は良いが胸は嘘くさいな。【犯罪王】も女の趣味が悪い」
「あ? 誰の胸が嘘くさいって? ふざけんじゃないわよ、ガキドー」
誰がペチャパイ……じゃなくて誰が情婦よ、誰が!
他のMMOの直結厨じゃあるまいし、デンドロで下半身の話持ち出してくるバカ初めて見たわ!
あ、でもラ・クリマは…………まぁ、あいつはちょっと事情が違うからいいわ。
「…………」
さて、こいつら、私がやっちゃってもいいのかしら?
こいつらはまだ誰一人として外のアルハザードに気づいてないし、多分やれる。
だから可能だとは思うけど……ガキドーって超級職なのよね。
私、超級職には“監獄”で負けっぱなしだものねー……どうしよう。
「まぁお前のことはどうでもいい。今はこの店にあるものをありったけ頂いていく。おい、金目のものを運び出せ」
「へい!」
ガキドーはそう言って、クランメンバー……ていうか手下っぽい連中に指示する。
それは手馴れていて、こういう罪状で指名手配になったのだろうなと、何とも分かりやすい。
手下連中は当然のように店に入ろうとして、
『オマチクダサイ』
そこで、言葉による制止を受けた。
「な、何だ? 誰の声……あん?」
ガキドーの手下が声の出所を探り、それはすぐに見つかったようだ。
声の主は椅子に座っていた。
先ほどまで閉じていた目を開けて、ガキドーの手下を無機質な――作り物の目で見ている。
そう、声の主は――煌玉人のアプリルだ。
オーナーが爆散しても微動だにしなかったのに今になって……立ち上がった。
『アナタガタハ、当店ニ強盗目的デノ侵入ヲ行ウノデスカ?』
さっきまでずっと会話に参加していなかったけれど、話は聞いていたらしい。
「何だこいつ? 人間みたいだが球体関節だし、【傀儡師】の人形か?」
「へっ、いいじゃねえか。随分と出来が良くて高そうだ。こいつももらってや……」
ガキドーの手下はアプリルを手に入れようと、店内へと進む。
そしてその足が一歩、店の敷居を跨いだ瞬間。
『外敵ト認識。戦闘モード起動――排除します』
それまでの片言が嘘のようにアプリルの口が滑らかに動き、
「は」「え?」
彼女に触れようとした男が真っ二つになった。
左右に分かれてしまった口腔から、それぞれに言葉が漏れる。
そして倒れる前に……更なる追撃を受けて細切れになり、床に血の一滴が落ちる前に光の塵となった。
「!?」
「ぶ、【ブローチ】はつけていたはずだろ!? いきなり即死なんて……!」
【ブローチ】、ねぇ。
両手で一回ずつ攻撃したから初撃で壊れたんじゃない?
今、すごく……ダメージ受けやすいだろうし。
『店外の外敵掃討を開始します』
そう滑らかに言って、アプリルは店の外に踏み出す。
特訓の時も思ったけど、戦闘時はホント喋り方が滑らかよね、この子。
普段やらせてる従業員の仕事って、アプリルの人工知能に変な負荷でもかけてるのかしら。
「ちっ! うろたえるな! たかが一体だ!」
「ロボットなんざ大したことはない! 天地の<遺跡>でガードロボットを何体も倒してきただろ!」
<遺跡>かー、私は入ったことないのよねー。
でもきっと……アプリルより強いロボットなんていないと思うわ。
あ。
「もらった! ……あ?」
隠れていた野伏系統らしい奴が背後からアプリルを槍で狙っていた。
それは狙い正しく、アプリルの背中を一突きにした。
けど……。
「と、徹ってない!? 馬鹿な! 何で俺の初撃奇襲が……!」
野伏系統の最大の長所である初撃は、アプリルの衣服にすら傷をつけられなかった。
『――排除します』
瞬間、お返しとばかりにアプリルはその両腕を振るう。
その手は槍の射程もあって男にはまるで届いていなかったけれど、
「はぐぁ?」
男は、ズタズタの断面を晒しながら首を飛ばされていた。
グロいわ。
「わ、ワイヤー?」
傍から見ていた他の連中は、アプリルの武器に気づいたらしい。
それは、アプリルの手首の内側から伸びた――金属ワイヤー。
一部の暗殺者が使う鋼糸とは違い、直径が太く、正しくワイヤーと呼ぶのが正しい物体。
あれでは人体など斬れそうにない。
けれど、こうして人間を細切れにしている。
「クッ! 急所を守って戦え! あんなワイヤー、生身に当たらなければどうということはない!」
そうね。あのワイヤー自体は、ただ頑丈なだけ。
だけど、防御だけは止めた方が良いわよ?
「うぐはぁ!?」
重厚な鎧を着た男が、鎧ごと千切られて光の塵に変わる。
「よ、鎧ごとバラバラに……!?」
「なんだ、何が起きている!」
ああ、これを見ていると、父の好きだったトーフを思い出す。
トーフを糸で切るように、簡単に人体がバラバラになっていく。
あのワイヤーに注意しても駄目。
だって、細切れになっている理由はただ単に、
「はぁ!?」
「ど、どうした?」
「よ、四〇五〇もあった僕のENDが……、た、たったの五〇しかない!?」
――相手が脆くなっているからだもの。
「でも、マイナス四〇〇〇って、今日は随分と……控えめね、アプリル」
『耐久型の超級職やガードナーも不在。この出力で十分です』
ああ、省エネなのねー。
「ぼ、防御力を下げるスキルか!!」
「へっ! ならスピードでかき回してや……ぎゃああ!?」
足を使おうとしたAGI型が、地面を踏み込んだ瞬間に足を複雑骨折した。
いや、それを通り越して足がなくなってしまったわね。
まぁ、無理もないわー。
ENDが下げられすぎて……きっとマイナスだっただろうから。
そう。煌玉人であるアプリルは、『周囲の物質の強度を下げる』機能を有している。
特にAGIに特化して元のENDが低い連中なんて……ENDがゼロを下回る。
元のENDが低いAGI型で迂闊に走れば、自らの走る反動で骨が折れ、肉が崩れる。
END型だって、自慢の耐久が紙装甲。
AGI型を自滅に追い込み、END型の長所を殺す。
正しく全てを、抹殺する。
それが煌玉人【金剛石之抹殺者】の搭載した改変兵器、【マテリアル・スライダー】。
初めて聞いた時から思ったけど、これ作った奴は戦闘バランスとかなにも考えてないわ。
まぁ、デンドロって全体的にそういうとこあるけれど。
「え、遠距離攻撃だ! 遠距離攻撃で仕留めろ!」
「だ、駄目だ!? 矢も銃弾もまるで効いていない!?」
【マテリアル・スライダー】は周囲の強度を下げるだけでなく、アプリルの強度を上げることもできる。
相手からの攻撃は……推定で十万を軽く超えるアプリルの防御力によって全て無力化される。
「……普通に<超級>に匹敵するわね、アプリル」
私も訓練で一度も勝てていないものね。
……また凹んできたわー。
「クソッ! 折角【犯罪王】を倒したのにこんなバケモノがいやがるとは!! ……どいてろテメエラ! いくら頑丈だろうが、俺のバンテンインなら粉々に出来る!」
ガキドーはそう言って、バンテンインを装着した両手を音がするほど握りこみ、ボクシングのファイティングポーズをとる。
たしかに、刻印した物体を爆破させるバンテンインなら、アプリルも破壊できる。
ただ、それは【マテリアル・スライダー】で防御が紙になっているガキドーが、体への反動を気にして全速も出せない状態でアプリルの間合いに入るということ。
お互いに一撃食らえばお終いで、射程距離ではアプリルに分があるといったところね。
ただ、当のアプリルは……ガキドーの言葉に首を傾げていた。
『所有者閣下を、倒したとは?』
「へっ! テメエの持ち主らしい【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは、この俺のバンテンインで粉々になったぜ!」
そう言って勝ち誇るガキドーに、
『そこに、おられますが?』
アプリルはガキドーの背後を指差した。
「!?」
ガキドーは音がするほどの速さで、背後を振り向いた。
だが、そこにはガキドーの手下三人しかいない。
「テメ……!」
アプリルに謀られたとでも思ったのか、咄嗟にアプリルに向き直るけれど……やはりアプリルはガキドーの背後を指差したままだった。
その様子にまた振り返ると、そこにはやはりガキドーの手下二人しかいない。
「…………あ?」
あ、気づいたみたいね
今の間に、一人デスペナルティになったことに。
「おい! てめえら! ファペルの奴はどうした! いただろう、そこに!?」
「…………」
「…………ァ」
手下二人は、ガキドーの問いに答えない。
表情を苦悶と恐怖で埋め尽くしながら……微動だにもしない。
声も、あげない。
まるで、何かが内側から喉……体内に詰まっているように。
次第に二人の体に変化が生じる。
内側から目玉が外に飛び出し、口から血を吐き続け、体中が大量の水を吐き出すホースのように蠕動する。
けれど、そうした異常を起こす体は唐突に消えて、光の塵になる。
窒息を含めた苦しみが限界を迎えて、二人とも<自害>したみたいね。
だから二人が光の塵になって消えた後には彼らのドロップアイテムと、
――赤黒い液体だけが残った。
「……あ?」
それは、周囲に飛び散っているものと同じ。
大通りを、そして今はもう全滅したガキドーの手下の衣服に付着していたのと同じもの。
オーナーの、肉片と血。
けれど、ガキドーはもっと早く気づいても良かったはず。
それとも、拍子抜けするほどあっさりと目論見が達成できたから頭が回らなかったのかしら。
そんなだから……気づかなかった。
木っ端微塵のバラバラになっているのに……オーナーの肉片と血が光の塵になっていないことに、今の今まで気づかなかった。
大通りに飛び散った肉片と血が蠢く。
たった今、手下二人が<自害>した場所へと集まっていく。
プール一杯ほどの肉片混じりの血液が集まったところで、それは起き上がった。
赤黒い液体が上に伸びて、人間大にまで圧縮され、職人が溶かした硝子を整えるのに似た動きで四肢と頭部を形成する。
やがて衣服までも再現して――最後に着色した。
そこには普段どおりの――オーナーが立っていた。
「どうも。餓鬼道さん、六分二七秒ぶりですね」
「な、あ、ああああ……!?」
ああ、それは驚くでしょうね。
血と肉片……赤黒い液体でしかなかったものが急に人間に戻れば驚くわ。
でも、オーナーなら不思議じゃない。
木っ端微塵になっても、液体になっても、そこからまた人間に変身しても不思議じゃない。
首を切られても、心臓を突かれても、巨大な足に潰されても、何でもない。
オーナーにとってそれはただ……形状の一つに過ぎないから。
だって、そういう体……そういう種類のモンスターだから。
「お前は……スライム!?」
オーナーは――スライムに全身を置換した、恐らく唯一の<マスター>だから。
To be continued
余談:
【金剛之抹殺者】:
名工フラグマンの作り上げた耐久力コントロール特化型煌玉人。
搭載した改変兵装【マテリアル・スライダー】は周囲の物質の耐久力をコントロールでき、ダイヤモンドであろうと自重で自壊するほど脆い強度に変えられる。
両手首の内側に仕込まれたワイヤーは、「脆くした物質を引っ掛けて砕く・千切る」ための装備である。
しかし、フラグマンによって精製された強化ヒヒイロカネ製ワイヤーであり、【マテリアル・スライダー】の耐久力上昇と合わせた場合、神話級武具でも傷つけること叶わない最硬の武装となる。
開発直後に当時の【超闘士】と交戦、その武装の全てを粉砕して討ち破った逸話を持つ。
現在は<IF>のオーナーである【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルの所有物である。
しかしその戦闘力は<超級>に相当するため、<IF>の七人目のメンバーと言えるかもしれない。
(=ↀωↀ=)<なお、最も硬い煌玉人の持ち主はスライムだった模様
人
( ゜ ゜)<ぷるぷる。この私は悪いスライムだよ
( ̄(エ) ̄)<とっくに知ってるクマ