“監獄”の悪夢 前編
(=ↀωↀ=)<五章のエピローグからそろそろ一週間なので更新(一周年は記念なのでノーカウント)
(=ↀωↀ=)<ちなみにこの話
(=ↀωↀ=)<「活動報告で三話って告知したけど結局四話分書いちゃったな」
(=ↀωↀ=)<「いいや、二話分くっつけてしまおう」でボリューム多め
(=ↀωↀ=)<ちなみに時系列もちょっと先です
■天地・無法地帯
天地と呼ばれる島国が、大陸の極東に存在する。
この国は、七大国の中でも特に変わっていることで知られている。
それは国色が……ではない。
国の特色で語るならば、ファンタジーに分類される<Infinite Dendrogram>の中においてなお幻想と呼ばれる妖精郷レジェンダリアや、国土の全てが海上の船団であるグランバロアの方がより先鋭的であろう。
天地にも、リアルの和風に近い文化はあるが変わっていると評されている理由はそちらではない。
この国が変わっているのは、
――常に内乱を起こしていることである。
国の体裁としては【征夷大将軍】と呼ばれるトップが存在する。
しかし、形式上は【征夷大将軍】の下につき各地域を治める大名は……常に他の大名と争い続けている。
むしろ【征夷大将軍】ですら、最も多くの領地を治めた大名に過ぎない。その証拠に、隙あらば地位を取って代わられることも多い。
なぜこの天地が内乱を起こし続けているのか、定かではない。
個人個人の理由は様々であるが、連鎖するように争いは起き続け、特定の誰かが全土を統一したこともない。
多くの大名家が滅んでも、いずれそれらを吸収した大名家の中で分裂し、また大名家が増えて内乱は続く。
まるで争い続けることを遺伝子に刻まれでもしているかのように……彼らは戦う。
それがこの天地という国の仕組みなのだ。
この国のシステムを知った<マスター>の多くは、ここを修羅の国と呼ぶ。
それはシステムだけでなく、天地の住人を指してもいる。
天地のティアン武芸者の平均レベルは……三百を超える。
争い続ける国ゆえか、他国よりも遥かに強い戦士が育つ。
もしもこの天地が内乱などせず、国家一丸となって西方への侵略を行っていれば……歴史は大きく変わっていただろう。
またティアンが強いこともあり、この国では他の国ほど悪徳の<マスター>が無法を働けない。ティアン相手でも敗れる可能性が大きいからだ。
それでも、例外はある。
「奪え奪えええ!」
「ガキと女は殺すなよ! 売り飛ばすんだ!」
とある山間の村が野盗の集団に襲われていた。
よく見られる光景とも言えるが、奇異なことが二つ。
野盗集団の左手の甲には一様に紋章があることと、村人側には防衛戦力となる若い男がほとんどいないことだ。
少数の老人が槍をもって立ち向かうが、多勢に無勢で押し切られている。
「大漁ですね、頭」
仲間達が村人を捕まえていく様を見ながら、野盗――<マスター>の一人は野盗の長にそう話しかける。
野盗の長は大柄であり、強面であった。加えて、歌舞伎役者のようにド派手な格好をしており――その両手には『BAN』という文字が刻印されたグローブが嵌められている。
男の名は餓鬼道戯画丸。
拳士系統砕拳士派生超級職【粉砕王】にして、野盗クラン<六道混沌>のオーナーであり、激戦区である天地の決闘においてランキング十位についている男である。
「ふふ、案の定だ。この村も戦力となる武芸者を黒羽家に供出した後だったらしいな。しかも負け戦だったから帰っても来ない。ククク、今が稼ぎ時よ」
数日前、この近辺を治めた大名である黒羽家と、隣接する領地の大名が戦を起こした。
その際、黒羽家は大敗。大きく支配圏を縮小し、領土も削られてしまう。
この村も削られた領地の一部であり、さりとて勝利した大名の支配もまだ確立していない。
基本的に天地は大名家ごとの分割統治であり、その大名家ごとに法が存在する。
そしてこの村は黒羽家の領地でなくなったために黒羽家の法から外れ、かと言って未だ代官も赴任していないため相手方の法も敷かれていない。
言わば、いずれの大名の庇護もない無法地帯であった。
その間隙を、野盗クランである<六道混沌>が狙ったのだ。
彼らがティアンを襲うのは、何もこれが初めてではない。
しかし、今までその犯行が露見していないので、指名手配はされていない。
そうして犯罪に手馴れた彼らとしても、今回は大仕事だった。
「村を守る戦士も無く、権利を守る法もない。こんなに美味しい獲物はそうもない。しかし、売り先は本当に大丈夫なのか? 流石に天地の中じゃ……」
「問題ありませんよ。最近、奴隷商人との伝手ができましたからね。いくらでも買うと言っていましたし、売った後は全て受け持つそうです」
「へぇ。そりゃあいい話だ。……で、そいつの名前は何だったかな。ド忘れしちまってよ。ら、り……リラ・クマだったか?」
「ラ・クリマですよ。戦争の話やここも含めた各村の所在を教えてくれたのもそいつです。『お近づきの印に』って、高性能のアクセサリーもメンバー全員に配って余るほどくれましたし、実際すごい効果です。良い奴ですよ。ありゃあ」
そう言ってメンバーはイヤリング型のアクセサリーを見せる。
餓鬼道は既に装備しているアクセサリーの方が性能が良かったので着けていないが、メンバーには十分な代物だ。
「ハハハ、そりゃあ結構。クランをでかくするにも金が要る。決闘のためにより良い武具を腕の良い鍛冶屋に作らせるのも金が要る。だから儲け話を逃す手はない。ああ、仲介してくれたお前の分け前は増やすぜ?」
「へへ、分かってますよ。頭は気前が良いですからね」
餓鬼道がメンバーと話している間に、他のメンバーは村人をあらかた捕まえていた。
村の中央には鎖で縛り上げられた村人が、固まって座らされている。
しかしよく見れば、四、五人だけ分かれて座らされている。
それはこの村人の中でも見目の良い女性と少女、それと少年であり、拘束するのは鎖ではなく手錠のみであった。
「フフン? これは、そういうことだな?」
餓鬼道の問いかけに、メンバーは下種さが滲み出る笑い声で答えた。
「まぁ、あいつは行いの有無で値段は変わらないと言っていたし問題はないだろう。俺はその赤毛の女だ。あとはお前らの好きにしろ」
「さっすが~! 頭は話がわかるッ!」
囃し立てながら、少女と少年に群がるメンバー達。
餓鬼道もまた、自身が指定した赤毛の女に手を伸ばし――ある異常気象に気づく。
「…………霧?」
いつの間にか、濃い霧が村内に立ち込めている。
この村には井戸があるが、霧を出すような川までは少し距離があったはずだ。
『どうしてこうも突然……』と不思議に思っていると、
「ううむ。いかん、いかんぞ」
聞き覚えの無い声が、その場にいた全員の耳に届いた。
「世の女性、それと美少年には時と共に変わる美しさがあるのだ。それを蕾の内に乱暴に毟ってしまおうなどなんと勿体のない。愛でるときは、正に愛が必要だというのに」
声の主は、村の民家の屋根にいた。
それは、筋肉の塊のような男であった。
しかし不細工に膨らんでいるわけではなく、二メートルを越す長身にバランスよく収まる限界まで筋肉が詰められている、といった印象だ。
焦げ茶色の髪は無造作に伸ばされており、髭も伸びかけている。
加えて、その身には狒々の毛皮を乱暴に剥いだような衣を纏い、腰には鉈のような刃物をぶら下げている。
格好だけを見れば、野盗クランである餓鬼道らとどちらが賊か分からない。
「何だ、お前は?」
餓鬼道に誰何された男は、懐に手を差し入れて金属製の煙管を取り出しながら名を名乗った。
「俺か? 俺はビッグマンだ」
男はそう言って、そのまま煙管に火を入れて吸い始めた。
それは悠々とした仕草であったが、餓鬼道を始めとした<六道混沌>はそれどころではない。
なぜなら、ビッグマンという名は、文字通りのビッグネームであるからだ。
「【山賊王】……」
「“ヤマギリ”のビッグマン!」
「討伐ランキング二位の……<超級>か!」
山賊系統超級職【山賊王】。
山を一刀で断ち切ったという逸話から得たとされる“ヤマギリ”の二つ名。
そして、<超級>
「マジかよ……!」
この天地に<超級>は複数人いるし、餓鬼道が名を刻む決闘ランキングの上位三人は<超級>だ。
それゆえ、<超級>の実力は熟知している。
いや、それだけではない。
このビッグマンという男は……。
「……お前ら、随分と情報通だな。自己紹介の手間が省けてしまった。っと、そこまでご存知ならこれも知っているかもしれんが……俺は北玄院家の客分だ」
煙を吐き出して立ち込める霧に混ぜながら、ビッグマンは言葉を続ける。
「つい最近、このあたりは北玄院家の領地になった」
そう、この村を領地としていた黒羽家と戦っていた大名家、それが北玄院家だ。
ならば、その大名家に属するビッグマンがここに来た理由は一つである。
ビッグマンはアイテムボックスから印籠を取り出し、<六道混沌>と村人達に見せる。
「これより後は北玄院の法の領分。至極当然の話ではあるが、領民を奴隷として攫われるわけにはいかんのだ」
「…………ッ!」
その言葉に<六道混沌>は歯軋りし、村人は救いを得たように歓喜の顔を見せる。
ビッグマンの見せた印籠は、北玄院家の名代である証。
北玄院家の当主である北玄院碧乃は、戦で得たものの未だ領地となっていない無法地帯での犯罪を懸念し、客分の<マスター>達に印籠を預けて回らせていた。ここにいるビッグマンもその一人だ。
即ち、既にここは無法地帯ではなく、大名家の法が生きる地となったのだ。
「既に血は流れた。これは事に間にあわなんだ俺の責だな。無法という法を遵守した貴様らに問うのも間違いではあるか……」
ビッグマンは「だが」と言葉を切って<六道混沌>を見下ろす。
「この印籠を目に入れた後も賊として振る舞うならば、貴様らまとめて素っ首失くし、“監獄”に落ちることになるだろうな」
<超級>……最上位の<マスター>が纏う威圧感を滲ませながら、ビッグマンは吼えた。
それに圧され、退くメンバーを見ながら餓鬼道は舌打ちする。
(……相手が悪い)
餓鬼道は、数の有利で勝てるとは思っていない。
戦闘系の<超級>は、格下に群れられてもどうということはないのだから。
ここは退くのが正しい選択であるだろう。
そう考えて、撤退の指示を出そうとしたとき、
「……ほぅ?」
ビッグマンの視線の先に、捕らえられている村人へと武器を向ける数人のメンバーの姿があった。
中には、先ほどまで話していたメンバーもいる。
「な、何してやがる! さっさと武器をしまえ!」
「…………」
だが、メンバーは無言のまま武器を納めず、村人に向かって武器を振るう。
『お、オーナー!! 変だ! 体が勝手に動くし声も出せな――』
【テレパシーカフス】を着けていたメンバーからの声が聞こえたが、すぐに途切れる。
村人を害する直前に、屋根から飛び降りたビッグマンに両断されたからだ。
「どうやら取り憑かれ、……いや、寄生でもされているようだな。近頃、そんな<エンブリオ>を使う国際指名手配者が天地に潜り込んだと聞いてはいたが」
「あぁ……?」
よく見れば、メンバーの多くがつけていたイヤリングがなくなっている。
いや、違う。
もぞもぞと動いて――耳からメンバーの体内に侵入していた。
まるで、寄生虫のように。
「な、何だってんだ?」
餓鬼道には何が何だか分からない。
しかし、戦端は開かれてしまった。
<六道混沌>のメンバーは次々に武器を取り出し、ビッグマンを囲む。
多勢に無勢であるが、ビッグマンは笑う。
「ファハハハ。悪いが、あれが体内に入った奴と入っていない奴の区別がつかんのでな。すまんが全員叩かせてもらう。この件や余罪の調査で指名手配もされるだろうが、そのまま全員仲良く“監獄”に行ってくれ」
「なんだと!?」
「まぁ――日頃の行いが悪かったとでも思ってくれんか」
そう言って、ビッグマンは鉈を振る。
それは不思議なことに――明らかに届かない距離にいたメンバーの首を易々と切断していた。
濃霧の中に刃が振るわれる音と血飛沫が飛び散る音が響く。
「クッソがああああ!!」
餓鬼道も事ここに至り、<超級>と一戦交える覚悟を決めた。
勝算はある。
餓鬼道の<エンブリオ>――両手のグローブは、当たれば一撃で相手を倒せる<エンブリオ>だ。
ただそれのみに特化した<エンブリオ>。
それゆえに――当てさえすれば勝てる。
「テメエを倒して逃げ切ってやる!!」
ボクシングのピーカブーブロックの構えを取りながら、餓鬼道はビッグマンへと駆ける。
「《粉砕波動拳》!!」
ビッグマンへの距離を詰めながら、【粉砕王】の奥義を使用する。
【砕拳士】とは、木石を己の拳で粉砕する【拳士】と【壊屋】の混合職。
その極地である【粉砕王】の奥義もまた、破壊に特化している。
拳の形をした衝撃波を発生させ、その攻撃は対象の元々の防御力をゼロとして扱う。
触れればスキルによる上昇分以外の防御を無為とするその奥義。
進路上にあるあらゆるもの――木石、家屋、そしてクランメンバー――を粉砕しながら迫るその攻撃を、ビッグマンはその巨体に似合わぬ軽快な動きで回避する。
だがその隙に、《粉砕波動拳》の巻き起こす粉砕の塵に紛れて餓鬼道が肉薄する。
そして、真の必殺である己の<エンブリオ>を叩きつけようとして、
「……!?」
大きく、距離を離された。
それはビッグマンが離れたのではない。
ビッグマンはただ、肩越しに煙管の先端を餓鬼道に向けただけ。
餓鬼道が――柱と見紛うほど巨大化した煙管によって弾き飛ばされたのだ。
そして、空中に打ち上げられて死に体となった餓鬼道は、
「――《撫露通剣》」
必殺スキルの宣言と共に振り抜かれた鉈によって両断され――デスペナルティとなった。
◇◆
「これで一段落。あとは代官の到着を待つばかりだ」
餓鬼道をデスペナルティとした後、ビッグマンは残る<六道混沌>のメンバーも全滅させた。
村人の鎖も全て外し、死亡した村人の埋葬も済ませた後、ビッグマンは息をついた。
「はてさて、どうにもいいように動かされた気がするな。真の黒幕は連中に<エンブリオ>を寄生させていた奴なのだろうが、そちらの足取りは掴めそうにないときた」
<六道混沌>のメンバーが持っていたアイテムがドロップした際、装備されていなかったため無事だった寄生虫のイヤリングも落ちていた。
しかし、すぐに自ら破裂して光の塵になっている。証拠隠滅ということだ。
「目的は奴隷集め。……いや、それを防ぐためにやって来る俺のような者の実力調査、といったところか。これは後々、矛を交えることになるな。やれやれ、戦を終えてまた戦とは、まこと<Infinite Dendrogram>……いや、天地とは忙しないところよ。ハハハハハ」
ビッグマンはかんらかんらと笑い、ふと今しがた<六道混沌>のメンバーと戦っていた辺りを見る。
「はてさて、連中は“監獄”行きになるであろう。この天地から海を越えるのは難しいからな。……サキの奴はあんなイカダで大陸に渡れただろうか」
他国にセーブポイントを持っていなければ、天地で指名手配を受けてデスペナルティになった時点で“監獄”行きである。
加えて、天地と大陸の間の海峡は波が荒く、強力な水棲モンスターが多数生息していることでも知られる。
おまけに、海を縄張りとするグランバロアとは不仲である。
それゆえ指名手配された際のセーフティが心許ないのも、天地で<マスター>がおいそれと罪を犯せない理由の一つである。
「しかし、“監獄”か……」
ビッグマンは空の彼方、どこにあるとも知れない“監獄”へと思いを馳せ、
「“監獄”にはどのような<超級>がいるのだろうか。さぞ凄まじいのだろうな」
一人の武芸者として、ビッグマンは“監獄”のまだ見ぬ強敵を想像するのだった。
◆◆◆
■五日後・“監獄” 【弓狩人】ガーベラ
私、ガーベラ♪
本名はキクコ・バーモント。花も恥らう十七歳の家事手伝い♪
ガーベラってプレイヤーネームは、私の名前からね♪
パパの国ではガーベラのことをキクって言うらしいの♪
本名を他の国の言葉に直した頭のいい名前で今日も元気に昼間からデンドロ中……、
「……元気なわけないわー。テンション上がらないわー」
私の住居一階にある喫茶店のカウンター席につっぷしながら、私は重いため息を吐いた。
ああ、重い気分を紛らわそうと無理やりテンション高いモノローグしてみたけど、余計にダメージ受けたわ……。
「ガーベラさん、ログインしていきなりどうなさったのです?」
私がどんよりしていると、うちのクランのオーナー兼、私の“監獄”での住居の大家兼、この喫茶店のマスターやってる【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルが心配そうに声をかけてきた。
……あー、何度見てもお人好しそうだわ。何で【犯罪王】やってるのかしら、この人。
「オーナー……アイスコーヒーちょうだい。お気に入りのイルカのグラスでー……」
「ふむ。分かりました」
私が注文すると、オーナーはテキパキとアイスコーヒーを淹れてくれる。
黒い液体が注がれるのは、精巧なイルカの細工が施されたお気に入りのグラスだ。この店は色んな形の面白いグラスが置いてあるのがちょっと好き。
最近では常連の間でも、「あのイルカグラスはガーベラ嬢のお気に入りらしい」、「じゃあ使えないな」、「……だからこそ使ってフチを舐めるべきでは?」とか話されている。
ちなみに三人目の変態の国出身っぽい奴はアルハザードで刻んでおいたわ。
「どうぞ」
「ありがとオーナー」
あー、相変わらずコーヒーが美味しい。
店の扉にCLOSEDの札が掛かっているから、お客が誰もいなくて店内はとても静か。
オーナー以外で唯一の店員な煌玉人アプリルも今は椅子に座って目を閉じている。
……あれ何してるのかしら? ロボットなのに寝てるのかしら?
まぁ、いいわ。店が開いてないときくらいあの子も休んだらいいのよ。
私もコーヒーを飲んで一服してるし。
ああ、癒される。
「それで、どうなさったんですか?」
私がコーヒーを飲んで一服したのを見計らって、オーナーが先ほどの問いを再度投げかけてくる。
問われて、自分がテンションを最低に落としていた理由を思い出した。
「……さっき、デスペナ明けたばっかりなのよ」
「ああ、そういえば三日ほど姿が見えませんでしたね。それで、今回はどなたと?」
「多分……フウタとかいう奴。縄張りらしいダンジョンに足を踏み入れたら、訳が分からないうちに視界がバグってデスペナになったわ」
「ああ。フウタくん相手ならそうなるでしょうね」
オーナーはやっぱりあいつの<エンブリオ>のことも知っているみたいね。
私には本当にさっぱり訳が分からない攻撃だったけど。
「これで“監獄”の<超級>とは一通り戦いましたね」
「そうねー……半分は戦いにもならなかったけど。私、きっと“監獄”でもかなり弱いのよ……」
私が“監獄”に送られて、こっちの時間でかれこれ一ヶ月弱。
この期間に私も考えを改めることがあったわ。
それを最も端的に表すのは、中国の『井の中の蛙大海を知らず』という言葉。
実に言いえて妙な言葉だわ。
だって、少し前の私がそんな感じだったけれど、……いざ大海に出た今の私は塩水で死にそうだもの。蛙は海じゃ生きられないのよ……。
私が最強だという自負を取り戻すために特訓しているのに、特訓を重ねれば重ねるほど最強の自負から遠ざかっていく気がするもの……。
オーナーの指導で強くなったとは思うのだけど、他の<超級>にはまるで勝てない。
オーナーは殺しても死ぬ気配がまるでない。
ハンニャ……さんにはあっさり踏みつぶされた。
キャンディと、“監獄”が飼ってる<UBM>の争いに飛び込んだら全身が崩れた。
そしてフウタとかいう奴には本当に何をされたのかもわからない。引きこもっていると噂のダンジョンに入ったら、急に視界とステータスの表示が文字化けして死んだわ。
私は、私のアルハザードが最強だと信じたいのに、この“監獄”はそれを否定するような奴しかいなかった。
「……“監獄”にはチートみたいな<エンブリオ>持ってる奴しかいないの?」
「それは多分、ガーベラさんも第三者からは同じことを言われると思いますよ。ただ、この私以外の三人は範囲攻撃……条件付無差別攻撃を得手とする面々なので、ガーベラさんとは相性が悪いのでしょうね」
「……そうね」
ハンニャさんは「上をとられてはいけない」。
キャンディは「近づいてはいけない」、というか「近づけない」。
フウタは……訳がわからなすぎて判断も出来ないわ。
「オーナーも普段は個人戦闘型よね。あいつらに殺されたりしたの?」
「いいえ。私は今まで、シュウにやられたときしかデスペナルティになっていませんから」
……どれだけよ。
そして【破壊王】はどうやってオーナー倒したのよ。
「遠いわー……最強という名の天井が遠いわー」
「ガーベラさんはまず取り直したジョブの天井からですね」
「うぐぐ……」
そう、オーナーの指導で【兇手】をはじめとしたジョブを消して、新たなジョブを取り直させられた。
私が「折角ここまでレベル上げたのに」と言うと、「今のジョブはまるでアルハザードにシナジーしていませんから。あるだけ無駄です」と返された。結構ショック受けたわよ?
「ガードナー系列ですから、レベルをリセットしても上げ直しやすいでしょう?」
「そうだけれど……。あぁ、地道な努力辛いわ……。パッと超級職とか取れないかしら」
今の私はオーナーの指示で狩人系統のジョブのレベル上げをしている。
まず【狩人】をカンストして、続いて派生下級職の【罠狩人】や【毒狩人】、【弓狩人】を順に埋めているところ。
それが終わったら今度は上級職の【大狩人】ね。
転職は“監獄”の中に各国の転職用クリスタルが揃っていたから良かったわ。
でも、たしか狩人系統って派生も含めてもう超級職取られているのよね。
頑張っても超級職取れないって分かっているのは辛いわ。
「超級職だけ取れても、脇が甘いと三流になりますよ。私もサブジョブで補助していますし」
ああ、そうなんだ。
超級職とれば後はそれだけ上げれば良いと思っていたけれど、そうじゃないのね。
「ところで、オーナーのサブって何? どんなジョブを使っているの?」
「一番使用頻度が高いのは【硝子職人】ですね」
「補助の話はどこにいったの!?」
それ絶対に戦闘の役に立たないじゃない!!
完全に趣味の生産職じゃない!
「中々重宝しているんです。店のグラスも自分で作れますし」
「これオーナーの手作り!?」
イルカのグラスを見ながら私は心底驚いていた。
職人のジョブがあるとは言っても、このセンスの良さは中々……。
「ここに来てから気づきましたが、グラスを作るのが……と言うよりも作ったグラスにコーヒーを注ぐのが好きなんです」
「……変わった趣味ね」
「よく言われます。ただ、どれだけ複雑な形のグラスでも注がれたコーヒーは隅々まで行き渡るでしょう? それを見るのが少し楽しいんです」
「むー……」
分かるような、分からないような。
たしかにこの店のグラスは複雑な形のグラスが多くて、食器洗い大変じゃないかしらとか思ってはいたけれど。(ちなみに【聖女】の浄化魔法で洗浄していた)
「恐らく、似ているから好きなのでしょうね」
「……似ている?」
複雑なグラスにコーヒーを注ぐことが、何に似ているというのかしら?
……あ、そういえばオーナーが何かを「好き」って言ってるの、初めてね。
「コーヒー、おかわり要りますか?」
「ちょうだい。今度はミルク多めで」
そうして二杯目のコーヒーを淹れ始めたオーナーに、ふと気になったことを聞いてみる。
「オーナーは何で【犯罪王】になったのよ?」
このオーナー、何も無理に犯罪者をやるタイプではない。
というか、犯罪の動機になる欲を、この人から感じたことがこれまで一度もない。
物腰が柔らかで、何かを「好き」と言っているのもさっきの発言が初めて。
そんな人がどうして【犯罪王】で、<IF>のオーナーをしているのか。
ちょっとした疑問だった。
「そうですね。大した理由はありません」
「えぇ? そんなはずないでしょ。だって、【犯罪王】なんて“監獄”行きと隣り合わせ……というか実際に“監獄”行きになるくらいリスクの高いジョブじゃない」
だからこそ、ロストジョブじゃないけど成る人がいないジョブだって聞いていた。
成ろうとしても、その過程で<マスター>は捕まったり、ティアンは殺されたりするからだ、とも。
「いえ、【犯罪王】になったのはあくまで結果です。この私が犯罪を続けていたら、アナウンスで転職クエストの開放を知らされただけですからね」
「狙ってなかったの?」
「ええ。偶然です」
……いよいよ犯罪の理由が分からなくなったわ。
「ところで、ガーベラさんは初めてログインしたときにどの管理AIに担当されましたか?」
「双子の子供だったけれど……あれって他にもいるの?」
「ええ。私のときはネコでした」
へぇ。
いいわね、ネコ。私もネコは好きよ。
私みたいに可愛いから。
「ログインして最初に会った彼に聞いたのです。『私は何をすればいいのでしょう』、と」
「え?」
ゲームを始めたのだから……ゲームじゃないの?
「恥ずかしながら、私は向こうで何もすることがなかったがために、このゲームを始めました。しかしそんな私ですから、こちらでも特に何をしたいということもありません。ですので、指針が欲しかったのです」
何もすることがない。
そういえば……オーナーってログイン時間長いわね。
仕事もしてないのかしら。
「私の問いかけに、彼はこう言いました。『英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、全ては君の自由だ』、と」
「へぇ」
ネコがそんなことを言ってるのを想像するとちょっと面白いわね。
私のときも双子が似たようなことは言っていたけれど。
「だから、この私は【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルなのです」
「ええっと、……意味が分からないのだけど?」
話、飛んでない?
「難しい話ではないのです。彼に『英雄』、『魔王』、『王』、『奴隷』、『善人』、『悪人』と六つの例を挙げられましたので」
オーナーはそう言って、カウンターの内側から何かを取り出す。
それは店に飾られているのと同じ――サイコロだった。
「サイコロの一から六を割り振って、出た目で決めました」
「……………………え?」
オーナーはそう言って、サイコロを振る。
それは看板の六しかないサイコロと違って普通のサイコロだったけれど、六の目を出していた。
……違う、今の出目は重要じゃないわ。
重要なのは……。
「サイコロで、決めた?」
「ちょうどあの部屋にサイコロやチェスといったものが雑然と置いてありましたからね。サイコロをお借りして振ってみたら、六が出たので『悪人』になることにしました」
サイコロで『悪人』になると……犯罪者になると決めた。
「それだけ、なの?」
「はい。それだけです。だからこの私の名前はサイコロの六なのです」
オーナーは振ったサイコロを手に取り、掌中で転がしながら、事も無げにそういった。
「…………あはは」
多分、出た目が五だったら人を助けて回る『善人』になっていたのだろう。
四だったら『奴隷』になっていたのだろう。
この人は本当にそうする。
そういう人間なのだと、一ヶ月近くも一緒にいたからかストンと理解できてしまった。
【聖女】のときの、本当に聖女のような雰囲気も知っているから。
……ああ、そうか。
たしかに、よく似ているわ。
この人は……器に合わせて満ちるコーヒーとそっくりなのね。
それがどのような器であろうと、この人はそれに合わせて中身を変える。
この“監獄”で、空恐ろしい力を持った<超級>に負け続けてきたけれど。
この人ほど……空恐ろしい中身の<マスター>はいなかった。
「けど、犯罪クランのトップとして担ぐなら、そのくらい怖い方が良いわね」
多分、サブオーナーの二人もそう考えていたんでしょうから。
それに、器に中身を合わせられるこの人ほど、私達のトップを任せるに足る人はいない。
きっと誰よりも相応しく、私達の王様をやってくれる。
「ガーベラさん、どうなさいました?」
「なんでもないわよー。それよりオーナー、今日の特訓って」
私がオーナーに今日の特訓メニューを尋ねようとした時、
「【犯罪王】!! ここにいるのは分かってる! 出てきやがれェ!!」
そんな胴間声が、店の前の大通りから聞こえてきた。
……何かしら?
To be continued
(=ↀωↀ=)<……………………(←【犯罪王】誕生の元凶)
( ̄(エ) ̄)<おい
(=ↀωↀ=)<ぼ、僕は悪くない!
( ̄(エ) ̄)つ)=ↀωↀ=)<でも五と六の順番変えておけば良かったぶにゃあ……
( ̄(エ) ̄)<次回は一週間後を目処に更新クマ