番外編 一周年
追記(20180707):
(=ↀωↀ=)<特典の取得者を変更ー
□二〇四四年七月一五日
二〇四四年七月一五日。
この日が何の日かと言えば、<Infinite Dendrogram>のサービス開始一周年の記念日である。
専用ハードの値段や低い月額料金など、「これ本当に採算取れてるんですか?」とユーザーに心配されることも多い<Infinite Dendrogram>であるが、無事に一年間は稼働できたということだ。
世にあるMMOの例に漏れず、<Infinite Dendrogram>でも一周年のアニバーサリーイベントが連日開催されている。
特に分かりやすいものとして、季節イベントのように特別仕様のモンスターが大陸のそこかしこでポップしている。
それらがドロップするのは初心者からベテランにまで嬉しい換金アイテムであったり、特殊な装いの装備であったりと色々だ。
何にしろ、<マスター>はイベントとして、事情を知らないティアンは降ってわいたゴールドラッシュとして、この一周年を楽しんでいた。
王国内のマップの一部を更地にしているある男も、その一人だった。
『大儲けガル』
それはカンガルーの着ぐるみを着た男……【破壊者】シュウ・スターリングだった。
彼が今着ている【さいくろんぽけっと】はドロップアイテムの自動回収機能が付いた特典武具であり、彼が搭乗する陸上戦艦バルドルが広範囲砲爆撃でマップごと粉砕したモンスター達からのドロップを回収していた。
『撃てば撃つほど儲かるなんて初めてガル。このボーナスタイムに貯蓄するガル』
先述のように、イベント用にポップしたモンスターは高額の換金アイテムを落とす。
普段はバルドルの弾代――正確にはバルドル内部での弾薬製造にかかるコスト――以上のドロップなど得られないシュウだったが、今は違う。
撃てば撃つだけ換金アイテムが手に入るのでいくらでも稼げる。
そんな訳で王国各地を転々としながら、人のいないマップを更地に変えていた。(なお後日の話であるが、環境担当と雑用担当の管理AIが「加減しろ莫迦!!」と頭を抱えることになる)
そして、そんな無茶苦茶な狩りを続けている内にシュウの討伐ランキングも一位にまで上昇しているのだが、今のシュウには些細な話。
しかし、些細でない話もある。
『んー、やっぱり経験値がもったいないからそろそろ超級職に就きたいガル』
現在のシュウのジョブは壊屋系統上級職【破壊者】で、レベルは一〇〇に到達している。
サブのジョブレベルもカンストしており、彼は超級職ならざる者の上限であるレベル五〇〇に、とっくの昔に到達していた。
『フィガ公の【超闘士】と違って、俺の壊屋系統は条件も虫食いだから困るガル』
シュウの友人であるフィガロは、数ヶ月前に闘技場で“化猫屋敷”トム・キャットを下し、決闘王者に就いた。
そして王者となって条件を達成したことで、闘士系統超級職である【超闘士】のジョブに就いたのだ。
『あの雌狐も【女教皇】、王国の<超級>で俺だけ遅れてるガル』
シュウとフィガロ、それにシュウが雌狐と呼ぶ扶桑月夜の三人は全員が<エンブリオ>を第七形態まで進化させた<超級>である。
他の二人はそうなる前に条件を達成して超級職に就いているが、シュウは今もまだ超級職に就けていない。
それは二人の就いた【超闘士】と【女教皇】が継承され続けてきて条件も明確なジョブであるのに対し、シュウが目指す壊屋系統超級職は条件のいくらかが不明であるからだ。
ボスモンスターのソロ討伐という条件は分かっており既に達成しているが、他の条件が分からない。
ゆえに、シュウは今手詰まりだった。
『あー、どこかに超級職落ちてて欲しいガル』
「この私ではあるまいし、そうそう都合の良いことはないと思いますよ」
その声にシュウは咄嗟にハンマーを《瞬間装備》で取り出し、自分の背後を薙いだ。
そこには一人の男が立っており、彼の頭部はハンマーの直撃を受けて飛散する。
しかし、その後……何事もなかったかのように頭が生えてきた。
『……ゼクス、背後に立つなと前に言ったよな?』
「記憶しています。ですが、シュウが艦首の先端に立っている場合、この私に後ろ以外のどこに立てと言うのでしょうか?」
頭を生やした男の名は、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル。
王国出身の<超級>であるが、王国に所属はしてはいない。
なぜなら、とうの昔に王国から指名手配されているからだ。
そして王国だけでなく七大国全てから指名手配されており、……恐らくは現在最も名の知れた犯罪者である。(数ヶ月後に【疫病王】や【殺人姫】など、行いの凶悪さで彼を上回る犯罪者が出るまでこれは続く)
『艦首にいるのが見えるんだから、甲板に上がる前に声かければいいだろう』
シュウは語尾をつけることもなく、どこか疲れた声音を漏らす。
シュウにとって、ゼクスという男の立ち位置は複雑だ。
サービス開始から内部時間で一ヶ月が経ったころ、ゼクスが起こした第三王女誘拐未遂事件――シュウがいなければ未遂ではなかっただろう事件――で初対面し、以後何かと縁が続いている。
そのほとんどはゼクスが事件を起こし、他の用事で近くに来ていたシュウが巻き込まれるという形だ。実際、何度交戦したか数えるのも馬鹿らしいとシュウは思っている。
しかし、この二人は互いに争うばかりでなく、共闘したことも何度かある。
それというのもゼクスの行動基準が「法に背く犯罪行為」で良くも悪くも一貫しており、事件に巻き込まれたシュウが「法を行使する側が間違っている」と判断した場合には肩を並べもするからだ。
例えば、ある山村で山の神を鎮めるために生贄を捧げる習慣があり、それを妨げることは大罪だとされていた。
ゼクスは「ならばこの私は犯罪者らしく、大罪を犯さなければなりません」と言って山の神を殺しに行き、シュウも「脅して幼い子供を生贄に捧げさせるだけの似非神なんざ俺がぶっ壊してやる」と言ってやはり山の神を殺しに行った。
結局、そのときは山の神――古代伝説級の<UBM>を相手に二人で大立ち回りを演じ、力を合わせて撃破している。(なお、MVPはゼクスが取得した)
そんなことが幾度もあり、争った回数も力を合わせた回数もそれなりにあるので、決して仲間ではないが敵とも言い切れない。
言わば腐れ縁としか言いようのない関係になっている。
『で、何の用だ?』
「先日、とある事件に巻き込まれた際にこんなものが手に入りました」
そう言ってゼクスが取り出したのは、古い書物のようだった。
『巻き込まれたんじゃなくて巻き起こしたんじゃねーか? ……で、それは?』
「壊屋系統超級職【破壊王】について書かれた資料です。既に失われた条件に付いても書かれています」
『…………』
それはシュウにとって喉から手が出るほど欲しいものではあったが、差し出している相手がゼクスとなると話が変わる。
この男は常人には理解できない理由で動くことが多々あるが、逆に理由がなければ何もしない男なのだから。
『対価に何を要求する気だ? お前のことだから金じゃないだろ?』
「はい。この私が求めるのは」
『あ。ちょっと待て』
ゼクスが何事かを述べようとしたとき、丁度バルドルの射程内に群れを成したイベントモンスターの集団が現れた。
これを逃すまいとシュウはバルドルの砲爆撃を放ち、それは群の真ん中に正確に着弾。爆発によって地面を抉りながら群れを全滅させ、ドロップした特典アイテムがシュウのアイテムボックスに吸い込まれる。
そのとき、
【オブジェクトへの与ダメージが一億を突破しました】
【条件解放により、【破壊王】への転職クエストが解放されました】
【詳細は壊屋系統への転職可能なクリスタルでご確認ください】
そんなアナウンスが、シュウに届いた。
『…………は?』
「どうかなさいましたか?」
『……たった今、【破壊王】……壊屋系統超級職の転職条件達成したらしい』
「…………」
シュウが知る限り、ゼクスという男は何が起ころうと常に薄い微笑みを絶やさない人物だったが、そのときばかりは何とも形容しがたい表情をしていた。
折角の交渉の種が目の前で無価値になったのだから、仕方がないとも言える。
『しかし、ロストしていた条件はオブジェクトへの与ダメージか……なるほどな』
分かってさえいれば、時間をかければ誰でもクリアできるかもしれない条件。
だがそもそも、壊しても経験値も何も手に入らないただのモノを延々と壊し続ける行為そのものがまず盲点である。モンスターへの与ダメージでいいならもっと大勢が発見していただろうが、オブジェクトであるために見つからなかったのだろう。
これが戦争などで相手の砦や城の門扉を壊す、壁を砕くなどの用途があった時代ならばともかく、<Infinite Dendrogram>においては暫く戦争もなかった。それもロストした原因の一つと思われた。
しかし、狩りのために盛大に砲爆撃をしているシュウは違う。
モンスターに巻き込むように、地面やら森やらを盛大に吹っ飛ばしている。
それが今まで積み重なり、今回の一周年イベントでのいつも以上に派手なやりようでついに一億に届いたということだろう。
『ま、何にしても良かった。これで俺もお前らと同じポジションになれるわけだ』
「おめでとうございます」
表情を元に戻したゼクスは、本心から祝福した。
『ところで、お前は何を対価にするつもりだったんだ?』
「今は言っても仕方がないことなので、またの機会にします」
『そうか。なら俺はこのまま転職に行ってくるぜ』
「ええ。【破壊王】となったシュウに会う時を楽しみにしています」
ゼクスはそう言って、バルドルの甲板から地上へと飛び降りた。
ゼクスを降ろしたバルドルはそのまま転進し、転職クエストのあるポイントへと移動を開始した。
それを見送りながら……ゼクスは独り呟いた。
「この願いはまたの機会にしましょう。さて、どういうシチュエーションならシュウは私の願いを聞いてくれるでしょうか」
◇
ゼクスと別れて一時間後、シュウは奇妙な空間にいた。
空は高いが雲一つなく、空の色は青ではなく白一色。
前後左右の奥行きは地平線まで何もない。
そして、シュウの目の前に高層ビルほどの巨大な扉があった。
『なるほど、こうなるのか』
街に移動したシュウは、アナウンスの指示に従って壊屋系統への転職が可能なクリスタルに触れた。
するとその一覧の中には【破壊王】もあった。
しかし他の選択肢と比べて色が薄い。
その選択肢に触れてみると、
【転職の試練に挑みますか?】
という表示がなされたのだ。
シュウがそれに『イエス』と答えた直後、シュウはこの奇妙な空間に飛ばされていた。
『で、これか』
この奇妙な空間に唯一存在する扉には、こう書かれている。
【試練の門を一撃で破壊せよ】
【成功すれば、次代の【破壊王】の座を与える】
【失敗すれば、次に試練を受けられるのは一か月後である】
それこそが【破壊王】に転職するためのクエスト。
STRのみに特化したステータスと、対オブジェクトダメージ補正の高いアクティブスキルを有する壊屋系統、その超級職の試練としては妥当とも言える内容だ。
『…………』
シュウは考える。
この試練は本来、ティアンでもクリアできるように設定されたもののはずだ。
本来ならば、レベルカンストまでSTRと対オブジェクト攻撃スキルを極めたティアンで破壊できるかどうかといったところなのだろう。
レベルをカンストし、なおかつ<超級エンブリオ>のステータス補正を受けている自分ならば、攻撃のアクティブスキルを交えれば十中八九破壊できる。
だが……、
『【破壊王】の条件、そろそろ俺以外にも気づくやつが出そうだ』
既にゼクスも知っているし、ゼクスが不要となった資料を他に流さないとも限らない。
そうなると、もしも失敗した場合は再挑戦までの一ヶ月の間に他の誰かに先を越される危険もある。
それを考慮すると……、
『全力、しかねえか。入れ食いの一周年狩りができなくなるのはきついが、背に腹は代えられん。……バルドル』
シュウは戦艦のバルドルを呼び出す。
砲爆撃か、戦艦そのものを突撃させるか、あるいは……必殺スキルを使うのか。
否。いずれの選択肢もあったが、シュウはそのどれも選ばなかった。
最も一撃のダメージが大きい攻撃方法を選択する。
即ち、
『バルドル、自爆』
バルドルの自爆による扉の破壊である。
『カウントは三六五秒な。俺はその間に退避するから』
『……………………了解。三六五、三六四、三六三……』
バルドルは兵器の<エンブリオ>であり、<マスター>の指示には従う<エンブリオ>である。
そのため、<マスター>からの自爆命令も(ものすごく色々言いたげではあったが)了承し、カウントを進める。
そのカウントの間に、シュウ自身は出来るだけ距離を取った。
そしてシュウが自分だけ退避した直後、
『三、二、一、ゼロ』
――バルドルは戦術核もかくやという大爆発を引き起こした。
その爆発の後、バルドルは跡形もなくなっており、
『よし、【破壊王】もらったガル』
……試練の門も木っ端微塵になっていた。
ここに試練は達成され、シュウ・スターリングは【破壊王】の座に就いた。
<Infinite Dendrogram>のサービス開始から、丁度一年経った日のことである。
◇
余談。
バルドルはおよそ一週間後に自爆の全損から復活した。
他者からのスキル攻撃でなく自ら行った爆発だったので、特に変な後遺症がつくこともなく元通りである。
『よーし、これからはバルドルの砲撃でバリバリレベル上げてフィガ公達に追いつくガルー』
と言ってシュウは意気揚々とバルドルを呼び出したが、
――直後、急に走り出したバルドルによってプチッと轢かれていた。
それはきっと、おそらく、多分……事故だった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<バルドルの扱いひどくないです?
( ̄(エ) ̄)<俺の使える全てを使って……可能性を掴ませてもらった
(=ↀωↀ=)<ESⅠの決め台詞をボケに使わないでくださいよ