エピローグC ???の場合
(=ↀωↀ=)<二話更新の二話目なのでまだの人は前話からー
□■???
――ぐるまるきん?
――グリマルキンだよ、マスター
――ぐりゅまるきん?
――グリマルキン
――むずかしいよー
――それならマスターの好きに呼べばいいよ
――いいの?
――孵化したばかりだけど、僕は君の<エンブリオ>だからね
――じゃあ、トム
――……これまたすごくシンプルになったね
――トム、かわいいとおもうよ?
――普通すぎないかなー……
――いいの! トムのなまえは、トムだからね!
◇◆
そこで、チェシャは目を覚ました。
「……夢か」
チェシャは自分が本体使用の反動によるクールダウン中に、人間で言えば微睡に近い感覚に陥っていたのだと悟った。
今チェシャがその身を置いているのは夢で見た光景の中ではなく、もはや飽き飽きするほど見てきた自身の作業スペースだ。
「もう……ずっと昔のことなのに、はっきり思い出せるものだね」
そう呟いて、チェシャは一人溜息をつく。
チェシャは多くの名前を持っている。
正式名称である【無限増殖 グリマルキン】。
他の者と同様に『不思議の国のアリス』、『鏡の国のアリス』になぞらえて獲得した管理AIとしての名前であるチェシャ。
先々代【龍帝】と【覇王】の間の最終戦争勃発を防ぐため、<マスター>として介入した時に名乗ったシュレディンガー・キャット。
他にもストレイ・キャットやワイルド・キャットなど、偽名の数で言えば管理AIで最も多い。
ただ、その中でもトムは特別な名前だ。仮の名前ではあるが、それは彼が己の<マスター>から受け取った名前なのだから。
<Infinite Dendrogram>のサービスを開始し、王国の決闘トップとして<マスター>達の前で活動する際、その名前を選んだのはチェシャ自身の郷愁のようなものだ。
「…………ちょっと、見てくるか」
◇◆
チェシャは作業スペースを出て、ある場所へと移動する。
それは、管理AI達の領域……かつて先々期文明から“異大陸船”という、当たらずとも遠からずの名称で呼ばれた船舶の一部。
その最奥部に至る扉の前まで移動し、チェシャは立ち止まる。
核シェルターの隔壁をさらに複雑、かつ巨大化させたようなその扉。
元より管理AIしか入れない領域ではあるが、ここから先は重厚な見た目に増して厳重な警戒がなされている。
空間操作のレドキングや時間操作のラビットといった、複数体の<無限エンブリオ>の力で厚く護られているのだから、この中に侵入できるものは皆無だ。
ゆえに、チェシャも入室のためには管理者に申請をしなければならない。
「〇号、少し中に入らせてもらえるかな?」
【――許可】
了解はすぐに得られた。
また、その応答の声はチェシャが<遺跡>で本体を使用する前に応じた声と同じだった。
程なく、複雑な機構が噛み合い、隔壁がスライドし、扉が開放される。
チェシャは軽く会釈して室内へと入る。
「…………」
チェシャは無言のまま室内を見る。
変わらない、と彼は思う。
いや、変わるわけがないのだ、とも。
彼の視線の先には一つのオブジェがあった。
それは恒星の如き輝きを放つ一つの大球体、そしてその周囲を十三の惑星の如き光を放つ球体が飛び交っている。
いや、正確には違う。
光を放つのは十三だが……もう一つ。
一つだけ、光なき球体が大球体の周囲を周回している。
「……あれが灯るまで、あとどれくらいかな」
チェシャの呟きには、幾つもの複雑な感情が絡まっていた。
その感情を言葉にするには、あまりにも掛けた時間が長すぎる。
ただ、一つだけ言えるとすれば、最後の一つが輝く日は……これまで待ち続け、務め続けた日々に比べれば遥かに短いだろうということだけ。
「既に過半数は超えているから、長くても……あと五年は掛からないね」
待ち続けた時。
自分が……否、自分達が何を待ち望んでいるかを思い、チェシャは溜め息をつく。
「願わくば、それが僕の見込んだ誰かであってくれれば良いけれど……いや」
チェシャはゆっくりと首を振り、球体に背を向けてその部屋を後にする。
「もしかすると、誰であっても変わらないのかもしれない」
真意が窺い知れない言葉だけを残し、チェシャはその部屋を去った。
彼が去っても、室内では十四の球体が大球体の周囲を回り続けていた。
◆◆◆
■<遺跡>居住区画・大広間
カルチェラタンの<遺跡>では、王国の調査団や雇われた<マスター>による調査が行われていた。
しかし、それが重点的に行われているのは開発や製造に関わるプラントと資材倉庫であり、居住区画の調査は後回しになっていた。
ゆえに、レイ達が二日目に辿りついた<遺跡>の大広間にも、今は人の姿がない。
調査団が入りはしたが、レイがそうしたように壁画の写真を撮り、散乱していた煌玉兵の残骸を回収したくらいだ。
その壁画の片隅は、トム・キャットとの交戦で使われたレーザーによって僅かに焦げついていた。
その焦げ痕は壁画の色と混ざり、元々そうであったかのように見える。
目を凝らせば、そこには何かの文字があった。
しかし、他の文字と違い、焼き付けたのではなく手で書かれた小さな文字は焦げ痕の問題もあり、誰の目にも留まることがなかった。
そこには、『いつの日かの再興を願い、ここに希望を眠らせる』という願いを込めた一文と、その言葉を残した者の名前が書かれていた。
それを書いたのはこの施設の責任者でもあった名工フラグマン自身だ。
彼の名を書いたものなど、この施設には他にも幾つかあるだろう。
だが……、ここだけは少し趣が違う。
彼が人に呼ばれ続けてきた「名工」の名ではなく、彼が就いた役割の名……彼のジョブが記されている。
彼がなぜこの壁画にだけ己のジョブを記したのかは分からない。だが、ここには先々期文明の謎とされている、フラグマンのジョブの正体が残されている。
そう、壁画の片隅にはこう記されているのだ。
――【大賢者】フラグマン、と。
To be Next Episode
(=ↀωↀ=)<これにて長かった五章も終了
( ̄(エ) ̄)<おつかれさまクマー(←五章本編で何もしてない)
(=ↀωↀ=)<次の更新は10月10日の予定ですー
(=ↀωↀ=)<しばらくは番外編や重要度の高い外伝を続けて、六章はその後ですー