表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-  作者: 海道 左近
第五章 遺された希望

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

204/714

第四十一話 歪んだ希望、輝く絶望

(=ↀωↀ=)<二話更新です


( ̄(エ) ̄)<まだの方は前話からクマー

 □■19XXyears ago


 地下シェルターの中で一人の男が黙々と図面に向き合っていた。

 老年に差し掛かったその男は……かつて名工フラグマンと呼ばれていた。

 後に先々期文明と呼ばれる時代において、大陸全土で技術者の頂点として敬われ、畏れられてきた男。

 そんな彼が、今は地下のシェルターで息を潜めるように、ただ独りで兵器の図面を引いていた。

 “化身”の侵攻以来、彼はずっと兵器だけを作り続けてきた。

 “化身”に見つからぬように、隠蔽に特化した地下シェルターに立てこもり、自身が考案した保存食料と水だけを口にする。

 そうして、昼もなく、夜もなく、ただ研究だけを続けていた。

 それは偏に、“化身”を滅ぼすため。

 先々期文明が在った頃の技術の全ては既に使い切った。

 今頃は秘密プラントで、彼が書き起こした基本設計からの自動開発が行われているだろう。

 だが、彼はそれではまだ足りないと考えていた。

 もっと新たな、自分がまだ持っていなかった技術を投じなければ、あのインフィニットクラスのバケモノどもには勝てない。誰よりも彼がそう知っていた(・・・・・)

 ゆえに彼は、ずっと兵器のことだけを考えている。

 だが……その目には憔悴が見えた。

 それは先日の失敗から。

 対“獣の化身”兵器として作り上げた自律型半生体兵器【エデルバルサ】が、事もあろうに“化身”の能力影響下に落ち、変容してしまった。

 そのことで【エデルバルサ】を封印する必要があり、同時に今後の兵器設計について根本的な練り直しも必要になった。

 その作業の中で、彼自身も己の疲労を自覚する。

 あるいは、このまま全てが徒労となるのではないかという悪寒が、彼の手を震わせる。

 それは恐怖か、それとも狂気か。

 ただ独りで兵器を考案し続けた数十年。

 常人なら発狂していてもおかしくはない、……あるいは既に狂人の域に踏み込んでいた。


「……少し、気分を変えるか」


 だが、そんなフラグマンが不意に、気分転換をしようと考えた。

 それすらも数十年ぶりだ。

 そうして彼は、かつての自分のように思い浮かぶままに機体を設計してみることにした。

 兵器に限らない。あのとき……彼の友人や仲間がいた頃のように、ただ自由に発明をしたくなった。


「これは……」


 そんな折、倉庫の中からあるものを見つけた。

 それは、作りかけの煌玉馬のフレームだ。

 なぜ作りかけなのかを、記憶力に優れるフラグマンはすぐに思い出した。


「ああ、《雷霆》の一号フレームか」


 かつて、雷電の利用を主とする煌玉馬を作り上げようとした時、最初はこのフレームで創ろうとしていた。

 しかし、製作過程でこのフレーム素材では機能を十全に発揮できないと判明し、別素材の二号フレームで創り直したのだ。そちらは《黄金之雷霆》の名で完成にまで至っている。


「……こいつを組み立ててみるか」


 基本フレームはそのままに、搭載する機能を変えて、完成させる。

 ただ、フラグマンが思うままに、自由に。

 そうして彼は思いつくままに作業を始めた。


「この素材だと、風を……いや、そのままだと《翡翠之大嵐》と被る」

「ではアプローチを丸っきり変えて……こちらの原理を試してみるか?」

「ふむ、胴しか出来ていないからな。他は既存のパーツを踏襲するより新規のギミックを」

「ああ、これは面白い。だが、私は《乗馬》も《騎乗》も持っていないから試せないな」


 その作業の間、彼はかつての彼と同じ顔をしていた。

 ただ子供のように、己の技術を形に出来ることを喜んでいた。


「よし、完成だ。だが、……名は何とすべきか」


 月日が経ち、ある日の夜明け前に、彼は一頭の煌玉馬を完成させた。

 しかし、機体の在り方を定める名が決まらない。

 かつて風を能力とする煌玉馬には《大嵐》という強い名をつけた。

 しかし、性能も違うものに同じ名をつける気にもなれず、良き名も浮かばない。


「……外の空気でも吸うか。お前も来い」


 その朝、フラグマンは煌玉馬を連れ、暫くぶりにシェルターから外に出た。

 大気成分などの自然環境は人が生存可能な状態であったが、その景色には彼が生み出したものは何もなかった。

 ただ自然のみ。

 文明など何もない。

 彼の知性を一助として形作られた文明は、もはや跡形もなくなっていた。


「…………」


 そこに、天才は何を思ったのか。

 ただ、ジッとその風景を眺めていた。


「……ん?」


 そのときふと、風が彼の傍を吹き抜けて行くのを感じた。


 西から吹いた風(ゼフィロス)が、東に向かっていく。


 彼が見えぬ風の行方を目で追えば、そこには丁度……夜明けがあった。


「……“風”」


 そのときふと、天啓のように彼の脳裏に言葉が浮かぶ。


「この機体は“風”だ」


 大仰な言葉など要らない。

 強い名などいらない。


「ただあるがままに、新たな夜明けへと吹き抜ける風」


 これまでの設計思想とは違う機体。

 目の前に広がる文明なき新たな世界。

 ゆえに、彼は新たな形の名づけを行う。

 これまでの彼の創った全ての煌玉獣とは逆の名づけを。

 その機体の名は……。


「【白銀之風(ゼフィロス・シルバー)】」


 フラグマンはその名づけに満足し、煌玉馬――【白銀之風】の顔を撫でる。


「【白銀之風】よ。お前には、何の使命も与えない」


 自らが生み出した最後の煌玉馬に、フラグマンはゆっくりと語りかける。


「お前はきっと、今の私が創ったものの中で唯一自由な存在だ」


 数多生み出した“化身”を殺す兵器ではない。

 ただ、彼が創りたいから創った、彼の自由な思いの形。


「いつか、お前が主を得た時……お前はただあるがままに、世界を駆けていけ」


 そうしてフラグマンは風が吹く大自然の中で、夜明けを指しながらこう言った。


「お前はお前の主と共に、自由に風の中を歩んでいけばいい」



 ◇


 ――それから、一九〇〇年以上も後


 ――創造主の言葉を、シルバーに搭載された人工知能は想起していた


 ――そして思う


 ――自由に風の中を歩む


 ――今がそのときだ、と



『――《■■■■■》』



 ◇◇◇


 □【煌騎兵】レイ・スターリング


 その瞬間に起きたことを、俺達は理解しきれていなかった。


「……ッ?」

『…………なにが、起こったのだ?』


 俺達は確かに、刹那の後に鯨と超音速で激突し、木っ端微塵となるはずだった。

 だが、今はそうなっていない。


 俺達は、鯨の真下(・・)で静止していた。


 それまでの加速も、眼前にあった装甲も、起こりえた衝突も、何もない。

 なぜそうなっているのか、俺には全く分からない。

 だが、一つだけ分かることがある。


 ――今しかない。


「ネメシィィィッス!!」

『応!!』


 ネメシスは俺の声に応じ、即座にその姿を大剣へと変じさせる。

 俺は黒い刃を、頭上の鯨の装甲に叩きつける。


「――《復讐するは(ヴェンジェンス)我にあり(・イズ・マイン)》!!」


 奴から受けた全てのレーザー、【黒纏套】が吸ったものも、俺の身を焼いたものも、全てのダメージをまとめて倍返しで叩き返す。


『――下部装甲、消失』


 その一撃で鯨を倒すには至らない。

 だが、腹の装甲は消え去り、まるで魚のブロック玩具のように、鯨はその内臓――機械の詰まった機関部を晒す。

 どれが兜蟹と互いに修復しあう機関なのか、その時点では分からない。

 だが、


「……見えたぞ!!」


 奴の装甲が修復し始めたタイミングで、発光し始めた機関が一つあった。

 修復と同時に動き始めた機関、ならばその正体は一つ。

 ゆえに、その一点のみを狙い撃つ。



「――モノクロォォォォッム!!」


 俺の叫びに答え、シルバーに巻きついていた【黒纏套】が動く。

 漆黒の外套は、巻きつく先をシルバーから俺の左腕へと変える。

 そうして、その生地を丸めて筒の如き形状を成し――その両側からかつての【黒天空亡】が生やしていたような翼を生じさせる。

 今、俺の左腕は翼の生えた漆黒の大砲となっている。

 あるいはそれは、俺が左腕を失くしていたときにアジャストした結果だったのかもしれない。

 そしてその形状ゆえに、初使用でもどうすればいいかはすぐに理解できた。


「オオオッ!!」


 左腕の大砲を、頭上の鯨へと向ける。

 直後、左腕の大砲に莫大なエネルギーの集中を感じる。

 それはこれまで【黒纏套】が掻き集めた全ての光。

 それを凝縮し、圧縮し、絶大な威力を撒き散らす破壊光へと変える作業。

 あたかも小さな太陽の如き輝きが、俺の左腕の大砲の中に生まれる。

 加えて、余剰の輝きが【黒纏套】をも白く眩く発光させる。


『レイ! 下も片が付いたぞ!!』


 ネメシスの声で地上へと視線を移せば、兜蟹に蒼い軌跡が幾つも走り、その体をバラバラにしている。

 事前に、「俺が鯨を倒すときは強い光が見える」とは伝えていた。

 ならば、あれは今この時にタイミングを合わせてアズライトがやったのだろう。

 今ならば、二体一対の巨大兵器を諸共に葬れる。


『――右旋回、レーザー照準』


 鯨は腹の装甲が破れたまま、その船体を横倒しにし始める。

 下方の死角にいる俺を側面のレーザー砲で捉え、仕留めるつもりなのだろう。

 だけど、もう遅い。


「…………」


 最後の一撃を放つ直前、俺は昨夜のマリオ先生との会話を思い出した。

 先々期文明は先期文明と争い、敗れ、滅んだ。

 この鯨は、先々期文明が遺した機械だ。

 こいつだけでなくあの兜蟹も、そして全ての<遺跡>に眠る機械は、きっと希望だったのだろう。

 先期文明との戦争で滅び行く先々期文明の誰かが、後世の子孫に託した希望そのものだったのかもしれない。

 あるいは、製作者がどうしても成し遂げたかった望みの形だったのかもしれない。

 兵器ならば敵と戦い、人々を守ることこそが本懐だったはずだ。


 けれど今、これは歪んだ希望となっている。

 守るはずだった人々の子孫を、滅ぼそうとしている。

 それを、許容などできない。


 だから俺は、このスキルを放つ。


「《シャイニング――」


 ああ、考えてみれば……全くこれは皮肉な名前だ。


「――ディスペアァァァァァァアア》!!」


 それは歪んだ希望を焼き尽くす、“輝く(シャイニング・)絶望(ディスペアー)”。


 大砲内部から撃ち放たれた太陽の如き輝き。

 かつて地上へと放たれてトルネ村を焼き払いかけた光の柱が、今は逆に天へと向かう。

 そして【黒天空亡 モノクローム】の放った同スキルを上回る光量と熱量を放ちながら、光の柱は鯨の中枢を貫通し、


 ――他の機関をも巻き込みながら、修復機関を完全に蒸発させた。


 To be continued


(=ↀωↀ=)<次回は明日投稿できるかは分かりませぬ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ