第三十五話 決戦兵器の意味
□■カルチェラタン・山岳部
多脚戦車【アクラ】から分離し、上空へと昇っていく空中戦艦【ヴァスター】。
それをただ黙って見過ごすトムと元帥ではない。
トムは弓矢や投擲で攻撃を行い、元帥の人形は地上から銃撃を行う。
半ば牽制の攻撃であったが、二人に想定外の結果を見せる。
それは合体時はまるで通じていなかった攻撃が、空中戦艦には当たり前に効いていたことだ。
命中すれば装甲に傷がつき、あるいは貫通して爆炎を噴く。
同様に攻撃している多脚戦車は依然として無傷のままだが、空中戦艦は簡単に破壊できている。
だが、
『ダメージが徐々に回復している?』
金属で作られた機械だというのに、船体の傷を少しずつ修復していた。
装甲や機械の金属が波打ち、傷を埋めるように動いているのだ。
今はダメージ量が回復量を上回っているが、このまま上空に逃れられて攻撃の手段が減れば逆転するだろう。
「させないよー、っと」
『超重火器、使用解禁。《マリオネット・スコードロン・クリエイション》』
トムは地上から跳躍し、さらに増殖した自分自身を踏み台にして更なる連続跳躍を行い、空中戦艦に取り付く。
念のために地上に待機する一人を除き、空中戦艦の上で七人にまで増殖する。
次いで元帥の人形も、【ファルドリード】が携えていた武器用のアイテムボックスから城砦防衛用の対空砲を取り出し、新たな人形――《マリオネット・スコードロン・クリエイション》で作り上げた飛行人形の小隊も飛翔する。
七人のトムが空中戦艦の装甲を切り刻み、大口径の対空砲がその船体を穿つ。
さらに、【ファルドリード】が対空砲火を行い、飛行人形も携行火器を携えて側面から攻撃を加えていく。
瞬く間に空中戦艦は穴だらけになっていく。
『――迎撃』
空中戦艦の各所の装甲が小規模にスライドし、内部から<遺跡>内でも多々見られたレーザー砲のレンズが出現する。
放たれたレーザーは周辺を飛び交う飛行人形を撃墜していくが、それも元帥によってすぐさま補充される。
さらに、空中戦艦を破壊しながら駆けるトムには為す術もなく、なぜか下部にはレーザー砲のレンズが配されておらず、直下の対空砲を破壊することもできていない。
空中戦艦はトムと元帥の攻撃に抗うことができていない。
レーザー砲も、センサーも、無人のブリッジも、全て壊されていく。
そしてついには重要なパーツ……大型動力炉やメインの人工知能までも破壊された。
あまりにもあっさりと、空中戦艦は自身の生命線を断ち切られる。
その手応えに、元帥も撃破を確信する。
『やったか! ……ッ!?』
――だが、【アクラ・ヴァスター】は当たり前のように修復を始めた。
「……いやいや、コア潰されたなら壊れてよー」
二人は驚愕しながらも破壊を続けるが、空中戦艦の回復は止まらない。
人間で言えば脳や心臓、肺腑を潰されているに等しいが、それに構わず修復と浮上を続けている。
それはあまりにも不気味な現象だった。
それを為すのは【アクラ・ヴァスター】の機能の一つ、《相互補完修復機能》。
【アクラ】には【ヴァスター】を、【ヴァスター】には【アクラ】を、修復するシステムが搭載されている。一方がどれだけ破壊されようと、そのシステムによって機体を構成する金属粒子を操作し、元の形状に復元することができる。
当然ながら破壊され続ければ、修復の金属粒子も足りなくなる。
それを考慮して、両機とも最も破壊されがたいブロックに金属粒子を満載したアイテムボックスを格納されている。
それは二千年をかけて地中から採掘、抽出、生成、貯蔵されたものであるが、二、三百回は完全破壊されても修復可能なほどの金属粒子をどちらも蓄えている。
『どういう、ことだ?』
「こっちが本体じゃなくて下の奴の一部でしかない? いや、それにしたって……まさか《相互補完修復機能》?」
『……! ドライフの<遺跡>でも理論だけは見つかっていたものか。……待て、どうしてそれをお前が』
その不滅さに二人が強く疑問を抱き、答えにも手をかけ始めたとき、空中戦艦の高度がおよそ地上一〇〇〇メテルに到達した。
真下に<遺跡>がなくなるのを待っていたときと同じく、【アクラ・ヴァスター】は自身の半身がその高度に到達する時を待っていた。
――《空間希釈》
そうして空中戦艦はその固有スキルを発動し……周囲の空間が変容した。
◇
《空間希釈》は同時に複数の変化を齎したが、それぞれの変化に気づいたのは別の人物だった。
『……何だと?』
第一の変化に気づいたのは元帥だった。
一瞬で、飛行小隊とのリンクが切れた。
人形の遠隔操作の有効範囲は、凡そ一〇万メテル。
地下であろうと、何らかの結界の中であろうと、範囲内ならコントロールは継続する。
だと言うのに、飛行小隊から返ってくる反応は『コントロールの有効範囲外』というもの。
地上から見えている飛行小隊から、距離が遠いという反応が返ってくる。
コントロールを失った飛行小隊がレーザーによって撃ち落とされていく。
同時に元帥は更なる異常に気づいていた。
先刻まで空中戦艦に大打撃を与えていた対空砲。
しかし今はいくら撃ってもまるで……届かない。
まだ有効射程だというのに、砲弾は空中戦艦に辿りつく前に失速し、放物線を描いて地上へと落下してくる。
自分が見えているものと、空中戦艦の周囲で起きている現象の差異に元帥は寒気を覚えた。
◇
「……、……!」
第二の変化に気づいたのは、トム。
彼が感じた異常は、声を発しても言葉にならず、呼吸もできないというもの。
本体が増殖する“獣”ならまだしも、このトムは人間範疇生物のアバター。
呼吸せずに生きていけるほど、人間離れしたつくりはしていない。
加えて、その七人の目が周囲の光景を捉える。
先刻まで空中戦艦の上からでもカルチェラタンの街並みが鮮明に見えていた。ほんの一〇〇〇メテル程度の高度だから当然だ。
だが、――今は豆粒ほどにも見えていない。
まるで雲の上……いや、それよりも高い場所から見下ろしているかのように。
さらには、見上げても――空があまりにも遠い。
東に見えていた太陽の輝きさえも、あまりに小さい。
あたかも、広大な異空間に突然放り込まれたかのようだった。
(これは、《空間希釈》と、その副次作用……真空状態! こいつ、やっぱりレドキング……【無限空間】の空間操作能力のいくつかを模倣して……!)
トムを動かすチェシャがその現象の正体に気づき、【ヴァスター】を破壊して止めようと攻撃を行うが修復の前に意味を為さず。
少しして、七人のトムは真空の世界で内側から眼球や血管を破裂させ、絶命した。
◇
最後の変化に気づいたのは、戦闘が起きている山に近づこうとしていたレイ達だった。
彼らが見たのは、落下物。
鯨に似た空中戦艦が生やした幾つものヒレ。
そのうちのいくつかが……剥がれ落ちて落下したのだ。
「落ち……てこない?」
そしてすぐに地面に落着すると思われたそれらが、まるで落ちてこない。
剥がれてすぐに静止……いや、本当にゆっくりとした速度で落ちている。
ヘリウムではなくただの空気を入れた風船を落とした時よりも、なおゆっくりとヒレは地上に落ちてくる。
少しずつ加速しているがそれでもまだ遅く、そのままふわりと地面に着地するのではないかというくらいだ。
「――全員、すぐに離れてッ!! さもないと死ぬよ!!」
地上のトムから、普段の彼なら発するはずもない叫びが聞こえた。
レイ達は知る由もないが、それはチェシャとして本性を表したときでさえそうそう出さない声音。
本当に危険な事態に直面した際の、警告の声。
「ッ! はい!」
レイ達はすぐさまシルバーの向きを変え、落下コースから少しでも離れようとする。
元帥もまたトムの声を聞いて新たな飛行小隊を作り、その背に乗って距離をとろうとする。
警告を発したトムも、再度増殖しながら少しでも生存率を上げるためにバラバラの方向に駆け出す。
トムの警告は正しい。
あのヒレ……ただの重金属塊こそが、【アクラ・ヴァスター】最大の武器なのだから。
◆
《空間希釈》。
それは、空中戦艦【ヴァスター】の周囲を広げるスキル。
具体的には、半径一〇〇〇メテルを半径三〇万メテル……三百倍にまで希釈する。
実際の世界に対しその変化を行えるわけでなく、半径一〇〇〇メテルの結界空間内限定の変化。
これは半径一〇〇〇メテル以内に自身以外の大質量物――地盤などがあれば使用できない限定的な能力であり、浮上していたのもそれが理由だ。
レイ達や元帥が見ていたように、《空間希釈》の結界の外部からは何も変わっていないように見えるだろう。
だが、トムが見ていたように内部は違う。半径一〇〇〇メテルの結界内部は、空間が三百倍に広がっている。
ゆえに、対空砲は届かない。外部からは有効射程に見えても、実際には三百倍の距離があるのだから。
そして体積にして二七〇〇万倍にまで広がった空間内でも気体分子の総量は変わらず、空気の濃度は二七〇〇万分の一となる。
結界ゆえに、外界から空気が入ってくることもない。
ほぼ真空と言ってもいいその世界で生物は生存できず、トムのように破裂する。
しかし、この大気状態はもう一つの恐ろしい性質を孕んでいる。
通常、大気のある星では物体の落下速度に限界がある。
それは大気の空気抵抗が存在するためであり、空気のない大気圏外から加速して入ってきた物体もそれで大きく減速、あるいは空気圧縮によって生じるプラズマで燃え尽きてしまう。
そのように、大気中での落下は大きくブレーキがかかる。
しかし仮に……。
空気抵抗が二七〇〇万分の一で、
落下距離が三十万メテルあり、
さらに重力加速度も正常に働き続ける空間があったとしたら。
落下物が地上に衝突するまでに得る運動エネルギーは――どれほどのものとなるだろうか?
◇
《空間希釈》の結界を落下し、音速の約七倍にまで加速したヒレは地上へと衝突する。
それは、あたかも隕石。
瞬時に数百メテルのクレーターを生成し、物体を瞬時に粉砕する強大な衝撃波をその数倍の距離にまで撒き散らし、ガラスが割れる程度の軽微な衝撃波がカルチェラタン全域にまで伝わった。
着弾地点――多脚戦車【アクラ】の周辺に存在した人形は大半が蒸発した。唯一耐えた【ファルドリード】も落下の爆圧で四肢が歪み、数百メートルも吹き飛ばされる。
そして爆心地の【アクラ】は、《空間固定》によってその衝撃波の全てから無傷だった。
それは当然の結果だった。【アクラ・ヴァスター】は、最初からこのように運用するために作られた兵器なのだから。
【ヴァスター】の爆撃で【アクラ】は壊れない。
仮に壊れたとしても、【ヴァスター】が在る限りすぐに修復される。
異なる空間操作能力を有した機体が、お互いの存在する限り破壊されても修復を続ける。
両機の《相互補完修復機能》のシステムを両方とも破壊しない限り、修復は止まらない。
逆を言えば、両方のシステムを同時に破壊すればもはや修復はできなくなる。
しかしそれは、壊せぬ【アクラ】と届かぬ【ヴァスター】の両方を攻略しなければならないということ。
それは尋常な手段では不可能だ。
戦えば何者も太刀打ちなどできず、ただ周囲の敵だけが【ヴァスター】の運動エネルギー爆撃で滅んでいく。
仮に“獣の化身”だろうと、この【アクラ・ヴァスター】は敗れない。
それこそが、フラグマンが考えた【アクラ・ヴァスター】の元々のコンセプトだった。
より火力を高め、他の“化身”にも対応する方策も含めての完成度は三七%だったが、対“獣の化身”兵器としては一〇〇%と言っても過言ではない。
先々期文明……名工フラグマンが、“化身”への万感の殺意と未来への希望を託した最強兵器の一角である【アクラ・ヴァスター】は、その性能の全てを揮っていた。
◇
先々期文明の殺意が生み出した運動エネルギー爆撃の衝撃波は、直撃を逃れた者達をも襲う。
八人のトムのうちの六人は、衝撃波に巻き込まれて消滅した。
「ッ!? シルバアアアアアア!!」
レイ達も最初から離れた位置にいたので致死の衝撃波の範囲外にはいたが、それでも強力な衝撃波に襲われた。
叩きつけてくる衝撃波を、咄嗟に展開した最大規模の《風蹄》と黒円盾のネメシスの二段防御でギリギリ凌ぐ。
そして元帥は、
「――――」
空中で衝撃波に巻き込まれ、飛行小隊が砕けた。
直後、彼自身も衝撃波に吹き飛ばされ、……全身の骨が砕けたまま数百メテルの高さから地上へと落下した。
To be continued
( ̄(エ) ̄)<つまり【アクラ・ヴァスター】の特性はどういうことクマ?
(=ↀωↀ=)<【アクラ】は攻撃を固定化した空間で阻んでいるので
(=ↀωↀ=)<通常の攻撃は一切効きません
(=ↀωↀ=)<【ヴァスター】は広がった三十万メテルという距離をクリアしなければ
(=ↀωↀ=)<攻撃が当たりません
(=ↀωↀ=)<そんなニ種類のトンデモ防御を持った二機を同時に破壊しない限り
(=ↀωↀ=)<一方を完全破壊しても二、三百回は修復しつづけます
(=ↀωↀ=)<そして【ヴァスター】は超威力の運動エネルギー爆撃をしてきます
( ̄(エ) ̄)<……フラグマン加減しろクマ
(=ↀωↀ=)<人のこと言えないけど殺意高すぎるよね……