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第三十四話 その名の意味

 ■【アクラ・ヴァスター】


 ――“獣の化身”、反応ロスト


 発進口へと前進する【アクラ・ヴァスター】は、“獣の化身”が消失したことを察した。

 周辺の索敵を行うが、“獣の化身”のエネルギーは確認できない。

 加えて、自身を起動する要因の一つであったスペリオルクラスの“化身”が、何者かに撃破されたことも確認する。

 周辺には“化身”と似たエネルギー反応があるものの、いずれも比較にならないほど反応が弱い。

 ならば、現在施設内に存在する侵入者を駆逐すれば、絶対防衛態勢を継続する必要もなくなる。

 ……などと、【アクラ・ヴァスター】は判断しなかった。


 ――新たなスペリオルクラスの反応を複数探知


 決戦兵器である【アクラ・ヴァスター】の索敵能力は、煌玉兵や従来装備の比ではない。

 ゆえに、【アクラ・ヴァスター】はここより遥か南――王都やギデオンにいるスペリオルクラスの“化身”反応、……<超級エンブリオ>を察知していた。

 ゆえに、【アクラ・ヴァスター】は方針を転換する。

 それは、南進。

 ただひたすらに南を目指し、遭遇した<超級エンブリオ>を全て駆逐する。

 無論、進路上にある何者にも斟酌することはない。

 だが、【アクラ・ヴァスター】は、ティアンを人間と認識できなかった煌玉兵とは違う。


 ――多数の生命反応を探知

 ――人種リストにない人型生物反応

 ――獲得した情報からリストを修正

 ――人型生物群を人間範疇生物と判断


 煌玉兵よりも高度な【アクラ・ヴァスター】の人工知能は、ティアンを人間であるという判断を下した。

 二千年前から変化はあるが、それでも人間であると認める。


 ――“化身”殲滅を最優先

 ――人的被害、問わず


 その上で……【アクラ・ヴァスター】は犠牲を厭わない。


 ――人類の未来のために

 ――我らを生み出した世界のために

 ――あらゆる対価を以って

 ――“化身”を殲滅する


 かくして、鋼の意思と体の決戦兵器は、南進のためにカルチェラタンの街を縦断しようとしていた。



 ◇◇◇


 □【煌騎兵】レイ・スターリング


 山中から現れた巨大兵器とトムさん、それにマリオ先生のものと思われる人形の戦闘。

 八人のトムさんと無数の人形が連携し、間断なく攻撃を浴びせかけている。

 王国側のトムさんと皇国側のマリオ先生の人形は明らかに共闘している。

 共闘に至った理由はいくらか考えられるが、あの巨大兵器を危険と判断し、破壊するために力を合わせることにしたというのが一番ありえそうだ。

 対する巨大兵器はただ真っ直ぐに南を……カルチェラタンの街を目指している。

 集中砲火を受けてもまるで構わず、傷つかず、三葉虫の如き足を動かして前進し続ける。

 このカルチェラタンに来て二度遭遇した煌玉兵のように、武装を出して迎撃を行う素振りもない。単純な前進だけを行っている。

 二人の行っているあらゆる攻撃に対して傷つかないけど、二人の被害も足元の人形が踏み潰されている程度のものだ。

 防御力には長けていても、兄のバルドルのような近接火器の類は積んでいないのか?


「でも、このままだとあの兵器はカルチェラタンの街に突っ込む。その前に、何とかして倒さないと……」


 あれは明らかに異常な防御力を持っている。

 だが、ネメシスの《復讐するは我にあり》なら相手の防御力は関係ない。

 ……俺達なら、届くかもしれない。

 反動の三重状態異常は……抜けてるか。


「ネメシス、アズライト。俺達も迎撃に、……?」


 シルバーに飛び乗り、二人に呼びかけたところで……状況の変化に気づいた。

 あの巨大兵器が動きを止めている。

 それは巨大兵器自らが動きを止めたのではなく、無数の人形によって取り押さえられていた。

 それは人間サイズの木製人形だけでなく、その十倍はあろうかという巨大な石製人形も混ざっている。

 一〇〇〇体はいるのではないかという人形の物量で、マリオ先生は巨大兵器の侵攻を無理やりに止めてしまった。


「なるほど、たしかにそれなら……」


 装甲やスキルで防御が硬くても、拘束することはできる。あの巨大兵器は火器を使ってこないから、それも容易だ。

 兎に角、これで対処できる。

 動きを押さえてもらっているうちに、あの足にでもぶつかって回復可能な範囲でダメージを蓄積。それを繰り返して《復讐するは我にあり》で壊せるだけダメージを蓄積する。


『……なんだか当たり屋みたいなやり口だのぅ』


 俺も少しそう思ったが、言うな。

 それに緊急事態なのだからやり方に拘ってもいられない。


「今のうちに俺達も行こう」

『うむ』

「ええ」


 大剣に変じたネメシスを右手に掴み、アズライトを昨日のようにシルバーの後部に乗せ、俺達は巨大兵器との戦闘に向かう。

 巨大兵器は数多ある脚を動かして前進しようとしているが、踏み砕かれてもすぐに後続が出現する人形によって前進できずにいる。

 加えてトムさんが何らかの【ジェム】を使用しているのも見えた。

 見れば僅かに巨大兵器が地面に沈み込んでいるので、地面を柔らかくする魔法の【ジェム】だったのかもしれない。

 どうやら二人は巨大兵器の破壊よりもまずは完全な拘束を優先するらしい。

 恐らくはそれで正解だ。

 俺に限らず、硬い相手に対して相性が良い<マスター>が来るまで、動きを押さえられればそれで何とかなる。

 俺は少しでも速く合流しなければと、シルバーを全速で走らせる。


「私が使っていたときよりも、足が速い気がするわね。元の持ち主が乗っているからかしら」


 後ろのアズライトがそう言ったことで、俺は【煌騎兵】のスキルのことを思い出した。

 速度が増しているのは《煌玉獣強化》の効果だろう。

 それともう一つ、《煌玉権限》のこともある。

 俺はネメシスを掴んだままの右手でウィンドウを操作し、シルバーのスキルについて確認する。

 ……っと、やっていて気づいたが運転中に画面を操作するのは危ないかもしれない。


『シルバーが自動で走ってくれておるから、(多分)大丈夫ではないかのぅ』


 ……まぁ、周囲は避難済みだしシルバーも人がいれば避けるだろうから、大丈夫か。

 それと、向こうに着いたら即戦闘に突入で見る暇もないだろうからな。


「けど……駄目か」


 シルバーの装備スキルの三つ目は、未だに伏せ字のままだ。

 《煌玉権限》が開放条件かと思ったが、違ったらしい。

 その装備スキルの詳細を表示しようとしてもなにも……。


「……え?」


 選択すると、予想外なことが起きた。

 スキル説明に下記の記述が追加されていたのだ。


『“化身”出現後の世界で【白銀之風】を入手し、権限を獲得した者へ』

『レベル1の権限ではこの機能の詳細閲覧は許可できない』

『しかし、限定的に【白銀之風】の自己判断で使用可能とする』

『詳細閲覧と機能の完全解放はレベル3以上の権限を獲得せよ』

『――【白銀之風】開発者フラグマン』


「どういうことだ……?」


 いつもの説明文やアナウンス、とは明らかに違う。

 どちらかと言うと……メッセージ。開発者だというフラグマンが、いずれシルバーを手に入れ、【煌騎兵】のジョブに就いた誰か――俺に向けて遺したものだ。

 恐らく、このメッセージを読んだのは俺が初めてだろう。

 なぜなら、《煌玉権限》を得られる【煌騎兵】のジョブ自体がロストジョブだったのだから。

 他の煌玉馬にも同様のメッセージはあるのだろうか?

 それとも、マリオ先生が言っていたようにシルバーが試作機、あるいは実験機だからこそこんなものが遺されているのだろうか。

 いずれにしろ、フラグマンという人物が装備スキルの説明ウィンドウに、こんなメッセージを仕込めるほど卓越した技術を持っていたのは間違いない。

 それにこのメッセージの内容自体、どこか引っ掛かりが……。


『御主がまた考察に入ろうとしているのは分かるが、今はそれどころではないようだぞ、レイ!』

「レイ! あの巨大兵器の様子が……!」


 二人の言葉に促され、思索を中断してあの巨大兵器を見る。

 相変わらず、人形達によってその動きは押さえられているが……あまりにも劇的な変化がそこにはあった。


「背中が、割れてる?」


 巨大兵器の上部……兜蟹の甲に見える部分が真っ二つに割れ、上方に向けて開かれている。

 トムさんとマリオ先生の攻撃でダメージが通ったのかと思ったが、違う。


 なぜなら、その割れた甲羅から……何かが浮上している。


 それはあの巨大兵器の後部……鯨を思わせる部分。

 兜蟹の中からは、格納されていたのであろう頭部も合わせて浮上している。

 そうして、ヒレを複数持つ巨大な機械鯨としか言いようのないものが、兜蟹から分離して上空へと昇っていく。


 同時に、兜蟹の方も人形の拘束に対して激しく暴れ始める。

 先ほどまで完全に押さえ込んでいたはずの人形達が、そのパワーに逆に押されはじめている。

 兜蟹はまるで、「やっと全力を出せる」とばかりに力強く動いていた。


「……まさか、あの兵器」


 俺は自身の推測に、背筋を凍らせる。

 しかしその推測はもはや確定。

 あの兵器は……。


 ◆◆◆


 ■【アクラ・ヴァスター】


 無数の人形に押さえ込まれながら、【アクラ・ヴァスター】は周辺のデータを収集していた。

 【アクラ・ヴァスター】が微弱な“化身”反応を検知している人間範疇生物は周囲に【ジェム】を放ち、地盤の泥濘化を行っている。

 人形の押さえ込みと合わせ、倒せないならば動きを止めてしまおうという考えだ。

 だが、それら敵手の動きは【アクラ・ヴァスター】にとって然程重要ではない。

 重要なのは……今は泥濘と化している地面についてだ。

 今、【アクラ・ヴァスター】は泥濘化した地面に沈みかけているが、それは地下に<遺跡>のないただの地面だからだ。

 発進口からも大分離れたので、既に地下に<遺跡>は埋まっていない。

 それが【アクラ・ヴァスター】にとっては何より重要だった。

 そして、


 ――発進口、閉鎖

 ――施設内重要ブロックの対爆・対衝撃機構作動を確認

 

 誰もが街を目指す【アクラ・ヴァスター】に気を取られたために、出撃後に閉ざされた発進口については然程気にかけていなかった。

 それが、最後のスイッチだった。


 ――分離機構、作動

 ――船体α、【アクラ】上部を展開

 ――船体β、【ヴァスター】浮上開始


 対“化身”用決戦兵器三号【アクラ・ヴァスター】。

 その名は今も使われている言語、即ち<マスター>に対しても自動的に翻訳される言語ではない。

 製作者であるフラグマンが古き言葉……ツヴァイアー皇国の古語から名づけたものだ。

 古語においてアクラは「殻」、ヴァスターは「空」である。

 【アクラ・ヴァスター】は「殻と空」という意味であり、


 ――巨大多脚戦車と空中戦艦、二体一対の巨大戦闘兵器である。


 多脚戦車【アクラ】の固有スキルは《空間固定》。

 外部から内側へと向かう全ての攻撃を固定化した空間で阻み、トムや人形、そして“獣”の猛攻をも無傷で防いでみせた極めて強固な防御能力である。

 そして、対になる空中戦艦【ヴァスター】の固有スキルは《空間希釈》。


 その能力は――


 To be continued

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