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第三十三話 呉越、同舟を討つ

 □■<遺跡>・煌玉兵プラント


 時間は、山中から兵器が出現する数分前に遡る。


「これでよし、と」


 “獣”によって【風信子之統率者】を含む稼働中の全煌玉兵を破壊した後、チェシャは端末を操作してプラントの生産機能を停止させた。

 トム・キャットとして工場の動作停止のクエストを受けていたチェシャだが、彼が<遺跡>に来た目的は工場を停止させることではない。

 予定外にバランスを崩し、さらに重要な情報が露呈するかもしれない<遺跡>の兵器について調査を行うこと。

 <遺跡>の中身が懸念していた通りのものならば、人目に触れないうちに破壊することがチェシャの目的だった。

 実際、重要情報を保持していた【風信子之統率者】は警戒に値する存在であり、普段は封印されているチェシャの本体を使用してでも破壊する必要があった。

 しかし【風信子之統率者】や最奥の兵器と違い、この煌玉兵のプラントまで破壊する必要はない。

 チェシャはプラントについての詳細も端末で確認している。そこには【風信子之統率者】が保持していたような機密情報はなく、ただ生産ラインとしてのプログラムだけが残っている。

 製造可能な兵器も煌玉兵をはじめとした「使われても運営としては特に問題のない兵器」ばかり。

 そのため、プラントは破壊しないことに決めた。

 いずれにしろ、プラントについての判断は王国に任せることにした。


「まぁ、それで少しは王国も持ち直すかもしれないけど」


 国家間戦争やその勝敗は、よほどおかしな事態にならない限り管理AIにとって重要ではない。

 しかし、チェシャの分身(アバター)であるトム・キャットは王国の<マスター>。ゆえに、受けたクエストを達成する程度の助力は、トム・キャットとして完遂する。


「それに<超級>を増やすことを考えれば、切磋琢磨しやすい状況の方が好ましいからねー。さて、残りは奥にあるモノだけなのだけど……」


 そちらに向かわせた“獣”から送られてくる情報に、チェシャは溜息をつく。


「フラグマンが二千年越しで作った兵器なだけあって、……トンデモなく厄介だ」


 チェシャの処理する情報の中には、今このときもその戦い……とは呼べない何かの情報も入ってきている。

 最奥――決戦兵器【アクラ・ヴァスター】の格納庫を埋め尽くす“獣”の数は一〇〇〇を優に超えている。

 一〇〇〇体以上の全てが爪と牙を使い、出航態勢に入った【アクラ・ヴァスター】を攻撃している。

 “獣”の一体一体は【ギーガナイト】など伝説級モンスターと同程度の戦力。

 伝説級の戦力が大数をなすのは脅威であり、一体の攻撃が一万ダメージ前後とすれば、一〇〇〇体で一千万ダメージを容易く叩き出す。

 如何に巨大な存在であろうと、地を埋め尽くしながらなお増殖する“獣”に殺到されれば、太刀打ちできずに滅びるほかない。

 事実、山脈の如き<イレギュラー>もチェシャはそうして屠っている。

 ゆえに、精々で城砦サイズの【アクラ・ヴァスター】も難なく破壊できるはずだった。

 だが、


「どういう原理だろうなー、これ」


 “獣”は、【アクラ・ヴァスター】に掠り傷一つつけることも叶わない。


 伝説級に相当する一〇〇〇の“獣”をして、一撃も攻撃が通っていない。

 しかもそれは装甲が硬いのではなく、装甲にまで攻撃が届いていない。

 装甲の手前の空間(・・・・・)で、全ての攻撃が止められている。

 単純なバリア、とは違う。それならば“獣”の軍団の圧力で押し割れる。

 明らかに、根本から攻撃を阻む力が働いていた。


「……まぁ、これも含めて僕対策ってことなのだろうけどねー。本当に、フラグマンはどれだけ僕を目の敵にしているのさ……」


 チェシャ――【無限増殖 グリマルキン】は<超級エンブリオ>の先にあるもの、<エンブリオ>の最終到達点である。

 しかしそれは全知全能という訳ではない。

 <エンブリオ>である以上、その力も生まれもった能力特性によって偏る。

 だからこそ、チェシャを含む管理AIは各々の能力特性に沿って担当を分けているのだから。

 <エンブリオ>である以上、相性差はどこまでもついて回る。

 それこそ、眼前の【アクラ・ヴァスター】が【無限増殖】と最悪に近い相性であるように。

 例えるならチェシャは一万ダメージの攻撃を千回繰り返して一千万のダメージとするが、仮に一撃ごとに一万ダメージを減算されれば千度繰り返そうと一ダメージも通るはずがない。

 そして、この結界はその例よりも遥かに強固にダメージを阻んでいた。

 無限に増殖する戦力による飽和制圧。極めてシンプルなスタイルであるがゆえに、このような不条理な防御手段に対しての決め手に欠けるのがチェシャの欠点の一つだった。


「この防御性能……規模は小さいけど性質はレドキングに近い、かな? ……まさか」


 チェシャは脳裏をよぎった嫌な感触に、そのネコ顔を顰め面にする。

 それは、【アクラ・ヴァスター】についてのある推測。

 それが正しいとすれば……。


「どうしたものかな。僕の能力特性じゃ相性が悪い。だけどこいつに対処できそうなハンプティやジャバウォック、それにレドキング本人を呼ぶ時間もない。このままだと数分で地上に出てしまうから……」


 チェシャはそこで思索を兼ねた独り言を中断する。

 このプラントの扉の外、通路から集団の歩く音が聞こえてきたからだ。

 それが何の足音であるかは、チェシャにとっては考えるまでもない。

 向かってきているのは、【エデルバルサ】の人形だ。

 七人のトム・キャットと交戦していたが、チェシャが本体を持ち出す都合でトムのアバターは待機状態に戻している。


「足止めもいなくなって楽にここまで来れただろうね。仕方ない、時間切れだ」


 チェシャは己の本体を戻し、代わりにトム・キャットのアバターを呼び寄せる。

 トム・キャットの正体を、そしてチェシャが活動していることを余人に知られるわけにはいかないためだ。

 「目撃者は消す」などという荒業は複数の理由から実行できない。

 加えて、【アクラ・ヴァスター】が地上に出ようとしていることを含めて考えれば、もう本体で戦う機会はない。

 この時点でチェシャは、自分の手で【アクラ・ヴァスター】を撃破する気がなかった。


「まぁ、幸い(・・)なのはあれがどう見ても誰にも制御されてないことかなー。あれなら、強力な<UBM>が暴れまわるのとそう変わらない」


 背景事情から<UBM>認定はされないだろうが、今の【アクラ・ヴァスター】の在り様は兵器ではなくモンスターに近い。

 どこかの国家に保有されてしまったわけではないので、チェシャとしての仕事はそれで良い。

 それにモンスターの如く暴れるなら、いずれは相性の良い<超級>にでも倒されるだろう。


「……っと、ルンペルシュティルツヒェンの【魔将軍】はレイ君が倒したのか。となると、<超級>が一人もいないこのカルチェラタンは今日滅びるかもしれないね」


 【アクラ・ヴァスター】は未だに攻撃手段を見せていないが、相性の問題もあるとはいえ“獣”の軍団の総攻撃を無傷で凌いだ防御能力は桁違い。

 それだけでも古代伝説級相当。他にも何か特異能力を持っていれば神話級相当でもおかしくはない。

 チェシャの推測どおりなら、テナガアシナガの【尸解仙】迅羽ならば容易に【アクラ・ヴァスター】を撃破できる。あるいは【破壊王】シュウ・スターリングならば、“獣”の攻撃を阻む防御を破壊出来るかもしれない。

 ただし、どちらにしても到着までの間に被害は拡大する。

 そして王都やギデオンにいる<超級>が来るまでに、街一つ滅びるくらいの時間はある。

 カルチェラタンの崩壊は、半ば確定した未来だ。


「…………まぁ」


 自身の演算能力によれば高確率で訪れる未来について思案しながら、チェシャ……トムはフゥと溜め息をついて、


「このトム・キャットは王国の<マスター>だし、このアバターで可能な限りは最後までやらせてもらおうかな。――いざいざ踊らん、《猫八色(グリマルキン)》」


 八体に分身し、先刻の“獣”の軍団と同様に攻撃を仕掛ける。

 無敵に思える【アクラ・ヴァスター】の防御能力のどこかに、欠点がないかを探しながら。


 ◇◆


『……この状況は何だ?』


 <遺跡>の最奥に到着した【ファルドリード】の視界越しに、元帥はその光景を見ていた。

 プラントと思われる空間には無数の煌玉兵の破片が散乱している。

 プラントの奥にはさらに巨大な空間があり、そこでは甲殻類とも魚ともつかない巨大な兵器が動き出している。

 そして、先刻まで彼と戦っていたトム・キャット――今は七人ではなく八人――がその巨大兵器と戦っていた。


『…………』


 元帥は冷静に状況を判断する。

 まず、このプラントで稼働中だった煌玉兵を倒したのはトム・キャットで間違いない。

 戦闘中に突如として七人が消えたが、あれは煌玉兵と戦うために戻したのだろうと元帥は推測した。手段は違うが理由は合っている。

 そして、煌玉兵を倒した後、巨大兵器――恐らくは件の決戦兵器【アクラ・ヴァスター】を発見するも、兵器が暴走。交戦状態に陥っているのだろうと推測した。


『……確保は、不可能だな』


 既に稼動し、暴走している兵器を見て収奪を断念する。

 断念にはもう一つ理由がある。

 元帥本人は地上に出ているため、カルチェラタンでの戦闘の様子は大まかに確認できていた。

 その中で、悪魔が消滅したのも確認している。

 ローガンによって召喚された悪魔が消える、それはイコールでローガンの敗退を示唆していた。

 元帥はそれを成した可能性が高い人物を脳裏に浮かべながら、同時に今後の行動を選出する。

 決戦兵器が暴走し、二人しかいない皇国側の戦力の一方が欠けたため、兵器の収奪という皇国にとって最良の結果は既に望めなくなっている。

 ゆえに、採れる選択は三つ。


 一、万が一にも王国が兵器を入手できないようにトム・キャットを撃破する。

 二、兵器が暴走したことで既に目的は達成したと判断し、即時撤退する。

 三、暴走した兵器を……


『……考えるまでもない』


 元帥の操作する人形が銃器を構える。

 銃口の向かう先にいるのは、トム・キャット。

 そして引き金は引かれ、


 銃弾はトム・キャットを――掠めて【アクラ・ヴァスター】の周辺空間に突き刺さる。


『攻撃の効果確認できず。攻撃続行』


 その意思に沿い、【ファルドリード】を筆頭に元帥の人形はその全てが【アクラ・ヴァスター】へと攻撃を開始する。

 この選択は、考えるまでもないことだ。

 先行した王国側のトム・キャットが応戦していることも含め、【アクラ・ヴァスター】が暴走状態なのは確定している。

 【アクラ・ヴァスター】を放置して、もしも地上に出た後に北方を目指せば、今度は皇国が……バルバロス辺境伯領が襲われる。

 まして、そうでなくても今あの暴走兵器が暴れようとしている地は……このカルチェラタンなのだから。

 ゆえに、彼の選択は既に決まっている。


 迷いも板ばさみも何もない。

 守りたいものが(・・・・・・・)一致した(・・・・)、恐らくはこの数日で最も清々しい選択。

 そう、その選択は、


 ――三、暴走した兵器を破壊する


『助太刀する。あれは破壊しても構わんな』

「壊せるなら、壊していいよ!」

『了解した。全力で武力を行使する』


 【猫神】トム・キャットと【無将軍】ギフテッド・バルバロスは共同戦線を張り、【アクラ・ヴァスター】の迎撃に移る。

 そうして彼らの戦いが繰り広げられる最中、山――【アクラ・ヴァスター】の発進口は開き、戦場は地上へと移動した。


 To be continued

もっと頑張れクマ>( ̄(エ) ̄)つ)=ↀωↀ=)<頑張ってるよぶにゃあ

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