第三十二話 戦う理由
( ̄(エ) ̄)<なあ、チェシャ
(=ↀωↀ=)<なんですクマニーサン
( ̄(エ) ̄)<うちの作品のタイトルがちょっと変わってるんだが
(=ↀωↀ=)<書籍化に合わせて修正しました
( ̄(エ) ̄)<ああ、書籍化に合わせて…………
( ̄(エ) ̄)<なんだと?
(=ↀωↀ=)<<Infinite Dendrogram>-インフィニット・デンドログラム-
(=ↀωↀ=)<書籍化決定!!
※詳細は活動報告で
21:38追記:
活動報告が一部環境で見えなかったり画像が表示されなかったりするようです。
作者が確認したところ、スマホでは最初の一覧に表示されておりません。
作者ページの活動報告からご確認ください。
あるいは、前の活動報告「9月17日~18日分」から移動することで見ることができるようです。
□【煌騎兵】レイ・スターリング
【魔将軍】との戦いを終えて倒れてから、どれだけの時間が経っただろう。
三重状態異常に冒されていることと、強敵との戦いによる心身の疲れで背中を地面から離せずにいる。
仰向けに倒れたまま、【猛毒】のダメージでのデスペナルティを回避するために【ポーション】を服用し、同時に今しがたの戦いの結果を確認する。
【魔将軍】との戦闘を経て【煌騎兵】のレベルは21になっていた。この上昇の仕方はフランクリンとの戦闘を思い出す。やはり、レベルや到達形態では遥か格上だけあって一回あたりの経験値が多い。
反面、戦闘中にレベルアップした記憶はないから、悪魔の分は入っていないようだった。そういうものなのだろう。
「増えたスキルは……《煌玉獣強化》と《煌玉権限》、この二つか」
今回得たスキルはその二つで、どちらもスキルレベルは1。
《煌玉獣強化》は呼んで字の如く、煌玉馬を含む煌玉獣の性能を強化するスキルだ。移動速度の上昇や装備スキル性能の強化が主で、現在は一○%の強化となっている。
《煌玉権限》は……よく分からない。
説明には『一部煌玉獣の制限機能の開放』とあるが、具体的なことは書かれていない。
シルバーの伏せ字になっていたスキルに関係するかもしれないと思ったが、確認しようにもシルバーはアズライトに貸している。
「……待つか」
ネメシスにはあの後すぐに回復アイテムを持たせて周囲、特に孤児院の被害確認に行ってもらっていた。孤児院の子供達の避難も頼んでいる。
傍に誰もいないせいか、動くことをやめると世界がひどく静かに感じる。
そうすると、次第に瞼が重くなってくる。
【猛毒】による継続ダメージもあり、眠ってなどいられないはずなのに、……【衰弱】で体は重く、【酩酊】で歪む視界は目を開けていても辛い。
そうして目を閉じたまま、夢とも現ともつかない時間を何分か過ごしていると……。
「…………ッ」
虚ろな意識の中で、誰かが体に触れる感覚があった。
その誰かは俺の額や首に手を当て、息を呑んだ様子だった。
それから俺の唇に硬いものがあたる感触があり、何か薬品のようなものを流し込まれる感触があった。
「……治らない、どうして……!」
聞こえてきたのは、アズライトの声だ。
どうやら騎士団の救援を終えて駆けつけてくれたらしい。
彼女が戻ったのなら俺も……。
「【快癒万能霊薬】の効果が薄い、飲み込めていないの……? なら……」
カチャリと何かが外れる音が聞こえて、次いで幽かな温度を顔に感じた。
その気配に、瞼を開けると……。
「…………」
「…………」
……アズライトの顔がすぐ近くにあり、目が合った。
吐息の触れ合うような、唇が触れるのではないかというほどに近い距離で……彼女の顔を見た。
今のアズライトは仮面を着けていない。
ただ、瞳の色と顔の輪郭で彼女だと分かる。
初めて見る彼女の容貌を……俺は純粋に綺麗だと思った。
「……ッ!?」
俺と目が合ったことに驚いたのか、アズライトは飛び退いて、口の中に含んでいた何かを呑み込んだ。
彼女は【快癒万能霊薬】の薬瓶を手にしている。
恐らくは倒れている俺に薬を飲ませても完治しなかったことから、俺が飲めなかったと勘違いし、直接口移しで飲ませてくれようとしたのだろう。
随分、心配をかけてしまったようだ。
「ありがとう、アズライト。でも俺なら大丈夫だ。それと、この状態異常はスキルの反動だから【快癒万能霊薬】でも治らない」
「そ、そう!」
彼女は慌てた様子で仮面を着け直しながら、そう言った。
多分、口移しするのに邪魔だったから外したのだろう。
……早めに目を覚ましてよかった。
救命活動ではあるけど、アズライトは嫁入り前だろうし後悔するかもしれなかったから。
「……けれど、レイ。治らない状態異常なんて、大丈夫なの?」
「この状態異常は時間経過で消えるから問題ない」
街中に設置されている時計を見ると、【魔将軍】との決着から一五分といったところだった。
なら、そろそろ召喚終了から一二〇〇秒経過でデメリットも解けるか。
ただ、【ガルドランダ】が《零式》を使った【瘴焔手甲】は今も動作が正常じゃない。
あの《零式》は長時間の使用制限という反動と引き換えに、あれだけの威力を発揮したのだろう。
再び《煉獄火炎》と《地獄瘴気》を使うには今しばらくの時間が必要になる、か。
……それにしても、時計を見て気づいたけど、まだ朝の六時過ぎか。
夜が明けるころから始まった戦いだから、まだそんな時間だったんだな。今もまだ東の山から太陽が姿を出し切っていない。
「アズライト、そっちはどうだった?」
「……カルチェラタン騎士団の救援は済んだわ。あちらに残っていた悪魔も大半は倒したし、……残っていた悪魔も消えたわ」
「そうか」
奴が出していた三体目と四体目の【ギーガナイト】が消えたことで分かっていたが、やはり悪魔召喚でも召喚者がデスペナルティになると召喚が解除されるらしい。
それは俺と【ガルドランダ】も同様だろうから、今後気をつける必要があるだろう。
「救援が間に合ったなら、シルバーを貸して正解だったか」
「あのねレイ、……すごく助かったけれど、今度から煌玉馬を人に貸与することはやめたほうがいいわ。……危ないから」
「善処するよ」
緊急時にはまた貸すだろうけど。
「それで住民の避難はどこに?」
「悪魔がいる間はどこに避難するかで混乱したけど、悪魔が消えたから今はみんな街の施設に移動中よ。それは動ける騎士団に任せたわ」
そうか。もう街の中に敵はいないし、それなら安心だ。
「それで、悪魔が消えた理由だけど……アナタが【魔将軍】を倒したの?」
「ああ」
「……そう」
アズライトは何かを考えるように瞑目した。
一瞬、師の仇である【魔将軍】を己の手で討ちたかったからとも思ったが、少し違う気がした。
それはまるで、何かを悔やんでいるような……。
「アズライト?」
「……いえ、何でもないわ」
「あの山にある宿の人達は?」
「避難済みよ。怯えている人も多かったけど、宿に残っていた熟練のティアンや<マスター>が避難誘導をしていたから心配は要らないわ」
「そうか……良かった」
これで一先ず人的被害の心配はなくなった。
「それなら後は<遺跡>で煌玉兵のプラントを停止させて、<遺跡>を狙っている皇国を撃退するだけだな」
「……レイは、まだ戦うつもりなの?」
アズライトの雰囲気がなぜか重くなり、仮面越しにもその表情が少し落ち込んだように見えた。
「じきに状態異常も消えるからな。<遺跡>の方にも向かわないと」
「あの【魔将軍】と戦って、倒れるほど疲れ果てて、それでもまだ戦うの?」
「ああ。この事件は【魔将軍】との戦いで終わりじゃないんだ。なら、まだやれるさ」
「…………そう。アナタは、また戦うのね」
アズライトの言葉は、何かを責めているようだった。
俺に対してのものかと思ったが、違うように感じられる。
ならば、彼女は何を……誰を責めているのか。
「今の【魔将軍】との戦い、ゴゥズメイズ山賊団の事件、……あのギデオンでも、どうしてアナタは……そんなに傷ついてまで誰かのために戦おうとするの?」
「……アズライト?」
「アナタがこのカルチェラタンや……私を、守ると選択したことは昨日聞いたわ。きっと、アナタはこれまでもそうして選んできたのだと思う。けれど、それはアナタがそんなにボロボロになっても、自分を犠牲にしても続けなければいけないの? どうしてアナタは、何度もそれを繰り返しているの?」
「…………」
「アナタが<マスター>だから、死んでも死なない存在だから……。自分の身を省みずにいつも誰かを守ろうとしているの? けれど、違うのよ。この国で、人々を守らなきゃいけないのは……、誰よりも苦難に立ち向かわなければいけないのは……」
「アズライト、それは違う」
アズライトの言葉は内容そのものに、若干の前後と乱れが見られる。
それは俺についてというより、俺を見ていて浮かび上がった……彼女の内なる感情によって生じた乱れなのだと思う。
けれど、自分自身の言葉に追い詰められている彼女に対し、俺は言葉の中にある俺に対する思い違いを指摘する。
「俺が事件に首を突っ込んでボロボロになるのは、自分を犠牲にして誰かを守ろうとしたからじゃない」
「……え?」
俺の理由は、そんな大層なものじゃない。
「ただ……『後味が悪い』と思って突っ込んでるだけだ」
ほんの、それだけ。
いつだってそう思いながら、目の前で起きた『後味の悪い出来事』に首を突っ込み続けただけだ。
「『後味の悪い出来事』をそのまま見過ごすことは、このアバターが傷つくことや俺自身が怖い思いをすることより、余程俺には辛いことだった。だから、そうならないために動いた。それだけの話で、アズライトが考えてるような高尚な自己犠牲なんかじゃないさ」
自分を犠牲にしても誰かを救うなんて聖人じゃない。
俺がまだ弱くていつもボロボロになるから、結果がそう見えるだけだ。
「アズライトが思うような聖人君子の理屈じゃない。俺はただ、個人的な感情で動いただけだよ。【魔将軍】と戦ったのも、ゴゥズメイズ山賊団から子供を助けに行ったのも、あのギデオンでフランクリンに喧嘩を売ったのも……全部だ」
「……昨日言っていた、“自由”ね」
「その通り。だから、言っただろ? 王国の危機に立つのも、お前を支えたいと思ったのも、俺の自由と我儘だ、ってな」
俺はただの我侭な一プレイヤー……<マスター>に過ぎない。
「今時、舞台劇でも聞かないような言葉を言っているのに、《真偽判定》もまるで反応しないなんて……。アナタ、根がお人好し過ぎるわよ……ふふっ」
何がおかしいのか、アズライトはまた昨日のように、涙を零しながら笑っている。
「けれど……そんな、アナタだから」
アズライトは何かを言いかけて、それを言葉にせずに口ごもる。
ただ、少しの沈黙の後。
何かを決意したように、彼女は仮面を外した。
「……レイ、アナタに、聞いて欲しいの。私は、本当の私は……」
そうして、素顔の彼女が何事かを告げようとしたとき、
「――ッ!」
地面が揺れた。
それはつい先日にトルネ村で体感した地震とは性質の異なる揺れ。
まるで、巨大な何かが動くことに呼応して俺達の立つ地面までも揺れているかのような振動だ。
「レイ、あれを……!」
そう言ってアズライトが指したのは、<遺跡>のある山。
しかし、その風景は大きく変容している。
ついさっきまでは地中に<遺跡>があるということ以外はありふれた山だったはずだ。
だが、今は……
「割れて、る?」
山頂から真っ二つに割れて、内部の<遺跡>が露呈している。
山――に偽装された<遺跡>の開放によって生じた振動が、この地震の正体。
現実離れした光景だったが、変化はそこに留まらない。
真っ二つに割れた山から何かが這い出して来る。
――ソレは城砦ほどの巨大さで
――流線型の甲羅の下に幾十本もの棘のような足を生やし
――体の全てが自然界ではありえないような金属の光沢に包まれていた。
「……なんだ、あれは」
端的に言えば、鯨が兜蟹に頭を突っ込んだ形のロボットとでも言うべき存在。
具体的に言えば、古代魚のプテリクティオデスに三葉虫の脚を生やしたものが近い。
ソレはあまりに巨大で奇怪な存在だったが、<遺跡>から出現したことがソレの正体を示唆している。
「あれが、<遺跡>に眠っていた兵器……!」
その兵器が、何がきっかけになったかは分からないが起動してしまっている。
しかし、想定していたよりも……かなり巨大だ。
「レイ! アズライト!」
「ネメシス!」
孤児院の避難を任せていたネメシスがこちらに帰ってきた。
息を切らせながらも巨大兵器を凝視し、俺に問いかけてくる。
「レイよ、あれは……!」
「ああ。昨日アズライトが言っていた通りだ。マリオ先生が動いたのは、やっぱりあの<遺跡>に煌玉兵よりもマズイ兵器があったかららしいな」
なお、そのアズライトは既に仮面を着け直している。
何を言いかけていたかは分からないが、今はそれどころではないと彼女自身が判断したのだろう。
「どうするのだ、レイ?」
「兎に角、今はあれがどんな兵器かを知らないと……」
見たところ煌玉兵などと同じく機動兵器の類だとは思うが、あの見た目で移動式の爆弾だった場合は最悪だ。
あのサイズ、そして先々期文明の兵器であることを思えばこのカルチェラタンが消えてなくなってしまう恐れが強い。
「まずはシルバーで空から……!」
そのとき、遠目にあの兵器を見ていて気づいた。
誰かがあの兵器に攻撃を仕掛けている。
それは同じ顔をした数人の人間と、銃器を持つ木製人形。
――八人のトムさんとマリオ先生のものと思われる人形が、巨大兵器と戦っていた。
To be continued