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第三十話 ある<マスター>の疑惑

 □■トム・キャットについて


 “化猫屋敷”トム・キャット。

 彼の名は王国全土にティアンと<マスター>の区別なく広く知れ渡っている。

 かつての決闘王者にして、現在の第二位。


 そして王国において――八年間(・・・)、決闘王者の座に立ち続けた男。


 八年の時間が意味することは大きい。

 なぜなら……二〇四三年の<Infinite Dendrogram>の発売から、現時点までの期間でもそれほどの時間は経っていない。

 まして、彼は内部の時間で二年以上前にフィガロに敗れ、その座を退いている。

 明らかに時間の計算が合わない。

 このことは一つの事実を示している。


 トム・キャットは一般のプレイヤーではない、と。


 ティアンに聞けば「彼は<マスター>の増加前から活動していた<マスター>である」という答えが得られる。

 そのことから、トム・キャットは運営側のプレイヤー……α版のテスターであると噂された。

 本人もそのことでプレイヤーから質問を受けたが、「ノーコメントでー」と返すだけだった。

 一時期そのことで各地の掲示板に「テスターが決闘王者をしているのはいかがなものか」とスレッドが立ちもしたが、やがてある仮説が立てられてそれは下火になった。

 それは「テスターであるトム・キャットの<エンブリオ>は、第六形態までしか進化しないのではないか」というものだ。

 非常に強力な分身能力を有するトム・キャットではあるが、その<エンブリオ>であるグリマルキンは第六形態止まり。

 他のプレイヤーより明らかに長い期間を活動しているのに、<超級>になる様子がない。

 テスターである彼の<エンブリオ>が、何らかの制限を受けているのではという仮説である。

 加えて彼のレベルが上級職までの五〇〇、そして【猫神】で五〇〇と丁度一〇〇〇レベルでストップしていたこともある。

 レベルと<エンブリオ>共に一定の制限が設けられていた。

 そのことから、「彼はテスターとして先行していたというより、運営が用意した壁のようなものではないか」と考えられた。

 いつかは後続に越えられる壁として王国の決闘王者に立ち続ける、運営の用意した<マスター>。

 それが【猫神】トム・キャットである、と。

 そうなるとプレイヤーは不満を言う者より、運営から課された課題を超えてやると意気込む者の方が多かった。

 かくして、打倒トム・キャットを掲げて多くの<マスター>が決闘に参戦する。

 今もいる決闘ランカーのうち、“仮面騎兵”ライザーや“炎怒”ビシュマルは、そのときからトム・キャットに挑戦していた者達だ。

 結果として切磋琢磨したランカー達の中でフィガロがトム・キャットを破り、運営の用意した壁と言われたトム・キャットはその王座から退いた。

 以後は二位に落ちてからもフィガロに再挑戦することもなく、今度は二位に上がるための壁として立ち続けていた。

 そのころにはトム・キャットの名が内外で話題になることも少なくなった。

 “黒鴉”ジュリエットや“流浪金海”チェルシーといった新規の決闘ランカーの中には、トム・キャットについてそんな話があったことすら知らない者も多い。


 そうして今は過去のものとなったトム・キャットの騒動であるが、その疑惑については――全て正しい(・・・・・)

 トム・キャットは運営側であり、正式サービス開始前から活動していた<マスター>であり、<エンブリオ>の形態やレベルが制限されており、ランカーを切磋琢磨させる壁の役割を担って決闘王者に立っていた存在である。

 そこに何の間違いもない。

 ただし、足りない。

 決定的な真実がその仮説には抜け落ちていた。


 ◇◆


 さて、ここで王国の前決闘王者とはまるで無関係な(・・・・・・・)余談を語ろう。


 <Infinite Dendrogram>の時間で六百年前。

 【覇王】と【龍帝】という絶対強者同士による全面戦争が危ぶまれた時代。

 第三の絶対強者として、突如歴史に姿を現した者がいる。

 その名は、【猫神】シュレディンガー・キャット。

 奇しくも(・・・・)トム・キャットと同じ超級職に就いたその男。

 歴史の書物によれば、彼は当時には殆どいなかった――<マスター(・・・・)>だったと伝えられている。


 先代の決闘王者と第三の絶対強者。

 この二人の繋がりを示すものは、ジョブ以外には何も見えていない。



 ◆◇◆


 □■<遺跡>最深部・煌玉兵プラント


 トム・キャットと【風信子之統率者】の戦いは、五分とは言いがたいものであった。

 AGIこそトムに僅かな分があるが、火力をはじめとした他の要素は全て劣っていた。

 あるいは、トムのレベルがあと五〇〇も高ければまた違うだろうが、能力が制限されているトムにそれは望むべくもない。

 戦闘技能についてもそうだ。歴戦の猛者であるトムに対し、【風信子之統率者】も決して劣っていない。

 それはこの二千年間、煌玉兵の生産と【アクラ・ヴァスター】の開発を管理して待ち続ける年月の中で、彼のプログラムがシミュレーションを怠っていなかったからだ。

 彼にとっては初の実戦であったが、彼のプログラムは二千年の年月で超高難易度化したシミュレーション通りに戦闘を繰り広げていた。

 ゆえに両者の間にスペック差を覆すほどの技量差はない。

 それでも、トムは未だ一発の致命傷も受けてはいない。

 昨日の広間での戦闘や、今別の場所で行われている人形との乱戦と比べても、彼の動きは巧みだった。

 むしろ、人形と乱戦する七体は昨日よりも動きが雑になっている。

 それはまるで、「彼という意識はここにいるトム一人に集中して体を動かしている」とでも言うような状態。


「MEOW!!」


 トムはあたかも猫のように跳ね、吼えて、両手に握った短剣で【風信子之統率者】を切りつける。

 【風信子之統率者】の装甲に刃の裂傷が刻まれるが、それは装甲を破って内部機構に達するほどのダメージではない。


『【近接防御用電磁放射機構】』


 近接攻撃へのカウンターに、【風信子之統率者】が自身の装甲の隙間から数十の電極を延ばし、周囲に雷電を放射する。

 トムは咄嗟に飛び退いてその圏外に逃れるが、間髪いれずに放たれた【風信子之統率者】のレーザーがその左肩を掠める。


「……君はビックリ箱かなにかー?」


 先刻から次々に新たな搭載武装を繰り出してくる【風信子之統率者】に、トムは辟易としていた。あたかも先々期文明の兵器の見本市である。

 「機体サイズからすると、流石に圧縮魔導式重粒子加速砲は積んでないだろうけど、長引くと不利どころじゃないな、これ」とトムは警戒を強める。

 しかし同時に【風信子之統率者】のプログラムもトムの動きを警戒していた。

 それはトムの能力が危険……だからではない。


 一度として、ジョブスキルを使用していないからだ。


 そう、事此処に至るまで、トムは一度もジョブスキルを使用していない。

 それはこの【風信子之統率者】の戦いに限らず、昨日の広間での戦い、さらには彼が行った全ての決闘にまで遡っても一度として、使用していない。

 それについては当時打倒トム・キャットを志していた決闘ランカー達の間でも話題になり、彼らの結論は「トム・キャットの分身能力は、デメリットとしてアクティブのジョブスキルが使用できなくなる」というものだ。

 スキル特化職である【神】に就いていながら、それはシナジーしていないとも言われていた。あるいはパッシブに重きを置いたジョブなのかもしれない、とも。

 だが、【風信子之統率者】の懸念の原因はその少し手前にある。


『質問する。お前は何者だ』

「おや、やっとお話する気になった? 僕は【猫神】トム・キャット、目的はさっき言ったとおりだけど」

『重ねて質問する。【猫神】とは何だ』

「…………」


 【風信子之統率者】の戦闘プログラムが疑問を呈したのはトムがジョブスキルを使わず、そのジョブが未知であったこと。

 そして今、トムから彼のジョブを聞き、【風信子之統率者】はそれそのものに疑問を呈する。

 なぜならば……。


『そんなジョブは――存在しない(・・・・・)


 彼の中にある二千年前のジョブリストに、【猫神】は存在しないからだ。

 全てのジョブは遥か昔に定められ、それから増えることはない。

 煌玉獣の運用に関係する【煌騎兵】のジョブすら、フラグマンによって煌玉獣が開発される前から既に在った。

 ジョブについて把握・網羅されているはずのリストに、【猫神】は存在しない。

 ならば、【猫神】とは何なのか。


「えー、でもこうして僕のステータスウィンドウにさー」

ウィンドウとは何だ(・・・・・・・・・)

「……アップデートの適用外か。まぁ、見つかっていなかった時点で、その可能性も考えていたけどさ」


 【風信子之統率者】の返答に、トムは溜め息をつく。


「そうなると、やっぱり君も壊さないと駄目ってことか。でも、それだと既に人の手に渡っている煌玉人は……そっちは放置するしかないか。……帽子屋も雑な仕事をしてくれるよ」


 トムはある存在の顔を思い浮かべながら、少しだけ苛立たしげにそう吐き捨てた。

 その直後、【風信子之統率者】を破壊するべく床を蹴って疾走する。

 それは先ほど安全マージンを考えた動きではなく、己の身を賭してでも相手の命を刈り取る獣の如き動き。

 だが、【風信子之統率者】はその動きに対応した。

 左手の前腕にあったカバーがはずれ、そこからまるでミサイルのように何かが飛翔する。

 トムはそれを回避しながら肉薄する動きに変じたが、しかしてミサイルもまたトムを追って軌道を変化させる。

 そして、ミサイルが加速する。


「ッ!?」


 超音速機動のトムよりさらに数倍する速度に達したミサイルは、狙い過たずトムの腹部に着弾。


 ――その胴体を上下に爆裂させた。


 致命傷を負ったトムの上半身が固体と液体が飛び散る音と共に床に落ちる。

 上半身だけの体は、その断面から大量の血と体液を流している。


「……これは、参った。【黒玉之追跡者(ジェット・チェイサー)】のオプション、【超々音速追尾弾】、か。思ったより、大層なものを積んでいた、ね」


 致命傷を負ったトムが、血反吐を口から零しながら言葉を発する。

 明らかな致命傷であるが、彼にそれを気にする様子はない。

 この体も彼にとっては代わりが利くものでしかないのだから。


「でも、まずいな。このままだと次の増殖はあっちの、人形との乱戦の方だ。またここまで移動するのも、彼の人形を考えると少しまずい、なー」


 そんな少しずれたことぼやくトムに対し、【風信子之統率者】はレーザー砲の照準を合わせる。

 致命傷だろうと関係はない。

 侵入者にして敵手であるトムへの攻撃を躊躇する理由が【風信子之統率者】にはなかった。

 このままならここにいるトムは消えて、乱戦のトムが一体増えることになるだろう。

 だが、


「特記事項三番、規定外戦力による均衡崩壊の危機対応。

 並びに特記事項二番、機密事項露呈の危機対応。

 両特記事項の適用状態につき、本体使用を重ねて申請」


 トムはそれまでの間延びした喋り方と無縁の――まるで機械のような声音でそう唱えた。

 その意味も意図も不明な言葉の〇.五秒後。


【――本体使用、承認】


 そんなアナウンスが彼に届き、同時に【風信子之統率者】のレーザーが彼の上半身を蒸発させた。



 To be continued

(=ↀωↀ=)<――さてと

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― 新着の感想 ―
(=ↀωↀ=)<ぶにゃー ……おもしろくなってきた
[一言] やっぱりチェシャじゃないか!
[一言] えっ、チェシャ君なの!?
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