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第十話 【超闘士】フィガロ

投稿開始から一週間、週間ランキングで総合4位になりました。

皆様からの応援のお陰です。ありがとうございます!


(=ↀωↀ=)<それはそれとして今回は別の人視点だよー


( ̄(エ) ̄)<これからもその時々で別視点や俯瞰視点入るクマー。演出の都合クマー

■ PKクラン<凶城マッドキャッスル>オーナー 【鎧巨人アーマー・ジャイアント】バルバロイ・バッド・バーン


 <Infinite Dendrogram>にはプレイヤー間で戦う術が二通りある。

 一つは決闘。

 闘技場でお互いに条件とルール、賭けるアイテムを決めて戦闘を行う。HPは0になっても死亡せず、戦闘終了時にはダメージもなかったことになる“お遊び”。

 もう一つはPK。

 プレイヤーを闘技場外で攻撃し、最終的には殺害しデスペナルティに追い込む。

 死亡したプレイヤーはランダムで金やアイテムを落とす。モンスターと同じように。

 決闘の賭けで負けても、PKに敗れて落としても、失うものはさして変わらない(任意かランダムの違いはあるが)。

 ゆえに決闘とPKの大きな違いは倒されたほうが死ぬか死なないかの一点。

 だから決闘専門の奴らがいる。


 “だからこそ”PK専門の俺らがいる。


 PKクラン<凶城>のリーダーである俺……【バルバロイ・バッド・バーン】はPKをするのが大好きだ。

 今も仲間とPKをエンジョイしている。


「うわぁぁ! うわああああ!」


 小学生ほどの見た目の初心者プレイヤー――恐らく実年齢もその程度――は泣きながら初期装備を振るい、何度も切りつけてくる。

 しかしいくらやってもダメージは0だ。


『クハハ、どうしたぁ? 1ダメージでも食らわせたら見逃してやるぞ?』


 無理だろうけどな。

 こっちは耐久特化の上級職【鎧巨人アーマー・ジャイアント】。

 《ダメージ減少》も《ダメージ軽減》も積んでいるから低レベルの初心者じゃクリティカルが出ようと0ダメージだ。

 ちなみに《ダメージ減少》はダメージを割合で減らし、《ダメージ軽減》は数値で減らす。

 より詳しく言えば二割減少と500軽減だが、この初心者じゃどうしたって500もダメージは出せないから《軽減》だけで十分か。


「うぅ! うぅうう!」


 初心者は攻撃しながら、それでも必死に逃げようとしている。

 しかし逃げようとしても、退路を塞ぐ俺の方が早い。

 鈍重なジョブだがそれでも初心者よりは遥かに速いし、俺の<エンブリオ>の能力もある。

 それにログアウトもさせない。

 このゲームのログアウトは30秒程度の時間が必要だ。

 30秒、誰にも触れられず攻撃もされてない状況でなければログアウトは出来ない。

 犯罪防止用であるが犯罪にも使われる。

 もっとも、PKは禁止行為ではないので犯罪じゃないが。


 ちなみにハラスメント対策なのか“自害”は可能だ。

 仮に指一本動かなくてもやろうと思えば即デスペナになれる。

 代償にPKされたときより派手にアイテムや金銭をドロップするのでそんなことをする奴はほぼいないが。

 俺らは初心者を逃がさないし30秒も余裕は与えない。

 そうして嬲っていたが、飽きた。


『はーい時間切れー』

「あ」


 必死に無駄な足掻きをしていた初心者に両手に持った大盾を振り下ろす。

 今の俺の二メートルを超える巨体が持った、直径一メートルの円形の盾は巨大なスタンプとなって地面に跡を残した。

 インクはプレイヤーだ。デスペナになってすぐに跡形もなく消えるけどよ。

 しかしやっといてなんだが、CGじゃなけりゃグロだよな今の。

 リアル視点の奴って何考えてんだ。アンデッドとかひでえことになるのに。


「イーッヒッヒ! マジ外道ッすね! あの坊ちゃんかわいそかわいそー!」

「クハハ、やべえなぁ、今日はトマト食えねぇっすわ」

『なら夕飯はチーズハンバーグにするかー? ミンチ肉なら用意できるぜ?』

「勘弁してくださいよぉ(笑)」


 一緒に行動していたクランメンバー達の囃し立てに、如何にもゲスの言葉で返す。

 悪人のロールプレイは楽しい。

 ひょっとしたら普段は出せない自分の地が出ているかもしれない。

 今笑いながら野次を飛ばしている晩ブルは、リアルでは夫と子供がいる公務員だったはずだが……そんなリアルは今関係ない。

 “リアルは忘れてPKをエンジョイ&エキサイティング”。

 それが<凶城>のモットーだ。

 とても楽しい。

 やられる方は全く楽しくないだろうが知ったことじゃない。

 戦闘力を競うゲームで弱い奴が悪い。


「PKがトラウマになってゲームからはなれる奴もいるらしいっすよー」

『知ったことじゃないな』


 本当に知ったことじゃない。

 殺すのも殺されるのもゲームのうちだろうがよ。


「今の小僧を入れてここで殺したのは何人だったっすかねぇ、オカシラ」

『俺がやった分も五十までは数えていたがな』


 俺と俺の<凶城>はアルター王国の王都の南にある<サウダ山道>に網を張り、通りがかるプレイヤーを打ち殺している。

 殺せるプレイヤーを殺しているだけだが、今のところは全員俺が殺せるレベルだ。

 PK退治に乗り出してきた連中も含めて、俺とクランメンバーで全員ぶっ殺した。


「しっかし、いいもんっすねー、このお仕事。PKするだけでジャンジャンお金が手に入るっつーんだから」

「だなぁ」


 仕事。そう俺らは仕事でここのPKをしている。

 プレイヤーのデスペナルティ一回につき一律一万リルの報酬。

 期限はゲーム内期間で一ヶ月。

 好条件だ。ここが初心者狩場で雑魚ばかりって状況がさらにいい。

 初日は入れ食いで、あの日だけで百万リルを超えた。日本円で一千万。笑いが出る。

 一大ニュースになっていたのも面白い。

 俺らは“北の奴”と違って姿を隠していないから知られちまったが、それも悪役冥利に尽きる。


「でも最近はあんまりプレイヤー来ないっすねー。やっぱりみんなびびっちまったのかなー。あ、昨日酒場で聞いたんすけど東の連中も暇してるらしいっすよ」


 <凶城>はここ<サウダ山道>を狩場にしているが、王都の他の三方の狩場には別のPKが網を張っている。

 うちと東西のクランは、どいつもこいつも人の迷惑考えずにPK三昧のDQN共だ。


「でも西の<ゴブリンストリート>は副収入で儲かってるみたいで」

「あいつらはなぁ、NPCでも関係なく狙うからなぁ」

「怖くないんすかねぇ」

「さぁなぁ」


 PKは犯罪じゃない。

 <Infinite Dendrogram>の法律設定でも、<マスター>同士の争いはノータッチだったはずだ。

 だが、NPCをやるのは犯罪だ。

 相手が犯罪者とか、襲われたから正当防衛とか、戦争イベントとか……諸々の理由なくNPCをやっちまうと、NPC間の犯罪みたいに国から指名手配されちまう。

 国内で指名手配されるとその国ではセーブポイントが使えない。

 それだけならまだ他の国に拠点を変えればいいだけだが、やりすぎると全部の国で指名手配されちまう。

 七ヶ国全部で指名手配されたらもうダメだ。もうどの国でもセーブポイントが設定できなくなる。

 デスペナルティになったとき、セーブポイントに戻れないと問答無用で“あそこ”に送られちまうことを考えれば、リスクが高すぎる。

 <ゴブリンストリート>の連中は予めカルディナあたりにもセーブポイントをとってあるんだろうが、うちはそこまでしてNPCを狙うつもりもねぇ。

 それにNPC狙いは気分も良くない。

 前に犯罪者のNPC相手にやったことはあるが、高いツボ割るみたいで嫌な感じだったしなぁ。

 そんな訳でうちの狩場はNPC素通しだ。

 まー、NPC共の方がびびって通りゃしねーけど。


『やっぱりPKだけしてるのが一番気楽で楽しいよなぁ』

「そうっすよねー。<ゴブリンストリート>はやばいっすわー。同じPKだけど近づきたくもねぇー」

『…………』


 もっとも、俺からするとNPCもお構いなく狙う西よりも……北が怖い。

 北の<ノズ森林>に網を張っている奴が一番やばい。

 北はクランではなく一人のPKだけだ。

 俺はそいつの名前を知らない。

 手管も姿を隠すのが上手いことと……日課(・・)しか知らない。

 日課、そう日課だ。

 奴はこの<Infinite Dendrogram>でずっと“殺し屋プレイ”をしているらしい。

 誰某にやられて憎いとか、嫌がらせを受けているとか、他のプレイヤーに対して復讐や怨みの念を抱くプレイヤーがいる。

 奴は普段からそういう奴らの依頼でプレイヤーを殺している。

 聞いた話では<超級>の暗殺を依頼されたこともあったそうだ。

 <超級>は<エンブリオ>を第七形態へと進化させた最強のプレイヤー層。そんな奴、普通は喧嘩を売ろうとは思わない。俺も御免だ。

 しかし奴は自分も大きなダメージを負いながらも、<超級>をデスペナルティに追い込み、“あそこ”に送り込んだらしい。

 そこでついた通り名が<超級殺し>。

 今は仕事仲間だが出来れば会いたくない。

 俺も負ける気はしないが殺し屋なんて粘着質な輩はただのPKよりも、NPC殺しよりも性質が悪い。

 関わらないのが正解だ。


『おかしら~、次の獲物きましたぜー』


 クランメンバーから連絡が入った。

 クランのメンバー間でのみ通話可能なアイテムによるものだ。

 俺らは六人パーティを六つ組み、各パーティのメンバーを分散してから再編成した六人組でこのエリアの六ヶ所を張っている。

 こうしておけば奇襲を受けて一つのエリアの面子が一瞬で壊滅しても、本来のパーティメンバーは簡易ステータスから異常があったことをすぐに察知できるからだ。

 使い慣れた多人数戦用の戦術だ。


『うお、すげえ、かなり良さそうな装備してやがりますよこのカモ』

『へぇ、初心者じゃないってことは俺らを狩りに来た奴か?』

『そうみたいですぜ。けど一人しかいねえ』

『一人ぃ? ならいいじゃねーかよー。さっさと襲って脅して装備を奪って殺しちまえばよぉ』

『ヒィッヒッヒ、そりゃあいい。今日はあの装備売って派手に宴会でも』


【PTメンバー<ジョーダンα>が死亡しました】

【蘇生可能時間経過】

【<ジョーダンα>はデスペナルティによりログアウトしました】


 あ?


『お、おい! ジョーダンは名前だけにしろよ! いきなりこんなことされたらビビっ』


【PTメンバー<ロワード・ベルトマルス>が死亡しました】

【蘇生可能時間経過】

【<ロワード・ベルトマルス>はデスペナルティによりログアウトしました】


 また一人、通話中のPTメンバーが死んだ。

 蘇生可能時間は、蘇生のアイテムや魔法が効果のある時間のことだ。

 その時間内に蘇生させればデスペナルティにならずに済むが、この猶予は死体の損壊状態によって異なる。

 今の二回はほとんどタイムラグなしの即死。

 一瞬でどれだけぐちゃぐちゃにぶっ壊されたのか。

 俺と同じポイントで張っていたクランのメンバーにも問うが、一様に青い顔をしている。

 どうやら今の二人と同じ場所に配置していた連中は全て死んだようだ。

 今の僅かな時間で二箇所、十二人のメンバーが殺されている。

 別々の場所にいるはずの連中が、同時に、かつ高速でやられている。

 プレイヤー集団による同時襲撃?

 あり得ない。各ポイントには《索敵》スキルに優れた奴を一人は入れている。

 そいつらが全員気づかないうちに同時攻撃の準備を整えられるか?


 しかし、逆に言えばもう見つかっている上に……一人なら。


『ぷ、プレイヤーだ! アルター王国のプレイヤーだ! 鎖が見えた! 鎖がマルロを』


【PTメンバー<魔ムドー>が死亡しました】

【蘇生可能時間経過】

【<魔ムドー>はデスペナルティによりログアウトしました】


 更なるメンバーの絶叫と断絶が三つ目のポイントの死を告げる。

 しかし今死んだメンバーは使える情報を残した。

 鎖、鎖使いのプレイヤー。

 そしてそいつは十中八九直前に見つけていた“良い装備のカモ”だ。

 うちのメンバーをここまで一方的に殺戮するのだ。只者ではない。

 そしてアルター王国には、鎖を使う有名なプレイヤーがいる。

 その名は。


『ふぃ、フィガロだあぁぁぁああ!? 【超闘士】フィガロがなんどぅえこんなところにぃいぃいい!? ほべっ』


【PTメンバー<モヒカンX>が死亡しました】

【蘇生可能時間経過】

【<モヒカンX>はデスペナルティによりログアウトしました】


 【超闘士】フィガロ。

 “無限連鎖”、<アルター王国三巨頭>、決闘都市の留守王、etc……様々な異名で呼ばれるアルター王国、そしてこのゲーム有数の実力者。

 <超級>の一人であり神造ダンジョンにソロで潜り続けているとも噂されている奇人。

 そんな奴が、この山中にいる。

 明らかに俺達に対する敵意を持って。

 考えられないことじゃない。

 俺達は王国のプレイヤー相手にテロをやっていた。

 同じ王国のランカーが潰しにきてもおかしくない。

 だが、フィガロというプレイヤーの風聞はそういう行動からは縁遠いものだったはずだ。

 延々とダンジョンに潜るかコロシアムで決闘するだけの男だと聞いている。

 あの戦争にも参加しなかったはずの男だが……。


【PTメンバー<夢色吾郎>が死亡しました】

【蘇生可能時間経過】

【<夢色吾郎>はデスペナルティによりログアウトしました】


 ――ザザ


『ッ!』


 五箇所目、ここを除いた最後のポイントの壊滅を告げるアナウンスと同時に、身につけた《殺気感知》スキルが俺に迫る攻撃の意図を伝えた。

 何処から来るかは分からない。

 だが来るのが分かっていれば俺ならば対処できる。

 直後に飛来したのは四角錘に似た突起物を繋いだ鎖。


『《アストロガード》!』


 瞬時に【鎧巨人】の固有防御スキルを発動させる。

 移動を封じられる代わりに防御力を五倍にする【鎧巨人】最強の防御スキル。

 これにより俺の防御力は一万五千を上回り、最硬となる。

 鎖は恐るべき威を伴って盾に激突した。


『……ほぉ!』


 HPが減っている。

 防御力一万五千オーバー、なおかつ二割減した上で500ダメージ軽減する鉄壁のスキル構成を抜いてくるか。

 よそに配置したメンバーが回復の猶予なくブッ殺されるのも道理だ。

 俺に弾かれた鎖は、


「ぐえっすりゃぁ!?」


 俺の傍にいた晩ブルを襲って粉砕した。

 晩ブルだけでなく、このポイントにいた連中は俺以外全員が鎖によって攪拌され、バラバラになって消えていく。

 すまんな。俺は移動できんので庇えんよ。運がなかったな。

 そうして周囲に生存者はいなくなり、もう誰からの通信も聞こえてこない。

 どうやらメンバーは全滅し……俺だけを残して全員デスペナ送りのようだ。

 俺は《アストロガード》の体勢を崩さず不動を維持。

 今動いているのは俺に当たって金属質な激突音と僅かばかりのダメージを生じさせる鎖と、鎖を辿った先にいる奴――【超闘士】フィガロだけだ。

 フィガロは、鎖を辿って山道の向こうから現れた。

 糸目の男だった。

 顔立ちは整っており、俺と違ってメイキングに手を掛けず、自分の顔をデフォルトに弄ったのであれば元から相当の美形だろう。

 軽装鎧に袴、グリーブに指輪、羽帽子にロングコートと奇天烈な格好をしていたが、アイテムの名称や価値を判定する《鑑定眼》スキルを持っていた俺にはそれが全て強力なレア装備であると理解できる。

 レアすぎて、俺の《鑑定眼》のレベルじゃ性能を把握できないものもある。


『当たり前のように<UBM>のMVP特典を複数装備しやがって……』


 <UBM――ユニーク・ボス・モンスター>のMVP特典は譲渡不可でランダムドロップもしねぇからなぁ……手強いだけで美味くもねえ。

 だが、顔よりも装いよりも今のフィガロの体には見逃せない重要な要素があった。

 それは両腕に絡みついた何本もの紅い鎖。

 このゲームで装備できる武器防具の数には限りがある。

 武器は基本一つ、あるいは俺の盾のように右手と左手に一つずつ。

 加えて投擲武器や【ジェム】といったアイテムを使うくらいが通常使用可能な武器の限界数だ。

 だがあいつは片腕に三本ずつ、計六本の鎖を絡めている。

 六本に見えて実は一つ、でもなく鎖の一本一本全てが【紅蓮鎖獄の看守クリムゾンデッドキーパー】という名称の独立した武器だ。

 フィガロは手を動かしている風でもないのに、六本の鎖は自動で動き、伸びて俺を攻撃している。

 さもありなん。

 鑑定結果によれば【紅蓮鎖獄の看守】は《自動索敵》と《射程延長》の二つのスキルを持っている。実に使い勝手の良さそうな武器だ。

 そして《鑑定眼》が効果を発揮していることから、<エンブリオ>でないこともわかる。

 つまり奴は本当に合計六つの武器を操っているのだ。

 明らかに装備数をオーバーしているが……思い出した。

 たしか【闘士】系のジョブには装備数を増やすスキルがあったはずだ。

 それは精々三つが限度だったが、超級職とされる【超闘士】ならばそのスキルの強化型としてより多くの武器を装備できても不思議ではない。

 つまり奴は<エンブリオ>を使わず、【超闘士】のスキルと所有装備だけで俺達を殲滅しているのか?


「今日はよく防がれる日だね」


 フィガロは開口一番、そんな訳の分からない台詞を吐いた。


「【鎧巨人】の君は良い防御力をしている。これだけの硬さは中々いない。<エンブリオ>も防御を得意としているのかな?」

『…………』


 べらべらと考察を述べているが俺にはそれに答える義理はない。

 ブラフを言ってもいいが、あいつが《真偽判定》――相手が嘘を吐くとスキル所持プレイヤーに告知が出るセンススキル――を持っていたらバレる。

 俺の<エンブリオ>の能力が防御系などではないということに。


「……ん、やっぱり君以外のPKは片付いたようだ」


 奴は気配を察したのか、それとも《自動索敵》の鎖が俺にしか反応していないのを見て取ったのかそう言った。

 こいつ、やはり俺達を、王都近隣のPKを狙っていたか。


「ところで、君がこの一帯のPK集団のリーダーでいいのかな?」

『……そうだと言ったら?』

「僕の目的は決闘都市と王都間の交通の正常化だから、この<山道>からの撤退を確約してくれるなら見逃すけれど」

『…………うちのクランメンバー皆殺しにしてから言うことか?』

「じゃないと交渉にも乗らないだろう?」


 違いない。

 殲滅されるまでカモとしか認識していなかったのだから、何を言われてもまず襲っただろう。

 <超級>がここまでうちのメンバーと戦力差があるとは知らなかったからな。


『…………』


 が、俺と……第六形態の<エンブリオ>を持つ<マスター>となら、どの程度差がある?

 俺の<エンブリオ>の“必殺スキル”を直撃させれば……殺せるんじゃないか?

 レベルは超級職でもあるフィガロが遥かに上回るだろう。下級と上級で500レベルカンストした俺の倍あっても不思議じゃない。

 だが、プレイヤーの戦いは、レベルとステータスの多寡が全てじゃねえ。

 如何に相手の力を出させず、自分の切り札を叩き込むかだ。

 <超級殺し>も<超級>を撃破している。

 俺に出来ないことはないはずだ。


『わかった。俺はすぐにここを去る。俺たち<凶城>はもうここで初心者狩りはしない』


 俺は嘘を吐かず、本心からそう言った。

 こんな奴が討伐に出てきた以上、もうここでのPKは潮時だ。

 撤退する。

 こいつを殺してから。


『【契約書】はあるが、使うか?』


 俺はアイテムポーチから一枚の羊皮紙を取り出した。

 これは【契約書】という種類のアイテムで、プレイヤー間の約束事に用いられる。

 それを反故にした方には一定期間のステータスダウンや、状態異常、デスペナルティを与える。


「そうだね。折角だから使ってもらえるかな」

『……よし、書いたぞ。確かめてくれ』


 俺はそう言って【契約書】を持ってフィガロに近づく。

 五メートル。

 四メートル。

 三メートル。

 二メートル、射程距離。

 俺の足元から輝く魔法陣――俺の<エンブリオ>であるアトラス――が展開される。


『――《天よ重石となれ(ヘブンズ・ウェイト)》!!』


 俺の<エンブリオ>、アトラスの固有スキルの一つは加重。

 射程範囲内の重力を増すことで継続ダメージを与える。

 対象が俺に近ければ近いほどより強力な加重効果を発揮でき、二メートルの距離で最大の五百倍重力となる。

 同時に【拘束】の状態異常が強力に掛かり、奴はもう指先一つ動かすことは出来ない。

 鎖が自動で動いて俺を攻撃しようとするが、五百倍の重力に抗えず地を這っている。

 今までこの【拘束】と超重力の複合効果を破って動いた奴はいない。

 並の上級ならこの時点で圧死しているが、眼前の<超級>がそれでくたばるなんて欠片も思っちゃいない。

 ここから(・・・・)がアトラスの必殺だ。


『《アストロガード》!』


 再度、アストロガードを発動して防御力を五倍に引き上げ、


『《解放されし巨人(アトラス)》!!』


 アトラス自身の名を冠した必殺スキルを撃ち放つ。

 自身の防御力を攻撃力に変換。

 その上で、十秒だけ攻撃力を十倍化する。

 攻撃力十五万オーバー。

 直撃すれば如何に超級職のステータスであろうと即死するはずだ。

 動けないフィガロに向かってアトラス最強の一撃を――連打で叩き込む。


『死ぬまで砕けろぉぉぉぉぉ!!』


 地面が砕ける。

 陥没する。

 巨大なクレーターになる。

 だが、構うものか。

 蘇生や身代わりのアクセサリーなど幾つ持っているか分からん。

 この十秒、死ぬまで攻撃を叩き込む!!


「――――■」


 そうして連打を叩き込んでいた俺の首に……()が絡まっていた。


『……!?』


 見下ろして、気づく。

 俺の連打で砕け散った大地……そこにフィガロの姿はない。

 フィガロがどこにいるのか。

 答えは一つ――俺の首に絡まった鎖の先にいる。

 鎖の伸びる先は、上空。

 そこには十メートルほど上に跳躍したフィガロがいた。


『ば、バカな!?』


 五百倍の加重を受け、何より【拘束】の状態異常まで受けてなお跳べるわけがない。


『……あ』


 そこで気づいた。

 あることに、気づいてしまった。

 聞いたことがあった。

 知っていた。

 【超闘士】フィガロは、ソロでの神造ダンジョン攻略を生業にしている、と。

 ソロでダンジョン攻略なんて馬鹿げたことをするには、必須条件が一つある。

 高いステータス、違う。

 回復手段、違う。


 状態異常対策(・・・・・・)だ。


 【麻痺】、【眠り】、【石化】、そして【即死】。

 回復してくれる仲間がいないソロ環境でこれらの状態異常に掛かることは死を意味する。

 だからソロで攻略する奴は必ず状態異常対策を持っている。

 それを、このソロ専門として知られた<超級>が持っていないわけがなかった。

 恐らく俺が鑑定できなかった装備のいずれか。

 それが【拘束】を無効化する装備だったのだろう。


『いや……ありえない!!』


 一瞬納得しかけたが、そんなはずはない。

 俺の《天よ重石となれ》の【拘束】は普通じゃない。

 上級カテゴリーの<エンブリオ>が放つ固有スキル。

 それがこんなにあっさり無効化されて…………。


 再び、気づいてしまった。


 俺はこいつが<エンブリオ>を使ってないと思った。

 しかしそれが間違いだとしたら。

 こいつが俺にはわからないだけで既に奴の<エンブリオ>を……<超級エンブリオ>を使っていて、今の無効化や五百倍の重力を物ともしない跳躍はそれの……。


「――■」


 咄嗟に上方のフィガロを見上げる。

 逆光になっているため表情もよくは見えない。

 だが、言い知れぬ悪寒がした。

 そして、その悪寒は奴が着地し、表情が見えたとき……“見えてしまったとき”に最大となった。


「―――――――■■■■」


 細まっていた眼は見開かれ、

 微笑を浮かべていた口元は口腔が見えるほどに裂けた笑みを浮かべ、

 口腔から漏れる音は人のそれではなく、

 モンスターの唸り声に似た無意味且つ殺意に満ちた音だった。


『ヒィ!?』


 俺が悲鳴を上げた瞬間、奴が鎖と繋がった両手を振り上げる。

 その瞬間に鎖に絡めとられた俺の首が引き上げられる。

 両足が地面を離れ、大地が遠ざかる。

 空気との擦過音が耳に響く。

 鎖は《射程延長》スキルが発動しているのか伸び続け、尋常ならざる高度に達してもなお延長し続ける。

 地上のフィガロが点になり、山頂を越し、雲に至り、それさえも突き抜けた。

 やがて空気が失われた。

 懸命に肺を動かそうとしても何も入ってこない。

 窒息の二文字が脳をよぎる。

 このゲームは自分で設定しない限り痛覚は痛みのない衝撃に置き換えられるが、窒息の苦しみは変えてくれない。

 しかし俺が窒息の心配をする必要はなかった。

 なぜなら、窒息するよりも恐ろしいことが起きたから。


 当然の動きとばかりに、鎖が地上に引き戻されていく。


 持ち上げたときよりなお速く、


 逆回しのように先刻過ぎ去った光景が倍以上の速度で戻ってくる。


『ヒィああああああ……――!?』


 絶望の悲鳴が漏れる。

 ゲームであろうと関係ない。

 この落下には死の恐怖が在った。

 生物が死を感じる恐怖の形。

 痛覚がなくとも関係ない。

 死の恐怖を、このリアルすぎるゲームは十二分に伝えすぎていた。

 絶命が免れない高度と速度から落下。

 終着点にはいまだ化け物じみた笑みを浮かべるフィガロがいた。


「■■■――■」


 奴は鎖の内の一本と引き換えに別の武器――チェーンソー状の大剣を持っていた。

 奴は落下する俺に向けて、チェーンソーを振り抜いた。

 次の瞬間、俺の体はギャリギャリと音を立てながら……


【致死ダメージ】

【蘇生可能時間経過】

【パーティ全滅】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】


 To be continued


次回の投稿は明日の21:00です。


(=ↀωↀ=)つ「そこそこ良識派のPKここに眠る」

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― 新着の感想 ―
これ、ヤバいですねぇ…超高所からの落下+チェーンソーでの引き裂き…普段の様子からのギャップが凄まじい…まぁ、ギャップがある人は嫌いじゃないですが。
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