第二十六話 鬼と悪魔
追記:
(=ↀωↀ=)<直前の修正がちょっと間に合わず、21:05くらいに更新しましたー
追記2:
(=ↀωↀ=)<瘴焔姫がめっちゃ表記ゆれしてました
(=ↀωↀ=)<変換候補とチェック不足が悪い
□ある特典武具について
特典武具は<UBM>の特性をMVP取得者にアジャストして形成される。
それはレイ・スターリングの最初の特典武具、【瘴焔手甲 ガルドランダ】も例外ではない。
【瘴焔手甲 ガルドランダ】の有する三つのスキルはいずれも、特性を本人にアジャストした結果だ。
第一と第二のスキルについては言うまでもない。【大瘴鬼 ガルドランダ】の攻撃能力は火炎と瘴気であり、それを彼が使いやすいようにスキル化したものが《煉獄火炎》と《地獄瘴気》だ。
では、三番目のスキル《瘴焔姫》は、如何なる特性がレイにアジャストした結果であるか。
その特性は既に【ガルドランダ】自身の口から語られている。
『わたしは、卵の殻を割って生まれる前に……真の力を発揮する条件が達成されないまま倒されたから……、今になって表出して、る?』、と。
外殻である母体の【大瘴鬼】の死亡後に、真の【ガルドランダ】である【瘴焔姫】が誕生する。
【ガルドランダ】は本来そのようにデザインされた<UBM>であった。
即ち、【大瘴鬼】の第三の特性は“誕生”。
ゆえに、【瘴焔姫】を誕生させ、召喚することこそが第三の特性にして、スキルとなった。
それは言うまでもなく破格のスキル。<UBM>という強大な力を生前の――否、【ガルドランダ】に限っては生前の力すら超えた力で呼び出す。
超級武具の力には一歩譲るが、それでもあまりにも強すぎる。
そんな力は軽々に使えていいものではない。
ゆえに、このスキルには三つの大きな制約があった。
一つは、レイが既に達成した解禁に掛かる条件。
【聖騎士】の《グランドクロス》がそうであるように、強力なスキルには解禁するために条件が設定される。
《瘴焔姫》の条件は、<UBM>三体のMVP討伐。
<UBM>の討伐はかつてレイを倒した超級職のマリーですら二体、<超級>でも新たな“正体不明”を名乗っていたガーベラのように一体も倒していない者がいる。
それを三体倒すという至難の条件だが、これはレイにアジャストして設定されたものだ。
システム的に見てあの時点でのレイの最大の特徴とは、低レベルでありながら『<UBM>をMVP討伐した』ことに他ならない。
ゆえに、【瘴焔手甲 ガルドランダ】はそれを汲み取り、解禁の条件に『<UBM>三体のMVP討伐』を選択した。
レイならば、その条件を達成できるという想定でのアジャストによるもの。
そうでなければ、同等の難易度の別の解禁条件が選ばれていただろう。
そして事実、【大瘴鬼 ガルドランダ】に続く【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】、そして先日の【黒天空亡 モノクローム】討伐によってレイはその条件を達成した。
二つ目の制約は、消費MP。
【瘴焔姫 ガルドランダ】の顕現と全力戦闘は、秒間で一〇〇〇のMPを消耗する。
上級の魔法職でも十秒持たず、五〇〇カンストしていても三十秒も維持できない、莫大なMP消費が必要となる。
これはアジャストではなく、それだけの力を行使するために誰が使おうとも必要な制約だった。
だが、レイはそれをクリアした。
先の【モノクローム】戦と、今の混迷によってカルチェラタンから生じた負の思念の吸収により、【紫怨走甲】に蓄積された四〇万のMPによってそれを達成した。
ゆえに最大で四〇〇秒、全力の【瘴焔姫】を顕現させることが出来る。
そして三つ目の制約――使用後のデメリットもレイは既に払う覚悟を決めている。
三つの制約は解決され、今ここに【瘴焔姫 ガルドランダ】はその力の全てを顕現させていた。
◇◇◇
□【煌騎兵】レイ・スターリング
爆散した【ギーガナイト】と、次の狙いを定めた【ガルドランダ】。
その二つの光景を前に、【魔将軍】は引きつった笑みを浮かべている。
「は、ハハハハ! 手負いの【ギーガナイト】を一撃で仕留めたのは見事だと言っておこう! だ、だが! 今の炎は一度限りのスキルであるはずだ!!」
その言葉は正しい。
どうやら召喚によってキャパシティ消費0の従属扱いになっているらしい【ガルドランダ】。
その詳細をウィンドウで確認すれば、使用スキルのうち《煉獄火炎》、《煉獄拳》、《零式・煉獄火炎》という三つのスキルが使用不可になっている。
今しがた使用した《零式・煉獄火炎》の反動によるものだろう。あの大火力なら、それほどのデメリットがあるスキルでも不思議じゃない
だから、この召喚中に【ガルドランダ】が炎を使うことはない。
「その鬼の召喚は貴様の切り札だろう! そしてその切り札の奥の手も既に失われている! ならば、この【魔将軍】の【ギーガナイト】が勝つ!!」
【魔将軍】はそう言って、残る【ギーガナイト】に手を翳しながら何事かを唱える。
「《ブーステッド・デヴィル・ストレングス》!! 《ブーステッド・デヴィル・エンデュランス》!! 《ブーステッド・デヴィル・アジリティィィッィ》!!」
スキル宣言の後、【ギーガナイト】は三色の光に包まれ、その威圧感を激増させる。
「ハァ!! ルンペルシュティルツヒェンで“十倍化”したステータス強化だ! STRとEND、AGIは二〇〇%上昇!! その程度の鬼、容易く捻り潰してやる!!」
「…………」
なぜ、今までそのステータス強化を使っていなかったのか。
もしかすると、あの悪魔軍団がいたときは使用できず、数が減ったから使用できるようになったのか?
『二〇〇%か……。そうなるとあれは今、STRとENDが三万オーバー、速度も超音速域に到達しておるだろうな』
ネメシスの言葉は、『あの【ガルドランダ】は勝てるのか?』という意味合いも含んでいるのだろう。
正直に言って、分からない。
「だけど、【ガルドランダ】が易々と倒せる相手じゃないこと……俺もお前も知っているだろ?」
『……そうであった』
俺達が最初に戦った<UBM>はあれほどに恐ろしく、しぶとく、強かったのだから。
あの時より強い今の【ガルドランダ】があっさり負ける姿など、欠片も思い浮かびはしない。
「それよりネメシス」
『ああ、分かっておる』
俺達も、すべきことをしよう。
だが、そのためには【魔将軍】の動きが……。
「ハハハ! 往け! 【ギーガナイト】! 下級と<超級>の格の違いを……思い知らせろ!!」
『WOWOWOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
強化を重ねられた【ギーガナイト】は【魔将軍】の言葉に応え、大通りの石畳を粉砕しながら駆け抜けた。
――俺の横合いへと。
まるで鬼と勝負する気などないと言わんばかりに、大剣を俺へと振り下ろし――
「そういう手合いだと、思ったよ?」
――寸前に、【ガルドランダ】の掌打に押し飛ばされた。
『WOOOO!!』
先刻の蹴撃で歪んでいた鎧が裂け、内部の肉が僅かに抉れる。
【ギーガナイト】は堪えた様子もなく、兜から生える蟲の脚を蠢かせながら吼える。ENDが増したためにダメージはさほどなさそうだ。
しかし、自重は変化していないため、【ガルドランダ】のSTRを乗せた右手の掌打で押し出されて八メートルは後退している。
「レイを倒したいなら、まずは私を倒して、ね?」
『……負けてから味方になったライバルキャラみたいな台詞だのぅ』
……さほど間違っちゃいないな。
「それと、レイもHPの回復しておいて、ね。今のままだと、当たりを引いても、死んじゃう、よ?」
「……ああ」
促され、アイテムボックスからHP回復の【ポーション】を取り出し、嚥下していく。
その間に【ガルドランダ】は俺と【ギーガナイト】の中間点に移動し、「ここは通さない」とばかりに構えをとっている。頼もしい。
……しかし、あれだけ【ガルドランダ】への対抗意識剥き出しの言葉を発しておきながら、俺への奇襲を仕掛けてくるとは。なるほど、【魔将軍】もイイ性格をしている。
フランクリンと違い、どちらかと言えば「せこい」という印象が強いが。
「……チッ! ならば望みどおりお前から叩き潰してやる!! ステータスは【ギーガナイト】の方が遥かに上なのだからな!!」
「ステータスが遥かに上?」
【魔将軍】の言葉に、【ガルドランダ】はまた小首を傾げる。
「それ、――いつの話?」
俺とネメシス、【魔将軍】は【ガルドランダ】の言葉の意味が分からなかった。
――【ギーガナイト】が苦しげに呻き、膝を着くまでは。
「なッ!?」
「今は、さっきの半分くらい、かな?」
そう言う【ガルドランダ】の右腕は黒紫の瘴気に包まれていた。
あたかも中国武術の伝説、毒手の如く……三重状態異常を右手に纏っている。
「…………」
【瘴焔手甲 ガルドランダ】の火炎や瘴気を腕に纏って殴りつける。
それはあのフランクリンとの決着の際に俺が偶然放ったものだ。
再度実践しようとしたが瘴気では難しく、火炎も左手がないためにできなかったものだ。
それを、【ガルドランダ】はごく自然に行っている。
……スキル一覧に《煉獄拳》、《地獄掌》とあったのでそんな気はしていたが。
『だが、先ほど、《地獄瘴気》は効かなかったはずだぞ』
それは同感だ。
一体目の【ギーガナイト】に使用したが、効果がなかった。
まさか一体目と二体目でそこまで大きく耐性が違うこともないだろう。
「えっと、私の方が瘴気も強いし……。それに、瘴気を圧縮してみた、よ?」
「圧縮? ……あ」
圧縮デバフ、圧縮状態異常。
それはあの<月世の会>の本拠地でのフィガロさんとの戦いで、女化生先輩がやっていたことだ。
……まさか【瘴焔手甲】の中から見て、あの使い方を覚えたのか?
「……生前の真の力どころか、それより向上している、か」
たしかに、霞も召喚モンスターは使い続けると強くなるとは言っていたが……、呼び出す前から自己学習しているとはとんでもない奴だ。
「《地獄瘴気》」
【ガルドランダ】は次の一手として、下に向けて通常の《地獄瘴気》を放つ。
瘴気は俺の腰ほどの高さまでで留まる。
それは三重状態異常の瘴気であると同時に、姿勢を低くした彼女を隠す煙幕ともなる。
『WOOOO、WOOOOOOOO!!』
三重状態異常に冒されながらも【ギーガナイト】は立ち上がり、大剣を振り回し、大盾で【ガルドランダ】を撥ね飛ばそうとする。
だが、いずれも【ガルドランダ】には直撃しない。
煙幕に覆われたがゆえにその姿を見失っているから、ではない。
まるで先ほどの俺と【魔将軍】の戦いのように、相手の直接的な動きを悟り、かわし、返す刀で拳打を叩き込んでいる。
それは<マスター>同士の必殺スキルの撃ち合いのような、一撃で勝負が決まるような戦いではない。
けれど逆に、両者の動きの巧拙がこれ以上なく見える戦いだった。
『だが、妙だ。あのように煙幕を張ったのに、あやつは大きく動きすぎではないか?』
ネメシスの言うように、【ガルドランダ】は折角張った瘴気の煙幕を、自身の超音速機動による空気の動きでかき乱している。あれではどこにいるのかは丸分かりだ。
煙幕の意味が……。
「…………?」
不意に、煙幕から出た【ガルドランダ】が俺に目配せした。
俺とネメシスを見て、それから【魔将軍】の死角になるタイミングで、俺の腰ほどの高さにまで溜まった瘴気の煙を指す。
その動きに……俺は彼女の意図を察する。
『なるほど、この瘴気は……そういうことか』
「……ああ、これならやれる」
俺はネメシスと言葉を交わし……大剣のネメシスを瘴気の煙の中に沈めた。
「馬鹿な! 【ギーガナイト】は伝説級の悪魔だぞ!! それが、下級の呼び出した鬼如きに……!」
その言葉には、<超級>である自分の呼び出した悪魔が、俺の呼び出した【ガルドランダ】に一方的に押されていることへの苛立ちが溢れていた。
「その悪魔が伝説級、それは否定しない、よ?」
そんな【魔将軍】の言葉に、【ガルドランダ】は頷く。
「ステータスは私と同じくらい。……うん、私も伝説級だから、ね?」
「な、に……?」
「だけど」
【ガルドランダ】は……至極つまらなそうな顔をした
「ランクだけで他と一括りに出来るほど、<UBM>は安くない。
――既製品の悪魔じゃ……<UBM>とやるには我が足りない、よ?」
その言葉には、彼女の誇りに似た感情が見えた。
世界に唯一のオリジナルである自分に、術式によって召喚・生成される量産悪魔は同じランクであっても決して同列ではないし相手になるわけもない、そんな自負が。
「私は人食い鬼から生まれた、人間との混じり鬼。だから、人間のように動けるし、人間の動きも理解できる。人間のように学べる。特典武具となった後に経験した、ランカーや熟練の騎士、……それに<超級>の動きも理解して、学習した」
実際に、その動きを見れば、兄やフィガロさんのものに近いモーションが混ざっている。
あるいは、本来はそれを含めて【ガルドランダ】の真の力であったのか。
「それに比べて、あなたの悪魔は弱いよね? だって、動きがワンパターンだよ。ステータスにしか頼ってない」
『WO、WOOOOO!!』
自身が侮辱されたことに怒りを覚えたわけではないだろうが、【ギーガナイト】は【ガルドランダ】に向けて横薙ぎに大剣を振るう。
【ガルドランダ】はそれを肘と膝で挟んで止めた。
まるで空手の蹴り足挟み殺しの如く――その防御で逆に大剣を圧し折った。
「……装備は強化されてなかった、ね?」
そう言った直後に、相手の腕を駆け上がり、頭部に膝蹴り――シャイニングウィザードを叩き込んで兜を飛ばす。
人の顔の前面から蟲の脚を生やしたようなおぞましい頭部が露わになるが、【ガルドランダ】はひるまない。
頭部への攻撃にふらつく【ギーガナイト】の喉笛に、その牙を剥いて喰らいつき、肉を抉る。
「……まずい。レイはもっとおいしかった、よ?」
『o、wooo……!』
喉をやられて声が出せなくなりつつも、【ギーガナイト】は反撃で大盾を振り回す。
それを軽やかに避けながら、【ガルドランダ】は呟く。
「残り、三十二秒。そろそろ決める、ね?」
大盾の攻撃を外し、無防備な体勢をさらけ出した【ギーガナイト】。
その首筋に向けて、【ガルドランダ】は右足を蹴り上げ――
「――木断」
――兄の十八番である上段蹴りを、抉れた喉笛に叩き込んだ。
『――――』
元より千切れかけていた首は、【ガルドランダ】の全力の一撃に耐え切れず、その頭部を落とす。
直後、【ガルドランダ】がその肩に飛び乗り、がら空きになった首の断面に右の貫手を突き込む。
「――《零式・地獄瘴気》」
【猛毒】、【酩酊】、【衰弱】の三重状態異常を付与する《地獄瘴気》。
しかしそれも、【ガルドランダ】の手で真の力を発揮し、更なる威力を発揮していた。
骨肉が溶解するような音が聞こえると共に、【ギーガナイト】の鎧の隙間から血の赤、腐肉の黒、溶けた骨の白が漏れ出し……光の塵となった。
それが、決着。
伝説級の悪魔である【ギーガナイト】は、伝説級の鬼にして<UBM>である【ガルドランダ】によって、……何も出来なかったと言っても過言ではない形で撃破された。
「……ば、かな……」
放心したように呟く【魔将軍】。
そんなあいつを尻目に、【ガルドランダ】はこちらを見ている。
「……時間切れ、かな?」
見れば、【ガルドランダ】の体は今彼女が倒した【ギーガナイト】のように、光の塵になりかけていた。
四〇〇秒。召喚前に四〇万のMPを注いで得た召喚時間が尽きたのだろう。
だが、彼女は己の役目を果たし終えた。
「あとは、レイとネメシスの役割だから」
首を傾けながら、【ガルドランダ】は俺達を見る。
「頑張ってね、レイ」
そう言って【ガルドランダ】は消えて、残された【瘴焔手甲】が石畳に落ちて音を響かせる。
「……ッ」
【ガルドランダ】が消えると同時に、俺の体が急激に重くなる。
ステータス欄を見れば、【猛毒】、【酩酊】、【衰弱】の三重状態異常が降りかかっていた。
「……今回は運が良かったらしい、な」
《瘴焔姫》の使用は莫大なMPが必要であると同時に、使用後のデメリット……反動がある。
三種類ある反動のうち、今回は“召喚継続時間の三倍時間、治療できない三重状態異常に罹る”という最も軽いものだったのは僥倖だ。
残る“三倍時間燃焼”と“三倍時間肉体使用権喪失”なら、詰んでいた。
だがこれなら――戦いの決着はつけられる。
「……は、ハハハハ!! 【ギーガナイト】を二体も倒したことは褒めてやろう!」
高笑いする【魔将軍】。
その横には、さらに二体の【ギーガナイト】が侍っていた。
どうやら【ガルドランダ】が消えるのを待って援軍を出したらしい。
「だが、貴様の召喚モンスターと違い、こちらはまだ何体でも【ギーガナイト】を出せる! 何千体でも【ソルジャー・デビル】を出せる! よく抗ったものだが、勝敗は揺るがない!!」
【魔将軍】の言葉は正しい。
こちらは下級で、あちらは<超級>。
総戦力は桁が幾つも違い、戦い続ければこちらには敗北の道しかない。
絶対的な差のある戦い、勝機が限りなくゼロに近い戦い。
それでも――既に終わっている。
「――【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト」
俺は奴の名を呼び、
「もう、終わりだ」
俺は瘴気の煙の中……【魔将軍】に見えない死角からネメシスを持ち上げる。
そうして俺の手の中にあるネメシスは、黒大剣でも、黒旗斧槍でもない。
それは、五枚羽の風車を――風星を模した回転刃。
名を第三形態β――流星風車。
その能力は対象から蓄積したダメージの十分の一のAGIで追尾し、三倍撃を叩き込む遠隔追尾式カウンター。
欠点として発動するには加速のためのチャージ時間が必要になるが……既に終わっている。
【ガルドランダ】のお陰だ。
仮に【ガルドランダ】が戦っている最中に俺が【魔将軍】を狙えば、あの時点で三体目や四体目の【ギーガナイト】を呼んでいただろう。
奴に見えるように流星風車のチャージを始めても、気づいて潰しに来ただろう。
だが、【ガルドランダ】が足元に充満させた瘴気――煙幕のおかげで気づかれなかった。あいつが超音速機動で瘴気をかき乱していたのも、流星風車の回転による瘴気の動きを悟られないためのこと。
チャージも【ガルドランダ】が【ギーガナイト】を倒すまで、【魔将軍】の耳目を引きつけたことで完了している。
もはや準備は済んだ。
反動の三重状態異常で体がまともに動かなくとも――次の一撃を放つことに一切の支障なし。
「……ッ!! わ、“我、ここに唯一の至宝を捧げる”!」
流星風車に込められた威力を察したのか、【魔将軍】は装備の一つを消して、何事かを唱え始める。
「《応報は――」
「“永劫の至宝を糧に、一度限りの力を我に”!」
けれど、その詠唱は……あまりにも遅すぎた。
あるいは、【ガルドランダ】と【ギーガナイト】の戦いの最中にその選択をしていれば、こうはなっていなかっただろう。
「――星の――」
「“神代より来たれ、果て無き悪魔”……!」
【魔将軍】が、呼び出そうとしているもの
それはひょっとしたら、奴の本当の切り札かもしれない。
だが、もはや全てが――遅い。
「――彼方へ》」
「こ、《コール・デヴィル・ゼ……」
そして、流星が放たれる。
音速の五倍以上の速度で飛翔し、百メートルにも満たない彼我の距離を一瞬で詰め、直撃し――そのダメージを解放する。
ベルドルベル氏によって既に【ブローチ】を破壊されている【魔将軍】に、抗う術はない。
「――――」
一五〇万オーバーのダメージが直撃した【魔将軍】は、最後の言葉すら遺さず一瞬で塵になった。
あとにはデスペナルティの証左であるランダムドロップと……粉々になったオーダーメイドの鎧だけが残っている。
「…………」
【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトへの、……<超級>への勝利。
だというのに、俺の心に湧き上がるものは何もない。
それは、相手がこちらを舐めて、結局本気で戦う間もなく負けていったからかもしれない。
あるいは勝ったところで喜びや得るものなど何もなく、ただこんな相手によって既に多くの掛け替えのないものが喪われてしまっているという、空しさがあるからかもしれない。
「…………ふぅ」
今の思いを言葉にしようとして、結局何も発せられない。
ただ、息をつき、アイテムボックスからHP回復のポーションを取り出して服用する。
そうして俺は……三重状態異常で重くなった体を、仰向けに倒れさせた。
◆◆◆
■地球・???
「ああああああああああッ!!」
その人物はベッドから跳ね上がると同時に、癇癪を起こして装着していた<Infinite Dendrogram>のハードを壁に投げつけた。
跳ね返ってきたそれを、自分の足で踏みつけて叩き壊す。
それだけに留まらず、部屋の中にあるものを蹴り飛ばす。
雑誌を、クッションを、ランドセルを蹴り飛ばし、自分の中に渦巻く何かを吐き出そうとした。
「俺が……僕が、あんな、あんな下級に……正面から、負けて、……特典武具まで、……ああアアアアアアア!!」
その人物――小学生程度の少年は、己が先刻味わった敗北をかき消そうと絶叫する。
それほどに声を張り上げれば家人が異常に気づいても良さそうなものだが、「少年が勉強に集中できるように」とリフォームされた完全防音の部屋は、少年の狂態を家族には悟らせなかった。
そして十五分ほど暴れてから、少年――【魔将軍】ローガン・ゴッドハルトのリアルは叫ぶ。
「僕は誰よりも、優秀なはずなのに、学校の勉強でも、<Infinite Dendrogram>でも! 僕以上の奴なんて、いないはずなんだ!」
そこまで言って自分がハードを叩き壊してしまったことに思い至る。
一瞬だけ肝を冷やすが、脳波が登録されているから別のハードを買いなおせばまた再開できると思い出して安堵した。
そうして少し冷静になって、こう呟き始める。
「そもそも今回はあの老いぼれが出てきたのが想定外だったんだ。あそこで削られてなければ負けるはずがない。それにあれは二対一だし、あいつらは卑怯な手を使った。大体<UBM>の使用なんて、反則じゃないか! 運営に、メールして……!」
自分が悪魔の軍団を使っていたことや伝説級悪魔を召喚したことを棚に上げ、そんなことを言い始める。
だが、そんな彼の言い訳は……携帯端末に一通のメールが届いたことで中断される。
「……誰、からだ?」
少年は携帯をチェックして、硬直する。
そこにはこう書かれていた。
『ざまあないねぇ、将軍閣下(笑)』
差出人は「Mr.フランクリン」。
彼が最も対抗心を燃やす<超級>の名で、最も神経を逆撫でされる文面が書かれていた。
その内容とタイミングから、改造モンスターで今回の戦いの一部始終を監視していたのだと悟る。かつて、リリアーナの事件でそうしたように。
また、メールには動画サイトのURLが添付されており、そこには【魔将軍】とレイ・スターリングの戦いの一部始終が既にアップされていた。
己の醜態と敗北の全てを世間に公開されたことに気づき、少年は携帯端末を投げ捨て、クッションに顔を埋めて泣きじゃくった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<三日目前半戦、ここに決着
(=ↀωↀ=)<続く投稿は一週間後に間話、その一週間後に後半開始を予定していますー
(=ↀωↀ=)<あと予想されていた方もおられると思いますが
(=ↀωↀ=)<閣下は十代学生(十歳小学生)でした
( ̄(エ) ̄)<しかし……今回のオチは泣きっ面に蜂どころじゃないな、【魔将軍】
( ̄(エ) ̄)<ところで、《瘴焔姫》の残る二つのデメリットでどんな感じクマ?
(=ↀωↀ=)<【ガルドランダ】の三つの特性に合わせているのでこんな感じ
三倍時間燃焼:召喚時間の三倍の時間、《煉獄火炎》で焼かれ続ける
三倍時間肉体使用権喪失:三倍の時間、レイのアバターを【ガルドランダ】が動かす(感覚はレイも共有)
( ̄(エ) ̄)<前者はまず死ぬだろうが、後者はどんな問題があるクマ?
(=ↀωↀ=)<……食べ始めるんじゃないですかね、人肉(主に自分)
( ̄(エ) ̄)<……オーゥ
状態異常:それほどでもない
燃焼:死ぬやん
肉体使用権喪失:(自分で自分を食べた上に味まで分かるとか)ただ死ぬよりひどいやん
(=ↀωↀ=)(むしろ三つ目も覚悟の上でスキル使ったレイ君は色々常識外だな、今さらだけど)