第二十三話 事実確認
□【煌騎兵】レイ・スターリング
燃える街で、一人の男と相対する。
敵手の名は【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。
音に聞こえたドライフの<超級>の一人。
こと戦闘においては、あのフランクリンを上回るとされる男。
悪魔軍団の長であり、先の戦争で近衛騎士団を壊滅させ、……リリアーナとミリアーヌの父の命を奪った男。
カルチェラタンを襲っているのが無数の悪魔であった時点で、下手人がこの【魔将軍】であるとは推測できていた。
機械と、人形と、悪魔。カルチェラタンを襲う脅威は三つあったが、俺がここにやってきた最大の理由はこいつの存在だった。
<遺跡>は煌玉兵とマリオ先生の人形が交戦して時間が稼げるという予測があった。
あちらにはトムさんがいるという信頼もあった。
けれど、それらの理由がなくとも、俺はここに来ることを選んだだろう。
悪魔を使役する【魔将軍】が……街を焼いていた時点で。
「貴様、レイ・スターリングだったか」
ベルドルベル氏を貫いていた大剣を悪魔に回収させながら、【魔将軍】は俺に話しかけてくる。
「ハハハ、一ヶ月前とは随分と装いが変わっているじゃないか。私に負けるのに相応しい悪役そのものの装いだ」
「…………」
そう言って笑う【魔将軍】の格好は、俺が受験で娯楽を封じる前にプレイしていたゲームの主人公に良く似ていた。
恐らくはオーダーメイドで作ったのだろう鎧も、「恐らくリアルにすればこういう顔かたち」という顔も、よく似ている。
惜しむらくは……あのゲームの主人公はこいつほどゲスな真似はしなかった。
子どもを一人一人悪魔に食わせる、などとのたまうこともなかった。
「……胸糞の悪い」
あの<遺跡>の広間で、俺はゴゥズメイズ山賊団を思い出した。
あれらは機械ゆえのシステムだっただろう。
しかし、今俺の目の前にいるこいつは……心根があの【大死霊】によく似ている。
弱者に暴力を振るう様も、それに抗おうとする者を嘲笑う様も、そっくりだ。
それがひどく、胸を疼かせる。
恐らく……今の俺の心情はあの廃棄砦の地下に極めて近い。
激発寸前だと、自分でも理解できる。
「ククク、“不屈”のレイ・スターリングよ。私はお前に会いたかったぞ」
「会いたかった?」
いきなり、何を言い出す?
「俺はフランクリンが近衛の副団長を罠に嵌めたときから貴様の戦いを見ている。レベル0で【デミドラグワーム】を倒すシーンを、な」
……リリアーナとミリアーヌの事件、俺が最初に関わった出来事か。
あれもドライフの企みだったから、こいつが知っていておかしくはないか。
「ギデオンでフランクリンが策を練って貴様に敗れたことももちろん知っている。あれは痛快だった」
仲間の失敗が楽しくてしょうがない、といった様子の顔で【魔将軍】はそう言った。
あるいは、同じ国の<超級>であっても仲間と思っていないのか。
……まぁ、それは王国のフィガロさんや女化生先輩の関係にも言えるか。
「そして今、お前は俺の目の前にいる。フランクリンの企みを二度破ったお前にも、敗北の時が来たという訳だ。そう、お前を破ることこそが今の私の望みだ!」
「……仲間の仇を討つってことか?」
「違う! 俺がフランクリンより優秀だと示すことが目的だ!」
「…………」
【魔将軍】の言っていることは……理解に苦しむ。
だが、俺を倒すために戦力をここに集中していることは間違いない。
視線を巡らせて周囲を見れば、悪魔達は他の場所への攻撃にも向かわず【魔将軍】の傍に控えている。
ここに悪魔を引き付けておけるのならば、相手の戦力が増えても構わない。
「この私がわざわざ王国にまで出向き、そこに想定外だが貴様がいた。しかも余計な輩はもはや一人もおらず、貴様だけがここにいる現状。実に好都合だ。他の<超級>の邪魔立てもなく、フランクリンを倒した貴様と戦い、打ち倒せるというわけだ」
「……?」
その言に、かすかなデジャヴを覚える。
「一つ言わせてもらう」
「何だ?」
「つい先日、似たようなことを言って壊滅したPKクランがあったぞ」
記憶に新しい、先輩一人によって全滅させられた<ソル・クライシス>。
発言があまりにも既視感の塊だったので言わずにはいられなかった。
半ば、挑発も混ざっているが。
「俺はそこらの雑魚クランとは違う……!」
案の定、この発言は気に入らなかったらしく、俺に向ける敵意が強まった。
それでいい。
「この俺と二〇〇〇の悪魔軍団が、貴様如き下級一人を仕損じるものか!!」
「二〇〇〇? そんなにいないんじゃないか?」
ベルドルベル氏の決死の抵抗のお陰で、ここにいる悪魔軍団は既にその数を五〇〇程度にまで減じている。
他に残っているのは、カルチェラタンの騎士団と今も争っている悪魔くらいのものだろう。
随分と減っている。
「貴、様……!」
俺が指摘するたびに【魔将軍】は眉間に青筋を浮かばせて怒りの顔を作る。
沸点が低い……あるいは、浅い。
フランクリンは得体の知れない怖さと余裕も持っていたのに、こいつにはそれがない。
それを理解したためか、胸に疼く怒りはそのままに……脳髄が冷えていく。
「……ッ! ならば……この俺を虚仮にしたことを後悔させてやる!」
そう言って、【魔将軍】は悪魔達を動かし始める。
数を活かし、俺を囲んで嬲るつもりだろうか。
しかし、その恐怖を煽るようなゆっくりとした部隊展開は考えをまとめるのに好都合で、ありがたくもある。
『煽るのは構わぬがな、レイ。勝算はあるか? 感情に任せてここに立っているように見えるが』
否定はしないが、勝算がないわけでもない。
二つほど、打てる手がある。
『二つ?』
ベルドルベル氏があいつの【ブローチ】を砕いてくれた。だから、今のあいつは致命傷を与えれば終わる。
この悪魔軍団を掻い潜り、それを実現する手はある。
以前にも一度行ったことだ。
『……あれか。たしかに、使える手ではあるがな。それで、もう一つは?』
切り札だ。
……使わざるをえなくなったら、使う。
『切り札? 《応報は星の彼方へ》か? しかし、あれは指揮官寄りのあやつには効果が薄いように思うが』
「……いや、そっちじゃない」
ネメシスの問いに音声で応えながら、俺は両手――【瘴焔手甲 ガルドランダ】を見る。
……こちらは、ある意味であの悪魔軍団に飛び込むよりも博打だ。
使わないに越したことはない。
それでも、切るべきタイミングがあれば切るだろう。
『ふむ、何やら読みづらくなっておるが、切り札はあるようだな。……しかしこうして軍団と相対し、「こちらが死ぬ前に相手の大将の首をとれば勝ち」という勝負なら、シルバーがあった方が良かったかも知れぬな』
「……シルバーは貸しているからな」
俺が音を頼りにここに来る前、アズライトには他の悪魔と応戦しているカルチェラタン騎士団の援護に向かってもらった。
あちらの方が遠いからシルバーも貸し出している。
騎士団の救援が済めば、こちらの援軍に来てくれる手筈だ。
「最上なのは……アズライトが来る前に勝負を決めることだけどな」
一度死ねばそれで終わってしまうティアンだから、という理由ではない。
彼女が師の仇である【魔将軍】を前にしたとき、彼女が無理をするのではないかという懸念からだ。この危惧は、悪魔の群れを目視した時の様子から考えても正しいのだと思う。
彼女が優しく、思いを背負い込むことはこの数日の付き合いで分かっているのだから。
「ハーッハッハ!! これだけの悪魔に囲まれた気分はどうだ?」
と、包囲が終わったのか、【魔将軍】が高笑いしながら尋ねてくる。
「言っておくが、こいつらは全て亜竜クラス以上だ! 火炎放射程度で潰しきれるモノではないぞ!」
だろうな。
最初に浴びせた悪魔共も、ダメージはあるものの戦線に復帰している。
やはり、俺が使う《煉獄火炎》で亜竜クラスを焼こうと思ったらある程度浴びせ続けないと駄目、か。
だが……。
「…………よし」
周囲を見れば、人影はない。
後方の孤児院の中から恐る恐るこちらを見ている子供達の姿は確認できるが、十分に距離があるし、屋内だ。
これなら……使える。
「さあ! 命乞いがあるなら聞いてやるぞ、“不屈”!」
「自覚があるのか知らないが安い悪役みたいな台詞ばかり言ってるな。その顔と鎧が泣くぞ」
「……ッ!!」
「だがまぁ……聞いてくれるというなら聞いてくれ」
俺はそう言って、左手に掴んだ【黒纏套】の端で口元を押さえながら、右手の篭手を掲げる。
「――《地獄瘴気》、噴出」
直後、黒紫の瘴気が篭手から噴出する。
【猛毒】、【酩酊】、そして【衰弱】。
三重の状態異常に罹患させる凶悪極まりない装備スキル。
「なっ!! 防衛する市街地で、毒ガスだと!?」
どこぞの将軍が散々にやってくれたお陰で、周りにはもう誰もいないからな。
そして包囲してくれたので、ほぼ全ての悪魔が効果圏内に入っている。
《地獄瘴気》は周囲の悪魔に対しても効果を発揮し、悪魔軍団は膝をつき、緩慢な動きで苦しんでいる。
【魔将軍】の言葉の通り、たしかにこいつらは亜竜クラスなのだろう。
だが、かつて【大瘴鬼 ガルドランダ】と戦ったとき、亜竜であるマリリンはこの《地獄瘴気》の影響をモロに受けていた。この瘴気は亜竜にも有効ということだ。
唯一の懸念は、悪魔に耐性があるかということだったが、アンデッドである【ゴゥズメイズ】にすら効いたのだ。悪魔でも効く公算は高かった。
そして――ここからも【ゴゥズメイズ】戦と同じだ。
「臥ァッ!!」
俺は苦しみもがく悪魔の一体に近づき――その翼の肉を食い千切り、嚥下する。
直後、悪魔が罹患していた三つの状態異常と、悪魔を食ったためか呪怨系状態異常に罹患する。
だが、
『Form Shift ――【The Flag Halberd】!』
ネメシスが黒旗斧槍に変形し、《逆転は翻る旗の如く》を起動させる。
その瞬間、全ての状態異常が裏返る。
HPに継続ダメージを与える【猛毒】は継続回復になり、
平衡感覚を狂わせる【酩酊】は感覚を研ぎ澄ませ、
そして、全てのステータスを半減させる【衰弱】はステータスの倍化に転じる。
加えて、呪怨系状態異常のデバフも無効化され、一部はバフになる。
これこそは、かつて【怨霊牛馬 ゴゥズメイズ】との戦いで使用した戦法。
状態異常に掛かった敵の肉を喰らって、逆転によるバフを自分に乗せる外法の手。
あのときは二度と使うまいと考えたやり方だが、今このときの使用に一切の躊躇いはない。
「疾ッ!!」
強化を乗せた脚力で石畳を蹴り、苦しむ悪魔の群れを突き抜ける。
行き掛けに数体の悪魔の首を跳ね飛ばしながら、俺は黒紫の瘴気を抜けて、包囲の外にいた【魔将軍】に肉薄する。
「なぁ!?」
「――諷ッ!!」
息を吐くと共に黒旗斧槍の刃を振るうと、【魔将軍】は手にした大剣で防ごうとした。
だが、
「ッ!?」
大剣の表面を滑るように動いた黒旗斧槍が、ゲーム主人公に似たその顔を浅く切り裂いた。
「貴様……!」
今の防ごうとする動きの速さは、バフを重ねた俺よりも勝っている。
それは超級職とのステータス差によるもので、これ以上は詰められないだろう。
だが、倒せないほど差が開いているわけでもないと確信する。
それに、【魔将軍】の動きそのものは……。
「随分と、下劣な手を使うな……レイ・スターリング!!」
ダメージを負った怒りを露わにした【魔将軍】が振るう大剣を回避し、逆に打ち込みながらその発言に答える。
「……むしろ、お前が使わせる余地を残していたんだ」
「なに?」
この敵喰らいの戦法は、今まで意識的に使おうとしなかったが……それ以前に使おうとしても使えなかったことがある。
それは、フランクリンの【RSK】との戦い。
あのとき、奴の対策は完璧に近かった。
状態異常を与えず、俺の三重状態異常を受けず、《マテリアルバリア》で噛み千切れない。
フランクリンは、俺のこの戦法すら把握し、封じた上で戦いを仕掛けてきた。
だが、この【魔将軍】にはそれがない。
俺を倒すことを望んでいたと言うわりに、フランクリンに比べれば情報把握も事前準備も不足している。
「自分が戦えば簡単に勝てるはずだ」という慢心だけが見える。
あの負けることを嫌悪し、勝利に貪欲であり、巫山戯ているようで誰よりも真剣だった<超級>とはあまりにも違う。
「……詰めが甘い」
「あぁ!?」
だからだろう。
次の言葉は、ごく自然に口から出てきた。
カルチェラタンを蹂躙し、かつて近衛騎士団を壊滅させ、あの姉妹を泣かせたであろう男への怒りとさえ無関係な……ただ思ったままの言葉。
それは――
「お前、フランクリンより弱いな」
――ただの事実確認だった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<クリティカル発言ですね
( ̄(エ) ̄)<クリティカル発言クマ