第二十話 地獄の軍団
(=ↀωↀ=)<今回は区切りの都合で短めですー
(=ↀωↀ=)<ご了承くださいー
□【煌騎兵】レイ・スターリング
「煌玉兵が……!?」
一〇〇〇体を超える煌玉兵の出現。
齎された想定外の凶報に、俺達は戦慄した。
「どこから燃料となる生物を確保したのだ……!」
ネメシスの疑問は当然だった。
煌玉兵の『生物を格納して動力源にしなければならない』仕様を考えれば、稼動数は山中に出ていた数が限界だと俺達は考えていた。
仮に機体のストックが何千とあろうと、動かせなければ意味はない。
もしも昨日の推測通りに少数の動力炉搭載機がいたとしても、それ以外は燃料なしに動けるはずがない。
だが……、
『出現した煌玉兵はいずれも、背中に管を繋いでいたそうです……!』
「管? ……ッ!」
その回答で、俺は多数の煌玉兵が動いている理由が分かった。
「電源ケーブルか!!」
正確には魔力ケーブルと言うべきだろうが、同じことだ。
今の連中は生物を積むのではなく……<遺跡>から直接動くためのエネルギーを得ている。
有線式である以上、俺が最初に遭遇した個体のような遠出はできないだろう。
だが、<遺跡>から離れず、内部や入り口で防衛をするならそれで十分。
二千年を経ても活きているあの<遺跡>自体の動力を使い、それこそ一〇〇〇体だろうと煌玉兵を稼動させることが出来るだろう。
「背中のケーブル、いや管を切断すれば……!」
『現場でそれを実行したそうですが、すぐには止まらず……自ら繋ぎ直した、と』
……なるほど、対策は万全。
加えて、短時間ならケーブルから充電(充魔)した分でそのまま動けるってわけだ。
厄介な仕様をしている……!
「……それでトム・キャット達、<遺跡>の突入メンバーの消息は?」
アズライトの問いに、通信機越しのギルド職員の声が重々しく答える。
『……突然大挙して襲ってきた煌玉兵、さらに連動したトラップで半数が倒されたそうです。残った<マスター>の多くはそれ以上進めず、煌玉兵との膠着状態に陥った、と』
<マスター>は強力な戦力だ。
だが、<遺跡>内部という相手の土俵で、一〇〇〇体以上も亜竜相当の敵と戦えば落とされる。
仮に大火力の<マスター>がいても、狭い空間で味方もいる状況では全力を出し切れなかったのかもしれない。
けれど、その状況でも万全に動ける人を、俺達は知っている。
「“多くは”ということは、進めた者も?」
『【猫神】トム・キャット氏が、単身で煌玉兵の大群の中を掻き分けながら最奥へと吶喊した、と』
「トムさん……!」
やはり、トムさんは健在だった。
昨日よりも遥かに敵の数が多い状況で、それでもまだ戦ってくれている。
「了解、私達もこれから防衛に移ります」
『分かりました。また動きがあり次第、ご連絡します』
そうして、ギルドからの通信は切れた。
「……想定外、いえ、想定してしかるべきだったのかもしれないわね。<遺跡>の防衛システムの脅威を」
通信機片手にアズライトは、沈痛な面持ちだ。
「こうなると、工場の停止はトムに任せるしかないということかのぅ」
「……ああ」
「いかにトムさんでも単身では」という考えと、昨日のトムさんの戦いぶりからの「トムさんならば」という思いが綯い交ぜになる。
「……どちらにしても、今は入り口に溢れてきた煌玉兵から、順次撃破していくしかない」
「うむ」
そうして煌玉兵の掃討のために<遺跡>へと向かおうとしたとき――先ほど切れたばかりの通信機に再び着信が入った。
「どうしたの?」
『アズライト様、たった今、<遺跡>から新たな情報が入りました……!』
その声は先ほどと同じか、それ以上に狼狽しているように思えた。
『<遺跡>で煌玉兵と応戦していたグループの後方から、木製の人形が大挙して奇襲を仕掛けてきたそうです……!』
「……なっ!?」
人形。
それは言わずもがな、山中で<マスター>を三十人も撃破したというあの人形だろう。
そして恐らくは……マリオ先生が操っているモノだ。
「このタイミングで、奇襲を……!?」
「……理には適っているわ。今なら、王国側の戦力を煌玉兵とで挟み撃ちに出来るもの。その後で煌玉兵との戦いを制し、内部に突入する算段はあるのでしょうね」
王国側の<遺跡>突入戦力を葬るにはまたとない好機、か。
『アズライト様。伯爵夫人より、カルチェラタン領の騎士団が――――』
通信機越しの声が重ねて何かを言おうとしたとき、その通信が途絶えた。
「……? どうしたの?」
アズライトが問いかけるが、繋がらずにノイズだけが返ってくる。
不安に思い、カルチェラタンの街の様子を見てみるがそちらには異常はない。
どうやら通信が途絶しただけで、ギルドに何かが起きたわけではなさそうだ。
「……通信遮断、か」
既に判明している長距離通信遮断も、マリオ先生がやっていたことだ。
それを長距離だけでなく短距離通信も含めた遮断に切り替えたのだろう。
短距離通信がこれまで使えたのは、長距離通信が使えないことの露見を遅くするためだと思っていたが、あるいは自分でも使っていたのかもしれない。
その必要がなくなったから、短距離通信も潰したのか。
「兎に角、<遺跡>に向かおう。ドライフが戦力を<遺跡>に向けてきた以上、俺達も……アズライト?」
俺はシルバーを出して<遺跡>に向かおうとした。
だが、アズライトはカルチェラタンを凝視して微動だにしない。
いや、正確に言えば――カルチェラタンの更に向こうを見ている。
「…………ねぇ、レイ」
アズライトは、震える声で問いかけてくる。
それは恐怖ゆえの震えではなく……何か怒りを堪えているように見えた。
「アナタには……アレが何に見える?」
アズライトはカルチェラタンの街……その先にある山の、上空を指した。
その曇天の下には……。
◇◇◇
□カルチェラタン・宿屋
「ふぅ。小屋はこれでよし、と」
夜明け前、レイ達が宿泊した宿の従業員であるレフティは、早朝から宿で飼っている鶏に似たモンスターの小屋掃除と餌やりを済ませていた。
毎日行っている業務の一つであり、レフティも一日の始まりとして認識している仕事だ。
「次は浴場を開く前に清掃をしないと」
レフティは宿の主人に戦場で助けられた。
それ以来、仮の名前も与えられ、この宿に住み込みで働かせてもらっている。
戦場で記憶と右腕を失った身ではあるが、それでもできる仕事を任されている。
日々の仕事は記憶と右腕を失う前の自分はしたことがない労働だろうと、レフティはうっすらと思っていた。
しかし、それでも満足だった。
彼はこの宿屋で一生懸命に働くことに充足感を覚えていた。
何よりこの宿の人々……そしてシャーリーのことが好きだった。
いつかはシャーリーと一緒にこの宿を切り盛りできたら嬉しいと思っていたが、右腕も顔もない自分には不釣合いだとも思っていた。
なお、シャーリーの方も内心では彼が好きであることや、彼女の両親や他の従業員も二人の恋心を微笑ましく見守っていることなど、彼は知る由もない。
このまま何事もなく日々を過ごせば、彼自身の腕と顔への負い目なども自然に薄れていき、若い二人が恋仲になるのも時間の問題だろう。
このまま、何事もなく、日々を――過ごせれば。
「うーん、今日は…………え?」
レフティが日の昇りはじめた空を見て、「今日は生憎の曇り空ですね」と思ったとき、
「……あ、れ?」
――ソレが見えた。
曇り空の下……カルチェラタンを挟んで宿のある山と向かいにある山から飛び立つ、無数の影。
ソレは暗灰色の体をしていた。
ソレは人に似た五体に、翼を生やしていた。
ソレはひどく醜悪な顔をしていた。
ソレは二〇〇〇もの大数で群れていた。
「あ、あ……」
ソレを見て、レフティの脳裏に……どこかで見た光景が蘇る。
それはきっと、彼が記憶を失う前の光景。
――白い鎧に身を包んだ近衛騎士団と肩を並べた光景。
――尊敬する【天騎士】に声をかけられて喜んだ光景。
――戦争が始まった直後の両軍がぶつかり始めた光景。
――最前線にいた兵士が数え切れないほどのモンスターによって殺される光景。
――空から三〇〇〇を越すソレが自分達のいる方に飛んできた光景。
――白い鎧の騎士達がソレに群がられて殺されていく光景。
――ソレが彼の右腕と顔の皮を食い千切る光景。
「あ、あああああああああああ!?」
ソレは記憶を失う前のレフティ――アルザール・ブリティスJrがかつて戦場で見たモノ。
ソレは……悪魔だった。
◇
かくして、三軍は出揃う。
三〇〇〇の機械。
一〇〇〇の人形。
そして、二〇〇〇の悪魔。
レイが訪れて三日目の朝、カルチェラタンは三軍の脅威に晒された。
To be continued
(=ↀωↀ=)<レフティ君の正体についてはマリーの外伝を参照くださいー