第十九話 歪んだ希望は溢れ出す
(=ↀωↀ=)<二、三週間というお話でしたがー
(=ↀωↀ=)<三日目が思ったより長いので分割して前半を連続投稿しますー
□■カルチェラタン・山中
<遺跡>のある山では、夜を徹して十数組のパーティが動いていた。
彼らはいずれもクエストを受注した<マスター>であり、今もカルチェラタンの山中を徘徊する煌玉兵の撃破と回収に勤しんでいた。
「これで七体か。いい稼ぎになるな」
「逆に言えば、僕達のパーティだけで七体だ。この山にどれだけいるか……ゾクッとするぞ」
上記の会話を交わすパーティもその一つ。
【剛槍士】、【剛弓手】、【司教】と、バランスの取れた三人組だ。
彼らのように精力的に動くパーティによって、山中の煌玉兵はその数を減らし始めていた。
「そういや明朝から<遺跡>停止のクエストも始まるんだよな。そっちへの参加はどうする?」
「無論参加だ。こんな機械が<遺跡>から溢れてみろ、カルチェラタンが無くなるぞ」
「そうですね。強さは亜竜と同程度ですけど、ティアンには脅威ですし……」
そんなことを話しながら、彼らは次なる煌玉兵を探して山中を歩く。
しかし、そんな彼らの前に奇妙な光景が広がった。
「おい、これ……何だ?」
「木が、なくなっている?」
その空間は、ポッカリと木々がなくなっていた。
まるで地面ごと木の根を掘り起こしたような状態の土だけがそこにある。
「あの機械が木を掘り返しでもしたのか? それとも他のモンスターが?」
「分からん。だが、こんな状況だ。警戒の必要があるな」
【剛槍士】と【剛弓手】は、【司教】を中心にした対面に立ち、お互いの視界で全方位をカバーしながら注意を払う。
【司教】もまた、二人に必要な支援スキルをすぐに飛ばせるように準備している。
それはパーティとしてよく出来た連携で。
「支援職を含むパーティならこの局面ではそうするであろう」というお手本で――どうしようもなく狙い目だった。
『フェイズ1』
瞬間、掘り起こされて柔らかくなった土から飛び出したモノが、中心にいた【司教】に組み付いた。
「……え?」
飛びだしたモノ、木を捩じって作ったような――正に木を捻じって作られた人形は、樹木一本に相当する己の自重で【司教】を倒れこませ、右手に握ったナイフで【司教】の喉を割いた。
「――――!」
声を潰してスキルの宣言を封じた後、脳天、脊椎、心臓に刃を突き立てて完全に絶命させた。
徹底的な生命機能の損壊で蘇生猶予時間は瞬く間に過ぎ、【司教】は光の塵になる。
人形による、あまりの早業。
「な!?」
「テメエッ!!」
飛び降りてきた人形に反応した【剛槍士】と【剛弓手】はすぐに人形を破壊したが、そのときには【司教】はデスペナルティになっていた。
倒された数は共に一。
しかし、得体の知れぬ人形一体と、パーティの生命線である【司教】。損失の差は大きい。
「何なんだよ、この人形は……!?」
「こいつも、消えないな。まさかこれもあの機械と同じで<遺跡>の?」
倒しても消えないモンスター。
その異常に、自分達がこの山で狩っていたものと同一視しかけた【剛弓手】だったが、その考察は間違っていた。
しかして、その考察が間違っていると気づく猶予も彼らにはない。
『フェイズ2』
彼らが倒された人形に意識を集中している間に、彼らの北と東の地面が盛り上がる。
木の葉と泥土で偽装されたカバーを払いのけ――二十体の人形が姿を現した。
それはいずれも、【銃士】や【ドライフ】の機械兵器が使うような【アサルトライフル】を所持していた。
そして、状況を把握しようとしていた彼らの間隙を突き、フルオートの十字砲火で彼らを蜂の巣にした。
【剛槍士】と【剛弓手】は、抵抗も出来ぬまま光の塵になる。
そうして、後にはデスペナルティになった<マスター>のドロップと、銃器を油断なく構える二十体の人形だけが残った。
『クリア』
そんな人形の内に、同じ意思の言葉が生じる。
『これで、十八人か』
その声はこの場にいる二十体だけでなく……山中にいる一〇〇〇弱の人形全ての内に生じていた。
『まだ二時間だが、久しぶりの千体同時操作は、少し堪えるな』
そんな声を内に流しながら、その場の<マスター>を殲滅した人形は、各々が最適な歩き方と視界の取り方を実践しながら、山中の移動を行う。
それはこの二十体だけでなく、山中全ての人形が行っていること。
たった一人の人間が千体の人形を同時に、マニュアルで操作している結果である。
千体の視覚情報を受信し、千体の状況を把握し、千体各々を操作して、千体で連携させる。
さらに、持ち込んだドライフ製の【振動ナイフ】や【アサルトライフル】を人形に持たせ、自分が使うときと寸分違わず同じ扱いをさせる。
結果として、一個人の意思で完全に統率された一人と千体の軍が出来上がる。
無論、人間業ではない。
オートならばともかく、マニュアルで行うのは人の範疇ではない。
しかし、彼にはそれができる。
現皇国元帥、ギフテッド・バルバロス。
無人兵器指揮特化型超級職【無将軍】。
そして、三十年にも渡り神話級特典武具、【無命軍眸 エデルバルサ】を使い続けてきた最強の特務兵。
彼にとって、人形の操作は二本の足で歩くよりも早くに始めたことなのだから。
彼こそが皇国の最強の軍人。
否、一人の軍隊である。
『王国側の戦力、もう少し削いでおくか』
夜間の奇襲戦闘は、人生の大半を特務兵として過ごした彼の得意分野である。
明朝の【アクラ・ヴァスター】収奪を達成するため、王国の戦力を削ぐマンハントを続行した。
◇◇◇
□【煌騎兵】レイ・スターリング
明けて翌日、昨日とは打って変わって気の滅入るような曇天だった。
「……何とも重たい空模様だのぅ」
「そうだな」
結局、昨日は一睡もできず、宿の外で起きたまま朝を迎えた。
それというのも、ドライフ側の介入が確実視されるようになったからだ。
ギルドが王都にも応援の人員を送ってもらおうと、長距離通信魔法を使用したところ……遮断されていたらしい。
「まったくもって面倒な話だのぅ」
「ああ。あの人も、やってくれるよ……」
恐らくは、マリオ先生の仕業だ。
昨日、俺達が<遺跡>の探索に行っている間も、あの人はずっと地上にいた。
その間に、通信を遮断する仕掛けをカルチェラタンのあちこちに配備しておき、俺達の情報を受けてギルド周りが慌しくなったのを察して通信遮断装置を起動させたのだろう。
不幸中の幸いは、長距離通信は通じないがこのカルチェラタン内での短距離通信ならば通じることだ。あるいは、それが通じるから気づくのが遅れたとも言えるが。
現在、どれだけの通信遮断装置が動いているか不明で、それを潰すのは現実的ではない。
現在、上級でAGI型の<マスター>がギルドからクエストを受けて王都への伝令に走っているが、間に合うかは分からない。
そもそも、途中で伝令が仕留められる可能性もある。
それができるくらいの実力を、多分マリオ先生は持っている。
思い出すのは、マリオ先生がアズライトの剣閃を避けた時のあの動き。
あれはAGIの高さによる回避ではなく、身ごなしの一種だったように思う。それも桁外れにレベルが高い。
特務兵、ドライフでも最強の兵種とアズライトは言っていたが……。
「レイ。御主の勘だと、マリオの実力はどの程度だ?」
「……最低でも、決闘の上位ランカークラス」
より正確に言えば、チェルシーやビシュマルさんでは勝つ姿が思い浮かばないくらい、といったところだ。
詳細に情報を収集した結果でなく、直感に近い。
ただ、あの瞬間にマリオ先生から発せられた威圧感が、兄やフィガロさん……<超級>に近いものだったのは間違いない。
ティアンのはずなのに、だ。
「しかし、警戒していたけど……夜のうちには来なかったな」
通信を遮断しているということは、ドライフは情報が王都に伝わって援軍が来る前に勝負を決めるつもりだろうから。
しかし、夜のうちに来なくとも、ドライフの襲撃はあと数時間以内には起きるだろう。
こちらはドライフから<遺跡>とカルチェラタンの街を守りながら、煌玉兵の工場停止ともう一つあるらしい兵器の確保、あるいは破壊を達成しなければならない。
……厳しい話だ。
兄やフィガロさん、ギデオンにいる仲間がいてくれれば心強いのだが、生憎と昨夜から兄の携帯に電話が繋がらないため、仲間への伝言も頼めなかった。
連絡が取れて仲間が向かってくれたとしても、王国南方のギデオンから北方のカルチェラタンまで今日中に到着できるかは難しいところだ。
また、先輩も件の家の都合か携帯を切っているらしく、先輩経由で女化生先輩らと連絡を取ることもできそうになかった。
<マスター>の中には掲示板にカルチェラタンの状況を書き込み、「救援求む!」とスレッドを立てた人もいるらしいが、そちらも援軍が来るかは未知数だ。
現状ではこちらの戦力が増える可能性は……低い。
「難しい顔をしているわね」
「アズライト……」
いつの間にか、俺の隣には彼女が立っていた。
「ひとまず差し入れを持ってきたのだけれど」
そう言ってアズライトは温かいお茶とサンドウィッチを俺に手渡した。
「ありがとう。これは宿の人達が?」
「ええ。<遺跡>対策に当たっている人達に差し入れを、ってね」
ありがたい話だ。
っと、俺に差し入れを手渡した時のアズライトが、何か言いたげな様子であると気づく。
「何か状況に変化があったのか?」
「鋭いわね。……良い知らせと悪い知らせがあるわ」
一瞬、「洋画等でよく聞く台詞だ」と思ったが、振り返れば今の状況は大分そちら寄りだった。
「良い知らせから聞かせてくれ」
「<遺跡>の奥に繋がると思われる道が発見されたわ。山中の、昨日入ったものとは別の穴から、頻繁に煌玉兵が出現したそうよ。その奥に工場があるのでしょうね」
件の煌玉兵の工場への道が見つかるかどうかで、明朝に停止のための突入が出来るかが決まるという話だったのでこれは朗報だ。
「ついさっきトム・キャットを始めとした数十名の<マスター>が攻略に向かったわ」
「なら、そっちは大丈夫か」
トムさんならば、昨日のように<遺跡>の防衛システムを突破し、最奥にまで辿り着けるだろう。
「……で、悪い話は?」
「山中で煌玉兵の掃討に当たっていた<マスター>が、三十人近く倒されたわ」
「ドライフか?」
「ええ。<マスター>と行動を共にしていたティアンによれば、ナイフや銃器で武装した人形に襲われた、という話よ」
ナイフや銃器で武装した人形、か。
そういえば、昨晩のベルドルベル氏の話では、ドライフには人形の特典武具を使うティアンがいるという話だった。
それが特務兵……マリオ先生のことだったのかもしれない。
他にも引っかかっていることはあるが……今はまだそれが頭の中で形にならなかった。
「それで、<遺跡>に潜らなかった人はどれくらいいるんだ?」
「カルチェラタン領の騎士団が二百人、<マスター>は上級と下級を合わせても五十人には届かないわ。あとは、<遺跡>探索のために来たティアンが四、五十人ほどね」
「合わせて三百人足らず、か」
かなりの人数と言えるが、相手には少なくとも一夜のうちに<マスター>三十人を倒したマリオ先生がいる。
加えて、もしもフランクリンのような戦力が出てきた場合……非常に危険と言えるだろう。
その脅威に対抗できる切り札は……ある。
「…………」
俺は両手を、……【瘴焔手甲 ガルドランダ】を見る。
同時に、【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】にも視線を移す。
既に<遺跡>が危険であるという情報が広がっているのか、カルチェラタンの街から少しずつ負の想念が放出され……それが【紫怨走甲】に吸収されている。
このままドライフによる襲撃があれば、それは更に増えるだろう。
切り札を使える状況に、なりかねなかった。
『このスキルには三つの制約がある、よ?』
『そのうち一つはもうクリアしているけれど、あと二つ。特に使用後が問題、かな?』
二日前、【気絶】中に【ガルドランダ】と話したときの、あいつの言葉が思い出される。
特に、使用後の三種のデメリットについて。
デメリットの確率は三等分。
下手をすればデスペナルティ……あるいはそれより悪い。
そこに、不安要素がないといえば嘘になる。
それでも、それでしか切り開けない状況があったとすれば……。
「レイ?」
「どうした? 何やら思いつめた顔をしておるが……」
思考に没頭しかけた俺を、アズライトとネメシスが引き戻す。
……ん?
「ネメシス。お前、俺が何を考えていたか分からなかったのか?」
「うむ。なぜか読めなかった。……卑猥なことでも考えておったのか?」
「それはない」
これは、【ガルドランダ】があれに関しての情報を読ませないようにしているのか?
……まぁ、今は【気絶】していないからあいつと話せないし、確かめようもないが。
「それで、アズライト。防衛に回せるのが合わせて三百人弱ってことは分かったけど、どこにどういう配置で防衛を?」
「ええ。今は……」
それから、アズライトが防衛体制についての説明をしてくれた。
けれど、その途中……、
『……ザ、……ザザ……』
アズライトの所持している通信用のマジックアイテムが、ノイズを発した。
元々冒険者ギルドの通信機だから、ギルドからの通信だろう。
「私よ。何かあったの……」
『……アズライト様! <遺跡>から連絡が!』
それはひどく慌てた声だったが、昨日に聞き覚えのあるギルドの職員の声だ。
その声は通信越しに、
『<遺跡>内部から、これまでにない数の煌玉兵が溢れ出したそうです……! その数、一〇〇〇体以上……!』
――予想外の凶報を伝えた。
◆◆◆
■三〇分前・???
【【風信子之統率者】より通達】
【近隣エリアに高エネルギー反応あり】
【脅威度判定――A++を検知】
【“化身”に類似した反応を検知】
【準■■■■■■■――スペリオルクラスと断定】
【当施設への侵攻の意図あり】
【絶対防衛態勢を発令】
【煌玉兵【風信子之砲火】全ストック――二○六五体を防衛戦装備で起動】
【煌玉兵【風信子之閃光】全ストック――八九八体を防衛戦装備で起動】
【対“化身”用決戦兵器三号【アクラ・ヴァスター】――完成度三七%】
【船体限定ならば七五%の完成度】
【主兵装、ならびに副兵装未実装】
【解析兵器の内、一種は完成・搭載済み】
【審議――戦線投入を決定】
【一号・二号格納基地に応援を打診――通信不通】
【該当脅威に対し、当施設単独での防衛戦を決行する】
【該当脅威の排除完了まで周辺地域への被害――問わず】
【人類の興亡、この一戦にあり】
【――“異大陸船”の脅威を一掃せよ】
To be continued