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第十八話 自由

 □【煌騎兵】レイ・スターリング


 あの<遺跡>には煌玉兵以外にも兵器が眠っている。

 煌玉兵が不要な皇国であっても、他に求めるものがあるならば動くだろう。

 伯爵夫人やギルドに対しては、すぐに通信魔法でドライフが介入してくる可能性があることを連絡した。先ほどギルドに赴いた時、ギルドの通信魔法用マジックアイテムの子機をアズライトが預かっていたことが功を奏した。


「だけどドライフの件で、一つだけ助かることがあるわ。ドライフが攻めてくるなら、それは第二の兵器が存在することがほぼ確実になる。……より巨大な危険を見逃してしまう可能性が低くなるもの」


 そういう見方もある、か。


「しかし、話が輪をかけて大きくなってきたな……」


 工場で生産され続けているだろう煌玉兵。

 <遺跡>のどこかに眠っているかもしれない第二の兵器。

 そして、その兵器を狙って動き出すドライフ皇国。

 これまでで最大の難事だったフランクリンの事件を上回るかもしれない厄介事だ。

 それでも……困難が来るなら立ち向かうしかない、か。


「マリオ先生は明日に<遺跡>を停止させることも知っていた。ドライフが仕掛けてくるならどのタイミングだと思う?」


 <遺跡>を停止させる前の稼働中の状態で収奪に来るか。

 あるいは、<遺跡>を停止させた後に来るか。

 戦争のときまでやってこないか。

 考えられるケースはいくつかある。


「現状、ドライフの領地で軍が動いている様子は見られないそうよ。だから<遺跡>の停止前後で仕掛けてくるなら……少数精鋭での電撃戦でしょうね」

「少数精鋭……」

「あのマリオと名乗った人物を始めとした特務兵、そして戦闘に秀でた<マスター>ね」


 ギデオンでフランクリンとユーゴーがやったことと同じ……ではない。

 あれはギデオンの<マスター>とキューコの能力相性や、<超級激突>というイベントを利用して王国の戦力を封じ込めた作戦だ。

 今回はそういった仕組みはないはずだから……純粋に戦闘力で攻め寄せてくるだろう。


「ただ、数は多くないはずよ。この<遺跡>が見つかってからまだ三日程度。あのギデオンの事件のように、周到な準備をする時間はなかったはずだもの」

「<マスター>にしても、そこまで急に都合をつけられる奴もあまりいないってことか……」


 しかし、それはこちらも同じだ。

 このカルチェラタンには<遺跡>探索のためにやって来た少数の<マスター>か、元々このカルチェラタンを拠点にしていた<マスター>しかいない。

 仮に、相手があのギデオンの時のように<超級>を戦力として持ち出してくれば、戦力として対抗しうるのは前決闘王者であるトムさんくらいのものだ。

 あるいは……。


「いずれにしろ、警戒は必要ね」

「ああ。王国側の<マスター>はどのくらいいるんだ?」

「……<遺跡>停止のために依頼した<マスター>は、いるけれど……」


 アズライトは、そこで言葉を濁した。

 ただ、彼女が何を言いたいか……いや、言いたくないかは分かる。

 昨日聞いた通り、彼女は<マスター>を戦争に用いたくない。

 <遺跡>の探索や停止までは許容できても、ドライフとの直接の戦闘……“戦争”には使いたくないと思っている。

 だから、戦争の前哨戦とも言えるこれから戦いにも、<マスター>を出したくないのだろう。


「……防衛には、私を中心としたティアンで当たるわ。だからアナタも含めて<マスター>は<遺跡>の停止を……」


 目の前の状況と、自分の考えに苦悩しながら、彼女はそう言ったのだろう。

 けれど、それに対する俺の答えは違う。


「いや、俺は地上に残ってドライフの<マスター>と戦う」

「レイッ!」


 俺の言葉を咎めるように、アズライトは強く俺の名を呼んだ。

 それでも、俺は言葉を重ねる。


「昨日さ。いざという時になれば、<マスター>から王国に協力を申し出るって言ったよな?」

「……ええ」

「俺もそうだ、とも言った。だから明日も、襲撃してくるドライフの<マスター>と戦う」


 昨日の夜に告げた通りの理由で、俺は明日の戦いを選ぶ。


「だからそれは私の役割で、調査はともかく戦争までアナタ達<マスター>に……!」

「聞かせてくれよ」

「……え?」


 アズライトが拒む理由を知らない今は、俺自身が戦うべきだと思っている。

 だから、戦いの前に聞かなければならない。

 アズライトの理由を。


「どうしてお前が、そこまで<マスター>の参戦を拒むのか。その理由を……お前の気持ちを聞かせてくれ」

「私の、気持ち?」

「どうして、<マスター>を戦争に出したくないんだ?」


 それを聞かなければ、俺も彼女の思いを受けた選択はできない。

 そんな意を込めた俺の問いに、アズライトは口を閉ざした。

 話すことがないのではなく……何かを考え、懊悩しての沈黙であるのはわかった。

 けれど、


「…………分かった、わ」


 そうして、アズライトはゆっくりと話し出す。


「理由は、二つ、あるわ。一つは、<マスター>への不信よ」


 それは俺も知っていることだ。

 王国の一部のティアンは、先の戦争もあって<マスター>を信頼していない。

 師匠であるラングレイ氏や、先生と呼んでいた【大賢者】。

 彼ら以外にも誰かを亡くしたのかもしれない彼女が、<マスター>に不信を抱くのは仕方のないことだ。

 

「でも、アナタの協力を拒む理由は……違うわ。レイを信じていないわけじゃ、ないもの」


 それは彼女に信じてもらえているということ。

 しかし同時に、信じられた上でも拒絶されているということだ。


「拒む理由は……亡くなった父の言葉よ」

「アズライトの、お父さんの?」

「そう、父は……王国の政の中心にいて、四、五年前から<マスター>が増加したことに関して、多くを考えていたの」


 四、五年前……<Infinite Dendrogram>のサービス開始か。

 兄を始めとした第一陣がログインし、様々な事件を起こし、あるいは解決し始めた時だ。


「父は不死で、強い力を持つ<マスター>がこのまま増えていって、力を増し続ければどうなるかをずっと考えていた」

「それは危険視ということか?」

「違うわ。むしろ逆……父は<マスター>を人間ではなく、人間をより良き未来に導いて世界を変革するもの。それこそ……王国の伝承に出てくる神の使いか何かのように考えていたの」

「……神の使い、ね」


 そんな風に<マスター>を例えるのは、初めて聞いたな。

 ……例の“異大陸船”、神様と眷属の話とはまた違うのだろうが。


「だから、父は<マスター>を戦争のために雇うことをよしとしなかった。<マスター>を大金で雇って戦争に用いることが当たり前になって、<マスター>は戦力であるという考えが蔓延すれば、世界に未来はないと考えていたから」

「…………」


 それは、<マスター>という存在を高く持ち上げた考え方だ。

 けれど、大多数の<マスター>にとって、その考えはそぐわないものだと思う。

 なぜなら、俺を含めた全ての<マスター>にとって始まりは遊戯なのだから。

 俺のように、あるいは俺の知る人達のように、こちらに触れる内にこの世界の生命を大切に思う人はいるとしても……。

 最初から「この<Infinite Dendrogram>の世界を良い方向に導く」などと考えた人は、一人もいなかったはずだ。

 それこそ、宗教家であるあの女化生先輩だってそうだろう。

 アズライトの父である人物が政治の中心にいたのなら、ある意味ではその認識の齟齬こそが現状の理由の一つ。


 <マスター>は決して、神の使いではないのだから。


「アズライトは、そうは思っていないんだろ」

「……ええ。けれど、私は父の言葉を守り続ける。それが父との、最後の……」


 そこで、アズライトは無言になった。

 アズライトの父が亡くなったのは、前回の戦争でのことなのだろう。

 まだ一年も経っていない。

 だから、そのときの記憶が胸に刺さり、アズライトはそれ以上に何も言えなくなったのだと、感じた。


「…………」


 死者の思いに囚われている、と口にするのは容易い。

 しかし、彼女がその思い出こそを大切にしているのなら、それは決して言うべきではない。

 だから、俺は……彼女の思いに口を挟まない。

 ただ……。


「……俺がこっちに来る前、ある奴がこう言ったんだ」

「え?」


 俺の……<マスター(・・・・)>の話をすることにした。


「『英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい』」


 それは管理AIのチェシャから聞いた言葉。

 俺が<Infinite Dendrogram>で何をすればいいかと尋ねた時に、返された言葉だ。


「その言葉は……?」

「俺が、<マスター>としてこの世界に立つ直前に聞いた言葉さ。多分、ほとんどの<マスター>はこれに似た言葉を聞いているだろうな」


 フィガロさんも、管理AIから「貴方様の自由なる日々に祝福あれ」という言葉で見送られたらしい。

 きっと管理AIにとって、……この<Infinite Dendrogram>の運営にとって重要なのはそこなんだ。

 即ち……「自由」。


「<マスター>は自由で、何をするかも<マスター>自身が選ぶことだ。<マスター>という“括り”で世界を変えたり滅ぼしたりするわけじゃない」

「…………」

「全ての<マスター>は自分の意思で、自分がどうあるかを、自由に選ぶ」


 <マスター>は自由だ。

 何を選ぶことも出来る。

 他者の事情を押し退ける我侭であろうと、自由に。

 その選択に付随する責任があるとしても、選ぶことは自由だ。

 多くの<マスター>は選んできた。

 俺だって、これまでの時間で選択を繰り返した。

 だから今もまた……俺は選ぶ。


「俺という<マスター>が今選ぶのは――アズライトとこのカルチェラタンを守ることだ」


 それが今の俺の選択だ。

 これはアズライトや、彼女の父の意思には反するかもしれない。

 けれど、この選択は押し通す。


「……!」

「これは<マスター>の総意なんかじゃないし、アズライトのお父さんの思想とも関係がない。……ただ、俺の自由と我儘だ」


 自分の選択で、拒まれてもアズライトを守る。

 それが……<マスター>の「自由」というものだろう。


「……どうして、私をそこまで気にかけてくれるの」

「実は、……俺にもよく分からない」


 昨日出会ったばかりのアズライト。

 だというのに、俺はどうして彼女をこんなにも気にかけているのか。


「…………裸を見たから?」

「それは違う!! 俺がお前を守りたいと思うのは……」


 その問いだけは断固として否定して、理由を頭の中で考える。

 そうして、数秒を挟んで、答えらしきものは見つかった。


「……放っておけなかったから、か」

「放って、おけない?」

「お前、俺が今まで見た人の中で、一番気持ちが張り詰めてるんだよ。普通に話しているようでも、どこかでずっと気を張り続けている……」


 それを一番強く感じたのは壁画の広間での出来事と、今だ。

 こいつは自分自身に責務を課し続けて、折れそうな、張り裂けそうな状態で必死に走り続けている。

 だから、支えてやりたくなるし、守りたくなる。

 このままこいつが擦り切れてしまうのを見るのは……きっと、ひどく後味が悪いから。


「俺の心が、お前を支えて守りたいと思ったからだ。それ以上に、理由なんてないさ」

「…………そう」

「兎に角、明日は俺も防衛担当だ。アズライトに今の考えやお父さんの遺志を捨てろとは言わない。それでも、俺の我儘で明日はお前の傍にいる」

「……あなたの理屈。器用なのか、不器用なのか、分からないわね……わからないわ」


 そう言うアズライトは……泣いていた。

 ただ、彼女の口元は笑っているようだった。


「でも…………ありがとう」


 アズライトは――泣きながら笑っていた。













 ◇◆◇



 数分後、二人はその場を去り、明日の対応のために動き出した。

 これから明朝の<遺跡>の工場停止、そしてドライフへの対策などしなければならないことが多かったからだ。

 だが、


「…………」


 二人が立ち去ったその場に、ある人物が姿を見せた。


「自由、か」


 それは――【猫神】トム・キャット。

 彼もまたアズライトと同様に気配を消し、この場で行われた会話を聞いていた。

 マリオとの会話を、そしてレイとアズライトの会話の全てを聞いた彼は、


「言葉は、ちゃんと届いているみたいだ」


 なぜか……穏やかな笑みを浮かべた。


「あの言葉を受け止めてくれたのは【犯罪王】と【冥王】に続いて、三人目、かな。……やっぱりレイ君は……うん、いい子だよ」


 そんな余人には意味を知りえないことを呟いて……彼もまたその場から立ち去った。



 To be continued

(=ↀωↀ=)<二日目終了


(=ↀωↀ=)<三日目は二、三週間後が開始の目安です


( ̄(エ) ̄)<……予定より一週間くらい長くなってるクマ?


(=ↀωↀ=)<なんかね、書いているうちに三日目が作者の想定より増えてるの


(=ↀωↀ=)<ボリュームが二日目の倍くらいあるし


( ̄(エ) ̄)<(ペラペラ)……現在の予定だとネームド同士のバトルが五、六回あるな


(=ↀωↀ=)<うん


(=ↀωↀ=)<場合によっては三日目もキリのいいところで分割して早めに出すかもー

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公へのヨイショが凄いな笑主人公だから当たり前か
[一言] みたらし一一、と。やっぱり猫神はチェシャだったか。となると超級職はプレイヤー以外に管理AIで埋められてる可能性があるわけか。といっても、恐らくプレイヤーがなれない職限定なんだろうな。だって、…
[一言] みたらし男子!!
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