第十七話 特務兵
追記
(=ↀωↀ=)<初期案のままでスキル名にミスがあったので修正ー
《マリオネット・スコードロン・クリエイション》→《マリオネット・プラトーン・クリエイション》
□【煌騎兵】レイ・スターリング
「――なぜそれを?」
俺の問いを受けて、マリオ先生はそう問い返した。
「何のことか」と誤魔化しはせず、口を封じようとするのでもない。
ただ、理由だけを求めている。
マリオ先生の青い目は、俺を見定めようとしていた。
「昨日の話の時点で予想はついていました」
「昨日?」
「ドライフで見つかった【翡翠】の煌玉馬の話を知っていたじゃないですか。俺の知り合いにデータに詳しい人がいるんですけど、その人も昨日時点では知りませんでした。だから普段は【翡翠】が見つかったドライフで活動してる人なのかな、って」
「他にもあるデショウ?」
「はい。今って、先々期文明の研究をしている国ってドライフとグランバロアの二つだけですよね。だから、研究機関の“デスクワーク”が必要になるマリオ先生は、大々的に研究しているそのどちらかの国の人である可能性が高いです」
これが理由の一つ目と二つ目。
そして、三つ目。
「それに、王国貴族の血が流れているって言ったでしょう? 王国と皇国は今でこそ戦争状態だけど、前は仲の良い同盟国だったそうですから。なら、ドライフの人になら、王国貴族の血が流れていても不思議じゃないかな、って」
あと、これは言わないけど、マリオ先生に対するアズライトの態度もある。
王国上層部の誰かの密偵である彼女が、学者であるマリオ先生を警戒していた。
アズライトはドライフが動いていることを知っていて、ドライフ側の人間が<遺跡>に来ることを警戒していたからこそあの反応だったのかもしれない。
「甲評価デス。あなたの推理は正しい」
高評価? いや、甲評価か?
大昔の成績評価みたいだ。
「おっしゃる通り、私はドライフの人間デス。この<遺跡>の調査にやってきマシタ。この<遺跡>に内包されたものによっては、皇国にも重大な影響があるからデス」
「……それで、どうするんですか?」
「皇国は、この<遺跡>で見つかった煌玉兵の確保は不要と判断するデショウ」
俺の問いにマリオ先生はあっさりとそう答えた。
「なぜ?」
「もう近いものがあるからデス。あなたもご存知のフランクリン、彼ら<叡智の三角>が作り出した【マーシャルⅡ】がね」
「あ」
「煌玉兵の利点は自動操縦システムデスが、現状の様子を見ればそれは敵を増やすだけデス。自動操縦システムの掌握と改変までには、多大な時間がかかるデショウ。先々期文明のプログラムは、今のそれとは別物デスからね。それが成らなければ数も用意できマセンし、ならば【マーシャルⅡ】で全て事足りマス」
つまり、皇国にとって単純な兵器として見た場合の煌玉兵は既に近いものを持っており、ここで無理に入手する必要もないということか。
「逆に王国が手に入れることについては? 自動操縦システムが人間を襲う問題も修復したとして、ですけど」
「何のノウハウもない王国が、その問題を克服するまでに何年かかると?」
「……なるほど」
つまり、皇国側は王国がそれを成す前に戦争の決着がつき、王国を併呑できると考えている。
まだ解析が終了していないであろう自動操縦システムについても、併呑してからゆっくり解析すればいい、ということか。
「皇国にとって重要なのは、ここに皇国でも手に入れていない未知の超技術があるか。あるいは即使用可能な兵器が安置され、それが王国の手で戦争に使われないか、デス。どちらもなければ手を出す意味はありマセンから。ご理解いただけマシタか? お嬢サン」
俺ではなく、明後日の方向を見ながらそう言うマリオ先生に対し、
「……《真偽判定》でも、嘘は言っていないようね」
その方向から姿を現したアズライトが、そう言った。
「アズライト……」
いつごろ伯爵邸から戻ってきていたのだろうか。
アズライトが声を発するまで気づかなかった。
「既に《真偽判定》がなされているなら話は早いですね、お嬢サン。いえ、王国の密偵サンと言えばよろしいのでしょうか。……あるいは王国の」
「そう言うアナタは」
アズライトはそこで言葉を切り、
「――学者じゃないわね」
瞬間、目にも止まらぬ速さで肉薄したアズライトが青い剣を振り抜いた。
「ッ!」
俺はマリオ先生が真っ二つになる光景を幻視したが、実際には間合いの数歩後ろに逃れて無傷だった。
その刃を回避した瞬間のマリオ先生が、その青い目で俺達を見る。
なぜか――その視線に兄やフィガロさんとよく似たプレッシャーを覚えた。
「……なんとも、物騒な人デスね」
「そうね。でも、学者が今の一撃を回避できる筈がないわよね?」
……なるほど、アズライトはマリオ先生の正体を確かめるため、先制攻撃で斬りにいって……待て待て!
「……いやいやいやいや! マリオ先生が本当に学者だったらどうすんだよ!!」
輪切りだったよ!?
「大丈夫よ。この剣も今は切れないから、頭を狙わなければ粉砕骨折で済むわ」
「だからその発想は脳筋だって言ってんだろ!?」
フィガロさんほどじゃないけど!
あの人は鎖でとりあえず脳天ぶち抜きそうだし!
「それで、アナタの正体は皇国の特務兵かしら?」
「特務兵?」
聞き覚えのない言葉に疑問の声を上げると、アズライトがそれに答える。
「ドライフ特殊任務兵士団。通称“特務兵”。戦闘系ジョブを最大まで鍛えた者や、超級職といった単独戦闘力に秀でた者のみで構成されたグループね。潜入任務を得意とする者も多いとは聞いていたけれど」
超級職やカンスト上級職の集団。
……王国で言うと戦争前、万全だったころの近衛騎士団が比較的近いのかな。
「ええ。それで合っていマス」
「そのマリオという名前も、本名ではないのでしょう? 何より、言葉のイントネーションが潜入任務では目立ちすぎるわ。いえ、違うのかしら。他にも何か隠さなきゃいけないことがあって、カモフラージュでそんな喋り方をしているの?」
「……間違ってはいマセン」
アズライトに指摘されたことについて、マリオ先生は頷いた。
「しかし一つだけ訂正させていただきマスと、学者であるのは本当デス。考古学の分野で博士の号も取得していマスから。マリオも本名でこそありませんが、学者としてはそちらの名義を使っていマス」
つまり、“マリオ先生”であるのは本当、ということらしい。
「まぁ、こうして正体もバレたことデスし、ここが引き際デスネ。……っと、そうだ」
マリオ先生は、懐から何かを投げる。
咄嗟に左手で受け取ると、それはチャリンという硬質な音を奏でた。
「これは?」
「宿の宿泊費デス。女将さんに渡していただけマスか? それと、「食事は美味しいし、温泉もとても気持ちのよいもので、日々の疲れも抜けていく良い時間をいただきマシタ」と一緒に伝えていただけると助かりマス」
「……はい」
マリオ先生は皇国の特務兵で、潜入した軍人ではあるけれど……良い人そうなのは変わらなかった。
「……それが爆弾だったら、無造作に受け取ったレイはまた隻腕になっていたわね」
「あ」
その可能性は考えてなかった。
「レイって、騙されやすそうね」
「いや、そんなことはないって。仲間に正体隠したPKがいたし、兄貴が【破壊王】だってギデオンの事件まで知らなかったし、フランクリンには回復薬と一緒に謎薬品とスライム呑まされたけど」
「…………訂正する。アナタ、すごく騙されやすいわ。このお人好し」
アズライトが何とも言えない顔で俺を見て、マリオ先生はそんな俺達のやりとりに穏やかな笑みを浮かべていた。
「名残惜しいですが、そろそろ退散させていただきマス」
「逃がすとでも?」
剣を向けながら放たれたアズライトの言葉に対し、
「もう逃げている」
マリオ先生がそう言った直後、その場からマリオ先生の姿が掻き消え……一匹の小鳥だけがそこに残っていた。
「な!?」
「……この鳥は」
俺はその鳥に見覚えがあった。
あのギデオンの事件でフランクリンが使用した、自分と相手の位置を入れ替えるスキル――《キャスリング》特化の改造モンスター。あの事件の後、ギデオンの<マスター>には「キ○ラの翼」とか言われていた奴だ。
「ドライフの軍人なら、あいつの改造モンスターが支給されていても不思議じゃない、か」
《キャスリング》ではそこまで遠くには飛べないはずだが、アズライトの剣を回避したあの身ごなしもある。再度捉えることは難しいだろう
「逃げられたわね。……特務兵となると、<遺跡>やこの付近に何か仕掛けていった可能性があるわ。早期に、探査に秀でた者に調べてもらう必要がありそうね」
「マリオ先生が、というかドライフが何かしてくると思うか?」
「ええ、思っているわ。それに最初からドライフが動くことを前提にしていたからこそ、私はここにいるのだもの」
「?」
ドライフが動くからこそ、アズライトがここにいる?
アズライトがドライフが動く情報を知っていた、とは俺も予想していたけど。
だからこそアズライトがいるとは、どういう意味だろうか。
「……それにしても、アナタは皇国の特務兵に見せすぎたんじゃないかしら? 壁画の写真もだけれど、煌玉馬なんて<遺跡>の件を抜きにしても狙われても不思議ないわよ?」
「まぁ、元々オリジナルの煌玉馬はどこから狙われてもおかしくないらしいし」
ビースリー先輩も、「自分が現役のPKで俺と知り合いじゃなかったら襲ってる」とか言っていた。
「シルバーについては早いか遅いかだよ。それより、シルバーの出自を分析してくれたことへのありがたさの方が大きい」
「そういうことに、なるのかしら?」
「俺の中では。それにあの人はドライフの人だけど、悪い人じゃないと思う」
敵国の<マスター>である俺にも、先々期文明について多くのことを教えてくれた。
嘘を教えても良かったはずなのに、アズライトの反応からして彼は何も嘘は言わなかったのだろう。
それもあって敵対している国の軍人であっても悪人ではない、という印象だ。
「アナタって、本当にお人よしね……。私も皇国に友人がいるから、その言葉の否定はしないけれど」
俺の発言に、アズライトはそう言って苦笑した。
「アズライトも皇国に友達がいるのか?」
「ええ。戦争前までは同盟国だし、私は皇国に留学していたもの。……ああ、今は昔話をしている場合じゃないわね」
一瞬、昔を懐かしむような目をした後、アズライトはそう言った。
たしかに、少し話が脱線しかけていた。
「話を戻すけれど、あの特務兵の話している内容、《真偽判定》で探った限り嘘はなかったけれど、警戒は必要でしょうね」
「そういえば、いつから聞いてたんだ? それだとまるで全部聞いていたみたいだけど」
「ええ、最初から聞いていたわ。アナタに声を掛けようと思ったら、あの特務兵と話し始めたから」
……全く気付かなかった。
「あの特務兵の会話内容に嘘は一切なかったわ。けれど、あれは『嘘を言わずに真実を隠す』話し方よ。《真偽判定》を回避する初歩。軍人、それも特務兵なら習得していて当然の技術ね」
「そうだな。俺もマリオ先生が嘘をついているとは思わないけど、何かを隠してる気はする」
それは多分、あの壁画についてだ。
あの壁画について話している時に、少しだけ違和感を覚えたから。
「考えられる可能性は……」
ドライフはあの自動機械、煌玉兵を不要と言った。それはウソではない。
しかしそれがあくまでマリオ先生個人の意見であり、ドライフという国としては奪取に動く恐れもある。
あるいは……。
「煌玉兵以外にも――<遺跡>には何かが眠っているのかもしれない」
◆◆◆
■カルチェラタン・山中
「……欺く意味もなかったか」
《キャスリング》用のモンスターと入れ替わり、山中に移動したマリオ――と名乗っていた男はそう独り言を言った。
あのイントネーションはなくなっているが、こちらが彼の本来の喋り方だ。
「彼らのことだ。俺が何を隠したかも気づいていることだろう」
彼の隠したもの。
それは、彼がレイから見せられた壁画の写真の中にある。
あの壁画の文言で……マリオがレイの前で解読しなかった一文がある。
『本施設において煌玉兵の量産――と対“化身”用決戦兵器【アクラ・ヴァスター】の開発――を完遂し、いつの日にか必ず幾千幾万の“獣の化身”を駆逐せん』
あえて読まなかった箇所。
そこには、煌玉兵より遥かに強大な兵器の存在が隠されていた。
もっとも、<遺跡>内に強大な兵器が収められていること自体は、他の探索者から持ち込まれた物品の鑑定をしている内に把握していたのだが。
「先々期文明の決戦兵器。【エンペルスタンド】と同格かそれ以上……か」
彼は嘆息する。
そんなものに関わることと、かといって関わらずに放置するわけにもいかないことを。
「皇国のため……そんなものを王国の手に渡すわけにはいかない、な」
特務兵は、そう言って……<遺跡>の埋まった山を見る。
瞳の色は鮮やかな青であったが、その目つきは鮮やかとは程遠い。
レイが内心で疲れきったと評したそれは――死人のような目だった。
そうして彼は、アイテムボックスから通信魔法用のアイテムを取り出し、所定の番号に繋げる。
「――ローガン、到着は済んだか」
『ああ、現在は付近の山中にいる。そちらは?』
出てきた相手は、【魔将軍】ローガン・ゴッドハルト。
彼の協力者であり、これから実行する作戦での唯一の――そして数多い味方だ。
「俺が特務兵であることが露見した」
『……おい』
「それでも俺だとは分からなかったようだ。問題はない」
『……皇王決定後の内乱で、特務兵の生き残りは唯一現皇王についた貴様しかいないのだがな。まぁ、皇国の内情を王国の連中が知る由もないか』
「予定通り、明朝に作戦を決行する。作戦目標は<遺跡>内部に眠る【アクラ・ヴァスター】なる決戦兵器、その奪取又は破壊だ」
『了解した。だが、夜襲ではないのか? 私の悪魔は夜目が利くが』
「まだ【アクラ・ヴァスター】が格納されている場所の特定が王国側でも済んでいない。それに……俺も準備の必要がある」
『……なるほど、あれか』
「ああ、【エデルバルサ】の人形だ。何体か持ち込んだものの数が足りない。今から《マリオネット・プラトーン・クリエイション》を使えば、明朝までに俺の同時操作限界である千体を用意できる算段だ。そちらも、最低で亜竜クラスを二〇〇〇は用意してくれ」
『……最初の予定では、そこまでの戦力を出す筈ではなかったぞ』
「必要と判断した。<遺跡>の煌玉兵や王国の【猫神】、それに……“不屈”など想定外の戦力もいる。過剰なくらいで丁度いい」
『…………』
ローガンは特務兵の言葉を、「この【魔将軍】だけでも過剰戦力だがな」と内心では思った。
「王国の決闘二位や有望なルーキー、<遺跡>の機械が多少いたところで自分には到底敵わない」、ローガンはそう考えている。
「戦力は増えるが作戦は変わらない。手筈どおり、技術産物は俺が確保する。ローガンは王国側の防衛戦力の撹乱だ」
しかし内心の思いは口に出さず、ローガンは彼の提案を承諾する。
『分かった。貴様の判断を尊重し、そのクエスト内容を受諾しよう――ギフテッド・バルバロス元帥』
To be continued
( ̄(エ) ̄)<誰が、とは言わないが
( ̄(エ) ̄)<現場に出てくるお偉いさん多すぎる章クマ