第十四話 力と意思
■ある兵器の開発について
煌玉人。
それは極めて人に近く、かつ人を超えた力を持つ自動人形である。
技術に秀でた先々期文明においても、煌玉人は技術的な到達点の一つであると呼ばれた。
曰く、魔導機械工学と魔導生物学の完全なる融合にして、造形美と機能美の極地である、と。
美しい人型であり、人と言葉を交わす知性を持ち、その所作は訓練された人と似る。
戦闘においても戦闘系超級職に匹敵、あるいは凌駕した性能を誇る。それは当時の【超闘士】が、【金剛石之抹殺者】なる煌玉人に傷一つつけることなく敗北したことからも窺い知れる。
戦闘系超級職の乗騎として知られた煌玉馬と並び、煌玉人は名工フラグマンの手がけた作品の中でも指折りの存在だった。
ゆえに、煌玉馬と同様に量産が検討されたのは至極当然とも言える。
無論、量産化にあたってオミットする機能は多い。
煌玉馬の場合は高コスト極まる動力炉を積まずに搭乗者からの魔力供給方式にし、特殊機能を外すことで量産を可能にした。
では、煌玉人の場合はどうか。
まず、量産にあたって動力炉を外すのは煌玉馬と同様だ。
しかし、人間が騎乗することが前提の煌玉馬と違い、本来の煌玉人は独立運用が前提である。
人間が騎乗して魔力供給を行おうとすれば、その時点で本来の煌玉人のコンセプトが破綻する。
また、造型についてもフラグマン自身が組み上げたものと違い、人に似つつ人を超えた美しさは望むべくもない。
そして当然、特殊機能も積めはしない。
結果としてフラグマンの書き上げた設計図に書かれていたのは、「人が乗り込んで魔力供給し」、「造形も無骨な人型の重機に似て」、「特殊機能は持たず戦力は外部武装でカバーする」機体。
有り体に言えば、二千年後のドライフ皇国で運用されている人型の<マジンギア>に近いものであったという。
煌玉人とは全く似ていない別物。
それは設計図を書き上げたフラグマン自身にも不評であり、量産計画は一度凍結された。
実機も作られなかったため、後世でドライフ皇国が<遺跡>の技術産物から<マジンギア>の開発に乗り出したときも、戦車型や甲冑型はあれども人型はなかった。
しかし、凍結された煌玉人の量産計画は、“化身”の侵攻により再び動き出す。
全人類の生存を賭けた戦い……少しでも戦力が必要であった。
大戦力は煌玉竜を始めとする新造の巨大兵器が担っていたが、数があまりにも足りなかった。
複数あった歩兵師団は無尽蔵の“獣の化身”によって壊滅した。
大量に用意でき、かつ量産型の煌玉馬と違い単体でも戦力になる存在が必要だった。
一度は凍結された量産型煌玉人が、日の目を浴びたのはそれゆえだ。
フラグマンは量産型煌玉人改め煌玉兵の再設計と、自動生産プラントの建造を急いだ。
しかし、ここで一つ問題がある。
初期案において、煌玉兵は訓練された【操縦士】による運用を想定していた。
しかし、“化身”の侵攻により多くの兵は失われ、兵士となる人材も足りていない。
このままでは煌玉兵の数を用意できてもパイロットがいない、とフラグマンは悩んだ。
枯渇した人材という解決できない問題に、しかし天才フラグマンはある解法を見出す。
――人を乗せる必要はない、と。
煌玉兵に人を乗せるのは、高コストで量産できない動力炉の代わりに魔力の供給者が必要だったからだ。
しかし、魔力を供給するだけならばやりようはある。
モンスターに代表される非人間範疇生物を、魔力の供給源として格納すればいい、と。
中身の供給源が操作する必要はなく、戦闘行動はプログラムで対応すればいい。
フラグマンには光明が見えた。希望が見えた。
しかしここで一つの問題に直面する。
「供給源、及び敵性対象の識別を如何にして行うか」である。
常に指揮官や技術者がコントロールするという手法もあるが、“化身”の侵攻は激しく指揮者が全滅する恐れも多分にあった。
このシステムを円滑に動かすには、徹底的に無人化しなければならない。
可能ならば、プラント一つあれば自動で動き続け、“化身”と戦い続けるのが望ましいとフラグマンは考えた。
しかし量産機であるため、そこまで高度な設定は出来ない。
そこで、フラグマンは二つのシンプルな設定でこの問題を解決する。
一つは「現在大陸に住まう全ての人間範疇生物の人種を登録し、供給源並びに敵性対象から外す」という設定。
もう一つは「敵性対象の脅威度を測定し、C以上ならば殲滅、D以下ならば供給源とする」という設定。
「これで自動的に供給源を確保しつつ、“化身”や危険な非人間範疇生物と戦うモノが……永遠の希望となる兵士が作られる」
フラグマンはそう考えて煌玉兵の自動生産プラントを完成させた。
しかし、今すぐ稼動しては“化身”に気づかれ、プラントはすぐにでも破壊されるだろう、とも考えた。
ゆえにスリープモードで待機させ、“化身”に気づかれないようにゆっくりと煌玉兵を量産するようにセッティングした。
そしていくつかの条件が重なった時、供給源の確保に動き……“化身”と戦うように、と。
かくして他の<遺跡>と同様に、煌玉兵の自動生産プラントは未来に遺された。
ここまでの過程に煌玉兵自動生産プラントが“エラー”となった理由、……かの天才最大のミスが存在する。
それは、「供給源並びに敵性対象」の設定である。
<遺跡>が遺されたのは、二千年以上前のことだ。
煌玉兵に設定されたプログラミングの「非人間範疇生物」の人種リストも、二千年以上前のものである
――二千年も経てば、人間であっても人種リストとの差異が生じる。
まして、“化身”の侵攻により大気中魔力の変化を始めとした環境異常が激しかった時代の後だ。
極寒地域の人間が世代を経て体毛を濃くするように、環境に適応するため人間が環境適応し、僅かに進化しても不思議はない。
そして、煌玉兵のプログラムは進化による僅かな差異を理解しない。
人種リストと差異があるならば――人間ではないと判断する。
オリジナルの煌玉人であれば理解できただろうが、量産型の煌玉兵にそこまでの知性はない。
結論を述べれば、人間を守るために遺された煌玉兵は――人間を魔力供給源か敵性対象としか見なくなっていた。
◇◇◇
□【煌騎兵】レイ・スターリング
この機械が「ティアンを燃料としか見ていない」と述べた後、アズライトは青ざめた顔で残骸を見ている。
彼女はこの<遺跡>に、王国の窮状を変える切っ掛けを求めてきた。
そこで見つかったのが人間を燃料に動く殺人機械の工場では、ショックを受けて無理もない。
「レイの推測通りなら、これらはまるであのゴゥズメイズ山賊団だの……」
ネメシスの言わんとしたいことは分かる。
モンスターでもティアンでも、こいつらには無関係。
ただ、生命を動力源としか見ていない。
だから外を徘徊し、集めて、仲間の内側に燃料として放り込んでいる。
あのときに気づかなければ、シャーリーもまた燃料になっていた。
……それを想像するだけで悪寒が走る。
あるいは……既に犠牲となった人もいるかもしれない。
「…………胸糞悪い」
人を道具としか見ず、その生命を燃料とする。
本当に……ゴゥズメイズ山賊団の【大死霊】メイズと似通っている。
奴も、子供を素材や金としか見ていなかった。
この機械の正体に気づいた俺が気分を悪くした最大の理由がそれだ。
これらはあの最悪の思い出と似すぎている。
俺は溜め息をつき、足元に視線を落とす。
「あ」
そうして視線を落とした先にあったのは、奇しくも俺が思い出したものに深いかかわりのあるもの――【紫怨走甲 ゴゥズメイズ】だった。
かつてゴゥズメイズ山賊団を名乗ってギデオンを恐怖に陥れ、その死後も【怨霊牛馬】として暴れまわった存在。
今は同じく特典武具と化した【ガルドランダ】に「何の意思も残っていない」と断言された、成れの果て。
これは俺にとって、あの地下での最悪の思い出を想起させる装備でもある。
「……けれど」
けれど……この【紫怨走甲】がなければ、あの夜のギデオンでフランクリンの仕掛けたゲームは打ち破れなかった。
元は最悪の力であった【紫怨走甲】と先々期文明の遺したシルバーがいたから、あの恐るべき【RSK】を倒せた。
元々のあり方は恐ろしくおぞましいものだったが、これでしか拓けない未来があった。
「……ゴゥズメイズ山賊団と同じ、か」
この【紫怨走甲】の力はあの【怨霊牛馬】と同じだが、その力で為したことは正反対だった。
……ならばそれは、この<遺跡>にも同じことが言えるかもしれない。
「アズライト」
「…………レイ」
アズライトは、どこか心細そうな様子でこちらに振り向いた。
「ここの調査について、俺の意見を言ってもいいか」
「……お願い」
「現在稼働中だろうここの工場は止めて、燃料を抱えて動いてる機械はぶっ壊すべきだと思う」
「…………それしかない、わね」
この<遺跡>はあまりにも危険すぎる。
ここが工場である以上、放置すればしただけあの機械が増えていく恐れが強い。
同時に、その燃料となる犠牲者も増えるだろう。
しかも、その速度はきっと早い。内部のモンスターが生存していたことを考えれば、機械が地上に出没し始めたのはごく最近のはずだ。
推測するに、この<遺跡>が発見された契機である地殻変動の直後だろう。
それで地上まで道が通じて、機械が外部に出て供給源を確保し始めた。
そんな短期間であれだけの数が稼動している。放置すればストックされた機械がまだまだ動き出し、あるいは量産されて、地上に出てくる可能性が高い。
早々に、生産をストップさせる必要がある。
そして……。
「その後で、この<遺跡>の技術の利用法の検討をすればいい」
「…………え?」
俺の言葉に、アズライトは驚きの表情を浮かべた。
「この<遺跡>の技術を、使うの?」
「アズライトはそれも考えてここの調査に来たんだろう?」
「ええ……。でも、この<遺跡>は危険で、恐ろしい力よ?」
「それは俺も分かってる。だから、今動いている機械は壊すし、工場だって壊してでも止める」
それは確定事項だ。
こんな人食い殺人機械を放置しておくことほど、後味の悪いことはそうそうない。
「ただ、その後でここの技術や道具から王国の、人のために使えるものを探すことは出来るさ」
モンスターに着せて使うというやり方はできないだろうし、ティアンが使うにも問題は多いから、そのままは使えないだろうけど。
それでもここは先々期文明の技術の宝庫。
過去の人々が、未来の人々のために遺した場所。
その中に、人を救うものが全くない、ということはないはずだ。
……いや、俺自身がそう願っているのか。
「でも、これは危険よ。正しく使えるかは分からないわ……」
アズライトの言いたいことは十二分に理解できる。
俺だって半分はそう思っている。
ここは間違いなく危険で、本当に何も残さず、何も拾わずに消してしまうべきかもしれない。
だけど……。
「どんな力だろうと、正しく使えるかは分からない。だけど、どんな力でも……正しく使おうとすることは間違いなんかじゃない」
「……!」
この<遺跡>の作っている機械は最悪だ。
しかしあるいはこの最悪が、未来を拓く鍵になるかもしれない。
かつての【ゴゥズメイズ】のように。
「力そのものに善悪はなくて、力を使う意思にのみ善悪があると……今は思っている。だから今は、生物を燃料と看做して狩ろうとするその意思を破壊する。そのあとは、王国の意思で力をどう扱うか決めればいい」
「力と、意思……」
「結局、力を使う奴が間違っているかどうか……いいや、何をしたいかなんだよ」
「…………」
俺の言葉にアズライトは俺とネメシスを見て、……それから昨晩と同じように彼女の剣を見た。
「それは……アナタ達も同じなのね」
アナタ達という言葉が、俺とネメシスの二人のことではないとは察せられた。
恐らくは、<マスター>と<エンブリオ>そのものについて。
<マスター>の力は、かつてドライフに属した意思によって王国を蹂躙した。
けれど、異なる意思の、同じ力でそれを阻もうとした<マスター>もいる。
ああ、たしかに同じだった。
「……分かったわ」
アズライトはそう言って踵を返し、通路の方へと歩いていく。
「一度、地上に戻るわ。カルチェラタン伯爵夫人とも話し合わないといけないから……。アナタの意見も踏まえて、ね」
「……応!」
◇
そうして俺達は広間を出て、来たときと同じようにシルバーの背に乗って地上へと向かう。
その帰路の途中、
「レイ」
後ろに座っていたアズライトが、俺の背に向けて呟くように言葉を掛けてきた。
「私に希望を与えてくれてありがとう。今も……そしてあのときも」
彼女が言う「あのとき」がいつのことか、俺には分からなかった。
けれど、そう言う彼女の声音は……少しだけさっきよりも上向いていた。
To be continued
( ̄(エ) ̄)<Q.煌玉兵は何で“エラー”になったクマ?
(=ↀωↀ=)<A.仕様考慮漏れのバグです