第十三話 <遺跡>の真実
□【煌騎兵】レイ・スターリング
室内の機械を一掃した後、トムさんは通路にいる俺達に気づいていたのか、手を振りながら歩み寄ってきた。
「やー、レイ君に……見知らぬ仮面のお嬢さん。こんにちはー」
「ぶにゃー」
あの戦いで何回も消えたはずのグリマルキンも、当たり前のようにトムさんの頭上に乗っかっている。
「おつかれさまです。……すごい戦いでしたね」
「まーねー。ちょっと数多かったからさー、頑張って戦ったのさー」
そう言うと、トムさんは「はふー」と体を前屈させて大きく息をついた。
「しょうじき、つかれた」
「…………」
言葉通り疲れているのだろうけど、頭上のネコがいるせいで「ネコの重みに負けましたー」の図に見えなくもない。
「今日の探索はここまでにして、僕は宿に帰ることにするよー。あ、その部屋は探索しても大丈夫だよ。トラップの類もあれで全部だろうしー」
「え、ありがとうございます」
「……ありがとう。けれど、アナタは探索しなくていいの?」
アズライトの言葉に俺も頷く。
トムさんはモンスターとトラップを片付けただけで、マジックアイテムなどの探索も行っていない。
それどころか、倒したモンスターが残したあの残骸も回収していなかった。
「うん。僕はあれいらないからー。好きにしちゃってー」
「ぶにゃー」
トムさんはそう言って、手をひらひらと振りながら去っていった。
その姿が通路の曲がり角を越えて見えなくなってから、ネメシスがぼそりと呟く。
『あやつ、何のためにここに来たのかのぅ』
ネメシスの言葉通りの疑問は俺にもあるが、今は調査をするために厚意を受け取っておくことにした。
◇
俺達はシルバーからも降りて部屋の中を探索する。ネメシスも人型に戻っている。
あちこちに機械の残骸が転がっていて歩きづらいが、部屋の感じはあのクリスタルの部屋によく似ている。
そしてこの部屋の中で最も目を引くのは、壁に大きく飾られた壁画だろう。
ただしそれは壁に描かれたと言うよりは、焼き付けて印刷されたように見える。
壁画には何人もの人と何匹もの獣がぶつかり合う光景と、城らしきものの上に何匹もの獣が立って吼えている光景が繋げて描かれている。
その下には何か文字が書かれているが、街中の文字のように自動翻訳される兆しはない。
何か重要そうなんだけどな。
「アズライトは、何て書いてあるか読めるか?」
「……分からないわ」
ティアンのアズライトでも分からないとなると、これは<Infinite Dendrogram>の一般言語じゃなくて先々期文明の古代語か何かってことか。
そうなると……地上にいるマリオ先生にでも読んでもらうしかない。
「アズライト。カメラって持ってないか? できればポラロイドかデジカメで」
「ポラロイドやデジカメが何かは分からないけれど……、すぐに現像できる魔法カメラならあるわ」
アズライトはそう言って、アイテムボックスからポラロイドカメラに似た物体を取り出す。
流石に調査に来ただけあって色々準備していたらしい。
アズライトはそのまま写真を何枚かとって、壁が全体を写したものと文字の部分を拡大して写したものを俺に渡す。
「あの考古学者に見せるのでしょう?」
「ああ。そのつもりだけど……」
「構わないけれど、……私にも翻訳結果は教えるのよ?」
「そりゃもちろん」
俺は写真を受け取る。
しかし、アズライトはどこかマリオ先生に引っかかるものがある、という態度だ。
昨日、「考古学者が今の時点でいることがおかしい」と言っていたように、疑念があるのだろう。
しかし、現状はマリオ先生しか考古学者はいないので、どの道この文面を知るにはマリオ先生に聞かなければならない。
「アズライトはマリオ先生が信用ならないのか?」
「信用ならないと言うより、正直に言って外部の人間をあまり関わらせたくないのよ。もっと内々に調査できればいいのだけど、……今の王国の機関には考古学に精通した人がほとんどいないから」
「そうなのか」
「ええ。先生……【大賢者】がそちらにも詳しかったのだけれど、先の戦争でお亡くなりになってしまったわ。知識を持った彼の徒弟も戦争と、その前の【グローリア】の襲来でいなくなってしまったから……」
「ああ……」
リリアーナから騎士団が大規模な被害を受けて大変だってことは前に聞いたけれど、騎士団以外もボロボロなのか。
「この<遺跡>は想定より広大だし、古代文字も専門用語が多くて難解。外部の協力がないと、ここが何の工場だったかも分からないわ」
「そうか? ここで何を作っていたかはもう分かってるだろ?」
「……え?」
アズライトは意外そうな顔をするが、既に分かっている事実からそちらの推測は難しくはない。
マリオ先生の鑑定に持ち込まれたマジックアイテム級の頑丈さを誇る鋼板と、レーザー照射装置用の人工ダイヤ。
加えて、二千年以上前の文明の<遺跡>を守っているにしては、機械仕掛けのモンスターは全く動作に問題がなかった。
同じく<遺跡>を守るセントリーガンは半分くらい使えなくなっていたのに、俺達やトムさんとの戦闘を見る限り、連中の武器は動作不良を少しも起こしていない。
だからここで作られていたものは十中八九……。
「ここは、機械仕掛けのモンスターを量産する工場。要するに兵器工廠だ」
俺達が倒したのはずっと昔からここを守っていたガードマンじゃない。
最近作られたばかりの新型だったんだ。
「兵器、工廠……」
アズライトは俺の推測を聞き、考えるように額に手を当てる。
ここが兵器工廠であるなら、上手く使えれば間違いなく王国の戦力になる。
国力、軍事力を引き上げるならばこれ以上はない。
だが……一つ問題がある。
「レイ……。ここが兵器工廠でこの機械仕掛けが製品だとするなら、一つ疑問があるわ」
「ああ。わかってる」
アズライトが何を言いたいか、俺にもよくわかる。
この機械仕掛けのモンスターについて、最初に抱く疑問。
それは……。
「【ティールウルフ】や【ゴブリンウォーリアー】みたいな、関係のない名前が表示される理由が分からない、だろ?」
「そうよ」
通常、モンスターの種族名は頭上に表示される。
それはゴーレムなどのモンスターも同様だ。
しかし、こいつらは違う。
見た目は二種類なのに頭上に表示される名前は様々だった。
それも機械とは何の関係もなさそうな名前だ。
それに答えを見出すとすれば、あの機械仕掛けは生産に他のモンスターを材料にする必要があるって可能性か。
最初に倒した機械の内側から毛皮がはみ出していたことといい、その可能性は高い。
ただし……。
「ああいう手を加えたモンスターは……素材とは別の名前になるのではなかったかのぅ」
「……それなんだよな」
あのフランクリンの改造モンスターが分かりやすい例だ。
ベースは別のモンスターだがそれぞれに異なる名前がつけられていた。
ここがモンスターを材料に機械仕掛けの改造モンスターを作る工場ならば、名前が元のままというのは解せない。
それこそ、何かしら機械仕掛けの種類ごとに統一された名前を持っていたっていいはずだ。
それに改造モンスターであっても、倒されればまとめて塵になるはずなのに機械が残っている。
訳が分からない。
「それにしてもこやつらの見た目、ユーゴーの<マジンギア>に似ておるのぅ」
「まぁ、あれはあのクソ白衣のクランが作ったものだけど、技術はドライフのものだったしな。そのドライフの技術自体が先々期文明の機械を解析してるから、その繋がりで……、……!」
そう言葉を発している最中に……気づいてしまった。
<マジンギア>。
先々期文明。
シルバー。
レプリカ。
<遺跡>。
機械仕掛けのモンスター。
それらのキーワードが頭の中に浮かび、一つに繋がっていく感覚。
そして導き出された結論に……俺は口元を押さえた。
「レイ? どうした?」
「顔色が悪いわ」
二人が心配そうにこちらを見ている。
余程、急に顔色を悪くしたのだろう。
だが、自分でそうなっても不思議でないと思えてしまうほど、この結論はひどい。
この思いは、あのゴゥズメイズ山賊団のアジトの地下に潜った時のものに近い。
…………胸糞悪い。
「……レイ、何が分かったのだ?」
「こいつら、モンスターじゃないんだ……」
ネメシスの問いにそう答えるが、二人は首を傾げる。
だから、俺も言葉を重ねる。
この<遺跡>の答えを、口にする。
「こいつらは……、ここに転がっている機械は全部……特殊装備品だ」
「え?」
アズライトはその言葉に、同じく特殊装備品である俺のシルバーを見る。
ネメシスは瞑目し、恐らくは<マジンギア>を思い出しているのだろう。
「でも、さっきは頭上に名前の表示が」
「装備しているモンスターが死んだから、消えたんだ。そして特殊装備品だけ残った……それだけの話だ」
「なら、モンスターが武装して襲い掛かってきたってことかしら?」
「違う。だったら【ゴブリンウォーリアー】と【パシラビット】なんて完全別種族のモンスターがつるむわけがない。まして、トムさんは五十以上を同時に敵に回してたけど、そのときの連中がモンスター同士で戦っていたか?」
「…………」
そんなことはなかった。
「連中はまるで一つの意思に統率されたかのような完璧な連携で、トムさんと戦っていた」
そう、統率されていたんだ。
中身のモンスターなど、無関係に。
「レイ、まさか……」
俺の考えが分かったのか、ネメシスが愕然としたように周囲の残骸を見る。
そして俺も、こいつらの正体を告げる。
「こいつらは――装着者を乗っ取る特殊装備品なんだよ」
「!?」
俺の言葉に、アズライトはひどく衝撃を受けた様子だった。
だが、この考えで間違いはないと思う。
装備品は、装着者にプラスの効果を齎すものばかりじゃない。
既に跡形もなくなってしまったが、前の装備の原型だった【カースド・ブラッディー・アーマー】もそうだった。
「呪われた特殊装備品……いや、元々がそういう仕組みか」
「待って、レイ。待って……!」
俺の言葉に、まだ受け止めきれていないのかアズライトが問いかけてくる。
「何のために、そんな特殊装備品があるの?」
「……俺のシルバーは、オリジナルの煌玉馬だ。内部に自分でMPを生み出す機関があるから走行にMPを消耗しない」
以前、ユーゴーに聞いた話だ。
先々期文明の機械はMPを自分で生み出していた、と。
シルバーは正式版でなく試作機か実験機らしいが、搭載した仕組みは同じだろう。
しかし、オリジナルでなくレプリカの煌玉馬はMPを消耗するのだと、ビースリー先輩は言っていた。
「けど、レプリカの煌玉馬は乗った人間のMPを消費して動作する……。多分、コストの問題でレプリカはそうなってるんだ。量産型にはMPを生み出す機関を積めなかったんだ」
そうでなきゃ、あれだけの性能があるんだ。
オリジナルがもっと沢山作られて、もっと沢山残っているはずだ。
だが、残っているほとんどはレプリカ……量産型だという。
「じゃあ、こいつらは?」
「……!!」
「俺達が遭遇しただけで既に何十と壊されているこいつらは、その機関を積んだ高級品か、それとも量産型か」
「…………」
「分かるだろう、こいつらは量産型だ。だから……燃料として他の生物を欲している」
ああ、戦闘兵器としては優秀だ。
オリジナルの煌玉馬みたいな高級な作りでなくていい。
数もかなり用意できる。
【パシラビット】や【ティールウルフ】みたいな、弱いモンスターに着込ませても十分に動けるほどMP効率も良い。
“戦力にならないもの”が一端の戦力に変わることも含めて、兵器としては優秀だろう。
反吐が出る。
「……俺が昨日、最初の一体を見つけたとき、あれはシャーリーを襲っていた。……だが、殺そうとはしていなかった」
俺にはいきなり銃火器を撃ってきたのに、シャーリーに対してはそれをしていなかった。
<マスター>は攻撃したのに、ティアンにはそうしなかった。
「あれは……生かして捕らえようとしていたんだ」
「……まさかっ!?」
アズライトの強い焦燥を含んだ声に、頷く。
そして、吐き気がするような答えを告げる。
「こいつら、人間も燃料としか見ていない」
To be continued