第十一話 転職
□【聖騎士】レイ・スターリング
宿を出る際、シャーリーから「<遺跡>付近には探索者用に戦闘アイテムを売る露店が沢山出てますよ!」と聞いていた。
実際、道行く通りには祭りの出店、あるいはシルバーアクセサリーの露天販売のように簡易店舗が並んでいる。
そこで純粋な光属性攻撃魔法の【ジェム】を買い占めつつ、歩きながら使用して【黒纏套】に吸わせ続けている。
吸収効率は日光や《銀光》にのみ頼るより余程良い。
「さっきから何をしているの?」
と、俺の行為を疑問に思ったのかアズライトが尋ねてきた。
「この外套は特典武具で、スキルの発動に光属性攻撃を吸わせる必要があるんだ」
「アナタ、煌玉馬だけじゃなくて特典武具まで持っていたのね」
「ああ。ちなみにこの手甲とブーツも特典武具だな」
「……普通、超級職でもないのにそんなに幾つも持っていないわよ。……いいえ、超級職でも三つはあまりいないわ」
そういえば超級職のマリーが二つ、だったっけ。
いつの間にか個数で追い越してしまった。
まぁ、特典武具の数が多くても、実力差はまだまだ追い越すなんて言える段階でもないのだろうけど。
「それで、光属性攻撃だったわよね? 私の攻撃スキルに光属性の《レーザーブレード》があるけど、吸わせてみる?」
「……それは物理攻撃も混ざってそうだしやめとこう」
下手すると【黒纏套】が破れる。
あと、名前からして必殺されそうだし、そのスキル。
さて、そんな風に話をしている内に俺達は山の奥へと進んでいく。
既に多くの人が踏みしめた結果できあがった道を十数分も歩くと、件の<遺跡>の入り口が見えてきた。
入り口の周りには探索目当てであろう武装した<マスター>やティアンの姿が目立つ。
そういえば宿屋を出るときにトムさんの姿は既になかった。
ここで入る準備をしている面子の中にもないので、もう<遺跡>の中に入っているだろう。
「いよいよ、ね」
「……ああ」
アズライトはその仮面越しにも分かるくらい緊張している。
いやむしろ……背負い込んでいる様子だ。
昨日の話によれば彼女は今回の調査に王国の存亡がかかっている、というくらいに意気込んでいるので無理もない。
……俺に攻撃した時のような空回りと早とちりをさせないため、フォローする必要があるかもしれない。
「二人とも、<遺跡>に入るわよ」
「「応」」
そうして、俺達はカルチェラタンの<遺跡>に侵入した。
◇
<遺跡>は、入口あたりの通路は土が露出していたのに対し、途中からは不思議な光沢の金属で舗装されていた。
土の通路と金属の通路の境い目には、工具や攻撃スキルで壁を剥がしている人達がいた。恐らく剥がされる前は入り口付近もこのように舗装されていたのだろう。
たしかにこの金属は何らかの素材になりそうなので剥がすのもわからないではないけれど、遺跡を保全しなくて良いのだろうかとも思う。
「重要なのは入口よりも奥にあるものだから、ここは先に進みましょう」
アズライトがそう言うので、壁剥がしの人達を尻目に奥へと向かう。
<遺跡>の通路を進んでいても、モンスターの類は見当たらない。
通路の壁に焦げ跡や弾痕が見受けられるので、元からいなかった訳ではないようだ。
この<遺跡>は<神造ダンジョン>の類ではないので、理由のないモンスターの再発生は起きない。
元々いたモンスターにしても、このあたりにいたものは三日前の発見からこれまでの探索であらかた倒されたのだろう。
そうして一度も戦闘が行われないまま一時間ほど奥へと進むと、広い場所に出た。
高校の体育館くらいの空間だ。
床や天井も金属だったが、通路とは作りが違う。少なくとも、易々と剥がせるようにはなっていないようだ。
「あるいは、ここからが本当の<遺跡>ということかのぅ」
「みたいだな。あんなものまであるし」
この空間の中央には巨大なクリスタルが安置されている。
先に部屋に入っていた幾人かの<マスター>がクリスタルを眺め、触り、あるいはメニューを起動している。
恐らくはあれが噂の【煌騎兵】への転職を可能とするクリスタルなのだろう。
似たようなものを以前、【聖騎士】になる際に王都の教会で見たことがあった。
◇
最初の転職以来なので、ここで少しおさらいする。
そもそも西方や東方等、土地柄によって就けるジョブが違う理由がこの大型クリスタルだ。
既に就いたジョブを切り替えるだけであれば、セーブポイントや使い捨ての小さな【ジョブクリスタル】で実行できる。
しかし、新たなジョブを獲得する場合は、ジョブごとの条件を達成した上で対応した大型クリスタルに触れなければならない。
そのため、迅羽の【尸解仙】は黄河でしか就けないし、女化生先輩の【女教皇】は王国でしか就けない。
女化生先輩と転職と言えば、もう一つこんな話がある。
司祭系統に対応するクリスタルはいずれも教会施設の中にある。
と言うよりも、司祭系統に対応するクリスタルがあった場所に教会を建てた形である。
さて、そんな司祭系統対応クリスタルの数だが、もちろん有限である。
だからこそ、あの女化生先輩は教会をただ建てるのではなく、「国教の持っとる施設くれへん?」と要求している。
適当な土地に教会を建てただけではただの箱であり、中身がないのだから。
そうして、女化生先輩は国からの対価として少しずつ施設を増やしている。
……と言うか、増やしすぎている。
このままだと最終的に司祭系統を独占することになり、「司祭系統に就きたければ入信してね」という事態になりかねない。
回復魔法のあるこの<Infinite Dendrogram>では、教会は宗教法人と医療法人の合わさったようなものだ。
ゆえに、女化生先輩のやっていることは日本中の病院を、カルト宗教傘下の病院に置き換えるようなもの。
国として、そしてカルト宗教の怖さを知る者にとっては容認し難い。
しかし、そのような宗教侵略を受けているにも関わらず、当の王国国教は特に気にしていない。
むしろ歓迎していた。
なぜかと言えば王国国教の教義を簡単にまとめると、「司祭系統のスキルで人々を癒します」というものだ。
それゆえ、教会施設ならびに転職用のクリスタルが<月世の会>に渡っても、
「人々を癒す【司祭】が増えるならば何も問題ありません」
「施設は減りましたが、その分だけ残った教会の施術院や孤児院の人員を密にできました。【グローリア】の一件や戦争のせいで人手不足でしたからね」
「これからも人々のため、お互いに頑張っていきましょう」
と、どちらかと言えば喜んでいた。
性善説というか、根がクリーンすぎる方々である。
女化生先輩の暗躍で最も煽りを食らうはずの国教がそんな風なのだ。「王国の上層部はヤキモキしてそうだよな」と王国上層部に繋がっているらしいアズライトに話を振ると、アズライトからは「本当にね……」と実感のこもった返事が返ってきた。
昨日の反応からしても、彼女と彼女の雇い主である人物は、女化生先輩によってかなり苦労させられているらしい。
◇
「さて、と」
大型クリスタルに触れ、メニューを起動する。
転職可能なジョブの一覧の中にすぐに【煌騎兵】を見つけた。
それを選択する前に、他のジョブもチェックする。
リストには【整備士】や【技師】、【操縦士】などドライフ特有のジョブも見受けられた。
……<遺跡>の出土品以前に、このクリスタルの存在が戦略的に大きな意味を占めそうな気がする。
「だが、それらのジョブに成ったところで王国には運用する地盤がないからのぅ」
「たしかに」
技術のノウハウは一朝一夕で得られるものじゃない。
ジョブだけ得ても、王国がドライフの領域に達するには、長い時間と研鑽が必要になるだろう。
「ま、その辺の選択は国が決めることだな」
俺は俺で目当ての転職を実行しよう。
大型クリスタルに触れると、ジョブチェンジのためのメニューが表示される。
迷わず【煌騎兵】を選んで転職を実行する。
光や音が出るといった演出もなく、同時に開いていた簡易ステータスのメニューでのジョブの表示が【煌騎兵】に切り替わって転職は完了した。実にあっさりとしたものだ。
上級職である【聖騎士】のときは光ったりしていたのに、と思わないでもない。
兄やマリーの話では超級職のときはもっと派手になるらしいが、それを見る機会はあるのだろうか?
【メインジョブの変更に伴い、使用不能になったスキルがあります】
と、そんなことを考えているとアナウンスが流れた。
そういえば、転職に際してメインジョブと系統の違うジョブスキルは使えなくなるのだった。
俺はどのスキルが使えなくなったかを確認する。
従来通り使用できるものとしてはまず当然ながら《乗馬》。
それと《聖騎士の加護》や《聖別の銀光》も健在だった。
これらは【聖騎士】由来のジョブで、【聖騎士】が多少なりとも騎兵系統の要素を含むためにまだ使用可能ということなのだろう。
ただし、回復魔法関係のスキルは軒並み使用不可になっていた。
こちらは司祭寄りでもある【聖騎士】だから習得出来たものだが、本来は司祭系統のスキルである。【煌騎兵】への転職では接点がなくなって使えなくなったようだ。
……まぁ、仕方がない。元々回復魔法は回復量の問題で使い勝手も悪くなっていたのだし、《加護》や《銀光》が残っただけ運が良かったと言うべきだ。
「ただ、今後は回復アイテムの残数に以前より注意せねばならぬのぅ」
「そうだな」
さて、使えなくなったスキルはさておいて、新たに得たスキルが何かないかを確認してみるが……まだ何もない。
やはり【聖騎士】のときと同様にレベルを上げなければならないのだろう。
「済んだかしら?」
「ああ。これで俺の方の用事は片付いた。あとはアズライトを手伝うよ」
「ありがとう」
「いいさ。で、これからどっちに行くんだ? 通路は四方にあるけど」
入り口だった場所を除けば三方か。
「情報によると地下へと進む道はあの扉の先にあるらしいわ」
アズライトはそう言って通路の一つを塞ぐ扉を指し示す。
見ると自動ドアであるらしく、<マスター>やティアンがそこを通って行き来していた。
また、ドアのサイズからして通路の天井の高さが五メートル以上あるし、幅も広い。
「あの通路なら大丈夫そうか、シルバー」
俺はアイテムボックスからシルバーを出し、騎乗する。
【煌騎兵】になってから初めての騎乗だが、今はこれといって変わったところもない。
「【煌騎兵】のスキルに関係しているかもしれないから、俺はシルバーに乗ったまま移動するよ」
「それはいいけれど……」
ん? どうしたのだろうか。
「あなたが良ければなのだけど……後で乗せてもらえるかしら? 昔からオリジナルに乗りたかったのだけど、師匠は貸してくれなかったから」
まぁ、ラングレイ氏の使っていた【黄金之雷霆】は国宝だったらしいから、レンタルも出来ないだろう。
別の理由もあったかもしれないけど。
「じゃあ後ろに乗るか? モンスターと出くわして応戦するときは降りてもらう必要があるけど、それまでは乗ってても大丈夫だろうし」
「……いいの?」
「いいよ」
というか、何か駄目な話があっただろうか?
「私はどこに? 御主の前にするか?」
あ、そうか。ネメシスの座る場所の問題か。
「そうだな。それかもう武器化しておくか、だな」
「ふむ。ならダンジョンの中であるし、何が飛び出すかも分からぬので一先ず状態異常対策で黒旗斧槍になっておこう」
そう言ってネメシスは黒旗斧槍に変わる。
俺も頭に不意討ちを食らった時のため、【黒纏套】のフードも被っておこう。
それからアズライトが「失礼するわね」と言いながら俺の後ろに座った。
よくよく考えると人間二人と、俺以外には重量武器なネメシスで相当重いはずだが、煌玉馬のシルバーは苦もなく歩を進めていた。
中々快適に<遺跡>の通路を駆けていく。
「流石は煌玉馬! この分なら思ったより早く奥まで行けそうね!」
「応!」
シルバーに驚いた人にぶつからないように注意しながら、俺達は<遺跡>の奥を目指した。
◇◇◇
この日、<遺跡>を探索した者の間で「闇色の旗を振りかざす赤黒い不気味な何かと、仮面をつけた奇怪な女が、銀色の馬に乗って走り回る姿を見た」という噂が流れた。
To be continued
(=ↀωↀ=)<本文中ではおさらいと言っていますが
(=ↀωↀ=)<一章ではカットしたので初転職シーンです
( ̄(エ) ̄)<あのときにやると説明過多だったからな