第四話 ある日森の中で暗黒騎士(【聖騎士】)に出会った
□【聖騎士】レイ・スターリング
「ひどく禍々しい装備……。不審者、それも日の高いうちからいたいけな少女を襲う悪漢ともなれば、当然の装いでしょうけれど」
「襲……悪漢!?」
いきなり人に斬りかかってきた仮面女は、恐ろしい難癖をつけてきた。
事実無根の言いがかりである。
「当然の装いってなんだよ。俺の格好が悪党だとでも言うのか!」
『……発言内容は相手の勘違いだが、装いに関しては同意するほかないのぅ』
「ネメシス!?」
何でそんなことを言う!?
【混乱】でもしているのか!?
『むしろ私の方が「レイのファッションセンスは【快癒万能霊薬】を何本かければ治るのかのぅ」と日々思っているくらいだが』
センスの問題だと精神系状態異常な気がするから【快癒万能霊薬】だと駄目じゃないか?
……ではなく、何でそうなるんだ?
着ぐるみだったり、上半身裸だったり、十二単だったり、身長四メートルのキョンシーやクソ白衣じゃないのに。
『<超級>のファッションを基準にするでない!』
……一理ある。
「しかし、ネメシス。鬼の手甲とか、屍のブーツとか、光を呑み込むマントとか、赤と黒の複合鎧とか、どれもそこまでおかしい装備ではないはずだぞ?」
『ぜ! ん! ぶ! だ! ぞ!? それらが全部乗っかっておる意味をちょっと考えてくれぬか本当に!?』
「むぅ……」
全部となると…………ちょっと悪役っぽいか?
『ちょっと……いや、良い。一歩前進しただけ良しとする』
ネメシスもどうやら落ち着いたようだ。
さて、眼前の仮面女はと言えば、剣を構えたままこちらを見据えて微動だにしない。
俺の格好への言及といい、どうにも必要以上に俺を警戒しているように見える。
しかしなぁ……。
「そんな怪しい仮面をつけた相手に格好でどうこう言われたくないぞ」
「私は……その、ある御方の密使として顔を隠しているだけよ! アナタのような極悪装備の悪漢とは違うわ!」
「こっちだって特典武具と【VDA】だからなこの装備。そもそも……そこまで言われるほど悪くないだろこれ?」
「それを許容する感性が既に信用ならないと言っているのよ!?」
『……会話のドッヂボールだのぅ。あるいはデッドボールだらけのキャッチボールと言うべきか。本当になぜこんなことに?』
『なぜ森の中で見ず知らずの仮面女とファッションについて言い合いをしているのか』なんて俺にも分からない。
だから、「ひとまず落ち着こうぜ」と声をかけようとしたが……。
「兎に角、女性を襲う悪漢を放置できないわ! 細かいことは置いといて再起不能にして官憲に叩き出すわ!」
「細かいこと置くなよ!?」
あと再起不能とかポンと言ったな!?
こいつも脳筋か!?
『徐々に脳筋との遭遇率上がっておるのぅ』
直近だと狼桜とかな!
しかし、こちらに剣を向ける仮面女はある意味では狼桜より性質が悪い。
露わになっている左手の甲に目をやるが紋章はない。つまりは<マスター>ではなくティアンであるらしい。
彼女が俺に剣を向けているのは本当に俺を危険人物だと勘違いし、あの気絶している少女を守ろうとしているからだろう。
……勘違いしているだけのようだし、あまり手荒なことをするわけにもいかない。
だというのに聞き耳を持ってくれそうにない。
そういう意味では非常に厄介だ。
「あのな、だからちょっと待……」
「問答無用!」
「しようぜ問答!?」
ネメシスを黒大剣から黒円盾に変形させて仮面女の振るう蒼い刃を防ぐ。
「速ッ!?」
それは亜音速の域であり、フィガロさんや迅羽をはじめとした決闘ランカーよりはまだ遅い。
逆を言えば、ティアンの身でありながら彼らに準じる速度での剣閃を放ち続けている。
加えて身につけた剣術によるものか、速度以上の受けづらさがそこにはある。
武術を学んだ兄の打撃が避けがたいのと同じ理屈だ。
防御特化の黒円盾でなければ防ぎきれないだろう。
「ッ、……?」
斯様に恐るべき剣であるが……違和感もある。
それは、俺の想定ほどダメージを受けていないことだ。
黒円盾で防いでいるということもあるが、感覚と実ダメージに大きな差がある。
その感覚とは、あの蒼い剣から受ける威圧感。
はっきり言って、仮面女本人よりもあの剣から感じる威圧感の方が強い。
それこそ、何度か目にしたフィガロさんの【グローリアα】と同程度か……あるいは、というレベルだ。
そんな剣だというのに、俺はそこまでダメージを受けていない。威圧感と攻撃力に差がありすぎる、奇妙な剣だ。
しかし、仮に剣が想定より弱いものだとしても、本人の剣閃は鋭い。
俺が会ったティアンで最も武勇に優れていたのはリリアーナだが、そのリリアーナを間違いなく上回っている。
格好こそ奇妙だが、剣士としては間違いなく一流の手合いだ。
リリアーナとよく似た一本の剣を連続して振るう速度と数の剣だが、……元のステータスの差があるのかさらに防ぎにくい。
「…………ん?」
今しがた自分で思い浮かべたことに、一つの気づきがあった。
リリアーナ。そう、仮面女の剣捌きはリリアーナとよく似ている。
少なくとも、「同じ流派の剣なのだろう」と俺でも感じられるくらいには。
だが、リリアーナの剣術はこの国で広く知られる騎士剣術ではない。
彼女の父、ラングレイ・グランドリア氏が故郷であるグランバロアから持ち込んだ海賊剣術と、この国の騎士剣術が混ざった独特の剣筋。
そんな特殊な剣術を扱う人間は、今は亡きラングレイ氏本人と彼から剣を学んだリリアーナのみ。
他に可能性があるとすれば……。
「【天騎士】ラングレイ・グランドリア」
「!」
「あんたの剣の師匠は、リリアーナの父親か?」
リリアーナと同じくラングレイ氏に剣を学んだ誰か、しかありえない。
「リリアーナの……グランドリア副団長の知り合い?」
仮面女は剣を構えたまま距離をとるが、俺への攻撃は中止していた。
やっとこっちの話を聞いてくれる気になったらしい。
「俺はレイ・スターリング。……一応は俺も【聖騎士】だし、リリアーナは俺の友人だ」
「レイ……スターリング?」
俺が名乗ると、仮面女がこちらを訝しむように考え込んでいる。
俺は証明のためにフードを下ろして顔を見せる。
その顔を知っていたのか、仮面女はハッと顔を上げた。
「……! ギデオンの事件の中継に映っていたあの、片腕の!」
「そうだよ」
女化生先輩が治してくれたのでもう片腕ではないが、何にしろ俺のことは知っていたようだ。
「…………なぜ、あの事件解決の立役者の一人が、こんなところで少女を襲っているの?」
「だから襲ってねえよ!?」
「え?」
俺が彼女の勘違いに抗弁すると、彼女は驚いたような表情になる。
「俺は彼女を襲おうとしていたモンスターを倒して、気絶したその子を介抱しようとしただけだ」
「…………えぇ?」
俺の言葉を聞き、周囲の様子――先ほどの俺と【ティールウルフ】(仮)の戦闘で傷ついた木々など――を見回しながら、仮面女はぼそりと言葉を口にした。
「……どうしてそれを先に言わないの?」
「さっきこっちが弁解しようとしたら思いっきり問答無用しただろ!!」
「だから、私の仮面に文句をつける前にそれを言えばいいじゃない!!」
…………一理ある。
なるほど、それは……俺にも問題があった。
「って! そもそも言葉交わす前に斬りかかってきただろ!?」
「き、緊急事態だと思ったのよ!! 緊急事態は先手必勝って先生も言っていたもの!」
たしかに俺も同じシチュエーションだったら、まず先制攻撃したかもしれないが……。
「いや、モンスターならともかく、ちょっと悪そうな格好しているだけの男を初見で殺しに掛かるな」
「……どこかに鏡ないかしら! 自分の格好が「ちょっと悪そう」で収まるものか確かめさせてやる!」
「ああ、それならアイテムボックスにあるのぅ」
と、もう仮面女への警戒の必要が無いと考えたのか、ネメシスが黒円盾から人型に戻ってアイテムボックスをゴソゴソと漁り始めている。
ネメシスさんや、何でさっきからどちらかと言うと向こう寄りの言動なんですかね?
「……ようやく御主のファッションに言及してくれる同士ができたかと思うと、少し嬉しくてのぅ。いつもの面子はスルーしておるし」
「……俺の装備、それほどなのか?」
「だから鏡を探しておる」
と、そんな問答に対し、仮面女は武器から人型へと変じたネメシスに、少しだけ驚いている様子だった。
「人型に変わる<エンブリオ>……。あの寄生虫……もとい【女教皇】の<エンブリオ>と同じメイデンなのね」
女化生先輩、寄生虫呼ばわりされてる……。
まぁ、色々悪名広まってそうだしな。
「うむ。私の名はネメシス。このレイの<エンブリオ>だ。ほれ、鏡だ」
「ありがとう。私の名前は……アズライト。【剣聖】のアズライトよ」
【剣聖】、剣士系統のちょっと条件が難しい方の上級職か。
しかし、アズライトね。藍色の髪には似合っている名前だけど。
「それはそうと、繰り返すけどアナタの装備、黒い上にデザインまで禍々しいわよ。【堕天騎士】も真っ青だわ」
「いや、ジュリエットの装備はまた方向性違うだろう。あっちはゴシックだし。俺のは……ちょいワル?」
「贔屓目に見ても悪役四天王のラス一みたいな見た目ではないかのぅ」
「私は昔歌劇で見た【憤怒魔王】役の衣装を思い出したわ。あれより悪いけれど」
……そこまで言われると俺も「あれ? これそんなに悪そうに見えるのかな」って不安になってくるだろう。
「存分に不安になるがいい。……まぁ、ファッションの話はここまでにしておこう。御主達が要らん諍いをしている間、ずっと倒れていた娘が目を覚ましそうだからのぅ」
そう言われて俺とアズライトが視線を向けると、俺達の戦いの原因であった気絶していた少女が目を覚ますところだった。
◇
目を覚ました彼女の名前はシャーリーというらしい。
彼女はカルチェラタンの宿屋の娘であり、年齢は十三。料理に使うきのこや山菜を採るためにこの小さな森に足を踏み入れたそうだ。
モンスター避けのアイテムも使用しており、この付近の低レベルなモンスターは普段ならばそれで寄ってこなくなるらしい。
だが、先ほどの機械を纏ったモンスターには効果がなく、追い詰められていたところに俺達がやって来た、というわけだ。
ちなみに彼女は気絶する前に俺が彼女を助けに来たことも覚えていたので、ここで完全にアズライトからの誤解は解けた。
まぁ、めでたし。
さて、さっきのような機械付きのモンスターがまた出てこないとも限らないので、カルチェラタンまでシャーリーを送ることにした。
俺達もカルチェラタンを目指しているのだから丁度いい。
で、残るアズライトはと言えば、彼女もカルチェラタンに向かうそうだ。
「俺とネメシスはカルチェラタンで見つかったっていう<遺跡>が目当てだけど、アズライトもカルチェラタンに用事があるのか?」
「……私も<遺跡>の調査よ」
どうやらアズライトも目的地は同じであったらしい。
まぁ、<遺跡>なんて王国内では初めて聞く話だから、色んな人が集まるか。
「そうなんですか! でしたら、是非ご宿泊はうちの宿に! 恩人の方々ですから思いっきり値引きさせていただきます!」
俺達の話が聞こえていたのか、シャーリーが胸の前で拳をぎゅっと握りながらそう言った。なんだか張り切っているようだ。
「いえ、私は……」
アズライトは恐らく、「私はモンスターと戦っていないから」という類の発言をしようとしたのだろう。
「帰ったらお父さんとお母さんに事情を話して、あとレフティにお願いしてディナーに鶏を絞めてもらって。あ、そういえばこの間作ったキッシュがお客さんに好評だったから今晩も……」
が、シャーリーがものすごく張り切っている様子なので、口を開け閉めしつつ言うに言えない様子だった。
「まぁ、アズライトがあの子を助けようとしたのは確かだし、いいんじゃないか?」
相手は俺だったけど、まぁ何も起きてないし些細なことだろう。
「…………あ」
◇
シャーリーによるとカルチェラタンまでは徒歩でも一時間弱で着くらしい。
だから俺もシルバーに乗らず、四人で歩いてカルチェラタンに向かっている。
そうして歩き始めてから三十分。
元気の良いシャーリーと会話を交わしながら歩いていた俺だが、先ほどから気になることがある。
「…………」
歩いている最中、俺の後方にいるアズライトからの視線を常に感じる。
俺はその手のスキルは持っていないが、あれば確実に感知されるレベルだろう。
なぜ俺の様子を窺っているのか。まだ何か怪しまれているのだろうか?
「?」
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから【黒纏套】の端を掴まれた。
「…………」
掴んでいるのはアズライトだった。
仮面で彼女の表情は見えないが、俯いたまま黙している。
「どうかしたのか」と尋ねようとすると、先に彼女が口を開いた。
「ごめんなさい。急に、斬りかかって……」
「……ああ」
どうやらアズライトは突然切りかかった件について謝るタイミングを探していたらしい。
まぁ、さっきは売り言葉に買い言葉でタイミング逃してたからな。
けれど今、彼女の謝罪は受け取った。
どこか謝りなれていない様子だけれど、彼女が心から謝ろうとしているとは感じられた。
「いいよ。どっちも無事に済んだし、アズライトも彼女を守ろうとしてやったことだから」
「……でも」
「いいんだよ。ただ、次からは格好だけで判断しないでくれ。俺の格好はちょいワルだけど、世の中には極悪すぎる格好で優しいって人もいるからさ」
俺がそう言うと、彼女は何がおかしかったのかクスリと笑った後、
「分かったわ、…………あ、ありがとう」
緊張しながら、謝る以上に慣れていなさそうにそう言ったのだった。
To be continued
(=ↀωↀ=)<今回ほとんどファッションの話しかしていない……
(=ↀωↀ=)<そして自覚によってレイ君のファッションは改善されるのか!
( ̄(エ) ̄)<結論から言うと、あいつがファッションを自覚したところで性能の都合で使い続けるのは変わらないクマ