第二話 衣替えの季節
追記(8/19)
ミスがあったため《耐性》のスキルレベルを五→四に修正
(2018/07/11)
八巻収録に際して修正した部分を追記(生産スキル)。
□【聖騎士】レイ・スターリング
目的地も決まり、「カルチェラタン領に出発!」と思った矢先のこと。
「あ、すみません。着信が入りました。少しログアウトしてきます」
と言って先輩がログアウトした。
着信、というのは言うまでもなく携帯端末の着信だ。
<Infinite Dendrogram>のハードと携帯端末の連携を設定しておくと、電話着信やメール、SNSの通知があったときに【睡眠不足】や【尿意】と同様にお知らせしてくれるのである。
俺も設定しており、メールはともかく電話着信はアナウンスされる。
電話で連絡よこしてくるのは基本的に実家か兄なので早めに出たほうがいいからだ。
「レイ。ギデオンに戻らず他の地域に向かうのだから、クマニーサンに連絡しておいたほうが良いのではないか」
なるほど。たしかにまた言伝しておいた方がいいかもしれない。
今回、この土日を先輩とのクエストに費やすことは伝えてある。
しかし、これから向かう<遺跡>での転職や調査に、どれくらいかかるかは分からない。
ひょっとすると来週の土日にもギデオンに帰れていない可能性もある。
俺が帰ってくる予定で何か計画している可能性もあるので、早めに連絡を取っておこう。
先輩が先に戻ってきた時のため、地面に「こっちも電話のために一旦ログアウトします。レイ・スターリング」と書いてログアウトした
◇
リアルに戻り、兄と電話して戻ってきた。
こちらの用件は伝えられたのだが、兄から聞いた電話の内容がよく分からなかった。
「ギデオンの官憲に捕まった」とか「建物は壊したが俺は無実だ」とか「全部ガーベラが悪い」とか色々愚痴を言われたが、全部は聞き取りきれなかった。ていうかガーベラって誰だ。
話が長くなりそうなので電話を切って再びログインした。
「先輩はまだ戻ってきてない、か」
「ふむ。随分と長い電話のようだの」
それからさらに五分ほど待っていると、先輩が再びログインした。
その顔はどこか申し分けなさそうだった。
「お待たせしてすみません。実は……実家から呼ばれてしまいまして」
先輩の実家……たしか先輩の家って茶道の家元だったっけ。
『ビースリーならともかく、バルバロイのときに茶を点てる姿を想像すると笑えるのぅ』
「っ!」
やめろ、吹き出し笑いしそうになったぞ!!
「ち、ちなみにご実家はどこにあるんですか?」
ネメシスの念話に笑い出すのを懸命に堪えて、俺は先輩に質問した。
「京都です」
雅な地域だ。あと関西圏だ。
あの関西弁だか京言葉だか分からない女化生先輩が子供の頃に習いに行っていたというし、関西圏なのも当然といえば当然か。
「明日は大切なお客様を招いて藤林流の茶会を開くはずだったのですが……。家の者が皆、風邪にかかってしまいまして……」
「あー、それは大変ですね」
「はい。それで家の者が誰も出ないのはまずいという話で、急遽私が茶を点てることとなりました。今夜には実家に戻らないといけません」
京都まで東京駅からリニアに乗れば一時間少々もあれば着くけど、準備とかもあるだろうからなぁ。
しかしそうなると……。
「すみません。私は<遺跡>には同行できません」
「いえ、それは仕方がないですよ。ご家族やリアルも大切ですし」
むしろ、<K&R>の傍迷惑な襲撃や【モノクローム】の事件は先輩がいてくれたお陰で助かったのだから、謝られることじゃない。
「そう言っていただけると助かりますが……お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。左腕も治りましたし、カルチェラタン領までの道に出てくるモンスターなら俺一人でも何とかなります」
たしか、以前に教わったモンスターの分布に寄れば、今は初心者狩場と同じか少し上くらいのモンスターだったはずだ。
何でも<ノズ森林>の焼失から逃れたモンスターが北上し、全体的に分布が北にずれたらしい。
そのくらいの相手ならば、一ヶ月ぶりに《煉獄火炎》も使えるから何とでもなる。
いざとなれば、シルバーに乗って空を進めばいい。
「いえ、そうではなく……また<ソル・クライシス>のようなPKに狙われる可能性が……。それにシルバーを狙った犯行も……」
「……とりあえずさっき聞いた《窃盗》対策のアイテムボックス買ってから行くことにします」
デンドロではモンスターよりヒャッハーな<マスター>の方が恐ろしい存在だった。
◇
さて、そんな訳でお買い物タイムである。
先輩も出発まで時間があるので、買い物には付き合ってくれるそうだ。
「行き先は【許可証】を購入してしまったあの古物商かの」
……まぁ、心境からすると完全に「してしまった」ではあるんだが。
でもあれは俺の調査不足であって古物商にはもちろん罪はない。
それに、あそこは色々とレアアイテムを取り揃えていたので、目的のアイテムボックスが見つかる可能性は高そうだ。
で、記憶を頼りにあの古物商を探すと、すぐに見つかった。
あのときは気づかなかったが、看板には『魔王骨董品店 中央大陸支店』と書かれている。
……いや、大陸一つしかないよな? それとも海上のグランバロアに本店を置いているとか?
若干疑問の残る店名はさておいて、俺は久方ぶりに店内に足を踏み入れる。
以前に来たときと同様、店内に客の姿は見られない。品揃え良さそうなのに不思議な話だ。
と、あのときと同様にカウンターにいる頭巾を被った店主さんに声を掛ける。
「すみません。《窃盗》対策の施されたアイテムボックスってありますか?」
「はい。何種類かありますので、倉庫からお持ちします」
店主さんはそう言って奥の方に入っていった。
ちなみに他に店員はいない。レアアイテムを店頭に沢山置いているのに無用心だと思わないでもない。
まぁ、待つ間にちょっと店内のアイテムを見ていこう。
先輩も、狼桜に割られた分を補充したいのか盾を眺めているし。
「俺も防具買わないとな」
【モノクローム】戦で【BRアーマー】を始めとした防具はほとんど燃えてしまった。
手甲とブーツ、加えて外套は特典武具で補える。
しかし上半身と下半身防具は替えがなかったので、今はガチャから出た防御力のあまりない衣服を身につけている状態だ。
「もしもそれすらもなければ、今は裸マントだったのぅ」
「そんなドン引きする格好はちょっとな……」
「…………まぁ、これまでの格好も大抵の人間は引くがのぅ」
ネメシスとそんな会話をしていると、
「防具ですか。よろしければ私が持っているものをお譲りしましょうか?」
ビースリー先輩がそんな提案をした。
「え? 先輩の?」
真っ先に思い浮かんだのはバルバロイモードの先輩の【撃鉄鎧 マグナムコロッサス】であるが、あれは譲渡不可能。そもそもあれを人に譲りはしないだろう。
となると、他の鎧ということになるが……それはつまり。
「女性物ですか?」
「ふふっ」
俺がそう尋ね返すと、先輩は何かおかしかったのかクスクスと笑っている。
「ふふふ……すみません。鎧と言っても、私のお古ではありません。クランのメンバーが残したものです」
「クランのメンバー……ああ」
先輩――バルバロイ・バッド・バーンの率いたクラン<凶城>は、フィガロさんとの戦闘で大打撃を受けたことと、メンバーのリアルでの多忙を理由に解散した。
その際、引退するメンバーの装備を続行するメンバーで分けたとは聞いている。
「ほら、私のジョブが【鎧巨人】でしょう? ですから、皆さんも鎧は私に割り振ってくれました。それも女性物と男性物をまとめて……ふふっ」
そのときに何か面白いことでもあったのか、先輩は思い出し笑いをしている。
尋ねてみると、「間違えてブーメランパンツ型の鎧を私に手渡したメンバーがいまして。彼は他のメンバーから血祭りに上げられて……ふふふっ」だそうだ。
……はて、想像するとかなり凄惨な光景が展開されるのだが笑うところなのだろうか。
「本題ですが、レイ君に渡したいのはそういった男性物の鎧です」
「ブーメランパンツを!?」
「それではなく、普通のものです」
ああ、良かった……。
話の流れからそうなるかと思ってしまった。
「私には【撃鉄鎧】がありますし、今のように他のものを着るとしても女性物なので男性物は使っていませんでした。けれど、メンバーから頂いたものを売るのも忍びなかったので、この機会にレイ君に使っていただければ、と思ったんです。幸いにして、この店で売っている鎧よりも性能はいいですし。装備制限も合計レベル一〇〇以上なので今のレイ君なら扱えるものです」
「いいんですか?」
「はい、道具は正しく使われるためにありますから。鎧もレイ君に使ってもらったほうが良いでしょう」
先輩はそう言って、アイテムボックスから上下一揃いの鎧を取り出す。
それは獣の革と金属の装甲を組み合わせた複合鎧で、革の部分は紅色、金属の部分は黒色に、と色が分かれている。
「これは【ヴォルカニック・ダークメタル・アーマー】、通称【VDA】と呼ばれている鎧です」
「つよそう」という小学生並みの感想が口から出そうになったがこらえた。
しかし実際に名前も見た目も強そうで格好良い鎧だ。
「レジェンダリア産の魔法鎧で、《火炎耐性》と《暗黒耐性》が共にレベル四で、火属性と闇属性のダメージを二五%軽減する優れものです。それに、革の部分も熱に強くて燃えにくい。何より生産スキルで装備制限も低く抑えた代物です」
おお、そりゃいいものだ……待った。
古代伝説級の【黒纏套】の効力が光属性の一〇〇%カットなのだ。
ならば、合計で五〇%あるこの装備の耐性も相当なもの。
「……ちなみに、おいくらで?」
「…………値段を言うとレイ君が貰ってくれない気がするので言いません」
どうやらかなりのお値段らしい。
「いや、それは流石に」
「アイテムボックスの肥やしにしていても無意味なので貰ってください」
「じゃあせめてお金を……」
「貰い物をお金に換えたくないので要りません」
……先輩も結構頑なだ。
『【ガルドランダ】討伐の時の御主らも大概だったがの』
ああ、懸賞金分配の時の。
そんなこともあったなぁ……、一ヶ月ちょっと前なのに懐かしいくらいだ。
しかしどうしよう。両方が納得できるような……あ。
「じゃあ、例の狼桜から貰う賠償金。俺はこの鎧貰ったら要りません」
「……それならば、許容できます」
これなら直接お金に換えるわけでもないし、俺としても貰いすぎという感覚が薄れるので良い。
そんな訳で、俺は先輩から【VDA】を受け取り、装着する。
「いいですね。【瘴焔手甲】や【黒纏套】との一体感もあってしっくりきます」
「ええ、私もそう思っていました」
性能もコーディネートも抜群。
これはいいものを貰った。
「……………………」
「どうした? ネメシス」
「……いや、なんでもない。御主が喜んでおるなら、今は、うん。なんでもない」
どうかしたのだろうか。
ああ、もしかしてネメシスも人間体のときに使う新しい装備が欲しいのかな。
ちょっと見繕うかな。……あ、でもここ古物商だ。
折角だから今度新品を探して贈ろう。
◇◇◇
なお、ネメシスの心中は以下のようなものだった。
(レイの気持ちは嬉しいが、問題は私の衣服ではなくレイの方なのだがのぅ。
あのコーディネート、というかあの鎧……どう見ても悪役。
悪役クランのメンバーが好んで使っていたのだから、無理もない話ではあるがのぅ。
前の海賊義手やトゲトゲとした鎧と違い、コーディネートの一貫性が増した分だけ凶悪さも増したと言うか……)
そうして深く溜め息をつき、
(……格好だけ見たら、<ソル・クライシス>より余程悪党に見えるのではないか?)
ネメシスは幽かな不安を抱いたが、現時点では彼女もこの不安が的中するとは知る由もなかった。。
To be continued
( ̄(エ) ̄)<ファッションセンスって大事クマ
(=ↀωↀ=)<え? クマニーサンが言うの?
( ̄(エ) ̄)<……俺は着ぐるみを自分でコーディネートしてるわけではないクマ!