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エピローグ Start Up Ⅱ

(=ↀωↀ=)<外伝のエピローグです


(=ↀωↀ=)<なお、諸事情で今回の前書きと後書きはクマニーサンお休みです

■“監獄”――【兇手】ガーベラ


 私が五十時間ぶりに<Infinite Dendrogram>へとログインすると、見えた風景はセーブポイントに設定したギデオンじゃなかった。

 まるで西部劇のセットのような、土がむき出しの道と土埃を被った木造建築が立ち並んだ街並み。

 七大国家のいずれにも属さない景色がそこにはあった。


「……意外ね。“監獄”なんて言うから、分厚い壁に囲まれた屋内施設かと思ったのだけれど」


 見上げれば、青空が見えている。

 けれど、よく見れば一羽の鳥も飛んでいないし、雲もない。

 それと明るいのに太陽がなかった。

 ……やっぱり屋内施設なのかしらね、ここ。


「けれど、思ったよりも過ごしやすそうで良かったわ。――どうせすぐに脱獄するけれど」


 そう、私は“監獄”にこそ送られたけど、すぐに出て行く。

 アルハザードの必殺スキルを使った私なら、こんな“監獄”なんてあっさり脱出できるはずだもの。

 そうすれば私は“監獄”から脱獄した初めての<マスター>になる。

 これが私の善後策!


「……なんて考える(・・・)のも、あいつに言わせれば「私が自分の望むように現実を歪めている」になるのかしらね」


 善後策という発想はたった今考えた。

 私は自分が失敗するなんて欠片も思っていなかったから、事前にそんなことを考えるわけもない。

 都合のいいように歪めようとしたのだと、自覚できてしまった。

 あいつのせいで。


「あぁもう! グチャグチャする!!」


 あの日、ルークの言葉を聞いてから、ずっとこんな煩悶を続けている。

 私が何か気分の良いことを考えても、すぐに「それって本当に合っている?」って疑問が脳裏をよぎってしまう。

 今だけじゃない。昔の楽しかった思い出も、私が素晴らしかったという記憶も、綻んでいく。

 こんな気持ちが、あの時からずっとだ。

 デスペナルティが空けてすぐにログインできなかったのも、ログインできるだけの気持ちの整理に時間が掛かったから。


「あいつ……許さない!」


 言葉で私の心を抉ったルーク。

 あいつは許さない

 無敵だったはずの――私の贔屓目なしでもきっと無敵だったはずのアルハザードを、私ごと破壊した【破壊王】にも思うところはあるけれど、ルークへの恨みはその比じゃない。

 あれから……私は少しも楽しくない。

 リアルで過ごしていても、理想の自分に入り込めない。

 まるで呪いのように、ルークが刺した言葉の棘が私を苛む。

 だから、決めた。

 絶対に“監獄”から出て、あいつに逆襲してやる。

 そのためにまたログインしたんだから!!


「まずはアルハザードに“監獄”の構造を調べさせなきゃ……でも噂どおりの別サーバーだったら脱出のしようも……いいえ、私なら……けふっ」


 考え事をしていたら土埃が喉に入って咳き込んでしまった。

 もう! いくら西部劇モチーフにしても土煙がひどい。

 どこか綺麗な場所で休みたい。

 あるはずよね、綺麗な場所。有料の刑務所とかホテルみたいだものね。

 ここだって<Infinite Dendrogram>なんだからちゃんとした施設あるわよね。

 なかったら……建築関連の<エンブリオ>かジョブ持ってる奴を締め上げて作らせるわ。

 これでも潜入のために建築事務所関係のジョブも取っていたから、設計なら出来るもの。

 あとは労働力と材料さえあれば家建てられる。

 そうね、脱獄するまでの仮宿だけれど、私は<超級>だもの。

 ここの頂点に立つことも出来るはずだわ。

 ふふ、脱獄するまでに“監獄”の中の王に上り詰めるのも面白そうね。隠し超級職だってあるかもしれないわ! そうすれば再びメンバーを見返す機会もやってくる!


「でも、本当にできるのかしら…………ああもう!!」


 また気分よく考えている最中に余計なことまで考えてしまった。

 これも全部あいつのせいだわ!!

 ルーク……、脱獄したら絶対にグチャグチャにしてやる……!

 物理的にも精神的にも……絶対なんだから!


「そこの新入りっぽい姉ちゃん、さっきから何一人で百面相してんだ?」


 と、煩悶する私にいかにもなアバターの男が声をかけてきた。

 いずれも分かりやすくPKかそれに類する者ですといった風貌。

 いかにもクソザコっぽいわ。


「あなたには関係ないでしょう。目障りだから消えて」


 消えなければ背後に立たせたアルハザードで細切れにしてやるわ。


「おお、怖っ。まぁ、“監獄”に入ったばかりで気が立ってるってえのはわかるけどよ。俺も<ウェズ海道>で“酒池肉林”に倒されてここに来た時は……」


 ……自分語りが始まってウザイからぶっ殺すわ。


「と、そうだ。本題はこれだ。姉ちゃん、これ持ってきな」


 うざい男はそう言って……一冊の本を差し出した。


「これは何? 宗教の勧誘とかならお断りよ」


 そしてクソザコの首も両断(お断り)ね。


「いや、<月世の会>じゃねえんだからそんなことしねえって。これはあれだよ」


 男は掲示板に張られた紙のうちの一枚を指した。


【毎月十の倍数日は読書の日です】

【図書館の本を読んでレビューを書くと、“監獄”内通貨で一〇〇ジェイルリルを配布します】

【参加は自由です】

【※本を読むときは静かに読み、読まない方も読んでいる人の邪魔にならないよう静かにするように努めましょう】

【※読書は心を豊かにします】

【“監獄”担当管理AI レドキング】


「……ここはガッコウなのかしら?」


 それに一〇〇ジェイルリルが外の一〇〇リルと同じならばはした金もいいところだ。

 それなのに私にも本を読めってこと?

 馬鹿にしてるの?


「ここの囚人はそこまで飢えてるの? でも飢えたなら他の囚人から奪えばいいのではなくて?」


 全員指名手配犯なんだからそれが自然よね。

 石を投げれば泥棒に当たるなんてレベルではないでしょうに。


「いいや、別にレドキングの野郎の品行方正イベントに乗ってるわけじゃねえんだ。でも本は持っていた方が良い」

「じゃあどうして?」

「あの人が熱心に参加してるからだ」


 ……あの人?


「あの人って?」

「ゼクスさんって人だ。この“監獄”に四人いる<超級>の一人なんだが、あの人は模範囚だからこういうイベントに熱心なんだよ」

「……はぁ?」


 私の口から疑問とも呆れともつかない言葉が漏れた。

 ゼクス、その人物はもちろん知っている。

 【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル……私の所属する<IF>のオーナーだもの。

 それが、模範囚で品行方正イベントの参加に熱心?

 何馬鹿言ってるの?

 【犯罪王】よ?

 それが読書してレビュー書いて小銭貰って喜ぶとでも?


「そんな訳で、体裁だけでもイベント参加してますって装った方があの人と敵対する可能性も低く……」

「ねえ、ちょっと教えなさい」

「お、なんだい?」


 私は情報通っぽいクソザコの襟首を掴んで、問いただす。


「そのゼクスさんはどこにいるの?」


 ◆


 情報通のクソザコに教えられたのは、この“監獄”の中でも小奇麗な場所だった。

 それは喫茶店のようで、白い壁は土埃に汚れず綺麗なまま。

 掃除も行き届いているようだし、ギデオンにあっても不思議じゃない店構えだ。

 店名は<ダイス>。

 名前の通り、ボール大の木造サイコロが看板のように扉の横にかけてあった。

 けれど、よく見るとサイコロの目が「六」しかない。

 なにこれ、イカサマにしても四五六賽じゃないの?


「あ、そういえば……」


 私はカードに使う暗号を書くために色々な国の文字を調べて、単語も幾つか覚えた。

 その記憶が確かなら、確かドイツ語の「六」は「ゼクス」で、「サイコロ」は「ヴュルフェル」だったはず。

 つまり、オーナーのネームのゼクス・ヴュルフェルって「サイコロの六」って意味なのよね。

 もしかしてサイコロって店の看板じゃなくてオーナー所縁のもの?

 でも、何で喫茶店にこんなものが?


「……自分の縄張りだからサイコロを飾らせてるのかしら」


 少しだけ警戒意識を強めてから、私はガラス戸を開けて店内に入った。


『イラッシャイマセ』


 店内に入ると、機械仕掛けのウェイトレス人形が私を出迎えた。

 どうも、この“監獄”にはティアンはいないみたいね。代わりに機械人形が接客をしているようだわ。

 ……ぶっ壊して品物盗む奴いないのかしら。

 それにこの人形も一見すると人に見えるくらい出来がいいわ。球体関節だし、額にダイヤモンドみたいな宝石が埋まってるからすぐに人形と分かるけど。

 ちょっと気になって《鑑定眼》で人形を見ると、名前は【金剛石之抹殺者ダイヤモンド・スレイヤー】で、説明には「煌玉人」と書かれている。

 …………あれ? 品物盗むというかこれ自体がすごい高級品なんじゃ?


『オキャクサマ?』

「……ハッ!」


 目の前の人形の市場価格を考えて少し呆然としてしまった私だけど、すぐに正気を取り戻してここに来た目的を実行する。


「ゼクス・ヴュルフェル! 【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルはいる!?」


 私は席に案内しようとする人形を手で制して、店内にそう呼びかけた。

 店内にまばらにいた客が怪訝な顔でこちらを見ているけど知ったこっちゃないわ。

 私はオーナーの顔を知らないから、呼びかけなきゃ見つからない。

 この中の誰かがオーナーのはずだもの!


「<IF>のメンバー、ガーベラよ! 一度オーナーと話をしたいと思ってきたのだけど、いないのかしら!」


 私がそう言うと、なぜか客は一様に安堵したような顔で息を吐き……本を読み始めた。

 よく見ると、全員が読書していた。

 なんなのよ!


「いないの!?」

「あの、少しよろしいでしょうか?」


 客の全員が私の呼びかけに応じないので、ここに【犯罪王】はいないのかと思った矢先……私に声をかけてきた人物がいた。

 それは、この喫茶店の店主(マスター)のようだった。

 エプロンをかけ、黒縁の眼鏡をかけた冴えない青年だ。

 “監獄”にティアンはいないかと思ったけど、ちゃんといたのね。


「なによ! 注文ならしないわよ! こっち来たばかりでジェイルリルとかいう“監獄”の通貨ないもの! 無一文よ! 悪い!?」

「いえ、注文伺いではありません。確認したいのですが、あなたは<IF>のメンバーなのですか?」

「そう言ってるじゃない! だから早く【犯罪王】を……」

「この私です」

「……………………え?」


 一瞬、相手が何を言ったか理解できなかった。

 けれど、ティアンだと思っていた店主の左手の甲を見れば……<エンブリオ>の紋章がそこにあった。


「この私が【犯罪王】のゼクス・ヴュルフェルです。はじめまして。ガーベラさん……でよろしかったですよね?」


 冴えない青年は…………私の想像図とまるでそぐわない【犯罪王】はそう言った。


 ◆


 数分後。私はカウンター席に座り、オーナーの淹れたコーヒーを飲んでいた。

 ……美味しいのがなんか腹立つ。

 お茶請けがなぜかポップコーンだったのが不思議で聞いてみたけれど、「友人が近頃ポップコーンに凝っているもので、私も始めてみました」ですって。ポップコーン作りが流行ってるのかしら。

 でもお茶請けなら私の好物のドーナツにすべきね。

 あ、ポップコーンとドーナツを思い出したらそっちも腹立ってきたわ。

 おのれ、ルークと【破壊王】。


「……それにしても、本当にあなたがうちのオーナーなのね」


 あの後、簡易ステータスやらを見せてもらい、ようやく私も納得した。

 名前も、ジョブも、間違いなく【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルだった。

 ……合計レベルの値は何かのバグだと思うけれど。


「ええ。ですが、私自身もこの私がオーナーと言えるかは疑問に思っています」

「?」

「元々、ゼタさんとラスカルさんに頼まれて務めただけで、半ば名義貸しのようなものでしたから……。それに、この私はクラン結成からすぐ“監獄”に来てしまったもので、運営も結局お二人に投げてしまっていますから……」


 ラスカルとは私をスカウトした<超級>の名前だ。

 ……うん、たしかにオーナーで間違いないみたいね。

 本人がそれっぽくないし、見た目も全く【犯罪王】じゃないけれど。

 もっとこう、暴虐でワイルドな男とか、あるいは膝の上に猫乗せてるマフィアのボスみたいなイメージだったわ。


「何で喫茶店の店主なんてしてるのよ?」

「暇を持て余してしまったので……何か趣味を持とうと考えて始めました。半年かけてコーヒーを淹れるのもそれなりになりました」

「……スキルなしにこれだけ美味しければ、リアルでも喫茶店開けるわよ」

「そこまで褒めてもらえるとは……ありがとうございます」


 ……物腰が低いし柔らかいわ。

 これで本当に【犯罪王】なの?


「ところで、このお店のお客って……みんな本読んでるわね」

「はい。今日は読書の日ですからね。皆さん、コーヒーを飲みながら熱心に読んでいらっしゃいます」

「ふーん」


 カウンターの中を見るとオーナーも仕事の傍ら読書をしていたらしく、ナイチンゲールの伝記が栞を挟んで置かれていた。

 本当に熱心に品行方正イベントに参加してるみたいだけれど……その本のセレクトは品行方正過ぎないかしら?

 模範囚にも程があるわ。とても【犯罪王】とは思えない。

 ……聞いてみようかしら。


「街であなたが模範囚って聞いたのだけど……どうして?」

「どうして、とは?」

「【犯罪王】なんだから、それこそ“監獄”を影で支配して乱痴気騒ぎをしたりするんじゃない?」

「いえ、それは違います。犯罪者なら服役中は刑務所の規則に従うものですからね。だからこの私も(・・・・・・・)そうしています(・・・・・・・)

「そう。……?」


 今、何か変なニュアンスの言葉が混ざったような気がするけど、気のせいかしらね。

 ルークのせいで色々と考えすぎるから最近は多いのよね、こういうの。


「ところで、オーナーってゼタとリアルでメールのやり取りしてるのよね?」


 前にクラン内の告知でそんなこと書いてあったし。


「ええ。ゼタさんのメールはアラビア語なので、翻訳ソフトなしだと大変ですけど」


 ……あっちの人なんだ、ゼタ。


「メールでも、あの喋り方なの?」

「ええ。けれど、あれは翻訳後に意図がわかりやすくて助かります」


 ……ああ、たしかに。

 あ、そうだわ。


「次にメールを出すときは私のことも書いておいて。『その内に脱獄します』って」

「ガーベラさんは脱獄に挑戦するおつもりで?」

「もちろん、私の<エンブリオ>は最強……じゃないかもしれないけどそういうことに向いているもの」


 ……最強と断言したいのにできなくなったのが辛い。

 おのれ、ルーク。


「それならもうしばらく待ったほうが良いですね」

「どうして?」

「もうしばらくすると【災菌兵器】攻略中のキャンディさん……【疫病王】の準備が整うので、この私とあなたも合わせて三人で確実に脱獄できます」


 【疫病王】、ティアン最多殺傷者とか言われているやばい奴よね。

 私とも相性悪そうだから気にしていた相手ではあるけれど……。

 …………あれ?


「あなたも含めて、三人?」

「はい。ハンニャさんはそろそろ刑期があけますし、フウタくんとは協力体制が築けませんでしたから」


 多分、他の二人も<超級>なんだろうけど、私が聞きたいのはそうじゃなくて。


「オーナーも脱獄するの? 満喫しているみたいなのに」


 喫茶店まで開いて。


「ええ。だって、重犯罪者は服役している間に脱獄を試みるものですからね。だからこの私も(・・・・・・・)そうします(・・・・・)

「…………」


 まただ。

 何だろう、オーナーの言葉。

 さっきからたまに、違和感が混ざる。

 でも、私では上手くその違和感を言葉に出来ない。


「ああ、そうだ。脱獄といえば、ガーベラさんはそもそもどうしてここに?」

「…………」


 私にとって理由と顛末を話すのは簡単ではない。

 それは取りも直さず、自分の失敗を自分の口から言うことに他ならないから。

 きっとあの言葉を聞く前の私なら、私から見た成功の話をしただろう。

 けれど、今の私には出来そうにないので……仕方ないから客観的な話をした。

 私はギデオンでの事件について順を追ってオーナーに話した。

 オーナーは頷きながら、時折コーヒーの御代わりを私に差し出しながら、話を聞いてくれていた。

 ちなみに、他の客は私とオーナーがこのことについて話し始めたあたりで、空気を読んだのか退店している。なんだか慣れた様子だった。


「そうして実力証明のために【破壊王】に挑んで……あっさり負けたわ」


 自分の敗北を自分の口で言うのは、疲れた。


「ああ、それは大変でしたね。分かりますよ。この私もシュウに負けてここにいますから」


 私が語り聞かせた内容に、オーナーは同意するように頷きながらそう言った。


「負けた? でも私が聞いた話では引き分けたって……」

「いいえ。この私は負けました。私はシュウによってデスペナルティに追い込まれましたが、シュウは反動によるデスペナルティですからね。だから、この私の負けです」


 オーナーはそう言って自分の敗北を認めて話していた。

 その言葉に悔しそうな気配は微塵もない。

 収監されてからの期間で心に折り合いがついたのか、それとも最初から悔いてはいなかったのか。

 私には分からない。

 ただ……何でだろう。

 オーナーが宿敵であるはずの【破壊王】に対して、敵意ではなく親近感をもって話しているように感じるのは。


「それにしても、ガーベラさんの<エンブリオ>の能力をシュウがどうやって攻略したのか……」


 オーナーは何かを思案している様子だった。


「絶対に感知されないはずのアルハザードが感知されたのですね?」


 オーナーにはアルハザードの能力についても話した。

 元々クランのメンバーは知っているのだから、オーナーにも伝えておくべきだと思った。


「そう、それがどうしてか……本当に今も分からないわ」

「そうですか……じゃあ試してみましょう。この私を攻撃してください」

「え?」


 オーナーはそう言って、カウンターの中から出てきた。

 そうしてテーブルを動かしてスペースを作っている。


「カップを割るといけないので、場所を作りましょう」

「え、いや、でも……えぇ?」


 この人、本気?

 いきなり「攻撃してくれ」って……マゾなの?


「遠慮はいりません。どこでも構いませんので、この私をアルハザードで攻撃してください」

「……後で文句言わないでよ?」


 攻撃してみないと話が進まなさそうだったので、観念して実行することにする。

 私はアルハザードを動かして、オーナーの横に配置する。オーナーに見えている様子はない。

 そのまま腕を浅く切るよう、アルハザードに鎌を振らせて、


「ああ、そうだ。新聞紙も敷いた方が」

「あ!? 今動いちゃ駄目……!?」



 ――直後、腕を浅く斬るはずだった鎌は屈んだオーナーの首を切断した。



「あああああああああ!?」


 ゴロゴロと、オーナーの首が床を転がる。

 転がった首は、ガラス戸にぶつかって止まった。

 外から店内が見えたらしい<マスター>が、悲鳴をあげて逃げていった。


「ど、どうしよう……!?」


 オーナーをうっかりデスペナしちゃったじゃない!?

 え、これ、私のせい!?

 これ他のメンバーから、「私の実力証明してやる!」でオーナー殺したって思われない!?

 どうしよう!?


「やはり痛みはありますね」

「…………え?」


 数十秒前まで聞こえていた声が、再び私に耳に届く。

 見れば、首を切断されたはずのオーナーの体が、光の塵にもならないでまだ残っていた.

 それどころか、頭もないのに発声している。


「アプリル。お手数ですが、その私の頭をパスしてください」

『カシコマリマシタ。所有者閣下(オーナー)


 首なしオーナーはガラス戸の傍の人形――多分アプリルって名前――に自分の首を拾わせ、放り投げられたそれを受け取った。


「分かりましたよ。ガーベラさん。あなたのアルハザード、痛覚は消せないんです」


 自分の首を繋げもせずに(そもそも繋げられるのかという話になるけど)、オーナーはアルハザードについてそんな考察を口にした。


「い、ええ!? いや、それより明らかにオーナーの首が異常事態なんですけど!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫ですよ。体の部位が欠けること、木っ端微塵になることは普通です。エミリーもそうだったでしょう?」

「そうなの!?」


 そんな有り様になる場面なんて見たことないから知らないわよ!?


「そ、それに頭がないのに喋って……」

「声帯も肺もこちらにあるのだから、こちらから話すのが自然では?」


 ……首が切れても平然としてる時点で自然もクソもねえわ!!

 ていうか、痛覚!? 痛覚って言った!?

 この人、痛覚オンで首切られたのにこんな平然としてるの!?

 何なの!? 実はリアルでもバケモノか何かなのこの人!?


「では、繋げましょう。このままだと目も合わせられません」


 オーナーは自分の首を断面の上に置き、首は何事もなく繋がって元通りになる。


「…………グロい」


 視覚的に、切断よりもショッキングだわ。

 痛覚云々を抜きにしても明らかに異常な光景だけど、<エンブリオ>ならそれも可能かしら。

 ……カルディナの【殲滅王】みたいな全身置換型(・・・・・)とか?


「……オーナーの<超級エンブリオ>、モチーフはデュラハンですか?」

「デュラハンですか。格好の良いモチーフですが、私の<エンブリオ>は違います」


 ……じゃあ何なら首が取れても平気なのよ!!


「それより今はガーベラさんのアルハザードです。今、私は首を切られた時に痛みを感じました。アルハザードは痛覚を隠せません。きっとシュウにもそこからバレたのでしょう」

「…………そんなの想定してないわよ」


 痛覚オンなんて頭おかしいもの。

 ていうか、痛覚オンにして「攻撃してください」って言ったオーナーの脳が正常かを疑うわよ!!


「今度はガーベラさんの痛覚をオンにして攻撃してみてください」

「…………分かったわよ」


 さっきは振り抜いたら大惨事だったから、今度は軽く突く形で……。


「ああ、狙う場所なのですが」

「だから動くなっつってんでしょ!?」


 二の腕を突くはずだった鎌の先端は、直前で向きを変えたオーナーの心臓をぶち抜いていた。

 ……もうやだなにこれ。


「なるほど、分かりましたよ」


 心臓をぶち抜かれても当然のようにデスペナルティにもならず、オーナーは平然としていた……不死身すぎる。

 どうやってこれをデスペナルティで“監獄”送りにしたのよ【破壊王】……引くわ。


「今度は痛みを感じませんでした。やはりガーベラさん自身の感覚に依存しているようです」


 体験したオーナー曰く、アルハザードは痛覚に関する隠蔽だけは私の痛覚オンオフに由来するのではないか、とのこと。

 ……こんなの、アルハザードの<マスター>である私も今の今まで気づかなかったわよ。


「でも、痛覚オンの<マスター>なんてそうそういないから、これ弱点にならないわよね?」

「いいえ? 状況に応じてオンにする<超級>は時折いますよ。常時痛覚をオンにしている人だっています」


 常時痛覚オンって……馬鹿なんじゃないの、そいつら。

 それともマゾヒストの集まりなの?


「じゃあ、今度から痛覚オンにしてそうな<マスター>に注意して……」

「いいえ。もっと簡単な克服方法があります。ガーベラさんが常時痛覚オンで過ごせばいいのです」


 …………………………………………は?


「……いやいや、無理だから。何言ってんの? 馬鹿じゃないの?」


 言葉遣いを取り繕う余裕もない。

 けれどオーナーは気にした様子もなく私の方にポンと手を置いた。


「大丈夫です。過ごせるようになるトレーニング方法があります」


 そしてオーナーは、名案とでも言うようにこう言った。


「地獄の特訓です」


 ◆


 それは喫茶店の地下にあった。

 まるで、私が潜伏していたギデオンの闘技場舞台のような設備。


「見た目だけですけれどね。決闘関連の施設みたいに便利な結界はありませんよ。準備はよろしいですか?」

「はいはい……」


 これから起こることに憂鬱な気分になりながら、私は痛覚をオンに設定する。

 要は【破壊王】がルークに対して行っていたことよね。

 痛覚オンのままHPを削るあの特訓。【破壊王】は当て身でルークのHPを大きく削っていた。……アルハザードと融合した私を一撃で葬るパワーでよくあんな小器用な真似ができたと今は感心しているけれど。

 ……そういえば、あれも「地獄の特訓」だったわね。痛覚オンだからみんな“地獄の”って付けたくなるのかしら?

 ただ、私の場合は<エンブリオ>の進化の方向性に影響を与えるとかじゃなくて、痛みの感覚に慣れさせようというもの。

 私だって痛いのは御免だし抵抗もした。

 けれど、結局言葉とよく分からない威圧感で詰められて承諾してしまった。

 ……正直、あのときが一番【犯罪王】っぽかったわ。


「それに……特訓自体は強くなるために必要ではあるものね」


 これをしないとアルハザードに弱点が残り続けるとなれば仕方ない。

 私だって、私のアルハザードが最強だと改めて信じたい。

 そのために出来ることがあるなら、多少の苦難は受けて立つ。

 もう一度、「私の<エンブリオ>は最強なんだ」と、心の底から言えるように。


「では、始めますね」

「……できればあまり痛くしないで」

「それは無理ですね。手始めに舌を抜きますのでとても痛いと思います」

「え?」


 オーナーは私の顎を掴み――そのまま舌を引き千切った(・・・・・・・・)


「!??!???」


 ――――――――――――――――


 その瞬間は、痛みと驚愕で思考が拡散し、何も考えられなかった。


「ひゃひほ……!?」


 ボタボタと痛みと共に血を垂れ流す口で問いかけた私に、オーナーはこう言った。


「ですから地獄の特訓です。予め強い痛み……、舌を千切り、手足をもぐ痛みに慣れていれば、実戦でどんなダメージを受けても気にしなくて済みますから」

「ほんな……!」


 こんな身体の欠損を伴う特訓なんて正気!?


「欠損についてはご心配なさらずに」


 オーナーは【ジョブクリスタル】を取り出して使用する。

 ジョブを【犯罪王】から別のジョブに切り替えて……「《聖女の祈り(・・・・・)》」と呟いた。


「もう治しました。確かめてみてください」


 そう言われて、恐る恐る口内で舌を動かそうとする。

 その感触で分かる。舌は元通りになっている。指で確かめても、ある


「今の、は、…………え?」


 けれど、自分の重傷が跡形もなく消えていたことより、私は眼前のオーナーの変化に驚愕した。

 寸前まで、オーナーは眼鏡をかけた冴えない青年だった。

 けれど今、私の目の前にいるオーナーは格好こそ同じだけど……、胸は膨らみ、背格好も変わって、髪も伸びて、明らかに女性(・・)となっていた。

 《看破》では、【聖女(セイント)】ゼクス・ヴュルフェルと表示されている。


「…………」


 理解不能だった。

 突然に舌を引き抜かれたことも。

 その傷が瞬く間に消えたことも。

 【犯罪王】が【聖女】になっていることも。

 彼が、まるで似ていない美女になっていることも。

 ……そういえば、【犯罪王】の罪状に“聖女剥奪事件”というものがあった。

 前はもっと変な意味かと思っていたけれど、直裁的な事件名だったのかもしれない。


「この私がいれば、重傷でもデスペナルティなしで完治できますから、安心して特訓に臨んでください」

「…………」


 加えて、オーナーについて分かったことがある。

 オーナーは物腰柔らかい穏やかな人だけれど…………頭のネジは全部外れている。


「今日は初日なので軽めに、四肢切断十セット(・・・・・・・・)で切り上げましょう」

「…………アハハハハ」


 口から乾いた笑いが漏れる。

 ああ、今気づいた。

 私はずっと、他の<マスター>を見下していたはずなのに。

 オーナーだけは、徹頭徹尾見下していなかった。

 多分、馬鹿と言われる私でも、本能で理解していたんだ。


 ――これには絶対に敵わない、って


「はぁ……」


 でも、観念して特訓は受けよう。

 考えてみれば、あのルークだって似たようなことはクリアしている。

 私もこれを乗り越えて、完全無欠になった本当に最強の私であいつにリベンジしてやる!!


「…………お手柔らかに」

「いいえ。手が柔らかいままだと切れないので硬くします」

「手刀でやるの!? ちょ、こわ……ああああああ!?」


 そうして私の“監獄”生活が……地獄の特訓の日々が始まる。

 ……おのれ、ルーク。この分もいずれ必ずぶつけてやるわ!!



 ◆◆◆



 ■ドライフ皇国・某所


「…………」


 某所にて、<IF>のサブオーナーであるゼタはメンバーのラスカルからの通達を受けていた。

 それは新入りであるガーベラに関した話。

 実際にガーベラと顔合わせして、ゼタは「彼女は本当に大丈夫なのだろうか」と思い、彼女をスカウトしたラスカルに連絡を取った。

 その返事が、彼女が広げた手紙だった。


「……納得。そういう話なら、理解できます」


 手紙には、大まかにはこう書かれていた。


 その一、ガーベラは戦力としては極めて有用だが性格面の矯正が自分では難しい。

 その二、こういう矯正はオーナーが最も向いている。しかしオーナーは“監獄”の中。

 その三、ガーベラにあまり重要でない仕事を与えれば、フラストレーションから暴走するはず。また、それは彼女に対抗できる<超級>が複数いるギデオンが最適だった。

 その四、彼女が失敗により“監獄”に送られれば、そこにはオーナーがいる。

 結論、オーナーならまず確実に矯正できる。それにオーナーの脱獄に際してガーベラの能力は有用だ。


 その企ては、ゼタも納得せざるを得なかった。

 たしかに慢心を叩き直すことにかけてゼクスの右に出るものはいない。

 なぜなら、ゼクスと相対して自分の常識と慢心を維持できる者などほぼいないからだ。


「…………」


 ゼタとゼクスのメールのやり取りによれば、脱獄は王国と皇国の戦争終了付近になるだろうという話だった。

 <Infinite Dendrogram>の時間であと数ヶ月。それだけあればガーベラも矯正されるだろうな、とゼタは考えた。


「複雑。オーナーと“監獄”でずっと一緒ですか……。不憫ですが、羨ましくもあります」


 ゼタは地獄の特訓の只中にあるガーベラを憐れみ、同時に少し羨ましく思ったのだった。


 To be Next Episode

(=ↀωↀ=)<これにてESⅡ終了


(=ↀωↀ=)<次回更新から第五章突入ですー!

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