破 犯人への至り方
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□【亡八】ルーク・ホームズ
犯人の思惑までは推測できたけれど、ここから犯人へと至るのは難しい。
「現状、手掛かりになりそうなものはこのカードくらいだね」
カードに書かれた暗号は犯人の直筆で間違いない。
ティアンに書かせて証拠隠滅に殺害する、ということも考えたけどそれはできないはずだ。
未知の言語……地球の言語を数多使用したこの暗号は、ティアンでは正確に書き写すのも難しい。少なくとも書かれた文字に「これで合っているのか?」という迷いは見られない。根本のミスはあるけど。
では共犯者の<マスター>がいたとすれば?
それもない。
この犯人はお兄さん――強者とされる存在を翻弄することに暗い喜びを持っているように見受けられる。
そんな犯人が、他の<マスター>を自分の偉業に噛ませる可能性は低い。
それに口封じ出来ない<マスター>ではネット等で真相を書き込む恐れがあるから、やっぱり犯人は単独犯の可能性が高い。
それとこの暗号について、犯人は自分の存在を誇示しながらも秘匿している。
矛盾しているようだけれど、犯人は暗号によって秘匿されている文面にわざわざ「自分は今日こんなことをした」と己の存在の誇示をしている。
自分をアピールしたいけれどバレたくはないという心理が見て取れる。
……それでももう少し暗号の中身が出揃えばそこからも辿れそうだけれど、これ以上被害者が出てもよくないから先に見つけてしまおう。
「じゃあ筆跡鑑定とかー?」
「バビ。それは比較する筆跡があればの話だよ」
犯人の書いた何らかの文章がなければ、このカードとの突き合わせもできない。
冒険者ギルドの依頼受注の際にはサインを書くけれど、犯人が王国で依頼を受けたことがなければ難しい。
強いて言えば、二枚のカードの筆跡は完全に一致している、くらいしか今は分からない。
「筆跡を見ただけで本人を追跡できる<エンブリオ>でもあれば、話は早いんだけどね」
「ルークー。それはロマンがないんじゃないー?」
ロマン……ね。
「バビ、それは怪盗の領分だよ。探偵の領分は、真相を明らかにすることだけさ」
そのためには地味なことや大変なことも多くするし、ロマンがないように見えることもある。
今回もそんな<エンブリオ>がいるのなら、即座に協力を依頼しているよ。生憎、知り合いにはいないけれど。
「知り合い……」
いや、近いことが出来る知り合いはいた。
今回の件、彼女の力を借りる必要もあるかもしれない。
あとで打診しておこう。
「犯人の手がかりを掴むために、まずは二件の事件での犯人の行動を再確認してみよう」
今回の強盗殺人事件、隠し金庫の中の金品も奪われている。
また、順番としては金庫の中身を盗んでから、家主を殺害している。
家主の殺害が後なのは、血の匂いなどで事件が発覚した際にすぐ離れるため。
けれど、ここにもう一つ見えてくるものがある。
それは、犯人は予め隠し金庫の位置も把握していた、ということ。
家主から聞き出した後に殺害したのではなく、隠し金庫を予め知っていて金品を取り出している。
そういえば、屋敷そのものについての情報は、警報システムと隠し金庫以外はまだ詳しく調べていなかった。
このあたりから、少し当たってみよう。
◇
再び<DIN>に赴き、事件のあった二つの屋敷に関する追加の情報を得た。
あの組織は本当に知りすぎていて、探偵の手間を省くための存在ではないかと思いたくなってくる。
「隠し金庫はどちらも、家の仕組みと連動したもの、か。」
よくある本棚を押し込んだり、彫像の目に宝石を嵌め込んだりすると、壁がスライドして金庫が出てくる仕組みだ。レトロゲーム愛好家のお兄さんなら「カ○コン」と言うだろう。
こういった仕掛け金庫はギデオンの資産家の間ではそれなりに流行っているらしい。
そして、この設備は建築段階で組み込む必要があり……被害に遭った商家の建築を担当したのはどちらも同じ建築事務所だ。
「……なるほど」
隠し金庫を発見するまでのスムーズさから可能性は三つ。
一つ、そういう能力の<エンブリオ>だった。ただしこの仮説の場合は推理の余地がなくなるため、一時凍結。
二つ、犯行を行う屋敷を決めた後、建築事務所から設計図を盗み見た。屋敷に忍び込める手合いならば不思議でもない。
三つ、犯人は屋敷を設計した建築事務所の職員。
なお、僕と同様に<DIN>から情報を買ったという線は、<DIN>に確認を取っているのでありえない。この情報を買ったのは僕が初めてだった。
「さて……」
今回の事件、被害者である二つの商家の主は、同じ建築事務所が担当した家屋敷に住んでいるということくらいしか接点がない。商いの種類も規模もまるで違う。
他の共通点を強いて挙げれば、両方とも違法ではないがあくどいやり口で有名だった人、というくらい。
そういう人を選んだのは「少しでもお兄さんが狙いそうな輩」ということなのだろうけれど、お兄さんならこんなことはしないし……もしもやるとしてもコソコソとしたやり方はしない。だからこの人選は、お兄さんに対する人物観察が足りていない証拠みたいなものだ。
それと、<DIN>によれば現在のギデオンでは暗殺者関連の依頼殺人の動きもなかったらしいので、この二人を殺害することを目的に犯行を起こしたとは考えづらい。
それに現在のギデオンは伯爵が導入した忍者集団の警邏と情報網によって、非常にその手の事案が発生しづらくなっている。暗殺の依頼といった治安に関わる情報は察知されるはず。……逆を言えば、この犯人は屋敷の警報システムだけでなく忍者集団の警戒網すらも超えていることになるけれど。
依頼殺人でなければ個人的な恨みの線もあるけれど、上述のように二人の接点が薄すぎてこの二人を連日同じ手口で殺すというケースはあまり考えられない。
それに、先の情報の通り、あの屋敷が同一の事務所の設計であるという情報を得たのは、<DIN>経由では僕が初めてだ。
だから、犯人が外部の者であれば、どこの設計事務所があの屋敷を設計し、どこに隠し金庫を示した設計図があるかも知りようがなかったはず。
今回はむしろ、事件を起こすに当たり「容易に金庫を開けて金品を奪える相手」として、金庫までの設計図ありきの選出がされているように感じられる。
とすると、三つ目の可能性が高いように思える。
「少し、聞き込みに行こうかな」
◇
件の建築事務所を訪ねて、聞き込みを行った。
なお、聞き込みを行う前に伝手――エリザベートちゃんにお願いして僕を臨時の捜査員扱いにしてもらった。「センセイのたのみならおまかせなのじゃ」と二つ返事だった。
建築事務所では所長に対して、僕は「従業員に<マスター>はいますか」と尋ねてみた。
回答は「いない」であり、表情を読む限り嘘でもなかった。
次いで「自宅勤務の設計士などはいますか」と尋ねると、こちらは「八人いる」という回答だった。
その人達の住所を教えてもらい、僕は建築事務所を後にした。
「ルークー、犯人居なかったねー」
「それはまだわからないよ、バビ」
「えー? でも、<マスター>は建築事務所にいないんでしょー?」
そうだね。少なくとも事務所の所長さんはそう思っていた。
だけどね、バビ。
「<マスター>だってティアンのフリをすることはできるよ」
ティアンが<マスター>を騙るのは重罪だけれど、その逆には何の罰則もないからね。
例えば、レイさんが今左手を失くして義手をつけているけれど。
あんな風に左手を切断すると紋章は肩や二の腕、前腕といった「左腕のまだ無事な部分」に移動する。左腕を肩口から失くした場合はどうなるかわからないけど、きっと同じように移動する。
さて、そんな風に左手を失くしてから、左手に義手をつける。これはレイさんの義手みたいな機能優先のものでなく、見た目が生身に近いものが良い。
すると、「左手に紋章のない人間」が出来上がる。
あとは自己申告でティアンと言えば、ティアンになりすますことができる。
普通の《看破》では名前やジョブ、ステータスは把握できるけど……<エンブリオ>関連の情報が見えないからね。例外はあのフランクリンくらいのもの。
紋章から<エンブリオ>を出し入れする瞬間さえ見られなければ、ティアンにしか見えない。
「なるほどねー。じゃあ、自宅勤務だけに絞ったのはー?」
「いくらティアンと偽っても<マスター>は<マスター>。必然ログアウトはするし、そこを不審に思われれば他を繕っても意味がない。だから常勤で他の人と一緒に仕事はできない」
ありえるなら、一人で仕事をする自宅勤務だけ。
その場合も「仕事をするにあたり、参考にしたいのでこれまでの設計図を見せてはいただけませんか?」と言えば、事件があった屋敷の設計図も把握できる。
「設計図だけ見たらもうやめちゃうんじゃないのー?」
「設計図だけ見て辞めた人物がいて、その後に設計図の屋敷で事件が起きれば誰でも関連付けるよ。それを避けるために、まだ在籍しているはずさ」
これまでの推理が的外れでなければ、ね。
「それに他の理由もあるだろうからね」
「他の理由ー? それってティアンのフリをして建築事務所にいるのー?」
「<マスター>でもそうして生産系の仕事に従事している人はいるよ。けれど、今回の場合はこういう犯行を起こす手合いだからね。他にも何かたくらみはあったのかもしれない」
それに、「自分の力を証明するため」という推測が合っているのだとすれば……相手には自分の事情を知る相手がいるということになる。
少なくとも犯人自身が「今回の犯行で自分を評価するだろう」と決めつけるような相手が。
そうなると、秘密結社のようなものでもあるのかもしれない。
「犯人は仲間と何かを企んでいて、その下準備としてギデオンの建築事務所に所属していた。今回の件はその本来の企みとは別の、個人的な犯行、といったところかな」
そうなると、犯人の人物像も見えてくる。
何らかの組織に所属しているが、地位は決して高くなく、現状に不満があり、自分の能力を証明するために独断専行をする堪え性のなさ。
自分の行動を暗号にしたため、手近にあった設計図を使用して犯行を成す意味を深く考えない、思い至らない思慮の浅さ。
「…………」
厄介なのは、これに加えて能力自体は本当に備わっていること。
今回の事件、バビに述べたように“どうやって”成したかはあまり重要じゃない。
けれど、僕の知る限りこれができそうなのは対応した神話級武具を持つお兄さん、隠密系統の超級職であるマリーさん、それとレイさんを誘拐してみせた【暗殺王】くらいのもの。
つまりは、真犯人も彼らに匹敵する能力を持っていることになる。
総合して犯人の人物像は……軽挙妄動で自己顕示欲が強い<超級>相当の考えなし。
「……やだなぁ」
見つけることは出来る。
けれど、その後の処理が僕には出来そうもない。
荒事になれば、非常に危険な事態になる。
対抗戦力としてマリーさん、フィガロさん、迅羽ちゃんといった面子が思い浮かぶけれど、いずれもギデオンを留守にしているし、……彼女達は僕がお願いしても了承しないのは目に見えている。
残る戦力は…………やっぱりあの人しかいない。
直前まで僕が事を運ぶ必要はあるけれど、やっぱりあの人に片をつけてもらおう。
これについては、エリザベートちゃんに手続きをしておいてもらう必要がありそうだ。
今回は彼女に頼むことが多い。
今度、お返しとしてもう少しレベルの高い技術も教えてあげよう。
「んー……」
「どうしたんだい、バビ」
「さっきから、ルークの考えてることが、速かったり飛んでったりでバビには分かりにくいよ……」
「僕の主観ではそうではないのだけど、人からするとそうなのかもしれないね」
僕には確信があっても、他の人には綱渡りのように思われることも多い。
その相手は概ね父さんと母さんだったけれど。
「僕の話は置いておこう。今は自宅勤務の人達に聞き込みだよ」
「わかったー」
そうだ。その前に、彼女に会わないと……。
◇
自宅勤務の職員の家々を回る前に、僕は事前に連絡を取っていた彼女と合流した。
「こんにちは、霞さん。手伝ってもらえて嬉しいです」
「う、うん、わたし、頑張るから……!」
合流したのは何度かパーティを組んだこともある霞さん。
彼女の<エンブリオ>、タイキョクズは今回の件において決め手になる。
なぜなら、彼女の<エンブリオ>は<マスター>を探知できる。
これから回る“ティアン”の職員の中に身分を偽った<マスター>がいれば、その人物が今回の事件の犯人である可能性が格段に上がる。
「……ルークー、ミステリーにすっごい便利なアイテム持ち込んじゃった感があるんだけどー。ロマンないよー?」
「バビ、それは違うね。真相を明らかにするために手を尽くすのが探偵の仕事だからね。便利過ぎてもロマンがなくても、有効な手なら使うものだよ」
何より、ミステリーに不誠実な犯人に対してそこまで気を遣う義理もない。
便利過ぎてもロマンがなくても、早急に正体を暴く。
「それでは行きましょう。あ、そうだ」
家を回る前にやっておくべきことがあった。
「バビ」
「なーにー?」
「ちょっと僕の右腕折ってくれる?」
「いいよー」
「え?」
霞さんが驚いた顔をしている横で、バビが僕の右腕を両手で持ち――そのまま圧し折った。
右の前腕の真ん中からあらぬ方向に曲がっている。
「え、ええええええ!?」
「これでよし、と」
「よ、良くないですよ!?」
「いえ、これでいいんですよ。左手を使う理由ができましたから」
相手が左手を義手にするか、あるいは何かの手段で紋章を隠している場合、直接手で触れて違和感がないかを確認する必要もある。
例えば、挨拶の時に握手をする、などだ。
そのときに右腕が折れてギブスを着けていれば、左手で握手しても不自然ではないはずだから。
握手、質疑応答、霞さんの探知、それともう一つ。
この四重チェックで犯人を探ります。
「お、折らなくてもギブスだけ着ければ……」
「相手が《看破》などでこちらのステータスを正確に把握していた場合、【右腕骨折】の状態異常表示がないと不自然に思われますから。大丈夫。事件が終わったらちゃんと治しますから」
「…………」
霞さんは何と言っていいか分からないという顔をしているし、実際そのように考えているみたいだ。
目の前で知り合いが知り合いの腕を折る光景は、霞さんにはちょっとショックが強かったかもしれない。悪いことをしてしまった。
手伝ってもらうことも含めて、今度埋め合わせしないとね。
◇
僕達は自宅勤務の職員の家々を回った。
まず捜査員の証明バッジを見せ、挨拶と共に左手を出して握手する。
次に三日前からの連続強盗殺人事件の屋敷がどちらも彼らの所属する事務所の設計であったことを隠さずに伝え、その線から調査中である旨を告げる。
それから予め考えていた「相手を容疑者とは想定していない」質問をいくつか投げかけ、相手の顔と反応を見る。
最後に、家を出た後に外で待機していた霞さんに<マスター>として探知できたかを確認する。
この一連の流れを自宅勤務の職員八人中七人まで繰り返した。
彼らは屋敷の設計が自分の事務所だったことを知らない人もいたし、そもそも事件を知らない人もいた。
そしてそれらに嘘の気配はなく、続く質問への回答やそのときの表情にも怪しいものはない。
「ここまで空振りだと、僕の推理が的外れだった可能性もあるかもね」
あるいは可能性の一つ目に挙げたように、相手の<エンブリオ>が隠し金庫を発見する能力も持っていたというケースかもしれません。
そうであっても残る職員はあと一人なので、推理の仕切り直しはそれを済ませた後でいい。
八人目のアパルトメントの前に辿りつく。
霞さんを見ると、無言で首を振っている。<マスター>の反応はないらしい。
それでも確認はとろうと、バビと霞さんを外に残し、僕はアパルトメントの目的の部屋に向かう。
呼び鈴を鳴らすと、内部から「はい」という応答が聞こえ、ドアが開かれた。
「――――」
「……あの、どなたでしょうか?」
その人物は若い女性だ。
まだ二十になったかならないかというところだろう。この国のティアンならば十分成人だけれど。
左手に紋章はない。
「はじめまして。僕はルーク・ホームズ。臨時の捜査員として、三日前から発生している連続強盗殺人事件の捜査をクエストとして受けた者です」
「まあ」
けれど、握手して左手が義手かどうかを確認する必要はない。
確認するまでもない。
この左手は生身だ。
――けれど、この人が犯人だろう。
ドアを開けて僕を見た瞬間に驚きの表情を浮かべ、すぐにそれを覆い隠すように疑問の表情を浮かべた。
元々僕を知っていたのに、それを隠した反応だ。
それはそうだ。だって、お兄さんを嵌めようとしたのなら、当然周囲も調べる。
その中には、最近訓練を受けていた僕の姿もあっただろうから。
自分で言うことでもないけれど、人に忘れられるほど印象の薄い顔立ちはしていない。
だから犯人に仕掛ける四重チェック最後の一つは……僕自身の顔。
そしてこの人の反応は、以前に僕を見かけただけの人にしては強く、そしてそれをすぐに隠そうとした。十二分に、怪しいと言える。
ただ、確証はまだない。
「先の事件で被害に遭った屋敷が二件ともあなたの所属するフロディ建築事務所の設計だったので、職員の皆さんにお話を伺って回っているんです」
「まぁ、そうなんですか。……立ち話もなんですから、中へどうぞ?」
「……ええ」
僕は虎穴に入る気持ちで、アパルトメントのドアをくぐった。
◇
自宅勤務職員の女性はガーベラと名乗った。
「どうぞ」
ガーベラ女史はソファに座った僕に、ドーナツと紅茶を差し出した。
「これはどうも、ありがとうございます」
「ふふ、<カフェ水蜜糖>の新作おみやげドーナツです。美味しいですよ」
…………え?
そのお店、暗号に書いてあったお店だけれど?
……自分からそこで買ったお菓子を、出す?
「これはおいしそうですね」
「そうでしょう? あそこはプリンパフェも美味しかったけれど、このドーナツも最高なんです」
……僕が疑っていると気付いて、鎌をかけている?
表情を見る限り、そんな様子はない。
僕への下心はうっすら見えるけど。
まさか、まだあの暗号が解かれていないと考えている?
それどころか……暗号と今の会話が繋がらないと思っている?
……いや、そこまで迂闊じゃないはず。
これはひょっとすると本当に僕の勘違いと推理ミスで、彼女はただのティアンの可能性もある。
「それで、あの連続強盗事件の調査と仰いましたっけ?」
「はい。幾つか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
そうして、僕は他の職員の時と同様に用意してあった質問を順に繰り返す。
十分後。
僕は頬が引きつるのを抑えるのに必死だった。
なぜかと言えば、相手の回答の迂闊さがこちらの想定を超えていたから。
質問の前半で「あなたは事件があった二つの屋敷の設計図を見たことがありますか?」という問いには「はい」と答えた。
だと言うのに、質問の後半で「これまで建築事務所の設計図を外部の人に見せたりはしましたか?」と質問すると「いいえ。そもそも私はまだ入ったばかりなので設計図を見たことがないんです」と応えた。
露骨に矛盾していたが、多分質問をしている内に「知らない方がいいだろう」と考え、回答を歪めたのでしょう。
警察の取調べでもよくあること。時間を置いて同じ質問を繰り返し、ボロを出させるのは常道です。
こんな短い時間で矛盾したケースは初めてでしたが。
そして自分でそれに気づいていない。
……カバーストーリーくらい、きちんと練っておいて欲しい。
「……お時間をいただき、ありがとうございました」
「ええ、お役に立てれば幸いです。でも、これから大変ですよね。あの事件で【破壊王】が捕まってしまって」
「……………………ええ」
そして、このトドメ。
またも鎌をかけられたのかと思った。
けど、やはり相手にその様子はない。
素で……自然な話だと思って、「【破壊王】が捕まった」という“部外者には開示されていない情報”を口からこぼしている。
恐らく、どのような情報が発信されたかまでチェックしていなかったからだ。
「自分が【破壊王】を嵌めて逮捕させたのだから、世間でも話題になっているだろう」という思い込みだけで出てきた発言。
そうだとしても、【破壊王】が捕まったなら、もっと世間で大きな反応が出るはずだと分かっていて然るべきでしょう。
だというのに、それすらも想像していないから現在の何ら変わりのない空気に違和感を抱いていない。
暗号の時点でミステリーに不誠実なのはわかっていた。
けれど、ここまでとは……さすがの僕にも推理できなかった。
僕の推理は間違っていた。
僕は犯人の人物像を軽挙妄動で自己顕示欲が強い<超級>相当の考えなしと推理していた。
でも、違った。
それに加えて、「自分がミスを犯しているのにも気づかないで次々とミスを重ね続ける極めて迂闊な人間」だった。
父さん……探偵訓練のシチュエーションに、ここまで駄目な犯人のケースはありませんでした。
ちょっと、僕の想定を超えている。
「…………」
けど、これで確定だ。
ガーベラと名乗るこの女性が真犯人。
左手の紋章がないけれど、外部から霞さんがタイキョクズで探っても反応がなかったし、隠蔽に極めて特化した<エンブリオ>なのでしょう。
あとはこの部屋を出て、準備をしてから詰めるだけ。
「【破壊王】、まさかあんなことをするなんて……」
けれど、相手の口から発せられた言葉に、つい口を挟んでしまう。
「あの人は犯人じゃありません」
内心、冷静でなかったのだと思う。
流せばいいものを、流せなかった。
彼女がどれほど迂闊であろうと、ティアンを二人殺害し、その罪をお兄さんに被せたことは変わらない。だというのに、素知らぬ顔でそんな言葉をのたまったことに対して、僕は腹を立てたのだろう。
彼女は僕の発言内容が自分の意図に沿わないもので気に食わなかったのか、少しだけ頬をひくつかせた後にこう尋ねてきた。
「では、あなたはどんな人物が真犯人だと思いますか?」
「馬鹿です」
即答してしまった。
考えて発言する暇すらないほど、反射的に口から出てしまった。
どうやら僕は心の底から目の前の犯人に腹を立てていたらしい。
彼女も僕が言った言葉が予想外に過ぎたのか、目を丸くしている。
しかし口から出た言葉は取り消せないので、このまま突き進んでしまおう。
「まずお兄さんに罪を着せるにあたり人物像の把握が甘い馬鹿です。お金を盗む行為と家主を殺害する行為、カードを残す行為がちぐはぐ過ぎて、子供でもお兄さんに罪を着せたい犯人の仕業だと分かりそうなものなのに、そんなことにすら気付かない馬鹿です。カードにしても暗号文の内容が稚拙すぎる馬鹿です。暗号文の解き方にミスがあるのに確認もしない馬鹿です。犯行自体が即物的すぎて、カードを残しても阿呆にしか見えない馬鹿です。というか、これで本当に罪を被せられると思っているなら本当に馬鹿です。いくらなんでも他の人を馬鹿にしすぎの馬鹿です。自分が間違いだらけなのにも気づかないで、他人を馬鹿だと思っている馬鹿です。ここから推測ですがこういう他者への思い込みが激しい人は自分がどうして馬鹿にされているかも分かっていないのに、自分視点で「自分に非がない」理由を思い込んで勝手に空回りする馬鹿です。総評しましょう。馬鹿です」
一息に、昨日からずっと心の底に澱のように溜まっていたこの事件への鬱憤をぶちまけた。
……うん、ここまでとは自分でも思わなかった。
でも言ってしまったものは仕方ない。
相手も想定外の反応だったのか放心しているし、このまま部屋を出よう。
「失礼しました。それでは、次の調査がありますので、これで失礼します。ドーナツと紅茶、ありがとうございました」
そう言って、僕はガーベラの部屋を辞した。
僕がアパルトメントの部屋を出た直後、怒りに満ちた叫びと部屋の中から陶器を癇癪に任せて叩き壊すような音が聞こえた。
その音に、「あともう少し帰るのが遅かったら正体が露見するのも構わずに仕掛けてきただろうな」と推測した。
◇
アパルトメントの窓からは見えない路地に入ると、霞さんとバビが近づいてきた。
「ど、どうでした?」
「あれが犯人でなかったら僕は探偵の道を捨てます」
あれは、そのくらい推理の甲斐もない相手だった。
「それと、恐らくですが今夜は僕が襲われます」
「え?」
「夜までに、準備をしておいたほうがいいでしょうね。……厄介な手合いみたいですから」
「えー? でもあっさり犯人って分かるくらい駄目な人なんでしょー?」
うん。あれは本当に犯罪に向いてない。
一般的に向いてないとされる心根の問題じゃなくて、本人の拙さが原因だけど。
それでも……。
「それでも、警報装置を潜り抜け、多くの捜査員のセンススキルも欺いている。本人は犯罪にこれっぽっちも向いていないけれど、多分……<エンブリオ>は本人と全く別物だ」
カテゴリーは恐らくガードナー。
他のカテゴリーだと本人が出向く必要がありそうだから、もっとボロが出ているはずだ。
そして、そのガードナーの到達形態は……。
「……フランクリンが引き起こしたあの夜よりも危険な事態になるかもしれないね」
最悪、<超級>相当どころか<超級>そのものの可能性もある。
「そんな……」
「それでも、あの犯人相手なら打つ手がないわけじゃない。……バビ」
「なーにー?」
なぜか心なし愉しそうな顔をしているバビに声を掛けると、彼女は笑いながら応えた。
そんな彼女に、
「ちょっとお願いがあるんだけど」
僕は、二つのお願いをした。
◆◆◆
■【兇手】ガーベラ
「クソザコがああああああああ!!」
私は中身の入った紅茶のカップを壁に叩きつけながら絶叫する。
「あの、顔が良いだけの<超級>未満……! 好き勝手言ってくれる……!!」
顔は本当に好みだけど、あれは駄目だ。
お菓子と紅茶で懐柔してさりげなく誘惑しようとしたけど、あれは駄目。
グチャグチャにしたかったけど今は内臓を掻き回してやりたい。
「ふふ、けれど調査していると言っても、まだ私の正体には気づいていないようね」
そうでなければあそこまで面と向かって罵倒できるはずがない。
けれど、このままだと【破壊王】を詰めるのに邪魔になるかもしれない。
「あちらの仕上げはあと数日。なら、その間はデスペナルティになっていてもらうわ」
私を――真犯人を根拠なしに罵倒したこと、後悔させてやる。
もっとも、あちらは自分が何でデスペナルティされたのかも分からないだろうけど。
そう、誰であっても私の<エンブリオ>の正体は分からない。
誰も、倒せない。
「私の<エンブリオ>は……最強なんだから」
私は、傍らに目をやる。
きっと凡愚はそこに何も見えない。
けれど、私には見える。
硬質な革に覆われた全身が。
雄牛に似た角が。
肉食獣の如き牙が。
両目のない頭部が。
蟷螂を思わせる一対の腕が。
人と同様に二足歩行する下半身が。
恐怖映画の中から飛び出してきた怪物のような、その在り方に最も相応しい姿が。
この子こそ、私の<超級エンブリオ>。
私しか見えない。
私しか聞こえない。
私しか嗅げない。
私しか味わえない。
私しか感じない。
私しか気づけない。
私だけのガードナー――【唯我六尊 アルハザード】。
誰にも負けるはずのない、私の最強。
「アハハハハハハハ!! バラバラにしてあげるわ、クソザコッ!!」
屈辱を晴らせる今夜を思い、私は腹の底から大笑した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<証拠をばら撒いて歩いているような自称“正体不明”(判明)
(=ↀωↀ=)<なお、今回の外伝のコンセプト①
(=ↀωↀ=)<頭の良すぎる探偵と迂闊すぎる犯人