序 心理の解き方
(=ↀωↀ=)<お待ちかねのクマニーサン外伝だよ!
□【亡八】ルーク・ホームズ
それは、レイさんが大学の先輩と共にトルネ村という場所に向かっていた時のことだった。
僕ことルシウス・ホームズは、ギデオン一番街のベンチに座って道行く人々を眺めていた。
周囲の情報を頭に入れながら深く思考するのは、父から教わったトレーニングの一種。
他には読唇術や錠開け、変わったところでは推理小説を読むということもある。
三つ目については、作中のトリックを解き明かすのではなく、作家自身の人格や思考の傾向を読んで展開やどんなトリックを用いるかを推測するという……あまり本の読み方としては正しくなさそうなものだけれど。
なお、これを現在の師に当たるお兄さん――シュウ・スターリングさんに言ったところ、「ああ、GU作品やMK作品で「次は誰が死ぬんだろう」って不安になることだな。わかるクマ」と返されました。その作家を僕は知らないけど多分違うと思う。
そんなトレーニングだけれど、昨日と一昨日は出来なかった。
その二日間――レイさんが<月世の会>に誘拐された翌日から、他の“特訓”で予定が埋まっていたからだ。
それはお兄さんとの……地獄の特訓。
「地獄の」なんて軽々しく使える枕詞じゃないけれど、実際にそうとしか形容できない。
手始めに、痛覚設定をオンに指定された。
特訓内容はその状態でデスペナルティにも何度もなりかけるというもの。
お兄さんはギリギリで見計らっていたのだろうけれど、HPが一ポイントだけ残った状態の痛覚は筆舌に尽くしがたいものがあった。
常識的に視ればやる方もやらせる方も正気とは言い難い特訓だけれど、お兄さん曰く「でもルークはこれでも大丈夫なタイプだろ?」とのこと。たしかに問題ありません。
それにお兄さんは「絶対とは言えないが、人に近い<エンブリオ>ってのは、<マスター>の必要や強い思いに感化されて進化が定まるところがあるからな。窮地を味わうほどそういった状況に抗える<エンブリオ>になりやすい」とも言っていました。
それはレイさんを見ていれば分かることです。
ただ、そのための特訓内容が地獄のようなものだったため、マリリン達はお兄さんに良い感情を持っていないようです。
仕方がないことかもしれません。
僕は納得しています。
だから本日もそんな風に地獄の特訓の予定でした。
しかし、お兄さんの方に用事が入ってしまったので、僕は騎士団詰所前のベンチに座りながらこうして考え事をしています。
お兄さんが逮捕された一件について。
「ルークー」
「なんだいバビ」
「バビはそのとき眠ってたんだけど、クマの人は何で捕まったの? 食品偽装?」
「違うよバビ」
たしかにあのポップコーンは原材料がよくわからないけど、それが理由じゃない。
お兄さんが捕まったのは、
「連続強盗殺人事件だよ」
ギデオンを騒がせている事件の容疑者として、お兄さんの名が挙がったのです。
◇
始まりは二日前の晩。レイさんが<月世の会>に誘拐された翌日のことです。
ある商家で主人の惨殺死体が発見されました。
最初はそれが誰の死体かもわからないほどで、死体を修復してようやく確認がとれたそうです。
明らかに事故でも自殺でもない遺体の惨状からすぐにギデオンの官憲が動きました。
捜査を開始してすぐに、隠し金庫の中にしまわれていた金品が全て奪われていることが判明します。こちらは主人が殺害される前に既に盗まれていたようです。
しかし、捜査系のセンススキルを持つ者を総動員しても、何者が成したかは皆目見当がつかない状態でした。
また、商家には上級職相当の魔法による警報システムも設置されていたのですが、反応した形跡もありません。
それに犯人が残したものや証拠になりそうな物品もほとんど見つかりませんでした。
――遺体の傍に落ちていた奇妙なカードを除いて。
それは官憲の捜査員の誰も読めない言語で書かれており、重要な証拠物件ですがまだ手掛かりにはなりえませんでした。
そうして官憲が捜査に注力していた次の晩、また別の商家で同様の強盗殺人があったそうです。
こちらでも遺体は惨い有り様で、金品も盗まれていました。
やはり警報の類が作動した様子はなく……またもあのカードが置いてあったのです。
ここに至り、官憲は二件の強盗殺人が同一犯の犯行であると確定します。
二件目の時点では捜査情報も非公開であったため、模倣犯の可能性もありません。
さて、二つの現場に残されたカードですが、二枚とも表面には同じ文言が書いてあり、裏面に当たる部分の文章は異なっていました。
しかし裏表共に捜査員にとって未知の言語で書かれており、内容は読み取れなかったそうです。
【書記】が《複写》スキルで写したカードの文字を捜査員だけでなく【騎士】も含めて頭を捻っていましたが、誰もその文字を知りません。
しかしそのとき、一筋の光明が差します。
それは、たまたまエリザベートちゃん関連の用事があって詰所を訪れたマリーさん。
彼女は【騎士】達が手にしたカードを目にして、こう言いました。
「『I am Unknown』?」
“正体不明”とはお兄さん……【破壊王】の二つ名です。
先の事件で正体は知れ渡っているのですが、新たな二つ名の類も定められていません。顔は隠れたままなので、“正体不明”でいいのかもしれません。
「あ、しかも後ろの変な文字もよく見たらクマの形になってますね。これって、あの毛皮が書いたんですか?」
そうして暗礁に乗り上げていた事件に新たな情報が加わり……お兄さんが捕まりました。
◇
丁度レイさんとのリアルでの電話を終えてログインした直後、お兄さんは官憲に囲まれました。
そのまま抗うことなく、お兄さんは連行されました。
それは罪を認めたのではなく、「<超級>を捕まえる」という無理難題に覚悟と悲壮感に満ちた顔で立ち向かう捜査員に配慮してのことだったかもしれません。
度々ログアウトはしているようですが、律儀に騎士団の詰所内に戻っているようです。
現在は取り調べの真っ最中で様々なスキルによる捜査を受けています。
当然、司法の捜査においての重要要素である《真偽判定》にも掛けられましたが、「<超級>ならばごまかす手段を持っているかもしれない」と、判断材料として軽い扱いを受けているようです。
皮肉な話だけれどお兄さんの<超級>としての高い能力や底知れなさが、逆にお兄さんを容疑者から外さない。
《真偽判定》というこの世界の司法の要さえ、<超級>であるがゆえに万全に適応されない。
それに加えて、状況証拠だけは揃っています。
関連を示唆するカードの文言。
警報システムがあろうと侵入可能である、神話級武具【キムンカムイ】の迷彩・気配操作スキル。
動機も……お兄さんはお金に困っていた様子なので、それが動機にならなくもない。
結果として、お兄さんは容疑者となっているようです。
なお、これらの情報は拘留中のお兄さんから【テレパシーカフス】越しに聞いたものです。
物品の没収まではされていなかったようです。
「証拠らしきもの、手段らしきもの、動機らしきもの。お兄さん以外には誰も捜査線にあがってこない現状では、最有力の容疑者だね」
「でも、クマさんはそんなことはしないんじゃないー? ルークはそう思わないのー?」
「バビ。探偵も人だから他者に対して好悪の念は抱くよ。けれど、それは人物評価には組み込んでいいけど、推理に組み込んではいけないものなんだ」
「こんなに良い人が犯人のはずはない」という信頼が崩されるケースは、現実と虚構のどちらでもいくらでもある。
「じゃあ、ルークはどう推理するのー?」
「お兄さんは犯人じゃないよ。決まっているじゃないか」
そう、お兄さんが犯人というケースはありえない。
「お金目当てなら家人を殺す必要はない。まして、自分がやったと名乗るカードなんて残すわけがないよ。怪盗じゃあるまいし」
母だって、こんなつまらない仕事はしないだろうけど。
「だからこれは、お兄さんの仕業に見せかけたい誰かの犯行。真犯人は……別にいる」
正体不明の殺人犯が、人に罪を被せて笑っている。
その正体を暴き、事件に「否」と突きつけたくなるのは……父から継いだ探偵の性分というもの。
ああ、もう僕の中でやるべきことは定まっている。
きっとお兄さんも、僕がこうするだろうと思ったから情報を伝えたのだろう。
ならば、これも特訓の一部かもしれない。
何にしても、久しぶりに指針が見えた。
近頃は母から教わった怪盗のテクニックをエリザベートちゃんに教えるだけだったけれど、今回は父から教わったことを実践する手番だ。
「この事件の真犯人……その正体は僕が暴くよ」
――父さんの名にかけて。
「ルークー。その決め台詞はちょっと……」
「うん、僕も言ってから後悔した」
◇
何はともあれ、捜査の始まり。
「まずは犯人がどうやって忍び込んだかだねー」
「違うよバビ。“どうやって”実行したかは意味がないんだ」
この<Infinite Dendrogram>にはスキルがあり、何より<マスター>個々人にオンリーワンの<エンブリオ>がある。
警報システムを潜り抜ける方法など、いくらでもあるはずだ。
それこそ、お兄さんでなくマリーさんでも同じことができる。
だから、手段を解くのは最後でいい。
「第一に解くべきは犯人の心理だね」
「どうやって解くのー?」
「それを考えながら、勘を取り戻しているところさ」
今、僕は一番街の騎士団詰所の前で、ベンチに座りながら道行く人々を観察している。
それはトレーニングであり、久方ぶりの探偵としての活動への準備。同時に捜査でもある。
詰所前の掲示板には、例の事件に対する官憲の簡単な説明が掲示されている。
これは他の事件でも同様であり、基本的に「こういう事件があって、誰某という犯人を捕らえた」と市民に伝えるためのもの。
僕が見ているのは、その掲示を見た人々の反応。
もしも犯人が事件の動向を気にしているのならば、あるいはここに掲示を見に来るかもしれない。
そのときの反応次第では目星をつけられるかもしれない。
けれど犯人が見に来ない可能性も高いため、こちらは望み薄。
だからメインは勘を取り戻しつつ、自分の考えをまとめることだ。
「…………容疑者の男性、か」
ベンチに座ったまま、数メートル先の掲示板に書かれている内容に目を通す
今回の事件についての説明では、事件の内容と「容疑者の男性を捕らえた」とは載っているもののお兄さんの名前は公表されていません。
まだお兄さんが犯人として確定ではないことと……何より王国の<超級>が逮捕されたというニュースは衝撃が大きすぎるからです。
先の【大教授】が引き起こした事件において、お兄さんが【破壊王】として正体を明かし、ギデオンを襲ったモンスターの軍団やパンデモニウムを打倒したことの意義は大きい。
【RSK】を倒したレイさんと同じように……劣勢にある王国が見た希望そのもの、と言ってもいいはずです。
この犯人は、だからこそお兄さんを嵌めようとしているのかもしれない。
逮捕されただけでは“監獄”には送られない。他の国にセーブポイントがあれば、そちらで復帰はできる。お兄さんは七ヶ国全てのセーブポイントを使用したと言っていたから、それは問題ない。
でも、王国で指名手配になり、王国の籍が失われれば……当然王国のランキングからも消える。
討伐ランキングのトップランカーである【破壊王】が戦争に参加できなくなる。
ここで王国の希望でもある【破壊王】の退場は、戦力が減る以上に意味合いが大きすぎる。
ならば、今回もまた【大教授】の策謀の一つ?
「……違う」
戦争から取り除くために起こしたにしては、この事件は不可解なもの。
もし本当にお兄さんを戦争から完全に取り除きたいのであれば……国際指名手配クラスの犯罪を起こして罪を着せるべきだ。
仮に僕がそれを目的とし、可能な手段があるならば……ギデオン滞在中のエリザベートちゃんを殺す。
その罪をお兄さんに着せれば、確実に国際指名手配。デスペナルティで即座に“監獄”行きだろうし、自国の<超級>が王女を殺害することで国民感情も最悪になる。
戦争も大幅に有利なものとなるはずだ。
「けれど現状のままなら……」
はっきり言って、「商家の主が二人殺され、金品を奪われた」程度の話なら、国がもみ消す可能性が高い。
重犯罪であっても、直近の戦争から最大の戦力が失われる未来と比べれば目を瞑るに値する。
レイさんとお兄さんの出身地である日本の諺で言えば、「背に腹は代えられない」というものでしょう。
それはお兄さんにとって「元より冤罪なのに官憲が目を瞑って無罪にした」という、実に不名誉な釈放となるでしょう。
気分は害するかもしれません。
でも、解放はされます。
そのことを、真犯人が分かっていないとも思えない。
なら、真犯人の目的はどこにあるのか。
「まだ情報が足りない」
答えに辿りつくためには、知るべき情報が多々ある。
一先ず、情報を提供してくれそうなところに向かおう。
◇
<DIN>を訪ね、対価を支払って事件に関する資料の写しや現場に置かれていたカードのコピーを得ることができた。
進行中の重大事件の資料があっさりと入手できてしまうことに、あの組織に対する警戒を一段引き上げますが……今回は有効利用します。
なお、さしもの<DIN>でも真犯人はまだ不明らしく、窓口では「もしも分かったら大金で買うよ」とも言われました。あの様子からすると、<DIN>もお兄さんが犯人とは微塵も思っていないようです。
また、資料によれば同様に考えている人は騎士団の中にもいました。
この件に関しては容疑者が<超級>のお兄さんであるため……同時に事件が起きているのが第二王女の滞在するギデオンであるため、近衛騎士団も官憲と合同で捜査に当たっていたようです。
その中でリリアーナさんをはじめとした幾人かの面々は「お兄さんが犯人ではない」と強く主張しているようです。
「これってルークが言ってたことー? 駄目な奴ー?」
「そうだけど違うよ、バビ。駄目なのは探偵が好悪で推理を歪めること。人なら好きな人は信じるべきだから、リリアーナさん達は何も間違っていない」
だから、僕だけは犯人を探る立場に立つ。
現在はお兄さんが犯人ではないと推理できているけれど、それを覆す何かが見つかった時に推理を歪めないことを心がける。
「ルークー。今夜は張り込みするのー?」
「しないね」
「なんでー? 事件起きるんじゃないー?」
「バビ、今夜は何も起きないよ」
僕が犯人であるのなら、お兄さんが警察に捕まっている間は事件を起こさない。
そんなことをすれば、お兄さんの無実を補強してしまうから。
次の事件を起こすなら、一時的にでも釈放されている間だ。
あるいはお兄さんがログアウトして牢の中からいなくなっているときだけれど、お兄さんもそれは分かっているから心配ないはず。
「だから今夜は宿でこの暗号を解くことに専念するよ」
僕の手の内には、犯人が残した裏面に暗号らしき文言の書かれたカードがある。
この暗号に何かのヒントが隠されているかもしれない。
なら、昼はこうして犯人を捜し、何もないだろう今夜はこれを読み解こう。それが時間の使い方としてはスムーズだから。
さて、暗号にはどんな秘密が隠されているのかな。
◇
明けて翌朝。
案の定、昨晩は何も起きなかった。
その間、一晩掛けて僕はカードの裏面に書かれていた暗号を解いていたのだけれど……。
「…………」
「珍しく不機嫌そうだねー、ルーク」
不機嫌にもなるよ。
この暗号、一文字ごとに「使用する言語」をランダムに変更するという面倒なものだった。
考える方は携帯端末の辞書アプリ片手に適当に打ち込めばいいのだろうけど、解く方は一文字ごとに総当たりだ。
しかも、基本はアルファベットで、他の言語の対応した文字を当て嵌めているのだろうけど……所々で変換の法則が変わり、そもそも間違えているものさえある。
それまで文字の読みや順番で当てはまっていたのに、Eに当たる文字に日本のひらがなの「い」が当てられていました。他の文字の法則にのっとれば「いー」やローマ字読みで「え」、あるいは五番目という意味で「お」、同じくいろは文字で「ほ」とするのが正しいはず。
それを真犯人のミスと理解するまでにかなりの時間を賭した。
こんなミスが幾つもあり、そのミス自体が何かの意味があるのかとしばらく頭を悩ませて、結局真犯人側の無意味なミスだと気づいた時の苛立たしさは先の事件であのお嬢さんと相対した時以上だった。
この犯人は、暗号を作ることに対して不誠実だ。
解かせる気があるのに、解かす手法の確認作業を怠った暗号など下の下だ。
けれど、不誠実な暗号を解いていて分かったことがある。
真犯人にとって、この暗号はどうでもいいものだ。
だからミスも多発するし、書かれていた内容も次のようなもの。
『今日のお昼は<トリセラス>のハンバーグランチ』
『今日のスイーツは<カフェ水蜜糖>のプリンパフェ』
内容は、これだけ。
これらの店は実際にこのギデオンにあるものだから、何か裏があるかもと思って足も運んだ。
けれど、店内にも店主にも、怪しいところは何もない。
ゆえにあの暗号は、SNSに一言書きする程度の記録をわざわざ暗号にしただけなのだろう。
事件と完全に無関係の、苦労して解いた人間の神経を逆撫でする内容でしかない。
「…………あ」
そうか、そういうことなんだ。
この暗号、地球の言語を幾つも使っているのだからティアンには決して解けない。
そして、ティアン以外でこのカードを目にする可能性があるのは……お兄さんだ。
お兄さんが自らの無実を証明するためにこの暗号を解こうとして……この内容に行き当たる。
それは神経を逆撫でされる。
きっと、怒る。
「それが、狙い?」
お兄さんに罪を被せ、この無意味な暗号で怒りを煽る。
そうしてお兄さんを怒らせることが真犯人の狙い。
お兄さんへの被害がそこに留まっていることから、見えてくるものがある。
掲示にあったように、お兄さんの名前は伏せられている。
今、お兄さんが容疑者として捕まっていることを知っているのはお兄さんと官憲の関係者、僕やマリーさんといった個人的な知り合い、そして真犯人だけ。
これはお兄さんへの怨恨が理由ならばありえない。
仮に、例えばあのフランクリンが仇敵であるレイさんやお兄さんを冤罪によって貶めるならば、容疑者として逮捕された時点でそのことをギデオン……いや王国中に流す。
それから過去のあることないことも吹聴し、ネットも活用して徹底的に貶める。
怨恨から冤罪で貶めるのならば、そのくらいはやっていて不思議じゃない。
でもそれがない。
冤罪も、その先の不名誉な釈放も、暗号の謎さえも、お兄さんを怒らせはしても破滅には至らない。
怨恨ではない。
破滅させもしない。
ただ、翻弄しただけ。
「それのどこに犯人にとっての益がある?」
分かりやすいのは金銭。
けれど、金銭が欲しかっただけならカードなんて残さない。
お兄さんとの関係を示唆するカードを残したからお兄さんが容疑者に上がったけれど……そうでなければ容疑者不明の迷宮入りだ。
だから、お兄さんを関わらせたこと、翻弄することに意味がある。
この犯人は……「お兄さんを翻弄した」という事実を欲しがっている?
「まるで誰かに、お兄さん……【破壊王】は自分の手のひらの上で踊る程度の存在だと見せつけるような」
……いや、逆かな。
この事件はお兄さんの<超級>としての力量や強さがなければ成立しない。罪を被せられない。
だからむしろ、そんな強者を自分は更に越えている、とアピールするのが目的?
「自分を真犯人だと知る誰かに、「自分は【破壊王】さえも手玉に取れる」と伝えるため、かな?」
まるで“売り込み”だ。
「……これが正解とは限らない、けれど」
段々と発想が飛躍したから、まだ不確かな推論でしかない。
けれど、この可能性は現状に当てはまる。
何より……勘は「それが正解」と告げている。
少し、この方向で犯人を捜してみよう。
◆◆◆
■昨晩 ■■■■
ギデオンのアパルトメントの一室で、私は文机に向かいながらあるものを書いている。
それは表面に『I am Unknown』、裏面に暗号の書かれたカード。
私――連続強盗殺人事件の真犯人がカードを作るのはこれで三枚目。
暗号を作るのにも慣れたもので、『今日の朝食は<フラルパン>のクラブサンド』という暗号を早々と書き終える。
そうして、しばし目を閉じ――詰所の中を見る。
私の視界は……私の目に映像を伝えるモノは騎士や官憲の捜査員が行き交う詰所の中を移動し、何の障害もなく目当ての部屋に到着する。
格子窓のついた厚い扉の内側で、クマの着ぐるみがジャパニメーションのキャラクターのようにグーグーと寝ていた。
ログアウトもせず、不自由な牢の中で眠っているクマの着ぐるみに、私は舌打ちする。
これで今日は事件を起こせないからだ。
「せめてログアウトしていれば」と私はクマの着ぐるみを恨む。
息をついて目を開けて――私は驚愕した。
私が目を閉じて視覚を繋げている間に……鍵をかけた部屋の中に誰かが入ってきていたのだから。
侵入者は奇妙な風体だった。
黒と紫の包帯で全身をグルグル巻きにしており、その外側には財宝のような装飾品を身につけている。
埋葬されたミイラのような侵入者は、厚く巻かれた包帯によって体格が覆い隠され、男女の区別さえ判然としない。
墳墓の中ならともかく街中で遭遇するには怪しいにも程があるこのミイラを、しかし私は聞き知っていた。
【盗賊王】ゼタ。
私が所属するクランのメンバーであり、私をクランに誘った人物から「近々顔合わせに来る」と伝えられていた人物だ。
聞いた話では、現在のクランの実質的なサブオーナーであるらしい。
「質問。あなたが■■■■?」
ゼタは包帯でくぐもった、男女の区別も不明瞭な声で問いかけてくる。
私は、その問いに首肯する。
「確認。あなたが■■■■であることを口頭と《看破》で確認した」
「…………」
名前を《看破》されるのは仕方がない。
私は暗殺者系統と偽称を得意とする詐欺師系統をとってはいるが、どちらも上級職止まり。超級職である【盗賊王】ならば、《看破》も容易い。
それが、上から見られているようで苛立たしい。
「質問。現在、プランの候補であるこの街で、あなたが起こしている事件については把握している。なぜ、このような事件を起こしたのか?」
「…………」
私は、クランに入ってからずっと思っていた。
私の<エンブリオ>は最強のはずだ。
だというのに、顔を合わせたメンバーはいずれも私を上に見ない。
……それどころか、あの危険物の【殺人姫】以外は私を侮蔑しているように見えた。
それは彼らが超級職だからだろう。
それで、上級職の私を下に見ている。
たしかに私は超級職ではない。【暗殺王】は既に埋まり、詐欺師系統の超級職はロストジョブで条件の一切が不明だ。
だけど、そんな些細なことで、私が下に見られている。
そんな些細なことで、こんな街に潜伏……待機させられている。
私の<エンブリオ>は、戦闘において最も優れているはずなのに……そんな些細なことで。
「証明のためです」
だから、証明する。
かつて、クランのオーナーが相打ちになり、“監獄”に送られた原因である【破壊王】を倒すことで。
私の力で翻弄し、嘲笑い、その上で打ち倒すことで……私は私がクランの中で最も上等な存在であると証明する。
「オーナーの仇敵であった【破壊王】を倒すことで、私の力を証明してみせます」
「…………」
私の言葉に包帯に巻かれたゼタは腕を組んで考え込み、
「訂正。オーナーにとって【破壊王】は仇敵ではなく……いえ、いいでしょう。このまま進めれば良いでしょう。あなたのやり方で」
何かを言いかけたが、結局は私のやり方を認めた。
しかし、困った子供を見るような視線が私の神経を逆撫でする。
……今は構わない。
だが、私が達成した後は許さない。
「忠告。ただし一つだけ言っておくことがあります」
「何でしょう?」
「慢心。<超級>になりたてのころは、全能感に酔いしれて無茶をする者が多い。努々、忘れないことです」
「……ご忠告ありがとうございます」
先輩ぶって見当外れの釘を刺せるのも今だけだ。
「離別。それでは私はこれで失礼します。しばらくはドライフにいるはずなので、この事件が終わった時にあなたが無事であればまた会うこともあるでしょう」
「…………そうですか。ところで、一つ質問をしてもいいでしょうか」
「回答。どうぞ」
失敗することが前提のような言い方が、癪に障る。
だから、意趣返しに私も一つ問いかけることにした。
「私はだあれ?」
「……? 回答。あなたは【兇手】■■■■。<超級>指名手配者限定クラン、<IF>の新人」
「いいえ」
そうではない。
そんな情報は答えじゃない。
これから、私の力を知る者が私を定義して良いのは、次の言葉だけだ。
「――私は“正体不明”」
“正体不明”。
これほどに私が求めている二つ名はない。
自らの価値を証明するためだけではなく、その二つ名のためにも……私は旧“正体不明”【破壊王】を倒す。
そして私は“正体不明”にして、“最強”の<超級>として名を馳せる。
見ているがいい、他の<超級>共。
To be continued
※( ̄(エ) ̄)は拘留中なのでお休みです
(=ↀωↀ=)<クマニーサン外伝と言いつつ台詞と寝姿しか登場していない詐欺
(=ↀωↀ=)<余談
(=ↀωↀ=)<【盗賊王】の格好は「ミイラ取りがミイラ」という【盗賊王】渾身のネタなのですが
(=ↀωↀ=)<これまで言及してくれたのはオーナーだけだった模様