歌姫と薔薇 エピローグ&Start Up
(=ↀωↀ=)<蒼白詩篇一ページ目ラストー
□【高位操縦士】ユーゴー・レセップス
<蜃気楼>との抗争があった翌朝。
私はログアウトして仮眠を取ってから、<Infinite Dendrogram>にログインした。
普段なら<Infinite Dendrogram>内で眠ってもよかったのだけれど、あんな抗争のあった後である。寝ている間に残党に暗殺されました、あるいはアイテムボックスごと機体を奪われました、なんて話になったら笑えないのでリアルの方で眠っていた。
さて、一晩明けたヘルマイネの様子はというと、昨日の日中の様子とほとんど変わらない。
この街に根を張っていた裏組織が一つなくなったというのに、日常そのものだ。
このカルディナでは、昨日みたいな事件もよくある話なのかもしれない。
昨日の騒動の顛末として、<蜃気楼>カルディナ支部の構成員は全員逮捕、拘留されている。
師匠が言っていたように、彼らには多くの罪があった。
しかし私は彼らの罪状が本当に適用されるのか疑問に思っていた。
“金があれば全てを許す”、それがカルディナだと聞いていたから。
けれど、彼らはその金銭を払えないと師匠は言った。
「このカルディナは、金銭で法を歪めることが出来る。特に禁制品の取り扱いでは日常茶飯事だよ。でもね、ユーちゃん。人の生命を損なうって罪は、安くなんかないからね。その罪を歪めるにはそれこそ、一生を懸命に働いてもまるで足りないくらいの金銭が必要なのさ」
だから、彼らは金銭を払えず、そのまま罰を受けることになるだろうと師匠は言っていた。
同時に「……アタシの知り合いのワースト3には、そこを歪めちまうアホが二人いるけどね」とも言っていたが。
何にしろ、金銭が全てを支配する国かと思ったけど、それでも人としての倫理はある国だとわかり少しホッとした。
なお、師匠と戦っていた張というカルディナ支部長は消息不明だ。
師匠も「倒したことは確実だけど、その後の生死までは分からないよ。生存と死亡で……七対三くらいかな」と言っていた。
師匠としては珠を回収し、倒した時点でもう終わったことなのかもしれない。
さて、今はその師匠と合流するための待ち合わせだ。
私達がとっていたホテルのロビーで午前九時に合流予定。
なお、現在は午前十時である。
「……普通に一時間遅刻してる」
「じかんにルーズなのはだめだよねー」
……師匠が遅刻したり、マイペースに物事を進めたりするのはイタリア人だからだろうか。
けれど、それを言えば私や姉さんもフランス人らしいかと言えばそんなことはない気がする。
結局どこの国の人でも性格や行動は個人次第なのだろう。
「あ、きたよ」
「やっとか、…………えぇ?」
一時間と一〇分遅れで師匠はロビーに姿を現す。
ただし一人ではなく、幽かに見覚えがある女性と一緒だ。
師匠は彼女の腰に手を回しながら歩いており、ロビーについて分かれる際にはキスまでしている。
「すごく、素敵でした……」
「こちらこそ。一夜だけれど、一生の思い出になったよ。ベッドの中の可愛らしい君を忘れることはないね」
そう言って、二人は分かれた。
…………ああ、思い出した。あの人、賭博場で師匠が物色していたご令嬢だ。
どうやらあの抗争の後にナンパして、今まで部屋でナニかしていたらしい。
……ねえさん、わたしにはナニかわかんないや。まだじゅうごさいだからね。
「やあお待たせ、ユーちゃん。いい朝だね、ちょっと眠いけど」
「…………師匠の趣味について何か言う気はもうないですけど、時間は守ってください」
「ごめんごめん、つい夢中になってしまったからね。ああ、今思い出しても彼女の初心な反応は……最高だね!」
そうですか。
「「しねばいいのに」」
「ユーちゃんとキューちゃんがハモった!?」
◇
師匠によれば、珠は昨日のうちに輸送役に引き渡したらしい。
あれは結界のようなものでアイテムボックスに入れられず、運搬をどうするのかと思っていたのでそれは良かった。
ついでに気になっていたことも聞いてみる。
「私達は<蜃気楼>のカルディナ支部を潰しました。この後、<蜃気楼>から付け狙われることはないのでしょうか?」
何分、裏社会の中でも有名な組織だ。
今後も付け狙われたら危うい。
特に、私達は【操縦士】。<マジンギア>がなければ脆弱なのだから。
「その心配はないみたいだよー」
「なぜ?」
「今日の夕刊でも読めばわかるかなー」
「?」
新聞に載るような何かがあるのだろうか?
何にしろ、このヘルマイネでの珠の回収も完了した。
私はそもそも師匠がそんなことをしているという情報すら知らされていなかったけど。
事前情報なしで国宝絡みの国際問題中心点に放り込まれるのは、流石に精神的に追い詰められた。
……いや、知らされていてもこんな話は金輪際ごめんですけど。
「今回の件、無事に珠が回収できてよかったですね」
「うん! 次の回収も修業と一緒に頑張ろうね!」
修行か……今度は何をやらされるのだろう。
そういえば、そろそろ【高位操縦士】もカンストするし、ジョブチェンジ、も…………?
「……次?」
「うん。言ってなかったっけ?」
師匠はそう言って、両手を使って指を七本立てる。
「黄河から盗み出された珠って、全部で七つあるんだよね」
へぇ、七つあるんですかー。
そうですかー。
「…………あと六回もこんなことを!?」
「うん、頑張ろうね! ユーちゃん!」
…………きゅう。
◇
はいけい。
ねえさん、おげんきでしょうか。
わたしはいろいろあって、せいしんてきにしにそうです。
どうやら、わたしがてんちにたどりつくのは、まだまださきになるようです。
けんぶんはひろがっているきがしますが、いのあなもひろがっていくきもします
ドライフをでたわたしが、こうがとカルディナのこくさいもんだいにちょくめんしているのは、なぜなのでしょう?
ねえさんもせかいをたびしているときは、こんなおもいをしていたのでしょうか?
……なぜかいま「そんなわけないからねぇ!?」というねえさんのこえがきこえました。
げんちょうです。
つかれているようなので、きょうはこれでふでをおきます。
また、なにかあったらおてがみをおくります。
それと、いつかドライフにもどったときにはたくさんはなしをしましょう。
くろうばなしよりも、おみやげばなしのほうがおおくなるような、そんなたびであればいいなとおもいます。
それでは、また。
ユーリ・ゴーティエ。
EndⅠ
◆◆◆
■黄河・龍都某所――地下
その空間は、黄河の首都である龍都、その中でも一際大きな商会の地下にあった。
商会では実際に商いも行われている。
だが、その組織の本質はこの地下にあった。
<蜃気楼>という組織の本質は。
「して、予定通りに事は進んでいるのだな?」
「ええ。勿論です、香主」
空間の中にはU字型の卓があり、そこには老若男女合わせて八名の人間が座っている。
黄河内の東西南北の支部長。
密輸部門統轄者。
奴隷売買部門統轄者。
諜報部門統轄者。
そして警備・暗殺部門統轄者である超級職――【牙神】。
いずれも<蜃気楼>に属し、その中で大幹部と言うに相応しい役職についている者達である。
そして、彼らの着いたU字卓の先には段差があり、人間一人分ほど高い位置に椅子が置かれている。
そこには……年若い一人の少女が座っている。
まるで黄河の皇族が纏うような衣服を身に纏い、高みから<蜃気楼>の幹部を見下ろしている。
そしてそれは、間違いではない。
「それはいい。かのクランの協力を得られれば、黄河は“真の権力者”である我が手に戻るのだから」
彼女の名は華龍。
今現在の<蜃気楼>のトップであり、ほんの一ヶ月前にその地位を継いだ者。
そして、現皇族以外で唯一の古龍人である。
◆
古龍人とは、古に存在した古龍と人のハーフの末裔である。
それらは皇族として黄河の地に君臨し、民草を守りながら、代々の皇帝や【龍帝】を輩出してきた。
だが、過去に一度だけ、古龍人の間で争いが起きた。
先々代【龍帝】と当時の皇帝の没後に起きた内乱である。
あのとき古龍人は二派に分かれ、争っていた。
結果的に争っていた一方が担ぎ上げていた皇帝の遺児が継承権なき【龍帝】として生まれたため、内乱は意味をなくして終結した。
だが、そのときに一つの問題があった。
遺児を担ぎ上げていた古龍人の一派が、新たな皇帝を弑逆せんとしたのだ。
自分達が神輿にしていた遺児は使えなくなったが、皇帝を暗殺すればまだ目はある、と。
そんな愚かな考えを抱き、皇帝の暗殺を敢行しようとした。
だが、それは露見する。
それを成したのは皇帝の派閥に属する者ではない。
それどころか黄河に属さない他国の者――【猫神】がその陰謀を暴き、皇帝に伝えたのだ。
先々代龍帝の好敵手の一人であった【猫神】が何を考えていたのかは不明だが、結果として暗殺は未然に防がれた。
そして、陰謀を計画した者達は全員が刑に処された。
だが、このときに刑を免れた者がいる。
それは一人の娘。
暗殺を計画した一派が、次期皇帝にと考えていた少女。
幼子であり、陰謀のことなど何も知らなかったと思われた子供だ。
その派閥に属する者で、彼女だけは刑に処されなかった。
あるいは、幼子まで殺すことを皇帝が避けたかったのかもしれない。
しかし処刑は免れても、皇帝暗殺に関係したものを宮中には置いておけないため、その幼子は宮中を追放された。
臣の中には「古龍人の血が外部に流れるのではないか」と考え、「処刑した方が良い」と諌めた者もいた。あるいは「牢獄に死ぬまで閉じ込めるべきだ」、とも。
皇帝はそれらの言を退け、彼女を宮中から追放し、自由の身とした。
それは確かに子供の命を尊重した優しい選択ではあったが、後の黄河に大きな禍根を残した。
追放された娘は、数年の歳月を経て成長し……裏社会で名が知れ渡る存在となっていた。
そもそも彼女は古龍人。
他の人間とは、生物としての基本的な作りが違う。
ゆえに、他よりも武に優れた存在となるのは分かりきったことだった。(むしろ、一人でも生きていけると判断したから皇帝も追放したのである。もっとも、裏社会に身をやつすとまでは考えていなかったが)
彼女が成人となった頃には、彼女はその武勇で富を築き、多くの配下を従え、組織と呼べるものを作り上げていた。
組織の名は――<蜃気楼>。
そう。<蜃気楼>とは、宮中から追放された古龍人が作り上げた組織だった。
蜃気楼とは……幻の楼閣の意。
それは、“自分が本来あるべき”宮中と比較して皮肉った名前でもある。
「……私の代では届かないわ」
自身の組織に対し、彼女はそんな感想を抱いた。
届かないとは、皇帝の座のこと。
そう、彼女は……幼子であったときのあの陰謀を、抱え続けて生きていた。
いつかは今の皇族を滅ぼし、皇帝の座につくことを願っていた。
彼女は何も知らなかったのではない。
知らないと思われていただけだ。
彼女はずっと、皇帝を殺して新たな皇帝となることを考えていた。
「何代か、勢力拡大に努めないと」
このまま拡大を続けても、自分の代では決して黄河に敵わない。
だから彼女はその夢という名の陰謀を彼女の子孫に託すことにした。
それが、<蜃気楼>というマフィアの誕生と発展の理由。
そして、<蜃気楼>は拡大を続け……数百年の時が流れた。
◆
「皆の衆、時は来た」
玉座を模した椅子から、現在の<蜃気楼>香主である華龍が幹部に声をかける。
余談だが、華龍が本来皇帝直系の男子にしか許されない「龍」を名乗っているのも、現在の皇族への意趣返しとして代々の香主が行っているものだ。
「今このとき、数百年の時を経て最奥宝物庫が破られ、珠の一つが我らの手元に渡った。そして、それを対価に最強の援軍を得ることもできた。どちらも、天が「今こそ事を成せ」と言っているに他ならない」
それは多くの者が「偶然」と言うだろう。
だが、彼女はそれを天が与えた好機だと信じていた。
彼女の一族は、ずっと皇帝の座を戴くことを待っていたのだから。
「真の皇帝を決める争いは近い! そのときこそ、我ら<蜃気楼>は、幻ではなく真となるのだ!」
ゆえに、彼女は思い描く。
自身の未来を。
自らの一族が――自業自得で――背負い続けてきた苦汁の歴史を突き返す瞬間を。
この黄河でクーデターを起こし、皇帝の地位を簒奪することによって。
無論、正統性はない。
現在の皇族に対して国民の不満はなく、成功する可能性は低い。
だが、強大な力によって支配してしまえば、それができると考えた。
今ならば、<超級>も半数が国外に出ている。
ゆえに世界屈指とも言われるあるクランと渡りをつけ、その助力を得れば国家を転覆させることも出来る。
少なくとも、華龍はそう考えていた。
彼女のその考えを愚かというのは容易いし、正解である。
だが、先代の急死で彼女は幼くして……香主として必要な知識を学習する前に香主を継いだ。
加えて、物心ついたときから一族の歴史と<蜃気楼>という組織の強大さを刷り込まれていた彼女には……その愚かな考えが唯一の正解であった。
「ふふふ、楽しみですな」
「そうなれば、我らは大臣ですかな」
「あっしは金勘定だけ出来ればいいんですがね」
「……で、誰を殺せばいい?」
無論、幹部の反応……腹に抱えた思いは様々だ。
華龍と同様の思いを抱く者。
華龍が失敗すると確信し、保身の策を練っている者。
華龍の夢想とは無関係に、己の役割を果たそうとするもの。
様々だ。
ゆえに、これから華龍の計画を実行する段になれば、組織内でも色々と騒動が起きるだろう。
だが、それは計画に巻き込まれる民衆の混乱に比較すれば小さいものであるかもしれない。
そう、これから始まるのは再びの内乱。
三百年越しの黄河最大の争い。
彼らは近く迫ったその戦いについて思いを馳せて、
「はぁーい♪ 愚民の皆さんこんばんはー♪」
――そんな場違いな声に思考を遮られた。
華龍も、幹部も、全員が声の方を向く。
それはこの空間に続く唯一の扉。
いつの間にか、その扉の前に……一人の女が立っている。
その女は、信じられないほどに美しい容姿をしていた。
仮に人の美すらも芸術品と看做すならば、その女の今は遥か未来まで伝えられるべき美であった。
美しさの黄金比。
感性に訴える色彩の限界。
あるいは耳朶を揺さぶる声音の震え。
完璧な美貌など人によって違うが、しかし多くのものにとっての完璧を求めるならばその姿以外にないと思ってしまうほどの美貌。
裏社会に名を馳せ、美も悦も味わい尽くしてきたはずの<蜃気楼>幹部の半数以上が、その美貌に目を眩ませていた。
だが、正気を保った者の抱いた思いはまったく別のものだ。
「……“鳳凰”!」
「【舞姫】輝麗か!」
幹部の中でも荒事に関わっていた者達が、その女の名を叫ぶ。
その名を聞き、惚けていた幹部も正気を取り戻す。
それほどに、女の名は彼らに衝撃をもたらした。
「せいかーい♪ あ・た・し・が<輝麗愚民軍>のオーナー、輝麗よん?」
<輝麗愚民軍>。
黄河のクランランキングトップであり、構成メンバーの全員が輝麗の信奉者という異端のクラン。
数においても、質においても、黄河で比肩する存在のないクランである。
「……何用だ! <超級>!」
模倣の玉座から、華龍が声を荒げる。
だが、輝麗はその言葉を、どこ吹く風といった表情で受け流す。
「あらあら? あなたが<蜃気楼>の香主ちゃん? 思ったよりも小さくて可愛い女の子なのね。あたしほど美しくはないけれど♪」
「貴様……!」
その馬鹿にしたような態度と言葉に華龍は怒気を強める。
「そんなことよりー。ねえ、香主ちゃん♪ 聞いて聞いてー♪」
ふざけた態度に華龍の怒気は更に強まるが……、
「――あたしねー、皇帝陛下からのご依頼でー、<蜃気楼>を壊滅させることになったの♪」
輝麗の発したその一言で、冷や水を浴びせられたかのように脳が冷えた。
「……なん、だと?」
「あのねー。これまでは「組織が巨大すぎて潰した方が問題となる」って話だったんだけどー、珠の一件があったしー、国外に流されちゃったしー、トドメにあなたたちクーデター計画立ててたじゃない? だからね、「もう看過できない」って言ってたよ? 放置のデメリットが壊滅のデメリットを超えちゃったのねー♪」
まるで、知恵の足りない小娘のような喋り方だったが、輝麗の話している内容は<蜃気楼>にとって極めて重大だ。
既に珠を得たことも、それを使った取引も、クーデターすらもバレているのだから。
それは最重要機密事項。この場にいる大幹部しか知らず、取引を担当していたカルディナ支部長にすら伝えていないことだった。(そもそも、国外の幹部には組織の抱いた野望さえも教えられていない。国外の幹部は実力はあれど――まともすぎて――組織の野望に合わない人物が務めていたからだ)
ゆえに、華龍は秘密を知っている幹部達を睨みつける。それは言外に「誰が漏らした」という意思が込められていたが、全員心当たりがないという顔をしている。
それは嘘ではなく、全員が情報を漏らしていない。
保身を考えていた者も、まだ実行には移していない。
「ちなみにー、情報提供は<DIN>だからねー?」
「……あのブン屋共!!」
国境なき情報屋集団、<DIN>。
まさか黄河最大の秘密結社の最重要計画さえも掴み、売り渡しているとは流石に<蜃気楼>幹部をしても想定外だった。
「そんなわけでー、皇帝陛下からすごい報酬もらえちゃうからー、<蜃気楼>は今日でおしまーい♪」
輝麗は満面の笑みで華龍と幹部達を見る。
その笑顔に、幾人かの幹部の顔と心が蕩け、――他の面子は全員が戦慄した。
彼らには分かってしまう。
その笑みが、決してこちらの心を綻ばせようとするものではないことが。
むしろ、体を綻ばせてバラバラにしてしまいかねない意思の込められたものであることが。
「あ、武闘派の幹部さんは気づいてると思うけどー」
輝麗は腰に二本差していた扇の一本取り出し、地下空間の天井を指す。
「――上、もう誰もいないよ?」
地上には、そしてこの地下空間の議場に通じる道には合計で二百を超える武闘派構成員が詰めていた。
それらが全て、もう終わっているのだと輝麗は言う。
武闘派の幹部の一人、警備を担当していた【牙神】も、地上から誰も来ないことでそれを察した。
「……いったい、何人でここに攻めてきた?」
「一人よー? だってー、あんまり大勢動かすとバレちゃうしー、五支将のみんなは黄河の他の支部を潰しにいってるものー」
「!?」
五支将。
それは、<輝麗愚民軍>の誇る大戦力。
黄河決闘ランキングの三位から七位で構成された、黄河屈指の<マスター>達。
ゆえに、幹部達の衝撃は二つ。
そんな連中が支部を……本来自分が預かっている場所を潰しに行ったということ。
そして、その五支将なしでも、輝麗は二百人の武闘派構成員を地下の彼らに気づかれずに始末してしまったということ。
「だからねー、<蜃気楼>は今日でおしまいなのよー?」
そう言って、輝麗は両手に扇を――超級武具【鳳凰翼 スーリン・アル】を構える。
――同時に幹部の一人、短剣特化超級職【牙神】が動く。
AGI型である【牙神】は目にも留まらぬ超音速機動で輝麗の後背に立ち、
手にした牙の如き短剣で輝麗の首をとりに動き、
「お手は触れないでねー?」
――その頭部と両腕が“消失”した。
「…………え?」
その声は華龍の口から漏れたもの。
華龍は、今そこで頭部と両腕をなくした【牙神】をよく知っていた。
自身の警護役であり、同時に暗殺者として彼女の敵の多くを屠ってきた、最も信頼できる幹部。
それが……何も出来ないまま、断面を三つ晒し、血を噴き出して死んでいた。
「あらー? 困っちゃうわー。血で服が汚れちゃう……叩くのは頭だけで良かったかしらー?」
そう言って困り顔をする輝麗。
彼女の両手には――血が滴る二本の扇があった。
だから、誰にでも理解できてしまう。
――超音速で動いた【牙神】を、あの扇で殴り殺したのだ、と。
「ば、馬鹿な……【牙神】が……我らの最高戦力が……」
「……う、嘘だ、だって、【舞姫】は、前衛職じゃ……」
「奴自身が、これほどまでに……? ただ美貌でクランのトップに立っていたはずでは……」
幹部達の動揺は無理もない。
なぜなら、輝麗という人物はこれまで、武勇というものはあまり知られていなかった。
クランのトップに立っているのは、美貌によるもの。
超級武具を持っているのは、<SUBM>との戦いで自身のクランを活躍させたから。
黄河のティアンにはそんな風に思われていた。【舞姫】が前衛や後衛のジョブでないのもそれに拍車をかけていただろう。
もっとも超級武具に関しては、自身の功績での判定なのでそんなことが起こるはずはないのだが……無理もない。
これほどに美しい輝麗が、そんなバケモノであるなどという想像が、誰にもわかなかったのだろうから。
「【牙神】ねー。うーん、うちの愚民でとれそうな子はいたかしらー? 【神】だとちょっと難しいのよねー」
【牙神】の死体を見下ろしながら、輝麗はそんなことを呟き、
「あなた達も始末したら、もうちょっと超級職が空くのかしら?」
――品定めするような目で、残りの幹部を視ていた。
◆
この日、<輝麗愚民軍>と軍による<蜃気楼>の壊滅作戦が行われた。
事前に<DIN>の情報で拠点の位置が明確であったこともあり、黄河内の<蜃気楼>は全ての拠点と……そこに詰めていた全ての人員を失った。
いずれも殺されるか、逮捕されるかといった末路を辿る。
それは<蜃気楼>本部も例外ではない。
二百を越す武闘派構成員は全員が死亡か逮捕。
集まっていた八人の幹部も、三人が死に、二人が自害、残る三人が降伏。
そして、香主である華龍も捕らえられた。
瞬く間に己と一族の全てを失った少女の顔は、感情というものが抜け落ちたようであったという。
かくして、数百年前の禍根と間近に迫った新たな内乱の危機は、まるで瑣末事のようにあっさりと片付けられてしまう。
――実際、この後に大陸で起こる大事変を思えば瑣末事ではあるのだろうが。
EndⅡ
◆◆◆
■あるクラン内での情報伝達
通達。
ゼタよりメンバー各員へ。
報告。
宝物獣の珠、【轟雷堅獣 ダンガイ】の受け取り失敗。
理由。
取引相手の<蜃気楼>の壊滅。
詳細。
カルディナ支部は【撃墜王】と他一名(詳細情報なし)により制圧。
黄河本部は【舞姫】により壊滅。
黄河の各支部も<輝麗愚民軍>と軍により壊滅。
追補。
黄河では【舞姫】以外にも動きあり。
他の珠もカルディナに流れたことを掴み、皇帝の命で【総司令官】が珠の回収にカルディナへと向かった模様。
また、レジェンダリアと天地の有力者にもカルディナ方面へと移動する者あり。
本件に関係したものかは不明だが、その可能性は十分にあり得る。
今後、珠の争奪戦がカルディナにて発生する模様。
各勢力が協調する可能性は恐らくなし。
総評。
予定通り。
自分が盗み出した七つの珠の内の六つを、あえてティアンの組織を通して黄河伝いにカルディナへと流したことで、目論見は成功した模様。
情報が多くの者に流れ、騒動は拡大されることは確定した。
今後。
これより後の争奪戦でカルディナと黄河をはじめとした各戦力の分析を、下部組織に周知。
“監獄”内のオーナーにもリアルでメールによる報告を行う。
自分はスケジュール通り、西方にて近々発生するアルターとドライフの戦争に潜り込む。
決闘都市ギデオンに潜り込んでいるらしい新人との合流も可能ならば行う。
また、砂漠にて拾い者もあったため、後任者に預ける。
人事。
今後のカルディナでの活動は、まだカルディナで指名手配されていないメンバーに引き継ぐ。
訂正。
一人もいなかった。
指名。
【殺人姫】……エミリーに引き継ぐ。
名指注意。
エミリー、今回の件での殺傷数は三桁に留めること。
To be Next Episode
( ̄(エ) ̄)<三つ目のパートが不穏なんだが……
(=ↀωↀ=)<三つ目の話は蒼白詩篇二ページ目、クマニーサンの外伝、そして第六章に続きます
( ̄(エ) ̄)<……第五章は?
(=ↀωↀ=)<まずそこから頑張る(カリカリ)
(=ↀωↀ=)<次回からは第五章開始まで一話完結の番外編で繋ぎます




