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歌姫と薔薇 その三

(=ↀωↀ=)<番外編のボリュームが想定より増えていく


( ̄(エ) ̄)<結局外伝くらいの量になりそうクマ

 □■とある国宝の話


 【龍帝ドラゴニック・エンペラー】。

 それは古龍の血を引く古龍人の中で、先祖返りのように現れる特殊超級職である。

 黄河の歴史の傍に寄り添う、生きた守護神。

 中でも、先々代【龍帝】は歴代の【龍帝】の中でも最強と謳われた。

 レベルも二千を突破し、数々の<UBM>を撃破した。

 鍛え上げた破格の身体能力(ステータス)

 《龍気継承》、《古龍細胞》などの【龍帝】独自のスキル。

 そして、単独で神話級の<UBM>を討ち取ったことで手に入れた特典武具。

 正に怪物を越えた怪物と呼ぶべき存在。

 <超級>が存在しなかった時代、先々代【龍帝】は間違いなく人類最強の一角だった。

 全盛期に、同じく規格外と謳われた【覇王キング・オブ・キングス】や【猫神(ザ・リンクス)】がいなければ、大陸はその時点で黄河によって平定されていたかもしれない。


 黄河を守るために数多の<UBM>を打ち倒しながら、先々代【龍帝】は考えた。

 一人が力を持つだけでは、黄河はこれ以上の発展を望めない。

 ゆえに必要なのは、強大な力を使えるものをより増やすこと。

 それから彼はある研究を始めた。

 それは、強大なモンスターを封じ込めて使役する術。

 当時から既にモンスターを格納する【ジュエル】は存在した。

 だが、【ジュエル】では<UBM>を入れられないし、そもそも<UBM>と化したモンスターはテイムできない。

 しかし、先々代の【龍帝】は<UBM>を戦力として用いることを諦めなかった。


 そして彼が研鑽の果てに生み出したのが、宝物獣の珠である。


 宝物獣の珠はアイテムではなく、一種の結界と言うべきもの。

 物質化した結界は、その内部に宝物獣――<UBM>を生きたまま閉じ込めている。

 珠は内部に封じ込められた<UBM>の力の一端を引き出し、行使することが可能であった。

 本来、<UBM>の討伐に最も貢献した者にしか与えられない力を、誰でも使えるように変換した驚愕の術……それが宝物獣の珠だ。

 <UBM>にその術を施せるのは、術を編み出した先々代【龍帝】だけだった。

 だが、先々代【龍帝】は生きている間に多くの<UBM>を珠の中に閉じ込めた。

 それは“虎”であり、“龍”であり、あるいは如何なるものとも似つかぬ“怪物”であった。

 先々代【龍帝】が長い生涯で封じ込めた<UBM>は、上は神話級まで含み……その数は百に迫る。


 やがて、先々代【龍帝】が寿命により生涯を終えるとき、若き皇帝にこう言い残した。


(これ)は今から死ぬ。が、貴様が生きている間は困らぬ程度の備えは遺した。それで己を守り、国を守り、育むがいい。さらばだ、小僧。……ああ、此の生において、【覇王】や【猫神】以外は皆が此を恐れていたが……恐れながらも此から目を逸らさぬお前のことは好ましかったよ」


 そうして、先々代【龍帝】は長き生を終えて眠りについた。


 ◇


 後の歴史は先々代【龍帝】の望むようには動かなかった。

 彼が後を託した皇帝も、先々代【龍帝】の没後から数年で命を落とした。

 それから始まったのは皇帝の弟と皇帝のまだ生まれてもいない遺児の間による、……否、彼らの後ろ盾になろうとした者達によって引き起こされた皇帝の座を奪い合う内乱である。

 黄河を二分した内戦は多くの犠牲を出した上に、皇帝の遺児が皇帝の継承権無き次代【龍帝】として生まれ落ちたことで決着する。

 しかし、そんな無為な内戦に一つだけ救いがあるとすれば、「内戦で一度も宝物獣の珠が使われなかった」ということだろう。

 それは両陣営共に先々代の【龍帝】への敬意を持ち、その遺志を足蹴にしてはならぬと考えたためでもあり……同時に「使えない」という理由もあった。

 宝物獣の珠を収めた最奥宝物庫は、皇帝か【龍帝】しか鍵を開けることは許されない。

 そうでないものは鍵を開けず、正規の手順を踏まずに入ろうとすれば「宝物庫ごとこの世界から消滅する」と先々代【龍帝】は言い残していた。

 ゆえに、皇帝が決まらず、【龍帝】もいなかった内戦時は誰も宝物庫を開くことが出来なかった。

 後の皇帝となった弟も、【龍帝】となった遺児も、それで良かったのだと考え、そういった仕掛けを施してくれていた先々代【龍帝】に感謝した。

 その後も宝物獣の珠が使われることはなかった。

 例外は、内戦の終結後に皇帝となった弟が、西方へと旅立つ民に“虎”の珠を与えたことくらいであろう。

 皇帝となった弟はこう発言したとされる。


「これはたしかに強大な力である。されど、“これがある”ことを理由に争いを起こしてはならぬ。“これを用いねばならない”争いが起こるまで……これは眠らせておくべきだ」


 それは、あるいは先々代【龍帝】の思惑とは違ったかもしれない。

 だが、悲惨な内戦を経た黄河の全てが、彼の言葉を肯定していた。

 かくして、宝物獣の珠……そしてその中に封じられた百に迫る<UBM>は、力を振るうことなく眠り続けた。


 数百年の後、第三皇子の王国への訪問に際して鍵が開けられるまでは。

 宝物庫から持ち出された珠が――狙い済ましたかのように何者かに盗まれるまでは。


 ◇◇◇


 ■賭博都市ヘルマイネ・<蜃気楼>


張大人(チャンターレン)、ネズミの始末完了いたしました』

「……ご苦労」


 賭博場の支配人室で、この店――と言うよりは黄河マフィア<蜃気楼>のカルディナにおける行動の全てを任されている張は、僅かな安堵と共に椅子に体重を預けた。

 彼の掌中には一つの珠が……宝物獣の珠が握られている。

 張の視線の先には映像を映す水晶があり、そこには賭博場のホールの様子が……数十の攻撃魔法の炸裂によって濛々と煙を上げる飲食スペースが映っていた。


「……ふぅ」


 溜め息の理由は無論、今しがた自分が抹殺を命じた二人の<マスター>……正確にはその一方についてだ。

 このカルディナに根を下ろして裏の仕事を商っている張は、当然彼女……AR・I・CA(アリカ)についても知っていた。

 今、彼の手にある珠を奪いに来たもの。

 <超級>にして最強のクラン<セフィロト>に属する者。

 このカルディナにおける最強者の一人、“蒼穹歌姫”。

 だが、その評価は彼女が<マジンギア>に乗っていればの話だとも知っている。

 ゆえに、無防備な生身のタイミングを狙い、殺害を敢行したのだ。

 そういう意味では、張は運が良かった。

 これが同じ<セフィロト>の“万状無敵”のカルル・ルールルーであるなら、今のような不意討ちは決して行えなかっただろう。

 彼の人物は煮えたぎるマグマの中での<UBM>との死闘や、万を超える攻撃魔法を耐え切った魔術結社壊滅戦など、数多の逸話で知られる最強の耐久型。

 迂闊に手を出せば勝ち目はなく、戦う前から敗北が決定されている。

 それでも珠を要求されれば、張と<蜃気楼>カルディナ支部は絶望的であっても戦わなければならなかっただろう。

 それほどに、彼らにとって珠は重要なものだった。


 珠が黄河の<蜃気楼>本部から張の元に届けられたのは、一週間前のことだ。

 張が聞いたのは、「このカルディナにおいて、ある組織と<蜃気楼>の間でこの珠に関する取引がある」ということ。

 そこで、カルディナの<蜃気楼>を取り仕切る張に、その取引を任せるという話だった。

 指定の時刻に、とある場所に赴き、符丁を合わせて取引を完遂する。

 それ自体はどこにでもある取引だが、物が桁違いだった。

 この珠は、黄河の人間ならば御伽噺で誰でも知っている国宝なのだから。

 しかも、それが取引と言うよりも「相手の組織と縁を得るためにこの珠を差し出す」という内容だとも聞いた。

 それについて張は驚き、疑問に思った。

 「珠を差し出してまでいったいどこと縁を持つつもりなのか」と、珠を運んできたものに問いただした。

 配達者がそれを知らなかったため、張は通信魔法で直接本部に尋ねた。

 返ってきた答えはただの一言、相手の組織の名前のみ。

 しかし、それで張は十二分に納得してしまった。

 そして、これから起こる取引には張の首どころかカルディナ支部全員の命が掛かっていると実感した。

 ゆえに、情報を掴んで乗り込んできたのが<超級>であっても……迎え撃たなければならなかった。


「……この珠に、あの組織(クラン)……本部は、クーデターでも起こすつもりなのか?」


 本部がやろうとしていることは分かった。

 だが、何を考えているかは今もって張にも分からない。

 それでも、この指令を拒否すれば自分達が終わりだとは分かっていた。

 本部に潰されるのか、あの組織に滅ぼされるのかは不明だが……いずれにしても未来は暗い。

 “蒼穹歌姫”を敵に回す方がまだ未来は明るいと……張は考えた。


「三日後には復活してくるが、明後日には珠の取引は終わっている」


 <マスター>は不死身。

 三日もすれば死からも帰還すると、張も知っている。

 だが、その三日こそが張は欲しかった。

 その三日があれば取引は終わり……自分達はこのヘルマイネから居を移して逃げることも出来るのだから、と。

 <超級>を敵に回した以上、既にこの店を放棄するのは決定している。

 だからこそ、客の評判も建造物の被害も気にせずに行動できているのだ。

 そうでなければ、屋内で爆発魔法など使えない。

 張は再び視線を水晶の中に、<超級>を始末した光景に向ける。


「……それにしても、煙が出すぎではないか?」


 爆発魔法の着弾点、二人の<マスター>がいた場所から立ち上る煙は……一向に治まる気配がない。

 「それほど派手に燃えているのか?」と張は疑問に思った。

 疑問に思ってから……張の背筋に悪寒が走った。

 それは黄河マフィアである<蜃気楼>の武闘派幹部として、幾多も死線を潜り抜けた張の経験則。


「送風魔法だ。送風魔法で煙を除けろ!」

『ですが、火災の場合は炎の勢いを強めてしまうことに……』

「炎が強まるならそれでも構わん! やれ!!」


 張の指示を受け、<蜃気楼>の構成員が送風魔法の【符】を用いて煙を退かす。

 するとそこには……煙を吐き出し続ける筒のようなものがあった。

 《鑑定眼》を持つ構成員の目には、【スモークディスチャージャー】というアイテムであると把握できた。

 だが、その筒以上に構成員の、そして張の目をひきつけるものが煙の向こうにはあった。


「……ガラクタ?」


 爆発魔法の中心点には――無数のガラクタが積まれていた。

 いや、それはガラクタというよりは……残骸。

 数多の機械兵器の残骸が、それらに残された装甲板が……壁を形作っていた。

 彼らには想像がつかないだろう。

 攻撃魔法の着弾の寸前。ある人物が全ての攻撃魔法の軌道に、予めアイテムボックスの中にあったジャンクパーツを配置したなどと。

 そして、件の人物が誰であるかは言うまでもなく……。



『――ああ、もう気づいた?』

 壁の向こうから、その者の声が響く。



『けれど、遅い。もう開演時間だからね!』


 不意に、残骸の壁が倒れる。

 まるで役目を終えたように、計算された演出のように壁は倒れ――それが姿を現す。


 それは蒼い人型機械だった。

 それは人型の<マジンギア>だったが、【マーシャルⅡ】を知る者からすれば信じられないものだろう。

 蒼い人型機械は細身だった。

 まるで装甲というものをどこかに置き忘れたかのように、前例がないほど装甲の薄い機体。

 かつて主流だった機械甲冑式の<マジンギア>を、より美しくしながらサイズアップしたようなデザイン。

 唯一、背面部に装着した装置だけがその機体の中で厚みを主張している。


 その機体の名は【MGFX-001 ブルー・オペラ】。


 ドライフ皇国のロボット型<マジンギア>の生みの親であるフランクリンが、採算を度外視して作成した特別製の<マジンギア>……【MGFX】シリーズの一号機。

 全身を蒼に染めた、<マジンギア>とは思えぬほど美しい流線型の機体。


『歌え――【オペラ】』


 パイロットの魔力(MP)を吸収し、【ブルー・オペラ】の機関が始動する。


 ――――♪


 同時に、空間を震わせて歌声(・・)が流れた。

 それは【ブルー・オペラ】の内部から漏れ出す、機関音。

 しかし、ソプラノの音程により響き渡るそれは歌声と呼べるほどに美しい。

 そのメロディは人の声ではないが旋律の美しさは共通であり、正に歌姫の名に相応しい。

 だが、その瞬間に構成員が抱いたのは、決して感動ではなかった。


 ――「これからこの歌姫に殺されるかもしれない」という“戦慄”である。


『師匠。こちらも準備完了しました』


 蒼き歌姫の背後で何者かが起き上がる。

 それは歌姫よりも巨大であり、分厚く、そして同等に美しい機体だった。

 それは花弁のような装甲を幾重にも重ねた重装甲の機体だった。

 あちらを歌姫と評するならば、こちらは大輪の花。


 その機体の名は【MGFX-002 ホワイト・ローズ】。


 フランクリンが妹であるユーゴーの誕生日の贈り物として作り、餞別として送った【MGFX】シリーズの二号機。

 全身を白に染めた、<マジンギア>の中で最も堅固な機体である。


『ユーちゃんも乗り込んだね』

『ええ。……ですが、荒事になるなら店に入る前に言っておいてください』

『それを察するのも修行だからね!』

『……しゅぎょうっていえば、なんでもいいとおもってない?』

『ち、違うし』

『こえ、ふるえてるけど』


 蒼と白の機体のパイロット達は、飲食スペースで団欒していたときと同じように言葉を交わす。

 だが、相対している<蜃気楼>の構成員は、それに対して全く違う感想を抱く。

 取り囲む構成員の誰かが、唾を飲む。

 眼前の相手は確実に敵であり、倒さなければならない。

 こうして相手が話している隙を突いて、倒すべきだ。

 だが、なぜだろう。

 迂闊に攻撃すれば、その瞬間に全てが終わってしまう予感があった。

 そう、彼らは誰しもこう思っていた。


 ――自分達は死地にいる、と。


 ◇◇◇


 □【高位操縦士】ユーゴー・レセップス


「え? ユーちゃん、馬鹿正直に【ガレージ】に<マジンギア>入れてるの? そりゃ軽い整備や装弾を自動でやってくれるけどさ……。緊急時に使うこと想定するなら、《即時放出》付きのアイテムボックスに入れた方がいいって。万全状態で【ガレージ】入れとく意味ないしさ」


 とは師匠がこの賭博場に入る三時間前に言っていた言葉であり、師匠がもっていたスペアのアイテムボックスを貰ってそちらに【ローズ】を移していた。

 恐らく、その時点で私も巻き込んで抗争に発展することは確定していたのでしょう。

 まぁ、たしかにこういった突発的な戦闘が起こりえる場合は、内部のアイテムを一瞬で出す《即時放出》のアイテムボックスに入れておいた方がいいというのは実感しました。

 ……こういう細かなテクニックは<叡智の三角>では聞いたことがなかったけれど、<叡智の三角>のパイロットは性能テストがメインだからこういう使い方はしていなかったはず。

 このテクニックも、修行の内容も、師匠がドライフを出てから実戦で身につけたものなのだろう。


『それより、さっきの壁……ギリギリだったんじゃないですか?』

『大丈夫だって。ちゃんとコースに配置したし。強度も……大丈夫だった(・・・)から』

『なぜ今言いよどんだ上に過去形に?』

『んー、アタシが昔ぶっ壊した機械兵器のジャンクパーツだからねー。場合によっては駄目だったかもしれない』

『…………』


 ジャンクの装甲板が、師匠の想定より劣化してたらアウトだったってことですよね?


『ダイジョブダイジョブ。アタシは避けられるから』

『いえ、その場合……私は死んでいるのでは?』

『……それも修ぎょ』

『それはもういいです』


 師匠と馬鹿話なのか状況確認なのか分からない会話を続けていると、モニターの隅にちらりと映るものがある。

 それは、私達を囲む黄河マフィアの構成員の一人。

 師匠の【ブルー・オペラ】の背後から再度攻撃魔法を使用せんとしている。

 装甲の薄い【ブルー・オペラ】ならば、不意をつけば一撃で機能不全に持ち込めるかもしれないという考えだった。

 そして私が何か言うより先に、彼は攻撃魔法を放ち、


『実際ね、ちょっと死んだ方が<エンブリオ>って強く育つらしいよ』


 ――師匠は話を続けた。


「え?」


 彼には理解できなかっただろう。

 確かに背後から攻撃魔法を放ったのに――師匠は僅かに機体を傾けただけでそれを容易く避け、会話を途切れさせることすらなかった。

 まるで後ろに目があるように……いや、それ以上に不可解な視覚を持っているかのように。

 ……師匠はそういうことができる人です。

 師匠に対して不意討ちができる人は、きっとこの<Infinite Dendrogram>に一人だっていないでしょう。

 師匠の<超級エンブリオ>の前では罠も不意討ちも賭博のイカサマだろうと、全ての危険は無力化される(・・・・・・)


『……師匠』

『うん。そろそろ戦闘開始かな。珠持ってる人に逃げられても嫌だし――ね?』


 その言葉と同時に《即時放出》によるものか、中空に二本のライフルが出現して師匠の【ブルー・オペラ】が掴みとる。


「ッ! 撃て!!」


 黄河マフィアの構成員達は一斉に攻撃を開始する。

 【オペラ】と【ローズ】に対し、雨霰と降り注ぐ攻撃魔法。

 けれど、それらはきっと……術者の望む結果を齎さなかった。


 師匠の【オペラ】は先刻の行いを繰り返すように、全ての攻撃魔法を避けてみせる。

 <マジンギア>の巨体だというのに、掠りもしない。


 対して、私の【ローズ】は避けられない。全ての攻撃が被弾している。

 けれど、その花弁の如き幾重にも重なる装甲の表面に白い光の膜が生じ、全ての攻撃魔法のエネルギーを遮断している。


 まるで速度型と耐久型という二つのビルドの在り方を突き詰めたかのような二機は、全ての攻撃を物ともしない。

 ドライフ最大のクランが、採算度外視で作った最強の<マジンギア>の面目躍如といったところ。

 ……もっとも、師匠が避けてるのはほぼ師匠の実力によるもので、逆に私は機体の装備に任せた防御なのだけれど。


『ユーゴー、よけるのへただもんね。おねえさんもそれわかってたんだよ』


 だろうね。

 ゆえに、この【ローズ】のコンセプトは、もう一つの使い方(・・・・・・・・)も含めて本当に私のために用意されたもの。

 姉さんが私を見てくれていたこと証明のようなものだ。

 ……今度、メールを書こう。師匠に会ったことも含めて。


『んー、どうしよっかなー』


 僅かな間、私が物思いに耽っていると師匠がそんな言葉を漏らす。


『師匠?』

『ユーちゃん。アタシは珠を探しに行きたいんだけど、ここ全部一人で相手できる?』

『…………』


 その言葉に、私は瞑目して考える。

 かつて、私はゴゥズメイズ山賊団の構成員のほぼ全てを単騎で殲滅した経験がある。

 だから可能不可能でいえば、可能であると判断した。

 けれど、「倒さなければならない」と判断して殲滅したあのゴゥズメイズ山賊団と比較して、この黄河マフィアはどうなのだろう……。


『ちなみにアタシの下調べだとこの<蜃気楼>カルディナ支部の罪状は殺人、強盗、集団暴行、禁薬取引、誘拐からの奴隷売買となっております。まぁ後半はここじゃお金次第で合法だけどね!』

『……私の心を読んだかのようなタイミングで発破を掛けてきましたね』


 まるでどこかの銀髪みたいに。

 ただ、話は分かりましたし、腹も据わりました。


『師匠、ここの制圧は私がやります』

『オッケー、任せた。アタシは珠探すから』


 師匠はそれだけ言って【オペラ】を動かし、背中に備え付けられた装置――古代伝説級特典武具【天制翼 エールクラスター】を起動させた。

 直後、賭博場の中から【オペラ】の姿が消失する。

 瞬時に発生した轟音と破砕音の直後、その場にいた誰もが姿を見失っている。

 壁を見れば、【ブルー・オペラ】が抜け出ることも可能なサイズの大穴が空いていた。

 ……珠を持った相手は既に外へ脱出していたみたい。


『さて……』


 【オペラ】がいなくなったため、攻撃の全ては【ローズ】に集中している。

 しかしそれでも、白い装甲には汚れの一つも付着していない。

 周囲の構成員は、まるでバケモノに畏怖するように【ローズ】を見ている。

 「無敵なのか」、とでも思っているだろう。

 もっとも、内部にいる私が抱いている思いは無敵の安心感とは全く違うもの。


『……私のMP消耗が激しすぎる。この分だとあと五分もたないかもしれない』

『そうだね』


 この【ローズ】に積まれた多重結界装甲【フルール・ディヴェール】は、【盾巨人】が使用する《サウザンドシャッター》を参考に設計されたもので、一定ダメージ遮断結界を展開している。<エンブリオ>の補正もなく、レベルも然程ではない下級職ティアンの攻撃魔法ならば何もしなくても防ぎきれる。

 ただし、常時展開するにはMP消費量が激しい。

 他のスキルを使用して戦闘機動を行うことも考えると、従来機の数倍の消耗量になる。

 【ポーション】によるMP回復にも限度があるため、このまま長期戦に入るのは如何にも分が悪い。


『キューコ、相手のカウントは?』

『へいきんして、20ぜんご』


 それは私達のメインウェポンである《地獄門》の判定に使われる数値、同族撃破のカウント。

 二十という数値は、《地獄門》を使用するに際し、決して効果を発揮できる数値ではない。

 ほぼ確実に長期戦の様相を呈する。

 だから、そちらは(・・・・)今回使わない。


『――《第二(deuxième)》は?』

『そっちはいけるね、たぶん』


 なら、そちらで制圧しよう。


『さあ、<じょうきゅう>になったコキュートスの、おめみえだよ』

『ああ。砂上の楼閣に、深淵の氷花を飾ろう』

『おや? なおってなかったかな? ちゅーにびょー』

『……うるさい』


 つい口に出してしまった言葉に赤面しながら、攻勢に出た。



 ◆◆◆


 ■賭博都市ヘルマイネ郊外


「…………」


 <蜃気楼>のカルディナ支部長、張はただ独り砂漠に立っていた。

 オアシスの周囲に発展したヘルマイネであるが、その町の領域から出ればカルディナの大砂漠である。

 彼は蒼と白の機体が姿を表した時点で賭博場を脱し、大砂漠まで移動していた。

 それは珠と自分の命を守るための逃走――ではない(・・・・)


「……来たか」


 張が空を見上げると、高らかな歌声の如き機関音を響かせながら蒼い機体……【ブルー・オペラ】が降下してくる。


「夜だというのに、騒々しい鉄塊だ」


 だが、攻撃はしてこない。張が持つ宝物獣の珠を破壊する恐れがあるためだろう。

 アリカの目的は第一に珠の回収であり、内部の<UBM>の殲滅は珠が壊れてしまった場合の善後策なのだから。

 だから、アリカはまず張に声をかけた。


『こんばんは! おたくが珠を持ってる<蜃気楼>の偉い人でいいんだよね?』

「然り。よくここにいると分かったものだ」

『レーダー……特典武具であの建物にいた一番レベル高い人を追ってきただけなんだけどね』

「……なるほど」


 それでは逃げられんな、と張は嘆息する。


『それで珠を渡すでもなく、ずっと遠くまで逃げるのでもなく、こんな半端な場所で待っていたのはそういうこと(・・・・・・)でいいのかな?』

「ああ」


 張は答えると同時に手を翻し――その両手に幾十の【符】を握る。


「貴様との戦い、避けられぬものと覚悟した。ゆえに、場所を移したまで」


 そう、張は逃げるためにこの砂漠に身を移したのではない。

 <超級>であるアリカを迎え撃つために、ここで待ち受けていたのだ。


「あそこで全力を出せば、我が手で部下を殺しかねんのでな!」


 そう言って、張は両手を広げる。

 直後、彼の背後で五つの砂柱が立ち、五つの長い影が砂中から姿を現す。

 それはこのカルディナではよく見られるワームの出現と似通いつつ――まるで異なるものだった。


「俺は、<蜃気楼>カルディナ支部長【大霊道士グレイト・ソウルタオシー張葬奇(チャン・ザンチー)。我が二つ名、“五星飢龍(ウーシンジーロン)”の由来たる五大キョンシーを以って、貴様を撃滅する」


 それは、五匹の【龍】。

 いずれもが既に光を映さぬ目を持ち、額に【符】を貼り付けている。

 それは【龍】であると同時に【キョンシー】と呼ばれる怪物だった。

 さらに、いかなる術によってか……五匹は全身に雷光を纏っている。


『へぇ、超級職なんだ。たしか黄河版の【冥王】ポジションだっけね。……毛色は違うけど』


 【霊道士】は西方での【死霊術師】に相当する。

 ゆえに、彼らが扱う【キョンシー】は「アンデッド」に属するモンスター。

 【符】によって操られるものであり、ジョブとしての【僵尸】とは似て非なる存在である。


『純竜クラスの上位をキョンシー化して生前より強化。さらに、その手の中の珠で重ねて強化してるのかー……これは強いなー』


 相手の戦力の詳細を、アリカは既に見破っている。

 その手強さも、理解している。

 しかし強い、と言いつつも……アリカの声は弾んでいる。


『ああ、うん。でも構成員を潰して回るよりこっちの方がいいね』


 心の底から、楽しげに。


『やっぱり、相手もある程度大きくて強くないと……ロボットで戦ってる気がしないからさ!』


 これから戦うことが心底嬉しい、と。


『何にしても返答は分かりました! その勇気にグッジョブ!』


 アリカは生身で普段からそうしているのと同じように、【オペラ】の右手でサムズアップする。


 次いで、その右手をクルリと捻り――親指を地に向ける(・・・・・・・・)


 それは――殺意を表すサイン。


『――そして、さようなら』

「――参る!!」


 そうして、カルディナの大砂漠を舞台に“蒼穹歌姫”と“五星飢龍”の戦いが始まった。


 To be continued


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[一言] ちょっと死んだ方が強くなるってのと⬛︎⬛︎⬛︎ってのなんか関係ありそう
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