歌姫と薔薇 その一
(=ↀωↀ=)<四万ポイント突破ですー!
( ̄(エ) ̄)<応援ありがとうクマー!
(=ↀωↀ=)<そして番外編開始ー
( ̄(エ) ̄)<五章までの繋ぎ&別方面の話回収を兼ねて週一くらいのペースでやってくクマー
□都市国家連合カルディナ・賭博都市ヘルマイネ
カルディナは国土の九割以上を砂漠と乾いた荒野に覆われた国である。
遥か昔から乾いた地が砂漠に、ほんの数百年の間に乾いた地が荒野となっている。
残る一割未満の土地はオアシスや、北部の未踏地域<厳冬山脈>から流れてくる川などの水源に沿った生きた土地であり、カルディナに点在する街はそれら生きた土地に根ざしている。
賭博都市ヘルマイネもその一つであり、オアシスの周囲に街が形成されている。
そして街の一角には賭博都市の名の通り、賭博場が密集している。
<マスター>によってはラスベガス、という地名を思い出すかもしれない。
その賭博場だが、出資している組織の母体によって趣が異なっている。
カルディナという国は様々な国の商人や組織が入ってくるため、それらの資本が作った賭博場も自然と大元を連想させる雰囲気のものが多い。
比較的上品そうな賭博場は、王国商人の資本で作られたもの。
エンターテインメント性に溢れる造詣の賭博場は、レジェンダリア商人の資本で作られたもの。
そして、地球でいうアジアテイストを前面に押し出し、龍を模した飾りが目立つ賭博場は黄河によるものだ。
看板には……日本語で言えば「蜃気楼」を意味する言葉が書かれている。
こちらは黄河の組織によるものだが商人ではない……いや、ある意味では商人であろうか。
この店を経営しているのは……黄河マフィアと呼ばれる人種であった。
暴力を制し、欲望を煽り、金を集める……黄河の裏社会に根ざした集団。その一派が、ここカルディナに賭博場を開いている。
もっとも、それは珍しい話でもない。他の賭博場にも、グランバロアの四大船団が一つ海賊船団や、レジェンダリアの吸血鬼一族の出資で出来た店舗がある。
このヘルマイネの賭博場に限らず、カルディナで他国の裏社会の資本が動くことは珍しくない。
むしろ、カルディナの政府にしてみればそれも“客”であり“資金源”だ。収益の一定割合を税金として収めるのなら、どこの誰がどんな店を経営しようとカルディナは関知しない。むしろ他の国では非合法とされる店ほど、税金の割合が増えるのでありがたいほどだ。
無論、そういった裏組織の中には「税金など払わない」と言う輩もいる。
それでも問題はない。
そういった輩は……稼いだ金銭を自国まで持ち帰れず、都市間の砂漠で彷徨って死ぬだけだからだ。
案内人を得られず迷って死ぬか、あるいは偽の地図で危険なモンスターの生息域に足を踏み入れるか、それとも裏仕事専門の者に殲滅されるか。
税金を納めることを拒否した中には、自分達で公認ではない案内人を雇い入れて砂漠の通行を行おうとした者達もいた。しかし、案内人が実はカルディナから派遣された始末人であり……純竜クラスのワームの巣窟に放り込まれた例もある。
いずれにしろ税金未納者は命と金銭をなくし、落ちた金銭はカルディナが拾う。そういう仕組みになっている。
それが嫌ならばちゃんと税金を払って公認の案内人の先導を受けろと、カルディナの政府は暗に言っているのだ。
金があるなら全てを許す。
金がないなら全てを失う。
カルディナとはそういう国だ。
◇
話を「蜃気楼」という黄河マフィアの賭博場に戻そう。
店は外観だけでなく内装も黄河独特の飾り付けがなされている。地球で言えば中華的なものだ。
しかしながら、店の中で遊ばれている賭博は、どちらかといえば西洋のものが多い。
ルーレットやポーカー、バカラなど……<マスター>には見慣れたものが大半を占めている。
店内では黄河風の脚線美を主張する衣装――チャイナドレスに近い――を身に纏った給仕達が、手に盆を持ち、遊戯する客に酒を配っている。給仕には容姿面接があるのかいずれも美女、あるいは美少女に見えるほどの少年も少数ながら混ざっている。
客の中にはそうした給仕の姿を眼福と楽しむものもいる。店内に設定された飲食のためのスペースで、他の者が賭ける様や給仕の歩く姿を肴に、その日儲けた金で酒を飲む輩も多い。
そんな飲食スペースの一角に奇妙な風体の人物がいた。
その人物は奇妙な風体ゆえに、多少の注目を受けている。
あるいはそれは奇妙ではないのだろう。だが、少なくともこの場にはそぐわない。
その人物は、軍服ともパイロットスーツともつかない衣服を身に纏っていた。カルディナのものでも、黄河のものでもありえない。
次いで周囲の目を引くのがその人物の顔だ。とても端正な顔の男性だったが……今はなぜかその顔は憂い顔だった。その横顔に老若問わず彼を見る女性は心をときめかせている。
しかしながら、観察力あるものが彼の所作を見れば、男性でありながら所作の端々に女性らしさが見え隠れすることに気づくだろう。
そしてもう一つ目を引くものがあるとすれば、彼の隣で黙々と杏仁豆腐をパクつく白い少女の存在。
総合して、彼ら――<叡智の三角>の元メンバーであるユーゴー・レセップスと、その<エンブリオ>であるキューコはこの店の空気から完全に浮いていた。
◇◇◇
□【高位操縦士】ユーゴー・レセップス
「……ふぅ」
私は溜め息をつきながら、思う。
「どうしてこんなことになっているのだろうか」、と。
見識を広めるため、ドライフの反対側にある天地を目指して旅をしていた。だからその途中にあるカルディナにいるのはおかしなことじゃない。
どうして、賭博場にいなければならないのか、と。
どうして、こんなところで待たなければならないのか、と。
「……未成年なんですけど」
リアルでは十五歳になったばかりの少女である“わたし”は、このアンダーグラウンドな空気漂う賭博場に内心一杯一杯になりかけている。
気を抜くと泣きそうだ。
が、それを何とか“私”……ユーゴー・レセップスの憂い顔で誤魔化しつつ、泣かないように取り繕っている。こんなところで泣いたら余計に注目を集めてしまう。
「ゆーごー、わりとなきむし。あと、そのむだにイイかおだと、うれいがおでもちゅうもくあつめる」
うるさい。キューコは杏仁豆腐食べてればいいじゃない。
「はいはい。あ、そういえばさ、ちゅうもくされたくないなら、そのふくやめたら?」
キューコが私の服……<叡智の三角>製のパイロットスーツを指差しながらそう言う。
……仕方ないでしょう。このパイロットスーツ数着しか着るもの持ってなかったんだから。
気づいたのは砂漠に入ってからだったし、その後は……買う暇なんてなかったもの。
お金もほとんど修理パーツの代金で持っていかれちゃったし。
<叡智の三角>純正パーツのカルディナでの末端価格、事前情報より高かったし……。
手持ちのお金じゃ性能がよくてここでも目立たないパイロットスーツなんて手に入らない。
「……せいのう、きにしなければいいじゃん」
うるさい。キューコは杏仁豆腐おかわりしてればいいじゃない。
「ネメシスじゃないんだから、いっぱいでじゅうぶん」
「…………」
ネメシスの名前を聞いて懐かしい顔を思い出した。
レイ、最後は敵対した形だけど、あれからどうしているだろうか。私との戦いで切断された右腕や、姉さんを倒した際に失ったという左腕はどうしているのだろう。
……いつかもう一度会って話したいな。
謝るとかじゃ、ないけれど。
「そうだ。こういうきがしずむときこそ、レイとはなしてたころみたいな、キザなキャラでおしきればいいじゃん」
「……いや、なんだか最近はあの振る舞いを維持するのが辛くなってきて」
姉さんとの蟠りが解けたのも原因の一つなのだろうけど、以前ほどユーゴー・レセップスとしての振る舞いが過剰でなくなった気がする。
「ああ。むこうでじゅーごさいになったから、ちゅーにびょーなおったんだね」
「違う。わたしは中二病ではない」
「ええー? ビケイで、キザで、フェミニストで、やたら「フッ」っていったり、きめぜりふいっちゃうキャラづけなのに?」
「ユーゴー・レセップスは中二病の産物ではない」
「『レディ。貴女の涙は私達が拭う。貴女が明日の朝を笑顔で迎えることを、私は貴女に約束しよう』」
「棒読みやめてまで私が昔言った言葉を復唱しないでくれる!?」
あと別に変なこと言ってないじゃんそれ!?
いい言葉じゃん! 言ったのは私だけど!
「ああ、もう……まさか今になって私の在り方を根底からつつかれるとは思わなかったよ……」
私がそんな風にキューコに対して文句を言うと、
「き、まぎれた?」
キューコはそう言って、笑顔で応えた。
「……え? あ……」
言われてみて、さっきまでここの空気に押しつぶされそうだったのが、随分と楽になっていることに気づいた。
……どうやら、この毒舌で棒読みな私の<エンブリオ>は、私の気を紛らわせるためにあのような話をしたらしい。
「キューコ、ありが……」
「それはそれとして、あとで「ユーゴーのここってどうなの?」ってぶぶんは、レポートにしてわたすね」
「……キューコ、本当に色々台無しだよ」
まぁ、色々心にダメージは負ったものの……キューコのお陰で気は紛れた。
少し気分が上向いた私は、再びある人物を待ち続ける。
「そういえば、今どうなってるかな」
私は賭博場内の飲食スペースから賭博場の……ある一角の様子を窺う。
視線の先にあるのは、ルーレット台のスペースだ。
リアルとまるで変わらない「0」から「36」までの数字があり、赤と黒、それと「0」の緑で色分けされたヨーロピアンスタイルのものだ。
そう、リアルとまるで変わらない。
「そういえば……」
姉さんは「こういった遊戯は運営が予め馴染ませておいたのではないか」という見解を持っていた。
◇
姉さんはこの<Infinite Dendrogram>は「極めて高度な電脳仮想空間をゼロからつくり、そこに仮想生命の生態系をシミュレーションして構築した」という説を支持していた。
ゼロからシミュレーションで作ったのなら、これほどの文明を築くまでに地球でも数百年は掛かるのでないか、と私は疑問に思った。けれど姉さんは“戦争時のあのシステム”を始めとした様々な点から可能であると言っていた。
加えて、
「こんな精緻な世界を全部「かくあるべし」と設定して作っているのなら……そっちの方が余程いかれてるんじゃないかねぇ」
とも言っていた。そう言われて「たしかに」と納得したことを覚えている。
話を遊戯に戻そう。
ルーレットやトランプ遊戯、あとカジノには置いていないが有名な諸々の盤上遊戯は……リアルに置いてあるものと似通ったものが既に<Infinite Dendrogram>に存在する。
付け加えれば、料理なども馴染み深いものが多い。
今もキューコが杏仁豆腐を食べているが、このように杏仁豆腐が杏仁豆腐として存在する。
姉はどちらも運営の一つの思惑によるものだと考えていた。
即ち、「地球由来のブレイクスルーを<マスター>に引き起こさせないため、予め馴染ませておく」というものだ。
要するにリアルに存在する既存の遊戯や料理をこちらに持ち込んでの大儲けをさせない、あるいは文化の変化を主導させないというもの。
もしもこの<Infinite Dendrogram>が娯楽や美食に縁遠い世界観であったなら、リアルのそれらを持ち込んで流行らせようとする<マスター>……“創業者”が少なからずいたはずと姉さんは言う。
もしもそれで“成功者”が出てしまえば、それに続こうと次々にリアルの模倣による“創業者”が誕生してしまう。
「そうなった結果、この<Infinite Dendrogram>の骨子がずれてしまうことを運営は危惧したのだろうねぇ」
私は「<Infinite Dendrogram>は自由なのでは?」と言ったが、姉さんは笑ってこう返した。
「自由だろうねぇ。<エンブリオ>を育てるという主軸の、添え物としてはね」
姉さんによれば、運営は<マスター>に<エンブリオ>を育てさせたがっているらしい。
姉さんは笑いながら、
「そういう思惑でもなければ、ちょいとこのゲームは破格過ぎる。ハハッ、利益だけを追求するなら、こんなレベルのものは要らないんだ」
と言った。
そして姉さんはある推論を述べ始めた。
「利益以外の目的があるとすれば、それはこの<Infinite Dendrogram>と他のゲームで“違う部分”にそれはある。そして運営が<マスター>にやらせていることで……最も他のゲームから乖離しているのがこの<エンブリオ>さ。<マスター>に応じて千差万別な<エンブリオ>を育てさせるために、この<Infinite Dendrogram>はあると私は踏んだ。え? このリアルな世界こそが最も大きな違いじゃないかって? そうかねぇ? 私はそうは思わない。根拠はあるけど、ちょっと長くなるから今は言わないけどねぇ。さて、運営が<エンブリオ>を育てさせるためにこのゲームを作った、これはほぼ確定だと私は思っている。もっと言えば……多分私のパンデモニウムを含めた<超級エンブリオ>こそを求めてるんだろうねぇ。あるいはその先か……まぁ、そこは今どうでもいいかねぇ。え? さっきの娯楽云々が今の話とどう関係あるのかって? あるじゃないか。誰も彼もが現実の模倣による創業と成功を求めるようになったら……ただの商業ゲームさ。そんな内容じゃ<エンブリオ>がまともに育たないだろ? だから、<マスター>の行動が一辺倒に寄らないように、予め娯楽文化を根づかせた。安易な創業と成功によるブレイクスルーが起きないようにしたのさ」
姉さんの話は、自身の予測に基づくものだった。
けれど恐らく、姉さんはそう判断した理由を他にも持っていたのだろう。
さて、そのように安易に<マスター>がブレイクスルーを起こせないようにしていると姉さんは言った。
しかし私の感想は、「なるほど」ではなかった。
「そのブレイクスルー……姉さんはやりましたよね?」、だ。
人型ロボット兵器という、リアルでの空想の産物を……<Infinite Dendrogram>の中で実現させてしまった。
運営も「<Infinite Dendrogram>内の技術体系で人型ロボットを作る」というブレイクスルーは想定していなかったのだろう。
結果的に姉さんこそが“創業者”であり“成功者”だった、そういう話だ。
◇
さて、姉さんとのそんな話を思い出しながら、この賭博場のルーレット周りを見る。
ルーレット台の周囲は、期待感……あるいは恐怖が蔓延しているように見える。
「そ、それでは投入させていただきます」
ルーレットを回すディーラーは、緊張した声でそんなことを言った。
だが、その様子はおかしい。
ディーラーではない。ルーレットの出目をベットするテーブルがおかしい。
一枚しか、コインが賭けられていない。
それもこの賭博場では最も安い百リル相当のコインだ。赤の二倍賭けに一枚だけベットされている。
テーブルの周りには多くの人がいるというのに、賭けられているのはそれだけ。
しかしそれでも、賭けたものがいる以上は、ルーレットは始めなければならない。
そうしてディーラーの手によってボールが投げ入れられた直後、
「――「21」に一千万リル」
追加ベットが、なされた。
宣言と共に最も高額なコインが十枚、「21」の上に置かれる。
「俺も、俺もだ!」
「私もよ!」
その追加ベットに続いて、周りにいた客が次々に「21」に追加ベットしていく。
ディーラーが青ざめる中、ルーレットの回転は止まり、ボールは……、
「……「21」、です」
追加ベットのなされた「21」に止まった。
テーブルの周囲が狂喜に包まれる。
最初に、そして最も高額のベットをした人物に賭け金の三十六倍にあたる三億六千万リル相当のコインが支払われる。
リアルで言えば三千万ユーロ近い金額だ。<叡智の三角>の身内価格ならオプション付きの【マーシャルⅡ】が十二機も買えてしまう。
「……取りすぎじゃないかな」
そんな私の呟きが聞こえたのか否か、コインを受け取った人物はそこでテーブルを立つ。
周囲の他の客からはどこか残念そうな「もう便乗できないのか」、という雰囲気がありありと見えた。
「あ」
と、そこでその人物は何かに気づいて声を発する。
そしてテーブルの一角を指差し、呆然としているディーラーに声をかける。
「二百リル足りないよ」
それは二倍賭けの場所に最初から置かれていた、一番安いコイン。
それが切っ掛けになってしまったのか、打ちのめされたディーラーは泣きながらコインを渡した。
◇
莫大な金銭を手に入れ、ディーラーの心を圧し折ってしまった人物。
その人物を一言で言い表せば、「紅白」となるだろう。
女性であり、頭髪は赤い髪の一部に白銀のメッシュが入っている。
衣服の下半身はホットパンツ、上半身はビキニのようなインナーの上にフライトジャケットを羽織って、スタイルのいい身体を惜しげもなく晒している。
そして最も特徴的なのは、その目だ。
左右で色が違う。
左目は赤く、右目は白銀。
しかし右目を注意深く見れば、虹彩の奥が精緻な万華鏡のような――義眼であるとわかる。
私は……それが彼女の<エンブリオ>であると、知っている。
彼女はゆったりとした足取りで飲食スペースへと足を運ぶ。
そうしてあるテーブルに……私とキューコのいるテーブルにつき、こう言った。
「大儲けだよ、ユーちゃん」
「やりすぎです、師匠」
彼女こそ私の押しかけ師匠。
私同様に<叡智の三角>の元メンバーであり……姉さんの親友。
そして“蒼穹歌姫”とも呼ばれる、カルディナの九人の<超級>の一人。
【撃墜王】AR・I・CA。
To be continued
(=ↀωↀ=)<お気づきとは思いますが、ユーゴーの一人称が二章や三章から若干幼くなっております
(=ↀωↀ=)<なぜかと言えば、姉との和解やそれまでずっと迷って悩んでいた件の計画も終わり、張り詰めていたものが解けて
(=ↀωↀ=)<ユーゴーという仮面越しでも素の少女のものに近くなっているからです