第二十八話 バルバロイ・バッド・バーン
□トルネ村
『う、うごけねぇ!』
「何だこりゃあ!? ほ、骨が折れる……!」
「こりゃー、重力結界? まさか……」
レイが去った後、その場に残った面々は誰一人として動いていない。
いや、正確に言えば動けない者達と、動かない者に分かれている。
そう、高重力結界に囚われた<ソル・クライシス>と、それを成したビースリーに。
ビースリーは地に伏す<ソル・クライシス>を見下ろしながら、アイテムボックスからあるアイテムを取り出す。
そのアイテムの名は【ジョブクリスタル】。使い捨てのメインジョブ変更アイテムである。
ビースリーは【クリスタル】を砕き、自身のメインジョブを【盾巨人】から切り替える。
「さて」
ビースリーは一人だけ悠々と歩を進め、鎧男――バルバロイに近づく。
「バルバロイを名乗るあなたに、三つほど指摘したいことがあります」
平静な口調でそう言いつつ、ソッと鎧の突起部に手を掛け……そのまま引き千切った。
『な!? てめえ、何てことしやが』
「強度が脆い」
抗議の声を上げる間もなく、バルバロイの腹部にビースリーの拳が叩き込まれた。
それは素手ではない。
いつの間にか、彼女は両手に巨大な篭手を装備していた。
まるで巨人が着けるような、金属製の巨大な篭手を。
そしてそれは、非常にバルバロイの鎧の篭手と似通っている。
もっとも、バルバロイの鎧はビースリーの篭手によって腹部が放射状に罅割れていたが。
「本物の【マグナムコロッサス】はそこまで脆くはありません。見た目は良く似せていますが、もっと丈夫な金属で作るべきでしょう」
まるで調理ミスでも指摘するように、感情の起伏の薄い声でビースリーはそう述べる。
だが、攻撃を受けたバルバロイは殴打の衝撃で呼吸が出来ず、目を白黒させていてそれを聞ける状態ではなかった。
「次です。あなたのお名前、《看破》で確認させていただきました。はい、たしかにバルバロイ・バッド・バーンですね」
そうしてビースリーは少しだけ微笑を浮かべ、
「カタカナじゃない」
膝をついて呻くバルバロイの頭を踏みつける。
バルバロイは地面にその兜を埋め込ませるが、衝撃に耐えられなかったのか兜が砕け、中からはどこか軽薄そうな男の顔が現れる。
「な、何を……」
フルフェイスの兜が砕け、反響のなくなった声でバルバロイが言う。
それに対して、ビースリーは訥々と説明していく。
「バルバロイ・バッド・バーンの綴りはカタカナではありません。翻訳機能もあるので分かりづらいでしょうが、少し深く調べれば分かることです」
そう言ってビースリーはウィンドウを操作し……自分の簡易ステータスを見せる。
「なお、本物はアルファベット表記です。例えば……このように」
そこにはBBBのフルネームが書かれている。
――Barbaroi・Bad・Burn、と。
「なっ!?」
「あー……やっぱり、か」
「え?」
「ど、どういうことだ!?」
その行為に、<ソル・クライシス>の反応は二つに分かれる。
驚く者と、理解不能という顔をする者に。
前者はバルバロイ……を名乗っていた男とダムダム、他数名。どちらかと言えば後者の割合が多い。
「おや、クラン全体には周知していなかったんですね。――あなたが偽者だと」
「な、なにを……! 俺は、バルバロイで、鎧は【マグナムコロッサス】だ! 《看破》でも《鑑定眼》でも、それは証明されているぞ!」
「ええ。ですから、話は簡単です」
ビースリーは作った微笑を浮かべながら、
「あなた、偽名にできる<エンブリオ>を持っているのでしょう?」
彼の嘘を暴いた。
「【詐欺師】なども《偽名》は使えますが、あれらは高レベルの《看破》や《真偽判定》で見破れますからね。それらにも脅かされない偽称のスキル、それがあなたの<エンブリオ>というわけです」
基本的に<エンブリオ>の固有スキルは条件が限定的で、かつ他者への効果の影響が大きくないものほど、その効果の確実性は上昇する。
具体例としては、一日に一回分しか回復しない代わりに三十万ものダメージを無効化吸収するネメシスの《カウンター・アブソープション》などが挙げられる。
ゆえに、「自分の名前や見た目のステータス、持ち物の名称を偽装する」といった極めて限定的な効果のスキルを上級の<エンブリオ>が行使したのであれば、仮にスキルレベルを極めた《看破》や《真偽判定》でもそれを見破ることは難しいとビースリーは判断する。
さすがに【大教授】フランクリンの《叡智の解析眼》を始めとした超級職の奥義であれば見破れただろうが、幸か不幸か、偽者のバルバロイはこれまでそういった手合いと遭遇していなかった。
「特典武具の線も考えましたが……そんな形だけの鎧を着ているあなたがMVPを取れるとも思えませんから」
「ぐ、ぬ……!」
ビースリーの指摘と説明に、バルバロイ……偽バルバロイの言葉が詰まる。
「他者を騙すにはうってつけのスキルですね。有力なプレイヤーの名を騙ってクランに箔をつけることもできるでしょう。しかし、それもクランのメンバーが増えれば限界がある。今のように、正体を知らなかったメンバーも大勢いるようですから」
彼女の言葉の通り、ここにいるメンバーの半数はバルバロイが本物だと思っていた。そのネームバリューによって集まってきたものも多い。
ゆえに真相を明かされた彼らは今、このカラクリを最初から知っていたメンバーに胡乱な視線を向けている。
「だからあなた方はレイ君を狙いました。そう、箔をつけるために。レイ君を倒して虚名ではない実績を作った後で、「バルバロイとは方針で揉めた」とでも言って虚名をクランから除く手筈だったのでしょう。箔がつき、バルバロイ無しでも有力なクランだと認識されれば、騙されて集まった人もある程度は残るでしょうから」
「お、お前、それ以上は……!」
偽のバルバロイはビースリーの言葉を止めようとするが、それをやろうにも至近距離にいる彼には最大の高重力と【拘束】の状態異常がかかり、身体が動かない。
これを抜け出せるようなSTRを、彼は有していなかった。
「なぜバルバロイの名を選んで騙ったかですが、理由は簡単ですね。名前は変えられても姿は変えられないからです。だからこそ他の誰でもなく、戦闘中や公の場では常に鎧を着込んでいたバルバロイを騙った」
ビースリーは「そうでしょう?」と、兜を失った偽のバルバロイに問うた。
「他の有名なPK。それこそ<超級殺し>なども狙い目でしょうが、あれは名前すら判明していないので本物であると偽ることそのものが難しい。他の【抜刀神】や【強奪王】は顔までよく知られている。そして“監獄”にいる【犯罪王】は論外。バルバロイを選んだのは消去法ですね」
「ち、ちがう! 騙されるな! 俺こそが本物だ!」
「じゃあ試しましょうか?」
「え?」
ビースリーはそう言って、偽バルバロイを《天よ重石となれ》の対象外に指定した。
偽バルバロイは、自由になった身体で起き上がり……そしてビースリーの言葉の意味にハッと気づく。
「あなたが本物だと言い張るのなら、一人で私を倒してこの状況を打開してください。もちろん、私は本気で相手をします」
「ぐ、ぬぅ……」
ビースリーの提案に対し、偽バルバロイは躊躇って頷けない。
それこそが、明確に両者の真贋を表していた。
「俺は、偽者だ……」
そして観念し、自身が偽者であると白状する。
「俺達を騙してたのか!!」
「クソッ、偽者の癖にこれまで偉そうにしやがって!」
そう騙る偽バルバロイに対し、<ソル・クライシス>のメンバー……騙されていた者達から罵声が飛ぶ。
「う、うるせえ! てめえらだってバルバロイの名前を盾に恐喝やりたい放題だったじゃねえか!」
そのまま騙していた側と騙されていた側、<ソル・クライシス>を二分した罵詈雑言の言い合いとなるが、
「――黙れ」
静かな、しかし有無を言わせぬ威圧感の込められた言葉が、両方を強制的に沈黙させる。
声の主は問うまでもなく……最も怒りを抱いているであろうビースリーだ。
「失礼。けれどあなた方がお互い言い争うことに意味はありません。これから全員私がPKします」
その宣言に、偽者に騙されていた面々が口々に抗弁する。
「お、俺達は騙されていただけだ!」
「悪くない! 俺は悪くないぞ!」
「ですがバルバロイの名前を使って荒稼ぎをしていらしたのでしょう? なら、デスペナルティは使用料ということです」
「そもそも」、とビースリーは言葉を繋げる。
「私はPKですから。敵対した相手は勿論PKします」
その発言に、二分された<ソル・クライシス>の心は図らずも再び一つになる。
逃げ出そうにも、重力結界で身動き一つ取れない。
このままでは、何も出来ないまま全員殺される、と。
「さて、ここまで話してから言うことでもありませんが、実は私も怒っています」
<ソル・クライシス>のメンバーは「知ってます」と心の中で返す。偽者に対する扱いを見れば、一目瞭然だ。
「私がどうして怒っているのか分かりますか?」
「ば、バルバロイ・バッド・バーンの名を、騙ったことだろう……?」
「いいえ。僭称する相手としてバルバロイを選び、名を騙って姿を模倣したのは構いません」
「鎧の強度やステータス、私についての情報収集の甘さなど苛立たせてくれるポイントは多かったですが」と付け加えてから、ビースリーは言う。
「名を騙られるのはそれだけ評価されているということですから、そこは怒りの焦点ではありません」
『じゃ、じゃあ一体何に……』
「二つあります。一つは……<凶城>のオーナーであったバルバロイの名を貴方達三流クランのサブオーナーに置いたことです」
一瞬、<ソル・クライシス>は何を言われたか分からなかった。
だが、ビースリーが穏やかな口調のまま浮かべる獰猛な表情と、爛々と輝く目を見れば、それにどれだけの怒りが込められているかは想像に難くなかった。
「さ、三流だと!? バカにしやがって」
「ふふふ……、他人の名前を借りて己を大きく見せようとする者と、虎の威を借る狐しかいないクランが三流でなくて何だというのです?」
ビースリーは笑い、
「そしてそんな三流の貴方達がバルバロイと、<凶城>を舐めた。バルバロイがオーナーをしていた<凶城>を、三流クラン以下だと勝手に貶めた」
それこそが彼女の怒りの理由であり、今は無きクランへ向けた思い。
騙ることは構わないが、貶めることは許さないという彼女の意思。
「それを許すほど……バルバロイ・バッド・バーンという人物は寛容ではありません」
穏やかな口調でありながら、発せられるプレッシャーは桁違い。
その威圧感に、自分達が虎の尾の上でラインダンスでもしていたのだと、<ソル・クライシス>は察した。
「もう一つは……」
ビースリーは巨大な篭手で指を一本立ててそう述べ、次いで二本目の指を立てながらこう言う。
「彼が目の前の悲劇を食い止めようと必死に頑張っているときに、足を引っ張って嘲笑ったことです」
その一事が、己のクランに対する侮辱と同等かそれ以上に許せぬと、声音に込められた熱が告げている。
「だから、貴方達は全員PKします」
直後、ビースリーの首から下を巨大な鎧が包み込む。
それは倒れている偽バルバロイの鎧と同じ見た目。
しかして発せられるオーラが段違いな……本物の【撃鉄鎧 マグナムコロッサス】だった。
「ああ、そうそう。指摘の三つ目ですが」
唐突に、それまでの怒気と殺気が消失し、彼女は遭遇当初の穏やかな口調に戻った。
「し、指摘?」
「ええ。あなたに三つ指摘すると言って、二つしか指摘していませんでしたから」
それは『鎧の強度』や『名前の表記方法』、偽者がバルバロイを騙る上で誤っている点の指摘。
たしかにそれは、まだ二つしか言っていなかった。
「三つ目はですね」
彼女は穏やかな顔のまま、アイテムボックスから【撃鉄鎧】の兜を取り出す。
「バルバロイ・バッド・バーンというPKは、顔を隠すとPKとしてのスイッチが入るということです」
そう言いながらビースリーは兜を被り、
「ああ、それにまだ宣言をしていませんでしたね」
その顔が兜によって覆い隠され、
『“俺”がバルバロイ・バッド・バーンだ』
――王国第三位のPK、“蹂躙天蓋”バルバロイ・バッド・バーンが復活した。
To be continued
(=ↀωↀ=)<おめでとう! ビースリー先輩はバルバロイ・バッド・バーンに進化した!
追加情報:
(=ↀωↀ=)<王国PKの位置づけはマリーが来る前のものです
(=ↀωↀ=)<バババ先輩が三位だけど、四位と五位はエルドリッジと狼桜です
(=ↀωↀ=)<詳しくは次回




