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第二十五話 不可侵領域

(=ↀωↀ=)<昨日は不意討ち二話投稿だったのでまだの人は前話からー

 □とある<超級>とルーキーの会話


『戦闘タイプの<超級>にとって<UBM>は古代伝説級から厄介になる』

「逸話級や伝説級は脅威じゃないんですか?」

『ま、よっぽど捻くれた初見殺しならわからんが、そうでなければ普通は勝てる。問題なのは古代伝説級だ。あの段階からは、戦闘タイプでも二、三割程度は負けの目がある』

「二、三割……高いか低いかの判断は人によりますね!」

『古代伝説級から常識を突き抜けてくるからな。性能おかしい連中クマ』

「伝説級の【ガルドランダ】でも既におかしかったですよ?」

『まあまあ。で、古代伝説級にはステータスがおかしいことになった純粋性能型、強力な固有能力を幾つも持った多重技巧型とか色々分類が出て来るんだが。一番厄介なのが条件特化型だな』

「条件特化型?」

『他の性能を犠牲に、ある一つのシチュエーションで無敵を誇るための固有能力を持つ連中だ。お前の【断詠手套】なんかその典型だろう。さっきの特訓で解放された二つ目の装備スキルとか、真面目に【地神】が泣くぞ』

「ああ、僕の【ヴァルトブール】みたいなタイプがそうなんですね。魔法職にはとても強い、みたいな」

『ま、要するに自分が絶対有利な条件でしか戦わないし、その条件の中なら絶対に負けないって奴な。あの類は噛み合わないと<超級>でもきつい』


『例えばの話だが、バルドルの砲弾でも届かないような場所から一方的に攻撃してくるような条件特化型がいたら、俺でもきつい』


 ◇◇◇


 □【聖騎士】レイ・スターリング


 トルネ村付近の山中から異音の笑声と共に飛び出した黒い何かは、そのまま上空まで高速で上昇する。

 まるでロケットのように天へと至ったソレは、空の一点……雲よりも高い場所で上昇を停止する。

 ここからでは、ソレは小さな黒い点にしか見えない。

 だが、ソレを中心にして急激に空が暗くなる。

 まだ夕暮れにも早い時間だというのに、日没後のような有様。

 唐突な“夜”はあの女化生を思い起こすが……恐らくあれとは逆だ。

 女化生の<超級エンブリオ>は“夜”を生み出していたが、あの点はきっと“昼”を……光を奪っている。


「……」


 先輩は双眼鏡型のマジックアイテムを取り出し、上空の黒い点を視る。

 そして、その表情を苦みばしったものに変える。


「先輩……あれは何でしたか?」

「……<UBM>です」


 先輩はそう言って、双眼鏡を俺に手渡す。

 それを覗けば、黒い点に見えたソレが亀裂の入った水晶玉と闇色の翼で構成された怪物だと分かった。

 そして、頭上に見えた【黒天空亡 モノクローム】という名前も判読できる。


「コクテン……。なら、あれは……!」


 あの演劇で語られた、風星祭の発端となった怪物……三百年前の<UBM>。

 隕石が直撃してから三百年……地中で飲まず食わずのまま生きていたってことか。


「……光を食らうエネルギー生命体(エレメンタル)。たしかにそれなら、残存していても不思議ではありません。いえ、今の問題は、あれが一体何をする気かが、……ッ!」


 先輩が言葉を言い終えるより先にそれは起きた。

 トルネ村上空の【モノクローム】は――その場所から地上に向けて光を放射した。

 まずは自身が飛び出した山中に。

 次いで……、人の集まっている風星祭の只中に。


 火柱が上がる。

 視線の先で屋台が、家屋が、そして人が燃え上がる。

 それを引き起こす光――熱線は一度ではなく、何度も、何度も、執拗に上空から放たれ続ける。



『KYAHAHAHAHAHAA♪』



 空の上にいるはずなのに……なぜかそいつの笑声はここまで聞こえてくる。

 まるで「私はとても楽しんでいるよ」と、犠牲者達に伝えるように、笑っている。


 燃える風景を。

 恐慌する人々を。

 燃やされながら絶叫する人々を。

 父母を呼びながら泣きじゃくる子供を。


 数多の恐怖と悲劇を観ながら……そいつは嗤っていた(・・・・・)


「――巫山戯るな」


 かつてメイズの非道を知ったときのように。

 かつて【ゴゥズメイズ】と相対したときのように。

 かつてフランクリンに挑んだときのように。

 心が訴える。


 そいつは決して――赦してはいけない、と。


「シルバァァァァァァ!!」


 俺の叫びに呼応し、アイテムボックスからシルバーが出現する。

 俺はその背に飛び乗り、左手の義手で手綱をロックする。

 同時に、【紫怨走甲】に貯蔵したMPを消費して《風蹄》を発動。


「レイ君!」

「先輩はファリカさんやリューイ、ティアンの人達の避難を! 俺は――あれを討ちます!」


 言葉を発すると同時に手綱を振るい、シルバーを天空へ向けて疾走させる。

 直後、今は俺の二の腕にある紋章が発光する。


『レイ!』


 ネメシスは紋章から飛び出し、即座に大剣となって俺の右腕に絡まる。


「状況は分かってるか!」

『応! 空の上のクソ水晶を砕きに往くのだろう!』

「それが分かってるなら十分だ!」


 シルバーは殆ど垂直と言っていい角度で上空へと駆け抜ける。

 俺は左手の義手に魔力を、踏みしめる鐙に力を込めて、重力に逆らう。


「ッ、何だ?」


 普段とは九十度近く違う視界で周囲を見れば、トルネ村からは俺達以外にも天を目指す騎影が四つあった。

 グリフォン、ヒポグリフ、ワイバーン、それに天竜種の純竜と思われる巨大な個体だ。

 各モンスターの背に<マスター>が騎乗している。

 彼らは恐らく風星祭に訪れた<マスター>達。

 俺同様に、頭上の【モノクローム】を討つべく飛び立ったのだ。


「おーい!」


 と、その内の一騎がこちらに近づいてくる。


「よう! そちら、もしかして“不屈”のレイ・スターリングさんかい!」


 近づいてきた一騎、ヒポグリフに乗っていた男がそう声をかけてくる。


「ああ! あんたは?」

「俺は別に二つ名もないラングって【疾風騎兵】だ! うちの先輩……ライザーさんがあんたのこと話してたよ!」

「ライザーさんの知り合いか!」

「お互い、祭りにきてとんでもねえ厄ネタにぶつかっちまったが、力を合わせて――」


 瞬間、ラングと名乗った彼の頭部が消え去った。


「ッ!?」


 一瞬の出来事。

 音もなく放たれた熱線で頭部が蒸発したのだ。

 残った体も光の粒子となり、乗っていたヒポグリフも自動的にジュエルに収納されて消える。


「奴が迎撃を始めたぞ!!」


 純竜に乗っていた重装鎧の<マスター>が声を張り上げて注意を喚起する。

 上空を見れば、奴は四本の触手をうねらせながら、その先端でこちらに狙いを定めている。


「ハッ! まるでシューティングゲームだな! 近づくのも一苦労だぜ!」

「ヒャッハー! 是が非でも近寄ってやんよぉ! デスペナしたメンバーとティアン連中の仇だ! 売られた喧嘩は買ってやんよぉ!!」


 グリフォンに乗った軽装の<マスター>と、ワイバーンに乗ったモヒカンの<マスター>はそう言って騎獣を加速させる。


「奴の熱線は直線だ! 触手が発光する瞬間を見ていれば回避は難しくない!」


 純竜の<マスター>が言うように、奴の攻撃は直線的だ。

 見た目こそレーザーだが、速度は音速にも達していない。

 ならば、回避はできる。

 射程こそ長いが、このまま回避しつつ近づけば奴を倒すことができる。


「おっと! 気をつけろよぉ! あいつの熱線は距離が近い方が威力上がるぜ!」


 上昇の最中、ワイバーンに乗ったモヒカンが大きな声で――恐らくはこちらに聞こえるよう拡声アイテム越しに――そう言った。


「俺はあいつがでてきた場所にいたぜぇ! あんときはうちのメンバーを岩盤ごと一発で消しちまった(・・・・・・)が、空の上から地上を撃っていたときは人間が燃え上がっていた(・・・・・・・・)! 熱線のパワーは距離に反比例しているってことだなぁ!」

「最大射程は一万メートルに届いても、威力を維持できる有効距離はそこまでではないか!」


 モヒカンの言葉に、純竜の<マスター>が応じる。

 なるほど。本当に危険なのは距離が近づいたとき、か。

 現在は威力が減衰しているのなら、先刻ラングが即死したのは頭部に直撃を受けたのが原因か……運の悪い人だった。


「……?」


 不意に後ろ……下方から何か音がした

 僅かに振り向けば、俺達と地上の中間地点に爆煙がある。まるで、ミサイルか何かがあそこで爆発したような……。


『そのものだ。地上から空に向けてミサイルが――恐らくは何らかの<エンブリオ>のスキルと思われるものが放たれていた。だが、熱線に迎撃されてああなっている』


 ネメシスは武器形態のときに視界が広くなるため、下方の出来事も一部始終が見えていたらしい。

 なるほど。空に上がったのは俺達だけだが、地上から空を攻撃できる<エンブリオ>もいるか。


『それに、ミサイル以外にも先ほどから攻撃は行われている。しかし、それらは全て熱線に撃ち抜かれておる』

「全て、か……」


 俺達は五騎の内の四騎が健在のまま、上昇している。

 この違い、俺達の方が回避できているというのもあるが……どこか違和感がある。

 まるで接近する俺達よりも、地上からの攻撃への対処を優先しているような。


 ――まるで俺達に対処する必要はないとでも言うような。


「おい……まだ、なのか!」


 グリフォンの<マスター>の短い言葉の意味は、俺にも分かった。

 空の上、雲の上にいた【モノクローム】。

 最初の高度は地上一万メートルほどだった。

 俺達の今の高度もそれに近い。

 だが、彼我の距離はまるで縮まらない。



 ――奴はまだ上昇している(・・・・・・・・)



「ケェ! あの水晶玉、どんだけ射程が長いんだぁ……!」


 ワイバーンのモヒカンはそう言ったが……、違う。


『射程は、あの距離が限界のようだ。先ほどから地表に熱線が届いておらぬ』


 そう、奴の熱線が地上に届くのは、さっきまでの高度……一万メートルが限界のようだ。

 だが、高度(・・)を上げるだけならば、別だ。

 奴の最大高度は地上一万メートルではないらしい。

 俺達を迎撃するだけならば、奴はもっと上へと昇ることができるということだ。

 あるいは、それにも限界があるのかもしれない。

 さすがに宇宙にまでは届かないと、思いたい。

 だが……、


「……! まず、ぃ!」


 グリフォンの<マスター>の言葉はどこか、小さく聞こえる。

 当然だ。ここは既に高度一万二千メートルを超えている。

 空気は、地上と比べ物にならないほど薄い。


「ぉい、まずぃぞ! ォレの、相棒も、これ以上は……」


 ――既に、生命が維持できる世界ではないほどに。


 通常、リアルのジャンボジェット機でも高度は一万メートルまでしか飛ばない。

 なぜならそれ以上は取り込める空気が薄く、長時間の飛行を維持できないからだ。

 超低温と超低圧、ここは生物が生存できる環境ではない。

 そう、たとえグリフォンやワイバーンといった飛行能力を有するモンスターといえども、この高度は彼らの世界ではない。

 <マスター>とて、高ステータスに由来する身体能力がなければ失神と凍死を迎えているほどの高度。

 だと言うのに、俺達の高度のさらに一万メートル上空に……【モノクローム】はいるのだ。


 【モノクローム】は尚も上昇を続けている。

 奴の上昇能力にも上限があるのかもしれない。

 宇宙には届かないのかもしれない。


 ――だが、生物の限界点はそれよりも遥か手前にある。


 それが、奴が地上からの攻撃への対処を優先していた理由。

 奴は、生物では絶対に自分のいる場所に辿りつけない(・・・・・・)と知っていたのだ。


「ク……! すまん、離脱、する……!」

「チキショゥメェ……!」


 まず、グリフォンの<マスター>が脱落し、次いでワイバーンのモヒカンが脱落する。

 純竜はまだもったが、動きが鈍くなり、奴の熱線の集中砲火を食らい始める。

 純竜は苦鳴を上げる。

 やがて熱線は翼までも貫き、純竜は落下していく。


「クッ! 《送還(リ・コール)》!」


 純竜の<マスター>は飛行不能の重傷を負った純竜の生存を優先してか、純竜を自身のジュエルに戻す。

 そして、彼はそのまま地面へと落下していった。

 当然そのまま落下すればデスペナルティだが、分かった上で戻したのだろう。

 落下する彼の視線が「後は頼む」と語っていたから。


『残りは我らだけ、か』

「……ああ」


 煌玉馬のシルバーは生物ではない。

 ゆえに、彼らの騎獣よりもっと高くまでいける。

 そして俺自身も、《風蹄》で展開した微弱な圧縮空気の幕で冷気や低酸素、人体に有害な気体から守られている。

 だが、俺にもわかる。

 俺達も既に……限界高度だと。


「ッ!」


 瞬間、シルバーが足を踏み外した。

 いや、違う。

 足場とした圧縮空気の塊が、“強度不足”で崩壊したのだ。

 そう、シルバーの飛行能力は、あくまで周囲の空気を固めて足場を作っているに過ぎない。

 既に一万五千メートル。空気の量は地上と比較にすらならない。

 成層圏ゆえに空気が足りず、《風蹄》へ過剰に魔力を送っても圧縮空気の足場を満足に形成できない。

 俺自身の生命を保護しているバリアも掠る熱線で既に何度も破られかけて、限界だ。

 周囲の大気成分も段々と酸素分子を含まなくなり、人体に有害なオゾンと化している。

 これより上は、圧縮空気の膜が破れた瞬間に致死の危険がある領域だ。


「ち、ィ……!」


 見上げれば、今もって【モノクローム】との距離はまるで縮まっていない。

 【モノクローム】は対流圏をとうに脱し、成層圏からこちらを見下ろしている。


『KYAHAHAHAHA♪』


 また、あの笑い声が聞こえる。

 空気が極めて薄くなり、距離も彼方だというのに、奴の笑い声だけは聞こえてくる。


『そういう、スキルも持っているのだろうさ。あざ笑うためのスキルを、な』

「…………」


 一万メートルの射程距離を誇る熱線。

 成層圏にも到達する上昇力。

 そして、あざ笑うスキル。

 こいつは……その能力の全てが他の生物を見下しながら蹂躙するためにある。


『レイ! 限界だ! これ以上は進めぬ!!』


 空を駆けていたシルバーは、その歩みを遅くする。

 もはや走行に合わせて圧縮空気の足場を作ることもできない。

 それどころか、先ほどから苛烈さの増した……俺達のみに集中した熱線を避けきれない。

 現在高度一万五千メートル……ここから上にたどり着く術を、俺達は持っていなかった。


「……ッ、退くぞ!」


 叩きつけられなかった怒りが腹の中で渦巻くのを感じながら、俺はシルバーに地上への下降を指示した。

 シルバーは即座に切り返し、地上へ向けて落下気味に駆け下りる。

 だが、背を向けたところで【モノクローム】が迎撃をやめるわけはない。


『KYAHAAAAAA!!』


 その声に、俺は上半身を捻って背後を見る。

 その瞬間、四本の触手が発光し、地上を目指すシルバーに向けて熱線を撃ち放っていた。

 直撃コースのその熱線に対し、


「ッ! 第三形態!」

『応ッ!』


 俺は咄嗟にネメシスを第三形態の円形盾に変形させてその熱線を受け止める。

 光る熱線は円形盾の表面に当たり、貫通できずに拡散する。

 熱線の余熱が俺とシルバーを舐めるが、さほどのダメージはない。

 やはり防御性能がこれまでの形態と違う。《カウンターアブソープション》を使用せずとも、射程距離ギリギリで威力の弱まった熱線ならば防ぎきれる。


『……なんだ? チャージ? 従来のダメージ蓄積以外で……』


 ネメシスが何事かを呟いているが、今の俺はそれどころではない。

 振り落とされないように懸命に手綱を握りながら、両腿でシルバーの馬体をホールドしながら垂直落下にも近い下降を敢行する。


 そして、奴との間に一万メートル以上の距離が開き、俺達は奴の熱線の射程圏内を脱した。


 ◇


 撤退から数分後、俺達は再び地上へと足を着けた。


「…………ッ」


 生還は出来た。

 しかしそれは、【モノクローム】を相手に逃げ帰ったことに他ならなかった。

 そのことに、苦い思いがある。


「避難は……進んでいるか」


 降り立った場所に、人の姿はない。

 村の方を見れば、大勢の観光客が<マスター>に守られながら避難を開始している。

 地上に残っていた<マスター>達は上空を警戒しながら、奴の熱線に備えている。

 しかし、熱線が地上へと降り注ぐことはない。

 まだ、奴が地上を射程に収めていないからだ。


『KYAHAKYAHAKYAHA♪』


 しかしその笑い声だけは地上に響き、人々の恐怖を煽っている。

 それは足元の【紫怨走甲】が怨念、負の感情の収集を実行していることからも明らかだ。

 奴はこのまま恐怖を煽り、地上を攻撃できる状態になったら即座に実行する腹積もりだろう。


「救いは……あいつの降下速度があまり速くないことか」


 地上への下降中に気づいたことだが、奴は上昇速度ほど速く降りることが出来ない。

 あのロケットの如き上昇速度と比べれば遅々としたものだ。

 それこそ、重力加速度での自由落下よりも遅いだろう。

 目測の概算だが、再び地上を射程距離に収めるには……三○分程度の時間はあるだろう。

 人々が避難する時間は多少稼げた。

 それを考えれば、あるいは俺達の突撃も無駄ではなかった、ということか。


「救いではあるが、あの水晶を砕く材料には足りぬの」


 武器から人型に戻ったネメシスはそう言った。

 その声には、悔しさと共に……決して萎えない闘志が込められている。

 先刻は【モノクローム】にまるで届かなかった。

 だが、ネメシスはまだ諦めてはいない。

 ……俺もだ。


「【モノクローム】について、もう一つ分かったことがある。奴は恐らく、そこまで頑丈じゃない」


 地上への攻撃への対処、全弾迎撃。それは奴の能力ゆえの余裕と見える。

 しかし逆に、奴は一発でも当たるわけにはいかなかったのではないか?


「根拠は?」

「あいつ、身体を構成する水晶玉に傷がある」


 先輩から借りた双眼鏡で見たとき、かなりの大きさのヒビがあった。

 あいつが出現してから、<マスター>は誰も攻撃を当てられていないはず。

 ならば……。


「あれはあいつの古傷……伝承にある隕石の直撃で受けたダメージだろう」


 奴は伝承の通りなら隕石の直撃を受けて、何百年も地中に埋まっていた。

 だが、きっとその隕石は大きなものでも、威力の強いものでもなかったはずだ。

 もしもそんな巨大隕石なら、この付近の村は伝承を残すことなく三百年前に消えている。

 だから、落下しても近辺にはほとんど被害を出さない規模だったはずだ。

 兄やフィガロさんから聞き知った<UBM>ならば、あるいは俺が相対した【ゴゥズメイズ】ならば、そのレベルの隕石にはフィジカルのみで対処するかとうに修復が済んでいるはず。

 しかし【モノクローム】はその隕石の直撃で大ダメージを負い、今でも修復できていない。

 恐らくあの【モノクローム】は上昇能力と超射程、光吸収能力を有する代わりに、HPやEND、自己修復能力に欠陥がある。


「勘だが、【ゴゥズメイズ】のときと同程度に貯めた《復讐するは我にあり》なら……いや、その半分の威力でもあいつは砕ける」


 ダメージ量としては不可能ではない。

 奴の熱線を受けつつ、アイテムや【BRアーマー】で回復し、溜め込むことは出来る。


「問題は……当てる手段がないってことだ」


 やはりそれこそが最大の問題。

 奴がたとえ<UBM>の中でもフィジカルが脆弱な個体だったとしても、当てられなければ意味はない。


「生物ではあいつのいる成層圏に辿りつけず、地上からの攻撃は迎撃される。だから、俺が思いつく攻略する手は二つだ」

「それは?」

「迅羽の必殺スキルのように距離を無視するか、……迎撃を苦にしない対空攻撃を使用するか、だ」


 しかし、前者を実行できる迅羽はここにはいない。

 後者も、地上からの攻撃が全て撃ち落とされていた以上はこの地に存在しないと分かる。

 もちろん、俺達もそんな手段は持ち合わせていない。

 だからこの攻略法は机上の空論だと考えたが……。


「…………」


 ネメシスは、何か別のことを考えているようだった。


「……レイ、また少し紋章の中に戻らせてはくれぬか」

「ネメシス?」


 このタイミングで、なぜ?


「読みかけだった第三形態の解析だが、現状で半分程度は読めている」

「!」


 ネメシスが、今ここでそれを言うということは……。


「第三形態のスキルは……あいつに通じるものか?」

「……可能性はある。虫食いのような解析内容だが、な。それに、奴の攻撃を盾で受けたときに、また少し進んだ」


 盾で受けたとき?

 それは先輩の言っていた、スキルに関連する行動をとると解析が早くなる、ということか?


「恐らく、第三のスキルは《復讐するは我にあり》と近いものだ。そして、《カウンター・アブソープション》ともな」

「それは……」

「現在解析している限り、第三のスキルも敵手からのダメージを蓄積する。そして、日に一度しか使えない(・・・・・・・・・・)攻撃スキルだ」


 相手からのダメージを蓄積して放つ、一日一度限りのスキル。

 まるで《復讐するは我にあり》と《カウンターアブソープション》の制限が二重に掛かったようだ。

 ならばそれは……破壊力において《復讐するは我にあり》を上回るものとなっているだろう。

 しかしそれが、奴に届くスキルであるかは分からない。


「これは二重の綱渡りだ。解析の結果が奴に対抗できるものであるか。そして、そのスキルを……一度きりのスキルを奴に対してぶつけられるか。どちらかが外れれば、我等に手はない」

「……だけど、可能性はあるんだろ?」

「無論だ」


 ネメシスのその返答に、俺は少しだけ笑う。


「それなら」

「御主の答えは決まっておるか、の」


 ネメシスもまた笑っていた。

 ああ、全く。俺達はいつもこれだ。

 【ガルドランダ】のときも、【ゴゥズメイズ】のときもそうだった。

 だが、こうしてこいつと一緒に未来に賭けているとき。


 俺は、どんなときよりも心強い。


「解析頼むぜ、ネメシス」

「応。期待するがいい、レイ」


 ネメシスはそう応え、俺の紋章へと戻っていった。


「…………」


 俺はそっとネメシスの入った紋章を撫で、それから上空を見上げた。

 そこでは黒い砂粒のように見える【モノクローム】が、ゆっくりと地上に降下している。

 残り時間は、三○分弱。

 ネメシスの解析が早いか、奴が地上を射程距離に収めるのが早いか。


『――KYAHAHAHAHAHA』


 上空からはあえて自身の接近を告げるような【モノクローム】の笑声が響く。

 そんな笑声の宣告に対し、俺もまた奴に告げる。


「その笑い……止めてやる」


 ――戦いは、これからだ。


 To be continued

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