第二十四話 空亡
(=ↀωↀ=)<不意討ちですが本日二度目の投稿です
(=ↀωↀ=)<気分を沈ませたままでは終わらせないスタイル
□トルネ村
リューイは友達と別れ、一人で家路についていた。
そろそろ村の広場で始まる風星祭の名物、風星踊りに母を連れてくるためだ。
風星踊りは家族や恋人同士などの男女でペアになって踊る催し。“向こう”で言えばフォークダンスのようなものだ。
去年まではファリカとシジマが踊り、リューイはユノーと踊っていた。
グリンガムは残念ながらペアを組める生き物がいなかった(そもそも踊れるサイズでもない)ため、見学していた。
踊りのときのどこかしょんぼりとしたグリンガムの顔を思い出し、リューイはクスリと笑ってしまう。
それにファリカにエスコートされてえっちらおっちら踊るシジマや、マイペースに変な振り付けで踊るユノーを思い出すと、リューイの心のどこかがあたたかくなる。
けれど、今年はシジマがいない。
シジマの<エンブリオ>であるユノーも、シジマの騎獣であるグリンガムもいない。
ファリカも身重であるため、今年は家族では踊れない。
けれど、風星踊りが……風星祭が家族の楽しい思い出であることは変わらない。
だからせめて、母であるファリカと一緒に踊りを観たくて、リューイは家に向かっていた。
今年は踊れないけれど、来年はまた家族みんなで踊りたいなとリューイは思っていた。
また、ファリカと、シジマと、ユノーと、グリンガムと、……そして生まれてくるリューイの弟か妹も一緒に。
「……あれ?」
ふと、家路を急ぐリューイは視界の端におかしなものを見た。
それはトルネ村に程近い山。その一角がチカッと一瞬光ったのだ。
それから、何かが光った場所から黒いものがスーッと空へと昇っていく。
『――――KYHAHAHAHAHAHAHA!!』
そんな、聞くものの正気を揺さぶる異音を響かせながら。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
月影先輩との通話を終えて、俺達は再びログインした。
あちらでの会話は三十分ほど、こちらでは一時間半が経過していた。
まだ日は高く、祭りはこれからだろう。
だが、俺も先輩も、もう祭りを楽しむ気分ではなかった。
「…………」
俺も先輩も言葉がない。
月影先輩から聞いた答えは、あまりにも救いがなかったからだ。
リューイは義父を探し、ファリカさんは夫の帰りを待っている。
けれど、彼らがシジマ氏と出会うことは……二度とない。
それが、答えだった。
「……後味の悪い」
「思えば……ファリカさんの捜さなくても良い、という言葉はこの結果を少しは予期していたのかもしれません」
「…………」
「ファリカさんは、シジマ氏が“向こう”で命を懸けて何かをしていることを知っていました。その上で帰ってこないことから……察していたのでしょう」
「……そうでしょうね」
<マスター>はこの<Infinite Dendrogram>では不死身の存在。
だが、“向こう”では……リアルではただの人。
故あれば、死ぬ。
当たり前の……話だ。
「もう死んでいるかもしれないと予感していても……答えさえ突きつけられなければ、「どこかで生きているかもしれない」と思い続けることができる。それもあって、ファリカさんはただ待つことを選んだのでしょう」
だから、リューイの依頼でシジマ氏の捜索を引き受けた俺達に対して、戸惑っていたのだ。
あるいはファリカさんの考えは、災害や事故で行方不明となった人を想う気持ちに似ているのかもしれない。
遺体さえ見つからなければ、「どこかで生きているかもしれない」と希望を抱ける。
俺にも覚えがある。
姉の乗った客船が太平洋で沈没した時だ。あのときは姉の行方不明……ほぼ確実な死を知らされ、泣きじゃくっていた。
……まぁ、あの時は散々悲しんだ後、姉が「ただいまー」と普通に帰ってきたのだが。
「沈没する客船の壁ぶち破って、他の船が見つかるまでずっと太平洋泳いでいたわ」とか訳わかんねえよあの人……。
閑話休題。
姉のことを思い出して、気分が沈みこんだが少し軽くもなった。
「それでどうしますか、レイ君」
「伝えるのか、伝えないのか……ですよね」
シジマ氏の結末を伝えたとしても、伝えなかったとしてもどちらをとっても後味が悪い。
絶望を伝えることも、真実を隠すことも……共に苦渋だ。
けれど……。
「伝えます」
「いいんですか?」
「……はい。俺達が伝えなければ、二人はそれを永遠に知ることができない。それはこの先……二人の人生の全てで、シジマ氏の最期が見えない闇になってしまう」
伝えなければ、シジマ氏と別れることすらできない。
永遠に、分からないまま無明の謎に囚われてしまう。
「後味が悪くて、残酷で、怨まれるかもしれないけれど……それでも、やらなければならないことです」
けれど、二人にシジマ氏の死を伝えることを考えると……体が震えた。
怖いと思っていた。
二人に絶望を伝えてしまうことを、怖い、と。
「……レイ君がそう選択したのなら、そうすべきだと思います」
「先輩……?」
「選ぶべきはレイ君です。私はレイ君ほど、NPCに……ティアンについての深い思いを持っていませんから」
先輩は遠くに見える祭りの風景を見ながら、そう言った。
そこでは、多くのティアンや<マスター>が祭りを楽しんでいる。
先輩はその風景を見ながら、言葉を紡ぐ。
「私は、俗に言う遊戯派です。<Infinite Dendrogram>はあくまでゲームだと、そう思っています」
「…………」
「ティアンもまた同様……。あくまでも、高度で不可逆なAIと考えています。私一人であれば、今回の依頼は受けなかったでしょう。今回の真実を知っても、そのまま母子の前から姿を消してうやむやにしていたかもしれません。けれど……」
先輩は、俺の目を真っ直ぐに見据える。
「今、私の目の前には……私がこれまで会ったどんなプレイヤーよりも、ティアンを命だと思っている人がいる。彼らを想い、嘆き、哀しみ、労わるあなたがいる」
そうして先輩は俺に歩み寄り……そっと震える手を握りしめてくれた。
「だから、自分の選択に怯えないでください。あなたほど、彼らを想う<マスター>はいないのだから」
その背中を押す言葉に……いつしか俺の震えは止まっていた。
「先輩……ありがとうございます」
「先輩ですから」
先輩はクスリと笑ってそう言った。
よし、先輩のお陰で腹も据わった。
伝えよう。
二人に真実を――、
『――――KYHAHAHAHAHAHAHA!!』
俺が決意を固めた直後に、何者かの狂笑が響いた。
それはガラスが擦れ合うような異音でありながら、嗤っているのだと訴えてくる。
「何だッ!?」
笑い声に視線を移す。
それはトルネ村に程近い山の上空。
そこには――。
◆◆◆
■トルネ村近郊
時間は僅かに遡る。
「ったく、<ソル・クライシス>の奴らのせいで余計な出費だよ! せめて何か見つけねえと……!」
そのとき、トルネ村近郊の山中には十数人もの<マスター>の姿があった。
特に目立つのは、モヒカンの集団……祭りで<ソル・クライシス>と揉めた<モヒカン・リーグ>の面々だった。
誰も彼もがピッケルやスコップ片手に山を掘っている。
<モヒカン・リーグ>の中でも、一人だけ物凄く熱心にピッケルを振るっている。
そんな彼に、後輩のモヒカンが溜め息をつきながら声をかける。
「はぁ。でも<UBM>なんて見つからないでしょう? もう何百年も前の話だし、去年もおととしも何も見つからなかったって言ってましたよ?」
「そもそも出てきても勝てないじゃないですか」と溜め息モヒカンが言う。
だが、熱心なモヒカンは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ、そんな大物狙っちゃいないさ。俺の狙いは隕石よ!」
「隕石?」
「しらねえのか? 漫画やラノベじゃ隕石に含まれる鉱物……隕鉄ってえのは超ツエエ武器の材料になるのよ。きっとデンドロでも同じはずだ」
「ああ、なるほど。<UBM>はとっくに消えていても、<UBM>にぶつかった隕石は残っているわけですね」
「そういうこった! 掘るぞぉ!」
「はいはい」
そうして彼らは揃って熱心に採掘を再開した。
彼の言葉通りであれば、このままきっと何も見つからず……日が暮れた頃には祭りに戻って残念会でもしていただろう。
しかし、彼らの言には誤りがある。
彼らが消えているといったものは……まだいるのだ。
◆
極々僅かな光で起床した地下のソレは、気づいていた。
上に、“たいまつ”がいることを。
それだけではなく、地上に大勢の……三百年前に随分減らしてしまった“たいまつ”が、比べ物にならないほど多くいることを。
けれど起きたばかりのソレには地上に出る力がなかった。
起きてから数時間、細々と光を食らいながら待つだけだった。
――しかしもう、待ち終えた。
光を蓄えて少しだけ力を取り戻したソレには、地上に出る力が戻っていた。
『KYAHA♪』
ソレは、真上――光が僅かに差し込んでいた亀裂に、水晶のような突起物を有する触手を向けた。
ソレはこの数時間で溜め込んだ光を己のMPへと変換し――触手の先端から数千度の熱線として放出した。
熱線は亀裂を正確に捉え、一瞬で地上までの岩盤を融解させた。
熱線が奔り、岩盤の亀裂の上――光の軌跡の上にいたモヒカンの<マスター>が、己の身体の股間から頭頂部までを蒸発させてデスペナルティとなる。
本人は何に気づくこともなかっただろう。
仲間も、一瞬過ぎて気づかなかった。
彼らが見たのは、消える仲間と、融解した岩盤。
そして――岩盤に空いた穴からソレは飛び出した。
ソレは、直径三メテルの輝きを反射しない罅割れた水晶玉だった。
ソレは、不定形の闇を翼にしていた。
ソレは、水晶突起を備えた二対四本の透明な触手を生やしていた。
ソレは、感情を表す器官を一切持たないソレは……しかし嗤っていた。
顔のない身体で、口のない身体で、しかして水晶の身体を軋らせて嗤う。
『KYHAHAHAHAHAHAHAKYAKYA♪』
ソレは闇色の翼を広げ、目一杯に光を吸収し、即座に自身のMPを全快させる。
ソレは満ち足りて……満ち足りたまま、激しく喜んでいる。
ああ、こんなに、こんなに沢山“たいまつ”があるよ、と。
ソレは誕生日のご馳走を前にした無邪気な子供のように。
ケーキの蝋燭を吹き消す子供のように――純粋に喜んでいた。
「……迎撃ィ!!」
ソレが何かを、目撃した<マスター>は確信できなかった。
だが、危険物であるとは確信し、己のスキルで、<エンブリオ>で、攻撃を行おうとした。
だが、
『――――KYHAHAHAHAHAHAHA!!』
彼らよりも早く――ソレは飛んだ。
真上へ。
ひたすらに真上へ。
眼下には目もくれず、数千メートル……いやそれ以上の距離を真上に飛び続ける。
やがてソレは対流圏を越えて、成層圏にまで到達する。
もはや地上からはソレが黒い点にしか見えないほどに。
「逃げた……のか?」
<マスター>の一人がそう呟いて、周囲の<マスター>も同意する。
あんな場所ではこちらもあちらも手出しができない。
囲まれていたモンスターが、真上に逃げ出したのだと、彼らは推測した。
しかしそれは……大間違いだった。
「え?」
上空で光が瞬いた数秒後……地上の<マスター>の全身が燃え上がった。
毛髪が、皮膚の油が、身につけた衣類が、超高温によって燃え上がる。
火を消そうと地面を転がるが、装備も肉も燃焼しているためにその程度では消えず、そのままデスペナルティとなる。
その光景に、周囲の<マスター>はゾッとする寒気を覚えながら上空を見上げる。
「おい、まさか……あそこから!?」
それは演劇でも述べられていたこと。
――けれど騎士の剣はコクテン様に届かず、狩人の弓矢でもまるで足りません。
――時には空飛ぶ竜に乗って挑もうとした者もいたが、竜の翼でも届きません。
採掘に参加した彼らは、もちろんその演劇を知っている。
演劇を観て、この山での採掘を決めたのだから。
だが、彼らはソレの……コクテン様の“高度”を、少し低く見積もりすぎていた。
もっとも、想定しろと言う方が無理のあることだ。
一万メテルにも及ぶ射程距離の攻撃手段を有し、上空から一方的に攻撃し続ける<UBM>など……。
『KYHAHAHAHAHAHAH♪』
ソレは遮るもののない高空で、闇の翼をさらに大きく広げて地上に降り注ぐ太陽の光を呑み――昼だった世界を夜へと変えてしまう。
存分に太陽光を飲み込みながら、地上がよく視えるその視覚で――眼下の“たいまつ”に点火する。
そして熱量で空気を歪めながら地表に到達した熱線が、またも<マスター>の一人を燃やす。
『KYAHAHAHA♪』
それはとても喜んでいた。
ああ、そうだろう。喜ぶはずだ。
だってソレは……“たいまつ”が燃える光景が大好きなのだから。
そう、強いて演劇との違いを挙げればその一点。
ソレは、“たいまつ”からは別に光を食っていない。
ソレのエネルギー源は、太陽光や星明かりで十二分に補える。
光を主食とするエレメンタルであるソレは、生きる上で他の生物を害する必要は一切ない。
だと言うのに、ソレは“たいまつ”を燃やすことを好む。
なぜなら、“たいまつ”が燃えて、身悶えし、息絶える光景を、天上から見るのが大好きだから。
ソレの唯一の趣味だったからだ。
『KYAHA?』
しかし、ソレは疑問に思う。
それの思考を人の言葉に直せば、こんな言葉になるだろう。
――さっきから燃やしているのに
――なんだか自分の好きな“たいまつ”の燃え方と違うね
――悶え方と絶望が足りないな
――ねぇ? どうして? どうして?
当然のことだが、<マスター>は痛覚をカットしているから全身が燃える苦痛を感じない。
死ぬわけでもないから、絶望もそこまではしない。
ソレは、その事実が大層気に食わなかった。
だからソレは次にこう考えた。
――あの左手に“模様”がある“たいまつ”はつまらないね
――“模様”がない“たいまつ”から、もやさなきゃ
『KYHAHAHAHAA♪』
そうして、それは眼下を睥睨して、すぐに見つける。
祭りで賑わうトルネ村と……そこにいる多くのティアンを。
◆
かつてトルネ村を襲った災厄が三百年の時を経て蘇り、再びトルネ村に目をつけた。
その災厄の名は――【黒天空亡 モノクローム】。
古代伝説級の<UBM>にして――不可侵領域に巣食うもの。
To be continued