第二十二話 家族
□【聖騎士】レイ・スターリング
太陽が真南に上ったころ、風星祭の見物をほどほどに済ませた俺達はシジマ家に戻っていた。
些細なことだが、正午に太陽が真南にあるのならこの大陸は一応北半球ということになるらしい。
まぁ、陸地はこの大陸しかないそうだから大して意味もない話だが。
「お帰りなさい。あの、リューイは……?」
シジマ家では仕事を済ませたらしいファリカさんが俺達を待っていた。
「お友達に誘われて途中から別行動になりました」
「そうですか……」
ファリカさんはなぜかホッとした様子でそう言った。
これからシジマ氏のことについてファリカさんの話を聞くはずだが、そこにリューイがいると何か不都合があるのだろうか?
「ごめんなさい。まだ繕い物が終わっていなくて。あと二枚だけ繕ったら手が空きますので……」
「あ、お気になさらず。お仕事を優先してください」
ちょっと早く来てしまったようなので、俺と先輩はもう少し待つことになった。
なお、ネメシスは第三形態のスキル解析に進展がありそうだからそちらに集中したいとのことで、今は紋章の中にいる。
さて、俺の方は先輩と話でもしていようかと思ったのだが、先輩はアイテムボックスから何やら金属の筒を取り出し、握り締めていた。
それは何か大型の……薬莢のようにも見える。
「先輩、それは?」
「私の装備の付属品です。使用前に予めMPを充填しておく必要があるのですが、一つだけ充填を忘れてしまっていたので今のうちに済ませておこうかと」
装備の付属品……はて、狼桜との戦いでもそんな薬莢は使っていなかったような。
まぁ、あのときは使えなかった装備ってことかな。先輩は盾を何枚も持っているのだし、用途によって使い分けているのだろう。
それからはファリカさんの仕事が終わるまで、先輩と雑談して時間を潰した。
◇
二〇分ほどしてファリカさんの仕事が終わり、俺達はこの家に来た本題に移る。
リビングのテーブルで、俺と先輩の二人がファリカさんと向かい合う形で座っている。
「それでは質問させていただきます」
早速、先輩が話を切り出した。
「お聞きしたいのは二つ。シジマ氏が“向こう”での生活について何か話していなかったか。それと、行方不明になる前に何かしていなかったか、です」
「あの……その前に、私からも一つよいでしょうか?」
「はい」
「私は……主人を捜してもらう必要はないと思っています」
「え?」
それは、どういう意味だろうか?
ファリカさんにとって夫であるシジマ氏が半年も行方不明で、それを探さなくていい、とは。
「ですが、リューイがそれを望むのなら、私からもお二人にお話させていただきます」
「……お願いします」
俺から再度願うと、ファリカさんは頷き……ゆっくりとシジマ氏について話し始めた。
◇◇◇
□シジマについて
ファリカにとってシジマの最初の印象は、「与えてくれすぎる人」だった。
<ファドル山道>でモンスターに襲われたときの、劇的とも言える出会い。
そのとき、ファリカから見て彼は救世主のようだった。
彼は数多のモンスターを退け、ファリカとリューイの命を救ってくれたのだから。
けれど、彼がファリカ達母子に「してくれたこと」はそれだけに留まらない。
手持ちの回復アイテムを惜しげもなく使い、ファリカに応急処置をした。
トルネ村に向かう道中の護衛をした。
怪我により足が不自由なファリカに代わって引っ越しの手伝いをした。
さらには知り合いという黒髪の【司教】まで連れてきて、ファリカの足の治療までも手配してくれた。
治療の後も二週に一度はトルネ村に顔を出し、手土産としてファリカやリューイの好む嗜好品を持ってきてくれる。
彼は本当に、これでもかというほどファリカとリューイの面倒を見た。
リューイはそれを純粋に喜んでいたが、ファリカにしてみれば不思議……悪く言えば不気味ですらあった。
ファリカとリューイは、シジマに助けられただけなのだ。
ここまで面倒を看てもらう理由は何もなく、かといって彼が誰にでもここまで親切な人間というわけでもなかった。
それゆえに「シジマさんは何か私達に対して思惑があるのではないか」とファリカが考えても、無理のない話だった。
だから、次にシジマが訪れたときはそのことを尋ねようと考えた。
それで今の、シジマに「与えてもらうだけ」の関係が終わるとしても……。
◇
その日も彼はグリンガムに乗ってやってきた。お土産と言って、高級フルーツであるレムの実を大量に持参していた。
リューイはやはり大喜びで、そんな息子の様子を見てファリカの中に少しの躊躇いが生まれた。
しかし、それでもこのままではいけないと思い、シジマに「二人だけで話したいことがあります」と切り出した。
シジマは少し不思議そうであったが、騎獣のグリンガムや自身の<エンブリオ>であるユノーにリューイの子守りを任せ、ファリカの話に応じる。
そうして二人きりになったとき、ファリカはシジマに問い質した。
「何が目的で私達の面倒を見てくれるのですか?」、と。
そう言ってから……ファリカは「もっと他に言いようはなかったの」と強く自分を責めた。言葉はファリカの疑問そのものではあったが、言葉を飾らなすぎた。
けれど、飾らないがゆえにその疑問の意味も、なぜ問われたのかも、シジマはすぐに理解できた。
そうして、問われたシジマの浮かべた表情は非常に……申し訳なさそうなものだった。
「すみません、ファリカさん。あなたを不安にさせる気は、なかったのです」
シジマの答えは、謝罪だった。
ファリカには、なぜ謝られたのかがわからなかった。
「そう、そうですよね。私は、やりすぎました。すみません。どのくらいが適切なのか、経験がなくて分からなかったのです」
再度謝る。
その言葉はまるで……シジマ自身が間違えてしまった、と言っているようだった。
「何が、分からなかったのですか?」
「誰かに、感謝の気持ちを伝えることの、丁度いい程度が、わからなかったのです」
「感謝?」
誰が誰に、感謝するというのか。
ファリカとリューイは、シジマに助けてもらっただけなのに。
ファリカがそう考えていると、シジマはファリカの想像しなかった言葉を発した。
「助かってくれたあなた達に、感謝の気持ちを伝えたかった、だけなのです」
助かってくれたことに、感謝をしたかった。
シジマはそう言った。
シジマは、それからもポツリポツリと言葉を発した。
「死を待つだけだったあなたの命を救えたことが、何より嬉しかった」、と。
「なぜなら、それは“向こう”の自分にとっては、とても大きな意味があったから」、と。
その言葉に込められた思いの全ては、そのときのファリカには分からなかった。
けれど……分かったこともある。
あの日、あの時、ファリカはシジマに救われた。
だが、シジマもそれによって心を救われていたのだ、と。
それを理解し、それまでの行いが彼の裏表ない気持ちであることを知る。
それから、目の前のシジマの泣きそうな顔を見たときには……ファリカの中にシジマへの疑念は一欠片もなくなっていた。
「すみませんでした、ファリカさん。今後はもう、あなたを不安にさせないよう、ここには……」
自身の失敗を悟ったシジマは、そう言って母子の前から去ろうとした。
しかしその言葉は、ファリカによって遮られた。
「お夕飯、食べていきませんか?」
「え?」
シジマは、何を言われたのか分からず、呆気にとられた。
「今まで何度かお誘いしても、一度も召し上がっていただいたことがないでしょう?」
「で、ですが……」
「シジマさんからはもらいすぎましたから……少し、返させて下さい。よろしければ、これからも」
「ファリカさん……」
「感謝の気持ちをいただいてきたのですから、今度は私達の感謝も受け取ってください」
そう言って、ファリカは微笑んだ。
シジマも、知らず笑顔になっていた。
「少し待っててくださいね。そうだ、リューイにも手伝ってもらわないと」
「あの! 私にもお手伝いさせてください!」
「はい、お願いしますね」
それから、リューイと彼の子守りをしていたユノーが家に戻る。
彼らが見たのは、料理に不慣れで悪戦苦闘するシジマと、彼と笑いあいながら一緒に料理を作るファリカの姿だった。
リューイは「不思議だなー」と思いはしたが、二人が楽しそうなので嬉しくなった。
ユノーは無言のまま、けれどまるで子供の成長を喜ぶ母親のような表情で「むふー」と嬉しそうな顔をしていた。
それから程なくして、シジマはファリカ達の家に住まうようになり……翌年にはファリカと婚姻を交わした。
<Infinite Dendrogram>が始まってから二十七例目の、<マスター>とティアンの婚姻だった。
◇
シジマとファリカ、リューイの親子三人での生活は穏やかに、けれど幸福に続いていた。
シジマはファリカにとって二人目の夫であり、リューイにとって義理の父親だったが、そこに溝は微塵もなかった。
三人は自然に、家族だった。
そんな家族の生活に、一つの変化が訪れたのは半年前のこと。
ファリカの懐妊が判明したのだ。
最初はファリカも気づかなかった。少し体重が増えて、身体のラインが崩れてきたかな、といった程度だ。
<マスター>とティアンの間に子供は出来ないものと考えられていたので、無理もない。
けれど日に日にお腹は大きくなり、悪阻も出始めた。
以前にリューイを妊娠していたときの経験から、ファリカは自身が妊娠していると気づいた。
【医師】の診察を受けた結果は、間違いなく妊娠している、というものであった。
ファリカは嬉しかった。
シジマを愛し、家族として過ごしながらも、これ以上家族が増えることはないと思っていたから。
親子三人、それにユノーとグリンガムがいれば十分に幸せ。
けれど、そこにもう一人子供が生まれれば……今よりもっと幸せだと思っていた。
何より、シジマの喜ぶ顔が見たかったのだ。
家に帰り、夕食のときに妊娠を報告すると、リューイはとても喜んでいた。
ユノーもまた無言ながら拍手と共に祝福した。
そしてシジマは――泣いていた。
その眼窩から滂沱の如く涙を流し、泣き続けた。
それは深い歓喜の涙。
それと同時に……何かを、惜しんでいるようだと、二年以上を夫婦として過ごしたファリカは感じ取っていた。
◇
その日の夜、寝室でシジマはファリカに話していた。
それは彼の子供を宿してくれたことへの深い感謝と……彼の決意を口にしたものだった。
「ファリカ。私は……“向こう”でやらなければならないことがあります」
「それは、この子と関係があるの?」
ファリカは子を宿した腹を撫でながら、シジマに問う。
シジマは、深く頷いた。
「その子に会うために、私はある試練を受けなければならない。その結果、もしかすると……命を失うかもしれない……」
「そんな……!」
「出来ればこのまま最期まで……穏やかに君達と生きていたかった。けれど、私はその子に会いたい……その子も含めた家族みんなで……生きていきたい」
だから、“向こう”で試練を受けなければならないとシジマは言う。
ファリカは、シジマの決意が固く、そしてその試練とやらが不可避のものであると察した。
「その試練を、生き延びられたら、いつごろ帰ってこられるの?」
「……早くとも、一ヶ月……いや、こちらの時間で三ヶ月は留守にすることになるだろう。もしかすると、半年以上を要するかもしれない」
「そんなに……」
「けれど、どんな形でも、私は必ず戻ってくる……それだけは、信じてほしい」
“向こう”に行って命を落とすかもしれないが、必ず家族の元に戻ってくるとシジマは言う。
ファリカはその言葉に……頷いた。
「待っています。私と、リューイと……この子の三人で、あなたが帰ってくるのを……いつまでも、待っています」
「……ありがとう」
そうして二人は、お腹の子を労わりながら、優しく抱きしめ合った。
◇
翌朝、ファリカが目を覚ますとシジマの姿はどこにもなかった。
ファリカがリューイに尋ねると、リューイに別れを告げて……どこかへと行ってしまったと言っていた。
ファリカはそれを聞いて、“向こう”に試練を受けにいったのだと悟った。
ファリカは、リューイにシジマが“向こう”で命を落とすかもしれないとは教えなかった。
教えても、不安にさせるだけだと考えたからだ。
それに、彼女は信じていた。
いつかきっと、シジマは家族の元に戻ってくるのだと。
◇◇◇
□【聖騎士】レイ・スターリング
「あの人は必ず戻ってきてくれます。だから……捜す必要はないと、私は思っています」
俺達にシジマ氏との思い出を語ってくれたファリカさんは、そう言って話を締めた。
「…………」
俺も、先輩も、返す言葉も続く問いかけもないまま無言だった。
だって、今のファリカさんの話を聞いただけでも分かってしまう。
シジマ氏は強い決意を持って“家族”の元を去り、“向こう”……リアルで何かをしている。
そして、これまで得ていた情報からすれば……シジマ氏の境遇も俺達にはある程度見えてしまっていた。
「すみません。少し私と彼だけで相談をしてきていいでしょうか」
「はい」
「行きましょう、レイ君」
俺が何も言えずにいると、先輩はそう言って俺を家の外へと連れ出した
◇
「今回の一件、達成不可能な可能性が高いですね」
家の外、馬車の中で先輩は俺にそう切り出した。
「……それは」
「レイ君も、もう予想できているのでしょう?」
先輩の言葉の通り、俺も既に答えらしきものは掴んでいる。
<マスター>とティアンの間に子供が生まれたこと……生理現象を考えれば不可能なはずの長時間連続ログイン。
シジマ氏のファリカさんとリューイに対する思い。
“向こう”で受けなければならない“試練”。
そして、シジマ氏の言葉。
――出来ればこのまま最期まで……穏やかに君達と生きていたかった
俺達の考える“答え”に至る材料が、揃い過ぎていた。
「シジマ氏は、……?」
俺がその“答え”を述べようとしたとき――不意に馬車が揺れた。
何事かと思えば、継続的に地面が揺れている。
「地震?」
それはさほど強い揺れではない。震度としては三かそこらだろう。
人に被害が出るほどでもなく、中世風の見た目でも建築に際して魔法が使われて強度が上がっている王国家屋が倒壊する心配もない。
祭りの方も問題なく続行できる程度だ。
しかし、あの地震で食器が落ちるなどしてファリカさんが怪我をしている可能性はあったため、俺達は家の中に戻った。
「先輩、ファリカさんが心配なので家の中に戻りましょう」
「分かりました」
家に入ると、食器棚の中身が幾らか落ちて、陶器の皿などが割れていた。
しかし幸いなことに、ファリカさんに怪我はないようだった。
「大丈夫ですか?」
「はい、何も当たりませんでしたので」
「片付け、手伝いますね」
「ですが」
「身重なのですから、無理しないでください。レイ君、掃除用具は持ってますか」
「ありますよ」
ファリカさんは遠慮していたが、俺と先輩はホウキやちりとりを取り出して割れた食器を片付けはじめる。
なお、このホウキとちりとり……【お掃除セット丁】もガチャ産である。
……ハズレだと思ってたアイテムでも使い道出るもんだな。
割れた食器をホウキで集め、ちりとりで拾い、適当な空き袋に入れる。
「……あれ?」
そんな風に掃除を進めていると、陶器の破片に紛れてあるものが混ざっていた。
棚から落ちたものが散乱しているので、割れた皿以外もあるだろう。
けれど、それはどこか異彩を放っていた。
それは小さな銀細工だった。
《彫金》スキルで作ったらしい銀細工は、しかしこの家の雰囲気にはあっていない若干の不気味さを有していた。
俺はそのデザインに、どこかで見覚えがあるような気がして、
「…………あ」
それが、その銀細工が象るものが何であるかに思い至った。
「ファリカさん、この銀細工に見覚えは?」
「あ、それは主人が結婚前から身につけていたものです。結婚してからはつけなくなって、棚の上に置いたままになっていたものですが……」
「そうですか」
ファリカさんはこの銀細工について……これが意味する“集団”について何も知らないようだ。
四年前に王都からこちらに移ったのなら、知らなくても無理はない。
先ほど見た限り、この村には“施設”がないようだったから。
「……そういうこと、ですか」
俺の手元を覗き込んだ先輩が、銀細工を見てそう呟く。
先輩も銀細工のモチーフについては、もちろん知っている。
「すみません、少々離れさせていただきます。ああ、戻ってきたらすぐに片付けますので、ファリカさんはどうかそのまま」
「え、はい……」
先輩はそう言って、俺の手を引いて家から出る。
「レイ君、携帯端末にグループ通話のアプリは入れてますか」
「入れてますよ」
「じゃあ、ログアウトして次のIDのグループに繋いでください。あの人もすぐに来るでしょうから」
先輩はそう言って、アプリの通話グループのIDを俺に教えてくれる。
二度聞いてIDを覚え、俺はそのままログアウトした。
◇
<Infinite Dendrogram>からログアウトしてすぐに、俺は携帯端末のアプリを起動させ、IDを入力する。
それからスピーカーモードに切り替えて、ホルダーの上に置いた。
間もなく、携帯からは先輩の声が聞こえてくる。
『無事繋がりましたね。連絡は済ませましたから、すぐに来るはずです』
先輩の言葉から程なくして、
『お待たせしました。何でもお話があるとか』
電話から聞き覚えのある青年の声が届く。
声の主を、誰と問うまでもない。
<月世の会>のナンバーツーにして俺の大学の先輩……【暗殺王】月影永仕朗だ。
『月夜様は少々手が離せないもので、私が対応させていただきます』
『ええ、副会長の方がいいでしょう』
先輩の言葉に、俺も同感だった。
俺は、携帯の向こうの月影先輩に問いかける。
「月影先輩、あなたは最初から、シジマ氏について全て知っていましたね?」
『はい、そのとおりです』
俺の問いかけに、何でもないように月影先輩は答えた。
『その答えに至ったということは、夫人のお話から……いえ、何か物的な証拠を見つけたのでしょうね』
「銀細工が見つかりました。――“三日月と閉じた目”を象った、ね」
そのシンボルを頂く団体を俺は一つしか知らない。
「シジマ氏は……<月世の会>の信者だったんでしょう?」
『そのとおりです』
だから、ギルドで会ったときに自分達が捜すといったのだ。
ああ、それは確実に探せるだろう。
答えを既に持っているのだから。
今思えば、あのときの助言も全てを知っているから言えたことだと分かる。
「知っていながら、それを秘密と言った理由は?」
『個人情報は保護するものでしょう?』
それを本気で言っているのか、あるいは煙に巻いているのかは俺にはわからない。
「……なら、それはいい。だけどどうしても聞きたいことがある」
『ええ、なんでもお聞きください』
「シジマ氏は……今、どうしている?」
『それも個人情報……とはいえ、事ここに至れば隠す意味もありませんか……』
月影先輩はそこで言葉を切り、『承知しました』と言った。
『それでは、順を追ってご説明いたしましょう。我々と彼の関係、そして彼の背景を……』
◆◆◆
■<トルネ村>近郊・地下 【■■■■ ■■■■■■】
ソレは地中で目を覚ました。
先ほどの地震によって……ではない。
大地の身震いなど、ソレは何とも感じない。
しかし、先ほどの地震が無関係という訳でもない。
先ほどの地震の後、それの頭上――分厚い岩盤で閉ざされた天井の亀裂から、極僅かな光が差し込んでいた。
地震により岩盤が砕け、地上との間に針の先ほどの隙間が生じたためだ。
極僅かな、文字すらも読めない光量。まだ星のない夜も同然の暗さ。
されど、ソレにとっては大きな違いだった。無明の暗黒と夜は、ソレにとってまるで異なる。
ゼロかイチかは、まるで違う
『KYAHAHA――』
ソレが一声鳴くと、地中はまた無明の暗黒に巻き戻った。
いや、違う。光は地上から僅かに入り込んでいるが――その全てをソレが呑みこんでいる。
『KYAHAHAHA――』
光を呑みこみ、少しずつエネルギーを充填させながら、ソレは鳴き声を……笑い声を上げる。
ソレは待っていたのだ。
三百年。ホンの僅かな光もない地底で、飲まず食わずのまま、隕石が直撃したダメージも癒さぬまま、いつか光が差すことを待ち続けていた。
まるで冬眠の如く、残骸の如く、何物にも気づかれないまま地中でこの時を待ち続けた。
ソレ――古代伝説級と謳われた怪物は、久方ぶりの光を味わっていた。
間近に迫った祭りの、前菜として。
To be continued