第二十話 第三形態
□【聖騎士】レイ・スターリング
ネメシスの言う第三形態。
それは言わずもがな、ネメシス自身の進化のことだ。
【ガルドランダ】との戦いで黒旗斧槍に進化してから、一ヶ月もの期間をあけて遂に成ったというわけだ。
それにしても……寝て起きたら進化してました、というのは何ともコメントしづらい展開だ。
たしかに第二形態のように、あまりにも劇的かつギリギリ過ぎるタイミングの進化は考えものだ。
しかしせめて、ルークのところのバビがそうであったように、戦闘終了後に進化、とかでよかったのではないだろうか。
お陰で進化の瞬間を思いっきり見過ごし……もとい寝過ごしてしまった。
が、先輩に聞いたところ、寝ている間に進化というのは珍しくもないらしい。
<エンブリオ>側の進化のための処理に時間がかかり、<マスター>の就寝中に完了すると、自然そうなるらしい。
第二形態への進化は一瞬で済んだが、そうではない進化もあるということだ。
で、この類の進化は「経験や成長のエネルギーは十分溜まっているのに、次の進化のスタイルを決めかねている場合に起こることが多いようです」とのこと。
なるほど。ルークに遅れること二形態分。進化のための経験やエネルギーは溜まっていたことだろう。
そして、進化したということは……決めかねていたスタイルとやらは定まったと考えていいのだろう。
さて、二度目の進化……鬼が出るか、蛇が出るか。
……気のせいだろうけど右手の【瘴焔手甲】が「鬼は被るからやめて」と言っている気がする。
◇
朝食を食べた後、俺達は野外で第三形態のテストをすることにした。
天気は晴天。心地よい風も吹き、絶好のテスト日和だ。
ちなみに場所はシジマ家の広い敷地の中である。
一緒に朝食を摂りながらファリカさんにお伺いを立てたところ、快く敷地の使用許可が出たからだ。
「あまり芝生などは掘り返さないでください」と言われたので、そこは注意しよう。
シジマ氏がいなくなった後も、いつシジマ氏とその騎獣のグリンガムが戻ってきてもいいように手入れはしているそうだ。
「準備はいいか?」
『うむ』
今のネメシスは第一形態の大剣だ。ここから第三形態に変形させる。
なお、周りには先輩と、なにやら興味深そうに見学しているリューイがいる。ファリカさんは仕事があって屋内にいるようだ。
「ネメシス、第三形態」
『Form Shift ――【 】』
「ん?」
形態名を告げるはずの声が、なぜかノイズでも走ったように聞き取れなかった。
「ネメシス、今なんて……うぉ!」
ネメシスの発言内容に一瞬気を取られた直後に変形は完了し、俺は少しバランスを崩した。
「これは……」
俺の手には第三形態となったネメシスの姿がある。
その姿はこれまでの二形態、大剣や斧槍とは趣を異にするものだった。
それは……俺自身を覆い隠すほど巨大な円。
――大型の円形盾だ。
「……寝ている間に来たことといい、なんとも予想外な進化だな」
『それは私自身も同感ではあるがのぅ』
大剣、斧槍と来て、盾か。
俺は盾の裏側にある取っ手(裏側から見ると丁度Θの形になっている)を持ってちょっと動かしてみる。
うん、やっぱりこれまでの武器とは毛色が違う。大剣や斧槍といった柄のある武器とは全然取り回しが違う。
先ほどの先輩の言によれば、就寝中の進化は「次の進化のスタイルを決めかねている場合に多い」のだったか。
ひょっとすると、昨日の先輩の戦いに影響を受けて盾になったのかもしれない。
または、これまでの戦いで「《カウンターアブソープション》の回数式防御ではない、持続的な防御力が必要」と判断したのか。
「……まぁ、俺としては手の打ちようがない遠距離への対策がほしかったけどな」
『私も同感ではあるがのぅ』
俺は、少し前に行ったあるトレーニングを思い出した。
◇◇◇
誰か手の空いている人と模擬戦でもしようと思っていた日の朝のこと、マリーが「ちょっと変わったトレーニングもしませんか?」と言って誘ってきた。
変わった、というが模擬戦も色々変わったバリエーションで行ってはいた。騎乗戦闘専門の闘技場でフィガロさんやライザーさんと戦ったり、プールのように水が張った闘技場でジュリエットやチェルシーと戦ったりしている。
フランクリンの事件以後はそれら多種多様な模擬戦を続けていたので、結界の中で死んだ回数は百回を超えていただろう。
「どんな?」
「模擬戦では積めない経験。長射程の相手との戦いの特訓です」
それを聞いて俺は「なるほど」と思った。
模擬戦で積んだ経験は、相手の攻撃に反応したカウンター――後に狼桜に衝撃即応反撃と名づけられるもの――の技術をはじめ、俺の力として身についている。足りていなかった技術と経験が埋められていった形だ。
しかしそれは当然ながら面と向かって始まった戦闘でのものしかない。模擬戦のために結界を起動させて戦っているのだから当然と言えば当然。
それだと経験がどうしても偏ってしまう、とマリーは言う。
だからマリーは結界の外で「マリーが姿も見えない距離から一方的に死なない程度に攻撃する」というトレーニングを俺に課した。
「もちろん反撃してもいいですよ」と言うので、俺も気合を入れて挑んだのだが。
結果は、何も出来なかった。
迎撃や防御は出来る。
だが、反撃は全く出来なかった。
俺の手が届かない長距離から攻撃でき、速度もシルバーに乗った俺を上回るマリーに対して、俺は一撃も返せなかった。
闘技場の模擬戦でのマリーとの戦いはもう少しマシな戦績だった分、ショックではあった。
結果として、俺とネメシスは遠距離攻撃が致命的な弱点であると判明した。
より正確に言えば……「俺の手の届かない位置に居続ける相手」を倒す手段が俺にはなかった。マリーはそれを知っていて、身をもって確認させるためにあのトレーニングを行ったのだろう。
だから分かったときには俺もネメシスも思ったものだ。
次の進化は遠距離攻撃があるといいな、と。
◇◇◇
で、実際に進化してみると、正反対と言っていい盾だったわけだ。
多少の残念さは俺もネメシスも覚えている。
だがそれは贅沢というものだろう。
最初の進化の代償だった進化遅延もなくなり、久方ぶりの進化が出来ただけでも僥倖だ。
「それでネメシス、この形態のスキルはどんなものなんだ?」
『《カウンター・アブソープション》は使えるな』
ふむ、盾だし順当だな。さっきの推測とは少し外れてしまうが。
「今回の進化でストックは増えたか?」
『それはないな。だが、感覚的にこれまでよりも頑丈にはなっていると思う。一・五倍といったところか』
なるほど、単純計算で三十万ダメージまで許容できる、となれば中々大きい。
兄のパンチで割られなくなるのだから。
……キックだと割られそうだけど。
「それで、他のスキルは?」
《カウンター・アブソープション》はどちらかと言えばサブのスキルだ。
大剣に《復讐するは我にあり》があるように、この第三形態にも何らかのメインスキルがあると思うのだが……。
『分からぬ』
…………わからぬ?
「分からない、っていうのは?」
『分からんのだ。ないわけではない。が、分からない』
何のこっちゃ。
俺はメニューを呼び出し、<エンブリオ>の項をチェックしてみる。
するとそこには、
◇
【■■■■】
『保有スキル』
・《カウンター・アブソープション》Lv3
・《■■■■■■■■》:(現在解析中)
◇
「……なんじゃこりゃあ」
形態名も、固有のスキル名も文字化けしている。
おまけに効果に至っては解析中ときた。
「なぁ、ネメシス。さっき言ってた凶報って」
『これだ。進化は果たした、新たな力もある。だが、それが私自身でもまだ理解できていない』
「……そんなパターンありか」
なぜそんなことになってしまったのか……まぁ、心当たりはある。
恐らく、最初の進化の時のあのシステムだ。
あれの影響で進化が遅れるだけでなく、次の進化であるこの盾にも何らかの影響が出てしまったのだろう。
よく見れば、第三形態はこれまでの形態と形状以外のも違う点が多い。
まず、あの黒いオーラが出ていない。大剣では俺の腕に絡まり、斧槍では旗の如く噴出していたオーラが全くない。
現状、ただの盾だ。
加えて、色が黒一色ではない。
盾の表面部分に黒ではなく銀色の模様が、等間隔に同形の曲線が五本描かれている。今までの形態にこんなものはなかった。
ネメシス自身が把握できないことを含め、この第三形態は黒大剣や黒旗斧槍とは別物だ。
「これ、解析中って書いてあるがいつごろ終わるんだ?」
『今日一日で、終わると良い……といったところだの。この解析を御主の感覚で言えば、見たことも聞いたこともない言語の文書を一枚渡され、『辞書はあるから翻訳して読むこと。辞書自体も日本語じゃなくて英語で単語説明しているけど』といった感覚だの』
……何の宿題だよ。
だけどまぁ、それなら遅くても数日中には判明するだろう。
ならば、何とかなるか……と考えていると、
「解析が終わっていなくても、正しい使い方をすれば判明するかもしれませんよ?」
というビースリー先輩からのお言葉をいただいた。
「というと?」
「知り合いに同じように進化後のスキルが解析待ちになった人がいるのですが、色々試しているうちに解析が早まっていました。終わってみると、解析されたスキルはその試行の一つと行動が合致していたそうです」
「スキルの動きに近い動作をすることで解析が早まるかもってことですか」
さっきのネメシスの例えで言えば合致する行動は『日本語訳の例文』みたいなものだろうか?
何にしても、そうと決まれば。
『おい、レイ。御主、何をする気にゅわぁぁああぁあああ!?』
俺は、円形盾のネメシスを――思いっきり投擲した。
◇
「大馬鹿者! 大馬鹿者ぉ!」
「ごめん、流石にあれは悪かった……」
俺が投擲したネメシスは……偶々投げた先にあった田んぼに埋まってしまった。
そして、俺は泥だらけのまま人型に戻ったネメシスから、ドロップキックを食らうと共に罵声を浴びている。
「なぜ投げた!? なぜいきなりキャプテンなアメリカに目覚めた!?」
「先輩の盾から影響受けたなら、投げることが関係あるかな、と」
先輩も盾を投げて<K&R>のメンバーを数人倒していたし。
それに防御系は《カウンターアブソープション》があるからメインにはないような気がする。
それに遠距離攻撃も欲しい。
となると、やはり投げるしか……。
「短絡的過ぎるわぁ!! せめて一言相談してから安全な方に投げぬか!?」
「ごめん、それは本当に反省してる……」
人のいない方に投げたら田んぼがあったんだ……。
「あー、とりあえず、磨こうか」
今、人型でも泥だらけだし。
……武器形態で磨けば綺麗になるよな、これ?
『丹念に磨くのだぞ!』
すぐに円形盾の形態になったネメシスを左手の義手でホールドし、アイテムボックスから手入れ用品を取り出して磨き始めた。
「手馴れていますね」
「アンデッドなんかと戦った後にはいつも頼まれますからね」
だからもう慣れたものだ。
「少し羨ましいですね。私の<エンブリオ>はテリトリーの発展系なので、触れもしませんから」
「ああ、そういえば先輩の<エンブリオ>はテリトリーっぽかったですね」
ふむ、そうなると<CID>のメンバーは全員テリトリーに類する<エンブリオ>なのか。
『手が止まっておるぞ』
「はいはい」
そうして俺は二十分ほどかけて丁寧にネメシスを磨いたのだった。
To be continued