第四話 スタート地点
日間総合11位になりました。
ブックマークしてくださる方もドンドン増えて「これは夢じゃなかろうか」とさえ思います。
( ̄(エ) ̄)つ「まくら」
□椋鳥玲二
「……ッ!」
あの化け物の群れに体を砕かれた直後、夢から覚めるように俺の意識は現実へと帰ってきていた。
寝起きと違って意識ははっきりしている。
だが、状況を受け入れられたかと言えば否だ。
最後のアナウンスは覚えている。
だから俺が初めてデスペナルティになったことも理解している。
それでもあの場で何が起きていたのか、どうなったのかが気になって仕方がない。
しかし、今の俺は<Infinite Dendrogram>にログインできない。
ログインしようとしても機器の横に埋め込まれたディスプレイに、【ペナルティ期間中です。あと23時間55分16秒】とアナウンスが表示されるのみ。
「……参ったな」
外を見れば、未だ夜が明けていない。
時間も午前五時前だ。
一先ず、眠ることにした。
ベッドに横になり、眠ろうとする。
しかし目蓋を閉じれば、殺される瞬間がまざまざと思い出される。
思い出すと同時に、あのときどう立ち回れば生存できたのかを考えていた。
まるでやり続けた落ち物ゲームを、瞼を閉じてからもシミュレートするように。
何度も繰り返し考えて、繰り返す度に……自らの動きの拙さが目についた。
ああすれば、こうすればと後悔ばかりが頭に浮かぶ。
そんなことを考えているうちに、いつしか意識は夢の中に溶けていった。
◇
翌朝、八時ごろに目を覚まし朝のニュースを見ながら朝食を摂る。
久しぶりにまともな朝食を作ってはみたが、味はゲーム内で食べたご馳走と比べると数段劣るものに感じてしまう。
これが続くとこっちでの食事の楽しみが薄れるかもしれないとぼんやり思った。
朝食を済ませて食器を片付けてから、ネットの掲示板で何か情報がないか探してみた。
あの一件は少し探しただけでヒットした。
<ノズ森林>での惨劇は、<Infinite Dendrogram>界隈の掲示板で一大ニュースとなっていたからだ。
ただのPKならばここまでの騒ぎにはならないらしい。
が、今回は特別だった。
なぜなら、<ノズ森林>以外の初心者用狩場でもプレイヤーが狩られ続けているから。
それもアルター王国に限定して、だ。
同時多発、そして継続的に王国の初心者プレイヤーがPKされている。
明らかに単独犯ではなく、一定の組織力が窺えた。
問題は、誰がそれをやっているのか。
掲示板では近々また攻めると噂のドライフが最有力の容疑者と目されていた。
理由は「戦争イベント再開に備え、王国側の戦力を増やさないようにやっているのではないか」というものだ。
王国でしか事件が起きていないので、可能性は高いように思える。
この一件には王国のプレイヤーも対抗策を打った。
有志のプレイヤーが自警団となり、PK討伐に向かったらしい。
いくつかの狩場ではPKと自警団プレイヤーの戦闘が発生したそうだ。
だが、これらの戦闘では全て自警団側が敗北している。
このことからPK集団はかなりの熟練プレイヤーで構成されているらしいと予想された。
俺が“死んだ”<ノズ森林>でも、PKを倒すことは出来なかった。
しかし、<ノズ森林>は他と少し違う。
PKを見つけることすら出来なかったらしい。
初心者狩りは続いているが誰も犯人を発見できず、戦うことも倒すこともできないそうだ。
「……あいつ、だよな?」
俺はあのとき、弾丸の化け物の<エンブリオ>と、その<マスター>を見た。
あいつは奇妙な靄に包まれていて老若男女さえ判然としなかった。
そのことが、見つからないことにも何か関わっているのだろうか?
掲示板では今回のPK騒動に関して「いよいよ王国詰んだ」、「ドライフマジ外道」、「亡命するならカルディナがオススメ。新規の人もウェルカム」などの意見がよく見られた。
それらと一緒に「たまたま通りがかったらやられた。そろそろ進化だったのに今回のデスペナで遠のいた」や「俺もそろそろ上級の仲間入りできそうだったのに……」などのレスも混ざっている。
デスペナルティになるとログイン制限以外に何かあるのだろうか?
気になったので「始めたばっかりで今回初デスされたんだけどデスペナすると何かあるの?」と書き込んでみた。
「新規乙」、「教えてやろう。まずは服を脱ぎます」などのレスもあったが、普通に教えてくれるレスもあった。
何でも、デスペナルティの回数が多いほど進化が遅くなるという噂があるらしい。
プレイヤー界隈ではそれなりに確度の高い情報として扱われている。
個人差が激しい<エンブリオ>であるため検証は難しいが、おおよその比較ではデスペナルティの回数が多い人ほど進化が遅い傾向にあるらしい。
このデメリットも前の戦争で王国側のプレイヤーが積極参戦しなかった理由の一つなのかもしれない。
情報の御礼を書き込んで他の板に移動する。
戦争といいPKといい物騒な話しかないのか、と思っていたが掲示板を見てみるとそうでもないらしい。
天地や黄河は平和そうなイベントの話題で賑わっている。
天地では『桜が咲いたからティアンの【征夷大将軍】主催でお花見があった』、とか。
黄河では『パンダ型モンスターが大繁殖して山が一つ白黒になった』、とか。
掲示板のレスや張られるスクリーンショット(カメラアイテムで撮影して外部メディアに出力可能)を見てみると、ほのぼのしていて頬が緩まる。
戦闘関係でもレジェンダリアの『みんなのアイドル【妖精女王】の記念コンサートチケットを掛けて大バトルロイヤル』などはPVP(プレイヤー間対戦)でありながら楽しそうな空気が伝わる。
「……何でアルター王国はテロられたり滅亡寸前なんですかね」
ちょっとだけ亡命したプレイヤーの気持ちが分かってきて困る。
気分が沈んできたのでパソコン落とした。
さて、どうしたものか。
デスペナルティが解けるのは明日の夜明け前だ。
それまで<Infinite Dendrogram>はできない。
となると……今のうちに色々済ませておくか。
生活用品や食料の買出し、まだ開けていない引越し荷物の開封、来月の大学入学の準備。
リアルでやらなきゃならないことを済ませておこう。
◇
買出しや引越し荷物の片づけを済ませて夕飯を食べた頃にはもう十時を過ぎていた。
掲示板をチェックするとゲーム内で二日経ってもあの事件は片付いていないらしい。
本当にドライフが裏で糸を引いているなら、戦争再開までこの状況を維持するだろう。
そうなると問題になるのは、俺は何処でレベルを上げればいいのかって話だ。
王都の四方門から出てすぐの狩場は全てPKのキルゾーン。
つまり今、初心者は王都を出ることもままならない。
どうにかして封鎖を抜けて他の街へ移動したとしても……今のレベルだと国内には王都周辺以外に適性の狩場がない。
レベルを上げる場所にレベルを上げなければ行けない矛盾が生じている。
さて、どうすべきか……と言っても答えは決まっている。
「あそこしかない、か」
兄から教えてもらった初心者用狩場。
主に四方門を出てすぐの狩場について書かれていたが、一箇所だけ例外があった。
そこならばまずPK集団の手も及んでいない。
掲示板でもそこが狙われたという話はない。
しかし兄はその狩場には問題があると言っていた。
何が問題なのかを聞いて、俺自身もそこでの狩りは辛いと考えた。
だが、他の狩場が使えないのならば、レベル上げにはそこへ行くしかない。
俺はその日は早々に眠り、翌日の明け方にペナルティが解除された<Infinite Dendrogram>へとログインした。
◇
ログインすると、<Infinite Dendrogram>では三日過ぎていた。時間は死んだときと同じ夕暮れ時だ。
ちなみにログイン地点は死んだ<ノズ森林>ではなく、兄と待ち合わせていた噴水だ。
ここが王都にいくつかあるセーブポイントの一つらしいと買い物で街を散策しているときに知ったので、復活するセーブポイントに設定しておいたからだ。
なるほど。デスペナルティ明けだと自動的にセーブポイントから再スタートするわけか。
「……戻ったか、マスター」
ふと気がつくと、隣に人間形態のネメシスが立っていた。
いつの間にか出てきたらしい。
「ん、ただいま」
「…………」
「…………」
気まずい。
デスペナルティになってしまったことが、気まずい。
デスペナルティが<エンブリオ>の進化を阻害するのだから、ネメシスにとっても大問題だ。
今回殺されたのは俺の不手際なんだから謝らないと……。
「ご」
「要らん」
言う前に拒絶された。そうだ、ネメシスは俺の考えていることが分かるのだった。
「見当違いを考えるでないわ。気まずいのは私で、謝りたいのも私なのだからの」
「え?」
なぜ?
「……散々、手前で私は最高だとのたまっておきながら、いざ<エンブリオ>同士の戦いとなれば易々御主を殺されてしまった。不甲斐ないこの身の力不足に、自分で腹が立っている」
ネメシスは己の力不足を責めるように、血が口の端を伝うほど唇を強く噛んでいた。
それほどまでに、ネメシスは自分のせいだと考えている。
だけど……。
「それは違うだろ。お前が二撃目を防いでくれなかったらもっと早くデスペナルティを受けていた。むしろ俺が下手だったんだよ。ランカーを目指すなんて言っといてお笑い草だ」
「違う! 私のスキルがもっと強く、最後の攻撃も防げればよかったのだ!」
「無茶言うなよ! 俺達の能力は把握していたんだから、<マスター>の俺がもっと上手く立ち回ればよかったんだよ!」
俺がそう言うと、ネメシスは俺の胸を叩いた。
その力は弱い。
けれど、ネメシスの口から漏れた言葉は……、
「私の力不足だ……。御主が<マスター>で……プレイヤーでなければ、私は、私も、御主も、永遠に失っていたのだ……。私は、それが恐ろしくてたまらぬ……」
彼女の言葉は、俺の胸を叩く拳よりも弱く脆いものだった。
あれほど自分は優れていると言い続けてきた彼女が、自分の弱さを露わにしている。
「ネメシス……」
「…………ッ」
ネメシスは泣いていた。
その涙は透明で、壊れそうで、儚くて。
泣いているネメシスは……ゲームには見えなかった。
「……ネメシスの言うとおりかもな」
俺がそう言うと、ネメシスの肩が震える。
俺は、その肩に手を置いた。
「だけどなネメシス、やっぱり今回の件はお前の……お前だけの力不足じゃない」
俺より頭一つ二つ低いネメシスに目線を合わせ、真っ直ぐに瞳を見据える。
「それに……お前の言うように俺だけの力不足でもない」
「マスター……?」
ネメシスだけの力不足じゃない。
俺だけの力不足でもない。
「今回は、俺達の力不足だったんだ」
それが、答えだ。
「俺のレベルが低かった。お前もまだ成長していなかった。何より、俺達が経験不足だった。だからあいつに殺された」
その敗北はもはや過去。
もう過去になったものは変えられない。
この一回のデスペナルティは瑕疵として残るだろう。
「だけど、俺達はこうして生きている」
殺されたけれど、プレイヤーの……<マスター>の俺は生きている。
ネメシスも、進化するのが遅くなってしまうかもしれないが無事だ。
「だから大丈夫だ。まだやれる、まだこれから強くなれる」
俺達は<マスター>と<エンブリオ>なのだから。
いくらでも、取り返しは利く。
瑕疵がどうした。
無傷で無謬の道なんか最初から求めちゃいない。
俺達は傷ついても……膝は折らない。
「二人で強くなって、あいつにリベンジしてやろうぜ」
むしろ、目標が出来たと考えよう。
レベルを上げて、進化して、腕を磨いて、いつかあいつを真っ向勝負で倒してやる、と。
「…………本当に、意外と暑苦しい男だのぅ、御主は」
俺の言葉に、ネメシスは苦笑した。
「だが、御主の言うとおりだ。うむ、過ぎたことを悔やんで膝を折っては本末転倒。まだ我らの前には道がある」
ネメシスは涙をぬぐう。
その後にあったのは、いつもの不敵な笑みだ。
「名前も知らぬが、あの<エンブリオ>とその<マスター>にはいずれ落とし前をつけさせてくれるわ」
そして、ネメシスは右手を掲げる。
「行こう! マスター! 強く! より強く! 何人も私と御主を欠けさせることができぬように!」
「応。やってやろうぜ、ネメシス!」
そうして、俺とネメシスはお互いの腕を組み合せた。
【縁が深まった】、なんて無粋なアナウンスは流れないが実感する。
今、俺とネメシスは絆を深めた。
この瞬間が、俺達の本当のスタート地点だ。
◇
ちなみにネメシスとの会話の最中は気にしなかったが、そこはセーブポイントの一つでもある噴水なので他のプレイヤーも大勢いた。
俺達の会話の模様はしっかり見られており、手を組み合わせたところで周囲のプレイヤーからは拍手がとんできたのであった。
俺達は顔を真っ赤にして逃走するという締まらない形でその場を後にした。
To be continued
明日からは毎日21:00更新です。
今後とも<Infinite Dendrogram>にお付き合いいただければ幸いです。




