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第十三話 思い出話×2

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 俺達を乗せた馬車が、土の道路に轍をつけながらトロトロと進んでいる。

 この馬車は先輩の持ち物だが、馬車を牽くのはうちのシルバーだ。

 俺と先輩は御者台に座り、リューイは馬車の中にいる。

 馬車は不整地でも走れるように考慮されてるのか、大昔のオフロードカーのようにタイヤが大きく、車高も高い。俺でも屈めば通り抜けられそうだ。

 さらに、空調や衝撃低減、さらには内部空間の拡張に防御結界など、様々な機能がマジックアイテムによって盛り込まれた高級品だ。

 VIP用の装甲車と同じと言っても過言ではない。

 そこで気になるのが「どうして先輩はこの馬車だけを持っていたのだろう」ということだ。

 普通は牽く馬あってこその馬車だろうに。


「先輩はどうして馬車だけを持っていたんですか?」


 気になって仕方がなかったので、直接訊いてみることにした。

 俺の質問に対し先輩は、また口元に手を当てて少し考えてから、淡々と話し始めた。


「この馬車は私がオーナーをしていたクランの共有物でした」

「先輩、クランオーナーだったんですか?」

「ええ。もう解散してしまいましたけどね」


 先輩は少しだけ寂しげに目を伏せた。


「元々、リアルが忙しい人が多かったんですよ。子育てと仕事に忙しい主婦の方や、企業の中間管理職の方、就職活動中の学生、警察官、大学教授……皆さん、忙しかったんです。大学生の私が一番手隙なくらいで」


 先輩は馬車の前方の風景を見据えながら言葉を続ける。

 けれど、どこか懐かしげなその視線は風景ではなく、在りし日の思い出を見ているのだろうか。


「それでも一緒にモンスターを討伐し、クエストを回し、一緒に騒ぎ……狩りもして、楽しく色々なことをやっていました」


 先輩の表情を見れば、本当に楽しかったのだとわかる。

 ……はて、今どうして討伐と狩りを別に言ったのだろう?


『ぶどう狩りでもしたのではないか? 王都の中に果樹園があるのだろう?』


 なるほど。そういうことか。


「ですが先日、クランの活動に大きな痛手を受けてしまいまして。装備やアイテムをロストした方が多かったんです。私もですけどね」


 先輩は少しだけ悔しそうな目をしてから、なぜか苦笑した。


「その痛手に加えて、春なので新生活が始まる方も多く……「もうこの辺りでいいだろう」ということになりまして、クランを解散したんです」

「そうだったんですか……」


 クランの解散。

 極めてリアルに近いこの<Infinite Dendrogram>でも、普通のMMOと同じようなことはあるんだな。


「解散の際に、クラン共有のアイテムはプレイを継続する面々で分配することになりまして。メンバーの皆さんが『この一番高い馬車はお頭がどうぞ』って、これを勧めてくれまして。私もその気持ちがうれしくて受け取ったはいいんですけど……ふふふ」


 先輩は、何かを思い出したように笑った。


「馬車をもらったのに、自分では馬車を牽くモンスターを持っていませんでした。いつもクランメンバーのテイムモンスターに牽いてもらっていたから、失念していたんです。以来、使うこともできず、使う用事もなく、アイテムボックスに仕舞い込んでいましたが……」


 そんな思い出のエピソードを話しながら少し寂しげに、けれど嬉しそうに先輩は手綱を握る俺を見た。


「今日は役に立ってよかったです」

「ええ、ありがとうございます。先輩」


 ◇


 王都を出て三時間ほどが経った。

 馬車は<ファドル山道>という道を走っている。山道、というよりは小高い丘が連続している印象だ。

 リューイの話ではここまでで道程の半分といったところらしい。

 お昼前の出発だから、この分なら日が沈む前にはトルネ村に到着できるだろう。

 さて、道程が進むにつれて他の馬車や、徒歩で北に向かう人々の姿をちらほらと見かけるようになった。

 子供連れも多く、討伐や行商目的とは違う雰囲気の人々も多く見える。


「何かあるのか?」

「もうじき風星祭があるんだ」


 俺の疑問に、馬車の小窓から顔を出したリューイが答える。


「フウセイサイ?」


 リューイ曰く、風星祭とはトルネ村を中心に、王都北の地方にあるいくつかの村合同で行われるお祭りらしい。

 昔の故事になぞらえたお祭りで、村いっぱいに飾られる風車や、夜空に打ち上がる花火が見所なのだという。

 祭り見物のために近隣の村々や、王都からも多くの観光客がやってくる。

 また、それらの観光客を目当てに出店を出すものも多いそうだ。


「へぇ、いかにもお祭りって感じだな」

「うん! 去年までは毎年義父さんと一緒に回ったけど、すごく楽しかったよ! ……けど」


 リューイはそこでまた俯いてしまう。

 今年のお祭りに義父がいないという事実を思い出し、気が沈んでしまったのだろう。


「お義父さん、見つけてやるからな」

「……うん、おねがい、レイ兄ちゃん」


 そうして言葉を交わしながらも馬車は進む。

 やがて、なだらかな丘の上の道に入り、


「あ……」


 そこでリューイが何かに気付いたように声を上げた。


「どうした?」

「この辺り……」


 首を回して風景を眺め、何かを思い出すようにリューイはこう言った。


「……俺と母さんは、ここで義父さんと出会ったんだ」


 ◇◇◇


 それは、今からこちらの時間で四年前のこと。

 リューイと彼の母であるファリカは、乗合馬車で<ファドル山道>の先にあるトルネ村を目指していた。

 なぜならトルネ村にいた高齢の【裁縫屋】が亡くなり、同じく【裁縫屋】であったファリカが裁縫ギルドから派遣されたからだ。

 ジョブのギルドは各町村への人材派遣も担っているらしく、派遣人員は希望制であって強制ではないのだが、ファリカは志願した。

 理由は金銭面の問題が大きい。

 リューイの実父が事故により亡くなってから一年ほどが経過しており、貯えが心もとなくなってきたからだ。

 彼女も【裁縫屋】としての仕事はこなしていたが、何分幼い子供を抱えての日々。

 加えて、都市部での腕のいい【裁縫屋】――<マスター>の増加もある。需要よりも供給が大きくなり、自然と品質の劣るティアン産の服の売れ行きが衰えていた。

 仕事が減って生活は困窮し、爪に火を点すとまではいかずともそれに近い生活ではあった。

 だからトルネ村への派遣に志願した。

 ギルドからの派遣ならば、【裁縫屋】としての仕事の収益の他にギルドから補助金も出る。それに供給過多の都市部から離れれば仕事も安定すると考えたためだ。

 そうして彼女は、息子に貧しい思いをさせないため、健やかに育てるため、共にトルネ村への移住を決めた。


 彼女の判断に間違いはなかった。

 家庭の金銭的にも、息子の養育についても、トルネ村の裁縫事情についても、関わった全員が救われている。

 ゆえに間違いはなかったが……彼女は少しだけ(・・・・)不幸だった。

 乗合馬車が百を超えるモンスターに襲われる程度には。



 母子が乗った乗合馬車のほんの百メートル向こうには、土煙を立てながら四本足で地を駆ける数多くのモンスターがいた。

 それは【バイオレンス・ファング・ボア】と呼ばれる、肉食の猪の群れ。血の匂いを目印にどこまでも追ってくると言われる凶暴なモンスター。

 この辺りでは珍しいモンスターではないが、これだけの数が群れを成して襲ってくるケースは稀だった。

 だが、この世界は<UBM>の発生などでモンスターの生息域が変化することは多く、それに合わせて大きな群れが形成されることはままある。

 ゆえに、この【ボア】の群れが乗合馬車を襲ったのは、少しだけの不幸。

 もっとも、それは戦う力のない人々を殺すには十二分の不幸であったが。

 乗合馬車の御者は馬の向きを変えて逃げようとした。

 しかし、【ボア】の群れに恐慌した馬は棹立ちになり、そのまま馬車ごと転倒してしまう。

 横転した馬車から中の人や物が投げ出される。

 幸いにしてその横転で死者は出なかったが、彼らの状況が最悪であることを覆すにはまだ幸運が足りなかった。


「早く! 早く逃げるんだ!」


 護衛を務めていたティアンの冒険者が、乗客達に声を張り上げ呼びかける。

 彼らは乗客を護りながら逃げるつもりだった。

 殿を務めようとする者もいたが、年嵩の冒険者に「命を捨てるだけだ」と窘められる。

 是非もなし。あれだけの数の【ボア】を前に、いかに戦闘職といえどもレベルが百に満たないティアンが数人立ちはだかったところで十秒すら稼げない。

 それよりは乗客とともに離脱し、逃げた先で別のモンスターに襲われないよう努める方が堅実であり、正しい行動だった。


 彼らは正しかった。

 正しかったが……結果として二人の人命を見捨てることとなった。

 それは一組の母子。

 母――ファリカは横転した馬車の中で荷に足を潰され、逃げられずにいた。

 子――リューイも逃げられない母の傍で泣きじゃくっている。

 リューイは助けは求めた。

 けれど、他の人間はすでに彼らを置いて逃げてしまっている。

 無理もないことだ。

 比喩でなく一分一秒を争う事態。母子を助けようと一分を費やせば、助けようとした人間すべてが【ボア】の餌食となるだろう。

 加えて助け出せたとしても、出血したファリカとその血を浴びたリューイを、【ボア】達は追ってくる。

 二人がいては、絶対に逃げられない。

 ゆえにこれは必要な見殺しであり、回避できぬ必然なのだと、母子を除く全員が泣き叫ぶリューイの声に耳を塞ぎながら逃走した。


 悪辣な必然はここにあり、間もなく母子の命は失われる。

 その運命を覆す奇跡は……母子にはない。


 だが……“彼ら”にはあった。


「――グリンガムッ!!」


 一匹の【ボア】の牙が底面を晒した馬車に迫り、貫こうとしたとき……誰かの言葉が聞こえた。

 何者かに呼びかけるようであったその言葉の直後、


『GLUWOOOOOOOOOOO!!』


 どこからか現れた巨大な肉食獣が、その【ボア】の首筋に牙を突き立て、一撃で頚椎を砕き絶命させた。

 それは獅子。羊毛の如き鬣を備えた、象にも勝る巨体の獅子。

 獅子は、母子を食らおうとした肉食の猪共に真の食物連鎖を叩き込むかの如く蹂躙している。


「大丈夫ですか?」


 その獅子の背から、二人の人間が飛び降りた。

 一人は禿頭の戦士。顔立ちは天地の者に近く、鍛え抜いた肉体に軽装の防具を纏っている。

 もう一人は緑色の髪の少女。どこか茫洋とした表情で、地に群れなす【ボア】を睥睨している。

 禿頭の戦士は、馬車の傍で腰を抜かしているリューイに左手を差し伸べる。

 その左手の甲には、蒼色の紋章が刻印されていた。


「あのモンスター達は私のグリンガム……騎獣が抑えています。今のうちに逃げて……」

「か、母さんが……! 母さんがまだ馬車の中に!」


 リューイの言葉に、禿頭の戦士は馬車の中で荷に挟まれているファリカに気づく。

 すぐに駆け寄り、しゃがみ込んで彼女を助け出そうとする。


「今助けましょう!」

「私には構わないで、息子を……!」


 助けようとする禿頭の戦士をファリカは制し、息子を連れて逃げるように懇願する。

 ファリカは自身の潰れた足を……動けず、【ボア】を引きつけてしまう足を見ながら、言葉を続ける。


「私は、もう奇跡でも起きなければ助かりません……。だからせめて……息子だけでも……」

「……そんなことはありません」


 だが、ファリカの言葉を、禿頭の戦士は否定する。


「あのモンスターを全て倒せば、あなたを助けることが出来る」

「それは……!」

「それが奇跡と言うのなら、奇跡を起こさなければあなたが助からないと言うのなら、私は奇跡を起こしましょう」


 そう言って禿頭の戦士は立ち上がり、自身の騎獣と戦っている【ボア】の群れを見据える。

 そして、自身の傍にいた緑髪の少女に呼びかける。


「ユノー!」


 禿頭の男が名を呼んだ直後、緑の髪の少女は緑と赤の粒子となって宙に溶け、二点へと……禿頭の男の両手の掌中へと収束する。

 男の右手には槍が、左手には楕円形の盾が握られていた。


「――来るがいい、モンスター。奇跡の盾はここに在る」


 男は少女が変じた武器を携えて駆け出し、戦っていた騎獣の背に飛び乗った。

 彼は、群れなす【ボア】に対して一喝する。


「【幻獣騎兵ファンタジー・ライダー】シジマ・イチロウ、押し通る!!」


 そして彼は一対百の戦いを挑んだ。


 その結果は……聞くまでもないだろう。


 ◇◇◇


「義父さんは……すごかった。グリンガムと一緒に、あんなにたくさんのモンスターを倒して、俺と母さんを助けてくれた」

「それがリューイとお義父さんの出会いか」

「うん。それから、トルネ村までの護衛も引き受けてくれて。それに、母さんの足もどこかから回復魔法を使う人を連れてきて、きれいに治してくれたんだ」


 シジマ氏はその後も、母一人子一人の彼らを気にかけ、度々トルネ村に立ち寄っていたのだという。

 そうしている内にリューイの母であるファリカさんとの間に愛情が芽生え、結婚。

 一子をもうけることになった。


「…………」


 今の話で一点、気にかかることがある。

 リューイの義父であるシジマ氏は……メイデンの<マスター>だった。

 そう、「ここをゲームだと思っていない」、メイデンの<マスター>だ。

 そんな人物が……こちらの時間で半年も“家族”を置いて姿を消しているという現状に、何か考えてはいけない結果を思い描きそうになる。

 シジマ氏をリアルで見つけられたとき。<Infinite Dendrogram>を引退したつもりならば、せめて一目リューイ達家族に会って別れを告げてほしいと思っていた。

 だが、そもそもいなくなった理由が引退などでなく……“もはや決して会うことができないため”だとしたら……、……?


「……なんだ?」


 俺がシジマ氏について考えを巡らせていると……遠くから低く、風が唸るような音が聞こえた。

 それは一度で終わらず、場所を変えながら次々に音が鳴っていく。

 こちらの近くでなったものを聞いて……それが“法螺貝”の音であると知った。

 『ブオォ』、『ブオォ』と、何かを知らせるかのようにこのエリアのあちこちで法螺貝が吹き鳴らされている。


「先輩、これって何の……」


 問いかけの途中で俺の言葉は停止する。

 なぜなら、問いを向けた先輩の横顔がそれまでとは真逆だったからだ。


 一言で言えば……『獰猛』と評される類の顔が見えた。


 けれど、驚いてまばたきをすると、その間に先輩の横顔は平静のものに戻っていた。

 見間違い、だったのだろうか?

 ただ、先輩は俺の目を見て、少しだけ険しい声でこう言った。


「レイ君、ご注意を。今の法螺貝は彼らの合図です」

「彼ら?」


 先輩の言葉に俺が疑問を呈すると、


『エリア<ファドル山道>を通過中、あるいは狩猟中の<マスター>にご連絡します』


 拡声アイテム越しで野球場のウグイス嬢のような声がマップに響いた。

 そしてその声は……。


『今から一○分後、この<ファドル山道>において、PKクラン<K&R>のハンティングを行います。対人戦をお望みでない方は、一○分以内にご退去ください』


 そんなことを、宣言したのだった。


 To be continued


(=ↀωↀ=)<山場②、開始

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