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第十一話 不可能クエスト

(=ↀωↀ=)<この話、区切りはいいんだけど文字数が少なめだったから前話に続けて投稿します


( ̄(エ) ̄)<ま、ちょっとした不意討ち更新クマ


( ̄(エ) ̄)<本日二回目なので前話がまだの人はそちらからクマー

 □王都アルテア冒険者ギルド 【聖騎士】レイ・スターリング


 自分の義父は<マスター>である。

 少年は確かにそう言った。


「義父さんは<マスター>だから、絶対に死んだりしないんだ。……だけど、半年前からずっと家に帰ってこなくて……、だから、捜してほしくて……」


 少年はカウンターの前で涙ぐみながら、己が依頼しようとした理由を述べている。


「もうすぐ、弟か妹も……義父さんと母さんの子供も生まれるんだ。だから、義父さんにも会わせてあげたくて……」


 少年はそこまで言って、泣き出し俯いてしまった。

 その様子に……心を揺さぶられる。

 しかし同時に、気にすべきことがあった。


「先輩、少し質問が……」

「NPCと結婚できるかについてはイエス。子供ができるかについては理論上のみイエスと答えさせていただきます」


 先輩は俺の質問を先読みしたようにそう答えた。

 そう、俺が聞きたかったのは後者だ。


「現実の法律でそれが可能な年齢――日本なら十八歳以上――であれば、NPCや他のプレイヤーとの結婚はできますし…………子作りの“深いコミュニケーション”も可能です」


 ……まぁ、【女衒】や【娼妓】があるからな。

 当然その“深いコミュニケーション”もあるだろう。

 余談だが、かつて【女衒】について「魔物使いみたいなジョブなのでしょうか?」と疑問を呈していたルークだったが、あれはあくまでもデンドロ内でのジョブについてであり、デンドロ外の女衒については普通に知っていた。

 「一般常識なので把握はしていました」とのこと。女衒ってルークの年齢でも一般常識だろうか?


 と、先輩との話に戻ろう。

 俺が考え込んでいたからちょっとストップしてるし。


「……やはり、そういう話題はまだ早かったでしょうか」


 口元に手を当てながら真剣に悩んでいる様子だった。


「いえ、俺そういうの大丈夫な年齢なので……」


 言ってから気づいたが、そういや俺はもう解禁されてるはずだよな……“深いコミュニケーション”。

 多分しないだろうけど。


「そうですか。では話を続けます。プレイヤーでも行為は可能ですが、行為の結果により子供ができるかについては、ある問題によって実現がほぼ不可能となっています」

「それは?」

「……少し見ていてください」


 先輩はそう言って、アイテムボックスからナイフを一本とハンカチを一枚取りだした。どちらも何の変哲もない代物だ。


「…………」


 そうして先輩は無言のまま――ナイフを自分の掌に当てて切っ先を突き刺した。


「な!?」


 突然の行為に、俺は驚いて椅子から立ち上がる。

 だが、


「……エイッ、エイッ」


 先輩の手に、ナイフは刺さっていなかった。

 何度突き立てようとしても、ナイフは先輩の手に刺さらない。

 そのうちこちらが心配になる速度になってくるのだが、先輩の手は傷つかない。

 普通なら掌がめった刺しになっていて不思議でないが、先輩の手には痣すらない。

 段々と「俺は先輩の手品を見ているのだろうか」という気分になってきた。

 と、先輩がナイフを動かす手を止めた。


「……すみません。説明のために少し血を流そうとしたのですが、私のEND(耐久)が高すぎてこのナイフでは歯が立ちませんでした」

「ああ……」


 そういえば、先輩のジョブは【盾巨人】だった。

 そして一度カンストまでいった熟練であるためか、先輩の防御力はかなりのものらしい。

 ……あの手のひらとか俺の鎧より硬いと思う。


「仕方ないので実物提示なしで説明しましょう。レイ君はプレイヤーがデスペナルティになる光景を見たことは……ありますね」

「それは、はい」


 この一か月で結構な数を見てきた。


「その際、飛び散った血液、体液も光の粒子になって消えていますよね」

「……そうですね」


 真っ先に連想したのは、かつて水晶で見たレイレイさんの戦闘だ。

 レイレイさんに倒された<マスター>のドロドロに溶けた肉の体液も、皮も、同時に光の塵になって消滅していた。


「それと同じ現象は、通常のログアウトでも発生します」

「同じ現象?」

「例えば、私がこのハンカチに血液を染み込ませてからログアウトしていれば……私がログアウトした際にその血液も消えます」

「……なるほど」


 つまり、先輩が言いたいのはこういうことか。


「ログアウトと同時に“体液”が消えてしまうから、子供を作ることはできない、と」

「そうなります」


 それは……たしかに子供は出来ないだろう。

 <マスター>は度々ログアウトの必要があるのだし。


「ただ、「胎内で、胎児が胎児として確立するまでの期間、ログインし続けていればできるかもしれない」という推論だけはあります」


 なるほど。理屈には合う。

 卵子に付着した遺伝子ではなく、確立した一個の生命となってしまえば消えることはないという理屈は分かる。


「でもそれは……」


 難しい。

 昨日<月世の会>に囚われて三分の一日足らずログアウトできなかっただけでも、相当の尿意や空腹を覚えた。

 あれを胎児ができるまでの期間……数日から数週間続けるというのは不可能だろう。


「なら、あの子の弟か妹ってのは」

「最も確率が高いのは別のティアンとの不義によりできた子供、次点は「義父が<マスター>を騙っていたティアン」であり正真正銘二人の子供、最後が先ほどの推論を成立させたケースですね」


 先輩は三つの可能性をあげてから、「ただし、次点の場合は極刑が適用されます。ティアンが「<マスター>である」と偽証するのは認められていませんから」と付け足した。


「……なら、俺としては三つ目を願いたいな」


 前二つは、どう考えても後味が悪い。


「いずれの場合も、良いエンディングにはなりそうもありませんが」

「どうしてです? 三つ目ならあとはその義父の<マスター>を捜せば……あ」

「お気づきになりましたか」


 そう、捜せばいい。

 だがそれは……こちらじゃない(・・・・・・・)可能性が高い。


「先ほど、人捜しの特記事項の話をしていたでしょう。あれは、長くログインしていない……こちらで言えば長く姿を見ない<マスター>の人捜しについてです。理由は分かりますね?」


 そうだろうな。

 ログアウト中の<マスター>を探すことは、ティアンには絶対に不可能だ。

 そして<マスター>としても……リアルでの人捜しは困難を極める。

 それこそ、探偵を雇って捜しでもしなければならない。

 それでも見つかる可能性は低いだろう。なにせ、デンドロのプレイヤーは世界中におり、捜し人の情報はデンドロの中のものしかないのだから。


「長期間ログインしていない<マスター>を捜すのは、不可能なクエストです。加えて……長期間<Infinite Dendrogram>から離れているということは、もう引退を視野に入れているということでしょう。それを説得するのもまた難しいと思います」

「…………」


 先輩の言っていることは正しい。

 事実、少年の周りのティアンも、<マスター>も、既に諦めて関わり合いを避けているのが分かる。

 それは理解できる。

 リアルに体がないティアンには絶対に不可能。

 <マスター>にしても成功率は低く、そもそもデンドロ内の出来事のために、リアルで駆けずり回って人捜しをする意義が普通ならば無いことも理解はできる。

 理解は出来るが……。


「先輩」

「何でしょう」


 それでもあそこで泣きながら俯く少年を見なかったことにするのは、


「すみません、今日の約束、またにしてもらっていいですか?」

「どうしてです?」


「俺、あの子の人捜しの依頼を受けてきます」

 ――後味が悪かった。


「……先ほど言ったように、これは不可能な依頼です」

「そうかもしれません。けど、このまま見過ごすのは、後味が悪いです」

「…………」


 俺の言葉に、先輩はまた口元に手を当てて考えている様子だった。

 当然の反応だ。自分でも無理を言っているのは自覚している。

 この真面目で親切な先輩を、その無理につき合わせたくはない。


「先輩は」

「ならば、私もお付き合いしましょう」


 しかし、先輩の返答は俺の予想に反するものだった。


「でも……いいんですか?」

「今日のクエストの選択はあなたに任せると言いましたから」


 たしかにそう言っていた。

 けれどそれは、普通のクエストの話で……。


「それにあなたの言葉を借りれば」


 先輩は俺の目を静かに見据えながら、


「ここで自分だけ別れるのは後味が悪いですから」


 そう、優しく言ってくれた。


「……ありがとうございます」


 先輩に深く礼を述べ……俺は席を立った。

 カウンターの傍で俯く少年に近づき、しゃがんで目線を合わせる。

 そして少年の肩に手を置いて……ゆっくりと彼に告げる。


「君の依頼を受けよう」

「……え?」


 少年は、とても驚いているようだった。

 その目が「本当に?」と語りかけてくる。

 俺は少年のその視線に強く頷いて……こう言った。


「君のお義父さんを、俺達が捜してみせる」


 かくして、俺と先輩はクエストに挑む。

 対象は不可能クエスト、“<マスター>捜し”。

 目指すは……ハッピーエンド。

 クエスト、スタート。


 To be continued

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「第四章 第三の力」の「第十一話 不可能クエスト」において >そうして先輩は無言のまま――ナイフを自分の掌に当てて切っ先を突き刺した。 >先輩の手に、ナイフは刺さっていなかった。 >何度突き立てよ…
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